漫画的男子しばたの生涯一読者
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漫画的男子しばたの生涯一読者

■このおもしろさが判る奴が本物かどうかはともかくとして 〜単行本

「茄子」 1巻 黒田硫黄 (小学館) [bk1]
茄子
「茄子」1巻
(c)黒田硫黄
7月はまずこれでしょう。帯に記された、宮崎駿の「このおもしろさが判る奴は本物だ」という言葉を待つまでもなく、「アフタヌーン」(講談社)掲載時から注目していた人は多いんじゃないかと思う。内容はタイトルどおり茄子をテーマにした連作……であるようなないような。いちおう毎回茄子は出てくるものの、フリーテーマといってもいいだろう。自転車レースの話あり、学園青春ストーリーあり、田舎で茄子を作ったりしながら生活しているおっさんの日々を描いたりと、内容はそのときによって変幻自在。だからといって奇手を打ってくるわけではない。中には本当に何も起こらない話だってある(それが奇手ともいえるんだが)。だけど面白い。この人の漫画は、なんでもない日常会話のシーンでもなぜだか面白いし、おっさんが茄子を料理しているだけとかでも見てて楽しい。表現の一つ一つが、いちいち漫画読者の感性に訴えかけてくるのだ。ただこの世界に浸ってるだけで無性に気持ちいい。たぶん今漫画界で最も表現的に高いレベルにある作家の一人なんじゃないかと思う。
「なつのロケット」 あさりよしとお (白泉社) [bk1]
なつのロケット
「なつのロケット」
(c)あさりよしとお
ヤングアニマルで連載された作品で、しばらく単行本にならずやきもきしていた作品。今改めて読みかえしてみても、しみじみいいお話である。主人公はとある小学校の生徒たち。成績よりも経験することを重視し、自由な、本当の意味での学問を教えてくれた女教師が学校をやめさせられようとしていることに反発を覚えた彼らは、彼女に教えてくれたことの成果を見せようと、自分たちでロケットを作り打ち上げようと奮闘する。それぞれに得意分野を持った少年たちが力を合わせて、人は乗れないけれど、でも十分に宇宙まで届くようなロケットを作り上げてしまう様子は素直に夢がある。そしてラストシーンは、短い一言がなんとも鮮烈に響く感動的なものとなっている。かつて宇宙を夢見たことのある少年だった人、今でも夢見ている大人すべてにオススメしたい一冊。
「ヒミズ」 1巻 古谷実 (講談社) [bk1]
ヒミズ
「ヒミズ」1巻
(c)古谷実
「行け!稲中卓球部」の古谷実の最新作。最初はギャグ作品で知られていた古谷実だが、作品を重ねるごとにシリアスな作品が多くなっていき、この作品では恐ろしいほどにシビアな作風になった。主人公の住田は、平凡な、というより平凡に生きることを目標とする中学生男子なのだが、家庭環境がそれを許さない。父親は酒びたりの人間のクズで母親は不倫中。そして貧乏。それに加えてさらなる不幸が真綿で首を絞めるように、じわじわと迫ってくる。そんな環境下で人生に絶望しきったような価値観を持つことを余儀なくされてきた住田の吐き出す言葉は、一つひとつに重みがあり読む者の心に突き刺さってくる。「金さえあればお前の魂なんかよゆーで買える」「「オレに他人より優れた能力などあるだろうか?」などなど。一見地味なようだけど、着実に状況がうまくなくなっていき、息苦しさが増していくストーリー進行には言い知れぬ迫力がある。主人公がどこにでもいそうな少年であるだけに、なおさらリアリティを感じさせる。非常に怖い作品。
「月と雲の間」 岩館真理子 (講談社) [bk1]
月と雲の間
「月と雲の間」
(c)岩館真理子
表紙は妙齢の美人おねーさんなんだけど、実際のところ主役を張ってるのはバツイチの太いおばさん。このおばさんは夫と離婚して二人の娘の姉のほうを引き取り、彼女と二人で暮らしている。というとなんか辛気くさい話のように聞こえるかもしれないが、実際は全然そんなことなし。このおばさん、いつもヘンなセンスの服を着て、夜はいそいそとコンビニに出かけて時間を過ごしたり、ごはんをもりもり食べたりと元気いっぱい。性格はきわめて天然で、いつも夢見るようにぽわーんとした日常を送っている。他人のいうことなんかまったく聞かないマイペースさで、周囲を自分の都合のいいように解釈し、その思考に周りを巻き込んでいってしまう。実際読んでいるほうもそのぺースに巻き込まれていってしまい、何か亜空間に足を踏み入れたかのような感じになってしまう。道具立てはごく普通なのに、それをこれだけぽわぽわした天然ボケ全開の世界にしてしまうあたり、やっぱり岩館真理子って天才なんだろうなあと思う。ツッコミなしでボケまくりなんだけど、奇跡的に物語は壊れていない。なんだかすごい。
「ピクニック」 雁須磨子 (太田出版) [bk1]
ピクニック
「ピクニック」
(c)雁須磨子
天然というならこの人も相当なもんだ。この単行本は、各所で発表された短編を集めたもの。男×女もあれば男×男もある恋愛模様とかが中心なんだけど、どの作品でもただのラブストーリーには終わらない天然風味がいかんなく発揮されている。例えば「あたたかいところ」は、少年がテストを受けているシーンから始まるんだけど、「太郎の屋根に雪ふりつむ(中略)次郎の屋根に雪ふりつむ」という詩を読んで、少年は南極物語のタロジロやら、アルプスの少女ハイジな牧場やら、はたらきづかれの母が病気のタロウくんを看病しているところやら、銃撃されて死んだ殺し屋の次郎なんかを思い浮かべたりする。お話自体は女教師とその生徒のラブラブH模様なんで、この妄想は物語にまったく関係ないんだけど、そういうことをさらりとごく自然に描いてしまうところがこの人ならでは。まるで酔っ払っているようなふわふわ定まらない展開は、危なっかしいようなそうでもないようなで、なんだかどうにも気になってしまう。面白い人だ。
「AQUA」 1巻 天野こずえ (エニックス) [bk1]
AQUA
「AQUA」1巻
(c)天野こずえ
「ステンシル」で連載されている作品。西暦2301年、水の惑星となった火星の港町「ネオ・ヴェネツィア」が舞台。この町の名物でもある、観光客専門の手漕ぎゴンドラ船の船頭になろうと地球からやってきた少女を主人公に、ネオ・ヴェネツィアの日常を描いていくという物語。風景描写が美しく、何よりゆったりとした話の進め方が気持ち良く、癒されるような読み心地。華があり整った絵柄も好感度が高い。
「あかりをください」 紺野キタ (ソニー・マガジンズ) [bk1]
あかりをください
「あかりをください」
(c)紺野キタ
これまで紺野キタはなかなか単行本の出ない作家だったが、このところ相次いで単行本が発売されている。この単行本は「きみとぼく」および「eyes」増刊「夢みる結婚」に掲載された作品を収録した短編集。どの作品もすごく上品で、一つひとつの線が柔らかくて優しい。お話も絵の印象そのままに、汚れをまったく感じさせない少女たちの世界を描いている。
「天駆」 1巻 森秀樹 (小学館) [bk1]
天駆
「天駆」1巻
(c)森秀樹
大彿次郎の「鞍馬天狗」連作を原案とする骨太な歴史ドラマ。新撰組が活躍する幕末の時代、佐幕、尊皇に関わらず、売国奴を成敗する「鞍馬天狗」こと倉田典膳の活躍を描いていく物語である。この作品における鞍馬天狗は、さっそうとしたイメージではなく、一人の人間として苦闘している。森秀樹の腰が据わり力の入った作画と、華やかさよりも骨太さが先に立つストーリーがしっかりマッチしていてかなり読みごたえがある。
「薩摩義士伝」 1〜2巻 平田弘史 (リイド社)
[bk1](1〜2巻) [bk1](3巻予約)
薩摩義士伝
「薩摩義士伝」1巻
(c)雁須磨子
藩の方策により、日々の食い扶持にも困窮しながら内職などで糊口をしのぎ、日々の鬱憤を木の杭を打ちつける示現流の稽古で晴らすほかない薩摩藩の下級藩士。そんな薩摩武士たちの壮絶な生き様を描く大作。雄渾な筆で描かれた、ゴツくて荒々しい薩摩侍たちの姿は迫力満点。剛腕でグイグイ読者を引き込んでいく物語も強力。本腰入れて読むに値する逸品。
「妄想戦士ヤマモト」 1巻 小野寺浩二 (少年画報社) [bk1]
妄想戦士ヤマモト
「妄想戦士ヤマモト」1巻
(c)小野寺浩二
こちらもある意味、男気のある作品といってもいいかもしれない。二次元(およびフィギュア)な萌え物件に対して、妄想を爆発させまくる男子、ヤマモトたちの生き様を熱く、そして馬鹿馬鹿しく描いた作品。眼鏡っ娘の転校生に「パンをくわえて」「ちこくちこく」「主人公と激突」という黄金パターンを強要したり、あり得るはずもないアニメ的な現実を求めんとする心意気にオタクなら胸を打たれるはず……かもしれない。とりあえず闇雲なパワーを感じる作品だし、一読(人によっては何読も)の価値は絶対にありだ。 >>次頁
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