漫画的男子しばたの生涯一読者
TINAMIX
漫画的男子しばたの生涯一読者
しばたたかひろ

■吹き荒れたゲソピン旋風

8月の漫画界の一大イベントといえばもちろんコミケ。というわけでイベントレポートを……といきたいところなんだけど、筆者は行ってません。ごめんなさい。

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『キャラ者』
(c)江口寿史

で、話はまったく変わるが、7〜8月の漫画界をひそかに席巻していたキャラクターがある。イカのような身体で裃を着用、歯茎から血を流しているヘンテコな生物(?)だ。「コミックビーム」(エンターブレイン)9月号の上野顕太郎「夜は千の眼を持つ」では「ゲソピンくん」という名前で呼ばれていた。

漫画雑誌だけでなくSPA!、テレビブロスなど一般誌まで含めて、さまざまな雑誌、多数の作家の作品にお話の脈絡と関係なしにさりげなく登場していたので、気づいた人は「これはなんだ?」と思っていたかもしれない。作家サイドからの説明もなく、謎に包まれた存在だった。

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『夜は千の眼を持つ』(c)上野顕太郎

インターネットでもいろいろと話題になっていて、「ゲソピンくん(仮)目撃情報」などという情報募集用のWebページまで作られたほど。

ゲソピンくんが何かという真相については上記Webページに正解があったりするのだが、要するに作家間で夏期限定で行われたお遊びだったようだ。9月発売の雑誌でもちょこちょこ登場しているようなので、気をつけて探してみると面白いかもしれない。個人的には、雑誌への登場時期によって、作家間の人間関係などがかいま見えて面白いムーブメントだった。多数の作家が共謀して雑誌・出版社の枠を超えて何かをやってみたという意味においても、面白い試みだったように思う。今度は、キャラクターを登場させるだけでなく、そのつながりが意味を持つような実験とかやってみると楽しいかも。

■夏は増刊雑誌の季節!

8月は中旬にお盆休みが入るため、週刊雑誌の増刊号が盛んに発売される時期だ。本誌とは違った雰囲気の読切、新人の登用を見ることができ、漫画好きにとってはおいしい作品もけっこう多い。そんなわけで今回の雑誌ウォッチは、増刊枠モノで目についた雑誌を中心に見ていこう。

・増刊枠はいろいろおいしいゾ

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『ヤングマガジンKANSAI』講談社

3月に発売された第1号に引き続いて、ヤングマガジンの関西版、「ヤングマガジンKANSAI」夏号(講談社)が発売された。この中ではすぎむらしんいちの読切「でぶでば」の軽快さが光った。デブと出っ歯の女漫才コンビのしゃべくり漫画である。言葉中心で進められていくのに、きちんと読ませてしまうあたりはさすがワザ師すぎむらしんいちといった感じ。別冊ヤングマガジン連載の「闘破蛇烈伝DEI48」の番外編女版である前川かずお「闘美女烈伝RE-DEI69」は前号に引き続いての登場。69手を巡って少女が闘うセックスバトルもので、本編同様パワフルでやたらめったら馬鹿馬鹿しい展開に笑わされてしまう。これだけ徹底的に馬鹿をやってくれると痛快至極。

「アフタヌーンシーズン増刊」No.4 Summer(講談社)では、小原愼司「女神調書」、竹易てあし(沙村広明)「おひっこし」、鬼頭莫宏「華精荘に花を持って」といったアフタヌーン本誌でおなじみのメンツの違う一面が見れて楽しかった。久々登場、稲留正義「ヨガのプリンセス プリティーヨーガ」も力ずくなギャグが痛快。連載ものである漆原友紀「蟲師」シリーズも、入念な描き込みがなされた達者な作風で、また一つ腕を上げている。それ以外に新人の作品が充実していたのも大きい。松下賢吉「酔」は、それまで酒では誰にも負けないと思っていた男が、会社の飲み会でうわばみな女の先輩に負けて、そこから酒修行を始めるというお話。飲酒シーンの大げさな演出、そこに至るまでのもったいぶった説明などが非常にいい味を出していた。また、熊倉隆敏「もっけ」も読める作品。霊感の強い少女の、ちょっぴり恋めいたムードのある読後感爽やかな物語。キャラクターが親しみやすく、しっかり描き込まれた背景もなかなかに達者である。

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「アフタヌーンシーズン増刊」講談社
『酔』
(c)松下賢吉
『Manpuku!』
小学館
『名も無き民が踊る夜』(c)及川亜子

「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)の増刊「Manpuku!」は前号あたりからずいぶん面白くなってきている。今回の9/17増刊では、及川亜子「名も無き民が踊る夜」が目を惹いた。森で崖から落ちて負傷した殺し屋を、とある年配の男が助け、自宅の地下で療養させる。そして年配の男は殺し屋に自分の妻の殺害を依頼するが……といったお話。物語の終盤に意表を衝くどんでん返しが用意されており、そこまで持っていくまでの展開も含めて巧みな構成にうならされる。このほか、父を亡くした後、自分の前途について思い悩む少年の物語を、青臭く爽やかに描いた真木ヒロ「考える電車」もホロリとさせる秀作だった。あとManpuku!では「伝染るんです。」のかわうそと思しき動物「山田」が活躍する「山田シリーズ」もナンセンスで面白い。


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『モーニング新マグナム増刊』講談社
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『月と雲の間』
(c)岩館真理子

「モーニング新マグナム増刊」(講談社)も毎度クオリティが高い。今回チェックしたのは9/6 No.16。新鋭ながらすでに看板連載となりつつある、佐藤マコト「サトラレ」が早くも映画化決定したのにまずびっくり。このシリーズ、思考が他人にだだ洩れであるがさまざまな分野に天才的な才能を持ち、国家からの保護を受けている(本人にだけは保護しているということは伏せられている)「サトラレ」と呼ばれる人々をテーマにした作品なのだが、一話ごとの完成度が非常に高くとても読ませる作品になっている。その出来を考えれば、映画化したくなるのもうなずける話ではある。それから今号でとてもいい出来だったのが、岩館真理子「月と雲の間」。コンビニに「お月様くだしゃい」というわけの分からないことをいって現れたちっちゃな女の子を巡る物語。何やらいわくありげな可愛らしい存在の出現に初っぱなからお話に引き込まれるが、物語自体はふわふわとしてきっちりまとめあげようとする意識はたいへんに希薄である。ボケっぱなしでツッコミなし。「キララのキ」で見せたような強烈にかわいい子供を描く力と、天然ボケな魅力が絶妙なハーモニーを奏でている。それからタイム涼介「痴呆症ハチスケ」の最終回は泣ける物語に仕上がった。入れ歯を洗浄すると若い日の自分に変身してしまうボケ爺さん、ハチスケの物語。ハチスケの死と、彼の孫娘の想いにジーンとさせられた。


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『Bstreet』
ソニー・マガジンズ

それから「コミックバーズ」(ソニー・マガジンズ)の増刊的なA5平とじの単行本サイズの雑誌、「Bstreet」のVol.2も発売された。これはどちらかといえば探偵モノのアンソロジー本といったほうがいい。漫画執筆陣は冬目景、斉藤岬、東城和実、雁須磨子、亀井高秀、羽海野チカ、梶原にき、しまじ月室&Mar。丁寧で上品な絵柄をした、実力派が揃っている。バーズ本誌でも活躍中の冬目景、斉藤岬、東城和実といった顔ぶれのほか、CUTiE comicなどでも注目を集めつつある羽海野チカなど、粒が揃っている。各作家によって、探偵というモノに対するアプローチがいろいろ異なっているのも楽しい。

・なにげに元気だGOTTA

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『阿弖流為II世』
(c)高橋克彦
原哲夫

最近の少年誌で何気に注目しているのが「GOTTA」(小学館)である。小学館の少年誌のラインナップとしては、ちょうど「コロコロコミック」と「週刊少年サンデー」の間くらいに位置する雑誌なのだが、誌名どおりのごった煮感があって、なんだか非常に元気な誌面を創り出している。とくに作:高橋克彦+画:原哲夫「阿弖流為II世」は注目。宇宙からやってきた破壊神・坂上田村麻呂と聖なる守護神・阿弖流為が、現代を舞台に激突するという物語なのだが、強烈なハッタリの利いた展開に魅了されてしまう。軟弱な現代の若者などズバッと切り捨ててしまう豪胆さが実に痛快。また、松本零士「新宇宙戦艦ヤマト」は、「古代進32世」などというぶっ飛んだキャラクター設定はあるものの、今どき珍しい大風呂敷な宇宙漫画となっていてワクワクさせられる。宇宙に宇宙船がドーンと浮かんでいるだけの見開きをバンバン描いてくる人なんて、最近そういないぞ。それから10月号でスタートした土田世紀の新連載「ルート77」もいい雰囲気だ。「もう一つの尾崎豊物語…」というサブタイトルはともかくとして、中学校卒業後、プロレス一本で生きていくことを決意した少年3人組のガムシャラっぷりがうまく描けた、気持ちの良い青春漫画となっている。このところ週刊誌を中心に、読者層が高年齢化しつつある少年誌の中にあって、こういうやんちゃな誌面は新鮮に感じられる。

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『フラミンゴ』
三和出版

・さらばフラミンゴ!

本連載の2回めでお知らせしたが、SM系マニア向けエロ漫画雑誌として独自のポジションを築き上げていた「フラミンゴ」(三和出版)が8月発売の10月号をもってついに休刊した。スカトロやボンデージといった正統派なSMだけでなく、ちょっとほかではやれないようなギチギチに煮詰まった表現や、SF的要素のあるいっぷう変わった作品も意欲的に掲載していた雑誌だっただけに惜しまれるところ。ただ、10月12日には新雑誌「アイラ」(名称は仮)が創刊するとのこと。こちらがどの程度フラミンゴの路線を継承していくかは今のところ不明だが、後継誌ということで期待したい。>>次頁

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