漫画的男子しばたの生涯一読者
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漫画的男子しばたの生涯一読者

■実りの12月 ~単行本1

12月は年末ラッシュというか、注目作品が次から次へと目白押しだった。というわけで今回も2ページに分けてお送りする。まず1ページめはサブカルっぽい方面の本から。

「Marieの奏でる音楽」 古屋兎丸 (幻冬舎コミックス) [Amzn:上巻/下巻
Marieの奏でる音楽
Marieの奏でる音楽
「Marieの奏でる音楽」上・下巻
古屋兎丸
完結巻である下巻が出てから……と思っていたため、上巻発売時には掲載しなかったが、これでようやくまとめて読むことができるようになった。この間に掲載誌の「コミックバーズ」の発行元が、ソニー・マガジンズから幻冬舎コミックスに変わったため、上巻も改めて幻冬舎コミックスから新装版が出し直しになっている。

この物語は、大空から人々に慈愛をもたらす機械仕掛けの女神・マリィが見守る世界を舞台に展開される。機械細工の技術が発達し、人々が腕を競い合いつつ穏やかに暮らす島に生まれた少年・カイは、マリィが発する音を聴くことができる唯一の存在だった。カイは彼を慕う少女・ピピの心配をよそに、マリィへの信仰、思慕を深めていき、その過程でマリィを中心とした世界の仕掛けに気づいていく。

古屋兎丸の作画は細部まで緻密でしかも壮麗で圧倒的。物語のスケールも非常に大きい。科学、信仰、恋愛という、人生における非常に大きなテーマに真っ正面から取り組み、ダイナミックな展開を見せる。そこで呈示される崇高で残酷で美しい世界のありようは、読む者の心を揺さぶらずにはおかない。壮大でありながら細部まで作り込まれていて、驚くほど美しい。こういう作品はそう簡単にお目にかかれるものではない。必読。なお12月だと、古屋兎丸は「山田4号」(ビッグコミックスピリッツ 1/17増刊/小学館)にも「π」という作品で登場した。究極の円形を描くおっぱいとの出会いを求めるあまり、ダイエットしてイケメンに変身した男が主人公。こちらは打って変わって下らなくて、気楽に読める作品。

「ア○ス」 しりあがり寿 (ソフトマジック) [bk1]
ア○ス
「ア○ス」
しりあがり寿
お話を要約するのは難しいけれども、すごい迫力を持った本だ。簡単にいってしまえば「トモダチを探してさまよう孤独な狂女の物語」ということになるが、それだけではこの本の持つ力は伝わらない。孤独が狂気を生み、狂気が人を遠ざける。ここで描かれる世界は、ひどく居心地の悪い夢のようだ。切なさ、哀しさ、空虚感が胸をえぐる。まるで振り乱した髪のようにラフなタッチと、詩的な言葉の数々が、言い知れない薄暗さを作り出している。
「天國に結ぶ戀」 1巻 大越孝太郎 (青林堂) [bk1]
天國に結ぶ戀
「天國に結ぶ戀」1巻
大越孝太郎
生まれつき腰の部分がくっついていて離れることができない、つまり「シャム双生児」状態にある男女の双子「虹彦」「ののこ」の物語。最初二人は裕福な過程でひっそり隠れて暮らしていたが、関東大震災で焼け出されて親と離れ離れになり、やがて見世物小屋に拾われていく。肉体のありようは畸形であるが、二人が慈しみ合いながら苦難の道を進んでいくさまからは非常にプラトニックな想いと艶めかしさを同時に感じる。そして大越孝太郎のシャープな描線が鮮烈で、実に美しい。掲載は「ガロ」で現在はこの単行本に収録された第1部が完結した段階。まだ第2部は始まっていないが、早く続きが読みたいものだ。 (青林堂「ガロ」で連載中)
「うろしま物語」 福山庸治 (太田出版) [bk1]
うろしま物語
「うろしま物語」
福山庸治
「F氏的日常」(河出書房新社/→bk1)で文化庁メディア芸術祭大賞を受賞した福山庸治の最新単行本。登山か何かに行く途中だった主人公の平凡な中年男性が、間違えて電車を降りてしまい地図にない町「うろしま町」に迷い込む。ここは挨拶に近い感覚で大っぴらに、町のいたるところでセックスが行われている土地だった。主人公はこの町で不思議な少女に心奪われ、異様な町のペースに巻き込まれていく……というお話。やっていること自体はとても大胆なんだけど、その描き方は実に飄々としており、セックスも日常的に淡々と行われる。引いたアングルで描かれるセックスシーンはユーモラスでさえある。いい具合に枯れた桃源郷譚。
「チェリーボーイズ」 古泉智浩 (青林工藝舎) [bk1]
チェリーボーイズ
「チェリーボーイズ」
古泉智浩
25歳を過ぎても童貞な学生時代からの親友トリオ、通称クンニ、カウパー、ビーチクが童貞脱出を目指して奮闘するというドラマ。まともな手段では脱童貞を果たせないと考えた彼らはレイプを手段として選ぶが、実行よりも計画立案に情熱を傾けてしまいなんだか妙な事態に。というと犯罪者っぽいけど、実際にやってることは他愛なくて馬鹿馬鹿しくて、妙にすがすがしかったりする。結局計画はうまく行かず情けない結果に終わるのだが、ラストシーンはみっともないながら達成感もある。何より男3人のむんむんした空間が気安くて楽しい。高校男子が部室で3人集まってエロ談義でも交わしているかのごとき頭の悪い雰囲気。そういう男子学生的世界に郷愁を覚える人もぜひどうぞ。
「エンゼルマーク」 松永豊和 (小学館) [bk1]
エンゼルマーク
「エンゼルマーク」
松永豊和
「バクネヤング」(→bk1)の松永豊和が、「ビッグコミックスピリッツ増刊IKKI」(小学館)で描いた連作短編シリーズ。コマを追うごとに手押し車を操る老人がなんの説明もなく増えていき天使の大群へと変身するエピソードなどなど、全体に遊び心に満ちている。個人的には、年老いた昆虫学者が昔一度だけ見たことのある女人型の昆虫を追ってアフリカの奥地へと赴き、強烈なトリップ体験をする「幻蟲姫」がとくに印象に残った。ちょっと実際に読んでいただかないと、説明しにくいんだけど、絵も話もユーモラスで、「バクネヤング」は合わなかったという人でも楽しめるんではないかと思う。
「人魚姫殿」 水野純子 (ぶんか社) [bk1]
人魚姫殿
「人魚姫殿」
水野純子
親や仲間たちを人間に殺され、以来、人間たちを海に引きずり込んでは彼らを喰らい続けてきた三姉妹の物語。長女は人間をあくまでも呪い続けるが、次女は人間の青年と恋に墜ちてしまう。毒々しさとキュートさの融合した水野純子独特の作画は一貫してハイクオリティ。144ページすべてがフルカラーで、非常にシャレた1冊。また長女人魚の末路など、物語も数奇で読みごたえあり。水野純子世界を満喫できる。
「押入れのウーリー」 呪みちる (ソフトマジック) [bk1]
押入れのウーリー
「押入れのウーリー」
呪みちる
ホラー系で注目を集めつつある新鋭・呪みちるの第2単行本。不吉な雰囲気の絵柄だが、さほどグロくはならずに美しい世界を構築している。またユーモラスな描写も多い。とくに表題作である、芋虫を愛する人妻の少女時代を描いた「押入れのウーリー」あたりは、腕で虫を這わせたりして戯れている様子が妖しくもエロチックで印象に残る。
「ニュー・ワールド」 大久保ニュー (青林堂) [bk1]
ニュー・ワールド
「ニュー・ワールド」
大久保ニュー
昨年の5月発売の2001年7月号をもって休刊した「CUTiE comic」(宝島社)にシリーズ連載されていた「ニュー・ワールド」全8話+短編「ハロー?コヽロ」、それから描き下ろし1本を収めた作品集。地方から出てきて東京の美大に通っている女の子の悩み多き日常を描いた作品。彼女の感情の揺れはけっこう真摯で共感できるが、カラッと明るくポジティブなので気持ち良く楽しめる。  >>次頁
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