「…う…ここは…」
多少のふらつきが残る中、意識を取り戻した俺は自分の状況を確認する。
普段より見ている光景が高いのと、揺れている事から、馬か何かに乗っているのは確か。
あれ、俺って馬乗った事ないよな…?それと先ほどから背中に感じる柔らかい感触は・・・
「起きたか、小童よ。気分が悪いとか無いか」
「…大丈夫です。助けて頂いてありがとうございます。それでその…この格好は…」
馬か何かに乗っているのと、運ばれているのは想像出来ていたからまだいい・・・
問題は運ばれ方だ
「あぁ、これか?気絶したお前を運ぶにはこうするしかなかったからな。居心地が悪いと思うが、そこは我慢してくれ」
『そんな事はない!凄く気持ちいいです!』と反射的に答えたくなった衝動を、寸前の所で押し止めた。
一般兵に担がれて運ばれるでもない、荷物のように馬に括り付けられているでもない、荷台に置かれて運ばれているでもない・・・・
華雄は自分の馬…細かく言えば自分の前に座らせ、落ちないようにもたれかからせ片腕で抱きしめている
後漢末期のこの時代に、鐙はまだ存在していない。ただでさえ不安定な姿勢なのに、意識の無い人間を座らせているのだ。振り落とさないように…姿勢を安定させるには、かなり密着させなければ無理な話だ
「どうした、表情が良くないぞ。やはり、私のような武一辺倒な者の体では無く、張遼のような女性的な体では無いとダメか」
「そんな事はないです!凄く柔らかくて安心出来ます!……ぁ」
華雄の言葉から、『驍将』『遼来来』と恐れられた張遼も女性という事と、華雄よりもスタイルがいいのは伺える。そんな張遼という女性と比べたら自分の体は…と卑下する華雄に対して、何も言わない訳にはいかなかった…というのは半分で、先ほど堪えた台詞が思わず出てしまったのが半分・・・
「そ、そうか。董卓様や張遼は言われ慣れているだろうが、私は面と言われるのは始めてでな。意外とくすぐったいモノだ。貴重な体験が出来た、礼を言うぞ」
「いえ・・・こちらこそ、変な事を口走りました・・・。ところで、なんで見ず知らずの自分を助けてくれたのですか」
華雄は質問に対し、なんだそんな事か…と呟いた後に問いに答える
「私は董卓様に仕える将だ。そんな董卓様の願いは民の平穏。ならば…私はすべての武を以って董卓様の願いを叶えるのが私の役目。董卓様の治める領内に蔓延る敵は蹴散らし民を護る!それが見ず知らずの者だろうが関係ない!」
言葉の節々から感じる意思の重さ…これが武人か…
陳腐な言葉でしか言い表す事しか出来ない。自分は自分の生き方に誇りを持てるだろうか、覚悟を持てるだろうか・・・少なくとも、この時代に来なければ、こんな考えは抱く事は無かった。
『時代が違うから価値観・生き方も違う』
この言葉で片づけてしまうのは簡単だが、それで自分を納得させたくないと思ってしまった
「そういえば、私の事ばかりでお前の事を聞いてなかったな。名を教えてくれぬか、いつまでもお前と言うのも、おかしな話だしな」
「あ…申し遅れました。俺の名前は北郷一刀です」
「この辺りでは聞き馴染みが無い名だ。姓が北、名が郷、字が一刀で合ってるか?」
「いえ、字って習慣が無い地域で育ちましたので、姓が北郷で名が一刀です」
俺に字が無いと伝えた瞬間、華雄さんは『そうか、そうか、北郷も字が無いのか!』と嬉しそうにしている
字があるのが一般的であり、字を持たない華雄さんは少数なのだとか・・・そんな少数の俺と出会えてシンパシーを感じているみたいだ。
「……華雄」
華雄さんと色々話しながら道中を進んでいると、赤い髪の少女が現れて華雄さんに話しかけてきた。
「呂布では無いか。お前も賈詡に駆り出されたのか」
「…華雄が戻って来ないから…恋も行って来いって言われた」
「む、それはすまなかった。流れ星が落ちた場所にはすぐ行ったのだが、そこで賊と遭遇してな。余計な時間を食ってしまった。連れている男は賊から保護してな、名を北郷一刀という。私と同じで字がない不思議な男だ」
「あ、北郷一刀です。華雄さんに危ない所を助けてもらいました」
「…北郷…一刀……うん、覚えた」
華雄さんからの話しの流れでついつい自己紹介しちゃったけど…名前覚えられちゃったよ!
俺の名をゆっくりと呟くこ女の子に…天下無双・鬼神・人中の呂布と歴史にその名を刻んだ『呂布奉先』にだよ?!
本当に、この世界はどうなってるんだ…華雄さんと呂布さんが女性だったり…時代は後漢末期で間違いないだろうが、俺の知ってる過去とは別世界…SF小説で見かけるパラレルワールドってやつなのか…
「現代で生活してて、いきなりマジ顔でこんな事言い始めたら……かなり痛い奴だよな」
そんな考えに浸っていると、クイクイと裾を引かれる。引かれた方を見てみると、呂布と呼ばれた少女が俺の顔をジッと見つめていた。見つめる人物の性質を見通すような・・・赤い瞳で
しばらくの間、俺と呂布さんは無言で見つめ合っていたが、ふと呂布さんの口が開いた
「…呂布、字は奉先…真名は恋」
「ほう、呂布が初対面の…しかも男に真名を預けたか。益々興味深い男だな」
ん…いま呂布さんが教えてくれた…『真名』ってなんだ?
華雄さんの口ぶりからして、『真名』というのは気軽に呼んじゃいけないのは何となく伝わった。
この時代特有の風習だったりした場合、知らずに言ってしまうのは危険すぎるし…確認しておくのが無難か
「あの…姓・名・字は解るのですが……真名って何ですか?」
「真名は…その人が呼んでいいと許さないと、呼んじゃダメな名前。許されてないのに呼んだら…殺されても文句は言えない」
「そういう事だ。呂布の説明に付け加えるならば、例えその人物の『真名』を知っていたとしても、呼んではいけない。『真名』というのは、魂の半分のようなものだからな。だからこそ、呂布が初対面の北郷に真名を許したのが驚きでな」
…真名って初見殺しすぎないか?!
華雄さんと呂布さんの場合は、真名の前に名乗ってくれたから問題なかったけど…これが真名で呼び合ってる人達と先に出会って、真名を本名だと思い込んで呼んでと思うと…やばい、背筋に嫌な汗が・・・
「そんな大事な真名を…呂布さんはなんで俺に教えてくれたの?」
真名って風習をまだ理解しきれてないけど…信頼関係を築いた人同士が呼び合う名前だとして、なんで真名を教えてくれたのかが解らない。そんな疑問を持った俺の事に、呂布さん…恋が答えてくれた
「北郷は暖かい…目が合った時から心がポカポカする…だから預けた」
「呂布は人物の心を推し量る事が出来る。そんな呂布だからこそ、北郷は信頼に足る男だと感じたのかもしれないな」
俺は直感で物事を推し量る事は出来ないけど…俺の事を暖かいと言ってくれた恋の事を…
馬を近づけて俺に身を寄せてくれている恋の信頼を裏切りたくない…そう素直に思えた
「真名を預けてくれてありがと。これからよろしくね”恋”」
「………♪」
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前回で伝え忘れてしまいましたが、これはとある方と「一刀が董卓陣営に拾われたらどうなってたかな?」という語らないで作ってみた作品になります
董卓陣営に加え、何進(傾)何太合(瑞姫)+一刀で進めてみようかなと思ってます