荀彧が夢に出てきた日から数日後、曹操様は袁紹と雌雄を決するために、名だたる武将たちを引きつれて官渡へと出立して行かれた。
もちろん、荀彧や楽進隊長たちも官渡へと向かった。
俺はというと、文官になるための勉強を始めている。というのも、荀彧が夢に出てきて、警備隊で働けないのなら、文官になるぐらいしかないと言ったからだ。
俺はその夢を見るまで、警備隊で仕事ができないのなら、潁川に帰るしかないのか。と半ば諦めかけていたんだけど、荀彧がそう言ってくれたおかげで、また頑張れる気がしてきた。
(それにしても、やけに現実味のある夢だったけど、あれは本当に夢だったのだろうか)
ふとそんなことを思ったりもしたけど、あの荀彧が俺の家に来るわけなんかないし、きっと夢だったんだと思う。けど、夢であったとしても、荀彧に会えて、話ができて、俺の悩みまで解決できたってことに、俺は軽く運命を感じたりしていた。
「そんなことより、今は勉強をしなきゃだな」
本来漢の文官になるには、誰かその国の有力者に推薦してもらわないといけないらしい。けれど、今は曹操様が洛陽を治めているし、俺がなりたいのは漢の文官じゃなくて、曹操様の配下の文官だった。
厳密に言えば、まだ漢の皇帝が生きている以上、曹操様も漢の臣下で、その部下である文官たちも漢の役人になるようだ。だけど、群雄割拠のこの時代に、有力者の推薦がなくては文官になれないなんて言っていれば、優秀な人材が他国に流れてしまう。
人材好きの曹操様としてはそれが許せなかったのだろう。現在では、定期的に文官採用の試験が行われ、それに合格することができれば、出自がどうであれ、文官になれるようになっている。
「次の試験には間に合わないだろうけど、怪我が治るころにある試験には合格できるようにしないと……」
そんなことを思いながら、俺は楽進隊長が貸してくれた論語を読み進めた。
一月後、官渡での決戦に曹操様が勝利したという報が、洛陽に届いた。
歴史的にも袁紹が負ける戦いであったとはいえ、荀彧に官渡の戦いの話をしたのは夢の中だけだったし、少し心配をしていたけど、無事に勝てたようでほっとした。
見舞いに来てくれた警備隊の同僚が、その報を俺に教えてくれた。その話によると、楽進隊長を初め、警備隊の隊長たちは皆無事で、特に李典隊長は自分の作った投石機で相手の櫓を破壊できたため、とても上機嫌だったということだ。ちなみに、この同僚はからくり同好会に所属していたため、その投石機がどんな仕組みで動いているのかについて、自分なりの考えを長らく語っていた。
(一月で決着がついたってことは、烏巣を攻略するまでもなく勝敗がついたってことか?それに、櫓については情報を掴んでいたようだし……)
同僚が持論を話し続けている隣で、俺はそんなことを考えていた。
(俺が知る情報がなくても、曹操軍が勝つ戦いは曹操軍が勝つ、か。まぁ、当たり前のことだな。この世界は三国志の世界なんだから)
「おい! 北郷! 聞いてるか?」
一人でそんなことを考えていると、同僚がそう声をかけてきた。
「……あぁ、ごめん。まったく聞いてなかった」
ついついそう言ってしまったので、その日は日が暮れるまで、同僚の話を聞く破目になってしまった。
洛陽に勝利の報がもたらされてから、さらに一月後。荀彧、李典隊長、于禁隊長が洛陽に凱旋した。
曹操様たちは、官渡の戦いに勝利した後、袁紹の本拠地である南皮まで侵攻し、旧袁紹領である河北四州の支配をより確固たるものにしてから、洛陽におかえりになるらしい。
洛陽を出てから、たった数カ月で河北四州を手に入れることができるなんて、思ってもみなかった。曹操軍が強いのか、それとも袁紹軍が弱いのか、はたまたその両方か。どちらにせよ、荀彧も、隊長たちも無事に帰ってこれたし、楽進隊長もご無事だということだから、俺はほっと胸をなでおろしていた。
「おう一刀! 久しぶりやなぁ。元気しとったか?」
「一刀くーん。久しぶりなのー!」
荀彧たちが帰還したという報があってから数日後、俺の家を李典隊長と于禁隊長が訪ねてきてくれた。
「お久しぶりです。二人ともお元気そうでなによりです」
俺はそう言って、二人に頭を下げた。この二ヶ月間、本を読んで勉強をする一方で、自分なりにリハビリも行っていたため、俺は椅子に座って二人を迎えることができた。
「おぉ。もう椅子に座れようになったんか」
椅子に座る俺を見て、李典隊長はそう言って笑った。
「李典隊長が発明した筋トレ……いや、筋力回復機のおかげですよ」
俺がそう言うと、李典隊長はうれしそうに笑った。
「一刀くん! 見てみて。これ今月の阿蘇阿蘇に載ってた服なのー。どう? 似合う?」
「于禁隊長はどの服着ても似合いますよ。その服も、全体の色合いと裾の刺繍がとてもきれいで、于禁隊長の髪の色ともよくあっていると思います」
于禁隊長はうれしそうにくるんっと回って、俺に服を見せてくれていた。
「そう言えば、一刀。文官になるってホンマか?」
李典隊長がそう聞いてきた。
「……はい。怪我が治っても、以前のようには働けないみたいですから」
「えぇ! それじゃあ、おしゃれ同好会の会計係さんは誰がやるのー?」
俺がそう答えると于禁隊長が声をあげた。
「そうやそうや! お前が抜けたら誰が凪から予算取ってくるんや!」
それに続いて、李典隊長もそう言った。
「俺の存在価値は、金銭面の管理だけですか。……でも、俺は警備隊じゃ働けませんし。一応同好会の参加条件は警備隊であることですし」
「むぅー」
俺が言うと、于禁隊長はそう言ってうなった。その後ろで少し考え込んでいた李典隊長が、ハッとひらめいたような顔をした。
「なぁ沙和。おしゃれ同好会の会長と、からくり同好会の会長はウチらよね?」
うなっている于禁隊長に、李典隊長がそう言って話しかけた。
「うん。そーなのー」
「それやったら、同好会の規則もウチらが決められるんとちゃう?」
「い、いや。李典隊長、それはさすがに強引な気が……」
俺がそこまで言うと、于禁隊長が叫んだ。
「わかったの! 同好会の規則を変えて、警備隊の人以外でも入れるようにしちゃえばいいの!」
その叫び声を聞いて、李典隊長はニヤニヤ笑っていた。
「ま。そういうことやから、これからもよろしくな。一刀!」
(……これは、俺に拒否権はないってことか?)
どうにか断る手段を探したが、今ここに楽進隊長がいない以上。この二人にあらがう術が見つからなかった。
「……はい」
力なくそう答えると、于禁隊長たちは二人でハイタッチをしていた。
「そうと決まれば、ウチらも一刀が文官になるんを応援するでぇ。さぁ、どこがわからんのや?ウチらに分かることならいくらでも教えたるよ?」
「そうなのー。沙和たちにできることなら、なんでもするよー?」
俺が同好会に引き続き残ることが決まると、二人は楽しそうに聞いてきた。
「はぁ……」
俺は一度ため息をついてから、論語を机の上に置いた
「とりあえず、この本は楽進隊長からお借りしたんですが、もう読み終わってしまったので、新しい本を貸してほしいです。できれば、この本の続きがいいんですが、俺のお金だと、本が買えないので」
「まかしとき!」
「まかせといてなのー!」
そう言って後日二人が持ってきてくれた本は、からくりの本と阿蘇阿蘇のバックナンバーだった。
「――って言うことがあったんですよ」
「北郷。お前には、迷惑をかけるな……」
一月後に、曹操様たちとともに帰って来られた楽進隊長に、そのことを話したら、そう言ってすまなさそうな顔をしていた。
その目元にうっすら光るものが見えたのは、たぶん俺の気のせいだと思う。楽進隊長もあの二人には苦労させられているのだろう。そう思うと、俺も少し泣きそうになった。
「この本の続きは、できるだけ早く持って来る。すまないがそれまでは、怪我の回復に努めていくれ」
そう言ってくれた楽進隊長は、次の日には本を持ってきてくれた。
(俺、楽進親衛隊にも残ろう)
その時、俺はそう思った。
桂花視点
官渡の戦いに勝利した私たちは、そのまま河北四州を制することができた。
私は官渡の戦いに勝利したのちに、袁紹の本拠地である南皮には向かわず、真桜たちを連れて一足先に洛陽に戻っていた。
その後、華琳さまたちからの伝令が伝えたことによると、南皮を含めた旧袁紹領は、目立った抵抗もないまま、すべて我々の支配下に置くことに成功。今後は、北東部に対異民族用の砦をいくつか築き、そこに防衛部隊を駐屯させる。とのことだった。
また、南皮に行く途中にある烏巣には大量の兵糧と、武具類が保管されていたという報も届いていた。
「あいつの言っていたことが当たったわね」
あいつの家で聞いた話に出てきた場所に、話通り多くの兵糧が保管されていた。
「やっぱり、あいつの知る歴史通りに、この世界は動いているのかしら」
(もしそうなら、華琳さまは赤壁の戦いで敗れる)
これまでも、北郷の知識を踏まえた上で作戦を考えたりしてきたけれど、今回の烏巣の件で、より北郷の知識の重要性が増した。
「……少なくとも、まだ赤壁の戦いまでには時間がある。北郷の知識を踏まえての作戦案を作成するには十分すぎるほど」
そこまで考えてから、私は政務に戻った。もうすぐ華琳さまが戻って来られるのだから、その時にほめていただけるだけの仕事をしなければ。
しばらくして、華琳さまがお戻りになられた。
「桂花。今帰ったわ」
城門で華琳さまをお迎えすると、そうお声をかけてくださった。一月ぶりにお聞きするお声に、私はとてもうれしくなった。
(……そう言えば、北郷は私の声が聞けただけでうれしそうな顔をしていたけど、あいつもこんな気持ちだったのかしら)
ふとそんなことを思ったが、それもほんの一瞬のことで、私はすぐに華琳さまの後を追った。
華琳さまがお帰りになられてから一月後、北郷から久しぶりの手紙が届いた。
『 荀彧様へ
久しぶりです。元気していますか?
袁紹との決戦にも勝てたようで、俺もほっとしているよ。前の手紙で袁紹について聞かれていたけど、それに答える前に事故にあってしまって、返事をかけなかったんだ。
でも、俺の情報がなくても袁紹に勝てたようだし、とりあえずは良かったかなって思ってる。
さて、荀彧ももう知っているとは思うけど、前の事故で怪我を負ってしまい、怪我が治っても、これまでと同じように警備隊で働くことができなくなってしまった。
俺は、今後どうしようか悩んでいたんだけど、ある晩、いい夢を見れたおかげで、その悩みも解決したよ。
俺、文官の試験を受けることにしたんだ。警備隊で働けない以上、それ以上に激しい動きをするだろう軍隊でも働ける訳もないし、かと言って商人とかになれる訳でもないからね。初めは潁川に帰ろうかとも思ったんだけど、その夢で文官もあるんだってある人が教えてくれたから、俺は文官を目指そうと思う。
今はまだ、試験を受けられるような段階じゃないけど、楽進隊長から本を借りたりして、怪我が治ることころには試験を受けるつもりです。
合格できるかはわからないけど、もし文官になれたら、その時はよろしく。
それじゃあ、体には気をつけて。
北郷一刀より 』
「あいつ。本当に夢だと思ってたの?」
北郷からの手紙を読んで、私はそう声を漏らしていた。
あいつが手紙に書いていた“いい夢”というのは、恐らく私が袁紹の事について聞きに行った日のことだろう。確かに夢だろうとは言っていたけど、まさかホントに夢だと思っているとは思わなかった。
「……それにしても、あの日言ってたことは本当だったみたいね」
あの日、北郷は言っていた。
“これ以上荀彧を困らせるのは……やめようと思う”
あいつは夢の中で言ったことだと思っているけど、私はあの時あいつがそう言ったことをちゃんと覚えていた。
「……今までは、本当に迷惑な文章だと思っていたけど」
(なくなると、少しさみしいものね)
ふとそんなことを思ったけれど、私はすぐに頭を振った。
(な、何考えてるのよ! あいつのせいで秋蘭には変な勘違いをされたし、仕事をやりすぎて華琳さまに心配を……いや。華琳さまに心配していただけたのはうれしかったけど)
そこまで考えてから、私は一度深呼吸をした。
「すぅ……はぁ……」
気持ちが落ち着いた私は、もう一度北郷からの手紙を眺めた。
「まぁ、あいつが文官になれるわけないし、もしなれたとしても、もう諦めるって言ってたんだから、私には関係ないわね」
私はそう言って北郷からの手紙をしまった。
『 北郷一刀へ
事故については聞いているわ。
警備隊の仕事ができないのなら、潁川に帰ればいいのに。
あんたが文官になれるとは思えないけど、なりたいと言うなら止めはしないわ。せいぜい頑張って勉強しなさい。そして、自分の知識のなさを思い知ればいいのよ。
まぁ、もしあんたが文官になれたとしたら、馬車馬のようにこき使ってあげるわ。もしあんたが文官になれて、さらに奇跡が起きて、私の指示を受けるほどにまで出世出来たらの話だけど。
それと、警備隊に人間達にはちゃんと礼を言っておきなさい。あんたの治療費を公費から出してほしいという嘆願書を出してきたのは、警備隊のやつらなんだから。
それじゃあ、無駄な努力でもしてなさい。
荀文若 』
一刀視点
荀彧からの返信が届いた。いつものようにきつい言葉ばかりだったけど、俺がもし荀彧の指示を聞けるだけの文官になれたら、ちゃんと使ってくれるって書いてあったから、それだけで俺はうれしかった。
少なくとも、今までみたいなただの否定じゃなくて、頑張ったらそれを認めてくれるってことだと思った。
「さて、頑張って勉強しようかな」
荀彧からの手紙を読んで、やる気が出てきた俺は、楽進隊長から借りている論語の続きを読み進めた。
『 荀彧様へ
いよいよ。試験の日が近づいてきたよ。
たぶん荀彧からの返信が届く前に試験日が来ると思う。
できる限りの勉強はしてきたつもりだから、いい結果を出せるように頑張ろうと思ってます。
最近、もし俺が文官になれたら、こうした手紙のやり取りをしなくても、直接荀彧に情報を伝えられるんじゃないか、なんて事を考えているんだ。そうなれば、袁紹の時みたいに、情報を渡せないまま戦いになるってことも少なくなるんじゃないかな。とかって思ってる。
この手紙を書き終えたら、次の手紙では合格したと書けるように、最後の追い込みをしようと思う。
それじゃあ、仕事を頑張りすぎないように。
北郷一刀より 』
手紙を書き終えた俺は、それを折りたたみ、いつでも出せるようにしてから、勉強に戻った。
手紙では出来る限りの勉強って書いたけど、実際は論語の勉強しかしていなかった。そもそも、文官の試験の範囲となるのは論語などの儒教だけでなく、法家の考え方や、歴史についてなど、非常に広い範囲だったため、ほとんど無学の俺が一からすべてを勉強していくのでは間に合わないと思った。
それならば、下手にいろんなところに手を出すよりも、恐らく一番出題範囲が広いだろう儒教一本に絞って勉強して、そのほかの法家思想や歴史などについては、日本の教育水準の高さを信じて、高校までの知識でどうにかしようと考えていた。
儒教の出題範囲が一番広いというのは、楽進隊長が教えてくれたことだから、たぶん間違いないだろうし、この方法以外に試験に合格する方法も思いつかなかったから、俺はひたすらに論語の勉強をしていた。
次の日、荀彧への手紙を出してから、俺は久しぶりに警備隊の詰め所に向かった。
「もう外に出ても大丈夫なんやろ?せやったら、試験の前に詰め所に顔だしぃ。見舞いには行けんでも、一刀のこと心配しとったやつらは仰山おるんやから」
試験勉強をしていたある日、見舞いに来てくれた李典隊長がそう言われていた。だから俺は、久しぶりに詰め所に向かっている。今日詰め所に行くことは、李典隊長に伝えてあるから、手が空いてる人たちが集まってくれているかも知れない。
「なんか、こうして町中歩くのも久しぶりだなぁ」
そう思いながら、俺は詰め所へと向かって行った。
「約半年ぶりか……。懐かしいなぁ」
詰所の前まで来た俺はそう呟いていた。
怪我をしてから初めて来たから、五か月以上来なかったことになる。それだけ長期間見ていなければ、懐かしく感じるのも当然なような気がした。
(……でも、なんて言って入ればいいんだ?)
ふと俺は思った。
(ただ今戻りました! ……いや、警邏終わりじゃないんだから、これはおかしいな。失礼します! ……これも少しよそよそしすぎる気が……)
そんなことを考えていたので、後ろから近づいてくる人影に気づかなかった。
「……こら一刀! 何しとんねん!」
「ぬわぁっ!」
突然後ろから怒鳴られたので、俺は思わず叫び声をあげてしまった。
「り、李典隊長。おどかさないでくださいよ」
後ろを振り向くと、李典隊長と于禁隊長がニコニコと笑っていた。楽進隊長は少し困ったような顔をしていたけど。
「真桜。北郷は一応けが人なんだぞ? 転びでもしたらどうするんだ」
「凪はまじめやなぁ。大丈夫やって。一刀は暴れ馬に吹き飛ばされても死なんかった男やで? この程度でどうにかなるようなやつやないよ。なぁ、一刀?」
「い、いや。できればやめてほしかったです。ホントにびっくりしたんで」
「えぇー。いいやん別にぃ。凪やって、ホンマは一刀の可愛い悲鳴聞けてうれしかったやろ?」
「な!? わ、私はそんなことは、別に……」
李典隊長にからかわれて、楽進隊長が顔を赤くしている。
(俺は、そんなに変な悲鳴をあげてしまったのだろうか。少し心配になって来たな。今度からは驚かされても、変な悲鳴を上げないようにしないと)
「あぁ! 一刀くん。沙和が上げた服着てくれてるの?」
そんなことを思っていると、李典隊長と楽進隊長のやり取りをしり目に、于禁隊長がそう話かけてきた。
「はい。せっかくいただいたものですし、しばらくは試験の勉強とかで着れそうもなかったんで着てみました。変じゃありませんか?」
俺がそう聞くと、于禁隊長は俺の全身を見回した。
「うん! やっぱり沙和が思った通りなの! 一刀くんは結構細身で背も高いし、顔もかっこいいから、こういうピッチリめの服もよく似合ってるの!」
于禁隊長が俺にくれた服は、男性向けの白いチャイナ服で、どこで図ったのか、寸法がぴったりだった。
「ありがとうございます」
俺がそう于禁隊長に言うと、さっきまで楽進隊長とじゃれついていた李典隊長が、俺の肩を叩いた。
「さ。一刀。はよう詰め所に入りぃな。きっと、みんな待っとるで?」
李典隊長がそう言うと、楽進隊長、于禁隊長もニコって笑ってうなずいた。
「……わかりました」
俺は意を決して詰所の中に入った。
――パンッパンパンッ!
俺が詰所の中に入ると、クラッカーのような音がして、詰所の中から紙吹雪のようなものが舞って来た。
「北郷! お帰りー!」
何人もの人がそう言う声が聞こえて、ふと顔をあげると、警備隊の皆が籠の中に入った花びらを俺に向かって舞わせていた。
「よく無事だったな!」
俺が初めてひったくりを追いかけた時に、失敗した俺を叱ってくれた先輩がそう言って笑っていた。
「文官になるんだってな。頑張れよ!」
武術大会で俺に勝った小隊長が、そう言って拍手をしてくれていた。
「どうだ北郷! 李典隊長が発明したこの新型の爆竹は! 音の大きさもちょうどいいだろう!?」
俺が馬に轢かれた時に、一緒にいた先輩がそう言って自慢げに爆竹を掲げていた。
「北郷。頑張れよ!」
「警備隊から文官になろうなんて初めてなんだからな。失敗すんじゃなねぇぞ!」
「まぁ、もし失敗しても警備隊の雑用をやらせてやるから、安心しろ!」
「お。それいいな。そうすれば、めんどくさい事務仕事を北郷にまかせられるな」
「おいお前ら! せっかく北郷が頑張ろうとしているのに、何の話をしているんだ!」
久しぶりに聞いた皆の声がとてもあったかくて、俺は思わず目頭が熱くなった。
「……」
こうして俺のために集まってくれたことがうれしかった。
俺なんかのために、声をかけてくれることがうれしかった。
この世界に来て、周りに自分の正体を隠して生活してきて、それでも好きな人のそばに行きたくて、ただそれだけの思いで洛陽に来た俺に、どこの誰ともわかんない俺なんかに、こんなにも温かく接してくれる人たちがいることが、とにかくうれしかった。
「ほれ一刀。ちゃんと答えてやらんかい!」
後ろから入って来た李典隊長がそう俺に言った。
後ろを振り返ると、三人の隊長たちが皆、優しい笑顔で俺を見ていた。
その顔を見てから、俺は警備隊の皆がいる方に視線を戻した。
「あ、……あり、ありがとう……」
ちゃんと言葉に出来ていたのかわからない。涙で前が見えなくて、鼻水でうまくしゃべれなくて、それでも何とか口から出た言葉が、皆に聞こえたのかわからないけど。
「ありがとうございます!」
俺が皆にどれだけ助けられたか、どれだけ感謝しているかを伝えたくて、俺はそう叫んだ。
「おう。気にすんな。俺らは警備隊の仲間だろ?」
武術大会の一回戦で俺に負けた、警備隊で一番弱いって言われてるお調子者の先輩が、そう言った。
「馬鹿野郎! お前はそんなこと言う前に、もっと強くなりやがれ!」
「そうだ! 入隊間もないころの北郷に負けやがって! 先輩の威厳、丸つぶれだったじゃねぇか!」
そう言って、先輩たちがわいわいと話し始めた。そんな先輩たちの姿に、俺はいつの間にか笑顔になっていた。
「……ありがとうございます! 俺、頑張って文官になります! 絶対に警備隊の雑用係なんかになりません!」
「この野郎。言うじゃねぇか」
「その息だ! 警備隊にだって頭がいい奴がいるんだって、町中のやつらに教えてやれ!」
「……はい!」
その後、たくさんの先輩たちから、俺は色々な言葉をかけられた。その言葉一つ一つがうれしくて、俺はその間ずっと泣きっぱなしだった。
「おっしゃ。そんじゃあ、一刀が合格したら皆でお祝いや。そんときは、我らが楽進隊長が手料理をふるまってくれるでぇ!」
「な! 真桜! お前何を……」
そう言って李典隊長を止めようとした楽進隊長だったが、その声は、その場に集まっていた警備隊員たちの咆哮によってかき消された。
「よっしゃぁぁぁー!」
「おい北郷! 絶対に受かれよ! これは先輩命令だからな!」
「が、楽進隊長の手料理食べれたら、俺死んでもいいわ」
「よーし。こうなったら、なんとしても北郷を合格させるぞ!」
「おぉー!」
そうして盛り上がる皆を見ながら、どうにかそれを止めようとおろおろしていた楽進隊長の肩に、于禁隊長が優しく手を置いた。
「凪ちゃん。諦めるしかないのー。沙和も手伝ってあげるから、頑張ってお料理しよ?」
その言葉に、楽進隊長はがっくりと肩を落としていた。
「てな訳で、一刀。しっかり気張ってきぃ!」
そう言う李典隊長に、俺は少し苦笑いをしながら答えた。
「えぇ。どこかの隊長のせいで、合格しなかったら先輩たちに殺されそうなので、死に物狂いで頑張りますよ」
「おう。がんばりぃ!」
その後、楽進隊長の手料理に燃え上がった先輩たちにより、そのまま勉強会を行うことになり、その日は深夜まで家に帰してもらえなかった。
その数日後、俺は運命の試験日を迎えた
文官採用試験合格通達書
この度行われた文官採用試験において、貴殿が合格したことをここに通達する。
この通達が届いた者は、城にこの通達書を持って参上すること。城門の衛兵に通達書を見せなければ城内に入れないので、この通達書は必ず持参するように。
合格者氏名:北郷一刀
採用試験責任者:程仲徳
あとがき
どうもkomanariです。
やっとこな7話目でしたがいかがでしたでしょうか?
前回の6話について、色々なご意見をいただきありがとうございました。コメントで、あるいはショトメなどでご意見してくださった方々には、お礼を申しあげます。様々な視点を知ることができました。
とりあえず、今回は一刀くんのターンで、その中で、桂花さんの心情が少しずつ変化していくのを表せればなぁと思いました。そして、相変わらず関西弁が難しい……。
最後の採用責任者については、誰にしようか迷ったんですが、結局は風にやっていただきました。ああいう文章って少し難しいですね。うまく書けているか少し自信がありません。
さて、そんなお話でしたが、皆様に少しでも楽しんでいただけることを祈っています。
それでは、今回も閲覧していただき、ありがとうございました。
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7話目です。
今回はどちらかというと一刀くんのターンです。
この話から後半戦なので、頑張っていきます。
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