怪しい連中は山を上がりきって門を越えた。案の定四人、真っ暗とはいえ妙にガタイの立派なスーツ姿の男ばかりというのはシルエットからも判った。
もくもくと、しかも無駄なく素早く行動するところはまるでハリウッドのサスペンス映画に出てくるどこかの国の特殊部隊みたい…いや、“みたい”ではなく、そのものに違いないと亜郎は確信した。
しかしそんな特殊部隊もまさかこんな山の上の、しかも真っ暗な森の中に男子学生が寒さに震えながら潜んでいようとは思いもしなかったのだろう、亜郎のすぐ前をあっさりと通り過ぎていった。
(なんだ?こいつら…てか、なんでこんな奴らが須藤…夕美さんの家に!?)
やはり、この家にはなにかある、と思った。幸いなことに彼らは赤外線暗視ゴーグルまでは装備していないようだ。
もしそうだったら亜郎は下手なかくれんぼよりも簡単に見つかったことだろう。
怪しい連中はそれぞれ役目が決めてあるようで、ひとりは玄関ドアへ、ひとりはその男と背を合わせるようにしてこちらを向く。のこりふたりはさっと左右へ分かれてまわりへの警戒を計った。と見てるまに、最初の男はすんなりとドアの中へすべりこみ、つづく他の三人も順番に吸い込まれるように家に入り、ドアはまるで何事もなかったように静かに閉じられた。
いよいよヤバイ。亜郎はあわてて携帯電話をとりだし、110番を押しかけてハッとした。
闇に慣れた目にはまばゆいばかりの液晶画面の右上の『圏外』の表示。くそ、これだから山の中は…と思ったが、よく考えたら山のてっぺんとは行ってもここは街なかである。感度が低くても、まさか圏外なんて考えられない。
───妨害電波。
まさかそんな、映画みたいな───「ことが、ゲンに今起こってるじゃないか!」亜郎は声に出していた。
「ど、どうすれば…」亜郎は腕っぷしはからきしだ。むやみに飛び込んだところで時間稼ぎにもなるまい。かといって誰かに知らせに行けるくらいなら、凍えかけるまでこんなところに居はしない。自分ならできること、自分にしかできないことを必死で考え始めた。
家の中。たいして広いわけではないが、彼らは灯りも点いていない廊下をすいすいと進んでゆく。明るければ、四人のウチの一人は先日の家の修理の時に、棟梁から仕事中の携帯電話を叱られていた青年(ACT:7参照)だということが判ったはずだ。
「先生?」
ほづみが異様な気配に気づいた。「ほえ?あ」耕介も反応したが、すでに遅かった。
あっという間だった。四人がリビングへ侵入してきて、須藤耕介とほづみに銃を突きつけながらその行動を制したのは。
明るい光の下にさらされた四人組は、ネクタイにスーツ、ガタイが良くて銃を構えている以外はまったくのビジネスマンの風体をしていた。亜郎が動きとシルエットからハリウッド映画のようだと思ったものの、さきの大工見習いの青年を含めて彼らはみな東洋人だった。
「須藤博士」リーダーらしきひとりが口を開く。「一緒にご同行願おう」
「なんでやねん!」突然のあまりの大声にその男も一瞬たじろいだ。
耕介はグーッとしばらく睨んだあと、にたり、と笑った。「お、すまんすまん。せやけど、ここはツッコミどころやろ?」
「…ふ、ふじゃけてもらっては困ル…我々がアクまで理性的に仕事をこなせるとは限らないのだじょ」
「ふじゃけて?だじょ?───ほお、外国の人か、あんたらは」
「黙れ、余計なことをいうな」男のひとりが耕介に向けた銃をひときわ強く突きつける。
「おい、待たんかいオマエ。こんな面倒なマネをするからには俺を無事に拉致らんとあかんのとちゃうのか。せやのになんじゃ、そのマネは!おう!?」
一瞬男たちは顔を見合わせる。耕介のあまりのクソ度胸は予想外だったようだ。
(あほ。お父ちゃん、無茶苦茶やんか…)
夕美だった。風呂から上がったあと自室で髪を乾かしていたが、耕介の異様なバカ声と妙な気配にそっと様子を覗くようにしたら、この有様だったのだ。
(勢いでズドンと撃たれたらえらいこっちゃがな。お父ちゃんのハチャメチャな日常は慣れとるけど、さすがになんかいつもと違うアホさやなと思たら…なんやねん、こいつら。)
「博士。けがをさせて脅すのは何もあなたとは限らない。そこの男でもかまわないし、そう…」言いかけると、ひとりに合図した。合図された男はすぐさまその場を離れて夕美の部屋へ向かった。
「おいっっっっ!おんどれ、どこ行くんじゃ!! 待たんか…」言い終わる前に耕介はリーダーに殴られていた。
(あつっっ!イタ〜〜〜。ほら、いわんこっちゃないがな…あ、おっとっと。)
夕美の部屋へ向かった男は、階段の影に身を隠していた夕美の目と鼻の先を通った。が、すぐに夕美が居ないことに気づき、家中を探し始めるに違いない。その前にここを離れなければ。
ほづみは二人に銃を突きつけられて身動きできそうにない。夕美は携帯電話が妨害電波で繋がらないことは知らなかったが、いずれにせよ部屋に置いてあるので取りに行くことなど論外だ。
有線の通常電話はリビングだからこれも問題外。もっとも、別の部屋にあったところであの調子では電話線がちゃんと繋がっているかどうかも怪しい。
そもそも、警察を呼べたところでこの状況を解決できるものなのだろうか。いや、こじれるばかりでロクな事にならないような気がする…などとつらつら考えつつ、男が出て行ったあとの自分の部屋の窓からまんまと外へ出た。
〈ACT:24へ続く〉
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毎週日曜深夜更新!フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになる…お話、連載その23。