■コスモスに君と 〜単行本
21世紀といえばもう圧倒的に未来でありSF世界であることは、20世紀育ちの人間にとっては異論のないところだろう。となるとやはり宇宙の一つも行かなければ人々の溜飲は下がるわけがない。筆者も本連載で「これからは宇宙だ」となんだかしつこく言い続けてきたもののなかなか現実はそうなってくれてないのだが、そんな欲求不満を一気に解消してくれるような作品が現れた。
・幸村誠 「プラネテス」1巻 講談社
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「プラネテス」1巻
(c)幸村誠
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というわけでこの作品である。もうすでにネットのあちこちで話題になっているので何を今さらな感じもあるのだが、いいものはやはりいい。この物語は21世紀も後半、西暦2074年、人類がごく普通とまではいかないものの宇宙にある資源を日常的に産業利用するようになった時代のお話である。主人公たちは、使用済みの衛星など、宇宙空間に人類が残していった放っておくと危険な粗大ゴミ=デブリを回収する業者たちだ。作中の「もう宇宙(ここ)は人間の世界だ!!」というセリフが象徴するように、この作品における宇宙はいまだ「目指すべき場所」ではありつつも、そこはもはやただ行くことだけが目的な場所ではなくなっている。この物語では「人間が生きていく場所としての宇宙」、そして「生活圏を宇宙まで拡張した人々がいかに生きるか」といったことが描かれている。安易な結論に逃げることなく、宇宙というこれ以上ない巨大なものに向かい合っていく人間たちの生きざまを描いていこうとする姿勢は実に毅然としていて潔い。漫画的な表現力も非常に高い。ストーリー作り、演出、コマ割りなど、これがデビュー作であることが信じられないほどの高いレベルにあるし、実にしっかりとした揺るぎのない線で描き出された、宇宙空間やロケットエンジンなどの事物は、宇宙を夢見るもの心を激しく揺り動かす。宇宙好きな人種の必読書といっていい。
・山田芳裕 「度胸星」4巻 小学館
宇宙モノをもういっちょ。こちらはこの4巻が最終巻となった。これからいよいよ主人公が宇宙に乗りだしていくという、非常にいいところで突然連載が終了してしまった。編集部による打ち切りであるとの噂が流れネット上で物議を醸したのは記憶に新しい。火星で人類が遭遇した謎の高次元物体「テセラック」の正体も明かされないままだった。このまま続いていれば宇宙モノの名作になっていたかもしれないが、この作品はそこに行く途中で終わってしまった。連載再開はおそらくないと思われるが、やはり惜しい。
で、ここで話は変わるが、1月の収穫を見渡してみると個人的には女性向け漫画でけっこう収穫が多かった。次はそのあたりを紹介する。
・羽海野チカ 「ハチミツとクローバー」1巻 宝島社
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「ハチミツとクローバー」1巻
(c)羽海野チカ
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あれよあれよという間に「CUTiE comic」(宝島社)の看板連載となってしまった感のある本作品だが、これが実に面白い。お話としては美大のビンボー学生たちの楽しい学園生活という感じなのだが、まず絵がたいへんに達者。そして登場人物たちがもうみんな魅力的なのである。まず一番分かりやすいのが、やたら身体がちっちゃくて「コロボックル」と呼ばれてしまうこともある天才的な美術の才能の持ち主である女の子・はぐちゃん。まずこの娘のかわいらしさにドキューンと胸を打ち抜かれ、さらにアパートに住まいの貧乏男子たちの愉快な生活がヒットする。端々にちりばめられたいかにも貧乏野郎どもらしい習性を描いたギャグは、かなり気が利いてていちいち笑える。ここらへんは天性のセンスといっていいだろう。そしてこの巻の後半あたりからは、美人だけどやたら強い女の子・山田(通称「鉄人」)の存在感がどんどん大きくなってくる。絶妙にノリが良いストーリー運びで楽しいシーンを展開したと思えば、今度は切ない恋の話でしんみりさせる。眺めているだけで幸せになれるような気持ちの良い絵に加え、コメディとマジメな恋の物語が実に均整のとれた形で共存していて、なんだかもう隅から隅まで良い。
・くらもちふさこ 「天然コケッコー」14巻 集英社
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「天然コケコッコー」14巻
(c)くらもちふさこ
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過疎の進む小さな村の少女・そよ、それから東京からやってきたカッコイイ男子・大沢くんの恋愛模様を中心として、長らく「コーラス」(集英社)で連載されていた物語もこれにて最終巻。最後は大沢くんが東京からなかなか帰ってこず、彼を待つ間にそよが自分の想いの深さに気づいていく過程から、しみじみ感動がわき出てくるようなラストまでが描かれる。この巻もそうだけど、やはりくらもちふさこの表現技法の多彩さには毎回驚かされっぱなしだった。例えばこの巻収録の回でいえば、主要登場人物をほとんど直接登場させぬまま、ネコの行動を追いかけ、その行く先々で聞こえてくる(もちろんネコにはなんのことやら分からない)村の噂話だけでお話を進めていくラス前などなど、その巧みさに思わずうなってしまう。そして物語的にも、各登場人物のこれからにあれこれ思いをめぐらせたくなってしまうような余韻をたっぷり残しつつ、小さな村が霧に包まれてふいと隠れていくかのような静かなラストにジーンとさせられた。そよの妹分であるあっちゃんが描いたという設定の作中作漫画も単行本の終わりに収録されていて、かなり気が利いたアンコールとなっているのもうれしい。完結した今こそ一気に揃えるべし。くらもちふさこはコーラス3月号から新シリーズ「α」をスタートさせており、こちらもなんかいろいろと仕掛けがありそうで期待が持てそう。
・小栗左多里 「まじょてん」1巻 集英社
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「まじょてん」1巻
小栗左多里
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一見ただの駄菓子屋のじじばば、でも実は天使と魔女であるらしい老夫婦の元に、恋や人生に迷った女性たちが悩みを持ち込んでくるというお話。このじじばば、目に分かる形で魔法をかけることはなく、実際にやることはテキトーなようでいて実は的を射ているかもしれない助言と、何かに踏み出すさいにちょっとした勇気が出せるように、少し背中を押してあげることだけ。安易に魔法に頼らず、悩みを持ち込んだ女性たちがちょっぴりの勇気を出して自分の人生における新たな一歩を踏み出していくさまはなんだか勇気づけられるものがある。じじばばたちの表情やしぐさに愛敬があるのも見ていて楽しい。なんだか非常に癒される1冊。なお、今月の19日に2巻が発売予定。
それではそのほかで目についた単行本をバラバラと。
・石田敦子 「いばら姫のおやつ」 少年画報社
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「いばら姫のおやつ」
(c)石田敦子
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雑誌のほうのOURs LITEの項でも触れた石田敦子の最新単行本。この人はもともとアニメ方面で実績のある人だが(筆者はアニメはほとんど観ないのでよく知らないんだけど)、漫画についてもかなりいい作品を描いている。この「いばら姫のおやつ」は表題作のシリーズおよび、その他の短編を収録しているのだけど、いずれも可憐で華やかな絵柄でありながら生きていくうえでの痛み、苦しみから逃げずしっかり浮き彫りにしていくような作品となっていてかなり読み心地はハードだ。例えば表題作「いばら姫のおやつ」は、高校1年生なのに身長136cm、まるで小学生のような顔、体系の女の子・知花が主人公で、彼女は「誰とでも寝る」という噂が立てられているがその実、その身体つきゆえに抱えてきた苦しみにじっと耐えている。そんな彼女、それから幼なじみである雪彦や知花の姉の悩みなどなど、痛々しいものごとを包み隠すことなく語っていく。たぶん描いているほうもしんどいだろうが、しっかりと苦痛の存在を認識し向かい合っていく作風は、美しくて絵柄とは裏腹に芯の強さを感じさせる。
・西川魯介 「屈折リーベ」 白泉社
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「屈折リーベ」
(c)西川魯介
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かつて少年キャプテンで連載され、そのまま幻の作品的な扱いとなっていた本作が待望の単行本化。このお話は、一言でいってしまうとめがねっ娘とめがねっ娘大好き男のラブコメとなる。「女の子はめがねをかけていてこそ美しい」。めがねっ娘の篠奈先輩を追いかけ回す後輩男子の秋保はそんな主義の持ち主なのだが、まずは西川魯介のめがねっ娘へのこだわりの強さに感服する。ここで描かれるめがねっ娘はただ外見的にめがねをかけているというだけでなく、常にめがねというガラス越しに世界を捉え続けてきた存在であり、その精神性まで含めて西川魯介は愛しているのである。「めがねっ娘だから好き」「ではめがねっ娘がめがねを外したら?」といったあたりにも突っ込んでいて、実に深い。そこかしこにギャグも折り交ぜつつ、甘口なラブコメとしても一級品の作品に仕上がっている。めがねっ娘に萌えた経験のある人なら、ぜひ一度は読んでおくべし。
・舞登志郎 「メジャー漫画家への道」1巻 オークラ出版
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「メジャー漫画家への道」1巻
(c)舞登志郎
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「チマタのオマタ」
(c)朔ユキ蔵
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「あまなつ」
(c)新井英樹
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「諸星大二郎自選短編集I 汝、神になれ鬼になれ」
(c)諸星大二郎
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内容は実にタイトル通り。マイナーエロ漫画家である・舞登志郎が、怪しい編集者・伊藤に導かれつつメジャー漫画家を目指して泥臭くのたうち回るさまを描いた実録(?)作品だ。舞登志郎は単行本「妹の匂い」(オークラ出版)に見られるように、ちょっと変わった妹モノなど個性的な作品を描く作家だが、この作品はエロ漫画雑誌(コミックピンキィ)連載ながらエロはまったくなし。ゴツくて暑苦しい絵柄で男の意地を発揮しつつ、微妙に力の抜けたところもあったりして、なんだかやけに面白い。ただのど根性漫画道に終わらない生っぽさがある(作者が自分自身をモデルにしているのだから生っぽいのは当然だけど)。アツかったり下らなかったりで、味わい深い作品だ。
・朔ユキ蔵 「チマタのオマタ」 ワニマガジン社
最近のエロ漫画界では、かなり素晴らしい作品を連発している注目作家の2冊めの単行本である。美しく力強く、かつ切れ味のある描線による作画が非常に鮮烈で、しかもストーリーも実にオリジナリティにあふれている。淡々としたペースでタメを作り、それを一気に爆発させるような語り口はカタルシス豊富でとても痛快。ビシッと引き締まった文句なくうまい絵、十二分にヒネりの入った個性的なストーリーなど、今すぐでもメジャー方面に行けそうな才能だと思う。
・新井英樹 「あまなつ」 エンターブレイン
現在「ヤングサンデー」(小学館)で「ザ・ワールド・イズ・マイン」を連載中の新井英樹が、講談社の雑誌で活動していたころの作品を集めた短編集。収録作品は「ひな」(モーニング 1994年49〜51号)、「牽牛庵だより」(モーニングルーキーリーグ 1990年1号、モーニング1990年8号16号、パーティ増刊1990年30号〜1991年40号)、「こどもができたよ」(モーニングルーキーリーグ 1990年2号)。ひなという誰にも縛られない不思議な女性に振り回される男たちによる騒動を描いた「ひな」は、すでに現在の作風に近いものとなっていて物語を進行するぶっとい力を感じる。それから子供みたいな独身漫画家と女編集者のほのぼの4コマ「牽牛庵だより」を見ると、新井英樹ってこういうコメディも描く人だったんだなあと認識を新たにする。現在でも非常に強烈に個性を輝かせている作家さんだが、その兆候はこのころからすでに明らかに見受けられる。ファンならずとも一読の価値あり。
・諸星大二郎 「諸星大二郎自選短編集I 汝、神になれ鬼になれ」 集英社
タイトルを見れば一目瞭然だが、諸星大二郎自身が自作からセレクトした作品をまとめた短編集でB5サイズの豪華版。収録作品は「生命の木」「六福神」「鎮守の森」「復讐クラブ」「海竜祭の夜」「毛家の怪」「生首事件」「闇の客人」「沼の子供」「子供の遊び」「逆立猿人」「夢みる機械」の12本。古くは1974年、新しくは1995年と発表時期はかなりバラついている。セレクトの基準は、人間からそれ以外、もしくは人外のものから人間になるといったモチーフが扱われている作品ということだったようだ。コアな諸星大二郎ファンなら既読の作品ばかりだろうけれども、改めて読み返してみてもやはり面白い。独自の語り口で伝奇的な物語を創り上げるその手腕には揺るぎがない。2800円と価格は高いけれども、買う価値は十分にあるといえるだろう。コアなファンの人は当然買うだろうけど、今まで諸星大二郎作品を読んだことがなかった人もここからチャレンジしてみていってはいかが?>>次頁
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