No.441402

恋姫異聞録148  ― 蜂王と大地の代弁者 ―

絶影さん

呉と美羽様の和解が終了です
次回からは、ちょっとした日々の話と
秋蘭の話

後は、劉備の過去話続きになります

続きを表示

2012-06-24 19:19:55 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:11045   閲覧ユーザー数:7815

 

「ふぅ、申し訳ございません。久しぶりに顔を合わせたものですから」

 

「うれしそうね、ホントに」

 

「それは勿論で御座います。手塩に掛けて育てた娘ですから」

 

以外な言葉に雪蓮は微笑み、薊の傍で両脇に従うように立つ蓮華と甘寧を見て、此処だけは主従関係が変わらないのだなと苦笑していた

 

「でも、貴女が此処に来てくれると思わなかったわ。私が迎えに行った時も、貴女に会うことが出来なかったから」

 

嬉しさと懐かしさを秘めた横顔で、目の前で跪く薊を見詰める雪蓮

実は彼女が此処に来たことは、雪蓮にとって信じられないことであった。呉の内政について、彼女の力を借りたいと思っていたし

何より、彼女と冥琳の和解を雪蓮は望んでいた。何度か足を運び、顔を見て話をしようと牢へ足を運んだが、彼女の私兵に丁寧に頭を

下げられ、面会することが出来なかった

 

「薊様より、私は、王の力になることに何の異存もありません。ただ、私に会いに来る人物は王ではありません

貴女様にお会いしとう存じますが、此処で会ってしまえば私は、何の為に文官として貴女様に仕えた解らなくなります

忠言耳に逆らうとは良く言ったもので、周瑜様が私に会いに来ない事が私の忠義を示しております。とのことです」

 

牢の入り口で薊の私兵にこのように伝えられ、雪蓮は、自分が無理に顔を見せれば彼女は素直に従ってくれるだろう

だが、彼女の文官としての誇りは捻じ曲げられる。この問題は、冥琳が一人で薊の元へ赴き、礼を取り話を聞く事で解消されなければ

意味が無い。二人の確執が余計に根深いものになるだけだと、身を引いて冥琳の様子を見ながら薊の事を話していた

 

そうこうしているうちに、年老いた文官達の長であるからだろう。自分達の長を牢へ入れられた文官達は、一人、またひとりと

宮から姿を消していき、結果、若く知識が豊富だが経験の浅い者達で呉の文官が構成される事となっていた

若い者達は、新たな知識によって内政を執り行ってきたが、一番重要な経験が浅すぎる。そして何より、積み重ねた知識が無い

古くより伝えられ、何度も失敗を繰り返し、ようやく出来上がった治水についての知識を根こそぎ古き文官達が

竹簡ごと持ち去っていたのだ。おかげで呉の土地に合った土木技術は、全て新たな魏や蜀の技術を流用された物となり

容易く洪水や、家屋の崩壊、作物の不作を起こす結果となっていた

 

「十分罰は下った。だから来てくれたの?」

 

「いいえ、それでも此処へ来る気はありませんでした。ですが・・・」

 

王に頭を垂れたままの薊は、少しだけ顔をあげて後ろで控える美羽を見て微笑んだ

 

「あの、素晴らしき礼節を備えた者に、三顧の礼まで取られ説得をされたものですから」

 

そう応える薊に、蓮華は言葉を無くす。あの薊が、礼を第一に考え、上下の規律に対して誰よりも厳しい薊が

甘寧が呉の将へと賊から召し抱えられた時も、一から全てを叩きこみ、逆らえば賊あがりであろうと関係なく甘寧を河へ放り込み

長時間、縛り上げて路上へ座らせ、泣き出す事すらあったとうのに、彼女は美羽を自分より格上の者だと言ったのだ

信じられる訳がない、内政を執り行い民の苦しみを誰よりも知り、誰よりも下手をすれば自分の姉や祭よりも袁家を恨んでいた者が

美羽を認め、剰え彼女の礼によって此処に来たと言うのだから

 

「ど、どういう事だ薊。なぜ格上などと、三顧之礼などというのだ」

 

「狼狽えるな小娘、あしは世に出ず牢にいたんじゃぁ、格下なのは当たり前。魏の蜂王と言えば、舞王の娘。噂はよお聞いちゅう

民を救い、新たな農耕法を考え、およけなげも無く広めるその懐の広さに、人伝えとはいえ関心したものじゃぁ」

 

人を救うその姿勢、知識を躊躇うこと無く民に広め、そこに何かを求めぬ蜂王と言う人物に対して

薊は、自分の方が各が下であると素直に認めていたのだ。そんな薊に対して、一瞬蓮華は、一体何を言い出す

誇りを無くしたかと思ってしまったが、薊は元からこうであったと思い出していた

 

彼女の一番に素晴らしい事は、自分に非があれば必ず素直に認め、直ぐに改めると言う所

普通ならば、なかなか認められない事でも、彼女は相手の言葉をよく聞き、理解して、その上で納得が出来なければ異を唱え

自分が間違っていれば、素直に謝罪をして教えを請うのだ。美羽と話をした時も、二回挨拶に来たときは門前払いしたのだろう

だが、三回目に来たときは、丁寧に饗し話を聞いて、力を貸すことを快く受けたに違いない

 

「私は、薊が格下だ等と思わない」

 

「ククッ、可愛いのうおんしは。じゃが、素直に現実を認める事は文官にゃ必要じゃぁ。おんしの気持ちは嬉しいがのぅ」

 

まあ、後で十分かわいがってやるから、少々待っていろと薊は、雪蓮に礼を一つ

立ち上がり、美羽を傍へと呼んで雪蓮の元へと誘うように招く

 

「此方の蜂王殿は、私に礼を尽くして下さいました。袁家で有ることも、己の罪も全て認め、その上で呉に力を貸したいと

私は、王や黄蓋とどのような話をしたかを教えて頂き、その上で判断いたしました」

 

「自分から来ることが最良だと思ったのね?」

 

「はい、周瑜が身体も心も救われた事を聞き、私は蜂王殿に感謝を、そして尽力を惜しまぬ事を約束いたしました」

 

「それは、再び孫家に仕えてくれる、内政を取り持ってくれると言うことで間違いないわね」

 

「御意。ただ、私の不遜な行いを許してくださるならば、でございますが」

 

やはり、直に会いに来てくれた王である雪蓮に会わなかった事が、彼女にとって不遜な行動であったと言うことだろう

呉の戦にも力添えすること無く、それどころか自分のせいで呉の内政は崩れ掛けているのだから

 

「顔を上げて、貴女は忠義の者よ。私に恐れず、佞言を言わない。それは、呉の民を心から思っているから

そして私の事を思ってくれているから。不遜だなどと思わないわ、これから宜しくね。今度こそ私達に力を貸して頂戴」

 

「恐れ多い、ですが拝命いたしました。我が身命に掛けまして、王の御力に成事を誓います」

 

深く深く頭を下げる薊。よほどこの時を待っていたのだろう。感動に躯は震え、唇は笑を作り、目尻から伝う雫は地面を濡らしていた

 

「美羽、有難う。貴女のおかげで、薊が帰ってきてくれた」

 

「良い、素晴らしい賢人に出会えた事に妾は感動しておる。父様も、薊様にお会いすれば、きっとお喜びになるはずじゃ」

 

「彼、私と始めて会った時も嬉しそうだったものね。優れた人物に会うのが好きなのね」

 

頷く美羽に雪蓮は、なるほど華琳の影であるから逆なのかと思っていたが、そういうところは同じなのねと昭の事を思い出し

美羽は本当に素晴らしい成長をしている。いっその事、妹達二人を預けて見るのもいいのかもしれないと考え始めていた

 

「そうじゃぁ、のう蜂王殿。あしの弟子にならんかぁ?おんしのように、本を読まず徳と礼を兼ね備えた者はなかぇかおらんき

弟子になりゃぁ治水やらなんやら教えてやれるぜよ。六経もよお教えちゃるきに、どうじゃぁ?」

 

急な申し出に驚くのは、美羽でも七乃でもない、後ろに控える蓮華と甘寧

いきなり何を言い出すのか、それでは私達が美羽の師姉になってしまうではないですか!と講義すれば

何時まで袁家にこだわってると頭に握り拳を落とされ、蓮華は赤子言葉は未だ良いと言ってないと言われ

「ごめんなさいでちゅ」と顔を伏せて肩を落としていた

 

「有り難いお言葉、貴女様の礼学、妾にとってとても興味が有る知でございますが、妾はもう優れた師の元に着いております

貴方様のお誘いを受ければ、二人の師にお仕えすることに。それでは、師娘様に対し不遜になってしまいます」

 

「おお、そうじゃったかぁ。で、おんしの師とはだれなが?さぞ素晴らしい人物なのじゃろぅ」

 

出来れば自分も教えを受けたい、是非教えてくれないかと問われ、美羽は祭を掌で差し

祭は腰に手を当てて、親指で自分を指さし胸を張って薊に視線を送っていた

 

「・・・まさか、おんしがやないろうな」

 

「儂じゃ、悔しいか薊」

 

「嘘をつくな、おんしのような阿呆が蜂王殿の師に成れる訳がなかろうっ!」

 

立ち上がるなり、祭にツカツカと歩み寄るとギリギリと胸を鷲掴みにして、顔がぶつかる程よせてガンを飛ばす薊

よほど納得が出来なかったのだろう、青筋が額に浮かび上がり、威圧感の有る瞳はより強く鋭く細められていた

だが、祭も負けずに額に青筋を立てて薊の顎を鷲掴みにして、眉間に皺を寄せて殺気を混ぜて眼光を光らせる

 

「なんじゃ、悔しいなら悔しいと言え。儂に取られて悔しいか」

 

「きさんは、昔からそうじゃぁ。あしの好きなもん全部先にとりゃーがって。冥琳もそうじゃぁ」

 

「お主こそ、蓮華様の守役になったじゃろうが。孫家二代に渡って武術を教え、守役をすることこそが儂の願いであったのだっ」

 

「そればあがやない!おんしは、昔あしがとっといた好物の饅頭食ったじゃろうがぁ!」

 

「二十年も前の事じゃろうっ!お主は代わりに儂の点心を掠めおったじゃろうがっ!!」

 

額をゴチゴチと当てあい、昔の事を掘り下げて酒を盗んだ、服を取られた、金を貸した、武器を売られたと言い合い

最後は、薊の方が口が達者で有るせいか押されてしまい、祭は武器を取り出した

 

「ええい、もう我慢ならん!この場で何方が上か、思い知らせてやろう!!」

 

「望むところじゃぁ、ゆけぃ思春」

 

「えっ!?」

 

弓矢を構える祭に対し、薊は甘寧に棒読みで「はよぅいかんかーい。さっさといかんかーい」と腰に手を当て顎で指示していた

怒りで殺気が膨れ上がる祭に対して、嫌です貴女は先ほど王の御前で武器を振り回すなと言ったでは無いですかと

反論しようとするが、懐から取り出すのは【甘寧醜態録】。逆らえぬと顔を青ざめた甘寧は、曲刀を抜き取り祭へと向かっていったが

本気を出した祭に、イヤイヤ武器を向ける甘寧は直ぐに押さえつけられていた

 

 

 

 

 

 

「此れで終わりかぁっ!次は貴様じゃ薊ぃっ!!」

 

「ふんっ。次ー、小娘いかんかーい」

 

「わ、私もでちゅかっ!?」

 

「ええから、はよぅいかんかーい。きさんの醜態さらしちゃるぞー」

 

ホレホレ、頑張れーぃ。と気のない応援をしながら、さらりと最低の事を口にする薊。暴露されては堪らないと

必死で祭に向かうが、やはり練度と士気の差だろうか、直ぐに甘寧と同じく押さえつけられ武器を飛ばされて居た

 

「此れで手駒はあるまい」

 

「次ー。穏、いかんかーい。次いでに其処のちっこいの二人もいかんかーい」

 

ビシリと表情の固まる穏。直ぐに九節棍を取り出し涙目で祭へと向かい、周泰と呂蒙は、私達では無理ですと首を振るが

懐から取り出したのは【周泰痴態録】と【呂蒙醜態録】。初めて会うと言うのに、既に情報を掴んでいる薊は悪人顔で笑っていた

 

「いかんと晒すぞー。呂蒙は、顔に竹簡の文字がくっついたまま会議に出席、周泰は・・・なんじゃぁ、猫を追って河に落ちた?

服を乾かして褌を飛ばされるぅ?ひゃひゃひゃひゃっ」

 

「う、うわあああああああああああああああああ」

 

ケタケタを笑う薊を尻目に鳴き声とも叫び声とも言えぬ声を上げて、呂蒙と周泰は穏の後に続いて祭の元へと走り

   ガンバレ ガンバレ

薊は「加油ー、加油ー」と変わらず棒読みで応援し、まだまだ誰かを呼ぶつもりなのだろうか、近くの侍女を見つけると

侍女の名前の入った竹簡をちらつかせ、何かを伝えて侍女は全速力で外へと走っていった

 

「なんかごめんね、美羽」

 

「う、うむ。構わぬが、師娘様には、竹簡を出さぬのじゃな」

 

「うーん。薊が言うには、恥を恥とも思わない人間には効果がないって」

 

豪快な性格であり、歳を重ね多少のことではびくともしない精神には効かないと言うことらしい

更には、薊が放つ諜報員を目聡く見つけ出し、よく薊の家の前に縛り上げて放り込んでいたらしい

 

「ふむ、人海戦術というか、人が薊様の武器なのじゃな」

 

「まあね。それよりも、大地の代弁者だなんて、何処でそんな事を学んだの?それも、大地から学んだの?」

 

「そうじゃの、じゃが最初は父様の背からじゃ」

 

「彼の背中ね・・・ねぇ、思っていたんだけど彼はもしかして美羽に何も教えないの?」

 

昭の背から教わったと何度も口にされ不思議に思ったのだろう、雪蓮は素直に思ったことをぶつければ

美羽は「父様はとても厳しい。妾と涼風には特にじゃ」と少々信じがたい事を口にした

あれほど娘を溺愛する人間が、娘に厳しとはどういう事だろうと聞けば美羽は思い出すように眼を閉じた

 

「何時も、妾に何も言わぬ。初めて釣りに連れて行ってもらった時もそうじゃ、目の前で餌の付け方を見せるだけ

後は、じーっと妾を見ておるだけ」

 

釣りに連れて行くと言われ着いて行けば、釣竿を渡し目の前で餌を着けて見せるだけ。美羽が餌を付けるのをじっと見る

教えてもらえるものだと思っていたが、一向に教えられる気配はなく、昭は釣りを始めてしまったのだ

 

美羽は、此れでは良くわからない。父は意地悪をするために連れてきたのかと泣きそうになった時

釣竿を上げてもう一度、目の前で餌を付ける様子を見せて、再び釣りを始めていた

 

「その時の、父様は妾を見て笑ったんじゃ。大丈夫、出来るよとの」

 

泣きそうになるのをぐっと堪え、ゴソゴソと動く虫を七乃に応援されながら、悲鳴を上げつつ摘み、何度も失敗しながら

ようやく針に付けることが出来た時、昭は美羽の頭を優しく撫でていた

 

針に餌を付ける事を覚えた美羽は、昭の教え方をそこで理解したらしい。河へ釣り糸を垂らす時も、父の姿をよく見て

どうしてそこに投げ込むのかを考えて投げる。当たっていれば、昭は頭を撫でてくれるし、違えばまた無言でやり方を見せてくれる

美羽が厳しいと言ったのは、違えばずっと考え、探し続けなければならないからだ。見つかるまで何度でも、何度でも

ただ、泣かず諦めずに続ける事が出来るのは、父がずっとその場で動かず見ていてくれるからだ

 

「じゃがの、おかげで何でも考えるようになった。小さな事でも、よく目を凝らして何故そうなるのかをの」

 

気がつけば、餌として付けた虫の命は、自分の為に犠牲になり、釣りの技術として自分に返って来るようになったと考えるようになった

勿論、釣り上げた魚にも虫の犠牲は繋がり、釣り上げた魚は自分の躯に入り、血肉となる。全てが繋がり。全てが回っている

いずれ、己も大地に帰り、虫に喰われ、獣に喰われ、木となり葉となり実となる。また其れが、人の口に入り、回りだす

 

「大地と己は一体なのだと感じた。父様に連れられて、養蜂場に来た時もそうじゃ

父様は何時も大切なことを、何も言わず教えてくれるのじゃ」

 

父の教えから離れ、自分で知識を求めるようになってから、更に世界観が変わることになった

いつしか大地の事を学び深めて行く度に不安が募っていった。知れば知るほど、大地の恐ろしさ、大地の強大さに恐れていった

河も森も山も、ただそこに在るのではない。大地の意志によってそこに在る。だったら大地に手を入れる事は、どうなのだ?

意志に反して手を加えて居るのでは?大地の意志を、大地の声を聞き、人の手を入れて良い場所を見出さねば必ず手痛いしっぺ返しを喰らう

それが最も大きいのは、国を作る事、国の民を使って農耕をする事だと気がついた時、美羽は華琳の元へ走っていた

 

「華琳に向かっての、大地に無用に鍬を入れるな、自然を無視しての国づくりは国を滅ぼすぞ!との」

 

「へぇ、その時、華琳はなんて?」

 

「笑っておった。それでの、素晴らしいと言いおった」

 

美羽が華琳の元へ行ってはいた言葉は、大層、華琳を喜ばせ「その通りよ。よく気がついたわね」と褒めていたらしい

そして、美羽が「気がついておるなら、大地の代弁者を立てよっ!」と強く言えば華琳は「もう居るわ」と答えた

確かに魏は大地と上手く共存している、よく考えれば自然の災害を聞いた事が無いと思い胸を撫で下ろし安心した

では、誰がその役をやっているのか、是非話を聞いて教えを請いたいと言えば

 

「それは父様じゃった」

 

「じゃあ彼も、薊と同じく内政にも携わるの」

 

舞王と呼ばれ不臣の礼を取った者が、何も国政に関わらないなんてオカシイわよねと言う雪蓮に、美羽は首を振った

 

「どういう事?彼は文官のように華琳に助言をしてるんじゃ無いの?」

 

「うむ、じゃが文官とは違う」

 

父は、知識の在る年老いた者達と交流が深い。だから、国政に賢者達を招き自然の代弁者としてたてていたのだとのこと

 

「元々、父様は古き知識を好む。じゃから、老人達の話を聞いて、華琳に招くよう教えていたらしいのじゃ」

 

「なるほどね、警備隊としての活動がそこで役に立っているのね」

 

「そうじゃ、父様は、皆の話をよう聞くようじゃ」

 

「そういえば、私もおじいちゃん達の話を聞く時、古い知識を聞くことが沢山あったわ。使えるモノから使えないものまで

でも、大事なことが多いような気がする」

 

よく聞いて、覚えておくことだと言う美羽は、思い出したようにクスクスと笑い出していた

 

「ん?どうしたの」

 

「いやの、華琳の前にたった時の事を思い出して居った」

 

「教えて、どんな面白いことあったの?」

 

興味津々で膝を曲げて美羽と視線を合わせる雪蓮に、美羽は頷く

 

父の名を聞いて、誇らしく思っていた時に、華琳がこういったそうだ

 

「私の文官にならない?昭の代わりに、大地の代弁者となって欲しいのだけど」

 

だが、美羽は直ぐに断った。自分は誰かのモノになる気はない。自分は自由な雲の娘だと

気がつけば、始めは恐ろしくて怯え、満足に言葉もかわせなかった華琳に、対等に言葉を向けられるようになっていた自分に驚き

全ての枷から開放されたように感じた。今まで何を怯えていたのだろう、この大自然に比べれば全てのものは小さく

取るに足らないものだ。そう、妾は雲の娘。大空を舞う美しき翼、自由な妾が恐れるモノなど何もないと理解したら笑っていた

 

「何を小さい事で、怯え泣きわめいて居たのかと可笑しくなってしまっての、華琳は少々驚いていたようじゃ」

 

「道理で、私に拳を向けられても平然としていたのは悟りに近い境地に居たからなのね」

 

「悟りか。ようわからぬのじゃ、考えが変わり心が自由になった今でも、父様には手が届かぬと思っておる妾が居る

きっと、一生届かぬと思うのじゃが、届いてしまったらそれは其れで嫌じゃと思う。ようわからんの、上手く説明できんのじゃ」

 

腕を組んで首をひねる美羽に雪蓮は、何を当然な事を言い出すのかと腹を抱えていた

分かるのかと問う美羽に雪蓮は、それは誰もが思うことだ、親を超えるのが子の役目であるけれど

何時までも越えられない壁であって欲しい、何時までも強い父で居て欲しいと思うのは普通

何故なら、超えた時は、今度は逆に自分が親を護り、最後を看取る者にならなければならないからだ

 

「何時までも、元気で自分の前を行く、そして自分を見守る存在で居て欲しいって思うのは当たり前じゃない」

 

「・・・なるほどの、雪蓮、お主賢いの。目から鱗じゃ」

 

「伊達に二人の妹の面倒見てないわ。私も、つい最近までそういう存在でいなきゃって思っていたしね」

 

私も、お兄さんのような存在になれるように頑張らないといけませんねと人差し指を立てる七乃に

美羽は、もう十分父様と同じじゃ。妾を守ってくれる七乃には、一生勝てると思えぬと微笑み、七乃は感動して美羽を抱きしめていた

 

「どうじゃ、もうお終いか薊よ!」

 

「おんしは、ほんにメンドーな奴じゃのぅ。素直にやられりゃー良いもんを」

 

全員を叩き伏せた祭に、薊は面倒くさそうに眉を寄せ、仕方が無いから最終兵器を出すかと懐に手を突っ込み

【黄蓋痴態録・第二千八十三巻】と書かれた竹簡を取り出す

 

「ひゃひゃひゃひゃっ!いかに祭と言えども、コイツを使われりゃーあしに許しを請うしか無かろうがじゃ」

 

「阿呆っ!今更、何を晒されようとも小娘のように動けぬ事などあろうものかぁ!!」

 

「ゆうたな!?後悔しなやっ!!ガキ共に囲まれ、身動き取れんままあしに土下座せぇ!!」

 

「なにっ!?」

 

「あしの諜報部隊をねぶるなぁ!侍女が呼びに行ったがは、きさんが苦手なガキ共じゃぁ!」

 

お前が子供を一日中あやして困り果て、次の日には、近所の子供達が妙に寄り付くようになって警備をサボるようになったのは

既に自分の耳に入っている。何を言っても効かないだろうが、コレだけは十分すぎるほど効果があるだろう

私の諜報部隊が集めた情報は、お前が子供らに囲まれて身動きが取れず、一日子供に振り回された事の効果の程を証明している

 

完全な悪人ヅラで笑い声を上げ、扉が開くと同時に勝利を確信した時、薊はどうしたことか、祭の後ろへと隠れてしまう

 

「なんじゃ、誰かと思ったら昭殿か」

 

「失礼、様子を見に参りました。お取り込み中でございましたか?」

 

「いいや、心配で見に来てくださったのだな。申し訳ない、弟子とはいえ魏の知の結晶を長いこと借り受けてしまった」

 

いいえ、お気になさらずと答え、娘に笑を送り、蓮華の前で柔らかい雰囲気をまとったまま美しい礼を取り

続けて雪蓮にも、呉に居る以上は王の姉と言う立ち位置であるからだろう、礼をとって将達にも包拳礼を取り娘の頭を撫でていた

 

「のう、祭?」

 

「なんじゃ、鬱陶しい」

 

「あちらにおわす御方は、何方であろうか」

 

自分の後ろに隠れ、急にしおらしくなったかと思えば、何を言い出すのかと薊を見た祭は眉を潜めた

白い肌が眼に見てわかるほど紅潮し、自分の服を握りしめて顔を隠す薊に際は、呆れたため息を大仰に吐き出した

 

「あーそうじゃった。お主は、昔から言っておったな。顔は普通で構わん、多少悪くとも教養溢れる礼の取れる男が・・・おい、まて」

 

祭が止めるのも聞かず、背筋を伸ばして高いヒールの靴を音も鳴らさず流麗に進め

昭の前で柔らかい羽毛のような印象を受ける礼を取る。そして返礼する昭に頬を染めて、上目遣いに袖で口元を隠しながら品を作る

 

「御初にお目にかかります。私、名を夏侯昭と申します。此方では、舞王と名乗ったほうが分かりやすいでしょうか」

 

「は、はい。貴方様のお名前は、この呉でも響いております。私の名は張昭、どうかお見知りおき」

 

「貴女が張昭殿。呉の将でもニ張と呼ばれる名高い文官と聞き及んでおります。娘から聞きました、この度は娘のわがままを

聞き届けて下さいまして、心より感謝致します」

 

再び頭を下げて、感謝を述べる昭に薊は「そ、そんな事はありませぬ。貴方様のお子は、とても利発で素晴らしい」と

両袖で顔を隠して、覗くように昭の表情を伺っていた。急変する薊の態度に、呂蒙と周泰は武器を持ったまま固まり

祭に視線を向ければ「昭殿は、奴の好み通りの御仁。今まであれのせいで婚期を逃しておった」とのこと

どうやら、礼の一つも出来ぬ男など虫にも劣ると、何度か見合いや恋愛をしてきたものの、誰も薊の納得がゆく

者が居らず、最後は高笑いと共に「魚に喰われて生まれ変わってこい」と男達を長江に投げ込んでいたらしい

 

「是非ともお礼を、娘が貴女様のお力添えで盟友との約束を守れそうだと喜んでおります。私も、娘に此れほどまでして

頂いた貴女様に、心から感謝を示したい。何でも、とはいえませんが私に出来る事ならば仰って下さい」

 

「そ・・・そんな、私がしたことなど取るに足らぬ事。どうぞ、お気になさらないで下さいまし」

 

「お願いです。私は、礼儀知らずな男と呼ばれる事になってしまいます」

 

それほど言うのならば、お言葉に甘えてと立ち上がり、顔を真赤にして昭の前に立つと

急に昭の腰に両腕を伸ばして自分に引き寄せた。驚く昭を他所に、薊は息がかかるほど顔を近づけ

 

「同じ昭の名を持つ者として、運命を感じました。どうぞ私を貴方様のお側に」

 

「なっ!?も、申し訳ないっ!私には妻が居ります故」

 

「存じております。側妻として、私を」

 

薊の急な告白に、腕を外そうとするが腕力のない昭には、戦場の文官らしい力の在る薊の腕を外すことが出来ず

顔を後ろに逸らして「真に申し訳ないが、妻は一人と決めております!」と言えば顔を悲しみに染め

ならば口づけだけでも、今は此れで辛抱致しますと瞳を閉じて顔を寄せた

 

「やめんか、阿呆」

 

「うぐっ、何じゃぁ!邪魔しなや祭ぃ!!」

 

「昭殿は、不貞をせぬ。側妻も持たぬ。此処で昭殿を自害させるつもりか」

 

「はっ!きさん、あしが先に行くんが気に食わんだけじゃろぉ!きさんは、あしの婚期まで奪うきかぁっ!?」

 

頭を鷲掴みにして、グキリと変な音を立てるが気にせず後ろに引っ張る祭に薊は、のけぞったまま

殺気を込めた眼を祭に叩き込んでいた。邪魔すると殺すと眼で訴え、祭は再び額に青筋を立てていた

 

「良いじゃろう、ようやく邪魔が居なくなった所だ、貴様と決着を着けてやろう」

 

「阿呆が、昭様の事で忘れておったが、ガキ共がはやじき此処に到着する。負けて許しを請うのはおんしじゃぁ!」

 

引き剥がされた薊は、それでも昭を放すこと無く人形のように脇に抱え、武器を構える際と対峙すれば

祭は、子供が来る前に我が弓で貴様を討つと、矢筒から鏃を潰した矢を取り出して額に狙いを定めていた

 

いい加減にもう止めた方が良いのでは無いかと美羽が呆れながら雪蓮の袖を引き

そうね、解ったわと頭を掻きながら薊を止めようとした時、部屋の戸が力強く開け放たれた

 

舌打ちをする祭、ようやく到着したか、遅かったではないかと薄ら笑いを浮かべる薊

だが、開け放たれた扉から現れたのは、全身から蒸気を立ち上らせ肩で息をする程普こと会陽

 

「ぶはぁーっ、ぶはぁーっ!お、遅くなり申した王よっ!」

 

「阿呆がァっ!!」

 

入ってくるなり強烈な蹴りを顔面に受けた程普は、鼻を押さえて地面に崩れ落ち

貴様かなんぞ待ってないと倒れた所を容赦なく踏みつける薊

 

「きさん、王の招集に送れるとは何事じゃぁ!首切って死ねえぃっ!」

 

「我主が走らせたのじゃろうがぁっ!遅参したのは儂が悪い訳ではないっ!!」

 

「五月蝿いのぉ、きさんの嫁達からあしは散々頼まれとるんじゃぁ。恨むんならきさんの手癖の悪さをば恨めやぁ」

 

振り回され眼を回す昭を脇に抱えたまま、ゲシゲシと踏みつけ【程普醜態録】を見せつければ土下座して許しを請う程普

歴戦の老兵も薊には頭が上がらないようで、ボロボロになるまで踏みつけられた後

 

「丁度ええ。きさんの阿呆な行いの詰まったコイツが欲しけりゃぁ祭を負かせぇい!」

 

「な、それで良いのか!?ならば走るより容易い事よっ!!」

 

「ほお、久しぶりに来るか会陽っ!」

 

応さ!と鉄脊蛇矛を振り回し、嬉々として祭に向かう程普の後ろでは、ニヤニヤと【程普醜態録・第二巻】を取り出す薊

何も、全部返すとは言ってない。勝ったとしても、負けたとしても、得するのは自分一人だ、子供たちが来るまでの時間稼ぎ

に調度良い駒が出来たとケタケタを笑い声を上げていた

 

 

 

 

その後、いい加減に収集が着かないわと雪蓮が一喝。流石は、元呉王というところであろう、直ぐに三人は雪蓮の前で跪き

呉の他の将達は、よろよろと立ち上がり、ようやく台風が去ったと安堵の溜息を漏らし

救出された昭は、気絶して動かず、七乃が肩に担ぐ事になっていた

 

「礼を言う、おかげで薊様と和解できた」

 

「何を言うか、薊様が申しておった。妾が行くことで、薊様が師姉様を叱らぬようにしたのだと」

 

最初から此れが狙いであったのだろう?利用しおってと少しだけ頬をふくらませる美羽に冥琳は、膝を曲げて目線を合わせ

ゆっくり首を振った。本当に、そんなつもりは無かったと

 

「今更、会わせる顔が無いと思っていた。だから、美羽の知で心配は要らない、私たちはしっかりやっていると見せたかった

薊様ならば、牢に居られても話は直ぐに耳に入るだろうから」

 

「其れこそ無礼ではないか、薊様は、師姉様を待っておったのじゃ。じゃから、妾が話をした時にとても悲しそうな顔をしたのじゃぞ」

 

「そうだな、改めて頭を下げておくよ」

 

躯を起こし目を伏せ、自分を隠すように腕を組む冥琳は「師姉様とまた呼んでくれるのか?」と小首をかしげ

美羽は、当然だ、自分に姉師と呼ばせるのだから、早く薊様と呉の内政に力を入れて民の幸福に努めろと微笑む

 

全く、素晴らしい妹弟子だと冥琳は手を差し出し、互いに握手をして契約する

雪蓮としたように、今度は私とお前の約束だと

 

「また、呉に来てくれるのだろう?塩害や治水は、薊様が居らっしゃるとしても、農耕技術に関する知は美羽の方が上だ」

 

「当然じゃ!約束を違えるつもりはないぞ、誰かと違うての」

 

「まだ言ってるのー?もー、ホントに許してよ。反省してるから」

 

美羽をぎゅーっと抱きしめて謝罪する雪蓮に美羽は、仕方ないと背中をあやすようにしてポンポンと叩き

七乃に子供扱いされてますねと誂われていた。雪蓮は、もう別に構わないと思っているのか

「じゃあ、帰ろうかお姉ちゃん」等と言ってみせた

 

「待て、昭様を置いていけ、それと蜂王殿もじゃぁっ!!」

 

「おやめ下さい薊様っ!」

 

「そ、そうです。これ以上、皆さんを困らせては駄目です!」

 

「お、お願いです。早く言って下さい」

 

「今度は此方から行きます。姉様、将たちと交互に伺います。戦は目の前ですからっ!」

 

呂蒙、周泰、甘寧、蓮華が薊の躯を押さえつけ、薊の私兵を程普が抑えこむという有様で、見送る呉の面々

家族の墓を建て、戻った許靖の馬車に乗り込み、手を振って新城へと馬車を走らせれば

薊が一人ひとりの耳元で、ぼそぼそと呟きガクガクと膝を地に付ける蓮華達。後少し遅ければ、馬車に乗り込んで居ただろう

乗り込んだ祭が、仕方ないと弓を構えれば薊は、大きく手を振って「冥琳っ!躯を愛恵よ、王を頼んだ!呉はあしにまかせぇっ!!」

と叫び、冥琳は「直ぐに会いに行きます。薊様」と答えて涙をボロボロと流して大きく手を振り返していた

 

「阿呆、永遠の別れでもあるまぃ泣くがやない。近いんじゃ、すーぐ此方から会いに行く」

 

「薊・・・」

 

「さぁ、帰るぞ小娘共。あしの知識をきさん達に叩きこんじゃる。魏には負けんぞ、いずれ飲み込んでやるんじゃぁ」

 

小気味よい返事を返す呉の若き将達を前に薊は、我ら呉の未来の為に、次の戦は絶対に負けんと牢に入れられた時に

集めた知識の全てを開放し、全霊を持って向かう事を心に決め、呉の将たちは、薊の決意と気迫に当てられ

口を引き結び、城へと足を向けた。必ずや、未来を掴んで見せると

 

 

 

 

数日後・・・

 

 

新城の城門から離れた場所に在る小川

岩の上に座り、釣り糸を垂らす一人の少女。金色の髪を風に揺らし、瞳を閉じて小川のせせらぎを、木々の奏でる音楽を楽しみ

澄んだ空気を躯に取り込むように、ゆっくり吸い込んで躯に染み込ませていく

 

「ねぇ、釣れる?」

 

「・・・雪蓮か」

 

声を掛けられ振り向けば、桃色の長く美しい髪を揺らし、褐色の健康そうな肌の女が少女の隣に腰を下ろす

 

「私もやって良い?」

 

「好きにするが良い」

 

美羽の許可を得た雪蓮は、何処からか取ってきた篠に釣り糸を着け、河の石をひっくり返して虫を取ると針に着けて河へと投げ込む

同じように、深呼吸をして澄んだ空気の味を楽しみ、釣り竿の先端に視線を送っていた

 

「ねぇ、私と義姉妹にならない?」

 

「嫌じゃ、何度も言っておるじゃろう」

 

「じゃあさ、釣りで勝ったら義姉妹になってよ」

 

溜息を吐くように断るが、諦めずに微笑む雪蓮に美羽は、仕方がないなと笑を浮かべた

 

「では、日が落ちるまでに多く釣り上げた方が勝ちじゃ」

 

「うん、良いわよ。それじゃあ開始」

 

合図と同時に一匹目を釣り上げる美羽。今まで釣り上げないで居たのかと驚き、少々ズルイと口をへの字に曲げる雪蓮

だが、少女は釣り上げた魚を見るや、手袋をして桶に水を入れて魚を優しく針から外して桶の中に泳がせる

 

「どうしたの?魚籠に入れないの?」

 

「うむ、見たことが無い魚じゃ。記録を取るから、お主は構わず釣っておれ」

 

「へぇ、一匹一匹記録しているの?」

 

川の魚全て記録するつもりだ。それに、希少種かも知れないから逃すと言う美羽に雪蓮は、其れじゃ私の勝ちね

どうせ逃がすんでしょう?今度こそ義姉妹になれると釣竿を握るが、一向に釣れる気配がない

 

イライラし始めた所に、記録が終わり魚を放流した美羽が餌を着けて、直ぐに魚を釣り上げていた

 

「えっ!?」

 

「なんじゃ?」

 

同じ所で釣っているのに、何故美羽は釣れて自分は駄目なのかと、美羽が魚を外し餌を付ける様子を見ていれば

エサ箱から団子のようなモノを取り出して針に付ける様子が目に映る

 

「それ何?」

 

「練り餌じゃ、虫の死骸と芋を混ぜておる」

 

興味津津に美羽の練り餌を見て、それなら自分でも釣れそう、お願い少し分けてと言う雪蓮

美羽は、本当に仕方が無いやつだと練り餌の入ったエサ箱を全部渡し雪蓮は

良いの?全部もらっちゃって?と針に着けて今度こそは釣れるだろうと川へ投げ込んでいた

 

「ふふっ、凄い凄い!これで三匹目!私でも釣れちゃう!」

 

餌のおかげか、順調に釣り上げる雪蓮。餌をもらっちゃってゴメンネ、でも私の勝ちよと美羽を見ると

美羽はぴくりとも動かず、竿の先端に集中していた。先端に何か居るのかと視線を移せば、竿の先端に止まる小さな羽虫

 

「あっ!」

 

竿がしなり、魚を釣り上げる雪蓮。声で隣で竿に止まる羽虫が飛んで行ってしまう

何か珍しい虫だったのかもしれない、悪いことをしたと思い謝ろうとした時

美羽は、懐から鳥の羽や松の葉を取り出し針を持って色糸を巻きつけはじめた

 

「ん?んん??」

 

何をするのかと見ていれば、鳥の羽の毛をむしり枯葉を千切り、色糸で巻きつけて出来上がったのは

先ほど竿の先端に止まっていた虫と全く遜色のない毛針

 

「あっ!さっきの虫!」

 

出来上がった針を着けて、竿を何度も前後に振りながら、川に針を垂らさず水面の上を飛び回る虫のように毛針を飛び回らせれば

虫と勘違いした魚が川から飛び上がり、毛針に食らいつく。見たことが無い釣りの技法に眼を丸くし、美羽を見れば

 

「今のうちに、多く釣っておかぬと直ぐに抜くぞ。せっかく練り餌をやったんじゃ、励むが良い」

 

と言われ、慌てて魚を釣り上げ練り餌を見れば、後二つだけ

 

「ね、ねえ。やっぱり日が落ちるまでってのは無しにしない?」

 

「また約束を違えるのかえ?本当に仕方が無いやつじゃの、じゃから義姉妹などになれぬのじゃ」

 

涼風に悪い姉が出来てたまるかと言う美羽に、ズリズリと近づき寄り添って「いいじゃない、ね?」

と笑顔で願うが「嫌じゃ」と断られて膝を抱えて落ち込んでいた

 

 

それから暫く、新城の近くの川で二人が釣りをしている所を、付近に寄った者達が多く目撃し

魏と呉は、彼女達二人のように仲睦まじく親密な関係をもって、互いを支えて行けることだろうと

両国の民の間で口々に広がっていった

 


 
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