No.85592

夕陽の向こうにみえるモノ 間奏 『幻惑』

バグさん

内容はキャラ説明に近いですね。なんとなく世界観を補完している感も有ります。

2009-07-20 22:16:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:699   閲覧ユーザー数:681

 形梨光恵は普通の人間では無い。

少し崩したボブカットに、何処に視線を合わせているのか判らない眼、体型は標準で、日常的な何かに特技を持っているわけでは無い。それだけでは、どう考えても普通の人間だった。

しかし、光恵はとある組織の構成員であり、尋常では無い力を行使して、目的を達成する、あるいは対象を保護する、もしくは何かを破壊する。

そうした人間だ。それを普通の人間と評する社会ならば、天使がラッパを鳴らす日も近いだろう。それによる勝利など有り得ない終末だ。

だが、光恵がそんな事を漏らすと、彼女は否定するのだ。

「実際的にとか、心の有り様とか、それを肯定したり否定したりする言葉は色々有るけど、光恵ちゃんは普通の人間では無いのかしら。…………そう思うわ」

 

そして、彼女は光恵の髪を少し撫でるのだ。彼女の、唯一無二とも言える友人にするのと同じ様に、しかし、少しだけ心を離して。だが、それを悔しいと感じる事は無い。その距離が最も心地良いのだ。光恵は、自分如きが彼女の心を占めてしまう可能性について、ある意味恐怖していた。

尊敬していたからだ。自分の如き卑小な生き物に、捕らわれる事無く世界を歩んで欲しい。光恵は、そう思っていた。

だから、彼女の護衛役として、光恵が同高校に派遣されたのは、青天の霹靂だった。

これまでは、遠くから顔を視るくらいの関係だった。中学生くらいの年齢時、光恵は日本では無く、外国で任務をこなしていた。彼女は日本の中学に通っていたが、組織において、ここまで自由が許される人間に、光恵は衝撃を受けた。詰まる所、自由とは力であり、組織内の力関係は自由度が決定すると言っても過言では無い。組織内の重要な会議で発言権を持っている事からしても(人づてに聞いた話だし、彼女は一度も会議に出席していないらしいが)、組織内において、彼女がいかに強い立場にいるか、それは明白だった。

彼女の年齢は、自分とほとんど変わらなかった。

それが、彼女に憧れを抱いた最大の理由であるのかもしれない。自分よりも遥かに優れた人間というものには、妬みは浮かばないのだと知った。…………初めて彼女を前にした時、そう思った。

それ以来、光恵は彼女に憧れ、あるいは畏怖していた。護衛役としての任務を与えられたのは誇らしかったが(どうやら、歳が近いというのが、選任において決定的だったらしい)、同時に今までに無い恐怖感を覚えた。

その恐怖感については先ほど述べた。あまりにも小さすぎる自分に、しかし彼女は友人のそれと変わらない態度で接してくる。好ましいことでは有るが、恐れ多かった。彼女のためなら何度でも死ねるし、あるいは殺す。フィクションの中に存在する、王と騎士の様な関係だと思っていた。だから、王から親しみの言葉を与えられるのは感激の極みであると同時に、嫌な汗が流れるのだ。彼女の心地良い香り、あるいは静寂を保ちつつ喧騒を助長する様な声、花を労わる様な強さを持った手。それらは全て、光恵を誇らしくさせた。そして、その裏返しとして、やはり恐ろしいのだ。

…………護衛役として派遣されたわけであるが、果たしてそれが本当に必要なのかは判らない。

彼女に直接的な戦闘能力は無いと言われているが、失われた技法である魔術を少々操る事が出来る、とか他にも様々な特殊技能を持ち合わせているのだとか、そういう噂を良く聞く。…………光恵のアンテナが、彼女の方へ向いているために良く聞こえてしまうだけかもしれないが。

彼女の能力は極一部の者しか知らないために、彼女の特別性と合わせて、謎が生まれるのだろう。謎は噂を呼び、あるいはそれが真実であってもなんら不思議ではない器が有る。

組織にとって、光恵は使いづらい護衛で有るかも知れない。護衛を務めるものの最大条件は、結局のところ、護衛対象をどれほど好ましく捉えられるか、だ。しかし、それは護衛対象に従属することを意味しない。あくまでもギブ&テイクが前提としてそれは確立するからだ。

だから、組織は、組織以外の何かに対し、忠誠に近い感情を抱く光恵に、何らか含むところがあるかもしれない。

それは恐ろしい結果に繋がるだろう。

だが、それについて心配する事は、もう必要無いかもしれない。

そうで無いと困る。組織がどうのこうのなど、関係なく、そうで無いと困る。

形梨光恵は、理由など無しに、今はそう考えていた。

如月葉月の護衛役に対して、それを誇らしく感じてはいるが…………最早それも終りになるかもしれない。


 
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