No.346897

真説・恋姫†演義 仲帝記 第十六羽 「蒼天に暗雲かかりし時、名家は名家たらんとするのこと」

狭乃 狼さん

仲帝記、その第十六羽です。

今回はいよいよ、反董卓連合編へと入る、その序章的お話です。

そして、今回からうたまる氏のところの諸葛瑾こと、翡翠が、正式参戦です。

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2011-12-13 16:31:14 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:19380   閲覧ユーザー数:7416

 栄枯盛衰。

 

 如何な栄華を極めたモノであれ、終わりの時は必ず訪れる。

 

 どれほど財を貯めようと。

 

 如何ほどの権勢を誇ろうとも。

 

 いつか必ず、失われ行く時は来る物である。

 

 その最も分かりやすい例と言えるのが、国家やその体制であろう。

 

 過去、人類史が始まりの時を迎え、人が群れを成すようになり、様々な集団を形成するに至った後、国家と言う名の巨大な生き物を生み出すに至った。

 

 ただし、例えどれほどの歴史を紐解いてみた所で、まだ、完全にその国家と言うものの起源は、いまだはっきりとは判別しては居ない。

 

 しかし、ハッキリとした史書や遺構が示す、過去に興った全ての国家、王朝は、一つとしてその例に漏れる事無く、繁栄と衰退を繰り返した後、その姿を歴史の彼方に消し去っている。

 

 そして今また、次なる王朝がその姿を歴史の中に埋めていこうとしていた。

 

 黄巾の乱という、一つの、そして大きな民衆反乱。

 

 一つの国家の末期に起こるモノとしては、余りにその規模が大きかったこの乱こそが、時の王朝にその終末の時を告げるその呼び水であり、真なる濁流の訪れを告げる、最初の大波だったのである。 

 

 しかし。

 

 その事実にほとんどの者が気付く事無く、その後に訪れる強大で巨大な濁流に飲み込まれ、ただただ、流されて行くしかなくなってしまう。

 

 だが。

 

 時として世の中には、その濁流の訪れを予見し、自らそれに逆らい、抗っていける者がでてくる。強固なるその意志と、他を圧倒するほどの行動力、そして流れの遥か先を見つめ、そこに辿り付くための優れた知恵を持つ者。

 

 人はその者を、世に、『英雄』と呼んで、讃えるのである……。

 

 

 第十六羽「蒼天に暗雲かかりし時、名家は名家たらんとするのこと」

 

 

 黄巾の乱が終結し、一応の平穏が戻った漢帝国。各地では乱にて大きな功績を挙げた幾つかの諸侯が、袁術や孫堅同様に新たな領地を朝廷から下賜され、乱以前とは少々勢力図にその変化を見せていた。

 

 まずは最北の地である幽州にて、北平の太守であった公孫賛が、北平以東の遼東半島のその全てを統治する立場となり、州の牧である劉虞、字を伯安よりもその力と影響力を増していた。

 

 その幽州の南にある冀州では、南皮太守であった袁紹が、鄴をその中心とした冀州の西部までを下賜され、名実共に冀州の牧に就任していた。ちなみにこの時、その冀州の中にある平原県に、かの劉備玄徳が任命されて赴任し、漸く歴史のその表舞台に姿を現していること、ここに明記しておく。

 

 冀州より黄河を渡った先の、所謂中原においては、青州の黄巾を平らげ、その頭目である張三姉妹を討伐した、兗州は陳留の刺史であった曹操、字を孟徳が、その功をもって兗州全域をその領として牧となり、着実にその影響力を周囲に高めていた。

 

 豫州の南部と寿春一帯の淮南(わいなん)と呼ばれる地域については、先にも少し述べたように袁術と孫堅が、それぞれにその新たな領地としたが、それ以外の土地、つまり元黄巾の本拠であった青州には新しい官吏が送られはしたものの、残る徐州については、特に功無しとしてその領に変化は起きていない。

 

 一方、大陸南部であるが。

 

 荊州については先の黄巾の乱において、州牧である劉表本人が病に倒れていたという、そのこともあってか、劉表の正室であり、その名代でもある蔡瑁の意向によって、荊州に与えられる予定であった褒賞の、その全てを辞退。その代りとして、実際の戦場において直接黄巾を討伐した袁術や孫堅に対し、正統にその評価が下されるよう、蔡瑁は朝廷とそう交渉をしたため、劉表の領地に変化は無し。その代わり、南部の四郡に新しい太守がそれぞれに赴任だけしている。

 

 その荊州の西に位置する、俗に蜀と呼ばれる益州であるが、こちらはこちらで、特に新しい褒賞が下賜されることはなかった。それもそのはず、益州ではほとんどと言って良いほど、黄巾の徒たちはその活動をしておらず、乱そのものがほとんど発生しなかったためである。

 

 その益州と同様、ほとんど勢力が変化しなかったのは、江南地域の楊州である。実はこの楊州という地域、もともとそこに住む人々には独立独歩の精神が強いところである。

 一応、漢帝国から派遣された官吏も居るには居るのだが、どちらかといえば、元から住んでいる豪族や有力者の力が強く、漢の一部でありながら漢ではないという、そんな少々特殊な状況となっているのが、楊州という地域である。そのため、漢の人事は中々に根付きにくく、朝廷も仕方なく、その地の有力豪族らに官位を与える事で、名目上は漢帝国の一部であると言う体面を、これまで保ってきていたのであった。

 

 そんな理由もあり、新しい領主がかの地に派遣されると言うことも無く、楊州についてはこれまで通り、複数の豪族らによる、それぞれに独立した統治が続く事となったのであった。  

 

 

 そんな勢力変化の中にあって、一番の出世頭となったのは、涼州は安定の太守であった、董卓仲頴その人であろう。

 

 前漢の都であった長安より以西において、董卓の自領である安定周辺のみならず、その長安近辺にても黄巾の徒達を完全に駆逐。さらに、現在の都である洛陽方面に向かっていた黄巾軍をも、その配下の将にして、世に飛将軍と謳われし呂布、字を奉先が、その賊軍三万を単身、殲滅せしめた。

 

 それらの報が都にもたらされた時、一早く董卓に接触し、都に登って皇帝に拝謁すべしとした使者を送ってきたのが、漢の大将軍にして“十三代”皇帝である劉弁の叔父でもある、何進その人だった。

 

 そう。

 

 実は黄巾の乱終結時点ではまだ公にされていなかったが、漢の十二代皇帝である劉宏は、黄巾の乱の勃発したその直後に既に崩御しており、その嫡子である劉弁が早くもその跡を継いで、十三代皇帝の座に即位済みだったのである。

 

 何進としては、黄巾の乱が完全に終結するそのタイミングを見計らった上で、霊帝と(おくりな)された十二代皇帝劉宏の崩御と、その子である劉弁の新帝即位を大々的に宣する事によって、乱を収めたのが劉弁とその血族である自らである事を内外に示し、その権勢を誇示しようとする狙いがあった。それが故に、彼は皇帝の死を隠蔽するという、そんなだいそれた手段を用いたのであったのだが、ここで思わぬ事態が発生した。

 

 先に漢の新帝として即位したばかりだった劉弁が、即位したその翌日に誤って城の欄干から落下し、あっけなくこの世を去ってしまった事が、まずはその一つ。そしてもう一つが、自らの味方(というよりも手駒)とするべく呼び寄せた董卓軍が都のすぐ外に到着したその直後に、宮中内にて何進自身が宦官らの手によって殺害されてしまったのである。

 

 そして宮中でのそんな騒動が起こっているその最中、洛陽の外に陣を張っていた董卓軍は、思いもよらなかった人物を保護することになった。

 

 十二代皇帝であった霊帝の次子にして、十三代皇帝であった劉弁の実妹、陳留王こと劉協その人を、である。

 宮中にて起きたその騒動の最中、劉協は李粛と言う名を名乗ったその側近の人物と共に、抜け道を使って密かに城外に脱出、ちょうどその付近に陣を張っていた董卓の下に現われ、すぐさま都に兵を入れてこの騒動を鎮定するよう命じた。

 

 それから程なくした後、宮廷内に押し入った董卓軍によって、主だった宦官や佞臣(ねいしん)らは全て一掃された。その後、亡き劉弁の菩提を弔った後に、劉協は李粛や董卓らの進言もあって十四代の皇帝に即位。そして今回のこの功をもって、董卓を相国―漢代に於ける廷臣の最高職―に就任させて、都における政の全権を一任したのであった。

 

 だが、この時劉協や董卓らは、全くもって思ってもみて居なかった。

 

 まさかこの事が、大陸に新たな戦雲を呼び寄せ、そして、漢帝国にさらなる綻びを生じさせる、その次なる狼煙となっていよう事など。

 

 

 所変わって、袁術の新たな拠点となった、豫州は汝南の城。

 

 黄巾の乱が終結し、彼女らがこの地に移って、早や三ヶ月。とにかく、多忙としか言い様のない日々を、南陽袁家の面々は過ごしていた。袁術らがこの地を訪れるまでの間にこの地を統括していたのは、朝廷から派遣されてきていた官吏達だったのであるが、黄巾の乱が発生すると同時に、彼らは早々にこの地から逃げ出してしまっていた。

 その為、乱が終結した頃には汝南の地は完全に荒れ放題となっており、人々は塗炭の苦しみに喘いでいた。

 

 「……とにかく、まずは治安回復を最優先に、それと、戦災被害にあった人たちの救済を、それと平行して進めるしかないだろうね」

 

 汝南の地の現状を見た一刀のその進言もあり、袁術らは南陽でも行なった交番制度と割れ窓理論をその軸に、街の治安状況の改善と、周辺に潜伏している山賊などの討伐に、その思考の重きを置いて事にかかり始めた。

 

 そうして袁術による統治が始まってから、およそ一月も経った頃、ようやく治安が安定し始めたあたりで、彼女らは農業と商業の回復と再活性化に手をつけ始めた。

 まずは、この一月の間に討伐した賊の投降者たちを土地の開墾要員にまわし、乱で田畑を失った者たちに指導をさせて、米や粟、稗などの農産物の生産に従事させた。もちろん、彼らを動かすのに、ただ鞭だけを用いたということはなく、開墾した農地の内の一部の所有と、それと平行して建設していた新しい邑への先行定住権を与えるという、そんな飴も与えて彼らの労働意欲を刺激した。

 ただ、一部の民たちの間には、袁術のこの政策を甘いと批判する者たちも少なからずいた。自分たちをこれまで散々苦しめてきた元賊の者たちのことを、理性を大きく上回る感情がなかなか許すことができなかったためである。そんな彼らのことを、袁術は張勲や一刀らと共に逐一その彼らの話を聞き、そして説いて回った。

 

 「……あやつらも元々はそなたたちと同じく、地を耕して生きていた者達じゃ。もちろん、例え食うに困った末に賊に身をやつしたといっても、その罪はなかなか許せるものでないこと、この袁公路とて分かっておる。じゃが、ここはどうかそこを曲げて、そして一度だけでよいから、妾に免じて彼らを信じてやってはくれまいか?」

 

 汝南の人々を代表する長老衆の前で、袁術はそう語って見せ、もしも彼らが再び罪を働くようであれば、その時は自分が責任もって処罰し、また、自らも何らかの形で罰を受けて見せる、と。袁術はひたすら真摯な態度で彼らを口説き、その結果、長老衆も渋々ながらにその首を縦に振って、彼ら元賊兵たちとの共存を承諾した。

 

 その話を又聞きに聞いた当の元賊兵たちは、思っても見ていなかった袁術のその慈悲の心に強く心打たれ、皆一様に涙を流して彼女に感謝し、必死になって働くことでその恩に報いたのであった。

 

 なお、ちょうどこの頃からであるが、袁術領の農村において、とある新しい物が出回り始めていた。

 

 それは、農具。

 

 一刀の知識提供によって陳蘭が開発した、いくつかの新しい鍬や鋤に加え、(からすき)という馬や牛に引かせて地面を耕す、英語で言うところのプラウ(英:plough,またはplow)という、トラクターの後部に着いている部品の、その原型ともいえる物や、脱穀用の千歯扱き(せんばこき)など、農業効率をさらに高める品々が、少数ながらも作られ、試験的に各邑へと無償で提供されたのである。

 

 むろん、その効果のほども、それを使った人々の反応も上々であり、一部の品については少しづつ量産が開始されたのではあるが、陳蘭自身はまだまだ不服といった感じでいた。

 

 「本当はまだ他にも造れそうなものもあるけど、正直な話、技術面云々よりもちょっと金がかかりすぎちまうんだよなあ。……とてもじゃあないけど、普通の農民が気軽に買えるような、そんな安い物にはなりそうに無いんだよ」

 

 一刀から陳蘭が教わった道具の中には、彼の技術力を持ってすれば再現不可能ではないものも、まだいくつか残されてはいる。しかし、製作に必要な技術力が高いものほど、その材料費が馬鹿にならないのが現実であり、いくら国庫からある程度捻り出せても、たった一品だけの特注品しか作れないのでは、その本来の道具としての意味が無くなってしまうため、何かしらいい解決方法はないかと、陳蘭は一刀や他の面子とともに、日々、その頭を悩ませているのであった。

 

 

 一方、商業方面のことであるが、こちらは農業ほども苦労することはなかった。城下町が少しづつ復興していくと共に、南陽の商人たちが新しい商売の場を求めてこぞって汝南の街に新しい店を開くと、それを聞きつけた他の商人たちが、新しい儲けを求めて汝南の地を訪れるようになり、少しづつではあるが、その活気を取り戻し始めた。

 

 何しろ、袁術の領内で商いをするという事は、すなわち他の街では取られていた関税を徴収されずに済む、ということなのである。通常、統治者の違う領地間で物のやり取りをする場合、これまではただ物品を移動するだけで、関税という名の税を逐一取られていたのであるが、袁術領ではその関税を取られるということが一切無いので、商人たちは喜び勇んで交易に訪れ、様々な品を運び込んでくるのである。

 

 そうして物が集まれば、自然と人も集まり、銭の流れも活発になっていくものである。

 

 とはいえ、そうして物や人が集まり、賑わいが増していくというのは、それと同時に不心得な者も寄り付きやすくなる、ということでもある。領内の治安担当である紀霊と一刀のその尽力によって、街中にしても周辺地域にしても、最初の頃に比べればかなり改善され、一見、何の問題も起きてはいない様には見える。

 しかし、いつの時代であっても、陰に潜んで暗躍する裏社会というのは、必ずといっていいほど生まれ、知らぬ間に大きくなっていくものである。実際、汝南のみならず、南陽にもそういった組織は存在しており、袁術らはそれへの対処に苦慮し続けていた。

 正面から兵を持ってそういった組織をつぶすことは、比較的難しいわけではない。しかし、問題はその後である。そうした大きな組織が潰れてその箍が外れると、今までそうした組織に押さえ込まれていた子悪党たちが、統率も何も無く無秩序に暴れ始め、かえって治安が悪化するという、そんなさらに悪い結果にも繋がりかねないのである。

 

 それを一体どう丸く収めるべきかと、紀霊と一刀は日夜その頭を捻っていたのだが、それを思わぬ形で解決に導く人物が、ある日、汝南の地を訪れたのである。

 

 「はーい。それじゃあ今日の朝議を開始しますよー。えーっと、まずは」

 「あー、七乃ちゃん?その前にちょっと、僕のほうからいいですかねえ?」

 「?なんですか、秋水さん?」

 「いえね、先日美羽嬢に推挙した僕の姪っ子が、昨日の内に漸く到着しましてねえ。まあ、昨日はもう遅かったので、改めてこの場で皆さんに紹介を、とおもいまして。いいですか美羽嬢?」

 「うむ。妾はぜんぜん構わんのじゃ。で?その者はどこにおるのじゃ?」

 「今、外に居ますので、これから入って来させますよ。……翡翠、入っていいですよ」

 

 その日の朝議が、いつもの場所で開始されようとした時だった。諸葛玄が以前、袁術に対して推薦していた自身の姪を、一同に対して紹介したい旨を告げ、袁術のその許しを得て、朝議の間の外に控えていたその人物に、中に入ってくるよう促す。その一瞬の間の後、朝議の間の扉がゆっくりと開かれ、そこに一人の金髪の少女が姿を見せた。

 

 「……初めて御前を得ます。諸葛一真が姪にて、姓を諸葛、名を瑾、字を子瑜、と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 「……のう、秋水?」

 「はい?何ですか、美羽嬢?」

 「……この者が……お主の、その、姪の三姉妹の長女……なのかや?」

 「そうですよ?」

 「……なんだか、妾より年下に見えるのは気のせいかのう……?」

 「あぅあぅ……。その、幼児体型ですいません……」

  

 袁術が思わずその疑問に思ったとおり、諸葛瑾の背格好は袁術並みに小さかった。緑色のリボンで一つに束ねて三つ編みにした、その腰まで届く位の長さの美しい金色の髪。深い紅玉のような色の瞳は、とても穏やかそうな色を湛えており、その幼い顔立ちとあいまって、彼女の愛らしさをさらに引き立てている。身にまとう衣装は緑を基調にした少々地味なものではあるが、その胸元にある大きな鈴がそれに比してとても目立っている。

 

 「まあ確かに、翡翠は(なり)こそこうですが、年は美羽嬢…いや、一刀くんよりもちょっと上ですからね」

 「へ?……俺より……年上?……嘘ぉ」

 「あぅあぅ……」

 「そうそう、巴ちゃんが翡翠と同い年じゃあ無かったですかねえ。たしか二じゅ」

 「……秋水どの?」

 「!?……おっと、危ない。これは失言をするところでした」

 

 どちらかといえば、まだその小さな背にランドセルを背負っていても、おかしく無さそうなその見た目とは裏腹に、年齢的には紀霊と同い年なはずだと。その彼女の年齢を口に仕掛けた諸葛玄であったが、紀霊のものすごい迫力の篭った視線と言葉で、あわててその口を閉ざしたのであった。

 

 

 「まあ、子瑜さんの容姿と巴さんの年の話はともかくとしましてー。……子瑜さん?これからはお嬢様にお仕えしていただける、それは間違いないんですね?」

 「あ、はい。……塾をまだ卒業したばかりの、未熟者にございますが、誠心誠意、袁公路さまにお仕えさせていただく所存にございます。私の真名は翡翠。この真名、その証として皆様にお預けさせていただきます」

 「うむ。妾の真名は美羽じゃ。これから、よろしく頼んだぞよ、翡翠」

 「はい」

 

 そうして、諸葛瑾が袁術以外の一同とも、その真名を交し合った後、改めてその日の朝議が始まったのであるが、その場において、先述した裏社会の組織に対する話題が持ち上がった。

 

 「……そうかや。やはり、千州でもそう簡単には、あれらは首を縦には振ってはくれなんだかや」

 「残念ながら、な。……南陽(向こう)の裏通りに住んでいたとき、連中とも何度か顔を合わせたりとか、話をする機会はあったけどさ、如何せん、話が話だけに……な」

 「……あの。一体何のお話なのでしょう?」

 「ああ、翡翠はまだ知らなかったですね。……いえね?南陽やこの汝南の裏側を仕切っている組織の、その長である人に、美羽嬢への全面的な協力をお願いしていたんですよ」

 

 裏社会の組織を正面から潰せば、後々様々な弊害が発生してしまいかねない。そこで、袁術らは何とか彼らの勢力を合法的に取り込めないものかと、この汝南の地に移っていこう、八方に手を尽くして交渉してきた。しかし、彼らは彼らで裏の人間なりの矜持というものを持っているため、話こそ一応聞いてはくれるのであるが、結論としてはやはり、頑として諾という返事を返してくれないのである。

 

 「……表の顔は気風の良い大富豪だけど、一度裏へと顔を転じれば、ゴッドファーザーも真っ青なギャングの親分か。とんでもない玉だよな、魯子敬って人は」

 「!……魯、子敬……」

 

 一刀の発言のその一部、ゴッドファーザーやらギャングやらといった、まったく初耳なその言葉に疑問を抱いた面々が、その事を彼に問い質しているその傍らで、魯子敬という名を聞いた諸葛瑾ただ一人が、なにやら難しい顔をしてうつむいていた。

 

 「?ね~、翡翠ちゃん~?どうかしたんですか~?なんか~、修羅場の時みたいな~、そんな顔してますけど~?」

 「……ね、美紗?魯子敬って人……貴女は会ったことある?」

 「ん~、私は無いですね~。……子敬さんが~、どうかしたんですか~?」

 「……あの、七乃……さん?魯子敬という方、もしかしてこう、髪をおかっぱにした、右の目元にほくろが三つある、すらっとした細い体型の方では」

 「!……はい、そうですよ。……翡翠さんてば、子敬さんをご存知なんですか?」 

 「あぅあぅ……。その、ご存知というか、えと、なんと申しましょうか……うぅ」

 

 何故かその頬をほんのり赤く染め、何か言い難そうに口をもごもごと動かす諸葛瑾のその態度に、そろってその首をかしげる袁術ら一同。結局その後、諸葛瑾の口からは『あぅあぅ……ちょっとした、ただの知り合いなんです……』という、よくある建前的な台詞だけが出るに留まったが、彼女のこの件を自分の初仕事にしたいという強い要望により、雷薄がその補佐として付くことで、裏組織に関する案件は諸葛瑾のその手に一任される運びとなった。

 

 なお、その彼女の仕事の結果であるが、それから数日後には見事、魯子敬を口説き落として、袁術への全面的な協力と、しかも魯子敬本人が袁術軍に仕官してくるという予想外のおまけ付で、見事なまでに完遂して見せていた。

 

 その時の詳細については、また違う機会にでも語らせていただくとして。

 

 

 袁術らが汝南の地へと居を移してから、およそ半年も経った頃。突如として都からその知らせが届けられた。

 

 「……劉宏陛下が、とうの昔に崩御されていた……じゃと?」

 「しかも、その跡を継いだ嫡子の劉弁陛下も、大将軍の何進さんまでも、だそうです」

 「……で、今はその何進将軍を殺した宦官たちを駆逐した、涼州の董仲頴さんが、十四代皇帝に即位した劉協陛下の後見として、相国の位に就いている、か……」

 

 晴天の霹靂、どころではなかった。あまりにも急激に進みすぎているその事態に、袁術らはもちろんのこと、この先の歴史を大まかにでこそではあるが知っている一刀にとっても、まさに怒涛の急展開というやつであった。

 

 「……これは、ちょっとまずいですねえ」

 「……なにがまずいってんですか?秋水さん」

 「いやあ、ね?……多分今頃、もう一人のお嬢様が、癇癪を起こしている頃じゃあないかなあ、と。……今思いっきり、僕の脳裏にその姿がよぎりましてねえ」

 「……もしかして、麗羽姉さまのことを言うて居るのかや?じゃが、秋水よ。姉さまがこれで、どんな癇癪を起こすと?」

 「まー、あの麗羽さまですからねー。『名門たる私を差し置いて、董卓なんていう田舎もの風情が相国に就くだなんて、絶対に許せませんわー!!』……とかですか?」

 「……確かに、あの麗羽さま……本初様であれば、それぐらいはおっしゃっておられそうね……」

 

 諸葛玄の発言を皮切りに、袁本初と言う人物の事を、そう評する張勲と紀霊。

 

 「……あのさあ。俺は直接会った事ないけど、お嬢の姉貴の袁本初って、そういう人なのか?」

 「……まあ、恥ずかしながら、の」

 「昔のお嬢様のあのお姿が、比較にならないほど可愛く見えるくらいですよ。ねー、お嬢様?」

 「……//////」

 

 袁術にとっては異母姉妹である所の、現在の冀州牧、袁紹、字を本初のことは、南陽袁家の先代当主であった袁逢の頃より仕えている、張勲、紀霊、そして諸葛玄の三人もよく知っており、その性格もしっかりと把握している。

 その袁紹という人物、まあ端的に言えば、わがままで高飛車、そして自尊心の塊というか自尊心そのもので出来ているのではないかと言うぐらい、傲岸不遜な人物である……とのことである。

  

 「……ま、まあ妾の以前の事はともかくとしてじゃ。確かに、麗羽姉さまはそういうところの強い人ではあるが……でもまあ、七乃の言うように嫉妬はするかも知れぬが、精々それぐらいであろ?」

 「……だと良いんですけどねえ。麗羽嬢は無駄に行動力だけは、ある人ですから。特に、自分の自尊心に関る事ならなおさら……ね」

 「……」

 

 皆が袁紹の性格などを念頭において、その先に起こりそうな展開をあれこれと予想しあっているその最中、一刀はただ一人、腕を組んだままで黙していた。

 

 (……董卓が相国になって、皇帝の後見になる、か。……これは間違いなく、あの戦いの前触れ……なんだろうけど。……これだけ世界が違う以上、その裏にある事情も全く違うかもしれないしな。……となると、今打っておくべき手は一つしかない、か)

 

 その後、未だに袁紹のことで喧々諤々としている面々に対し、一刀からとある提案がなされた。その提案を耳にした瞬間、袁術はかなりの勢いで猛反対したのだが、結局、念には念をとした一刀の強い意志と、臣下一同の進言によって承諾せざるを得なくなった。

 

 そして、その朝議が行なわれた日から十日ほど後。袁術を含む大陸中の諸侯の下に、その“袁紹名義の檄文”が届けられたのである。

 

 『冀州の牧、袁本初がここに檄を飛ばす。先頃相国に就任した董卓は、その権威を傘に着て悪逆非道の限りを尽くし、都にて帝や民を蔑ろにする悪政を行なっている。その非道、まさに許しがたく、故に、我は漢の忠なる臣として逆賊董卓を誅滅せんがために、ここに、心ある諸侯の参集を呼びかけるものである』

 

 ~続く~

 

 

 狼「さて。仲帝記のその第十六羽をお届けしました」

 輝「今回から、新しいキャラクターが一人登場しました」

 命「・・・なにやら輝里が機嫌わるそうじゃが、うたまる氏の所の諸葛瑾こと、翡翠が、今回から正式登場じゃな」

 狼「まあ、輝里の気持ちも分からんでもないけどねー。ライバルとか云々以前に、今回はどっちかって言うと、輝里より翡翠の方が出番も多いだろうしね」

 輝「・・・べ、べつにそんな狭量なこと、欠片も思ってないっての!勘違いしないでくれる!?」

 命「まあ、輝里めの言い分はともかく、じゃ。出番といえば妾も・・・やっぱり無しなんじゃな」

 狼「はい、残念ながら。・・・と、言いたい所だけど」

 命「ほ?・・・妾・・・死んだんではないのか?」

 狼「まあ、せっかくだし、また別の名前で、しかもちょい役程度で、本編にはほとんど絡まない程度でよければ、出さない事もない」

 命「ぬぐぐ・・・・・・・・・ま、まあ、出れるなら贅沢は言わぬ。・・・で?別の名前ということは、また、李儒の役か?」

 狼「ま、その辺がどうなるかは、その時を御楽しみにってことで」

 

 

 輝「さて。今回いよいよ、反董卓連合の檄文が袁紹さんから出されましたが、美羽ちゃんたちはどっちに着くわけ?」

 狼「それはまた次回まで、秘密」

 命「一刀が最後に言っていた“手”とかいうのもか?」

 狼「そう。ここでネタ晴らししてもしょうがないしね。あ、それから。今回の作中に出てきた農具については、うぃき等を参考にして、あの時代にはまだ無さそうだなー、と思ったものを書きました事、ご了承ください」

 輝「作者の記憶違いも入っているかもしれませんので、あんまりきっついツッコミは勘弁してやってくださいね?」

 命「では、今回はここでお開きじゃ。そろそろクリスマスネタをひねらねばならんそうなので、これの更新が少々遅くなるやもしれんそうじゃ」

 狼「ですので、次回の仲帝記更新は、ゆっくり気長にお待ちください」

 輝「それではみなさん、また次回でお会いしましょう」

 

 

 『再見~!!』

 

   


 
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