漫画的男子しばたの生涯一読者
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漫画的男子しばたの生涯一読者

■たちまち雨太 〜単行本

8月は、個人的には男性系/女性系/エロ漫画系と、バランス良くいい収穫のあった月という印象だった。そんな中からとくに気になった単行本を10冊ほど紹介しまーす。まずは男性系5冊。

「雨太」 正木秀尚 (白泉社) [bk1]
雨太
「雨太」
(c)正木秀尚
掲載誌は「モーニング新マグナム増刊」(講談社)だったが、単行本は白泉社からの刊行となった。待望の単行本化である。殺し屋にして雨男でもある雨太と、身体を売る商売をしていた女性の麻代。二人が迫り来る追手を避けながら逃避行を続ける道中が描かれる。追手の正体についてはバラしちゃうと面白さを損なう恐れがあるのでここでは伏せておくけれども、伸びやかで艶があり、芯の強さを感じさせる作画はとても見事で、ストーリー展開も堂に入っている。男はシブく、女は色っぽく美しい。実にシッカリとした作風で、演出がバシッと決まっていてたいへんに面白い。画面の使い方が大胆で、作者の高い力量を感じさせる単行本となった。完成度の高い、鮮やかな1冊。正木秀尚は雑誌の項で触れた「イブニング」でも「ガンダルヴァ」という作品を執筆しており、こちらも併せてチェックしておいてほしい。
「まぐろ土佐船」1巻 作:斎藤健次+画:青柳裕介 (小学館) [bk1]
「まぐろ土佐船」1巻
「まぐろ土佐船」1巻
(c)作:斎藤健次
画:青柳裕介
8月9日にがんで逝去した青柳裕介の遺作となった「まぐろ土佐船」は、第7回小学館ノンフィクション大賞を受賞した小説を原作に持つ作品である。それまでの自分を捨てて厨房担当としてまぐろ船に乗り込んだ主人公・斎條の目を通して、まぐろ船での過酷な遠洋漁業に従事する男たちの姿を描く。一度船に乗ったが最後、2年ほどの月日を海上で送る彼らの生活は、陸住まいの人間にとってはほとんど目にすることはない世界であるだけに新鮮な驚きに満ちている。冒険でもない、ファンタジーでもない。ただ生きていくために働く男たちの現実を描く青柳裕介の作画は非常に骨太で、物語の進行も力強い。読んでいくうちにググッと引き込まれてしまう。この第1巻にはちょうど第1部がまるまる収録されている。青柳裕介は存命中に第2部の執筆を完了させており、こちらは「ビッグコミック」No.20(小学館。10月10日発売)から10回にわたって掲載される予定である。
「素敵なラブリーボーイ」 伊藤伸平 (少年画報社) [bk1]
素敵なラブリーボーイ
「素敵なラブリーボーイ」
(c)伊藤伸平
女ばかりの演劇部のただ一人の男として、日々使いっ走りとして校内を走り回っている少年・サキが主人公。彼を中心としたラブコメとして描かれた作品だが、ずーっと同じように続いていきそうだけどいつかは必ず過ぎ去ってしまう学園生活の空気がきめ細かに描写されているのが、個人的にすごく気に入った点。もちろんラブコメ要素もあるけれど、居心地のいいまったりとした文化部の部室の空気そのものが、とっくに学生でなくなってしまった人間にとっては眩しく懐かしく羨ましい。この作品は「OURs LITE」に掲載されたものだが、すでに新連載「永遠のグレイス」(原作:川崎郷太)が10月号から始まっている。こちらもチェックしておきたいところ。
「THE END」1巻 真鍋昌平 (講談社) [bk1]
THE END
「THE END」1巻
(c)真鍋昌平
本連載第7回で紹介した「スマグラー」(→bk1)の真鍋昌平の2冊め。ある日突然現れた運命の女性ルーシーは、それまでとくに目的もなく生きてきたシロウを愛に目覚めさせその人生を一変させる。しかしその矢先、何か大きなものが動き出し町は破壊され、シロウとルーシーも離れ離れになってしまう。そのさなか、シロウは自分の中に眠る力に少しずつ目覚め始める……といった感じの出だし。スケールの大きそうな話であるため、さわりの部分だけではまだ物語がどう転ぶかまったく予想がつかないが、ゴツゴツしたキャラクターたちの表情やアクションなど、描写が骨太で非常に強烈なインパクトを与えてくれる。かなり激しい展開が待っていそうで、読む者は相当にぶん回されそうだ。先が楽しみな作品である。
「うさうさにゃんにゃん」 吉本蜂矢 (大都社) [bk1]
うさうさにゃんにゃん
「うさうさにゃんにゃん」
(c)吉本蜂矢
高校生男子3人の抱腹絶倒な同居生活を描いた「デビューマン」の作者である吉本蜂矢の、約3年ぶりの単行本。この人のギャグセンスはなかなか大したもんで、「デビューマン」はすごく楽しみにしていた作品なのだが、いかんせん寡作なのでなかなか読むことができない。そんななか、単行本が出てくれたのは非常にうれしいところ。この作品は1996年に「ヤングキング」で連載されたもので、女の子よりも可愛いオカマとその友達の女の子が、同じ女の子に恋をしちゃったところから展開するドタバタコメディ。「デビューマン」ほどのギャグパワーはないけれど、こちらもポップで楽しい。なお「デビューマン」の続きについては、ようやく「ヤングキング」9/17 No.18と、雑誌の項ですでに紹介した「やんちゃ増刊」に掲載された。このあたりも単行本にまとまってくれるといいんだけど。

それでは次に女性系から2冊。

「ニコニコ日記」1巻 小沢真理 (集英社) [bk1]
ニコニコ日記
「ニコニコ日記」1巻
(c)小沢真理
独身でシナリオライター稼業をしつつ自由に暮らしていたケイのもとに、かつて彼女がマネージャーをやっていた女優の隠し子である小学校3年生の少女・ニコが預けられる。忙しいその女優は完全に親であることを放棄しているような状態だったため、ケイとニコの共同生活は長期にわたることになる。一緒に暮らし始めた最初のころ、二人はなかなか意志を疎通させることができなかったが、ケイの発案で始めた交換日記などを通してしだいに二人の距離は近づいていく。親の愛に餓えていたニコはケイを親以上に慕うようになり、ケイもニコの可愛さに夢中になっていく。お互い慕い合いながら暮らしていくその関係は微笑ましく、ニコが心を開いていくさまは感動的である。暖かい気持ちになれるきれいな作品。
「栞と紙魚子 夜の魚」 諸星大二郎 (朝日ソノラマ) [bk1]
栞と紙魚子 夜の魚
「栞と紙魚子 夜の魚」
(c)諸星大二郎
女性系に分類するのもちと違うような気もするけど「ネムキ」(朝日ソノラマ)掲載ということでまあいちおう。これにて「栞と紙魚子」シリーズは終了。古本屋の娘で本マニアの紙魚子と、彼女の親友の栞。二人の女子高生が出会うヘンな出来事を描く作品。脱け出すことのできない本の迷宮みたいな家に迷い込んだり、町の人たちが次々とヘンなモノに変わっていったり、数々の事件は相当に不可思議。でもそれを誇張してるような感じを与えずに冗談めかして飄々と描いてしまうあたりは、数々の怪異をこれまで描いてきた諸星大二郎らしいところ。最後の最後までこれ以上ないくらいマイペースで、たいへん愉快な作品でありました。

続いてエロ漫画系から3冊ほど。

「おにくやさん」 掘骨砕三 (三和出版) [Amzn]
おにくやさん
「おにくやさん」
(c)掘骨砕三
びっくりするほどユニークで個性的な作風の持ち主である。顔は少女だけど身体はぐねぐねグロテスクな形をした巨大な虫に捕らえられた女の子が、穴ぐらの中でいろいろとされる……という「むしさん」あたりのインパクトはものすごい。カブトムシだか黄金虫だかの幼虫みたいな形をした虫たちが次々と少女の体内に潜り込み、人智を越えた快感をもたらすとか、身体がムズ痒くなるようなシーンがてんこもり。そしてその描写のボルテージの高いこと高いこと。それでいながら絵柄は非常にポップでキュートだったりして、その落差もあって度胆を抜かれること必至。刺激は非常に強いけれども、それを我慢する価値は大あり。ちょっとほかにないほどの個性を持った描き手なのだが、単行本の発行部数自体は多くないと思うので、ぜひこの機会に手にとってみてほしい。なお、掘骨砕三は「アイラ」Vol.11(三和出版)から連載「閉暗所愛好会」をスタートさせている。1回めを読んだ限りスカトロ色がかなり強かったが、そういう刺激物もオッケーな人はこちらもチェックしてみてほしい。
「いっしょうけんめいお兄さん」 まいとしろう (シュベール出版) [Amzn]
いっしょうけんめいお兄さん
「いっしょうけんめいお兄さん」
(c)まいとしろう
最近では「メジャー漫画家への道」(本連載では第12回で紹介→bk1)のほうが有名になってきた感のあるまいとしろう(舞登志郎)だが、あにいもうとモノの作品もかなり面白かったりする。とくにこの単行本に収録された「精魂こめて」はかなり変わった味のある作品だ。妹を激しく愛するお兄ちゃんの日常を描くというお話なのだが、このお兄ちゃん、その愛を口にはまったく出さず、妹が身につけたりするものにそっと自分の精液を混入していくという奇行を繰り返している。非常にストイック、かつ屈折した愛の発露のさまがなんとも味わい深い。今やあにいもうとモノはエロ漫画界では定番と化したけど、その中でもまいとしろうの作品はかなり風変わり=個性的な部類である。たまにはこんなのも、とてもいいと思うのだ。
「LAD:UNA」1巻 伊藤真美 (ワニマガジン社) [bk1]
LAD:UNA
「LAD:UNA」1巻
(c)伊藤真美
これはいちおうエロ漫画雑誌「快楽天」掲載作品であるものの、あまりエロ漫画って感じではない。人間が生殖能力を失いつつある未来世界を舞台に、中央政府の施設から脱け出してそのままスラムに居着き、気ままにふらふらと生きている主人公・ディーラを主人公とする作品。作画は華麗で美しく、お話のほうも深みがあって面白い。未来世界についての設定がしっかり作られている感じで、今どき珍しいくらいちゃんとSFしている作品という印象を持った。伊藤真美は「ヤングキングアワーズ」10月号で新連載「ピルグリム・イェーガー」(原作:沖方丁)も始めており、要注目だ。>>次頁
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