・乙女チック以後
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[図4]『はとポッポが歌えれば』(c)荻岩睦美
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MTTの後に『りぼん』の看板を張ることになるのが、萩岩睦美、小椋冬美、高橋由佳利の3人である。私はHOTと呼んでいる。HOTはグラフ1・2では青の部分で表してある。1980年から1984年まで人気を誇っていることが解るだろう。このHOTは、MTT隆盛期には揃いも揃って逆転眼鏡っ娘マンガを描いていた(萩岩『はとポッポが歌えれば』[図4]、小椋『海よ遠い波の歌』[図5]、高橋『ねむり姫とお茶を』[図6])。これ自体、興味深い事実である。しかし、MTTに替わって『りぼん』の看板を張る1982年には、すでに「そんなキミが好きなんだ」マンガは卒業している。HOTの中で恋愛を主要なテーマにしていたのは小椋だけだったが、それもあからさまなコンプレックスを持った主人公が描かれることはなかった。
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[図5]『はとポッポが歌えれば』(c)荻岩睦美
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[図6]『はとポッポが歌えれば』 (c)荻岩睦美
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HOTに代わって1983〜1986年頃に主力になるのが池野恋、本田恵子となる。代表作は池野『ときめきトゥナイト』、本田『月の夜星の朝』だが、ここでもヒロインが明確なコンプレックスを持って登場することはなかった。むしろ誰にも愛されるかわいいキャラが主人公となっていた。1982年以降に眼鏡っ娘指数が激減したのは、そもそも少女に負の刻印を押し劣等感を持たせるというキャラクターづくりが行われないようになったことに起因するだろう。コンプレックスからの逆転が主題だった「そんなキミが好きなんだ」マンガは、このあたりで明らかに衰退している。1987年以降に人気が出るのが水沢めぐみ、柊あおいあたりになるが、ここでもヒロインが外見にコンプレックスを抱くことはなく、70年代的な負の刻印からの逆転というテーマはまったく見られなくなっている。ただし、水沢めぐみは1983年に『10月の冠の少女』[図7]、池野恋は1991年に『ヒロインになりたい』[図8]という逆転眼鏡っ娘マンガをそれぞれ描いている。柊あおい『星の瞳のシルエット』も、沙樹ちゃんのエピソードを逆転眼鏡っ娘に読むことができる[図9]。突発的に登場する逆転眼鏡っ娘マンガに関する位置づけは難しいが、暫定的に、個体発生は系統発生を繰り返す……とでもしておくしかない。
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↑[図7]『10月の冠の少女』 (c)水沢めぐみ
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↑[図8]『ヒロインになりたい』 (c)池野恋
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←[図9]『星の瞳のシルエット』 (c)柊あおい
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[図10]『おしゃべり階段』 (c)くらもちふさこ
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他の雑誌では、たとえば『別冊マーガレット』のくらもちふさこを例にとろう。1972年に逆転眼鏡っ娘マンガでデビューしたくらもちは、1975年にも逆転眼鏡っ娘マンガ『うるわしのメガネちゃん』[図10]を描いている。1978年の『おしゃべり階段』の主人公も、チビで天然パーマの劣等感を持っている。このあたりまでは「そんなキミが好きなんだ」の逆転パターンを踏襲していると言えよう。しかし、1980年には『いつもポケットにショパン』で「そんなキミが好きなんだ」パターンを脱する。『A-Girl』から『アンコールが3回』あたりでは、登場人物たちの劣等感の持ち方が複雑化し、単純な逆転図式では理解できなくなる。1987年には『タイムテーブル』[図11]という眼鏡っ娘マンガを描いているが、主人公のモーは、もはや眼鏡に劣等感を抱くことなどなかった。くらもちふさこの眼鏡の扱い方に、少女マンガ全体の眼鏡の位置づけの変化が集約的に顕れている。
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[図11]『タイムテーブル』 (c)くらもちふさこ
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[図12]『いこいの宿』 (c)高野文子
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要するに、1972年頃から発生した「そんなキミが好きなんだ」マンガは、1976〜1980年あたりまで隆盛を見せたものの、1982年頃には明らかに衰退している。橋本治が少女マンガは「そんなキミが好きなんだ」パターンだと喝破したのは1979年のことだった。その時点では、たしかにその観察は正しいと言える。しかし、その後3年ほどして少女マンガに構造的変化が起きた。1981年の高野文子の作品『いこいの宿』[図12]は、「そんなキミが好きなんだ」マンガを揶揄するようなパロディであり、乙女チックの衰退を予感させるものとなっている。
この1980年代初頭の変化は、いかなる原理で引き起こされたのか。<恋愛>の儀式として機能していた「告白」の位置づけの変化に注目しつつ、<恋愛>の展開形式の変化について検討しよう。>>次頁
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『はとポッポが歌えれば』 (c)萩岩睦美 『りぼん』1978年4月増刊号。
『海よ遠い波の歌』 (c)小椋冬美 『りぼん』1977年夏の増刊号。眼鏡っ娘の「だってわたしいじっぱりで素直じゃなくて」というセリフに、「いいよそれでも」と返事をするヒーローがかっこいい。
『ねむり姫とお茶を』 (c)高橋由佳利 『りぼん』1979年6月号。
すでに「そんなキミが好きなんだ」マンガは卒業している 小椋は1981年に『リップスティック・グラフィティ』、高橋は1982年に『プラスティック・ドール』、萩岩は1983年に『銀曜日のおとぎばなし』と、代表作を次々とヒットさせている。
池野恋 多くの作家の全盛期は4〜5年であり、引退したり高年齢向けの雑誌に移籍したりしている。その中で、『りぼん』では一条ゆかりと池野恋の息の長さは群を抜いている。
『10月の冠の少女』 (c)水沢めぐみ 『りぼん』1983年10月号。「ほんとうのじぶん」というセリフに、乙女チックの影響がうかがえる。
『ヒロインになりたい』 (c)池野恋 『りぼん』1991年1〜3月号。ただ、眼鏡をとって美人になって「これがあたし…?」と言っているのが、遺憾。池野恋は眼鏡っ娘を主役に据えたマンガは多くはないものの、『ときめきトゥナイト』で1話まるごと蘭世に眼鏡をかけさせたり、イラストで眼鏡っ娘をたくさんかくなど、一定の理解を示している。ビジュアルもたいへんかわいい。
『星の瞳のシルエット』 (c)柊あおい 『りぼん』1985年12月号〜1989年5月号。
『うるわしのメガネちゃん』 (c)くらもちふさこ 『別冊マーガレット』1975年9月号。ヒーローが言う「メガネ屋の娘が近眼かあ」や「ほんとうにメガネがきらい? さよならするのがさびしいんじゃない?」、「もってるよメガネ。レンズに淡いピンクの色入り」、「おれがメガネの似合う女性にあこがれるようになったわけがわかる?」などなど、痺れる眼鏡の言霊が続出の傑作。そして、「レンズの向こうはしあわせ色……」。
『タイムテーブル』 (c)くらもちふさこ 『別冊マーガレット』1987年4月号。洗練されたズレ眼鏡。さすがである。
1982年頃には明らかに衰退している 乙女チックが衰退した頃の田渕由美子の作品群が非常に興味深い。80年頃に一時表舞台から姿を消していた田渕は、1982年に復活する。田渕はその後、『りぼんオリジナル』の表紙を5枚、マンガを5作描いているが、表紙5枚のうち3枚が眼鏡っ娘、さらにマンガ5作のうち3作で眼鏡っ娘が主役を張っている。眼鏡っ娘率6割! このあまりの高密度ぶりに、眼鏡への強い意志を感じる。
『いこいの宿』 (c)高野文子 『ビッグコミックフォアレディ』1981年4月号。『絶対安全剃刀』所収。「今のままの君が一番さ」という乙女チック特有のセリフをはじめ、乙女チックの要素が全て茶化されている。わざと崩しているデッサンなど、さすがに並々ならぬ技量である。
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