袁紹、袁術両者は洛陽で董卓が暴政をしていると言う、
噂を多くの国に言い触れて回るように言った。
始めは、大した事も無く周りも真に受けなかったのだが、
十常侍が絡むと一転してそれは真実へと変わる。
十常侍は、今まで洛陽でして来た事は董卓に頼まれたことだと言って、
袁家が流した噂と言う小さな種火にこれ幸いと、油をぶちまけたのだ。
自分達が行ってきた悪政を、董卓の物とする為に。
勿論その袁家の二人と十常侍が流した噂が龍翠の耳に届くのも遅い話ではなかった―――。
~許昌:龍翠の私室~
『董卓は重税と暴政を十常侍に頼み、其処に帝を連れてさも救世主であるかのように振る舞い、
洛陽の太守の座を手に入れ、帝を傀儡にして自分が実権を握っている。』
「如何言う事? 何故このような噂が広まって……」
龍翠は引越しをしようと、久しぶりに許昌にある自宅まで来ていたのに、耳に入り込んだ噂に正直惑っていた。
洛陽から流れてきた、噂の内容と自分の知っている人物との差が、余りにも大きすぎることに。
龍翠は、全く持って信じられなかった。
月は、ハッキリ言って平和を愛する心優しい少女だ。
彼女の治めていた天水は税も少なく、街の人達には笑顔が有った。
だが、この噂がこうまで広まっていると言う事は、もう取り返し返しようが無い。
「……『鮮血の龍』を集めるか……。」
厳しい顔をしてそう呟くと、龍翠は立ち上がって服を着替え始めた。
衣装箱から出したのは、形は普段着ている服と変わらないが、問題はその色だった。
全身赤黒く染められたそれはまるで、血で染めたかのような色をしていた。
「またこれを着る事に成ろうとは……。」
着替え終わった姿は、戦場から帰ってきたばかりの様な姿だった。
コンコン。
「兄さん? 入るわよ。 さっき噂の立っている董卓を……」
と、着替えていると戸を叩く音と共に、彼の義妹。
曹操こと華琳が部屋に入ってきた。
彼女は、兄の姿を見て驚かずにはいられなかった。
「……兄さん。 それ……。」
「華琳、用件が途中で止まってますよ。」
驚いている華琳に出来るだけ優しく声を掛ける龍翠。
華琳も、そんな義兄の気遣いが伝わり、幾分か落ち着きを取り戻す。
「……さっき董卓を倒すために、麗羽から連合の誘いの使者が来たわ。」
「もうですか……。 分かりました。」
真桜に頼んで改造してもらった、牙龍改め、玖頭龍牙龍を持ち、部屋を後にしようとする。
華琳の横を通り過ぎるとき、袖を掴まれる。
「……行くの?」
「……ええ。 僕はこれを着たときから、龍翠ではなく
『帝直属特殊小隊、鮮血の龍小隊長、曹錬鳳大将軍』
なんだから。 華琳、参加する際は、できるだけ連合全体が遅く動くようにと、これを今から直ぐに届けて、頼みましたよ。」
「……分かったわ。」
それだけ言うと、龍翠は華琳に二通の手紙を渡し、誰にも見つからぬように陣留を後にした。
~荊州襄陽のとある私塾~
さらさら
さらさら
夜の教室の中、美しい女性が一人、自分の教え子達の採点をしていた。
彼女の名は水鏡、真名を水面と言い、ボブカットに赤い瞳をした美しい女性で、
揺らめく蝋燭の明かりが幻想的に彼女を映し出していた。
さらさら
こと
「やっと終わった。 ふぅ。」
やっとの事で全員分を終わらせ、思わず溜息が出てしまったのだろう。
据わりっぱなしだった身体をほぐすために、立ち上がって伸びをする。
だが、途中で彼女は教室の一角を見つめて、言う。
「だれ? いるのは分かっています、出てきなさい。」
「ふふ、流石ですね。 まだ勘は鈍ってないみたいだね。」
そう言って、影から姿を現したのは、
「りゅ、龍翠君……。」
「久しぶりだね、水面さん。」
影から出てきた彼の顔を月明かりが優しく照らす。
彼を見た瞬間は驚きはしたものの、直ぐに親しい者に向ける眼差しに変わる。
「本当にお久しぶりです。 今日はどうして……とは聞かなくても良さそうですね。」
月明かりが龍翠の全身を照らした姿を見て、合点がいったような顔になった。
「すいません。 戦場から離れるように言ったのは僕なのに。」
「良いのよ。 貴方がいなければ、私はこうして私塾を開く事は叶わなかったわ。」
すまなそうな龍翠の顔を見て水面は笑って応える。
「それに、私が軍師をするのは、貴方の元でだけよ。 私、姓は司馬、名は徽、字は徳操、真名は水面。 ただ今をもって、『鮮血の龍軍師』に復帰いたします。」
「ありがとう、水面さん。」
そう言って、彼女は龍翠に一礼し、龍翠も礼を返した。
その後、夜も遅いからととめようと龍翠を誘ったのだが、
「まだ、もう一人を誘ってませんから。」
そう言って、また暗い夜道を走っていってしまった。
それが、龍翠が許昌から出て、15日目の夜の事だった。
~荊州新野のとある民家~
「ふん!」
ザクッ!
其処には、気合を入れて畑を耕している男が一人。
年は、30手前と言った所。
彼は、作業の邪魔にならぬ様に、黒い長い髪を後ろで束ねて、
目つきが鋭いが、全体的に整った顔立ちをしており、右頬に十字の生傷があると言う容姿をしている。
顔に傷は有るが、それが彼に貫禄をかもし出している。
容姿もさることながら、彼の無駄の無い体つきもそれに影響していると言える。
暫く彼が畑を耕していると、何かが此方に近づいて来る気配を感じた。
その気配は、以前にも感じたことのある、王者の風格の様で、優しさに満ちた不思議な気配。
「来客とは珍しい。 それに、お前にまた会うことになるとはな、龍翠。」
「お久しぶりです。 焔さん。」
彼―焔―は龍翠の姿を見ることなく、龍翠に話しかける。
畑がひと段落すると、ゆっくりと龍翠の方に振り返り、何故彼が自分の所に来たのかを悟った。
と同時に、悲しそうな顔をした。
「大体は予想できていたが、お前のその死装束(しにしょうぞく)姿をまた見ることになろうとはな。」
「ごめん。 もう水面のほうは、誘ってあるんだけど、焔さんは如何する? 勿論断ってくれて構わないけど。」
焔と呼ばれた彼は、悲しそうに龍翠の姿を言った。
龍翠も、焔をまた戦場に戻そうとしている事に負い目を感じてか、そんな事を言うが焔はふっと笑い、
「俺が、自分の技を使うのはお前の元だけだ。」
「……クス。 水面さんにも似たような事を言われました。」
先に誘った、人物と同じことを言われ、龍翠は自分の事を信頼してくれている仲間に感謝した。
そんな龍翠の、様子に焔はまた、ふっと笑い、
「当たり前だ。 お前はそれだけのことを俺達に示しているのだから。」
そういった後、彼は片膝をついて、一礼してこう言った。
「我、姓は太史、名は慈 字は子義、真名は焔。 遅ればせながら、『鮮血の龍切り込み役』に復帰いたす。」
「ありがとう。 焔さん。」
この挨拶が行われていたのが、龍翠が許昌から出て、30日目の朝の事だった。
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お久しぶりです、やっと書きあがりましたが、今回も短いですorz
今回、龍翠が前に言っていた『鮮血の龍』について、出てきます。
そしてついに、謎だった龍翠の漢の官位も明らかになります。
それはでは、本編をどうぞ。