No.82038

夕陽の向こうにみえるモノ7-2 『声をかけた理由 後編』

バグさん

最初からここら辺の話までが、まあラストまでの伏線ですかね。
もう少しあったかもしれませんが。

2009-07-01 21:44:58 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:482   閲覧ユーザー数:461

翌日から、健太郎はグレーから様々な話を聞かされた。彼女の話はどれも非現実的で、3流小説の内容をそのままなぞっている様で、しかし妙に生々しかった。

例えば、こんな話。

「私が昔、一番最初に身を置いていた組織に居た頃の話だ。当時私は十七歳。数年の戦闘教練を受けて、初めての実戦だった。『縛りの石鏡』という魔術具の奪取が任務で、チームを組んだ私は…………」

 また、とある時には、

「組織の敵として…………いや、世界の敵と呼んでも過言では無い人間と遭遇した事もあった。偶然だ。本当に偶然だったんだよ。奴は『十戒を探す者』と自称していたが、なるほど、私は珍しく恐怖したよ。死者を意のままに操るなど、正気の沙汰では無い」

 とまあ、こんな調子で、健太郎にはとても信じ難い内容の話。いや、健太郎で無くても、普通は信じないだろう。

だが、彼女は極真剣に、淡々と話を進めており、それ故に説得力は有った。もし、彼女が詐欺師であったならば、その才能は遺憾なく発揮される事だろう。

しかし、グレーはその話の真偽について、健太郎に要求はしなかった。ただ、話をしてくるだけ。

とは言っても、健太郎が居る間、終始その様な話をマシンガン的にしてくるわけでは無い。

健太郎がグレーの座るベンチに座ると、そこから数十分は沈黙が作られる。

時折りグレーが、お腹が空いただの、退屈だだの、とても会話になり難い事を言う。そして、思い出したように、日常からはかけ離れた突拍子も無い話を始めるのだ。

沈黙に耐えかねて、健太郎から何か話題を振ることもあった。

例えば、学校で有った事。テレビの話。最近読んで面白かった本。友人の事。

しかし、健太郎がそれらの話をしても、聞いているのか聞いていないのか分からない様な感じで相槌を打つだけで、数日経つ頃にはそうした話題の提供は諦めた。

グレーは両者間の沈黙に対して特に何も感じていないようで、大体はボ~っと夕焼けを見つめていた。

なぜ、自分だけ沈黙に気まずさを覚えなければならないのか。

そう考えた健太郎は、その沈黙に慣れるように努め、その結果、何時しか健太郎もグレーと同じ様に夕焼けを眺めながら時間を過ごすようになっていた。

そしてその頃には、グレーの『妄想』とも言える突拍子も無い話を、健太郎は受け入れるようになっていた。いや、受け入れる、といえば語弊があるかもしれない。グレーと過ごした時間は何でもない時間ではあったが、その何でもない時間はその経過に従って、健太郎に1つの誤解を生じさせていた。その誤解とは、詰まるところの『理解』であり、過ごした時間の分だけ、健太郎は彼女を少しずつ理解しているつもりになっていたのだった。理解は信頼を生み、信頼は信用を生む。…………もちろん、健太郎はその理解がとても浅いものである事も理解していたが。ともあれ、その理解はグレーの言葉に真実味を持たせていた。

 もちろん、他にも理由はある。先ほど述べたように、ただ淡々と語るグレーの言葉は、感情を交えて語られるより、それが真実であるとよほど思わされるのだった。

また、彼女が持ち合わせた雰囲気こそが、その話を真実であるのかもしれないと思わせる、最大の要因だった。

彼女は普通の人間では無い。健太郎という普通の高校生をして、それを感じさせるだけの何かを、グレーは持っていたのだ。

グレーの話を全て信じるとすると、一番初めに出合った時、自分が本当に殺されていたのかもしれないという事を理解して、冷や汗をかいたりもした。

「健太郎、お前は私が怖くないのか?」

 健太郎が己の話を信じ始めている事を感じたのだろうか? 健太郎を試すかのように、面白そうに言ってきた。

確かに、グレーの話を信じるとなると、街で自殺者が増えているのは彼女がそうしているからだ、となるわけだ。そしてそれは、グレーが間接的にせよ、本当に人を殺している事を示している。

自分の横に座っているのが、どうしようもない殺人鬼であると自覚しているのか? と、健太郎に問うているわけだ。

「私はお前がここに来なくても、口封じにお前を殺しに言ったりはしない。お前をカゴの鳥の様に封じ込めているわけでは無いんだ。以前言ったかもしれないが、私はお前に精神操作をかけて、私の事を他人に喋れないようにしてある。だから、お前がここに来る理由は無いんだぞ」

 精神操作が自分にかけられている、という話に関してはすでに確認を取ってある。そして、その事も、グレーの話を信じた要因の一つだった。

家で、学校で。グレーの事…………その存在や公園での出来事等…………を話そうと試しても、どうしてもそれをする気にはなれない。口を開けないのではない。ほとんど無意識的に別の話題を話しているのだ。それが精神操作というものならば、その能力は恐ろしく素晴らしいと言わざるを得ない。

健太郎にとっては、魅力的な能力でもあった。

「…………じゃあ、一つ聞きますけど、グレーさんはどうして僕と話をしようと思ったんですか?」

面白そうに健太郎の反応を聞こうとしていたグレーは、逆に問い返され、虚をつかれたかの様に一瞬だけ硬直する。

そして、僅かに考える素振りをみせて、

「…………何となく、話をしてみたくなったんだ」

「じゃあ、僕もそうです」

「そうか」

 それで納得したらしく、グレーは何時もの様に、空を見上げる作業に戻った。健太郎もそうした。…………いや、グレーは空をぼ~っと見上げているのでは無いのだろうが。

ともあれ、2人のこうした時間は、日が沈んで、辺りが暗くなり始めるまで続いた。

 

 

 

 

 

「追われてるって、誰からですか?」

 ある日の事、何時もの様にグレーの元へやってきた健太郎は、すでに慣れてしまった沈黙の後で、以前から聞きたかった事を聞いてみた。

気温は日を増すごとに少しずつ下がっていき、冬を感じる事が多くなってきた。少し強めに吹く風も、体感温度を下げる要因だ。

健太郎は寒さに身を震わせながら、再度口を開く。

「初めて会った時、言ってたじゃないですか。追われてるって」

 その部分の話はどうにも聞きにくかったので、今まで聞かなかったのだ。

追われているのには事情が有るのだろうし、常識的に考えて、そうした事情は他人に話したがらないものだろうと考えていたからだ。

だから、今まで聞かなかった。しかし、日が経つにつれて、どうしてもその部分が気になってきたのだった。

短い付き合いではあるが、何となく彼女の雰囲気を掴んで来た健太郎は、グレーが話したくないなら無視されるか、適当にあしらわれるかのどちらかだと理解したので、失礼を承知で思い切って聞いてみる事にしたのだ。

「ああ、まだ話していなかったか? とっくに話したものだと思っていたが」

 だが、思い切って聞いてみた健太郎に対し、グレーの反応は予想外に軽かった。

「誰から、とお前は言ったが、私を追っているのは個人では無い。私が最初に身を置いていた組織だ」

「組織を抜けたから追われている、とかいうやつですか」

 フィクションの世界で良く眼にする類の話だった。組織の機密的な情報を、他の組織に漏らされる事に対しての害、また、組織の構成員に対して、見せしめとしての制裁。

「いや、まあそれも確かにある。しかし、私が抜けた組織というのは、お前が考えているよりも遥かに強いのだ。例え私が、組織の重要な情報を幾つか他の組織に提供したところで、どうにかなる組織では無い」

「じゃあ、どうしてですか?」

「初めに会った時、言っただろう。人探しと人殺しをしているのだ、と。私は私がしているその二つの行為のために追われているのだ」

 人探しと、人殺し。

人殺し、と改めて聞くと、何とも嫌な単語だった。少なくとも、健太郎は己の目の前に居る女性がその様な事するとは到底思えないほど、グレーに好感を持っていた。そして何故か、彼女のその行為を咎める気にもなれなかった。

「人殺し、というのは言うまでも無い。私が異能力を駆使して自殺者を増やしているのだ。こうした暴挙を、組織は決して許したりはしない。それを止めるために私を追っているのだ」

 健太郎は意外に思った。彼女が己の行為を暴挙であると認識している事もそうだが、所属していた組織がそれを止めるために動く、という事が何より意外だった。彼女の所属している組織というのは、もっと性質の悪いものだと勝手に思い込んでいたのだ。

「お前は、私の所属していた組織をヤクザの類だと思っていたのかもしれないが、実際は逆だ。異能力者を最も多く統括し、世界に対して危険な異能力者を排除し、平和のために活動する。そういう組織なのだよ。もちろん、強引な手を使う事も多々あるがな」

 健太郎は顔に出さず、驚いた。顔に出なかったのは、演劇部としての実力か、あるいは驚きすぎると無表情になってしまうのか。

『異能力者を最も多く統括し』と彼女は言った。それはつまり、世界には数限り無いほどの異能力者…………超能力みたいなものだろうか?…………という事だろう。あるいは、世界人口的な比率としては大したものではないのかもしれない。だが、決して少なく無い数のそれらが存在するのだという。

グレーがその異能力とやらで人殺しを実行できるなら、他の異能力者に出来ないはずは無いだろう。それははっきりと恐怖だった。

もしかして、その事を知らない数多くの普通人は、彼らの気まぐれで生かされているのではないか、という恐怖。正義の味方を気取った組織とやらが辛うじての安心材料というのだから、足元の薄氷は何時崩れてもおかしくない。

「不安か?」

 こちらの考えを読んだのだろうか? グレーは今の健太郎にピッタリの言葉をかけてきた。

彼女は少し笑って、

「安心しろ。近代兵器を凌ぐ威力を誇る異能力者も居るには居るが、所詮は人間」

「…………どういう事ですか?」

「美味い飯や美味い酒、ハードな仕事に愚痴をこぼして…………そして少しの余暇に羽を伸ばす。人間の性質など、持った能力で変わりはしないの」

 武器は、使い方次第で色々な効果を発揮する、という事を言っているのだろうと、理解した。そして、彼女にそう言われると、何故だろう、特に確証も無いのに安心してしまえる自分が居る事に、健太郎は驚いた。

 グレーは懐からおもむろに煙草を取り出してそれをくわえた。

しかし、火はつけない。そもそも煙草は吸わないらしいが、こうしていると落ち着くらしい。過去を懐かしんでいるのだ、と彼女は言っていた。

ひとしきり気分を味わったのだろう。煙草を人差し指と中指で挟んで、口から話す。

「人探し、というのはまさにそのままだな。私の能力で発現させた負意識の塊と私は、感覚的に繋がっている。決して五感で繋がっているわけでは無い、繋がりとしては非常に薄いものだが、ある種の人探しにはうってつけなのさ」

「ある種の?」

「異能力を持った人間。こうした人間が私の能力に触れると、普通の人間とは異なった感覚を私に伝えてくる」

「と、いう事は、貴女が探しているのは異能力を持った人間なんですか」

「そういう事だ。そもそも、普通の人間を探しているのであれば、私はこうした方法をとらない。捜索範囲が広いから、負意識に込めた力を、分散せずには居られない。異能力者には通用しないしない程度の力になるのさ。だが、普通の人間には大いに作用する。自殺までいくほど精神が壊れる人間というのは、力の総量的に考えてそれなりに少ないだろうが、捜索対象に死なれては元も子も無いからな」

 再び煙草をくわえて、しばらく話を中断。そして、またポツリと話し出す。

「組織は、私が探している人間を、私に合わせたく無いらしい。そもそも、その人物が存在するという情報そのものを入手出来たの事も奇跡に等しかった。それほど重要な人物らしい」

 グレーは煙草を中指と親指で弾いた。

それは見事な放物線を描き、10数メートル離れたゴミ箱へ投下された。

「全く、不公平だと思わんか? こちらは探している人物の顔はおろか、年齢も性別も分からんというのに、あちらは私に関する情報を知り尽くしている」

「じゃあ、逃げればいいじゃ無いですか。また日を改めて、次の機会に、という事にすれば…………」

「一度投げたサイコロは、もう手の中に戻らないものだ。何より、ここで引けば、おそらく二度とチャンスは無い。私がそいつを狙うという、おそらく奴等にとって初めての状況だからこそ、ここまで戦えている」

「なんで、そこまでしてその人を探すんですか?」

健太郎にしては甚だ疑問だった。おそらく命がけだ。命をかけてまでするほどの事なのだろうか。

「…………私が生きる理由を見つけるためさ。人の可能性を壊して自殺に追い込むというのも、そうした目的が有るからやっているに過ぎない。………………まあ、お前の様な強い人間には分からないだろうな」

「確かに、分かりませんね」

「それで良いのさ。その方が、良いんだ」

 グレーは何処か寂しげに、そう呟いた。

健太郎としては、自分が強い人間である、と言われた事そのものが、そもそも分からない事だったが。

 別れは突然にやってきた。

健太郎がグレーと出会って、1ヵ月程経ったある日の事だった。その日は日曜日で学校は休み。しかし、休みでも健太郎はグレーに会いに行くのだ。

その日、彼女はベンチに座っていなかった。

ベンチの横に立って、健太郎を待っていた。

「もう、ここには来ない」

「え?」

「時間の問題だとは思ったが、発見されてしまってな。潜伏先を変更しなければならん。まあその分、情報も手に入ったが…………だから、お前と会うのは今日限りだ」

 健太郎は何も言えなかった。

何かを言えるはずも無い。そもそも、そうした関係なのだから。

妙に寂しい気分が胸を突いたが、ここは何も言わずに見送るべきなのだろう。

だが。

珍しく、グレーが優しげな表情を作った。そこにこめられた意思の意味に、きっと間違いは無い。

「そう泣きそうな顔をするな。また会うこともあるかもしれん」

 泣きそうな顔。

 グレーの指摘で健太郎は自分がそうした感情を顔に表している事を知った。

胸に確認してみると、ああ、確かに泣きそうだ。

「そうだ。お前にこれをやろう」

 そう言うと、グレーはポケットからロザリオを取り出した。

簡素な装飾の、しかし不思議な魅力のあるロザリオ。

「私は無神論者だが、何時も持ち歩いている。それほど貴重なものだからな。お前も、常に持ち歩いているようにしろ」

 健太郎が無言でそれを受け取ると、グレーは満足そうな顔をした。

次の瞬間、健太郎はそうしたくも無いのに、眼を閉じてしまった。何故か眼を開ける気にもなれず…………再び眼を開けたくなった時には、グレーの姿は何処にも無かった。

 公園のそこかしこに眼を向けて、しかし、あ目立つ金髪と碧眼は何処にも居らず。

冷たい風が、健太郎を通り抜ける。

そこで、気付いてしまった。

自分は彼女に一目惚れしてしまったのかもしれない。だからあの時、理由も分からずに声をかけてしまったのかも。

グレーの姿が見えなくなって、今更ながら、健太郎はそんな事を考えていた。

そして、公園で彼女の姿を見かける事は、2度と無かった。


 
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