No.440158

恋姫異聞録147  ― 蜂王と呉の賢者 ―

絶影さん


・・・ごめんなさい、最初にお詫びを
話が長くなって、終わりませんでした。嘘ついちゃった、ごめんなさい
次も美羽様の話です。次で終わるように頑張ります

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2012-06-21 22:21:21 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10432   閲覧ユーザー数:7390

新城からわずか半日足らずで呉の国境へと到着した美羽達

七乃が用意した馬車は、軍から買い取った軍用の汗血馬である大宛馬を繋げた戦車のような馬車であった

城門を出た雪蓮と冥琳は、麻を織り込んだ強靭な幌や、四輪の車輪が着地する面に取り付けられた鋼鉄の輪に言葉を無くし

御者台に取り付けられた中型弩弓に、このまま戦場に行っても十分活躍しそうだと驚いていた

 

聞けば、州を飛び回る美羽の為に七乃が研究の成果である植物の苗を売り金を溜め、真桜に頼んで設計図を書き上げてもらい

職人の手で創り上げられたものらしい。迎撃用に装備された弩弓は三つ有り、連続で矢を放てるどころか装填も簡易なもので

御者台に二つ、後部に一つと前後の攻撃に対応、幌はちょっとやそっとの矢や槍などは通さない優れものらしい

 

「いくら治安が良いと言っても、まだまだ何処に賊が潜んでいるかわかりませんからねー」

 

人差し指を立てて説明する七乃に、これを量産すれば良いのでは無いかと問えば、この古代戦車のような荷馬車は

真桜の謹製品らしく、量産は難しいとのこと。特に弩弓においては、構造が細かすぎて謹製品と言うのがよく分かる

装填する矢筒に入れられた矢の一つ一つに、歯車の歯が噛みあうように複雑に配置されており、とてもではないが量産する等と言えば

職人達の手はいくつ必要かと考えるだけでも頭が痛くなる程だ。また、幌は美羽の研究によって創りだされた物で

この大きさを作るのに職人を街一つ分の人数集めねばならないほど細かく強靭で、鉄線と交互に編み込まれているため

恐ろしいほど強度があるらしい

 

「おかげで、半年溜め込んだお金が全て飛んじゃいましたよぅ」

 

だからと言って荷馬車の重量が重いとうわけでもなく、大型ではなく中型の弩弓を乗せて、鉄線と麻を編み込んだ幌であるせいか

はたまた繋がれた三頭の大宛馬の豪脚のおかげか、通常の荷馬車の数倍の速さで目的地まで到着していた

 

勿論、道中に賊など居らず、居たとしても追いつく事は出来無いだろうし

追いついたとしても連弩で躯の重量を増やして地面に転がる事になったであろう

 

関所にたどり着くと先に話を進めていた祭が出迎え、美羽は、丁寧に礼を言い関所の前で立ち止まった

あと一歩進めば、魏から呉へと変わる境界線の前で、自分はこれ以上進めないということらしい

 

「どうか、呉の皆様をお呼びになって頂けませんか師娘様」

 

「うむ、やはり入らぬか」

 

「はい、いかに師娘様のお許しがあっても、皆様の許しを得たわけでは有りませぬ」

 

膝を曲げ、目線を合わせた祭は、優しく美羽の頭を撫でた

その謙虚さが良い、謙虚であって悪いことはない。だが、謙虚すぎれば他者に悪い印象を与える事もある、心するが良いと

優しく教えを説けば、美羽は素直に頷き心致しますと包拳礼を取っていた

 

「ふふっ、驚いてるわね」

 

「当たり前だ、皆は、美羽のこの姿を見たことは無い。お前も同じだっただろう?」

 

そうね、と言う雪蓮の眼に映るのは、関所の門の影で見ていたであろう皆の姿

特に蓮華は、よほど驚いたのだろう関所の門から飛び出し、祭に礼を取る美羽を眼を丸くして見ていた

呉の将たちも同じ、特に穏や甘寧は、長い間関わっていた事もあるだろう、信じられないと驚いていた

 

「えっ!?」

 

「この度は、妾の為にわざわざご足労をおかけしたこと、真に心苦しく思っております。我が業を承知でありながら

この場までお越しくださったことに感謝を、呉の将の皆々様の寛大で大きな懐に触れ感服いたしております」

 

丁寧に礼を取り、更に感謝を述べ最高の礼を持って地に膝を着け、頭を垂れる

一瞬、美羽が動くと共に甘寧が武器に手をかけ一歩踏み込んだが、美しい礼を取る姿に武器に伸ばした手が止まり

だた見とれていた。このように美しい礼を視るのは二回目だ、魏王の前で剣を受け取る夏侯昭と同じだと

 

「先に話した通り、策殿と冥琳は既に和解しておる」

 

「し、しかし、相手は袁術!本当に姉様は、袁術と真名を交換したのですかっ!?」

 

「わ、私もお聞きしたいことが、祭様と師弟の契を結んだとは本当なのですか!?」

 

予想通りの言葉が雪蓮と冥琳、そして祭に向けられ三人は顔を見合わせて頷いていた

当然の反応だ、これが少し前までの自分達か、なるほど眼が曇っていると言われても仕方がない

感情が先に走り、目の前の美しい礼を取る者に礼を返すこと無く、無礼な振る舞いをして居ることに気がついてい無い

怒り、憎しみ、悲しみの負の感情は此れほど我等の眼をくらまし、盲目にさせるのか、戦場で挑発がいかに有効な手であるのか

改めて認識させられたと三人は笑い合い、祭は腰に手を当てて少しだけ胸を張り重い声を吐き出す

 

「礼を取れ、無礼者共。誠意を見せる者に礼を取らず、我等に質問をぶつけるとは何事か」

 

「だがっ!」

 

礼などする必要は無いと強い口調で拒否する蓮華だが、再び祭に「返礼をしろ、話はそれからだ」と鋭い眼光をぶつけられ

たじろぎ、ぐっと歯の根を噛み締めて礼を返す。王の行動に習い、将たちも同じように礼を返すが、やはり納得は行かないのだろう

直ぐに顔を上げて立ち上がり、目の前で頭を垂れる美羽を見下ろして強く、怒気を孕み

「此処から立ち去れ、呉の土地に一歩でも立ちいればその首切り落とす」

と民や兵の怨みをぶつけた所で、馬車から一人の少女が桃色の髪を揺らし飛び降りた

 

「ふんっ、面倒な奴らだね相変わらず。自分達に何も非がないと思ってやがる、完全な被害者気取りだよ」

 

呆れたように大きな溜息を吐き、再び伸びた長い髪を少し上に束ね、ピョコピョコと動く特徴的な髪型の少女は毒づく

蒼いベストに真っ白なチューブトップ、白く柔らかい綿のズボンと革靴を履く快活な衣装を纏うのは

魏で様々な仕事に従事し、いつしかその多能で器用な才能を見出され文官の一人となっていた許靖

 

「美羽を殺るってんなら、私は孫策の首を取っても構わないってわけだ、遠慮無く貰ってやろう家族の仇討ちだ」

 

可愛らしい顔が急に醜悪に、人形のように口がカパッと開くと下卑た笑い声が響き、腰の剣を抜き取って雪蓮の首へと向ければ

蓮華達は固まり言葉を無くす。何故、許靖が此処に居る?どうして雪蓮達と同じ馬車に乗っていた?と眼を丸くする

完全に姿が無く、魏に居ても耳にすることが無かった名前、もしや何処かに移り住み静かに暮らして居るかと皆は思っていたのだろう

だが、皆の想像を覆し、今まさに仇である孫策へと剣を向けているのだ。驚かないわけがない

 

「まさか止めないよなぁ?アンタら、民の悲しみを取り除きたいんだろう?兵の怨みを晴らしたいんだろう?

やったら良いさ、そしたら私も遠慮なくコイツの首を斬り飛ばせるんだからなぁ」

 

「そ、それは・・・」

 

苦虫を噛み潰したように顔を顰める呉の将達。特に蓮華と甘寧は、何も言い返す事が出来無いと思っているのだろう

許靖の言った通り、自分達の領土を広げる為に戦い続けて来た。怨みを買うような事もしてきた

それは、王であれば戦に携わる者であれば逃れることの出来無い業。十分に理解し、解りきった事であるから

何も言い返す事はできない。此処で安っぽい正義感を語れば、許靖は遠慮なく雪蓮の首を切り落とすだろう

何でもかんでも正義と言えば許されるのか?阿呆め、愛する者を殺されて後悔しろと言われるのが眼に見えていた

 

「止さぬか許靖。此れは妾の問題じゃ、お主の怨の恨は、既に父様が刈り取っておるじゃろう」

 

「んー?それ言っちゃァ駄目だゼ美羽。少しくらい楽しんだって良いじゃ無いか」

 

ケタケタと笑い、剣を腰に収めた許靖は、蓮華達に「良かったな、アンタの姉が死ななくってよ。美羽の親父に感謝しな」

そう言い残し、荷馬車の御者台に乗ると馬を走らせて呉の中へと入って行ってしまった

 

「ま、待てっ!」

 

「良いのよ蓮華」

 

「ですが、姉様!」

 

「あの娘は、家族の墓を作り来たの。荷馬車の荷も、酒と華が沢山積んであるだけ。だから行かせてあげて

ようやく呉には入れるようになったんだから」

 

眉を寄せて許靖を見送る雪蓮。一体此処に来るまで、荷馬車の中でどのような話を交わしたのだろうか解らない

だが、雪蓮の無事な姿、そして嬉しそうに荷馬車を操り亡き家族の元へ向かう許靖を見れば、それは悲しみや怨みとは

関わりが無いものであったのだと理解できる

 

「礼を見ればわかるでしょう、今なら美羽がどういった人物かわかるはず。許靖に感謝しなきゃね、心が落ち着いたでしょう?」

 

雪蓮の言う通り、姉に剣を向けた許靖によって高ぶった感情がいつの間にか冷くなっていた

手には汗がジワリと滲み、背には冷たいものが流れていた。愛しい者を殺されそうになる恐怖が此れほどまでとはと

蓮華は、許靖の心を理解し、同時に目の前で美しい礼を取る美羽を改めて見つめた

 

少しも礼の形を崩さず、吹かれる風を身に受け、金色に輝く髪が美しく靡く

身から滲み出る気品、教養に礼学を高い領域で習得している事がうかがえた。蓮華はその姿に少しだけ開いた掌を握りしめ

次に納得したらしく、姉の方を見て目を伏せて頷いていた

 

「良く解りました。祭の話してくれたことは本当だったのね。実際に見てみるまで信じられなかった」

 

「そうね、仕方ないわ。それが当たり前の反応だもの。ね、美羽」

 

「はい、呉王様の思われた事は、なんら可笑しな事などでは御座いません。妾はそれだけの事をした

この地に来たのは、その償いでございます。どのような待遇も甘んじて受けましょう」

 

丁寧に返されてしまい、蓮華は、これ以上憎む事は間違っている。何よりも、憎み剣を向ければ、それは姉を殺す事にもなる

そう理解した蓮華は改めて王として礼を取り、呉の将と共に美羽に対して呉の地に入ることを許可した

 

「入る条件として、畏まった言葉を止めてくれ。どうも、調子が狂ってしまう」

 

「うむ、承知した。ではまいろうか、まずは何処へ案内してくれるのじゃ雪蓮よ」

 

同じく七乃も蓮華達と礼を取り交わし、身ひとつで呉へと入った美羽が案内されたのは柴桑の近くを通る河の支流

蓮華達には、まだどういった状態なのか解らないし、現状を見てない今は何を教えたら良いか分からないから

此方から後ほど報告すると言い、結局は、この地に来た雪蓮と冥琳を連れて河へと来ていた

 

「此処がそうよ。冥琳、説明よろしくね」

 

「ああ。此処は、大きな河の支流の一つだ。付近に住む者達には【龍の道】と言われている」

 

冥琳が言うには、細くそれほど水量が多いわけでは無いのだが、此処に人の手を入れているのは理由がある

少し先に、本流から流れた肥え太った肥沃な土がたまる場所が在るらしく、その土地に作物を植えたいとのこと

だが、この支流は、不思議な性質を持っているらしく、ある一定の時期と期間に水位が激減し、その肥え太った土が姿を現すらしく

それまでは細いながらも河の水によって水没し、人が手を出せるような場所では無くなるようだ

 

「何度か水の流れを変えようと、人を集めて居るのだが上手く行かなくてな」

 

蝗害も、水を失った時期に表す肥沃な土地に生えた草を求めて多発するようだ。出来るならば、早々に河の流れを変えて

土地を手にして蝗害を防ごうと思っているらしいのだが、少しも上手く治水することが出来無いらしい

こんなにも細く、対岸までの幅が人五人分程の広さしか無いのにも関わらず、何度も失敗を繰り返し

負傷者もだしてしまっているらしい

 

河に来るなり美羽は、冥琳の説明も聞かず周りを見回し宙の一点を見つめ始め。七乃は顔を険しいものに変え

怒りの眼を冥琳と雪蓮に向けていた

 

 

 

 

 

「馬鹿な事を、貴女達にはこれが解らないんですかっ!?」

 

「馬鹿な事って、どういう・・・」

 

不思議そうに問を聞き返そうとするが、美羽の手がそれを遮り、美羽は地面に伏せて耳を地面に当てる

そして急に立ち上がると大きな声で「この場から皆立ち去れっ!作業をするものは道具を手放して構わぬっ!」と叫びだす

 

「七乃、監督をしておる者は分かるか」

 

「お任せを、貴女達も早く逃げてください。場所は、あの大きな岩より先で良いですか」

 

「良い見立てじゃ、皆避難せよ!河が襲ってくるぞ!!」

 

急に行動を起こす二人にあっけに取られるのも一瞬、美羽の言葉に即座に理解を示した冥琳は作業員に指示を出し

雪蓮は、冥琳を抱えて七乃が指さした場所へと走る。七乃は弾けるように地面を蹴って、指示を出す現場監督の首に剣を押し付け

笑顔で「作業はおわりですよ~。至急、雪蓮さんの所まで作業員を集めて下さい」と脅していた

 

急に首に冷たい刃を押し付けられ、目の前から殺気をぶつけられた現場監督は、小さく声を上げてから雪蓮達を確認すると

首に賭けた笛を思い切り鳴らして作業員達に指示を出した

 

緊急の笛を鳴らされ、何事かと指示された方向を向けば、元呉王の雪蓮が全速にて集合と号令が響き

皆、駆け足で雪蓮の元へと次々に集まりだし、最後の一人が集合を完了したと同時に上流から轟音と共に

眼前を水と岩、木々の混ざった激流が通り過ぎる

 

「な!?」

 

「ふむ、なるほど【龍の道】か、これは少々調べる必要があるようだの」

 

あと一歩遅ければ、作業員はこの濁流に飲み込まれ命を落としていただろう。今まで此れほど強い流れが襲ったことは無かった

だから負傷者程度で済んでいたのだが、今見たのはとてもではないが人など芥子粒のように飲み込まれる水の壁

驚く冥琳を他所に、美羽は木に登り上流に視線を注ぎ、次に流れる水に注目する

 

「・・・此処だけでは良くわからんの。様子から察するに、これ程の激流は今まで無かったと考えるのが妥当であろ

じゃが、岩の形状を見れば度々こういった事が繰り返されてきたはずじゃのう」

 

「何か分かったの?」

 

樹の下から声をかける雪蓮に、美羽は首を振って木から下り、剣を仕舞った七乃が傍へと駆け寄り

冥琳と雪蓮をきつくに睨みつけていた。どうしてこんな事をしているのか、何故水が来るのを解る人が居ないのかと

 

「水鳥が何羽も不規則に飛んでいた、木々も水の流れを避けるようにこの岩から先は此方に着ていない、岩を見れば分かるでしょう?

下半分は丸みを帯びて、上は尖った形。水が此処まで来るって事が解ら無いんですかっ!!」

 

美羽が空を見ていたのは水鳥の動きを見ていたから、地面に耳をつけていたのは流れ来る水の位置を調べるため

基本的な知識を現場の監督者が理解して習得していない。そんなに人を沢山、殺したいのかと怒鳴っていたが

美羽に宥められ、七乃は口をつぐんで俯いていた

 

「七乃よ、妾達も始めは知らぬことばかりであったであろう。そう責めるな、今は皆が無事であった事を喜ぶべきじゃ」

 

「お嬢様・・・」

 

「やりたい事は把握した、蝗害を防ぐためにも治水し、この支流の流れを変えたいのじゃな?」

 

怒りを向けられ、治水に対して、河の知識に対して、手探り状態である事を恥じた冥琳は、すまないと素直に頭を下げ

雪蓮は作業員に眼を伏せて詫びていた。勿論、作業員達は、誰も怪我は無いし、無事であったのだからと言っていたが

やはり、命を危険に晒した事を重く見て居るのだろう、雪蓮は、しばらくこの場所の治水作業を中止する事を告げていた

 

「ごめんね、何も知らなくって」

 

「・・・何か理由があるのじゃろ。まあ良い、とりあえず呉の政策会議に出させてもらえぬか?」

 

「報告?それとも」

 

「少々気になった事があっての、会議を見るだけじゃ」

 

呉の人間が此れほど治水の知識を持たない事は可怪しいと感じたが、何か理由があると察した美羽は、特に何も追求せず

ただ、呉の政策会議に出席させて欲しいと言い出す。特に、商業や農耕に関しての会議に出席させて欲しいと言い出す美羽

 

一体、報告をするわけでもなく何を知りたいのだろうかと首を傾げる雪蓮であったが、もう美羽の能力を信じ

誠実さを信頼しているのだろう、重要な政策会議であるというのに口を聞いてみるわと心よく了承していた

 

方針が決まると四人は、一度、柴桑へと戻り、蓮華にこのことを伝えれば人々の命を救ってくれた礼だと素直に参加を認めてくれていた

 

「では、作物の収穫量を元に、今後の方針を決めていく」

 

「税収は去年よりも二割ほど落ち込んでしまっていますねー。収穫量が少ないため、税収もそれに伴って減少、更に懐が寒い状態です」

 

「これ以上は、皆さんに無理をさせられません。飢餓などが起こらぬよう注意して、沿岸部の人々には海産物で

他国との交易を頑張ってもらうしか」

 

案内された会議室には若い文官達が立ち並び、蓮華を中心として話が進められる。脇に居る甘寧が司会役であろう

その両脇には、内政を熟知する穏と弟子である呂蒙が筆頭になり意見を交換していく

交わされる高度で若さ溢れる知の数々、勉学に励み知を好む者にとっては是非参加させて欲しいと言い出す事に違いない

 

だが、部屋の端に椅子を用意された知識欲の虜である美羽は、食指を動かすこと無く文官達のやり取りを傍観していた

 

「どうだ?呉もなかなかのものだろう、治水の知識を授けてくれれば、直ぐに使いこなす事のできる者達ばかりだ」

 

「確かにの」

 

冥琳の説明に何か引っかかるように、言葉少なく応える美羽に対して雪蓮は何か不満なの?と問えば

「此処には、大地を語る者が居らぬのじゃな」と呟くように答え、椅子から降りて出口へと足を向けていた

 

「もう良いの?次は何処に?」

 

「うむ、少々そこら辺を見て来る。ついて来ずとも良いぞ」

 

そう言い残すと、美羽は、七乃を連れて部屋から出ていってしまう

雪蓮も着いて行こうとするが、扉を開ければ既にその場には居らず風のように姿を消していた

 

「速いわねー。まるで毎日山を走り続けて鍛錬したみたい」

 

「・・・」

 

「どうしたの?先刻の美羽の言葉が気になる?」

 

「ああ、やはり覚悟を決めねばならぬようだ。知識だけを授けてくれなどと言うことは出来ない」

 

掌で額を抑え、何かに対して怯えて居るのだろうか、躯を少しだけ震わせて唇を噛む

冥琳の様子に何かを思い出した雪蓮は、苦笑いをしてとりあえず美羽の帰りを待ったほうが良い

それは最終手段だと言い汗が一筋、額から流れ落ちていた

 

会議室から出た美羽は、七乃と共に城壁の外へと向かい再び支流付近に足を運ぶと、上流へと足を伸ばし

本流と支流がぶつかる地点へ向かった。見るのは、何故この支流だけに肥沃な土が流れこむのかだ

 

「やっぱり、此処は本流の屈曲部。上流で蓄えられた肥沃な土が、雨などで水量を増した時に流され、屈曲部に出来た支流に

流れ込む事で栄養価のある土が堆積するみたいですねー」

 

「うむ、堰を切ったように激流が流れこむのは、同時に堆積した木々や岩が堰のように積み重なり、それが押し流される為

水流に木々が混ざっておったのはそういう事のようじゃの」

 

良く見れば、冥琳達もそのことは解っていたのだろう、屈曲部に堰を作り堆積した岩や木を押さえ込もうとした形跡があった

だが、作った堰は頑強だが雨等で水量が増した時は本流の勢いを抑えこむ程ではない。いずれ次々に堆積する岩や木、土に押し流され

決壊するはず。今回起こった鉄砲水は、何度も失敗し今度こそはと頑強な堰を作った為、その反動といった所だろう

 

「どうします?放水路を作りますか?」

 

「あまりやりたくないの」

 

支流に流れ込む水量を減らし、確実に安全に治水を行う為に放水路を作ろうかと提案する七乃に美羽は眉を潜めた

不用意に放水路を作れば、下流に生息する生き物達に及ぼす影響も大きい。影響を考え、調べ尽くすのにも大きく時間が掛かる

何より、先ほど呉の政策会議で言っていた通り、資金が無いのだ。放水路の作成には、予定する路に住宅があれば移転が必要だし

多くの人の手を必要とする為、莫大な時間と費用が掛かる。そんなことをすれば民の負担は想像できないほど大きくなってしまう

 

「では、聞き込みですか」

 

「ようわかっておるの、流石は七乃じゃ」

 

「はい、こんな支流に【龍の道】なんて大層な名が付けられてるなんて、可怪しいですものねー」

 

腰に手を当て、にっこり微笑む美羽は、七乃と共に支流付近に住む者達の屋敷に一つ一つ周り、情報を集めていった

丁寧に、この地に住む者から何か一つでも河に関する事を聞き出す為に

 

それから二日後、雪蓮達も一向に城へ戻ってこない美羽と七乃を心配していた所へ二人はフラリと戻ってきた

 

「何処言ってたの、心配したわよ」

 

「なに、少々情報を集めにの。それよりも報告がある、将を集めてくれぬか」

 

突然現れた美羽は、皆を集めてくれと言い出す。何かを掴んだのだろうその顔は、自信に満ち溢れていた

此れほど良い顔をするのだから、よほど良い知恵を見つけたのか見出したのか、呉の財政難を知っているだろうし

費用がかからず、簡単に解決する方法を見つけたのだろうと、早速玉座に将を集めると言って雪蓮は、宮の妹の元へと足を向けた

 

召集令に呉の将達は老兵、程普を抜かし即座に集まり、玉座を前に勢揃し美羽と七乃を迎えた

 

「無事であったか」

 

「ご心配をお掛けしました師娘様」

 

「良い良い、顔を見れば分かる。なにか掴んだな」

 

礼を取り頷く美羽は、早速と七乃に竹間を広げさせて説明を始めた

まずは支流が本流の屈曲部であること、突然起こる洪水は堆積した土砂や流木が決壊して起こること

流れこむ肥沃な土は、本流の上流で堆積した生物の死骸や河の生物の死骸が屈曲部に流れ込み、最後に行き着く支流で

堆積し虫達に分解されて肥沃な土になっていると言うことを告げる

 

「ならば、あの時の激流は」

 

「うむ、無理に堰を作り土砂を押し留めたが為に起きた事。じゃが、堰を作らずとも何度かに一度はあの規模の洪水が

雨などで水位を増した本流からの流れに耐え切れず起きるようじゃ」

 

では、どうすれば?という問に、冥琳達がしようとしていた治水を竹間に線を引いて説明し始めた

流れる河に対し、真っ直ぐ流れる河を曲げようと河の形を変えていた。此れでは、屈曲部が出来てしまうし

放水路を作らねば水量が増した時に水路が決壊し洪水を起こすとの事

 

「放水路・・・穏、放水路を作るとすると」

 

「はい~、小さな支流とは言え、水路を伸ばし放流場所まで計算して作るとなるとどれだけ長い水路になるか、見当がつきません

それまでの手当と食料と・・・呉の民は飢え死にしてしまいますねー」

 

とてもではないが、放水路を作る余裕などは何処にもない。美羽の提案は、素晴らしいものだがとても出来そうにない

他に策は有るかと聞けば、美羽は、小さく咳払いをして少しだけ瞳を強く細めた

 

「有る。じゃが、その前に一つ言っておこう」

 

胸を張り、腰に手を当て、厳しい顔をする美羽。隣では竹簡を片づけ、同じように強い眼で蓮華を見詰める七乃

二人の雰囲気が変わり、蓮華は少しだけ眉根を寄せた

 

「なんだ、何か入り用か?」

 

「いいや、言いたいことはそんな事ではない。妾が言いたいのは、呉には大地を語る者が一人も居らぬということじゃ」

 

将たちの顔を見回し、文官達の事を語る美羽。この呉には、気力に溢れる若い文官はいるが、その中に一人も大地の声を

生き物の声を、植物の声を代弁する者が居ないと言う。国を作るには、必ず大地の代弁者が居なければその国は衰退すると語る

 

「大地の代弁者ですか?」

 

「うむ、必ず国を作り田畑を耕し、城を立てるならば大地に鍬を入れ、木を切り倒す。そこに自然の代弁者が居らねば

必ず大地は牙を向く。大地を無視しての国づくり等、愚かさの極みよ」

 

美羽の言葉に理解を示したのは内政に特化した穏だけ。呂蒙は、其れがどういう意味なのか理解できず

考えてみるも、国と大地の繋がりを見いだせないまま問えば、返ってきた言葉に眼を見開いていた

 

美羽の言葉が重く、深く理解出来たのだろう。国づくりは自然の形を変える事でもある。ならば、自然を熟知した者を

大地の声を識る者を置かねば、必ず自然からの報いを受ける。まるで怨みを晴らすかのようにだ

 

呉が行なってきた事は、大地に対する侵略行為。大地と共存し、大地と共に生きる道ではなく

力でねじ伏せ、押さえ込もうとする強引なやり方。此れでは大地の怨みは募るばかり

その証拠があの洪水だと語られれば呉の皆は納得してしまう。自然の恐ろしさを何度も味わい、洪水によって何度も被害を受け

蝗害によって何人もの人が死んでいった。これ以上の報復は無いだろう

 

「妾は、支流に住む者達に話を聞いた。じゃが、どうした事か大地を知る賢者達は口を開かぬ。礼を尽くし、ようやく

話を聞き出せば、妾など居らずとも十分に治水が行えていたと知った」

 

そう、屋敷に足を運び人々に話を聞こうと思えば、積み重ねた知識を持つ老人たちは固く口を閉ざしていたのだ

だが全員ではない、知識があり元は文官だったであろう人間ばかり。何度も足を運び、礼を尽くしようやく理由を

聞いた時、美羽は絶句し拳を握りしめていた。自分が此処に来る必要などひとつも無かったのだと

 

「古き知を持つ賢者達に聞いた。皆、龍の道をよう知っておった。あれは手を加えるモノではない、水が引いた時に夜通し火を焚いて

祭事をとり行い、三日後に肥沃な土を持ち帰る。火は蝗害対策、土を持ち去るだけなのは、再びこの場所に【龍の肚】に

肥沃な土を集めるためじゃとな」

 

聴きだした事とは、支流である細い川に龍の道等と言う大層な名前がつく理由。天の恵みであるかのような、肥えた土を与えてくれる

この河を、古き者達は利用し田畑に使い、河の流れるままに利用して、決して手を出さない事が決まりになっていたのだ

それを無理矢理、人の手を加えようとした

 

手を加えようとした理由は簡単、何故肥沃な土が集まるか解らない、だが、あの土地は土壌がすばらしい。田畑を作れば収穫量が増す

呉の収穫は不安定で、量も少ない。だからこそ、彼処を利用し少しでも収穫を増やそうと考えただけ

 

「師姉様。いや、冥琳よ、そして呉王よ、妾が誰からこの知を与えられたと思う?」

 

美羽の問に冥琳は顔を蒼白にして自分を守るように腕を組み、唇を噛み締め

蓮華にいたっては、珍しくガタガタと玉座から滑り落ち慌ただしくその場から逃げ出そうとし始め

甘寧は、そんな蓮華を護ろうと武器を抜き取り盾のようにして躯を前へ置いた

 

「薊様、どうぞ此方へ」

 

 

 

 

 

 

アザミと呼ばれた白木のような肌の長身の女は、漆黒のドレスのような長衣を纏い、真っ白い髪をシャギーで整える美しい淑女

胸は少々控えめだが、全身の雰囲気から高貴な女性で有ることが伺い知れる

何故ならば、地を踏みしめる一歩一歩が静かに踏み込まれていると言うのに重く、重圧のあるものに感じる程であるからだ

 

真名の薊の花言葉の通り、その躯から滲み出す権威と厳格さが彼女の存在を知らぬ周泰と呂蒙を怯ませ穏は硬直していた

無事なのは、雪蓮と祭だけ。だが二人も薊と呼ばれた女性に苦笑いになっていた

 

「クックックッ、逃げるなよ、小娘達。あしがゆうた通りになったろう、あしをあがぁな場所にたっ込めおって」

 

「ご、ご無沙汰しております。薊様」

 

「おうおう、あしをたっ込めた張本人がぁ、どがな顔していっちゅうだぁ?」

 

姿とは合わぬ土佐弁のような言葉で話す美しく威厳漂う淑女は、冥琳を見下ろすように睨みつけて侮蔑の瞳を向け

祭の顔を見るなりツカツカと歩み寄り徐に胸を鷲掴みにして鋭い眼を向けていた

 

「相変わらずいかんなもがをつけとるな、祭」

 

「なんじゃ、分かるように喋れ、悔しいと言っとるのか薊」

 

「何を悔しいことがあるか、歳を取れば垂れるだけじゃき、無駄なもんじゃというとるんじゃ」

 

自分のように、元から小さければ垂れる事もない、戦にも邪魔だろうと笑い、祭は相変わらず何を言ってるか判らん

訛りが酷すぎて、始めての者達に理解できんだろうから分かるように喋れと笑っていた

 

「ひさしぶりね薊」

 

「これはこれは、我が王よ。御機嫌麗しゅう」

 

高圧的な雰囲気は、雪蓮に声をかけられ一気に柔らかく優しいモノへと切り替わり、ふわりと膝をつけると

その場で美羽よりも美しく、気品あふれる礼を取ってみせる姿に、呂蒙と周泰は見とれ頬を染めていた

 

「祭様。あのお方は一体、どなたなのでしょうか?」

 

「あれか、あ奴は張昭。呉の生き字引、年老いた文官達の長、内政をさせれば右に出るものは居ない」

 

「あの方が張昭様!ではっ!!」

 

「そう、蓮華様の守役にして教育係、決して頭の上がらぬ存在じゃ」

 

楽しそうに話す祭に眼を奪われていた間に何があったのか、悲鳴を上げて逃げ出そうとする蓮華を追い詰めていく薊の姿

逃げ惑う相手に一歩一歩と近づいて行く様は、まるで虎が獲物を確実に追い詰めているかのように見えてしまう

 

「逃げるな小娘、久しぶりの再開じゃぁ、喜びや」

 

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

ついに壁に追い詰められ、逃げ場をなくし腰を地につけ頭を抱えてた所で甘寧が間に入るが

 

「おやめ下さい、蓮華様は、現在呉の王。いかに薊様といえどっ!」

 

「きをつけぇぃっ!!!」

 

「はっ、はいっ!!」

 

薊の室内に響く凛とした声に直立不動に固まる甘寧。口を引き結び、真っ直ぐ視線を薊に合わせるが

凄まじい眼力の薊と目線を合わせ続けることが出来ず、逸らした瞬間に飛んでくる強烈な平手打ち

 

「服装の乱れ、減点壱っ!王の御前で武器を振り回す行為は、減点弐ぃっ!!目の輝き不十分で減点参じゃぁっ!!!」

 

「うぐっ!!はいっ!!」

 

「腕立て三百開始ぃっ!!」

 

頬を張られた甘寧は、怯えた眼で何も言い返すこと無く即座にその場で腕立てを開始し始めていた

 

「あんな思春さん、初めて見ました」

 

「あれが怖いのは、有無を言わせぬ圧力だけではない」

 

見ておれと言う祭に、蓮華の方を見れば薊は逃げ惑う蓮華に向かい、竹簡を取り出してヒラヒラと振っていた

 

「あ・・・あ・・・ああああぁぁぁぁぁっ!!やめてえええええええええっ!!!!」

 

「ホーレ、ホレ、逃げ続けると、きさんの醜態を晒しちゃるぞ」

 

手に持つ竹簡に書かれているのは【孫権醜態録】と言う題名。祭が言うには、薊は、何処から手に入れるのか分からないが

人の醜態や痴態を集めて竹簡に書き記して貯めこんで居るらしい。おかげで呉では誰よりも一番に恐れられていて

跳ねっ返りの強い甘寧すら逆らわないらしく、祭の予想では此処に来なかった程普は、何かをやらかしたのか、薊に見つかり

今頃城壁の周りを走り回っている頃だろうということ

 

「んん~?今日は、そうじゃな。これはあしが書き込んだ記録じゃぁ。数年前の今日、寝具に巨大な大陸図を描いておった」

 

「やめっ!やめてっ!本当にお願いだから止めてくれーっ!!」

 

「あとはー・・・そうそう、儂の家に火をつけやがった日じゃのぉ?」

 

「ヒィッ!」

 

ギラリと鋭い瞳を蓮華に向ける薊。彼女が言うには、薊の厳しい教育についてこれなくなった蓮華が、遂にブチギレて

報復に薊の屋敷に放火したとのこと。その際、屋敷からは家人が次々と出てきたのだが薊は一向に出てくる気配が無く

段々と燃え広がる炎に蓮華は青ざめ、急いで人を集めて消化し屋敷の中に飛び込めば、正しく美しい姿勢で座する薊が

 

「此れで終わりか小娘、日和おってあし一人殺せぬ臆病者がっ!!」

 

と一喝。以降、決して竹簡だけではなく人格的に勝つことが出来ないと屈服してしまったらしい

 

「熱かったのー、焼け死ぬかと思ったのー、まさか守役を焼き殺そうとするとはのー」

 

「あれは、薊が私を追い詰めるからではないかっ!」

 

「ん~?追い詰められたのは儂じゃぁー。火に追い詰められて熱かったのー。あんなに可愛がってやったのに

書物も沢山読んでやったのに、濡れた寝具を洗濯してやったのは誰じゃったか~」

 

ヘラヘラと笑いながら、竹簡を奪おうと顔を真赤にして飛びつく蓮華をひらりと躱し、全力で腕立てを終わらせた

甘寧が、再び蓮華の助太刀にはいろうとするが、先ほどと同様、平手打ちを喰らい、減点を受け、腕立てを開始していた

 

「ひゃひゃひゃひゃっ!ほれほれぃ、礼の取り方をいっさん教えてやろう!」

 

「あう、あうぅー」

 

「肘の角度が甘い、顔をちっくとあげろ、情けない顔をしな、潤んだ眼なんぞ落武者でもしやーせんぞ!」

 

膝に軽く蹴りを入れ、腰を落とさせ礼を取らせ、ピシピシと関節に掌を当てて美しい礼の形を取らせる薊

ひいひいと言いながら、涙目で雪蓮に助けを求めつつ素直に礼を取る蓮華

雪蓮は、やれやれ相変わらず仲が悪いわねと呆れながら、薊に「来なさい」と一言

 

するとどうした事か、あれほど横暴に厳しく振舞っていた薊は、柔らかく返事を返して雪蓮の目の前で素直に頭を垂れる

その様子に周泰と呂蒙は、驚いていた。呉の人間の弱みを握り、蓮華であろうと関係なく追い詰める薊の豹変ぶりに言葉を無くす

 

「畏まりました王よ。なんなりとお命じ下さい」

 

「話を進めてくれる?美羽とどんな話をしたのか、最初から教えてくれる?」

 

「御意」

 

従順で丁寧な言葉を使い、王に礼を取るその姿は、正しく重鎮。祭に言わせれば、薊の良い部分だけを抽出したのが

今の蓮華の姿らしい。何度も何度も厳しく礼を教えられ、学問を習い、時には優しく遊んでくれたのが薊であったとのこと

その説明に、蓮華の少々厳しい態度や言動は、薊から来ているのだと納得してた

 

「何と言うことは有りませぬ。河の由来、祭事を教えたまでのこと。其れよりも、私の手紙は役にたっていたでしょうか」

 

「ええ、途中までは、貴女の指示通りに古くからの文官は力を貸してくれたわ」

 

「それは良うございました。小娘・・・いえ、妹君に牢に閉じ込められてより今日まで、それだけが気がかりでございました」

 

心底安心したのだろう、ほっと胸を撫で下ろして、少しだけ目尻に涙を貯めていた。薊は、美羽の元より独立する少し前に

蓮華によって牢へと閉じ込められていた。理由は、袁術の元から独立するのが疾すぎると異をとなえたからである

 

袁家はいずれ衰退し、共喰いによって滅びる。だからこそ、今は耐え続けてもっと力を貯めるべきだ

もし、武力にモノを言わせて土地を広げれば必ず手に負えない自体になる。地の者達の怨みを買い

大地からの牙に我らが衰退していくだろう。力を溜めよ、今が開放する時ではない。地の者と交流し根を張るがごとく動け

暗雲の如く暗躍し、情報を集めよ。良いか、決して早まるでは無いぞ

 

反対した意見が蓮華の耳に入った時、蓮華は薊を牢へと閉じ込めた。武の無い薊は、素直に牢へ入り

手紙を冥琳に送っていた。だが、冥琳は薊の手紙を読まなかった。理由は、己の躯に時間が無くなっていることを

この時、少しずつ自覚し始めていたからだ。そんな時間は無い、これ以上待つことになれば、雪蓮がどうなるか解らないと

そして、手紙の返事が来ない事に幾つかの予想を立てた薊は、雪蓮へと手紙を送る。自分の知を王に献上するために

これが途中まで治水を行えた理由。薊の手紙で年老いた文官達は力を貸していたのだ

 

だがしかし、冥琳は雪蓮に薊からの手紙が来ている事を知ってしまう。そこで、冥琳は、薊の居る牢からの手紙を全て自分の元へ

来るように仕向けてしまっていた

 

「魏と戦う事を反対すると思っていたのでしょう。確かに、私が赤壁前に柴桑に居れば、貴女様にこう言ったはず

馬鹿な事はやめろ、魏と戦うなどとんでもない、今は友好的に対応し、後で寝首を掻けば良い。その為に、力を蓄えよと」

 

「そうね、穏も同じように考えていたみたいだから、薊ならきっとそう言ったはず」

 

「其れが嫌じゃったがやろぉ小娘?手紙は読まなかったがか?あしのゆうことを聞かぇかったからこうなったんじゃろう?」

 

振り向き、ギロリと冥琳を睨む薊は、言葉が独特の訛りに変化し威圧感が増す

お前にも手紙は、送ったはずだ。そこには、魏との戦を反対する言葉が書かれていたはずだ。お前の性格だ

握りつぶしたのだろう?だから、お前が私を牢に閉じ込めた張本人だと言ったのだと

 

「・・・何も、反論は有りません」

 

「じゃがもうエエ、はや十分解ったろう。あしが罰を与えずとも、十分罰は下った。其れよりも、体はなんちゃーがやないか?」

 

「ご存知でしたか、私が病にかかっていたことも」

 

「いや、予想は立てちょったがが、知ったがは最近だ」

 

牢に居ながら、流石ですねと冥琳が言えば、薊は自分の情報収集力を舐めるなと、鋭い瞳が柔らかく細められ

立ち上がって冥琳を優しく抱きしめる

 

「辛かったろう、苦しかったろう、全ては王を思ってじゃ、何を責めることが出来ようか、あしの事は気にしな、はやいい」

 

「申し訳ございません。貴女様を閉じ込める等と」

 

「あしが口うるさいとゆうのが祟っただけじゃき、もおええんじゃ。仲間を恨きもなんちゃーじゃ生まれん」

 

恨みは何も産み出さんと、優しく冥琳の躯を気遣って包むように抱きしめる薊に、冥琳は腕の中で小さく謝るだけだった

 

「相変わらず、情報を集めるのが得意ね薊は」

 

「はい、それだけが私の取り柄故、王の力になれるのでしたら私は努力を惜しみません」

 

「うう、どうして姉様を王と呼ぶのだ、今は私が王だ、言葉も私には辛いものばかり」

 

礼の形を取ったまま、顔を顰める蓮華に薊はふわりと近寄ると、頭をくしゃくしゃと撫でて笑を見せた

 

「あしにきさんこそが王じゃと言わせてみせよ。今のままじゃ、王などととても呼べんきに」

 

「今に見ていろ、姉様よりも立派な王になってみせる」

 

「おうおう、期待しちょるぞ小娘。じゃが、その前にあしをたっ込めた罰じゃぁ」

 

そういって立たせると「今日一日、あしが良いと言うまで赤子のように話せ」と満面の笑で言われ

ふざけるなと声を荒げそうになるが、牢に閉じ込められ続けていたから身体のあちことが痛いと態とらしく関節を押さえ初めた

蓮華は、牢は閉じ込めて数日で解錠して出入りしていたくせに、しかも牢は以外に快適だとか言って書物を運ばせ

自室のようにしていただろうと言おうとするが、懐から竹間をチラチラと見せられ何も言えず「解りましたでちゅ」と答えていた

 

「ひゃひゃひゃひゃっ!ええぞ、小娘っ!昔を思い出すのぅ!!」

 

「薊様っ!それ以上はっ!!」

 

「アホゥッ!十回足りん、狡をする奴がおるかぁっ!!」

 

「ああっ!思春っ!大丈夫・・・でちゅか・・・うぅ」

 

王にこんな屈辱を与える事など許せないと立ち上がれば、即座に薊の平手が飛び蓮華は羞恥で涙ぐむ

こんな光景は民に見せられない、やはり牢に居てもらったほうが良かったのでは?と冥琳は少々痛む胃を抑えていた

 

 


 
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