No.100191

真・恋姫†無双 董卓軍 第二話 其の二

てんさん

BaseSon「真・恋姫†無双」の二次創作。
一部オリジナル設定あり。

閑話休題ネタパート。今回も時間が全く進んでいませんね。
続きました。それにしても劉備のむ……ゲボッ

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2009-10-10 20:37:51 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8056   閲覧ユーザー数:6472

「さて、それじゃあその人物の正体を教えてもらいましょうか」

 すでに日は暮れている。

 俺の周りには恋、霞、蘭、詠、ねね、月と外套で身を隠した人物の七人。劉備さんを捕らえた時と同じで近くには兵卒の姿はない。また外套で身を隠した者の姿を見られるわけには行かないので、天幕の中で会議は行われている。

「ここでなら大丈夫ですよ」

 俺がそう言うのと同時に、外套をめくり顔を見せる。

 現れたのは長い黒髪の女性。

「あんた、関羽やないか!」

 声を発したのは霞だ。さらには武器に手を伸ばす。

 俺は慌ててそれを止める。

「敵意はないから、大丈夫だよ」

「やけど、関羽っちゅうたら劉備の一の配下やぞ。なんでこんな所に……いや、考えられるのは一つしかないわな。劉備の奪還かい!」

 霞の問い詰めるような声にも関羽さんは反応しない。ただ俺を見つめているだけだ。

「霞。関羽さんをここに呼んだのは俺なんだ。正確には劉備さんを返す為にここに来てもらった」

 一瞬、何を言われたのかわからないのか、時間が止まったように皆の動きも止まる。平然としているのは俺と、先にこの事を告げられていた関羽さん、そして普段から表情の読めない恋ぐらいだ。

「な、何を言ってるの? 確かに劉備を人質にしないとは決めてあったけど戦闘の最中に返すなんて。内通を疑ってくれって言ってるようなもんじゃない!」

「詠、君がもし関羽さんの立場だとして、そして月が劉備さんの立場だったらどうする。戦場で俺みたいなやつに、月は無事です。何不自由なくこちらで預かっているだけですよ、と言われて信じるかい」

「そんなの信じるわけないじゃない!」

 当たり前の反応。だからこそ俺は言葉を続ける。

「そうだよね。だから実際に見に来てもらった」

「でも、だからって返すとはどういうこと!」

 一度目を閉じ、心を落ち着かせる。ここから先は俺の想像でしかない。関羽さんを連れてきた時点ですでに後戻りは出来無くなっているが、それでも最後に自分で自分の背を押す。

「さっきの戦で曹操と話をした。アレは異質だ。才気に満ち溢れ、自分の能力を知り、そして他人の能力を知る。その使い方を見極め、有効に使おうとする。そして時には無常にそれを切り捨てる」

「それと劉備を返すのと何の関係があるのよ」

「多分、曹操は劉備さんの才能に気付いている」

 そして恐れてもいる。だから関羽さんに俺を殺させようとした。その報復で劉備さんが殺されることを意図して。俺が曹操に殺されたのなら、その怒りの矛先が劉備に向かうかは分からない。だけど、関羽さんが殺した場合、その矛先は必ず劉備さんへと向かう。

 全く、どこまで見通しているんだか。

「劉備の才能?」

「人を惹きつける魅力、とでも言えば良いかな。つい助けてあげたくなるような、そんな気にさせられる、能力と呼ぶには相応しくないかもしれないけど、そんな才能」

「確かに、そんな雰囲気はあるわね。でもそれで?」

「正確な理由は分からないけど、曹操にとってそれは認められないのさ。有能な能力を持つ者が上に立ち、民を導いて行く。多分曹操の理想はそのような物。だけど劉備さんの場合は、平凡な者が上に立ち、有能な者が集まりそれを支える。まあ、劉備さんを平凡と言うのはちょっと違うのかもしれないけど、求める頂が違うのさ」

 求める頂か。俺が求める頂はどちらだろうか。そりゃあ、有能な者がいるに越した事はない。だけど全権を持った者がもし道を違えたら……だけど、無能な者が上に立つ場合、それに取って代わろうとする者が出やしないか。必要なのは権力の分散かもしれない。中央を成すのは一人でも、各分野でそれと対等な立場にいるものがそれぞれ居れば……。

「だから?」

 考え込んでしまっていた俺に、詠は続けるように促す。

 求める頂の件は今後考えるとして、俺は言葉を続ける。

「そして今回の戦いで曹操軍の強さは実感できた。董卓軍全てで当たれるなら兵力差で負けないだろうけど、反董卓連合と戦う場合にはそれは紛れもない脅威だ」

「……」

「場合によっては虎牢関を抜かれる。その時にこちらの陣営に劉備さんの身柄があった場合、最悪は……」

 そこで言葉を区切り、じっと詠を見つめる。

 詠なら気付いてくれるはずだ。俺の考えを。

「殺される。そしてすでに殺されていたと告げれば曹操の名に傷すらつかない、というわけね」

 その言葉にショックを受けたのは関羽さんだろう。体を震わせている。

 だから安心させる為に俺は口を開く。

「そうだ。だからその身を守ってくれる人の所に戻す。もちろん、この戦いが終わるまでは身を隠してもらわないといけないけどね」

 関羽さん、それに張飛と趙雲が守るのであればこれほど安全な場所はないだろう。こちらにいる恋、霞、蘭を護衛に回せれば多少は安全なのかもしれないが、その時にはその三人は戦場に居てもらわなくてはならない。最悪の場合……反董卓連合に討たれて殺されているかもしれない。考えたくはない事だけど、ありえないとは言えない。

「今なら、劉備がこちらに人質として取られている状況のままなら、後曲にいる劉備軍は前線には出てこない、か。確かに身を隠す場所は十分にありそうね。もし虎牢関が抜けられた場合でも、劉備軍の誰かが見つけたという流れにすれば良い。そして前回言った伝言役はそれで十分に果たせる」

 言いながら詠は何度も頷く。

 俺の考えをどこまで汲み取ってくれたのかはわからないが、一考の余地ありと考えてくれたのだろう。

 そして詠はさらに一歩踏み込んでくる。

「ならこれは軍師として進言させてもらうわ。そこまでするのなら劉備と同盟を組みなさい! そして劉備軍が汜水関を、董卓軍が虎牢関を塞げば反董卓連合は前後を挟まれ、兵糧すら補充出来なくなる」

「だろうね、そしてもし兵数の少ない汜水関へ反董卓連合が軍を向けるのなら、董卓軍がその背後を衝けばいい。それだけでこの戦は勝てる」

 俺の言葉に、詠は驚きの表情を浮かべる。

「わかっているなら……」

「わかっているから出来ないんだ。もしこの戦で袁紹、袁術、曹操……公孫賛や馬超は劉備さんに付いてくる可能性があるからこの際除外しておこう。もしその三人がここで倒れたらこの大陸のほぼ東半分を治める人物が居なくなる」

 戦いが終われば平和になるというわけではない。戦いが終わった後の方が大変なのだ。負傷兵の看病、治安の維持、やるべき事は山ほどある。そして統治者が変わったらそこに民の信頼を得るという作業も追加される。それが大陸の半分の領土で行われる。どれだけの作業になるか想像すら出来ない。まぁ、元になっているのがゲームから得た知識というのは黙っていた方が良いだろうが。

 勝たなくてはいけない。だけど勝ちすぎてもいけない。これはそういう戦いなんだ。

「そんなの、新しい人物を派遣すれば良いだけじゃない!」

「いるのか?」

「……なんですって」

「そんな人材がいるのかと聞いている。そりゃあ、袁紹や袁術が統治が上手いかどうかは俺は知らないけど、統治する人物が居なくなった場合の混乱の方が大きいんじゃないか」

「……曹操はともかく、袁紹と袁術に限って言えば、居ない方が良いのかも知れないわよ」

 え? そんなにダメなのか、その二人って……。それはちょっと計画が狂うかも。

「でも確かに、袁紹の元には顔良が、袁術の元には張勲が居たわね。統治的にはその二人がうまく回しているわ。居なくなったら黄巾の乱以上の混乱が起こってもおかしくはないわ」

 安堵する。しかし、そこまでダメな奴なのか、袁紹と袁術って。この際取り除いておいた方が良いのかなぁ、と計画の根底を崩す考えが頭に浮かぶ。だが慌ててその考えを振り払う。

「だけど北郷。この戦闘で出来るだけ反董卓連合の戦力を取り除き、帝無き今のこの大陸へ平和をもたらすと言ったのはあなたよ。それを今更……」

「そう、考えるべき事はこの大陸の平和であって、反董卓連合との戦いで勝利する事ではない。まあ、この戦いで勝利しないとこちらの命が危ないんで勝たなくてはいけないけどね」

「何が言いたいの」

「目指すのは条件付きの勝利。それで詠、確認したい事があるんだけど反董卓連合が結成される際に檄文が流れたと思うんだけど、内容はわかるか」

 今日何度目になるだろうか。驚きの表情を浮かべる詠。

「良く知ってるわね。天の御遣いの本領発揮ってとこかしら」

「どうせ周知の事実なんだろ。それはいいから内容を知りたい」

「わかった。今持ってくるわ」

 詠は一人天幕の外に出ようとする。

 ふと気が付き、俺はそれを引き止める。

「詠、念のため霞を連れていけ」

 曹操の細索が入り込んでいる可能性がある。念には念を入れた方が良いだろう。

 

 数分後、詠は霞を連れて一つの竹簡を持って戻ってきた。しかし、隣にいる霞の表情が優れない。

「どうしたんだ、霞」

「いや、なんか気配だけはするねん。巧妙に隠そうとしとるけどな。だけど近寄ってくる感じではなくただ見られてるだけっちゅうか……ウチ、まどろっこしいのは嫌いやねん。かかってくるんならかかってきてほしいわ!」

 そういうことか。やはりどこかに曹操の細索が忍び込んでいるんだろう。だけど目的は情報収集のみ、というわけか。劉備さんを表に出す時も気をつけないと気取られる、か。気をつけないといけないな。

「これが回ってきた檄文よ」

 詠から竹簡を手渡される。

 それを一気に開き……後悔した。

「すまん、詠」

「どうしたの?」

「会話は不自由なく出来るんで大丈夫だと思ったんだが……読めん」

 そう、竹簡に書かれている文字が読めないのだ。正確には漢字だという事はわかる。だけど日本の漢字ではなく……この時代の漢字と、まぁ、そういうわけだ。

「はぁ?」

「北郷……」

「馬鹿なのです!」

「北郷さま……」

 呆れられた。うん、でも仕方無いよな、この場合。しかし、一気にツッコミを入れられると悲しいものがあるな。

「要約を教えてくれ」

「まったく、その程度ならこれを持ってくる必要はなかったじゃない」

「本当にすまん」

 これで馬に乗ること以外に、読み書きも覚えないといけないな。まぁ、でもその前にこの戦闘だな。うん、気持ちを切り替えよう。

「簡単に説明するわね、帝を蔑ろにした政治が許せない。洛陽で傍若無人な振る舞いをしているのが許せない。董卓が私より高い位にいるのが気に入らない。以上よ」

「……」

 これを書いた人間ってバカなの? アホなの? 死ぬの? 前二つは良いよ。それが本当なら立派な理由だと思うよ。最後の一つなんだよ。

「この檄文を書いたのって……」

「袁紹よ」

 そうですか、袁紹ですか。よくこんな檄文で反董卓連合が集まったと思うよ。もちろん、参加した人物にはそれぞれ思惑があるんだろうけど。条件に優先順位をつけて譲歩できる点、できない点を出そうと思ったけど……これどうするよ。

 とりあえず考えてみるか。

 まず第一に、帝を蔑ろにした政治が許せない。これは仕方無い。すでに帝がお亡くなりになっている。そしてそれが知られれば天下に混乱を導くため隠している。新しい帝が立たない限りは無理だ。しかし万人が認める帝を立てることも無理だ、直系の血筋を持つ者がいない。だから俺は劉備さんにやってもらおうかと思ったほどだ。

 第二に、洛陽で傍若無人な振る舞いをしているのが許せない。これは嘘だ。月たちがしっかりと治めていた。しかし、それを確認させるには実際に洛陽を見てもらうしかない。しかしそれは第一の条件がバレる事になる。

 第三に、董卓が私より偉い位にいるのが気に入らない。……これ、考えないといけないのかよ。この条件だけを考えれば簡単だ。袁紹に董卓より上の官位を与えれば良い。だけどそれを実行できる帝がいない。

 全て第一の条件で破綻してしまう。帝の隠し子でも見つかればいいのだけど、少帝も献帝も子供だったはず。他にいるのか、だけどそんな人物がいるのなら月たちが帝にさせているだろうし。

 いくら考えても答えがでない。

 帝……帝……もしくはそれに匹敵するモノ。天……天の御遣い……は俺だな。その可能性は捨てよう。他に帝を証明するモノ……血筋、だけじゃ弱いか。劉性の人が何人も出てきちゃうもんな。ん? 帝を証明する物?

「なあ、詠。もしかして十常侍と何進の対立の時に無くなった物ってないか……例えば、玉璽、とか」

「っ!」

 詠の反応からわかる。やっぱり、無くなっているのか。洛陽を放棄する際に無くなるのかと思ったけど、この時期に無くなっているとなると……。

 ならきっと洛陽のどこかの井戸にあるはず。しかも、人が住んでいてみつからない場所、絞り込めば出てきそうだな。ならあとは見つける時期、見つける人物。董卓軍の将が見つけても信憑性は薄い。除外するしかない。三国志では孫堅がみつけたんだっけか、となると孫策……いや、やはり劉性の者でないと新たな火種になる。となるとやはり一番相応しいのは劉備さんか。

 うーん、劉備さんが受けてくれるかどうか。それに劉備さんが帝になることを是とするかどうか、特にあの曹操が。袁紹あたりは適当な官位を与えれば納得しそうな感じだが……。それでいいのかどうか。

「……んごう、おい、北郷っ!」

「ん?」

 いつの間にか、詠に肩を揺さぶられていた。全く気付かなかった。それだけ深く考え込んでいたという事か。

「ん、じゃない。何度呼んでも返事をしないし。何を考えていた」

「んー、この戦いで一番良い幕の引き方」

「良い案が浮かんだのか!」

「それがねぇ……良い案というか、他人任せというか……不確定要素が多すぎるんだよなぁ」

 あちらを立てればこちらが立たず。まぁ、人間なんて欲望に忠実だからなぁ、特に袁紹なんかはその筆頭のようだし。そういう人物は扱いやすいんだけど、やっぱり曹操だよな、問題は。それともう一人、劉備さんか。どこまでの覚悟を持っているのか、そこを見極めないとな。

「関羽さん、質問があるんだけど」

「私にか、私で答えられる質問であれば構わんが」

 いきなり話を振られた関羽さんの体が硬くなるのがわかる。まぁ、関羽さんにとってはここは敵地だしな。わからないでもないけど、出来れば仲良くしてほしいところだ。

「そんなに難しい問題じゃないよ。まず聞きたいのは劉備さんは何を目指しているか」

「そんなもの、民の安寧に決まっておる!」

 前に劉備さんにも聞いた。弱者を守るために戦うと。

「劉備軍にいる将と軍師、他にも秀でた者がいるのなら名前を知りたい」

「……」

 関羽さんの口は閉ざされたままだ。確かに軍の機密に関わる可能性がある。おいそれと口に出せる事ではないのかもしれない。だけど、確認しておかなければならない。

「頼む、関羽さん。必要なことなんだ」

「……将は私、張飛、趙雲。軍師に諸葛亮、鳳統。今現在名を上げれるとしたらそれぐらいだ」

 諸葛亮と鳳統がいるのか、この時期に。予想外の答えではあったが、それは望ましい答えでもある。劉備さんを補佐するのにこれ以上の人物はいないだろう。

「公孫賛、馬超と親しいようだが、もし劉備が立つとしたら手を取りあってくれるか」

「可能だ。そうでなければ親しくなどならんよ」

 これで五虎将軍と呼ばれた五人の内、四人はすでに劉備の元に集まっていると考えていいか。ならば足りないのは兵の数のみ。それは問題ではないな。統治する領土の問題だ。

 ならば、あと決めるべきは覚悟のみ。

「ありがとう、関羽さん。それじゃあ劉備さんの所へ案内するよ。あ、外套はまた羽織っていてね」

「あ、ああ……」

 質問の内容が気になるのだろうか。少し躊躇したが、劉備に会えると知っていそいそと外套を被りなおす。

「ちょっと、北郷。まさか関羽だけを連れて劉備に会うつもり?」

「そのつもりだけど?」

「あんた、バカ? いいえ、断言するわ、あんたはバカよ! 関羽は敵軍の将なのよ、それも一流の。丸腰の、しかも武術の心得もないあんた一人が付き添って何かあったらどうするのよ」

「それは私に対する侮辱か! 丸腰の者に手出しなどせんよ」

 詠と関羽さんの間で火花が散る。

「詠、俺は関羽さんを信じているんだけど……」

「あんた、関羽に会ったの今日が初めてでしょうが。それで何が信じられるっていうのよ!」

「でも、月や詠に会った時もそんな感じだったぜ。詠だって……いや、月の影響もあったか、だけど詠もそう感じてくれたから真名を預けてくれたんだろ。俺の思い違いだったら違うって言ってくれ」

 少し卑怯だと思う口論。だけど、信頼関係なんて一日もあれば、いや数分でだって築く事が出来る。

「そ、それはそうだけど……」

「まぁ、だけど詠の心配ももっともだ。誰か俺の警護役として付いてきてくれるか」

「それなら私が行こう」

 俺の呼びかけに数瞬も置かずに蘭が答える。恋や霞も手を上げようとしていたようだが、わずかに蘭が速かった。

「そうか、なら蘭に頼もう」

「任せてもらおう! すまんな、恋、霞」

 嬉しそうな蘭の表情。良い笑顔じゃないか。

「そうだ、曹操の細索が紛れ込んでいる可能性があるから、恋と霞には月、詠、ねねの警護も頼みたい。そうだな、組み合わせはどうするか……」

「恋殿のお供はねねに決まっているですぞ!」

 真っ先に反応するねね。いや、この場合はどちらかと言うとねねのお供が恋になるんだが……、まあ、いいか。それで。

「それじゃあ、霞には月と詠の二人の警護を頼む」

「はいよっ」

「それじゃ、解散っ」

 と、俺が言ったところで誰も動こうとしない。

 あれ? なんでだ?

「北郷、あんた本当にバカでしょ。あんたの頭の中では策が決まっているかもしれないけど、説明してくれないとわからないのっ!」

 ああ、すっかり忘れてた。

 俺は改めて自分の考えていた計画を説明する。関羽さんも交えて。この計画で一番影響を受けるのはこの中では実は関羽さんだったりするので、外す事ができなかったのだ。

 そして説明が終わって返ってきたのは怒号とも思える絶叫。

 やれ無責任だ、やれ無計画だ、行き当たりばったりで成功の可能性がないだ、と言われたが、丁寧に説明するとわかってくれたのか、それとも諦めたのか、静かになっていく。

 全員が納得……したのかどうかは別として、どうにか説明から開放された俺は蘭と関羽さんを連れて劉備さんの元へと向かった。

 

「桃香さま!」

 劉備さんを保護、と言っていいんだろうか、している天幕に入るや否や関羽さんは外套を脱ぎ捨て、劉備さんへ飛びつく。桃香というのは劉備さんの真名なのだということがわかる。

 よほど心配していたんだろう。目には涙すら浮かんでいる。

「愛紗ちゃん? どうしてここに」

 最初は何が起こったのかわからなかった劉備さんだが、抱きついてきたのが関羽さんだとわかると笑みが浮かぶ。

 お互いがお互いを抱きしめる。

 前に劉備さんが言った愛紗って関羽さんの事だったのか。まぁ、関羽さんか、張飛か、趙雲かとは思っていたけど。しかし、出来ればこの時間を延ばしてあげたい所だけどこちらにも用事がある。仕方なくではあるが、俺が声をかける。

「劉備さんの事が心配になって見に来たんですよ」

「北郷さん……でもだって、戦の最中じゃないんですか? それとも決着がついたんですか?」

「いいえ」

 戦に勝ってここにいるのならどれだけ気が楽だろうか。だけど、俺はこれから様々な人のこれからを、董卓軍の人間だけでなく、反董卓連合の人間すらも巻き込んで変えていくつもりなのだ。そしてその中心になるのは目の前にいる一人の女性、劉玄徳。

 だけど俺はそれを悟らせないように表情を隠す。

「ならどうして……」

「ですから、心配になって見に来たんですよ。曹操の攻撃を止めてまでしてね」

「えっ!」

 劉備さんの驚きの声。

 まあ、当然だよな。同じ連合に所属している他の軍を止めてまで敵である俺を助けたんだから。

 その声に呼応するように、関羽さんは劉備さんから手を離し、一歩下がった所で方膝を付き頭を垂れる。

「申し訳ございません。連合の将にあるまじき行為である事は重々承知しております。お叱りは如何様にも」

「ううん、私の事を心配してくれた愛紗ちゃんを叱ったりなんか出来ないよ」

 だけど、劉備さんはそんな関羽さんに優しく手を差し伸べる。

「桃香さまっ」

 そして改めての抱擁。

 うん、いいシーンなんだけどさ。こっちにも時間が有るんだ、申し訳ない。そんな気持ちで二人の肩を叩く。

「さてと、感動の再会もいいんだけど、こっちも思惑があってやってきたんだ。劉備さん」

「思惑?」

「ちょっと訳がありまして。劉備さんをこれ以上ここに置いておくわけにはいかなくなったんですよ」

「えっ、それじゃあ、私殺されちゃうんですか! だから最後に愛紗ちゃんに会わせて……」

 涙目になる劉備さん。

 あれ、俺、言葉間違えたか? なんでそうなるの? もしかして、いや、もしかしなくても劉備さんって天然? 前にもかなり勘違いされたし。前回のはまだ良い、捕虜の待遇なんてそんなものかもしれないと納得できる。だけど、今回の勘違いはないだろう。

「なにっ、おのれ、北郷。謀ったな!」

 そしてこっちも信じてるし。

「関羽さん、というか関羽、お前、人の話を聞かないって注意された事ないか」

 頭痛がしてくる。

 関羽さんにはしっかりと説明していただろうに。何を聞いていたんだ、何を。

 はぁっと一度ため息。なんでもう疲れているんだろう、俺。

「明日、改めて董卓軍は反董卓連合に攻撃を仕掛けます。その際に劉備さんは関羽さんと一緒に劉備軍に戻ってもらいます。ただし、この戦の間は身を隠していてください」

「えっ、帰っていいんですか?」

「はい、ちょっと込み入った事情がありまして。詳しい内容はこの書状に書いてありますので、劉備軍に戻ったら諸葛亮や鳳統と一緒に見てください」

 俺は字が書けない、もちろんこちらのという意味で普通に日本語であれば読み書きは出来るって誰に説明しているんだ俺、ので詠に書いてもらった物だ。ちなみに、今読まれると非常に困ったりする。返ってくる言葉が想像できる。「無理」、「出来ない」、「ありえない」、多分そのどれかだ。だからこそ、諸葛亮や鳳統といった軍師と共に読んでもらう必要がある。

「それで明日なんですが、そのままの格好では二人とも目立ち過ぎますので董卓軍の兵士の服を着ていただきます。髪も隠せるようにしておいてください」

 こちらの世界で会う武将は女性ばかりだが、兵士は普通に男だけだ。だから女の恰好をしていては目立つ。劉備さんが関羽さんを連れて董卓軍から劉備軍に戻るところを知られてはマズいのだ。

 知られてはマズいと言えば――

「蘭、気配はあるか」

 蘭へ視線を向けて確認する。

 蘭は頷きつつ、サッとあたりを見渡すように視線を動かす。

「ああ、距離を取ってはいるが、ここの護衛以外に人がいるな」

 それを見て関羽も同様に視線を動かす。先ほどの場に関羽も居たのだ。曹操の細索を探しているという事が分かったのだろう。そしていくつかの方向を指差して行く。

「私が感じている人の気配はこちらと、こちらと、それとこちらだな」

「ああ、それだ」

 最後に指を指した時、蘭が頷く。その方向にいるのが曹操の細索で間違いはないだろう。一流の武人が二人、気付いたのだから。しかし俺には当然の事ながら全く感じる事は出来ない。どうすれば身につくものなのだろうか。

 とにかく、曹操の細索がいると。それだけわかればいい。それを前提とした行動を取ればいいのだから。

「そうか、関羽さんも同じ方向に気配を感じるか。なら間違いないな」

「なんだ、北郷。私の意見だけでは不満か」

 蘭の言葉が重い。

 あ、なんか逆鱗に触れたかも。今のは確かに俺の言い方が悪かった。反省しよう。

「違う、確率の問題だ。関羽さんや蘭のような一流の武人が二人とも感じたのだから、より確実だと言いたかったんだ」

「今、関羽の名を先に言ったのには何か意味があるのか?」

 蘭の視線が突き刺さる。

 墓穴……自分で掘った落とし穴に落ちて、さらにその拍子に壁が崩れて埋まってしまったような気分。どう弁解するべきか。だけど、今更に口を開いたら状況が悪化しそうな気がする。

 嫌な汗を背筋に感じる。

「まあいい、確かに関羽は一流の武人だ。それは私も認めている。それと対等に語られた事に満足しておこう」

 蘭の視線が柔らかくなる。

 あれ、蘭って、いや、華雄ってもっと猪突猛進って感じの武将だと思ってたんだけど……そういえば、呉の呂蒙は最初武将だったけど猛勉強して呉を率いる軍師にまでなったんだっけ。もしかして華雄もそのタイプで、汜水関で死ななかったから成長しているのか。

 とりあえず身の危険が去った事に安堵する。

「劉備さん、関羽さん、董卓軍の兵士の服を持ってきてあります。背丈から目測したものですので、一度着て確認していただけますか」

 俺は手に持っていた服を二人に渡す。予備として何着か蘭にも持ってきてもらっているが、今手渡したのがサイズ的には丁度良いと思う。

「はい……」

 劉備さんはそれを受け取り、そして何かを訴えかけるような視線を送ってくる。

 一式渡したよな……劉備さんの手元にある服を確認する。確かに一式揃っている。だとしたらなんで……。

「あ、あの……北郷さん、ここにいるんですか?」

「あっ、すみません気付かなくて……って、蘭、外は見張られていると考えていいんだよな?」

 そうだよな、俺が居たら着替えられないよな、と思うと共に、外に細索がいる事を思い出す。

「ああ、そうだな」

「となると、俺一人で外に出ていると不審だな……」

 蘭と一緒に外に出れば、いや、曹操は俺の名前を知っていた。こちらにいる細索には俺が董卓軍を指揮していると見られている。それなのに他の者を置いて外に出ると曹操に疑念を抱かれるかもしれない。

「……んー、困ったな」

 だけど着替えてもらわないといけない。何か不備があったら明日までに直しておかなければならないのだ。時間は無い。

「北郷さん、着替え見たいんですか?」

「へっ?」

 真っ赤な顔をして聞いてくる劉備さんの問いに対して、俺は変な声をあげてしまう。

「いや、見たいか見たくないかと言われれば、そりゃ男ですから見たいと……いえ、そういうわけじゃなく、いや、そういうわけなのか?」

 自分で何を言っているのかわからなくなってくる。

 そして、俺の後頭部を掴む力強い手。

 俺って敵に殺されるんじゃなく、味方に殺される役なんじゃないか。きっとそうに違いない。変な死亡フラグを立てて、味方の攻撃で殺されるんだ。きっとそうだ。

「北郷、ちょっと外に出て頭冷やそうか。なに、ちょっと頭の形が変わるぐらいですむと思うぞ」

「蘭、勘違いしてる。絶対に勘違いしてるぞ! 今俺が外に出ると曹操に感付かれる可能性があるから困ってるんだ」

「……ふむ」

 納得してくれたのか、後頭部を掴む手が緩む。だけど離そうとはしていない。付かず離れずの位置をキープしている。

「それではですね、俺は出来るだけ離れて後ろを向いて……それと蘭、俺の目を手で隠してくれ」

「ほう、自分の手では安心できないぐらいに見たいと」

「違うって。こういうのは女同士で確認できた方が安心かなって思っただけだって」

 沈黙。

 蘭はちょっと驚いた表情を浮かべている。

「女……北郷は私の事を女と思ってくれているのか」

「うん? 蘭は女だよな? えっ、まさか違うのか?」

 男……には見えないし。はっ、まさか、最近話題の「男の娘」と書いて「おとこのこ」と読むあれか! ってそんなわけないよな。

「い、いや、違わん。どっからどうみても女だろうが!」

「そうだよな。それでいいですか? 劉備さん、関羽さん」

「はい、それなら……」

「私も異論はないぞ」

 ゆっくりと後ろを向き、正面から蘭に視線を塞いでもらう。後ろからではなく、正面からなのは一応、劉備さんと関羽さんの様子を見てもらうためだ。

 だけど、背後で衣擦れの音が聞こえると、やはり男としては冷静ではいられなくなるわけで……耳も塞いでもらえば良かったか。って、それじゃ蘭の腕が四本必要だよ。

 時間感覚がおかしくなる。もう何時間も待っているような気もするし、まだ数分も待っていない気もする。とにかく早く終わってくれ、そう願うだけだ。

「あの、北郷さん」

「ひゃいっ!」

 永劫とも思える時間の後、劉備さんの呼びかけに動揺を隠す事が出来ない。

 心臓がバクバクいっている。目には見えないけど、近くには半裸の劉備さんと関羽さんがいるわけで……緊張するなという方が無理なんだよ。でも目の前には俺の目を塞いでいる蘭がいるわけで……もし何か間違いがあったら、即行で蘭に頭を潰される事確実です。少なくとも頭の形が変わります。

「何ですか? その返事。それよりこの服なんですが、丈はピッタリなんですが、ちょっと小さいというか、入らないというか……」

「え? 少し大き目の物を選んできたつもりだったんですが、入りませんか」

「えっと、その……」

 なんだろう、劉備さんの言い難そうな声。

 続きの言葉を待つが、反応が無い。

「ふむ、北郷。劉備の胸が規格外だ」

 実際に見て確認したのであろう蘭の言葉。

「そう、胸が……むねーーーーっ!」

 思わず声を上げてしまう。まるで悲鳴のような声を。

 いや、恥ずかしいのは俺じゃない。劉備さんの方なんだ。だから俺が慌てることじゃない。落ち着け、落ち着くんだ。素数だ、素数を数えるんだ。って、この時代に素数ってわからないよな。あっ、俺がわかればいいのか、って全然落ち着けねぇ。

「どうした、北郷。顔が赤くなっているようだが」

「あのな、蘭。女だったらちょっとは恥じらいを持てよ」

「ふむ、そういうものか……北郷はこういう時に恥じらった方が好みなのか?」

「いや、一般的にだな……あー、もう、そんな事を言ってる場合じゃない。劉備さん、他の大きさの服も用意してありますので、さらに大きいので試してもらえませんか」

「はい、わかりました」

 結局、劉備さんの胸が入る服は一番大きい物しかなかった。しかも胸に合わせた所為でかなりだぶついた見た目になってしまったが、後は騎乗して移動するだけなのでそれで我慢してもらう事になった。ちなみに関羽さんの方はもうちょっと小さい服で収まった。それをちょっと気にしているようだったが、触れない事にした。


 
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