No.93464

桜雨天風(おううあめのかぜ)その13〜差した光〜

華詩さん

どこかで起きていそうで、でも身近に遭遇する事のない出来事。限りなく現実味があり、どことなく非現実的な物語。そんな物語の中で様々な人々がおりなす人間模様ドラマ。

2009-09-04 20:38:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:731   閲覧ユーザー数:696

「無責任だな。」

 

 私の話を聞いた良司は一言そう言った。言われた瞬間、私の中にあった無数の小さな感情は花火のように広がっていき爆発していった。

 

 私はこの子を産みたい。誰の子なんて関係ない。私の子どもだから、ちゃんと生んであげたい。でも、誰もが生む事を否定した。子どもも私も絶対に幸せになれないって、無職の学生だって言うのわかっているよ。でもそんなもので消せるほど小さなことじゃない。

 

 確かに私には育てていくだけの経済力もなにもない。もし生めたとしても、その先に幸せは無い。お父さんとお母さんにも相談した。太一との事は、知らせてあった

 

 だから、おろす事を進められた。お母さんは、私の気持ちをわかっていたみたいだったけど言葉にはしなかった。世間体を考えていたんだろうな

 

 ただ一言「太ちゃんには知らせないの」っと言った。私はうなずいた。もう終わったこと。確かに責任っていったらアイツにも関係のある話だけど。関係をもったのは二人の責任。男にだけ責任を負わせるのは道理でもない。

 

 でもひとりで背負う事ができるものでもない。だから苦しんで苦しんで、お腹の赤ちゃんにゴメンナサイを何回もいって。

 そして罪悪感を常に感じながらも決めたんだそれを無責任だなんて

 

 そう思いながら、良司を睨みつけた。良司も私を睨んでいた。

 お互いの視線がぶつかったとき良司が言葉を続けた。

 

「なぁ文、確認したいんだけどいいかな。」

 

 私は良司の言葉に軽くうなずいた。

 

「文は最初ひとりで考えて答えを出した。」

 

 良司の問いにまた軽くうなずく

 

「で、次に亜輝に相談した。そこで生まない事を決めた?」

「生まない」良司が発したこの言葉に小さな痛みを感じながらうなずいた。

「それから両親にも相談して生まない気持ちを固めた。」

 

 ちくりと痛みが走った気がしたが同じようにうなずいた。このやりとりを見ていた亜輝が口を挟む。

 

「あんたね、さっき文が話した事聞いてなかったの」

 

 亜輝がものすごく怒っているのがわかった。それに対して良司は軽く答えた。

 

「亜輝。ちょっと黙っといてくれ」

 

 亜輝はそれっきり黙ってした。良司の視線が私の視線を貫くような錯覚から、私はまっすぐ良司を見る事ができなかった。未だ微かにゆれている心を落ちつかせ良司の問いに答えた。

 

「そうだよ。亜輝ちゃんに相談して、お父さんとお母さんに話して決めたの。」

 

 これが私にとって最良の選択で、私はそれを選んだ。揺れかけた心に芯を入れ直し、良司に伝えた。

 

「文、自分に正直になれよ。自分を騙してもいいことない。」

 

 良司の言葉が、私の中に深く突き刺さっていく今日の良司は嫌いだ、いつもはもっと優しい。

きつい事を言う時でも相手の事を考えた言い回しをする。本気で怒っている?もしかして呆れられた?

 

 さっきとは別の意味で私の中に波形が広がっていく。それを消そうと思い、勇気を出して良司の視線にあわせてみると、良司はいつもと同じすごく優しい顔をしていた。

 そして視線が合い少しだけ見つめ合う形になる

 

「まだ時間あるよな。もう少し考えろよ」

「あと、俺はおろす事に一切協力しない。もしするなら勝手にしてくれ。」

 

 そう言うと良司は自分の横に置いてある伝票を握って席を立った。

 

考える?何を?もう十分考えたよ。良司は私にまだ苦しめって言うの、

そう思い、席を離れていく良司の背中を眺めていたら、良司が振り返りこう言った。

 

「文、もし生むつもりなら俺は何でもしてやるよ。お前が望むままにさ。あとどちらに決めたにしても連絡はくれな。あっ佳織、帰るから会計たのむ」

 

 この時、私は一瞬、良司が何をいったのか理解出来なかった。良司は生んでも良いっていってくれた?本当に、誰も生んでいいよとは言ってくれなかった。選べない事もないけど無理って感じだった。

 

 

 そう私はもう一度、良司が昨日言ったこの言葉を聞きたかった。もう悩まない、支えてくれる人が一人でもいる限り。この子とともに生きる。

 

 インターホンの音が鳴った。時計を見る、電話してから15分ぐらいたっていた。まだなにも準備してないの、そんな事考えている場合ではない。そう思い、私は慌てて受話器をとる

 

「よう文、今ついた。ロック開けてくれ」

「わかった。ちょっと待っていてね」

 

私はボタンをおし良司をマンションの中に入れる。

数分後、ドアのチャイムがなり、鍵を開け良司を部屋に入れた。


 
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