No.86321

夕陽の向こうにみえるモノ10 『交錯』

バグさん

ここから色々と纏めに入ってるような感じです。

2009-07-25 12:34:52 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:481   閲覧ユーザー数:464

 雨が強くなってきた。

雨は好きだ。というより、自然そのものを愛していた。彼等は決して、己の存在意義を求めず、しかし、絶対的にそれを持ち合わせている。なにより、何も求めてこないというのが最高だった。

赤い傘を回して遊ぶ。水滴が回転を中心に振り回され、周囲に撒き散らされる。とても控えめに。

…………これは何かの運命なのかもしれない。そう考えざるを得ない程、それは偶然的で奇跡的だった。

雨の話では無い。

状況と状態の話だ。

本来ならば、もっと後で己の人格が発現するはずだったのだ。

「如月葉月の能力のせいか…………。これが、吉と出るか、凶と出るか」

 呟いて、苦笑する。

「…………馬鹿な」

凶でしかあるはずがない。仮に、19の吉と1の凶が書かれた二十面ダイスが有ったとして、何回振ろうともこの局面では凶しか出ない。

如月葉月にとっても、己にとっても、この体の本来の持ち主であっても。

それは己以外、誰もが望んでいない事態であり、しかし、己にとってはこんなに早く、それもこんな形で人格を発現してしまった事は予定外であるのだから。

仮に吉が出るとすれば、それはとんでもなく予想外で、常識を遥かに超えた何かが味方した時でしか有りえない。結果的に凶が出たのだから、ダイスを振る事で決定された現実は運命的であり、あるいは固定化されてしまったが。

「さて、どうするかな」

 すでに色々と行ってはいるが。一年前に行った作業も含めて。

 ここ数日で、如月葉月の姿を幾度と無く見かけた。アッシュの姿すら目撃した。すれ違った事も有る。この学校に溶け込んでいる組織の構成員とも、おそらくは何度かすれ違っているのだろう。しかし、彼等は自分に気付かなかった。自分が現在、ここに存在していられる事が何よりの証拠だ。

「それは重畳…………だが、な」

 自分の体を、いや、本来の持ち主の体を見おろして、嘆息する。もう何度目だろうか。

「いやはや、何とも頼りない体だ」

 普段から運動などしていないのだろう。少し走ってみて、すぐに息切れしてしまった事が何よりの証拠だ。

かなり衰えているとはいえ、精神と能力を受け渡したので、能力者と言える。なので、一般人に基本能力で劣る事は無いだろうが、それはそれだけのものでしかない。まともな戦闘は望めないだろう。正体の発覚は、即座に死と負けを意味する。

何といっても、責めるための取っ掛かりが見つからなかった。

ターゲットである如月葉月には、常に監視が付いているであろうと思われる。一年前に自分が起こした事件を鑑みれば、組織が彼女をこの場所になんの処置も無く放置しておくのはおかしい。

護衛が付いていると考えるべきだ。それも、視覚では捉えられない様なタイプの。

そして、それはほとんどただの高校生に成り下がってしまった自分には、下手に一人で行動を起こせば、致命的な結果になりうる事を示している。

だからこそ今まで、精神支配で動かせる駒を集めていたのだった。いくら集めても無駄になるかもしれない。所詮はただの人間だ。

まあ、それなりに役に立つ駒も居るには居るが。

なんとも動きにくい状況だ。本来は、部活に所属していない体の持ち主が、放課後に学校へ残っている事もまずいのだ。ほんの少しの疑いもかけられたくない。

だが、自分には時間がほとんど無い。何時までもこうしているわけにはいかない。今動いている事も、それに起因していた。

「…………………………」

 そろそろ、大きく動くべきか。あまり駒を集めすぎては、発覚によって計画そのものが破綻しかねない。

どうせこのままではジリ貧だ。向こうはおそらく、自分がこういった状態に在る事をある程度予想しているだろうし、そうなれば、犠牲になった生徒の目星もつけている事だろう。失敗したらそこまで。

…………それでいいのかもしれない。

その考えに、またも苦笑する。

まただ。また自分は、自分が求めているものとは正反対の事をしようとしている。あの時、あの死に満ちた場所で、アッシュに指摘されたというのに。

だが仕方が無い。背水の陣を敷くとしよう。動き始めたら、もう止まる術はないのだから。

と、その時。どこからともなく、濡れた地面を蹴る音が聴こえてきた。

見ると、向こう側から傘を持たずに走って来る、女子生徒の姿。何の意味があるのか知らないが、左手首にネックレスを巻きつけていた。

グレーの苦笑が、凶悪な笑みへと変わる。

ちょうどいい。

アレを、始まりとしよう。

そう決めると、グレーは、まず、携帯である人物と連絡を取った。

教室の扉が突然、控えめに開け放たれて。

扉を開けた張本人は非常に気まずそうな表情を作った。

「あ、あの…………お邪魔でしたか?」

「…………そんなわけ無いでしょう」

アッシュの手は自分の腕に伸びていて、しかも近距離で眼を合わせているのだから、そういう勘違いをしても仕方ないのかもしれない。

実際は睨み合っているのだが、見詰め合って見えなくも無い。

「全くだ。あまり上手い冗談ではないな」

 アッシュは慌てず騒がず、そっと葉月から手を離した。疲れた様な吐息が流れた。

「それで、何の様だ? 形梨光恵」

 アッシュに形梨光恵と呼ばれたその女子生徒は、決してただの女子生徒ではなかった。アッシュが属する組織の、異能力を持たない一般構成員であり、葉月の日常生活を観察する役目を背負っている。詰まる所、葉月の監視役であった。そして、護衛の役目も背負っている。異能力は持たないものの、その戦闘能力はアッシュも認めるところらしい。実際に戦っている所を見たわけでは無いので、光恵の護衛能力に関しては、葉月には何ともいえないが。

光恵の事を葉月は承知済みで、葉月と光恵の関係は良好だった。光恵は二年生なので、葉月からしてみれば『可愛い後輩』といった感じでもあった。

真面目な性格で、生徒会副会長を務めている。眼鏡に三つ編みという地味な外見だが、そこに彼女の魅力があると、葉月は感じている。

「頼まれていた全校生徒の動向等のチェックリスト、完成していたのでお持ちしたのです」

 光恵の言葉に、アッシュは訝しげに眉を顰め、光恵の持ってきた分厚い数冊の冊子を受け取った。

「 早いな。それに、どうしてこんなに多い」

 アッシュが頼んだのは、全校生徒の動向を簡単に調べたリストを三日以内に作れ、というものだった。

 その目的は、当然グレーを探す事にある。グレーがここ最近行動を起こしたのなら、必ず何か、精神を複写された生徒には変化があるはずなのだ。調査内容は簡単で良いので、怪しい人物を幅広い範囲でピックアップしたい、というのが趣旨だった。

 葉月もその場に居合わせたので知っている。アッシュが光恵にそれを指示したのは、今朝だったはずだ。だから、アッシュが驚くのも頷ける。

だが、葉月は光恵の言葉の違和感に気付いた。

「完成していた、って言ったわね。どういう事?」

「それに、何だこれは? 所属する部活動に趣味、家族構成だと? 最近の動向も詳細に書かれているな…………。有り難いが、これはどういう事だ?」

 アッシュが渡されたリストには、全校生徒の詳細な情報が記されていた。学内での最近の動向、などというレベルでは無い。プライベートの過ごし方や好きな音楽、その他もろもろ個人のプライバシーな情報が網羅されていた。

 葉月とアッシュが問うと、光恵は困った様な何とも言えない表情を作った。

「いえ…………それは丸山生徒会長が秘密裏に作成していたものだそうです。何でも、生徒の情報を全て知る事が上に立つものの使命だとか良く分からない理由で」

「丸山生徒会長……彼か…………」

 アッシュは呆れた様に溜め息を付いた。葉月は失笑してしまったが。いかにも彼らしい理由だと思ったのだ。

個人情報保護法など光速でぶっちぎったものがここに存在していた。というか、彼の将来が色々な意味で心配になる代物だった。

「このリストが倫理的にどうなのかはさておいて…………非常に有益な情報と言わざるを得ない。彼には礼を言っておいてくれ」

「貴方が倫理を語るの?」

「語りはしない。体裁だ」

言いながら、リストに眼を通し始める。しかし、膨大な量であるので、一つ一つ確認していくのは時間がかかりすぎる。

なので、ここでは目星をつけている者に焦点を絞って調べる事にしたようで、ページを開く手は淀みない。

目星をつけている者。つまり、それはほとんど確実に怪しい者という事に他ならない。この場合、一年前、グレーに接触した事のある者に限られる。それが、それほど多くないという事は判りきっている。

もちろんそれは怪しいというだけなので、後々、全ての資料に眼を通すつもりでは有るのだろうが。だからこその資料でもある。

と、そこで携帯の着信音が、限りなく無音に近い教室に鳴り響いた。

「あ、すいません、私です」

 着信の音源は光恵だった。

「友人からみたいです。すいません、すぐ済みますから」

スクールブレザーのポケットから携帯を取り出し、いそしそと教室を出て行く。

「やれやれ。平和な高校生活で、彼女も鈍ったか?」

 アッシュが呆れたように言う。光恵に緊張感が見えない事を咎める様な調子が言葉の裏に隠されていた。実際、その通りだ。

組織内だけの人間関係だけでは閉塞感が溜まるのは仕様が無い。友人を作るのは好ましい事だ。しかし、時と場合は考慮されるべきだ。

「……………………」

「どうした? 葉月」

「いえ、何でも無いわ」

 光恵が戻ってきたのは本当にすぐだった。わずか数十秒。大した用件では無かったのだろうか。

そして、光恵が教室へ入った瞬間である。

葉月とアッシュの、常人には決して分かりえない超感覚に、一つの反応が引っかかった。

「これは…………!」

 アッシュが一瞬、鋭さを口調に込めて言う。その鋭さは常人のそれとはハッキリと違った。駅で、路上で、様々な場所で行われるストリートファイト。その上で行われる恫喝。そんなものとは比較にならない。その言葉だけで肌が切れてしまいそうな、そんな威力を感じた。明確な意思を感じた。これが殺意というのだろう。

…………学校の敷地内、弱くは有るが、決して見逃さない程度の大きさで、グレーの力が発生した。

「形梨光恵。君はここで葉月を護れ」

 素早く言うと、その素早い言葉よりも遥かに早く、アッシュは教室を飛び出した。

「………………妙ね」

 葉月は口の中だけで呟く。

アッシュももちろん気付いていただろうが、これは妙だった。

今まで、グレーはこちらに存在を悟らせないように、劣化した力をさらに抑えて発動していたはずだ。それが、今回に限ってはまるで捕まえてくれと言わんばかりだった。

そして、妙と言えば、先ほどの光恵もまた、葉月にしてみれば妙だった。

「………………」

これは、少し不味いかもしれない。

葉月がそう考えていると、それは現実のものとなった。

教室の入り口付近に立っていた光恵の姿が、葉月の視界から一瞬で消え失せた。

教室内に吹き荒れる暴風。そして、乗用車が壁に追突したかのような轟音。同時に、窓ガラスが割れる音。

葉月が風の向かった方向、教室の廊下側ではない窓際に眼をやると、そこには光恵と、その足元で体をくの字に折り曲げて気絶している、見知らぬ男の姿だった。

男は葉月を狙った刺客…………というわけでは無く、葉月に対する、視認困難な護衛であった。特殊迷彩服で体を包み、その存在を本来在る世界とは少しずらす事で、体は存在するが人の五感から己を完全に消滅させていたのだ。

「こういう迷彩服って、つまりは人から自分の存在を限りなく感知しにくくするっている代物なんですよね。だから、初めから居るって分かってたら、それなりに見えるんですよ」

 光恵は笑顔で、葉月にそう説明した。光恵の頬には一線の切れ目が入っており、そこから僅かに血が流れていた。

あの一瞬で何が行われたのか。それは葉月には分からない。しかし、光恵の護衛としての実力がこれで証明されたわけだ。

不意打ちでもあったのだろうが、葉月に対して専門的につけられた護衛を、一瞬で叩き伏せてしまった。

「何時からかしら?」

「一年前ですよ。最も、グレーが眼をさますまではそうされた事すら忘れていたんですが」

 葉月の突然の質問に対して、光恵は淡々と答えた。

まあ、そうでしょうね、と首を振って、

「おかしいと思ったのよね。組織や私に連絡するための携帯連絡端末ならいざ知らず、真面目な光恵ちゃんが、私的な携帯を学校に持ってきてるなんて」

「ふふ、そうですね。じゃあ、葉月先輩。おとなしく捕まっていただけますか?」

要するに、光恵は完全な敵だった。いや、精神支配されているわけだから、完全な敵とも言い難いが。

何とも厄介で強力な精神支配だった。精神を弄られているのに、正気を失っていない。そして、自分の行動を何一つおかしいと感じていない。現在の、おそらくは劣化した能力のグレーがそれを行えば、眼は虚ろで喋らない、人形の様な人間が出来上がるだろう。

だから、光恵が一年前にそうされたのだという事はおそらく本当だ。

「逃げようとしても無駄ですよ? だって、先輩の戦闘能力なんて、一般人とあんまり変わらないじゃないですか。それじゃあ先輩が瞬きする間に捕まえられちゃいますよ」

 全くその通りだった。

「そうね。下手に逃げ回って痛い思いをするのも嫌だし…………」

 言うと、光恵は笑った。戦闘体勢に入っていた体が、僅かに弛緩した。

「良かったです。私も、貴女に痛い思いをさせたくはないので」

「だから、本気で逃げ回る事にするわ」

 葉月もまた、極上の笑みを作った。

言葉を聞き、光恵から笑みが消えて。

光恵の姿が葉月の視界から消えた。


 
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