2日前――――
~トリスタ駅~
「……お騒がせしました。その、わざわざベッドの用意までして頂いて……」
リィン達に見送られようとしているエリゼは頭を下げた
「ううん、気にしないで。ウチのメイドにかかればそのくらいは朝飯前だし。」
「ふふっ、シャロンさんですし。」
アリサの言葉にエマは苦笑し
「確かにエリゼ君が泊まるのがわかっていたような準備の良さだったな。」
「はは……確かに。」
マキアスの言葉にリィンは頷いた。
「兄様……やっぱりまだお身体の調子が?」
「いや、ちょっと筋肉痛がするっていうだけさ。老師の修行に比べればこのくらいは軽いもんだ。」
「で、でも……」
リィンの答えを聞いても心配がなくならないエリゼは心配そうな表情でリィンを見つめたが
「――――筋肉のスジを痛めた様子も見られない。」
「2、3日あれば完全に回復できると思う。」
「そ、そうですか……でも、私があんな場所に迂闊に入ったりしなければ……」
ラウラとフィーの補足に安心したエリゼだったが自分が原因である事を思い出して申し訳無さそうな表情をし
「…………あ………………」
エリゼが危険な目にあった本当の理由を知っていたエマは辛そうな表情をした。
「はは、それについても元々はリィンが原因だしね。」
「ま、女心もわかっていないツケね。」
「フン、朴念仁なのも大概にしろということだな。」
「いや、そうだけどさ……何だか集中砲火を受けている気分なんだが。」
エリオットやアリサ、ユーシスの指摘に頷いたリィンは疲れた表情で呟いた。
「まあ、今回ばかりは仕方ないだろう。」
「フフ、これを教訓にせいぜい妹孝行をしなさい。」
「ああもう……!わかった、わかりました!」
そしてガイウスやサラ教官に指摘されたリィンは疲れた表情で肩を落とした。
(うふふ、それと一日でも早くエリゼお姉さんを一人のレディとして見るように努力する事ね♪なんせリィンお兄さんはエリゼお姉さんのレディとしてとっても大切なものをたくさん奪ったんだもの♪責任を取らないと、エリゼお姉さんもそうだけど、二人のパパとママも悲しむでしょうね♪)
(ぐっ……!というか元はと言えば全部レンのせいだろうが!?)
更にレンに小声で指摘されると責めるような目でレンを見つめたが
(レンはあくまでリィンお兄さんへの想いでずっと悩んでいたエリゼお姉さんの背中を”ちょっとだけ強めに”押してあげただけよ?その事を考えればエリゼお姉さんはレンにそこまでされた時躊躇いなく動く程”エリゼお姉さんの心が追い詰められていた”って事になるのがわからないのかしら?)
(うっ…………!)
レンの正論を聞き、妹が媚薬を使ってでも自分と結ばれたいと思っていた程心が追い詰められていた事に返す言葉がなく、唸り声を上げた。
「ふふっ……」
「……やれやれ。」
「……とにかくよかった。」
リィンの様子を見たエリゼは微笑み、フィーは呆れ、ラウラは安堵の表情をした。
「それにしても……結局、あの甲冑は何だったんだ?あの巨大な赤い扉もそうだが……」
「……そうだな。」
「僕達が探索した直後に出現した”赤い扉”……そしてエリゼちゃんの目の前に現れた巨大な甲冑か……」
ある事を思い出したマキアスの疑問にリィンとエリオットはそれぞれ頷いてその時の状況を思い返した。
「何か不思議な”声”が扉から聞こえてきたのよね?」
「はい……『第四拘束』『起動者』『第一の試し』……そういった断片的な言葉しか覚えていないんですが……」
「いや、あの状況でそこまで覚えているだけでも大したものだ。」
「……やっぱり”何か”があの遺跡にはあるんでしょうか。」
アリサの疑問に答えたエリゼの話を聞いたラウラとエマはそれぞれ考え込んだ。
「ま、その可能性は高いわね。旧校舎だけど……今後は入らない方がいいかもね。」
「えっ……!?」
「どういう事ですか!?」
サラ教官の考えを知ったエリオットとマキアスは声を上げてリィン達と共にサラ教官を見つめた。
「あそこを君達に紹介したのはいい訓練の場になると思ったからよ。謎のエレベーターに加えて今回みたいな異常が起きたとなれば正直、担任教官としては勧められないわ。学院長も君達への調査の依頼を取り消そうと考えているみたいだし。」
「それは………………」
「……………………」
サラ教官の説明を聞いたリィンは複雑そうな表情をし、エマは目を閉じて考え込み
「ま、サラお姉さんの言う事もわからなくはないけど、レンは”別の意味”であの旧校舎は危険だと思うわよ。」
「へ………べ、”別の意味”ってどういう事だ?」
レンの指摘を聞いたマキアスは呆けた後不思議そうな表情で訊ねた。
「”施錠したはずの旧校舎の扉が何故か開いていた”件よ。旧校舎の扉を開け閉めしている人物は旧校舎を訓練所として利用しているレン達”Ⅶ組”だけのはずよ。」
「そ、そう言えば………」
「確か最後に探索した時はちゃんと施錠したし、施錠した所は私達も確認して学院長に鍵を返したわよね……?」
「学院長が開けて閉め忘れたという事も考えにくいしな………」
レンの説明を聞いたエリオットは目を丸くし、アリサは不安そうな表情で考え込み、ガイウスは静かな表情で考え込んでいた。
「施錠したはずの鍵が開いていた理由も気になるけど、もっと危険なのは施錠しても旧校舎の中同様”謎の理由”で勝手に鍵が開いて、旧校舎にいる魔獣達が旧校舎から外に出てくる事よ。」
「それは…………」
「フン、洒落になっていないぞ。」
レンの推測を聞いたリィンは真剣な表情をし、ユーシスは鼻を鳴らして呟いた。
「え、えっと……その……鍵の件については大丈夫だと思います。恐らく最後の施錠の時施錠が甘くてちゃんと鍵がかからなかったかもしれませんし……それに魔獣達が徘徊している下層に行くにはエレベーターのみですから、そのエレベーターは私達が入って操作するまで常に地上で待機しているのですから、徘徊している魔獣達が地上に迷い込む事はないと思います。」
「確かにそうだな………」
「次からはちゃんと鍵がかかっているかみんなで念入りに確認すべきね。」
「うふふ、それもそうね。」
エマの説明を聞いたマキアスとアリサが納得している中レンは意味ありげな笑みを浮かべてエマを見つめ
「えっと……レンちゃん、そこでどうして私を見るのかしら……?」
レンに見つめられたエマは冷や汗をかきながら訊ねた。するとその時レンはエマに近づき
(黒猫さんに伝えておいて。エリゼお姉さんの時のように次に何らかの目的の為に一般人を巻き込むような事をしたら、魔獣より害がある獣と判断してレンが退治しちゃうからおイタな事は今回限りにしておきなさいよ、”魔女の眷属(ヘクセンブリード)”さんって♪)
「ッ!?レンちゃんはどこまで”私達”の事を知って―――いえ、何故知っているのですか……!?」
レンに小声である事を囁かれると血相を変えてレンを見つめて声を上げた。
「エマ?どうしたの?」
その様子に気づいたリィン達が不思議そうな表情でエマを見つめている中アリサがリィン達を代表して訊ねたが
「い、いえ……レンちゃんが私とセリーヌの関係を知っている事に驚いてつい、声をあげてしまって……ア、アハハ……」
エマは冷や汗を滝のように流しながら苦笑して答えを誤魔化した。
「セリーヌ………ああ、委員長と仲が良い街や学院をうろついている野良の黒猫か。」
「黒猫……そう言えば、私が旧校舎に迷い込んだあの時も黒猫を旧校舎の中に見かけましたけど……」
エマの話を聞いたリィンとエリゼはそれぞれある事を思い出し
「え、えっと……エリゼさんが見かけたその猫が恐らくセリーヌです。あの子、色んな所に潜り込む癖がありますので……!」
二人の話を聞いたエマは焦った様子で言い訳をしていた。
「フン、旧校舎に潜り込んでいると言えば、全員がリィンの妹を探している中お前だけ旧校舎に潜んでいた事の理由についてまだ説明してもらっていないのだがな。」
「そ、そう言えば……確かエリゼちゃんがエレベーターに乗った時に旧校舎内に隠れていたレンがエレベーターに飛び乗ったお陰でエリゼちゃんはあの赤い甲冑に襲われなくてすんだって話だったよね?」
疑惑の目でレンを見つめるユーシスの話を聞いてある事を思い出したエリオットは目を丸くしてレンを見つめた。
「レンは万が一エリゼお姉さんがトリスタや学院内で最も危険な場所――――地下に魔獣が徘徊している旧校舎に迷い込んだ時の事を考えて最初に旧校舎を調べて、調べた時に鍵が何故か開いていたから念の為にエリゼお姉さんが見つかったって連絡が来るまで旧校舎内で待機していたのよ。」
「なるほど………」
「でも、それだったらエリゼがエレベーターに乗る前にエリゼが地下に行かないように止められたんじゃないの?」
レンの説明を聞いたガイウスが納得している中アリサは不思議そうな表情で訊ねた。
「うふふ、エリゼお姉さんに大事なかったのだから細かい事は気にしなくていいじゃない♪」
「こ、細かい事か……?」
「ハハ……まあ、実際レンが旧校舎内に待機してくれたお陰でレンがいち早くエリゼを助けに来てくれたから別にいいじゃないか。」
「はい……レンさん、あの時は本当にありがとうございました……」
笑顔で答えを誤魔化したレンの答えを聞いたクラスメイト達が冷や汗をかいて表情を引き攣らせている中、マキアスは疲れた表情で指摘し、リィンは苦笑し、エリゼはレンを見つめて感謝の言葉を述べた。
「話を戻すけど鍵の件も含めて旧校舎の出入りはしばらくすべきじゃないかもしれないわね。」
そしてサラ教官が話を戻したその時
「……わたしは反対。」
フィーは静かな表情で反論した。
「フィー?」
「実戦のカンを維持するには最適な場所。それに、チームの連携を養うのにも向いてると思う。」
「ああ……私が言うのも何だがそれは間違いないと思う。」
「どうやら”戦術リンク”も効果的に働くようだしな……」
「ああ、そういった働きのある”風”が吹いている気はする。」
「危ないのはともかく……心残りはあるかなぁ。」
「そうね、こうなったら謎は突き止めてみたいわね。」
「……同感です。」
「ま、鍵の施錠を今後全員でちゃんと確認するんだったら、レンも別にいいと思うわよ。」
「みんな……―――俺も同じです。どうか、教官から学院長に掛け合ってもらえませんか?」
フィーの意見に次々賛同するクラスメイト達の様子にリィンは驚いた後サラ教官を見つめた。
「ふふ………やれやれ。―――仕方ない。君達の好きにしなさい。学院長の方は説得しておくわ。ただし、今後何かあったらすぐにあたし達に報告すること!」
「はいっ!」
そしてサラ教官の指示にリィン達は力強く頷いた。
「―――兄様。やっぱり私、納得行きません。」
「エリゼ……?」
「家督を継がないことも、そのために士官学院に入学したという事も……そして、それ以上に兄様はまだ迷っている……自分の道を見失っている。――――そうではありませんか?」
「…………………………ああ…………そうだな。だが、”今回”は……自分自身を取り戻すことができた。多分、この学院に入ってから少しずつ前に進めているからだと思う。俺なりのペースで……みんなと一緒に協力しながら。」
エリゼに問いかけられたリィンは静かに頷いて答えた。
「リィン……」
「……えへへ……」
「ふふっ………」
「父さんや母さん、もちろんエリゼにも納得してもらえる答えを出すつもりだ。だから……歯がゆいかもしれないけどしばらく見守っていて欲しい。不甲斐ない兄で申し訳ないけどさ。」
「兄様………」
リィンは自身の決意をエリゼに伝えたが
(クスクス、その答えの中には当然エリゼお姉さんをリィンお兄さんのお嫁さんにする事は入っているのよね?何せ、リィンお兄さんはエリゼお姉さんのファーストキスどころか処女(ヴァージン)まで奪っちゃったし、しかもエリゼお姉さんに将来リィンお兄さんのお嫁さんにしてくれって頼んだ時、”責任を取る”―――つまりエリゼお姉さんと結婚する事を了承したのでしょう?)
(うっ……!)
(レ、レンさん………)
自分とエリゼの間に来たレンに囁かれると唸り声を上げて疲れた表情になり、レンの囁きが聞こえていたエリゼは嬉しそうな表情で頬を赤らめた。するとその時放送が入った。
まもなく2番ホームに帝都行き旅客列車が到着します。ご利用の方は、連絡階段を渡ったホームにてお待ちください。
「あ…………」
放送を聞いたエリゼは寂しそうな表情をした。するとリィンがエリゼに近づいてエリゼの頭を優しく撫でた。
「に、兄様……!?」
「―――近いんだし、すぐにまた会う機会はあるさ。話の続きはその時すればいい。」
「あ……わかりました。絶対ですからね……!」
そしてエリゼはリィン達に見送られ、列車に乗ってトリスタから去って行った。
~現在・トールズ士官学院・グラウンド~
「うーん、でもリィンってかなりのシスコンだったんだね。エリゼちゃんの方はブラコン以上って感じだったけど。」
「う”っ。」
「クスクス♪」
エリオットの指摘でレンに焚き付けられたとはいえ、エリゼに純潔を奉げられた夜を思い出したリィンは唸って冷や汗をかいて表情を引き攣らせ、その様子を見ていたレンはからかいの表情になった。
「(アハハ、さすがにシスコンだけあって、エリゼちゃんの事に関しての自覚はあるんだ。)えっと、彼女達は15歳だっけ。貴族の人って16歳がデビューって聞いたけど。」
「ああ、エリゼも来年、社交界入りをするはずだ。――――ただ、生半可な貴族の男性が声をかけてくるかどうかで心配なんだよな……」
(アハハ、こんなに凄いシスコンは初めて見たな。)
(うー……何で妹の恋心はわかる癖に、他の女の子の恋心はわからないのよ…………)
(フフ…………)
自分の疑問に答えたリィンの話を聞いたエリオットは苦笑し、二人の話を聞いて疲れた表情で肩を落とすアリサの様子をエマは微笑ましそうに見つめていた。するとその時サラ教官が手を叩いてリィン達を注目させた。
「―――実技テストは以上!それじゃあ、今週末に行ってもらう”実習地”を発表するわよ。」
「フン……来たか。」
「むむっ、今月は……」
そしてサラ教官はリィン達に”特別実習”のメンバー表を配った。
7月特別実習
A班:リィン、ラウラ、フィー、マキアス、エリオット、レン
(実習地:帝都ヘイムダル)
B班:アリサ、エマ、ユーシス、ガイウス
(実習地:帝都ヘイムダル)
「これって……」
「あら、どちらの班も”帝都”が実習先なんですね。」
実習先が同じである事に気付いたリィンとエマは目を丸くした。
「ふむ、二つの班で手分けするという事だろうか?」
「まあ、ものすごく大きな街だしそうなるのが自然だけど……」
ガイウスの疑問に答えたアリサはチラリとラウラとフィー、レンを見つめ
「「………………………」」
「うふふ、中々興味深いメンバーね♪」
ラウラとフィーは黙り込み、レンは小悪魔な笑みを浮かべていた。
「班の構成はともかくまさか帝都が実習先とは……」
「僕とマキアスにとったらホームグラウンドではあるよね。でもそっか…………夏至祭の時に帝都にいられるんだ。」
マキアスの言葉に頷いたエリオットは静かな笑みを浮かべた。
「…………―――サラ教官。」
一方班のメンバーを見つめて黙り込んだリィンはジト目でサラ教官を見つめ
「何かしら、リィン君?」
サラ教官は笑顔で答えた。
「君付けはやめてください。実習先と班分けには別に不満はないんですが……先々月の班分けといい、なんかダシに使われていませんか?」
「確かに…………」
「フッ、バリアハートの時同様露骨な班分けだな。」
「しかも10人とちょうど半分で分けられる偶数の人数なんだから普通に考えたら5人で分けるのに、A班は6人だものね……」
リィンの指摘にアリサは冷や汗をかいて頷き、ユーシスは静かな笑みを浮かべ、エリオットは冷や汗をかいて10人と半分で割れる人数であるにも関わらず自分達の班が多い理由がラウラとフィー、レンの3人である事を悟っていた為冷や汗をかいてラウラ達に視線を向けた。
「~~~~~♪~~~…………」
一方リィンに見つめられたサラ教官は二人から視線を外してわざとらしく口笛を吹いて答えを誤魔化し、その様子を見たアリサ達は冷や汗をかいて呆れ
「―――口笛を吹いてごまかさないでください!」
リィンはジト目でサラ教官を見つめて指摘した。
こうして……ラウラとフィーが互いに壁を作り、更にラウラがレンに対しても何か思う所がある状態が治らない中、ついに”特別実習日”が来た――――!
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第112話