No.45587

SF連載コメディ/さいえなじっく☆ガールACT:22

羽場秋都さん

今回は予定通り日曜深夜更新!
フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになる…お話、連載その22。

2008-12-08 01:47:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:677   閲覧ユーザー数:649

 

 オトコという生き物はかなり馬鹿である。

 馬鹿のくせに、どんなに不器用でクリエイティブワークとはおよそ無縁な者でも、なぜかある種の映像だけはハリウッド映画のどんなSFXクリエーターも足もとに及ばないほどにリアルな創造力を発揮する。

 しかも高速グラフィック処理にかけては世界最速のスーパーコンピューターも歯が立たない。ほんの一瞬観ただけのテキトーな画像からでさえ、あらゆるシーンや場面を瞬時に合成してしまうのである。

 古来よりこれを“妄想”と呼んできた。

 

 三宅亜郎も男である以上、例外ではない。

 これまでは女性と一緒にいても、性的な色めがね…要するにスケベ心で見たことなどなかった彼だが、たったの一瞬、それも逆光のため輪郭しか見えず、ヌードとすらいえない胸元から上───いや、むしろ肩といった方が正解───しか見ていないにもかかわらず、風呂場ののぞき同然というシチュエーションのおかげでこのオトコの妄想能力が目覚めてしまったのだ。

 

 わずか数メートル前にある風呂場の音を聴いているだけで、いまや亜郎の頭脳は超絶グラフィック妄想力を全開にし、緊張とは違った意味のアドレナリンが熱い血と共に全身を駆けめぐっている。

 そのお陰でいつしかさっきまでの凍え死に寸前の身体の震えさえも何処かにすっとんでしまっていた。

 だが、そんな“初歩的な自家発電”も、夜が更けるにつれて下がり続ける山の気温にいつまでも耐えられるものではない。なんとか早急に今の状況から抜け出さなければならない。

「お、落ち着け、落ち着け。今は何とか保(も)ってるけど、このままじゃマジでヤバイぞ…」

 そうは思うのだが、目と鼻の先の風呂場から聞こえてくる水音、漂ってくるセッケンの甘やかな香り、時折窓をよぎる夕美のシルエットという視聴嗅覚三位一体の刺激は亜郎の集中力を完全に奪っていた。

 もちろん、いくらこれまで自分のスケベ心に免疫がなかったとはいえ、ハイテク情報化時代に生まれた少年のこと、デタラメでも真実でも、その気になれば情報はいくらでも手に入るご時世である。ましてメディア部を立ち上げた初代部長にリアルな性的知識が皆無ということはありえない。

 筆者のような古い世代の場合は、正確な知識を得ようにも情報の入手経路は限られていて、そのために不正確な情報にさんざん撹乱翻弄されたあげく、苦労してようやく知った現実は、自分がテキトーに思い描いていた空想とあまりにかけ離れていて、そのギャップが人生を左右するほどのショックにまで発展したヤツもいた程だったが。

 

 しかし逆にイマドキはあふれる情報のせいでかえって混乱してしまうことも多々あるのが現代のパラドックスのひとつでもある。じっさい、亜郎の場合はネットにあふれ、自由に手に入るモロ出しの直接的ビジュアルよりも、お世辞にも色気があるとは言いがたい夕美の肩出し、しかもシルエットごときが亜郎の性的目覚めの引き金になったわけだから皮肉である。

 

 やがて亜郎にとっては永遠のひとときとも思えた苦悶と悦楽?の時は過ぎ、浴室の灯りも消えて夕美は家の中のいずこかへ去った。

 

 (う。うあおおおおおおっっ。)ぶるるるっと震えた。ある意味ほっとしたが、全身の緊張が解けるにつれて、ひや汗でびっしょりになった身にまた冷え込みが染み込んできたのだ。急に空腹も感じてきた。夕美に見つかる危険は免れたが、これはこれでかなりヤバイ。問題が初期化されたに過ぎないからだ。

(は、這ってでも山を下りるしかないか…ゆっくりとならそのうち闇に目が慣れるかも知れないし、す、少なくとも必死に移動しいていれば凍死はまぬがれるだろうし)

 ちら、と明かりの消えた風呂場に目をやる。少し開けてある窓からはあたたかく湿った空気が風呂場独特の香りを運んでくる。

(あの中はあったかそうだなあ………)

 まさか、初夏に湯気が恋しくなるとは思いもよらなかった。

 とはいえ、あの窓から忍び込もうとまでは考えていない。この場で誰かに見つかってもマズイには違いないが、家に忍び込んでしまえば間違いなく犯罪者になってしまうという気がする。

(ハリウッド映画の主人公なら、迷わずあの窓へ飛び込むんだろうけど…あいにく僕は地味〜な日本人だ)

 ──────見てくれは派手目な亜郎はそう自分に言い聞かせる。

 

 なんにせよ、ここでこうしてじっととどまっているよりはマシなはずだ。亜郎はそう決心すると、足音を忍ばせつつ下山道のある家の玄関側へとまわりこんだ。

 ツーンと真新しい木の香りがする。

 緊張ですっかり忘れていたが、この山へ上がってきたときに最初に気づいたことがそれだった。やたらに改築工事をくりかえしているらしい、というチマタのオバハン達の噂は本当かもしれないと思ったが、その時すでに薄暗くなってしまっている上に常夜灯はもちろん街灯すらなかったので、亜郎にはどこがどうなっているのかさえ確認できなかった。

 しばらく眼を凝らしてみたものの、やはり闇夜のカラス状態でどうしようもない。

 

 その時、一瞬だがぱあっと光が差した。クルマのヘッドライトがよぎったのだ。

 少し身を乗り出してのぞくと、下の方でライトがくるりとひらめいて、また見えなくなった。200メートルほど下ったところは少し開けていて、この家の駐車スペースになっているので、登ってきたクルマがそこでハンドルを切ったのだろう。

 来客らしいが、見つかって誰何(すいか)されても困るので、亜郎はふたたび森の暗闇へ姿を隠して様子を見ることにした。

 駐車スペースからは車が入ってこられる道はないので徒歩で上って来るしかないのだが、クルマを降りて近づいてくる懐中電灯の光がいやに早い。あわてているにせよ、かなりの勢いで駆け上がってくる様子である。しかも、亜郎が夜道を降りようか留まろうか迷ったほどに昼間でもおせじにも良い道とは言い難いにもかかわらず、気味が悪いくらいの速さで苦もなくスイスイと登ってくるように見える。

 単純に明かりの数からすると四人と思えるが、どう考えても山の下に住む“近所のひと”ではなさそうな雰囲気である。

 

〈ACT:23へ続く〉

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択