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真恋姫無双~年老いてNewGame~ 十一章・前中編

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2013-12-14 23:42:23 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3322   閲覧ユーザー数:2626

 

水練が足りないからと入って、水軍がないというわけではない。

曹魏の精鋭をすべて詰め込んだ船団は、一般市民の俺こと北郷一刀の目には荘厳でいて雄大に映る。

ましてやその半数が鎖でつながれ、挙動を同じくしていれば、さながらひとつの土地が蠢いているかのようだった。

 

俺達が華琳の元から離れて作業を始めた頃、兵たちの状態を見た黄蓋が華琳の元を訪れて、船を鎖でつなげばよい、といったそうだ。

曰く、地元の漁師はそのようにして船の揺れを抑えている。

確認してみると、確かに何艘かそういう船を見たという情報が入った。

これを聞いた華琳は直ちに地元の鍛冶に手配して、鎖を手に入れ、特に乗組員の船酔いのひどい船を縛った。

 

「たしかにこれだと多少はマシだな。」

 

踏んでみても揺れるはずもない甲板を踏みつけて独りごちる。

 

「俺の手が回らないところだけを鎖で縛るってのも、まぁ、なんというか…。スケールが違うよな。」

 

一千や二千ではきかない量を運ぶための船団だ。

それはそれは尊大である。

 

「曹魏の精鋭をのせるにはこれくらい必要か。だけどな華琳…。」

俺にはこの船がお前の棺に見えるよ。

あぁ、頭が痛い。

ともすれば目眩さえしてくる。

 

「タバコ、そろそろ無くなるのか…」

 

結局こちらの世界でタバコの葉は見つからなかったからな。

キセルでっていうのもなんか違って、持っていた一箱を大事に吸っていたのだが…

それもあと三本か。

関羽との戦いで一本無駄にしたのはちょっともったいなかったかな。

それにしたって、なぁ。

赤壁の戦い…

実際にその戦いに身を置いているという実感は未だにわかない。

結末を知っているお話を聞かされている子供のような、

なんどもみたお気に入りの映画を見ているような。

それでいて、、俺は結末を変えるつもりでいる。

それはまるで気に入らないお伽話をハッピーエンドに書き換えるような行為だ。

思うところはある。

心配なところもある。

だが、約束を違えるわけにはいかない。

華琳に未来のことは話さない。

そうお前と約束したのだから。

だけどもうひとつの約束も守らないといけない。

「私の覇道を、最後まで私の隣で見ていなさい。」

そのためにも俺のできることをしなければならない。

あんたの覇道にケチがつくようなことは絶対にしないよ。

愛する人を守りたいなんて、青臭いのだろうな。事実そうだ。青臭いんだ。

死ぬのが怖い。生きていたい。ただ平和に生きていたい。

生きていたいからこそ、そんな若造みたいな願いに、命を賭けるんだ。

 

残りの少なくなったタバコをしまう。

さぁ、準備に取り掛かろう。

揺らぐ視界に活を入れるため、、自らの頬を張る。

黄蓋が動いたということは今夜が山のはずだろう。

本当の踏ん張りどころはおそらく今宵。やることは山積みだ。

 

いつもの調子で声を出したはずだったけど、

その声はいつもよりも響いた。

 

「真桜と凪と沙和を呼んでくれ。風向きが変わるぞ。」

 

……

………

風向きが変わったのは夜半過ぎのことだった。

魏陣営内各所で火の手が上がる。

炎の嵐は東南の風に煽られて、魏の船団を飲みつくす。

 

呉の宿願を果たすために仕掛けられた必殺の計略は、火計。

後の世で孫呉の代名詞ともなる必勝の策を支えるのは季節外れの東南の風と、偽りの投降。

地元のものしか知らぬ季節外れの強風に合わせ、潜んだ兵と共に火を放つ。

その策を成功させるためには事前の打ち合わせ等する暇が無い、否することができない。

間諜に気付かれては台無しになり、水泡と帰すこの作戦は一度も申し合わせることなく周瑜、黄蓋、孫策の阿吽の呼吸で成り立っていた。

孫呉の誰にも先は読めず、それゆえに成功する確率は極めて高い必勝を誓った赤壁の大火は、孫呉の勝利を照らすはずだった。

蜀の悲願を叶えるために張り巡らせれた機略は連環の計。

後の世で鳳雛の代名詞とも言える奇策を支えるのは鉄鎖によって敵軍を縛り付ける度胸と話術。

孫呉の動きにあわせて曹操の元に使者を送り、地元の風習と偽り鎖で船を縛り付ける。

この策を行うにあたって、事前の申し合わせは一切行われない、否、行うことができない。

何処に曹操の間諜がいるか解らないため、作戦は一度も話し合われることなく諸葛亮、鳳統の神算に委ねられた。

蜀漢の誰にも先の見通せない作戦であるは故に、必殺を込めた鉄鎖連環は、蜀漢の勝利をも繋ぎとめるはずだった。

思惑が一致した二国は、しかし互いに読めない策を巡らせて、誰にも見通せない必勝を手に入れる。

はずだった。

黄蓋は勝利を確信していた。

鎖で船を縛るとは、鳳統とやらもなかなかやるものだ。

これで火の周りも早くなる。ならば今が絶好の機会ではないか。

孫文台の時代よりの悲願を叶えるために、最期に一花咲かせようではないか。

魏の兵士が混乱している今が好機だ。

船と船とをつなぐ鎖をわたり、黄蓋は駆ける。

江東の虎と呼ばれた先代の王の宿願を果たすために。

孫呉の悲願を叶えるために。

猛虎の牙を曹魏の喉元に突き立てんと戦場を駆る。

 

「よう、黄蓋、遅かったな。」

 

まるでそこに来るのが分かっていたかのように、男は木剣を振った。

その一撃を受けるのはたやすいことだ。

受けて、切り返すだけのはずだった。

しかし、できなかった

なぜここにこやつがおる…

疑問が、先に来てしまった。

黄蓋の足は歩を止める。

 

決死の猛進を止めたのはたった一人の男だ。

死の匂いの立ち込める戦場で、なおも平時を思わせる空気を纏うおかしな男。

船の各所に仕込んだ火薬に火を放ち、恐怖におののく兵たちを突破し、曹操の頚に届かんばかり勢いで突進する黄蓋の前に立ちはだかったのは、たった一人の男だった。

 

その男の一種異様な空気は、死を覚悟した黄蓋をも止めてみせた。

勘だ。

ただの勘だが、こやつ、何かただならぬ雰囲気だ。

迂闊に捨て置けば孫呉に仇なす。

ここで殺るべきか…?

しかし…

何故こやつ、ここまで落ち着いておる。

足場に火を放たれて、逃げる場所は鎖でつながれて、尚この様子とは。

 

「ほほう、この場に来るのは夏侯惇あたりだと思ったがのう。」

 

部下に指示を飛ばしながら、自分の前に立ちはだかる男。

抜けてるようで、掴み所のない男とは思っていたが、何故こいつはここに居る。

待たれていた…?

まるでこの策を知っていたように。

そのようなことはありえん。

 

男はこめかみを抑えながら、不抜けた雰囲気をそのままに言葉を発する。

 

「そろそろ来るんじゃないかとは思ってたんだ。だけど思ったより遅かったな。うちの部下、結構やるだろ?」

 

細工は流々だったはず。

何故ここに…

いかん、相手の思惑に乗るでないぞ黄蓋よ。

見透かしたようなことを言うのは年寄りの癖のようなものだからな。

軽い調子の隊長殿に流されても仕方ない。

 

「よくやった方ではあるが、まだまだ我が精鋭たちにはかなわんよ…。

 して、隊長殿、こんな老いぼれの前に立ちはだかってなにをするのじゃ?」

 

軽口には軽口で返す。

しかし黄蓋の心にそれほど余裕はなかった。

足場に火が放たれ、逃げることも能わぬ状況で、この男、何故これほどまでに落ち着いていられるのか。

 

「死ぬ気で戦うなって教えたはずの部下が、今にも死にそうな顔で戦場を駆けてるんだ。止めにこない方がおかしいだろ?」

 

戦場の真ん中に座り込み、男はそういった。

 

「なんじゃと?」

「まぁ嘘なんだけどな。」

「貴様、ふざけておるのか?!

 ならば何故儂らの前に立ちはだかる!

 我等の前に、何故現れたのじゃ!

 お主、この状況でまだ儂が本気で寝返ったと思うとるのか!?」

「うん、思ってないよ。最初からあんたが寝返ったなんて思ってないさ。

 最初から。これっぽっちもな。

 俺が此処に来る理由なんてそういくつもないだろ。あんたならわかるはずだ。

 命がけで敵地に乗り込み、主君のためにその身を捨てるあんたならな。」

「…わかったようなことをいうのう。」

「老兵同士だ。考え方も似てくるもんだ。違うか?」

「こんなうら若き乙女を捕まえて言いおるわい。」

「はっ、どの口が言うか。」

「ふん、全く持っておかしな男じゃ。して、本当は何のために来たんじゃ?

 まさか、儂をお主ひとりで止められるとでも思っておるのか?」

 

武器を取る。

こやつ程度、殺してでも押し通さねば、あの世で堅殿に合わす顔がない。

 

「まてまて、そう殺気立つなって。俺はそこまで高慢じゃないよ。

 大体関羽相手でそういうのはもう凝りてんだ。俺があんたの前にたってる理由は二つだ。

 俺がちょっとでも退いたら黄蓋が死ぬから。これがひとつ。」

「はて?どういう意味じゃ?馬鹿にされとるのならお主からまず殺らねばならんのう…?」

「話の腰を折るなよ…まぁ、都合はいいけど。黄蓋は本気の秋蘭を知らないからな。あいつも姉そっくりなところがあるんだ。

 偽りの投降、偽りの忠義。まさか怒るのが春蘭だけ、なんて考えてないよな?

 加えて、あんたが優秀な弓使いってのもあるか。ほら、俺でも感じるほどの殺気だ。

 俺がここまでわかるんだから、あんたにはもっとはっきり感じるんじゃないのか?」

「ふん、この程度の殺気をぶつけられて儂が怯むと思うとるのか?儂があんな小娘に遅れをとるとでもいいたいのかの?

 もとより自ら死地に身を投じておるのじゃ、死を覚悟せぬわけなかろうが!」

「…そうか。あんたも武人だったな。」

赤壁の業火を背に男は立ち上がる。

顔ははっきりと見えなかった。

だが黄蓋がそう感じ取ったのは武人としてか、それとも人としてか。

雰囲気が重くなるのを感じた。

その空気を纏っているのが目の前の男だと気がつくのに、そう時間はかからない。

だが、理解出来ない。

普段のゆるい雰囲気ではない。

 

「いいか、よく聴け。一度しか言わなからな。

 お前は今、俺の部下だ。

 ここで死ぬのは許さない。たとえお前が帰る場所が孫呉の旗のもとだとしてもだ。

 戦場からは生きて帰る、それが俺の部隊の唯一の決まりだ!」

 

深く、重い声が響く。

 

「己の誇りに命をかける。大いに結構だ。だがあんたはいま俺の部下だ。だからお前は死なせない。それが俺の責任だ。

 お前もだ!聞こえるか秋蘭!こいつを殺すことは俺が許さん!」

 

厳しく、鋭い声が響く。

 

「これからあんたを呉に送り返す。孫策に伝えてくれ。ズルをして悪かった。次は正々堂々と戦おうってな。」

 

そう言い終わったときには、もう、普段どおりの隊長だった。

普段どおり、軽く、けれど暖かい雰囲気をまとって男は言う。

何を言っているかはわからない。

全くといっていいほど理解出来ない。

もしや此奴…わかっていた?

最初から?

ズルとはなんだ?そして…正々堂々と?

儂を逃がすだと?

まさか…我等が策、見抜かれて…

 

「隊長!準備ができました!全軍撤退開始しております!」

「ぃよっしゃぁ!船の切り離しもすんだか!?」

「はい、残っているのは我々と隊長だけです!」

「よし、これで二つ目の理由もなくなった。あとは仕上げでおしまいだ。ってことだ、黄蓋、蜀の軍師…鳳統にも謝っといてな。」

もし黄蓋に致命的な間違いがあったとすれば、ここだろう。

黄蓋は、迷った。

この男を、目の前の男を踏み越えていくことを躊躇した。

己が命を賭けて必勝を誓ったにもかかわらず、迷った。

警戒ではなく、迷い。

それは得体のしれぬものに対する恐怖だったのかもしれない。

守られたことに対する安堵だったのかもしれない。

策を見ぬかれたと自覚した狼狽だったのかもしれない。

だが、その一瞬の気の迷いのせいだったことは疑いようがなかった。

結果として、この作戦で唯一孫呉が直接被った被害は、その刹那の時間のせいだった。

 

「これが!」

 

男は拳を振り上げる。

 

「あんたへの土産だ。」

 

鈍い音が、響いた。

 

「次は敵として会うだろう。その時は何も言わない。だけど今日までは俺の部下だ。生きて帰れ。それが最後の命令だ。

 さぁ!返す刀でもう一仕事だ!急いで本隊に合流するぞ!

 …じゃあな黄蓋、この船はあんたが持って行くといい。」

 

最後まで。

最後の最後まで、相手の調子に乗せられてしまった。

 

切り離される船から長江に飛び込むその男は、結局、最後の時まで黄蓋に笑顔を向けていた。

 

……

………

 

「かっ…やられた…」

 

船団から切り離された船に乗り、黄蓋は独りごちる。

 

「まさかこの歳になって拳骨を食らうとはのう…?

 すまんな、儂のせいで皆死にぞこなった。冥琳たちに合わす顔もない…」

 

しかし、あやつ…

あやつの口ぶり、この作戦のすべてを知っているかの様だった。

じゃったら奴のいってた、奴の仕事とは自ずと想像できるというもの。

一つ目が儂を逃がすこととはよう言うたわい。

そして、あやつが口にした二つ目の理由はおそらく時間稼ぎのことじゃろう。

曹操を逃がすための時間を稼ぐのが二つ目にして最大の理由。

健気なもんじゃ。愛する女のために鬼の前にも立ちはだかるか。

じゃが、その効果は…推して知るべし…か…

 

「…いどの…祭殿!」

「祭!よかった!無事だったのね!?」

「なんじゃ二人して…見ての通りじゃ…すまぬ…作戦は失敗じゃ。儂も生かされてしまった…」

「何を言っているのですか!」

「そうよ、あなたが生きているのなら、孫呉はまだ戦えるわ。」

「本当に…無事でよかった…」

「やめい、ふたりとも!やめろというに!…助けられたんじゃ。天の御遣いにの…

 今回の策…正直に言えば儂の落ち度じゃが気になることを言っておってのう。

 あやつ、此度の策を知っておった。」

「なんだと?ではこの土地の風習やこの風のことも知っていたというのか?」

「それがわからんのじゃ。だが奴はたしかに知っていた、というたのう。

 それともう一つ、これは策殿に言伝とのことじゃ。

 ズルをして悪かった。次は正々堂々とやろう。そう言っておった。」

「なぁにそれ?ズルって…どういうこと?冥琳わかる?」

「ふむ…この状況、我々ですら全貌を知らなかった策を見抜いていたのだな?

 祭殿を助けて、なおかつこの策を止めたその男こそが天の使い…

 だとすれば…。

 今回のズルというのはもしかしたら天の国の知識、なのかもしれないが…」

「さぁな。儂にもとんと見当がつかんが…

 ふむ…奴の言う正々堂々というのは、もう一度、正面から掛かってこいということじゃろうな。」

「へぇ…敵に塩を送ってまで、主の覇道を支えるなんて、なんだか妬けちゃうわね?」

「そうは言うがな雪蓮…」

「なぁに?なんでそんな顔するのよ?

 冗談よ冗談。ただそうね、ちょっとだけ興味は出てきたかな?」

「雪蓮!」

「いいじゃないの、みんな揃ってもう一回やり直せるんだから!

 さぁみんな!体勢を立て直すわよ!

 敵は曹魏、ここまでされて黙ってるなんてできないんだから!」

「…なんじゃ、結局いつも通りじゃな。…そうか、いつも通りなんじゃな…」

戦場からはできるだけ生きて戻れ。

そのためにお前たちは戦っているんだと、男は言った。

必ず帰ってこい。お前らにも家族がいるだろうと。

だったらその家族のために、絶対に生きて帰れと。

この時代、分かっていてもそれを実行出来るやつなんぞおりはせんと鼻で笑ったが…

あやつ、やり抜きおった。

お前は俺の部下だ。

だから死ぬことは許さん…か…

甘い…

この時代を生きるには甘すぎる。

じゃが今回は素直にその命令に従っておくぞ、隊長殿。

今回だけはこの生に感謝しておくとしようぞ。

此度の戦…我の帰還を持って孫呉の負け、ということかのう…?

 


 
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