漫画的男子しばたの生涯一読者
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漫画的男子しばたの生涯一読者

■8月の日射しに負けぬ注目単行本たち

・古屋兎丸「Wsamarus 2001」(イースト・プレス)

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『Wsamarus 2001』
(c)古屋兎丸

古屋兎丸が各所で描いた、読切、ショート、イラストなどなどを収録した作品集。今回の単行本は、パロディ、ホラー、そしてストーリーものといった具合で内容は多岐にわたっている。こうしていろいろ読むと、古屋兎丸の守備範囲の広さを改めて思い知らされる。現代美術方面のエッセンスを持ちつつ、それがあまり意識させない程度に漫画表現の中に溶け込んでいる。精緻に作り込まれた作風からは、熟練した職工の技といった雰囲気さえ感じられる。この作品集の中では「Super FEEL」(祥伝社)掲載の「いちばんきれいな水」「サチといった海」の清らかさにとくに感動させられたが、それ以外の作品もそれぞれに持ち味があって素晴らしい。バラエティに富んだ作品がバランス良く配置されていて、とても完成度の高い一冊に仕上がっている。何度も何度も眺めては、そのたびに感嘆するであろう本。

・真鍋昌平「スマグラー」(講談社)

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『スマグラー』
(c)真鍋昌平

雑誌(アフタヌーン)掲載時から骨太な作風は目を惹くものがあったが、単行本でまとめ読みするとこれがまたえらく面白い作品であったことに気づく。役者志望といいながら中途半端なままふらふらしていた青年が、とても払いきれないような借金を抱えてしまい、ヤバいバイト先へと送り込まれる。彼は、武骨で鬼気迫る凄みを持った男が運転するトラックに乗り込み、もう一人中年の小男と3人で、殺し屋に惨殺されたヤクザの親分の死体を運搬させられる。その後、この殺し屋を巡って事態は急展開。甘ちゃんだった主人公も、命を賭けた一世一代の大バクチをすることになる。この作品で目立つのは、キャラクターたちの強烈な個性。トラックを運転する男や殺し屋には、どんな修羅場をわたってきたのか想像もできないような迫力がある。冷酷極まる非人間的な雰囲気さえ漂わせる目つきにはゾクリとさせられる。そして、後半に繰り広げられるギリギリのドラマは、腹にドスンとくるハードな読みごたえがある。しかも全体を通して見れば一人の青年が男へと変わる成長ドラマにもなっていて、読後感は良い。初単行本ながら、今どき珍しいくらい土性骨が据わった作品である。今後にも期待できそう。

・田中ユタカ「愛人[AI-REN]」2巻(白泉社)

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『愛人[AI-REN]』
2巻
(c)田中ユタカ

死を目前に控えた者のみが所有を許される人造遺伝子人間「AI-REN」。一人で生きそして死んでいくことの重みに耐えかねた少年イクルが、AI-RENを申請する。彼はそのAI-RENの少女に「あい」と名付け、二人の生活が始まった……といった感じでスタートした物語。AI-RENを申請するということで当然イクルは余命いくばくもない。そしてAI-RENの活動可能時間は短くあいもやがては死んでいく運命にある。そんな短い生を精一杯輝かせようと、お互いを愛しながら生きていく二人の姿は、その生活が幸せに満ちれば満ちるほど、切なく胸に迫ってくる。この2巻では伏線的なこともだいぶ語られてきてはいるが、基本的にはあくまで二人の生活が物語の中心。単行本裏表紙の「まだ、生きてます 愛しい人と一緒です。」といった言葉の一つひとつに泣かされてしまう。キラキラとした輝きに満ちた田中ユタカの作画が、キャラクターたちに対する愛しさを増幅させ、やがてくるであろう喪失の影をくっきりと際立たせている。人の生と死、愛を真っ正面から描いた傑作……などという紋切り型の文句では語り尽くせないほどに、胸に染み込んでくる物語である。

・志村貴子「敷居の住人」4巻(エンターブレイン)

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『敷居の住人』4巻
(c)志村貴子

「コミックビーム」掲載作品の中でも好調ぶりが際立っている作品。基本的に、こぎれいなルックスをした小生意気な小僧と小娘のうだうだした青春模様を描くだけの漫画なのであるが、その素材を料理する手つきが実に鮮やか。かっこつけヒネてはいるけれどもやりたい盛りな少年と、それぞれの事情で彼を混乱させる女の子たち。心理描写が丁寧で、ときにはかなりに痛いところまでザクッと斬り込んでくる。しかし、陰鬱にはならない。いつまでもこいつらの生活を観察していたくなる、不思議な持続性のある魅力を持っている。少しずつ少しずつ、とてもコンスタントなぺースで、回を重ねるごとに面白みを増している。これだけ一定ぺースで右肩上がりな作品ってのも珍しい。1巻の時点ではまだごちゃごちゃしたところがあったんだけど、4巻に至った現在の洗練ぶりは見事というほかない。ぜひ全巻通しで読んでもらいたい。

・三原ミツカズ「DOLL」1巻(祥伝社)

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『DOLL』1巻
(c)三原ミツカズ

人間そっくりに作られたロボット「DOLL」の周囲で織り成される人間たちのドラマを一話完結形式で描いた物語なのだが、これが非常によく出来ている。ときには金持ちだけど孤独だったお嬢さま育ちの老婆に長年仕えた召し使いとして、ときには他人へのコンプレックスから完全な美へと逃避しようとする神経質な男の恋人として、DOLLは物語に登場する。ただし物語はあくまでDOLLを使う(作る)人々のドラマとして展開する。悲しい話も、皮肉な話も、そして幸せな話も、どれも絶妙なヒネリが利いていて鮮やかに物語がまとめあげられている。その完成度の高さは見事というほかない。


・早見純「ラブレターフロム彼方」(太田出版)

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『ラブレターフロム彼方』
(c)早見純

ここまで紹介してきた単行本とは打って変わって、この本は相当にクレイジーだ。冒頭の「純の暗い情熱」からして、電車の事故でバラバラになった女の足部分を発見して家に持ち帰り、それをオナニーに活用する足フェチ少年のお話だったりして強烈すぎるほどのインパクトを誇っている。女の子の陰部を切り取って持ち歩いている異常者だとか、女生徒を監禁して目鼻耳を針金で縫いつけて自分以外の者を知覚できないようにしてしまう教師だとか、とにかく登場人物たちの行動はエキセントリックだ。脳髄をひっかきまわして妄念を引きずり出す、自らのすべてをさらけ出すような作風は、最近の漫画界では滅多に見られるもんじゃない。毒性は非常に強いが、強烈なインパクトを味わってみたいという読者はぜひぜひチャレンジしてみるべし。早見純先生はホントにスゴいぞ。


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『地獄組の女』4巻
(c)SABE

・SABE「地獄組の女」4巻(久保書店)

この連載の4回めで第1巻について触れたが、8月発売分で最終巻。SABEらしいヤケっぱちでキレまくったキャラクターの行動がとても素晴らしい。ふらふらと当てどなく徘徊し続けた物語は、読者をぶん回し、登場キャラクターもろとも遠くにぴゅーっと投げ飛ばしてくれるようなラストへとなだれ込んだ。適当であるように見えて、奇妙なバランスがとれているようでもある、やたらめったら愉快な物語。4巻揃った今、ぜひチャレンジしてみてもらいたい。>>次頁

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