漫画的男子しばたの生涯一読者
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漫画的男子しばたの生涯一読者

・津野裕子久々の単行本が登場! 〜ガロ・アックス系

鱗粉薬
「鱗粉薬」
(c)津野裕子
ねこぢるyうどん
「ねこぢるyうどん」1巻
(c)ねこぢるy
段ボール低国の天使たち
「段ボール低国の天使たち」
(c)東陽片岡
DAY DREAM BELIEVER
「DAY DREAM BELIEVER」
(c)福島聡
蟲師
「蟲師」
(c)漆原友紀
水野純子のヘンゼル&グレーテル
「水野純子のヘンゼル&グレーテル」
(c)水野純子
ひみつのドミトリー 乙女は祈る
「ひみつのドミトリー 乙女は祈る」
(c)紺野キタ
カスミ伝Δ
「カスミ伝Δ」
(c)唐沢なをき
坂口尚短編集
「坂口尚短編集」
(c)坂口尚

次にいわゆる「ガロ・アックス系」と申しますか、そっち方面の作品群(という言い方もあまり適当でないとは思うんだが)でもかなり面白い収穫があったので紹介していこう。

まずはなんといっても津野裕子「鱗粉薬」(青林堂)である。ファン待望の第三作品集だ。見ているときは鮮明なようでいて、ひとたび目が覚めればあやふやになっていってしまう。まるで夢の中を歩いているような、儚げで美しい作風が津野裕子の持ち味。一本一本丹念に引かれた描線は、上品ながらなまめかしい色気も感じさせ、まるで極上のワインのように読者を魅了する。詩のようでもあり、うわごとのようでもあり、独り言のようでもある言葉たちをなぞりながら、どこへ行くともつかない物語を追っていくのはこのうえない快感である。

ねこぢるy「ねこぢるyうどん」1巻(青林堂)は、1998年に亡くなったねこぢるの夫、山野一が「ねこぢるy」と名を変えて「ガロ」で連載中のシリーズを中心に、大和堂「ねこぢる通信」、メディアファクトリー「ラクダス」に掲載されたシリーズもまとめた一冊。ハードカバーで全編CGによる4色カラー。それまでと同じようににゃーこ、にゃっ太たちの世界を引き継いでおり、ファンとしては見逃せない単行本である。

それからこれは実業之日本社刊ということで、ガロ・アックス系というのとは若干外れてしまうんだけれども。畳の目を描かせたら日本一、東陽片岡「段ボール低国の天使たち」(実業之日本社)。しみったれた町の片隅で、気楽に暮らすシケたオヤジたちの物語を、のんびり描いた作品である。東陽片岡の作品に出てくるキャラって、これがもう揃いも揃っていい人っぽい。しみったれてはいても、裏がまったくなくて、あっけらかんとしているのだ。読んでいるとすーっと力が抜けて気持ちがいい具合にほぐれてくる。この味はほかの人では出せないだろうなあ。

・乙女は祈れ、豚は死ね! 〜そのほかの単行本

本連載の第4回めでも取り上げた、福島聡「DAY DREAM BELIEVER」(講談社)が全2巻同時発売。昼は博物館の学芸員、夜は娼婦。そんな二重生活を送っていたヒロイン・日下部霞。古代の遺跡の土偶に記されていた紋様と同じ形のアザを持つ彼女に、怪しげな男が近づいていく。彼がいうには、カスミは何やら不思議な超能力を持っているらしいのだが。そしてこの男・依田、それからもう一人の能力者・比留間が手を組むことになり、3人で銀行を襲い、さらに物語はどこへとも知れず疾走していく。……といった感じのお話。連載時はラストがいまいちしっくりこなかったのだが、単行本でまとめて読むとこれがまた違った味わいがあって面白かった。まとめ読みすると、ある程度全体が把握できるため、現実と非現実の境目がどんどん曖昧になってクラクラするような読後感を与えてくれる。福島聡は、最近出てきた新鋭の中では技術的にトップランク。達者な絵柄だけでなく、キャラクターの表情作り、印象的な構図取り、そしてセリフ選びのセンスなどなど漫画的基礎力がとても高い。キャラの表情や場面場面の演出も多彩で、表現の幅も広い。ひとたびハマれば、すごいモノを描きそうな気配が濃厚に漂っている。現在は講談社のWeb漫画雑誌「e-manga」にて「G」という作品を連載中である。その立ち読み版を見るだけでも、高い技量のほどを伺い知ることができるだろう。

いい作品だなあとしみじみ感じ入るのが漆原友紀「蟲師」(講談社)。11月に待望の単行本1巻が発売となった。動物や植物といった進化の高位にあるものどもとは違い、より進化のおおもとに近い生命の原生体的なもの、「蟲」。それらが起こすさまざまな現象に対処することを生業とする「蟲師」の目を通して語られる、不思議な物語。日本のうっそうとした山奥の風景を描き上げる筆致はなんとも気持ちが良い。蟲の話から、自然の中に潜む素敵にミステリアスなものたち、それにまつわる切なくも美しい想いを丁寧に語っていく。大事に大事に読んでいきたい物語。

病的にかわいい絵柄を特徴とする水野純子の最新刊、「水野純子のヘンゼル&グレーテル」(光進社)は、フルカラーの描き下ろし単行本である。なんでも食べちゃう化物に操られた街の人々や両親を救うため、ちょいと乱暴なスケバン娘・グレーテルねえちゃんと、弱っちいけど声がやたらデカい弟のヘンゼルくんが大活躍するというお話。画面の隅々までかわいさが行きわたり、テンポの良いお話を軽やかに読ませる。

紺野キタ「ひみつのドミトリー 乙女は祈る」(ポプラ社)は、実に細やかに描かれた寄宿舎女学生物語である。この年代の少女たちの持つ、柔らかく清浄でキラキラとしたエッセンスを抽出し、濾過してガラスの入れ物の中に封じ込めたようなファンタジー。紺野キタの上品で不純物がまったく感じられない作画、そして物語は、読む者を暖かく包み込んでくれる。

唐沢なをき「カスミ伝Δ」1巻(講談社)は、「マガジンZ」(講談社)で久々に復活した「カスミ伝」シリーズの最新作である。このシリーズは唐沢なをきお得意の実験漫画ギャグネタの集大成的な作品で、少年キャプテン→コミックビーム(アスキーコミック)→マガジンZと、何度も復活しながら10年以上に渡って描き続けれられている。今回の△は、今までに比べるとちと意外性の面でもの足りないかなとか思ってしまったが、もっともっとすごいのが出てくることを期待してまた読み続けてしまうのだった。

それからチクマ秀版社から「坂口尚短編集」が刊行され始めたのもうれしい話題。「石の花」「あっかんべェ一休」などで知られる坂口尚だが、ペンタッチの美しさ、構図取りの巧みさなどは今読み返してみてもシビれるほどにレベルが高い。第1弾となった「午后の風」はメルヘンチックなお話が多い。こなれていて洗練されていて、ときに強く、ときに繊細。かなり前の作品も含まれているが、技量的には現在の一線級の作家たちと比べてもなんら見劣りすることはない。改めてその力量にうならされる。


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