No.84551

夕陽の向こうにみえるモノ9-2 『大切なもの 後編』

バグさん

洒落た言い回しよりも、単刀直入にいきたい。でも、詩でも勉強しようかな、とか思ってた様な気がします。

2009-07-15 20:46:54 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:446   閲覧ユーザー数:422

「さっきの彼女には一体どんな『言葉をかけた』んだ?」

 不思議だった。

 葉月が自分の教室へ戻ると、そこにはアッシュが待っていた。もちろん、教室には他に誰の姿も無い。もともと集合地点として選んだ場所なので、そこに不思議は無い。不思議なのは、どうしてアッシュが先ほどの、葉月と麻衣子のやりとりを知っているか、だ。

「偶然だよ。君が頑張っている少女に手を貸さず、非情にも去っていく所を目撃しただけだ」

「なら、どうして私があの子に対して『言葉をかけた』事を知っているのよ」

「ふん? 本当にそうしたのか」

 面白そうに言ってくる。

どうやら鎌をかけられたらしい。いや、ただの推測に対して、自分で勝手に引っかかっただけだ。

葉月は自分の席に腰掛けると、嘆息した。

「だって、もどかしいでしょう。私が『言葉をかける』事で、あの子の何かが少しでも良い方向に変わるのだから。私はそうしたいのよ」

 これは親友から教わった事だ。そうする事が正しいかどうか、では無い。そうしたいかどうかが問題なのだ。

「お前の発現出来ている能力で他人に与えられる影響は少ない。…………まあ、結局は本人次第だろうな。その本質の強大さに比べれば、発現出来ている能力が弱すぎる。まあ、強制的で有る事が難点だがな」

 葉月の能力。

人を己の発言方向に動かす事と、対象者の『内に秘めている可能性』を正しい方向に導く事。それが彼女の、辛うじて発現出来ている能力。

 それは、一年前に街を襲った殺人鬼と、ある部分でほとんど間逆の能力であった。

発動条件は、葉月が対象となる誰かに、最適な言葉をかけるだけ。つまり、制御など出来ていないに等しい。能力を発動しないという事は、口を開かないという事に等しい。アッシュは難点として上げたが、強制力という観点から言えば、ほとんど無いに等しいのだが…………葉月の言葉の影響で、1年生から生徒会長を務めている者も存在する。

 己の能力の話ばかりをしていても仕方が無い。葉月はここでアッシュと待ち合わせている目的を果たす事にした。

「それで? 何か分かったの?」

 葉月の言葉に、アッシュは首を振り、

「いいや。…………確かに能力が使われた形跡は有るんだがな。お前はどうだ」

「私の方も同じね。ただ…………」

「ただ?」

「とても、弱い」

「それは私も感じていた。確かに、弱い」

 会話の内容は、一年前に死んだはずの能力者、グレーに対する調査内容であった。

グレーは死んだ。しかし、力の波動とでも呼ぶべきものが、ある日突然感じられるようになった。これは当然見逃せない。そのために、現在八方手を尽くして調査をしている途中なのであった。

 すでに、2人とも、いや、校内で組織の息のかかった者が、グレーが生きている事を確実視して動いている。そして、組織は街への警備を強めていた。具体的に言うと、1秒で十数人を殺害できる様な戦闘能力を持った人間が、多数配備されていた。ただの気のせいで片付けるにしては気がかりが多すぎるし、くだらない希望的観測は最悪の事態を生みかねない。

「いくらなんでも脆弱に過ぎる。本当に本人かどうかすら、俺には疑わしいがな」

 アッシュはグレーの元相棒だった。だから、グレーに関する推測や思考は信頼していい。

「なら、どういう事かしら? そもそも生きている事自体、信じ難いのよ」

 問われて、アッシュは口を閉ざした。胸元から煙草を取り出し、火をつけないままくわえる。

放課後の教室に僅か訪れる沈黙。息苦しさすら覚えるその沈黙は、しかし長くは続かなかった。

「確実な事は言えん。…………だが、可能性ならば、1つ」

「奇遇ね。私も1つだけなら」

 その推測とは、詰まる所グレーの能力から導き出されるものだった。

他人に対する、己の精神と能力の譲渡。それが行われたのでは無いかと、二人は考えた。

グレーは優秀な精神支配能力者だった。己の思考と精神を他人に対して複写する事は可能かもしれない。

異能力者が有する能力は精神に根幹を成す。人の精神は脳より発生する。この世に生まれ落ち、自我が芽生え、この世に2つと無い自分だけの精神を発達させるのだ。異能力は2つとして存在しない。だから、『同じ異能力で有る』という事は『同じ精神を持つ』事と同義である。また、それ故に異能力がこの世に2つと存在しない事は自明なのだ。

異能力が同一ならば、精神も同一であり、つまりそれは同一人物という事になる。仮に、その異能力を有していた人物が死んでいたとしても。

仮にグレーが誰かに己の精神を上書きしたならば、それはグレーの姿をして居なくとも異能力は同じであり、つまりグレー本人という事となる。もちろん、厳密には同一人物というわけでは無い。推測が正しければ、オリジナルは既に死んでいるのだ。

「仮にそうだとしたら、大した劣化コピーね」

 葉月が呆れた様に言う。それは紛れも無い事実だった。

例えそれがグレー本人と変わらないとしても、能力が激しく劣化してしまっている。

「グレーが精神支配で己の精神を他人に複写したとして、能力が劣化したのは何故なのかしら?」

「複写が完璧で無かった…………とは言い難いな。精神的に問題の有る人間が出来上がるだろうし、そもそも異能力は発現しないだろう。少なくとも、今動いている奴は大胆だが、慎重に行動している。正常な精神でもって異常を起こしているよ」

 能力が劣化したのは仕方が無い事なのかもしれない。そういうものなのかもしれないのだ。そもそもアッシュとて、他人の異能力やその原理に関して確信的な事は何一つ言えない。己のみが感覚的に全てを理解できる。そういうものなのだ。だから、能力の劣化に関して、確かな事は1つも言えない。

「それにしても、目的が分からないわね」

 1年前、グレーはとある目的で葉月を狙っていた。そのために、かなり派手に動き回って葉月を捜索していた。

だが、今回に限って、そうするメリットは無いと思われた。何故なら、葉月がどういう容姿をしているか、また、その所在についてのほとんどを知っており、改めて探す必要性が無いからだ。

グレーの劣化コピー説。

推測とは言ったものの、これは二人の中でかなり確実視されているものだった。

何故なら、本当にグレーは死んでいるのだから。先ほど述べたように、同じ能力で、同じ力の波動を有する者は存在しない。だから、2人の推測は推測以上の信頼性があった。もちろん、絶対という言葉が存在しない以上、推測は推測の域を出ないのだが。

別々の人間なのに、同じ異能力を有する。そんな人間が、突然現れることも有り得るかもしれない。そして、それが今回初めて確認されるケースで無いという確証は無い。だから、これだけでも十分かもしれないが、少し足りない。

 だが、そこにもう1つの事実が加わる事で、それはより確実性をもたらす。

それは、グレーと同じ異能力を行使している何ものかが起こした結果だ。

現在、学校で自殺未遂を起こした生徒は4人。偶然で片付けるにはあまりにも多すぎる。これは、異能力で起こされた自殺であると考えるのが自然だった。そして、その『自殺』というキーワードが、どうしてもグレーを想起させるのだった。

目的が分からない、と葉月は言った。

グレーは葉月を探し出し、葉月に『とある魔術的処置を施すと』いう目的を持っていた。

だが、現在に限って言えば、その目的が霞んできている気がする。

思考がグレーと変わりが無いなら、目的も当然同じはずであり、一年前に果たせなかった事をやり直すで有ろう事は容易に想像出来るのだが。

「どうしてグレーは、こんなに派手に動いているのかしら?」

 それが疑問だった。そして、それが霞みの理由である。衰えた能力で、組織の人間とまともにやりあえるはずが無い、という事は理解できているはずだ。

だから、力の痕跡が学校のいたるところで発見出来るほど派手に動き回る事は、己の寿命を縮める結果にしかならない。

そもそも、組織の人間や葉月が気付かないうちに目的を果たすという事が最良であるはずなのに、行動があまりに迂闊すぎた。

 それに、一年立った今、どうして突然動いたのか、という疑問もある。

「今の時期に動いた理由は分からんが、派手に動いている理由は推測が可能だ」

「どんな理由かしら?」

「一年前のあの時以来、お前には常に監視が付いている」

「…………それは初耳よ」

 眉をしかめ、声に抗議の色を乗せる。だが、ある程度予想していた事だし、何を言っても変わらないだろう。

今は建設的に話を展開していかなければならない。

「グレーはそれに気付いたのね」

「おそらくそうだろう。そして、派手に動いている理由がここから推測できる。つまり、これは何らかの罠だ」

 派手に動くリスクをおかしてまでそうする事が良いと判断したために、そうしているのだろう。

それが一体どんな結果を生むのかは知らないが、こうまであからさますぎると、それがとても凶悪な罠で有ると思わざるを得ない。

少なくとも、周到である事には違いないのだ。

全て推測ではある。グレーの真意は、あるいはグレーの精神的コピーが存在しているのかは、事件の犯人と遭遇するまでは分からない事だ。

アッシュが再び煙草をくわえて、教室に、時計の針が刻む一定のリズムが響く。後は、2人の呼吸のみ。

葉月が外を見ると、雨がやや強くなってきたようだ。

先程、ネックレスを取り戻した彼女はちゃんと帰っただろうか? 傘を持ってきていなければ大変だ。事務室で借りる事は出来るかもしれないが。

「葉月。頼みが有る」

 アッシュが突然切り出してきた言葉を、

「お断りよ」

 即座に切って捨てる。

「まだ何も言っていない」

「私が街を離れて、組織に完全保護される事を望んでいるんでしょう?」

「…………まあ、その通りだ。間違ってはいない」

 アッシュは嘆息して答えた。その息には、すでに葉月の答えが分かっている諦めが含まれていた。

「私はここを離れないわ」

 聞きながら、アッシュは持っていた煙草を教室のゴミ箱へ放り捨てようとして、気付く。学校のゴミ箱に煙草を捨てるのは非常に不味いだろうという事に。仕方なく、胸ポケットに入れる。

「前から思っていたのだけど、どうして吸っていない煙草を捨てるのよ。普段は吸っているんでしょう?」

「煙草を吸いたい。でも吸えない。仕方ないからくわえて我慢する。そうすると何となく捨てたくなって、それで吸った気分だけでも味わえる。もちろん、本当に吸ったわけでは無いから、すぐに吸いたくなるがね」

 そういうものなのだろうか。本人が言っているのだから、そういうものなのかもしれない。

アッシュは再び煙草を取ろうとしたが、しかし止める。腕を組み、葉月に強い視線を送った。

「なあ葉月」

「…………何かしら」

「お前は理解しているのだろう?」

「日本語的に色々抜けているし、何を理解しているかなんて、内容によるわね」

「…………誤魔化すな」

 少し苛立った様に、アッシュは言葉を強めた。

「すでに、自殺未遂を働いたものは4人だ。これが何を意味するのか分からないわけでは無いだろう」

「私が居なければ、こんな事は起こらなかったわね」

 即答され、アッシュは一瞬眉を顰めた。あるいは、僅かに苛立ったのかも知れない。葉月のそれは、開き直ったともとれる態度だ。

「…………1年前もそうだったな。組織はグレーがお前を狙っているという情報を入手した時点で、お前にこの街を離れ、組織の本部で生活をする事を進めた」

「進める? アレは命令だったわ」

「当然だ。お前のためでもある」

「それはどうも。でも、私があの時ここを離れたからといって、街に被害が出なかったとは言えないでしょう?」

 グレーが入手した葉月の情報というものは、初期の段階ではほとんど無いに等しかった。それ故に、葉月がこの街を離れた所で、グレーにはそれが分からなかっただろう。だかきっと、いずれにせよ街には相当の被害が出ていたはずだ。

「お前が街を出ていれば、防衛ラインに人員を割く事無く、奴を狩る事に専念できた。そうすれば、もっと早くに奴を追い詰める事が出来たはずだ」

 アッシュは葉月の机に手をついて、顔を寄せた。

威嚇するような体勢だった。鋭い眼が葉月を捉える。

「分かるだろう? 今回の犠牲者も、1年前の犠牲者も、そのほとんどがお前のために出ている。亡くなった犠牲者はお前が出した様なものだ」

 暗に、お前が殺したのだ、とアッシュは言っているのだった。

そして、その事に対して、葉月は反論の言葉を持っていない。全くその通りである事を完全に理解しているからだ。

「あの時、お前は自分の命を盾にして組織への移送を拒否した。…………お前が1度吐いた言葉を戻さない事を組織は理解している。それ故に、組織はお前の意思を認めざるを得なかったが…………」

 アッシュは葉月の腕を掴んだ。

「今回は、お前が何を言おうが、お前を連れて行く」

葉月を睨みつけるその眼はとても真剣で、しかし葉月は眼を逸らさずに、決して瞳に込めた意思では負けていなかった。

しばらくにらみ合いが続いた。

そして、結果的に眼をそらしたのはアッシュの方だった。

だが、まだ掴んだその手を離していない。

「何故そこまでこの場所にこだわる?」

「大切だからに決まっているでしょう」

眼を閉じて、思い浮かぶのは1人の友人の姿。

「あの未覚醒聖人とその盾の様に、私は2つと無い関わりを持って居たいのよ。…………聖人崩れの様に、誰と歩む事の出来ない世界は嫌よ」

「…………あの子にとって、それはお前では無いかもしれない」

「それでも、構わないのよ。…………構わないの」

「それが叶えば…………ほとんど奇跡だ」

「素晴らしいわ」

これだけは譲れない。

ここからは絶対に離れたくない。それが致命的な結果を生むかもしれなくても、葉月に引く意思は無かった。大切なものは、ここに有る。それが恐ろしいまでのエゴであると理解していても、引く事など出来ない。

何かを言おうとしたのだろう。アッシュが口を開いた、その時。。

教室の扉が、内部の静寂を崩す事無く、静かに開かれた。


 
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