No.100074

真・恋姫†無双 董卓軍 第二話 其の一

てんさん

BaseSon「真・恋姫†無双」の二次創作。
一部オリジナル設定あり。

結局続きを書き始めました。第二話は三部構成の予定。
今回は全くと言っていいほど時間が進んでませんね。そして董卓軍活躍してません。前回の引きは何だったんでしょう、とツッコミを入れたいぐらいに。

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2009-10-10 12:53:14 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:8283   閲覧ユーザー数:6501

「さて、勢いだけは良いものの、反董卓連合を相手にどう立ち回るものか」

 今居るのは虎牢関の上。俺の目前には整然と隊列を組む反董卓連合の軍勢が見える。劉備軍が担当していた箇所には曹旗が上がっている。それはすでに曹操が汜水関からこの虎牢関へ移動を済ませた事を意味している。

 代わりに劉旗、公孫旗、そして馬旗が遥か後方へと移動を済ませている。劉備と近しい人物を戦力外として引き揚げたのだ。馬旗の主は馬騰の名代として参加していた馬超。会議などを通じて劉備さんと仲が良くなっていたらしい。

「そうね、まさか曹操軍がこんなにも早く合流するなんて……まるでこうなる事がわかっていたみたいな速さだわ」

 詠も相手の布陣を見て驚きの声をあげている。曹操軍が到着する前に一当てして兵力を減らすと進言していたのだから、その思惑が上手くいかなくってはがゆいのだろう。

 先の戦闘では劉備を捕らえて反董卓連合を一時撤退させているが、兵力的にはまだ差があるとは言えない。なにより、先の戦闘ではこちらが虎牢関に篭っているだろうと思っていた所へ野戦での勝負を挑むという虚を衝いたから、作戦が上手くいったと言える。今度は万全の体制で挑んでくるだろう。

「兵力的には五分。連携ではこちらが上。だけど将の数ではあちらが上、か」

 さて、どう戦ったものか。前回のように恋と霞に誰かを攫ってきてもらう……なんて事は出来ないだろうしなぁ。

 思案に耽る。

「将の質では負けておらんぞ!」

 勇ましい蘭の声。その声に少しだけ勇気づけられる。

 確かに、恋、霞、蘭の三人の将はこの大陸でも上位だろう。武力では恋が、指揮能力では霞が、蘭は……まぁ、総合的に考えて上位という事で。だけど、相手にもそれに負けず劣らずの将がいる。特に曹操軍には気をつけなければならないだろう。武力、指揮能力、そして策に秀でた曹操自身が好きなように動かせる軍なのだから。

「やはり曹操軍か……」

「曹操軍が厄介ね」

 俺と詠の口からほぼ同時に同様の内容の言葉が出る。

「詠の戦略を聞かせてもらおうか」

「そうね、まずは中央の袁紹軍だけど、まず動かないと見ていいでしょうね」

 同感だ。だけどその理由を他の者に伝えないといけないだろう、俺は詠の言葉を待つ。

「まず先の戦いで一番消耗が激しいのがこの袁紹軍だという事。恋の突撃と、その後に続く兵の攻撃でかなりの数の死傷者を出しているわ。兵力の補充を待ちたい所でしょうね。まあ、袁紹に言わせれば、どうして自分の軍だけが大変な目に遭わなければいけないのか、という所でしょう」

 詠の言葉に、その場に居る他の者も頷く。

「次に袁術軍だけど、こちらも積極的には動かないと見ているわ。この軍で注目しなくてはならないのは客将の立場にいる孫策だけど、こちらも先の戦闘で被害を受けている。袁術軍としての消耗は大した事はなくっても孫策の部隊に限って言えば連戦をするほどの規模はないと思う。逆に袁術自身が軍を進めるのであれば、その能力は孫策に比べれば低いわ。対処は可能でしょう」

 詠がチラッとこちらを見たのがわかる。俺が以前に言っていた注目すべき三人、曹操、孫策、劉備が正しかったということを今更のように実感しているのだろう。

 少しだけ胸を張りたい気分になる。

 それが伝わったのか、詠の目が据わる。その目は図に乗るなと語っている。

「だけどこれは予想でしかないわ。さっき言った袁紹軍の動きは予想した通りになるでしょうけど、孫策がこちらの思惑通りに留まってくれるかは半々という所ね。好戦的な性格のようだし、突出してくる可能性が0ではない」

「孫策軍には私が当たりたい!」

 間髪を入れずに蘭が一歩前に出て告げる。雪辱を晴らしたいのだろう。だけど、今はまだ詠の説明の途中だ。何かを決定するには早い。

「蘭、それは詠の話を最後まで聞いてからにしよう」

「……はっ」

 少しの逡巡を置いてから、元の位置へと戻る。

「後曲にいる劉備軍、公孫賛軍、馬超軍。これを動かないでしょうね。特に劉備軍は」

 こちらにその思惑はないにせよ、劉備が人質としてこちらにいるのだ。動くはずが無い。だけどそれは軍としてであって、救出部隊は編成しているかもしれない。だけどそれもこの地形を考えれば可能性は少ないだろう。両側を断崖絶壁で挟まれたこの道ではこちらの裏に回るには一度汜水関を経由して遠回りをしなければならない。そして正面から来るのであれば、目に入らないはずが無い。そんな無謀な事はしない、いや、出来ないだろう。

「というわけで、もっとも警戒すべきは曹操軍となるわ。この軍には夏侯惇、夏侯淵、そして許緒という将と荀彧という軍師、そして一番注意しなければならないのが曹操自身ね。今この場に曹操軍がいるという事は、先の戦闘での結果が出る前に動いていたという事。汜水関で留まるように見せたのは計略だったのかもしれない。もしこちらが劉備を捕らえるのに手間取れば、増援として現れていたでしょうね」

 そう考えると背筋が寒くなる。こちらが仕掛けた計に乗る振りをして、逆に利用されていたのだから。

「ねねはどう考える」

 詠の言葉は以上で終わりだ。ならばこの軍のもう一人の軍師の意見を聞くべきだろう。

「むむむ、詠の後に聞かれるのは心外ですが、詠の言う通りだと言うしかないのです」

 少しだけ驚く。てっきり「恋殿がいればどんな敵が来ても大丈夫です!」とでも言うかと思っていたのだが、流石は陳宮という事か。

「可能であれば曹操軍に全力で当たりたいところだが、流石にそれは無理だしなぁ」

 袁紹軍、袁術軍が動かないというのは、敵対する軍が有ればという前提がつく。目の前に敵がいないのに軍を動かさないとしたら、その将は馬鹿と言うしかない。伏兵が隠せそうな地形であれば別だが。

 皆の視線が俺に集まっているのがわかる。俺の言葉を待っているのが。

 俺はそんなに優秀な人物じゃないんだけどな……胃がキリキリする。これが人の上に立つ負担、か。

「……まずは一当てしてみるしかないか」

 それが俺の出した結論だ。

 負けない為の布陣を敷き、曹操軍の出方を見る。そう決めて軍の編成を行う。

「まず中央の袁紹軍に対して蘭、そして補佐にねね」

「なんだとっ!」

「なんで恋殿と一緒じゃないですか!」

 二人から上がる抗議の声。

 蘭は孫策と戦いたいのだから、孫策を見かければ攻撃を仕掛けてしまうだろう。だが今回の目的は袁紹軍と袁術軍を動かさない事にあるのだから、攻撃をしてもらっては困るのだ。

 ねねについては恋と一緒の場合は恋の武力に頼りきりになって策を練る事をしなくなる。せっかくの軍師がそれでは意味が無い。

 二人の抗議の声を無視して俺は言葉を続ける。

「袁術軍に対しては霞。補佐をつけない代わりに連絡用の伝令を普段の倍つける。逐次連絡を取ってくれれば、状況判断は任せる」

「ええんかい? 突撃するかもしれんで」

 霞はニカッとした笑いを見せる。

 状況判断を任せると言ったのは、もし孫策が出てきた場合を考えての事だ。

 霞の機動力があれば戦場を縦横無尽に駆け抜けられる。場合によっては逃げを、そして攻撃を選択できる頭脳もある。本当なら補佐として軍師をつけたいところだが、今回は出来るだけ曹操軍に人を回したい。

「最後に曹操軍には恋、そして補佐として俺と詠」

「…………んっ」

 恋の反応はコクンと頷くだけ。

 曹操軍に対して董卓軍の半数を持って当たる。数の上では曹操軍の倍近い兵力ではあるが、限られた戦場ではその優位性はどこまで保てるかわからない。打ち明ける事は出来ないが、詠の隊には負けたときの後詰をお願いする予定だ。

 こうして虎牢関の戦いの二戦目が始まる事となった。

 

 布陣が終わる。その最中にも弓による散発的な攻撃が仕掛けられてきたが、こちらに目立った損傷はなかった。

 目の前には曹操の軍。威圧感を感じるのは気のせいだろうか。

「恋、今回も先頭を頼む」

 俺は恋の隣へ進むとそう告げる。

 ねねが恋の武力に頼む所があると思い切り離したのだが、俺自信も恋の武力に頼りきっているではないか。苦笑してしまう。

「……大丈夫、ご主人様は恋が守る」

 そう言うのと同時に、ゆっくりと俺の頭をなでる。まるで子供をあやすように。

 一瞬、その手を払いのけようとしたが、なんだか安心感、そして虚脱感を感じてされるがままになってしまう。

「……恋の友達、こうすると気が楽になる」

 恋の友達、確かいっぱいの犬だっけか。犬と同じ扱いというところはちょっとだけ気になるが、悪い感じはしない。

「あんたたち、戦場で何やってるのよ!」

 詠の怒鳴り声。

「いや、これは違う、違うんだ……」

 慌てて手を振る。そんな俺の反応を無視して、恋はなでる手を止めようとはしない。

 なんだ、俺のこの反応。まるで浮気を見つかった旦那みたいじゃないか。

「仲がよろしい事で」

 ジトッとした視線。殺気すらも感じる。

「…………?」

 そんな雰囲気を全く気にせずに、恋は小首を傾げる。

「……詠もなでて欲しい?」

「違うわよっ! だからなでようとしない!」

 恋は俺の頭の上から手をどかすと、詠の頭をなでようとする。だが、その手を詠は払いのける。

 悲しそうな表情を見せる恋。

 詠は少しだけ後悔した表情をすると観念したようにがっくりと肩を落とす。

「な、なでたければなでなさいよ」

「…………うん、なでる」

 恋はゆっくりと詠の頭の上に手を置く。

「…………いいこ、いいこ」

「いいこ、いいこ、すなっ!」

 周囲からも笑いが起こる。俺も思わず吹き出してしまった。

 戦場の一部で起こった笑い。その場を見ていない者にはさぞかし怪しく見えただろう。

 笑いが収まるまで待つ。皆の顔が自然と厳しい者へと変わっていく。これから戦をする顔へ。

「それで、作戦はさっき言った通りでいいのね」

 最終確認。

 詠の言葉に俺は頷きで返す。

「ああ、まずは恋を頂点とした錐行の陣で曹操軍中央まで突入する。その後を方陣を敷いた北郷隊が援護する。賈駆隊にはここで待機してもらって、臨機応変に対応してほしい」

「援護に回るのはボクの隊の方が良いんじゃなくって?」

「詠の元へは霞からの連絡も来る、そちらの対応もお願いしたい」

 仕方無いと言った感じで、詠は辺りを見渡す。視線の先にあるのは張遼隊が布陣しているあたりだろうか。しばらくそこを眺めていた詠の視線がゆっくりと一人の少女へと移る。

「……月も、連れていくの」

「……月がいないと俺は馬にも乗れないからね。でも何があっても月だけは守ってみせるよ」

「当たり前じゃない。月に何かあったら許さないんだからね!」

 本心からの心配なのだろう。俺としても月を連れ回すのが良いとは思わないが、この戦いの間だけはどうしても仕方がない。この戦いが終わったら馬の乗り方を習って一人で乗れるようになろう。

「……大丈夫、月も恋が守る」

「ああ、頼りにしてるよ、恋」

 あまり表情の変わらない恋だが、笑顔になったように感じた。いや、笑顔になったのだろう。

「さて、行くとしますか。な、恋」

「…………んっ」

 恋が馬の腹を蹴り前線へと移動する。

 その後、月に支えられて馬に乗った俺も自分の隊の元へ移動する。しかし、本当に早く一人で馬に乗れるようにならないとな。このままではいつか月を危険な目にあわせてしまう。そんな事になったら、その後で詠に殺される。いや、違うな。俺が月を危険な目にあわせたくないのだ。本心を言えば、親しい人間には誰一人として危険な目には遭ってほしくない。

 だけど、ここは戦場なんだよな。まずは出来る事をしないと。今は強いて言うなら……目の前に座っている子を危険な目にあわせない事だ。そう心に誓う。

 

「嘘だろ、おい……」

 突撃を開始した呂布隊の勢いが止まる。錐行の陣で一点突破をするはずの恋が曹操軍の前衛に止められている。恋の後に続くはずだった兵が無駄に左右に広がっていく。突進力が完全に無力化されている。

「月、見えるか?」

「はい、恋さんが三人の武将に囲まれています」

「三人?」

 頭に浮かんだのは夏侯惇、夏侯淵、許緒の三人の名前。だけど、隊を率いるべき将が三人も揃った場所にいるってどういう事だ。

 考えろ、曹操の目的を。俺が曹操だったら、そうする意図はなんだ……。

 こちらのジョーカーに対して、エースを三枚切ってきた。目的はジョーカーの排除? いや例え三人相手でも恋が遅れを取るとは思えない。関羽、張飛、趙雲の三人を相手に立ち回れるだけの力を確認しているじゃないか。夏侯惇、夏侯淵、許緒の三人がその上を行くとは考えられない。そうだとしたら目的は恋の足止め。正確には呂布隊の足止め……目的は別の部隊……董卓軍で一番重要な人物を狙っている? 誰だ。普通に考えれば董卓、月なのだが、それを知っている人物は董卓軍でも少ない。それに董旗を立てている部隊は存在しない。なら誰を狙う。

「北郷さま、曹操軍の一部隊が呂布隊の右を突破してきます!」

「なんだって!」

 月の声に慌ててその方向を見る。黒で統一された防具と服で身を固めた一団が呂布隊の一部を切り裂いて北郷隊との間へ抜けて来る。

 北郷隊に緊張が走る。援護が主としていたため、弓を持った兵が前衛にいるのだ。慌てて隊列を組み直すように指示を出す。だが、それよりも敵軍が突っ込んで来るのが先だろう。

 戦闘は始まったばかりだが、撤退を視野に入れた方が良いか。そう考えたのだが、敵軍の速度が緩む。いや、完全に止まった。

 そして敵軍の中から一頭の馬だけが進んで来る。乗っているのは金髪の少女。月とそう歳は変わらないように見える。だが雰囲気は全然違う。片手に大鎌を携え、まるで死神とでも呼ぶべき雰囲気を醸し出している。

 まずは会話をしろという事か。それもこの俺が目的のようだ。前回の戦闘がうまくいきすぎたんだよな。そうそう予想通りに進むわけがない。

 俺はゆっくりと馬を降りる。

「月、もし俺が……俺が倒されるなり、捕まるなりしたら詠の元へ行ってくれ。詠ならきっと打開策を打ちたててくれる」

「そんな、そんなこと出来ません!」

「大丈夫、もしもの時のためだ。まだこっちには恋や霞たちがいる。いくらでも再起が可能だ。だけど月、君が倒れたらそこで終わりなんだ」

「ですが、北郷さま。北郷さまは帯剣すらしておりません。攻撃されたら……」

「大丈夫だから。話し合いをしてくるだけだし」

 まぁ、正確にはこちらの剣が手になじまなくって持ち歩いていないだけなんだけど。それに実際に振り回してみたけど、実戦で役に立つとは思えなかった。それなら帯剣などせずに逃げに徹した方が良いのではないかと思い、剣を持っていないのだ。

 金髪の少女は敵軍と北郷隊の中央で立ち止まっている。俺もそこまで歩いていくのにそう時間はかからなかった。

「へえ、あなたが新しく董卓軍に入ったという男、ね。名前は北郷一刀、だったかしら」

 情報収集に余念がない事で。しかし俺の名前まで知られているとなるとスパイ……この時代だと細索になるのか、でも忍ばせているんだろうな。

「曹孟徳に知られているとは光栄だね」

「あら、私が曹孟徳だとわかって目の前に現れるなんて。その度胸は認めてあげるわ」

 半分は勘だったのだが、目の前にいる少女が曹操か。しかし曹操が美少女……この世界の武将って女しかいないんだろうか。三国志のイメージが壊れまくる。

「それで、こんな場を設けて何がしたい。世間話がしたいってわけではないんだろ」

「そうね、この状態もそう長い事続かないでしょうから、用件は早めに済ませる事にするわ」

 曹操は呂布隊の一部を切り裂いてこちらの喉元へと来ているわけだが、逆を言えば、呂布隊と北郷隊に挟まれているとも言える。現在それぞれの隊の指揮官、呂布と俺が指示できない状況になっているが、詠あたりが気付けばなんらかの指示を出すだろう。

 少なくとも北郷隊の隊列が直るまでは時間を稼ぎたいところだが……だがそんな希望は一瞬で打ち壊された。曹操の言葉によって。

「あなた、死んでくれないかしら」

 言葉と共に大鎌が振り上げられる。まるで路上の石ころが邪魔だから蹴飛ばすかのような自然さを持って。

「曹孟徳は丸腰の者を切ると?」

「あら、気丈なのね。でも私は必要と有れば躊躇はしないわ。先の戦闘ではあなたの策で劉備を捕らえたそうじゃない。どう、私の元へ来ない? 能力があるのなら優遇してあげるわよ」

 俺の引き抜きに曹操自身が出てくる……三国志では人材を集めていたことで有名な曹操だ。その曹操に認められたのなら悪くない気分だ。だけど答えは決まっている。

「悪いけど董卓軍に恩があるんでね。そっちこそ反董卓連合なんて抜けてこっちに来ないか。まだ人数少ないから優遇するぜ」

「私、人の下で働くのって嫌いなのよね」

「だと思ったよ」

「交渉決裂ね」

「だな、それで配下にならないなら存在自体いらないって事か」

「理解が速いって便利で良いわね。本当に勿体無いわ」

 大鎌が振り下ろされる。その軌道の先にあるのは多分俺の首。

 だが、その大鎌が俺の首に届く事はなかった。

 横から現れた武将の武器によって間一髪の所で止められている。長い、とても長い黒髪の女性。少なくとも董卓軍の将ではない。一兵卒でもないだろう。曹操ほどの者の攻撃を防げる一兵卒がいるとは聞いたこともない。となるとこの女性は違う軍に所属する将という事になるが、俺を助けて益のある軍なんてあるのか。

「ふふっ、受け止めてどうするというのかしら。ねえ、関羽」

 関羽? これが武神と呼ばれる関雲長。それではこの武器が青龍偃月刀なのか。しかし、なんで関羽が俺を?

「この者を殺して、劉備さまの身に危険が及んでは困るのでな」

 そうか、助けたいのは俺ではなく劉備さんか。劉備さんに危害を加えるつもりはないけど、向こうがどう思っているかは別だよな。

「劉備、ね。ならその男を捕らえて交換にでもしたら良いじゃない」

「丸腰の者を捕らえるのは武人としての誇りが許さぬ」

「ならどうするというのかしら、関羽」

 大鎌を下げる。合わせるように、関羽も青龍偃月刀を引き上げる。

「教えてあげるわ、その男がここにいる董卓軍をまとめているの。だから捕虜になった者はその男の好きに出来る。さて、若い男が若い女を捕虜にしたらどうなるか、それはわかっているわよね、関羽」

「ぐっ!」

 そんなことない、と言っても信じてはもらえないんだろう。なにより、俺がこの雰囲気に圧倒されていて動く事が出来ない。口を開くことすら出来ない。これが戦場、これが一流の武人の気当たり、なのか。

「それでも丸腰の者には手出しをしないと。大した義侠心だわね、関羽」

 改めて大鎌を振り上げる曹操。

「あなたに出来ないというのなら、私がやってあげるわ。だから関羽、私の元へと来なさい。それがあなたのためよ」

 まさか、ここまで読んでいたのか。いや、曹操ならそれぐらいの事はやってのけるかもしれない。ジョーカーを防ぐ為にエース三枚を切ったのではない。新たなエースを手に入れる為にエース三枚を手元に伏せただけなのだ。その新しいエースは俺でも良かったし、関羽でも良かった。いや、関羽の登場を予測していた時点で、目的は関羽だったのだろう。

「劉備さまを裏切れるわけがなかろう!」

「また劉備。劉備、劉備、劉備。本当にあなたは劉備が好きなのね。でも、今も生きてるといいわよね。あなたの大好きな劉備が」

 曹操の視線がこちらへ向けられる。

「っ!」

 息を飲む。その視線だけで殺されるのではないかと思えるほどの眼光。

 だが、その視線を阻むように関羽が間に入る。

「死ぬはずがない! 劉備さまがこの関雲長を……関雲長と張翼徳を残して死ぬはずがない!」

「それはその男に聞くのが早いんじゃないかしら。まあ、死んでいなくても死んだ方がマシだって思いぐらいはしているかもしれないけど」

「戯言を!」

 関羽が青龍偃月刀を構える。

 それを見て曹操の目がさらに険しくなる。

「関羽! 武器を向ける相手が違うのではなくって! あなたは今は反董卓連合に組みする将。そしてこの曹孟徳も反董卓連合に組みする将。そこにいる男こそ武器を向ける相手であろう!」

「なっ……いや、そうであった。許されよ」

 青龍偃月刀を下げる。

「だから私はその男の首を取る。異論は……ちっ、思ったよりも動きが早いか。流石は神速と謳われた張遼。全く、袁紹ももう少し融通が利けばいいのに……関羽、この場は預けるわよ。私の元に来たくなったらいつでも来なさい」

 曹操は悠然と立ち去って行く。

 その場に残されたのは俺と関羽。

 関羽がその気になれば俺を捕らえるなり、殺すなりするのは簡単な事だろう。しかも先ほどまでの曹操の言葉は関羽の手で俺を殺すように誘導しているようにも感じた。

 この場はどうするのが最適なのか。詠かねねに相談できればいいのだが……。選択肢としてはいくつかある。関羽とこのまま別れる。関羽を捕まえる。関羽を殺す。一番安全なのはこのまま別れる事だろう。曹操は何かを狙っているようだが、このまま別れて仕切り直すのが一番安全だと思う。だけど、劉備さんの身を案じて、単身曹操と俺の間に入ってきてくれた関羽とこのまま別れていいのだろうか。なら現状を報告するか、いや、敵の将の言葉を信じる人間がいるだろうか。だからと言って捕らえる、もしくは殺すには気が引けるし、何より恋レベルの将が来てくれない事には不可能だ。なら俺に出来るのは――

 

 曹操が引き上げた理由はすぐにわかった。張遼が曹操軍に横撃をかけてくれたからだ。しかし、張遼は袁術と対峙していたはず。それがどうして……。

「北郷、無事?」

「詠!」

 後方から兵を引き連れて現れたのは詠だった。

「無事のようね。月が慌てて駆けつけてきた時はビックリしたわよ」

 そうか、月が……。時間から考えると俺と離れてすぐに詠の元へ移動したのだろう。月は俺が曹操の前に出ていった時からこうなる事が予想出来たんだろうか。それとも気配を読んだのだろうか。とにかく助かった事に感謝しなくては。

「すまん、だけどどうして張遼が?」

「簡単な事よ。陳宮隊を袁術の正面に移動させて、張遼隊の精鋭のみで曹操軍へ突撃をかけてもらったわ。袁紹が動くかどうかは賭けだったけどね」

 そして賭けに勝ったわけか。詠も賭けに分があると判断したから実行したのだろう。

「そうか、ありがとう。助かった。しかしよく蘭が一人になっても動かなかったな」

「ああ、それについては謝罪しておくわ」

「謝罪?」

 なんだろう、助けてもらって感謝こそすれ、謝られる事なんて無いはずだが。

「ええ、蘭にはあなたの名前で、絶対に動くなって言っておいたのよ」

「俺の名前で? それでどうして蘭が?」

「このニブチン。それで、その隣にいるのは?」

 あー、気付きますか。まぁ、気付きますよね。

 そう、俺の隣には外套で身を隠した一人の人物がいる。怪しさ大爆発な状態ではあるが、しっかりと認識されると立場的にマズいのだ。このまま北郷隊に混じって虎牢関へと移動してもらう予定になっている。

「気にするなって言っても気になるよなぁ。とりあえずは俺の命の恩人ってことで無関心を装ってくれないか。虎牢関に戻ったら説明するよ」

「そんな説明で納得できるわけないじゃない! って言っても、納得しておいた方がいいんでしょうね」

 やれやれといった溜息。

 そんな詠を見て、俺は素直に頭を下げる。

「悪いな、詠。貸し一つって事で」

「一つ? 一つですむと思ってるの?」

「あー、平和な世の中になったらいくつでも返すよ。なんだったら毎食あーんして食べさせましょうか?」

「ばっ、バッカじゃないの!」

 む、詠の顔が真っ赤になっている。そんなに怒られるような事言ったかな。冗談が嫌いなんだろうか。

「それで、この戦どう進める?」

「……とりあえず今日は終了。虎牢関まで撤退かな」

「そうね、それが良いでしょうね」

 その後の詠の指示は見事なものだった。呂布隊と張遼隊が引き返すと共に追い討ちをかけてきた曹操軍を防ぐべく、賈駆隊が防衛に回る。さらにその後方から体勢を立て直した北郷隊からの弓矢による攻撃を受け、曹操軍は追撃を断念。そして華雄隊、陳宮隊と足並みを揃えて虎牢関の近くまで全部隊を後退させる事に成功した。


 
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