No.82292

夕陽の向こうにみえるモノ8-1 『空に手を伸ばしても 前編』

バグさん

戦闘開始です。

2009-07-03 20:04:05 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:468   閲覧ユーザー数:439

 また、一つ消えた。

グレーは嘆息した。

「よっぽど私の標的が大事みたいだな。…………ふん、別に殺そうとか、そういう事を考えてるわけじゃ無いんだがな」

心は壊れてしまうかもしれないが。

グレーが探索のために具現化させた負意識の群れ。それが、次々と消滅させられている。

予想よりも遥かに早いペースで。

この街には、よほど多くの異能力者が投入されているらしい。普通の人間である一般構成員には、グレーの能力を消滅させる事は出来ない。彼等には触れた場合に抗しうる手段が無いのだ。つまり、ダイレクトに能力の影響を受けてしまうという事で、それはつまり、硫酸の海に身を投じる事と同じだ。

 グレーは、とあるベンチに座っていた。公園のベンチでは無い。デパートの屋上、そこに設置されているベンチだ。そこに腰掛けながら、グレーは目を瞑っていた。

神経を集中させているのだ。デパートの屋上という事もあり、子供が大きな声を出すこともあるが、それで集中が乱されることは無い。

どうしてそんな事をしているのかというと、街中に張り巡らせた捜索網に、感覚をリンクさせているからだ。そうしなくても最低限のものは伝わってくるのだが、神経を集中さる事で、より正確な情報の伝達を可能にする。

例えば、負意識が消滅した大まかな位置や、周囲に居るであろうと思われる能力者の力の波動、そして負意識に魅入られた人間の可能性が崩壊していく過程。

だから、移動を繰り返しながら、一日のほとんどはこうして座っている。本当は何処かに閉じこもっているのが一番なのだろうが、安易なセーフハウスの設置は状況を悪くする可能性が高い。

グレーは能力者の力の波動から、目的の人物を探し出そうとしていた。

標的は異能力の中でも特殊な能力を持つ者で、それ故に感じる力そのものが特殊なのだ。だから、他の能力者との区別が簡単についてしまう。

…………実は、グレーは標的の大まかな位置をすでに掴んでいた。初めは何かの間違いだと思った。しかし、どういうつもりか知らないが、標的自身が負意識の消滅に加担している。そしてそれは何時も、ほとんど同地区で行われているのだ。これでは見つけて下さいと言っているようなものだ。

グレーがこうした方法を取る場合、周囲の人間の配置から標的を予測する場合がほとんどなのだが。例えば、具現化した負意識が標的に偶然接触する可能性などを待っていては、これはかなりの時間を要する。故に、具現化した負意識は敵対勢力に破壊される事を前提として、破壊の度合いが高い場所に当たりを付ける。もちろん、それにより標的が居場所を変更してしまう事も前提として、標的が元居た場所から様々な事を予測する。情報収集としてはそれで十分なのだった。他に様々な可能性が考慮されるが、この方法はほとんど確実と言って良いほど、なんらかの情報をもたらしてくれる。

だが、今回は違った。標的自身のシグナルを捕捉してしまったのだ。そして、その事がグレーの動きを制限してしまっていた。

大まかな位置が分かっているのに、グレーが積極的に動いて標的を探しにいかない理由は主に二つ有る。

理由の一つ目は、位置が分かったとして、対象者の性別や年齢、容姿が分からない事。対象者の周囲には多くの護衛が付いているはずだ。コンマ数秒の判断が重要な局面で、時間をかけて把握した能力の波動から確認していくわけにはいかない。

理由の二つ目。標的が積極的に動いている事が罠で有る可能性。

この街にはグレーの元相棒が居る。能力の全てをを正しく把握されているという事は無いが、どういった意図で街中に負意識を具現化させたか、それは即座に理解出来たはずだ。それ故に、それを罠として利用しようとするのは自然な発想だ。

罠としてはあからさま過ぎるのが気になるのだが。

とりあえず、今はまだ大きく動けない。

次の手は打ってある。

単純で地道だが、必要な作業。

具現化させた負意識の精度を向上させたのだ。

精度の向上には込める力の総量が関係するため、具現化した負意識の数が減ってしまうという欠点もある。だが、より多くの情報を入手するためには仕方が無い。標的の大まかな位置は掴んでいるのだし。

現在、精度を向上させたそれを放っている所だ。

それならば、有る程度の身体的特徴も明らかになるだろう。罠ならば罠で、有効に活用させて頂く事にする。

…………と、グレーは目を開いた。

足先に何かがぶつかるのを感じたからだ。

見ると、それは手の平大のゴムボールだった。

屋上に設置された遊技場の1つに、床をゴムボールで敷き詰めるという、グレーには何が面白いのか理解し難いものがある。自分が子供であったとしても、きっと見向きもしないだろうと確信すらしていた。

子供の膝くらいまでの、柔らかそうな材質で作られたイスの壁。そして、天井から垂れ下がった緑のネット。それ等がゴムボールの流出を防いでいるのだが…………今日は日曜日、遊んでいる子供の勢いを止めきれるものでは無いらしい。

見渡すと、グレーの足元に転がってきたボールの他にも、屋上にはそれなりの数のゴムボールが散乱していた。

グレーはおもむろにそれを拾い上げた。

そして、律儀に外まで取りに来た子供に、それを渡す。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 可愛らしい笑顔。これからの成長が楽しみだ。グレーの表情も、思わず綻ぶ。

「何、気にするな。それより、君の可能性を見せて欲しいな」

「え?」

 子供の胸にそっと手を当て、すぐに離す。

訝しげな表情を作った子供は、すぐにゴムボールが満たされた床へと戻っていった。

さて、あの子供はどんな風に壊れるのだろうか?

非常に興味深い。しばらく後を付けて、その様子を見守るべきだろう。

だが。

「面倒な事になった」

 そっと、立ち上がる。

それから、意識を集中させていき…………。

ほどなくして、屋上に居た人間全員が動きを止め、その眼をいっせいに閉じた。

屋上に居た人々はその行為に疑問を持たない。再び目を開くと、何事も無かったかのように活動を再開した。

その頃には、グレーの姿は屋上に存在しなかった。

「さすがに、逃げ切れないか」

 これ以上の逃走は無意味と判断して、足を止めた。ちょうどいい場所へたどり着いた事も有る。。

グレーがそこへ着地してすぐに、若い男がグレーと同じ様に着地した。

「高速で移動すれば、僕から逃げ切れると思ったか?」

「それならば、楽だったんだが」

 黒のロングコートを着用したその男は、グレーを追っている組織の人間、その1人だ。ロングコートは対刃、防弾機能を備えた戦闘服で、同じ素材か、またはより強固な素材で作成された服か、あるいは防具がコートの下に着用されているはずだ。

この2人は、その驚異的な身体能力でもって、デパート屋上から他のビルへ、ビルからまたビルへ、という風に移動。高度を落としながら建物の上を移動し、現在の場所にたどり着いたのだった。

今、2人が居る場所は、街外れにある廃工場の一角。以前に爆弾騒ぎが有った場所で、現在は厳重に封鎖されている。

当然、周囲に人の気配は感じられないし、何かが起こったとしても、管理の人間や警察の到着にタイムラグを期待できる。

「まあ、人の多い場所で戦闘をするのは、お前達も本意では無いだろう?」

 グレーの言葉に笑みで答えて、男はコートの下から奇妙なナイフを取り出した。

刃渡り20センチ程の黒色ナイフ。ナックルガードが付いていて、外見はとても凶悪だった。

しかし、そこまでは普通であり、奇妙とは言えない。黒色の刀身に無駄とも思える装飾が施されていたのだ。ピアスの様な輪が、刃のとは反対側の刀身に隙間無く取り付けられている。

ああいった武器は、まず魔術的措置が成されていると考えて間違いない。

刃先に凶悪な毒が塗られている可能性もあるので、少しのかすりさえも許されない。

グレーもまた、スーツの懐からナイフを取り出す。こちらは何の変哲も無いただのナイフといった印象。少なくとも、外見は。

男はこちらの出方を窺うこともせず、いきなり突進してきた。

 体術に自信が有るのだろうか?

コンクリートの地面に確かな足跡を残し、轟音と共に一瞬で間合いを詰める。

男のナイフは風を切りながら、心臓という急所目掛けて、正確に繰り出される。

早い。

だが、グレーにとっては捌けない程では無い。

ギリギリまで引きつけて男のナイフを僅かに弾いたグレーは、ナイフを弾きながら踏み込み、下から上へとナイフを一閃する。

その攻撃に対して、男はほとんど動かなかった。下から切り上げられるナイフを、半歩以下の後退で空振りさせた。

己の一撃が外れた事を悟った瞬間、グレーは後ろに大きく下がろうとして…………しかし、出来なかった。

男がグレーの踏み込んだ右足を踏んで、その動きを封じていた。最小限の動きでグレーの攻撃を避けたからこそ出来る事だ。

動きは封じられ、ナイフを振り切った右腕のせいで、胴ががら空きだった。非常に不味いと言わざるを得ない。

さらに、男は左手で、グレーの右腕を掴んだ。武器を持った方の腕を掴まれ、攻撃を封じられる。

黒色のナイフを勢い良く振り下ろすべく、男は右腕に力を込める。

しかし、男がナイフを振りおろし始めるよりも早く、右足と右腕を封じられた時点で、グレーは動いていた。

残った左足で勢い良く地面を蹴り、左の掌底が男の顎を捉える。

大きく仰け反る男はそれでも、不安定な体制からナイフを振り下ろしてきた。ヒットの瞬間に、衝撃を逃したに違いない。

その黒色のナイフはグレーの左肩口からバッサリと切りつける軌道で、確かにナイフは肩を捉えた。

男の驚愕が眼に映った。

ナイフがグレーをすり抜けたからであろう。。

すり抜けた黒色のナイフは、下まで振り下ろされ、グレーは男から距離を取った。

仰け反った男もすぐに体制を整え、油断なく構える。

何故か、刀身が溶けて使い物にならなくなったナイフを素早く捨てて、グレーは新しいナイフを取り出す。

 間が、2人の間に生まれた。

両者とも相手の出方を窺って、間合いを保ちながらゆらりゆらりと動く。

「そうか、僕に精神操作をかけて、間合いを誤認させたんだな。姑息な事を」

「ふん…………どうかな。そちらこそ、お世辞にも趣味の良い武器とは言えないが」

 突然、男が口を開く。グレーもまた切り返す。会話でも、相手に主導権を握られてはならない。

もちろん、会話の間でも隙を作る事はしない。

グレーの体が男のナイフをすり抜けたのは、まさに男の言うとおりで、顎に掌底を当てた瞬間に生まれた隙間から、僅かな精神操作で間合いを誤認させたのだ。

そうしなければ、男は無理な体勢からナイフを振り切る事無く、グレーが体勢を整えるより早く、間合いを詰めてきただろう。

闘争に身を置いた人間は、当然緊張状態にある。そのため、精神操作をかけるというのは非常に難しくなるのだ。それが一般人ならばともかく、異能力を持った人間は、他人が操る異能力に対して耐性を持っている。

概念上ならば何とでも呼べるステータス、『気』や『氣』。特別に呼称が決められているわけでは無いが、異能力発動のために必要なそうした力が身体を強化する。また、どんな異能力でもそうだが、術者の力と対象者の力が交差した時、その効果は反発し、あるいは相殺しあって個性が薄まる。つまり、物理的な干渉が弱くなるのだ。

だから、戦闘で精神操作を敵にかけるのはとても難しいのだった。

体術はほとんど互角と、グレーは見ていた。かといって、僅かな隙から精神操作をかけられるグレーの方が有利かというと、そうでも無い。

グレーが着用しているスーツの左肩部分が僅か、焦げたように消失し、肌が露出している。

ナイフは確かに避けたはずなのだが。

(超高温のヒートナイフか…………?)

 避けた瞬間、左肩に熱を感じた。ただのヒートナイフならば、そう痛手にはならない。しかし、あの黒色のナイフは魔術的処置が施されていると見て間違いない。満タンに貼られたプールの水に、あのナイフを放り込んだだけで、その水が全て一瞬で気化する程の出力を秘めているかもしれないという事だ。

その武器にくわえて、相手はまだ己の能力を隠している。

グレーは胸中で嘆息した。

だから、血生臭い戦いは嫌いなのだ。

激しい戦いの中で、男の向こうに見える空は何処までも静かだった。


 
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