No.105417

こっち向いてよ!猫耳軍師様! 6

komanariさん

 やっと6話目です。

 今回はずっと桂花さんのターンです。ただ、桂花さんのキャラとか、ツンデレのバランスとかが、ちゃんとできているかが不安です。

 誤字・脱字などありましたら、ご指摘をよろしくお願いします。

2009-11-05 21:40:42 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:30041   閲覧ユーザー数:26476

 町の本屋に行く間。私は、周りに北郷がいないか注意を払いながら歩いた。

「まったく。こっちが見つけようと思うといないんだから……」

 そんな愚痴をこぼしながら歩いていたけど、結局本屋に着くまでの間には、北郷を見つけることが出来なかった。

「まぁ、今度会ったときでもいいわね」

 そう思いながら、本屋の中に入ると、私とよく似た頭巾をかぶった娘がいた。

(そう言えばだいぶ前の手紙に、北郷が私と見間違えた娘がいたって書いてあったわね)

 ふとそのことを思い出して、その女のことをよく見てみてみた。確かに頭巾はそっくりだけど、下に穿いているのは、私のようなひざ丈のものではなくて、もっと短い、太ももが見えてしまうようなものだった。

(あんないやらしい格好の女と見間違えるなんて、何考えてんのかしら)

 確かに、後ろ姿は少し似ているかも知れないけれど、顔だって私の方が可愛いし、何よりこの女には恥じらいというものが足りないように思えた。

(なんで立ち読みしてんのよ。ちゃんと買ってから読みなさいよ!)

 手に『卵』とか言う洋服雑誌をもって、店先で堂々と広げて読んでいる姿に、私は少しイライラしていた。

「おっほん……」

 立ち読みに気がついた店主が、その女に向かって咳払いをした。すると女は、少しムッとした表情をした後に、雑誌をもとに戻して店を出て行った。

(ふん!あんなのと一緒にするなんて、やっぱり男って最低ね)

 そんなことを考えながら、本を探そうかと思った時に、外の大通りから空気を切り裂くような音が聞こえてきた。

――ピィィィィィィ!

 その音が止んだかと思うと、どこかで聞いたことのあるような声が、外から聞こえてきた。

「暴れ馬が来ます!みなさん!急いで端によけてください!」

 その声に続いて、いくつかの声が大通りを開けるようにと叫んだ。それらの声とともに、大通りを行きかっていた人通りが、どっと端に寄って、本屋の中にまで人波が入って来た。

「きゃ」

 その人波に押されて私は本屋の中で尻もちをついてしまった。

「痛ったーい……。誰よ! 押したのは!?」

 私が周囲を見上げながらそう言っていると、外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「来たでぇ!」

 その声の少し後、今度はすぐ近くで誰かの悲鳴が聞こえた。

「きゃっ!」

 その声がした方を見ると、店を出た辺りで先ほどの女が、私と同じように尻もちをついていた。それが、端によっている人たちの足の隙間から見えた。

(あの女、何やってるのよ。馬に轢かれるわよ!?)

 ふと心の中でそんなことを思った瞬間、外から大きな声が聞こえた。

「荀彧!」

 外から聞こえてきた声は、確かに私の名前を呼んだ。男の声で、しかも呼び捨てだった。

 私の知っている限り、今洛陽にいる人間で、私の名前を呼び捨てで呼ぶ男なんて一人しかいない。

(あのバカ! また見間違えたっていうの!?)

 少なくとも、私の姿は外からは確認できない。それなのに、私の名前を叫んでいるということは、あの女を私と見間違えたということに違いない。

 

 倒れこんでいる女のもとに駆け寄ってきたのは、警備隊の格好をした男だった。

 その男は女のもとにまで駆け寄って来たかと思うと、その女を抱きしめた。

「一刀ぉ!」

 その叫び声が聞こえたかと思った瞬間、女を抱きしめた男に、何か大きな影がぶつかった。

――ドカッ!

 ぶつかったかと思うと、その二人の姿が私の視界から消えた。

――ガシャァァンッ!

 近くの建物からか、何かがものを突き破る音が聞こえてきた。

「一刀!」

 そう叫びながら本屋の前を走りぬけていく真桜の姿が見えた。

「っ!」

 真桜が走り去ったのを見ると、私は無意識のうちに立ち上がり、人波をかき分けて外へと走っていた。

「一刀! しっかりせぇ! 一刀!」

 なんとか大通りに出ると、数軒先の建物から真桜の叫び声が聞こえてきた。

(あのバカ!)

 私はその建物に向かって走り出していた。

 

 

 私がその建物に着くと、周りにいた警備隊の兵たちが散り散りに走り出していった。恐らく真桜が何らかの指示を出したのだろう。

「すまん一刀、もう少しだけ辛抱してや。……誰か! 医者はおらんか!?」

 兵たちが散って行ったあと、北郷の横にいた真桜は優しく声をかけてから、そう叫びながら医者を探しに向かった。

 私は、さっき真桜がいた場所に、静かに歩いて行った。周りでは野次馬たちが「馬に轢かれた人間はどうなったのか」と、中の様子を伺おうとしていた。

 そうした野次馬たちをかき分けて、真桜がいた場所まで来ると、ほんのわずかに、北郷の胸が上下していることがわかった。それと同時に、頭から血が流れ、警備隊の服がとこどころで破れた所から、血がにじんでいるのもわかった。

 こいつが今、生と死の間を彷徨っているのだと理解できた。

 それなのに、北郷はとても安らかな表情をしていた。

(……バカ。何やってるのよ)

 北郷の顔を見ながら、私は心の中でつぶやいた。

(あんたはあの女を私だと思ったの? ホントに見る目がないわね)

 ふと北郷から視線をずらすと、先ほどの女が壁にもたれながら座っているのがわかった。壁を突き破った時に擦りむいたのか、その女の膝からは少し血が出ていた。

(あんなのとどこが似てるのよ……)

 周りでは、野次馬たちがガヤガヤと騒いでいた。

(あんたは今死にそうなのに、なんでそんなに安心した顔してんのよ)

 こいつを見れば、誰だって死にそうだとわかるくらい傷だらけなのに、こいつの顔を見ていると、とても死んでいくような顔には見えなかった。

(あんたは、私を助けたとでも思ってるの?)

「……だからそんなに安心しているの?」

 そんなことを声に出しても、答えは返ってこない。私の声も、周りの喧騒ですぐに消えてしまった。

「お前ら邪魔や! 道開けてくれ!」

 外から真桜の叫び声が聞こえてきた。きっと医者を連れてきたのだろう。

 私は真桜に道を開ける野次馬たちにまぎれて、その建物から離れ、そのまま城へと帰った。

 帰る間、城を出るときに北郷に言おうと思っていた言葉は、頭に浮かんで来なかった。

 

 数日後、警備隊から暴れ馬の事件についての報告書が上がって来た。

 そこに書いてあることによると、暴れ馬による被害者は三名で、民間人が二名に、警備隊の兵が一名。民間人のうち、一人はあの暴れ馬の馬主で、たまたま近くで鳴らされた爆竹の音に驚いた馬が暴れてしまい、その時に馬車から落ちてしまったのだという。

 暴れ馬自体は、大通りの終わりである城壁まで走ったところで、右に曲がろうとしたが、後ろにひいていた馬車が曲がり切れず横転。それに引っ張られる形で馬も横転し、その場で暴れ馬の騒ぎは収まったという。

 被害者のうちでもっとも重症だったのは、民間人を助けようとした警備隊の兵で、なんとか一命を取り留めたが、全治6カ月以上という大けがを負ったということだった。また、医者からは、仮に傷が治ったとしても、警備隊の仕事に復帰するのは難しいという判断が下されていた。

 なお、もう一人の被害者である民間人は、多少の擦り傷はあるものの、比較的軽症で済んでいるということだった。

「……あいつは、助かった……か」

 報告書を呼んでから、私はそう呟いた。

 

 あの事故が起きてから、私はずっと仕事をしていた。起きている間はとにかく仕事をして、疲れて寝てしまうまで、仕事をやめなかった。

 それまでも、北郷のことで頭を悩ませている時に、それを考えないために仕事をし続けたことはあった。今回も、北郷のことを考えないようにするためだったけど、それまでとは少し違っているような気がした。

「まぁ、そうよね。死ぬような顔していなかったし……」

 ふと、あの時の北郷の顔が思い浮かんだ。

 自分は死んでしまいそうなのに、そんなことはどうでもいいとでも言うように、安らかな顔をしていた北郷。

 そんな顔をしていた理由は、恐らくではあるけれど、私を助けたと思っていたから。

「……助けたのが私じゃなかったって知ったら、あいつはなんていうのかしら」

 これまでの手紙で散々私を悩ませてきた文章が、その答えを私にくれた。

「その人が助かったのならよかった。……とでも言うのかしらね」

 なぜだろう。その答えが当たっている気がして、私は少し笑っていた。

「ふぅ。今日はこれくらいにしましょう」

 報告書を片づけ、私はいつもより少し早めに休んだ。

 

 

「桂花。麗羽……いえ、袁紹たちとの決戦の基本計画、いつ頃出来上がりそう?」

 北郷の無事を報告書で確認してからしばらくして、華琳さまが私にそうお尋ねになった。

「はっ。三日後までには」

 最近は仕事ばかりしていたため、予定よりもすこし早目に出来上がりそうだった。まぁ、仕事をばかりしていた理由はどうあれだけど。

「そう……。あなたの基本計画を確認できたら、すぐにでも出征するから、そのつもりでね」

「はい」

 私はそうお答えしてから、自分の執務室に戻った。

 実を言えば、決戦の基本計画はほとんどできていた。これこそ仕事ばかりしていたおかげなのだけど、私としては、北郷の意見を聞いておきたかった。

 袁紹に関することは、少し前の手紙で書いたのだけど、それに対する回答が送られてくる前に、あいつが馬に轢かれてしまった。

「まったく、肝心な時に役に立たないんだから……」

 部屋にもどった私は、そう呟いた後、警備隊から上がってきている報告書に目を通した。

 北郷は警備隊の職務中にけがをしたのだから、少なくとも怪我が治るまでは治療費を保証したい。という嘆願書が、凪、真桜、沙和を筆頭にした、多数の警備隊の兵が署名した竹管を添えて送られてきていたため、北郷の治療費に関する保証は公費で行うことになった。

 そのため、北郷の様態の変化などについても、報告書が上がってくるようになっている。私としては、これはうれしい誤算だった。北郷の様子を見てくるように、私が人に頼む事なんてできないないし、かといって、私が様子を見に行っている時間なんてない。報告書のおかげで、それらの問題が解決していた。

「意識が戻ったみたいね」

 そう言った経緯から提出されている報告書に目を通すと、北郷が意識を回復し、なんとか会話ができるようになっているということが分かった。

「手紙を送っても、あいつはまだ書けないだろうし、それに時間も……。直接行くしかないのかしら」

 直接行くにしても、あまり人目につかない時間の方がいい。けれど、直接会ったとしたら、あいつはなんて言うのだろうか。

「私は、なんて言うんだろう……」

 この前町に出ていくときに、北郷に言ってやろうと心に決めていた言葉は、なかなか浮かんで来なかった。今私があいつのことをどう思っているのか、それがよくわからなかった。

「まぁ、行ってみればわかるわよね。華琳さまのためにも、袁紹の情報は聞いておかなければならないし」

 軍師としては、予想できない状況に、何も考えずに突っ込むことなどしたくないけど、今の段階で、私が北郷をどう思っているかを考えても、なかなか答えが出てこなかった。

 

 あの時、北郷が私の名前を叫びながら、私に少し似ている女を助けようとした時。私は何を感じたのだろうか。

 あの時、死にそうだというのに、とても安らかな表情をしているのとみた時。私は何を思ったのだろうか。

 その答えが、よくわからなかった。もしその時の気持ちがわかれば、今私があいつをどう思っているのか、その答えが出る気がした。けれど、その気持ちが、今の私にはわからなかった。

「……少なくとも、その辺にいる男なんかよりマシなのは確かね。しつこく手紙を送ってくるのには少し困ったけれど」

 そこまで言葉にしてから、私は頭を振ってそのことを考えるのをやめた。

「とにかく、今は袁紹とのことが最優先よね。華琳さまのお役に立たないと……」

 一度、大きく息を吸ってから、私は仕事を始めた。

 

 

 その日の夜。私は一人城を抜け出した。

 あいつの住んでいる長屋の場所はわかっている。私は人びとが寝静まった洛陽の町を、目的の場所に向かって静かに歩いた。

 

(たしか、ココよね)

 目的の長屋に到着した私は、北郷がいる部屋を探した。幸い、表札が付いていたから、すぐに見つけることができた。

「すぅー……はぁー……」

 扉の前で一度深呼吸をしてから、私はその扉に手をかけた。

――ガチャッ

 鍵が掛っていないのか、扉が静かに開いた。こいつが身動きを取れない以上、鍵をかけないでいるだろうという予想が当たった。

(予想が当たってよかったわ)

 そう思ってから、私は静かに部屋の中に入った。

 

 部屋の中に入ると北郷の寝ている寝台が見えた。

 寝台の横にある机には、花瓶に飾られた花があり、まだ萎れていないところをみると、ここ数日の間に飾られたものだとわかった。

 また、壁には少し値の張りそうな服が掛けられており、そこには“完治したら、これを着ておしゃれ同好会に出席なのー”と書かれた紙が張り付けられていた。よく見ると、部屋のあちこちに、何に使うのかわからない道具が複数置かれている。あれは恐らく真桜が作ったものだろう。

(まったく、大人気ね)

 そんなことを思った後に、私は少し大きめに息を吸い、寝台へと近づいた。

 そっと寝台に近付くと、包帯を頭にまいた北郷が眠っていた。

(さて、ここまで来たいいけど、どうやって起こそうかしら)

 どうしようか悩んでいると、ふと北郷の瞼が動いた。

「っ!」

 予期していなかったことに驚いた私は、思わず後ずさりをしてしまい。足元のにあった真桜の道具を蹴飛ばしてしまった。

――ガンッ

 その物音のせいか、北郷がゆっくりと目を開き、こちらに顔を向けた。

「うん? ……荀、彧?」

 こいつがそう言うのが聞こえたので、何か答えようと思っていると、また北郷が口を開いた。

「んな訳ないか。荀彧が俺の家に来る訳なんかないし、またいつもの夢か……」

 北郷はそう言うと、少し笑った。

「俺、どんだけ荀彧の事好きなんだよ。毎日夢に見るなんて」

 そう言う北郷の顔は、笑っているけど、どこか悲しそうだった。

「……あんたに聞きたいことがあるわ」

 なぜだか、そんな顔を見ているのが嫌で、私は北郷に話しかけた。

「っ!」

 すると北郷は少し驚いたような顔をした。

「今日はしゃべってくれるのか。久しぶりに荀彧の声が聞けた気がするなぁ」

 そう言って、少しうれしそうな顔をする北郷に、私は続けて話した。

「質問を聞きなさい。もうすぐ曹操さまは袁紹と雌雄を決するために、官渡に向かわれるわ」

 北郷は、私が話すのを、とてもうれしそうに聞いていた。

「私は、その際の基本方針を決めるのを決めることを、曹操さまから任していただいているの。前の手紙でも書いたけど、袁紹のことでわかることがあったら、教えてちょうだい」

 私が言い終えると、北郷は少し考えた後に口を開いた。

「官渡の戦いでの肝は、烏巣だ。袁紹軍は、巨大な櫓を使って、曹操の陣営を上から射掛けようとする。ただ、これは曹操軍がどうにかして対処したはずだから問題はないと思う」

 北郷は少し間をおいた。

「櫓は問題ないとしても、袁紹は多くの軍勢を率い、また多くの兵糧を持っていた。それを保管していたのが烏巣だ。ここを落とすことができた曹操は、結果袁紹を倒すことができた。俺の知る歴史では、官渡の戦いって言うのはこういう話だよ」

 北郷の言っていた櫓については、南皮にいる間諜から、それらしいものを作っているという報告を受けている。それに対抗するために、真桜に言ってそれを壊すための兵器を作らせている。けれど、烏巣については初めて聞いた。

 大まかな歴史を聞いた時は、華琳さま、いや曹操さまが袁紹に勝つということだけで詳しく聞かなかったけど、こうして詳しく聞いてみると、改めてこいつの知識が劇薬であることを認識してしまう。

 

 

「なぁ、荀彧。夢の中だとは言っても今日は話しをしてくれるみたいだから、すこし俺の話を聞いてくれないか?」

 私が袁紹との戦いのことを考えていると、ふと北郷が話しかけてきた。

「……いやよ。なんで私があんたの話なんか聞かなきゃいけないのよ」

 私は自然と、そんな言葉を返していた。

「はは。荀彧らしい返しだな。じゃあ、俺は一人ごとを言っているから、できればそれが終わるまでは夢を覚まさないでくれないか? 別に聞かなくてもいいから」

 そう言った北郷に私は答えなかった。暴れ馬の事故を見ていなかったら、きっとこいつの言葉を無視して部屋を出て行ったと思う。けれど、この時の私はそれをしなかった。

 

「俺さぁ、この前馬に轢かれたんだ。ただ轢かれたんじゃないぞ? 一応町の人を守るために轢かれたんだ」

 私が答えないままでいると、北郷はそう言って話を始めた。

「でも、ホントのことを言うとさ。俺は荀彧を守ろうと思ったんだ。まぁ人違いだったけどね」

 すこし恥ずかしそうに北郷は笑った。

「ほら、前に手紙に書いただろ? 荀彧にそっくりな格好の人がいるって。俺が助けたのはその人だったんだよ」

(やっぱり、見間違えてたのね。このバカは)

 そんなことを思っていると、北郷は続けた。

「暴れ馬が来る前にさ。荀彧が本屋に入って行くのが見えたんだ。その時は頭巾だけじゃなくて、ちゃんと後ろ姿全体で荀彧だってわかって、俺すっごく嬉しかったんだ。数か月ぶりに荀彧を見れたから」

 あの時に、北郷が私を見つけていたということを初めて知った。

「それでさ、暴れ馬が来て、大通りの人たちを端に避けさせた後に、ふと荀彧の事が気になったんだ。そう思ってから本屋の方を見たら、猫耳頭巾かぶった女の子が倒れてるから、俺は荀彧が倒れているんだと思ったよ」

 北郷はその時の様子を思い出しているのか、少しの間目を閉じた。

「そう思った後は、もう無意識だった。ただ荀彧を助けたくて、体が勝手に走り出してたよ。それで、その娘と暴れ馬の間に入って、なんとかその娘を抱きかかえられたと思ったら、次の瞬間には空中に浮いてた」

 思い出し終えたのか、北郷がそっと目を開けた。

「その後は、とにかく荀彧が助かってくれればいいと思ってた。どこかの壁を突き破って、中に倒れ込んだ時、俺はとっさに腕に意識を集中したんだ。そしたら、俺の腕を握る感触があったから、あぁ、よかったぁ……って思って、そこで意識が途切れたよ」

 そこまで話して、北郷はまた少し笑った。

「この話を荀彧が聞いたらバカだって笑うかも知れないな。けどさ、俺はその時、荀彧を守れたのなら死んでもいいなって思ったんだ。だから、腕を握る感触があった時は、ホントにうれしかった」

 あの時、あんなに安らかな顔をしていたのは、やっぱり私を助けたと思ったからだった。

「まぁ、結果としたら荀彧じゃなかったけど、とりあえずは、その人を助けられてよかったと思ってるよ。もしあの娘があの頭巾をかぶっていなかったら、助けられたかどうかはわからないけどね」

 これも私が予想した通りだった。そのことがうれしかったのか、私は少し笑ってしまった。

「……」

 そんな私に気がついているのか、わからないけれど、北郷が少し黙った。

 

「なぁ荀彧。あの時助けたのが君だったら、君は俺のことを少しは見直してくれたか?」

 私の答えをあてにしていないかの様に、北郷は続けた。

「君が俺のことを好きじゃないって言うのはわかってるんだ。たくさん手紙を書いたからね。その手紙で、君を困らせてしまっていたことも、なんとなくだけど、わかってる。……だからさ」

 北郷はそこまで言って黙った。その沈黙は、何か重要なことを言うか言わないか迷っているような沈黙だった。

「だから、これ以上荀彧を困らせるのは……やめよう、と思うんだ。あれだけ頑張って手紙を送っても、君が迷惑だとしか感じないのだとしたら、もうこれぐらいが退き時だと思うんだよ」

 そう言うと、北郷はすこし大きく息を吸った。

「けど。荀彧を好きなことをやめることなんかできない。君に思いを伝えられないとしても、君の近くで、少しでも君の役に立つことがしたい。荀彧の迷惑にならないように、俺のできることをしたいんだ」

 そう言う北郷の瞳には、すこし涙がたまっていた。

「でも、それも難しくなった。俺、怪我が治っても警備隊の仕事に復帰するのは難しいらしいんだ。完治したとしても、これまでと同じような激しい動きは出来ないって医者に言われた。せっかく、荀彧の役に少しでも立てる仕事に着けたんだけど……それも、……それも、できなくなるみたいなんだ……」

 北郷の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。

「俺、どうすればいいのかな? どうすれば荀彧の役に立てるのかな? どうすれば……、荀彧のそばにいられるのかな?」

 北郷は、流れる涙を止めることができずに、ただ枕を濡らしながら話していた。

 

 

「……潁川に帰りなさいよ」

 自然とそんな言葉が出てきた。

「……。荀彧なら、そう言うと思ったよ」

 北郷は流れる涙をぬぐってから、そう言って笑った。けれど、その瞳にはまた次の涙が浮かんでいた。

「警備隊の仕事ができないのなら、軍の仕事なんてもっと無理でしょう? そうなれば、城の文官になるぐらいしか残ってないわよ。あんたに文官なんか出来ないでしょ?」

 その時も私は、こいつのことをどう思っているのかわからなかった。けれど、こいつはこいつなりに色々考えていて、今自分が置かれている状況に、もがき苦しんでいるのは分かった。

 それがわかった上で、私が今言えるのはこれくらいだった。そこまで苦しむのなら、潁川に戻って、暮らしていた方がこいつのためなんじゃないか。そう思った。

「文官、か。……なぁ荀彧。もし俺が文官になれたら、君のそばにいることを許してくれるか?」

 だけど、北郷は私の思ったこととは、別のことを聞いてきた。

「まぁ、あんたなんかが文官になれるとは思えないけど、もしなれたとしたら、その辺にいる文官と同じ程度には使ってあげるわ。使えないと思ったら、すぐやめてもらうけどね」

 その問いかけを予期していなかったことのため、私は思わずそう答えてしまった。

「そうか」

 北郷はそう言うと、とてもうれしそうな顔になった。さっきまでこいつの頬を濡らしていた涙は、いつの間にか止まっていた。

「夢であったとしても、今日は荀彧にあえてよかったよ。久しぶりに声も聞けたし、悩みも……、解決、しそうだし……」

 北郷はそう言いながら、瞼を閉じていった。完全に言い終えた時には、眠りに戻ってしまったようだった。

「ね、寝たの?」

 私がそう尋ねると、帰って来たのは静かな寝息だった。

(まったく……、でも目的の袁紹の話は聞けたから、とりあえずいいとしようかしら)

 そう思った私が、もう一度北郷の顔を見ると、あの時と同じ様な安らかな顔で眠っていた。

(ふぅ。なんでこんな顔で寝られるのかしらね。まるで悩みなんかないみたい)

 そんなことを思った私は、気がつかないうちに少し微笑んでいた。

(さて、そろそろ帰ろうかしら。華琳さまに喜んでいただくために、早く基本方針を完成させなくちゃ)

 そう思った私は、静かに北郷の部屋を後にした。

 

 北郷をどう思っているのか。その時は結局結論に至ることができなかった。けれど、その結論もいつか出るのだろうと、その時は楽観的に思っていた。

 

「……もしかして、北郷は文官を目指す気かしら」

 城への帰る途中、私はふと疑問に思ったことをつぶやいた。

 先ほどは、思わず答えてしまったけれど、あいつは警備隊に戻れないなら、文官になるつもりなのかも知れない。

「私が不用意に文官のことを口走ってしまったせい?」

 あいつを諦めさせようと思って、潁川に戻らせよう思って言った言葉だったけど、あいつは逆にとってしまったかも知れない。

「……でも、もう私を困らせないって言ってたし。きっと大丈夫よね」

 そんなことを考えた後に、私は城への帰路を急いだ。

 

 

あとがき

 

 どうもkomanariです。

 

 どうにか前半が終わりました。前書きにも書きましたが、桂花さんのキャラがちゃんと表現できているか不安です。というか、デレさせたんじゃないかと、だいぶ不安です。

 前回から今回にかけての、桂花さんの心情の変化みたいなものも考えているのですが、今回はうまく表現できませんでした。いつか、ちゃんと本編の中で書きたいと思っているのですが、もし今気になる方がいらっしゃいましたら、ご連絡いただければショートメールなどで回答いたしますので、よろしくお願いします。

 

 ここからは余談ですが、一刀君の部屋にあった花は、楽進隊長が持ってきてくれたものです。いつもサボリ気味な真桜と沙和に、頑張って仕事をさせようとしていた一刀君には、凪さんも少なからず感謝しているようです。ただ、何を持っていけばいいのかわからなかったので、無難に花にしたようです。

 

 これまで『こっち向いてよ!猫耳軍師様!』の1話から5話まで、多くの閲覧・ご支援・コメントをいただきまして、本当にありがとうございます。

 皆様のおかげで、なんとか半分まで来ることができました。

 これからも、できる限りいいものを書けるように頑張って行きますので、『こっち向いてよ!猫耳軍師様!』の後半をよろしくお願いいたします。

 

 それでは、閲覧していただきましてありがとうございました。


 
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