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魔法幽霊ソウルフル田中 ~魔法少年? 初めから死んでます。~ 対魔忍(男)爆誕な番外編その3

みなさん大変お久しゅうございます。民民6です。遅ればせながらvividアニメ化おめでとうございます。

突然ですが、私はリリカルなのはにおける男性キャラが結構好きです。
活躍の場こそ目立たないものの、クロノ君もユーノ君も重要な役割を果たしています、まさに陰の立役者。
なので、この小説では労いの意味も込めて、彼らには良い思いをしてもらいなと思っています。

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2015-06-22 07:10:17 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1466   閲覧ユーザー数:1403

「お父様、失礼します」

 

 

部屋の中にノックの音と女性の声が響く、ドアから入ってきたのはこの部屋の主の使い魔の一人、リーゼロッテだ。

ここは次元管理局総本部、ギル・グレアム提督の部屋である。

 

「八神一家の監視ご苦労だったな、ロッテ」

 

書斎机の上で手を組み、労いの言葉をかけるグレアム。

そう、今回リーゼロッテを呼び出したのは他でもない、ロストロギア『闇の書の主』である八神はやてとその家族の動向を報告してもらうためだ。

 

 

ロストロギア『闇の書』詳しいことは割愛させてもらうが、これは現在八神家の本棚にある鎖で縛られた魔道書のことだ。

この魔道書は、時が来ればジュエルシード以上に危険な代物となり、複数の世界に多大な影響を及ぼしかねない。

八神はやては無自覚ながらもその持ち主として選ばれたのである。

グレアムの目的はこの魔道書を二度と暴走させぬよう封印することだ、『主である八神はやてごと』。

 

つまりグレアム達は八神一家の敵として、秘密裏に監視し、封印すべきタイミングを見計らっている。

 

 

 

「……それで、彼らニンジャのニンポーの極意は掴めたか?」

 

というのが建前で、既に9割ぐらいがグレアムの『ニンジャ部隊設立』という私欲の元にある監視に目的が変わってしまっていたりする。

グレアムは足売りさんや異次元さんの力をニンポーと言ってはばからない、要は盛大に勘違いしてしまっているのだ。

 

都市伝説の力を身に付けることは不可能なのだが、それでもロッテは主のため、無駄だとしても律儀に監視の結果を報告するしかなかった。

 

「一応、八神家を監視した報告書ですけど……」

 

パサリと数十枚のレポートの束を置く、一応言っておくがこの中には彼女が監視中に遭った痴態の事は書かれてはいない、というか書いたらそれこそ真正の変態だ。

ここに書かれているのは足売りばあさんや異次元さん、メリーさんの幽霊の力、魔導師では再現不可能な未知の現象の事である。

 

(魔力も全く使わずに転移とか、自分の両足をもいで付け替えるとか普通に誰も信じないんじゃ)

 

「む!? むむむぅ……こ、これはまさかっ……時空間……! しかしそうなると彼らは……」

 

(……なんでお父様は心当たりがありそうな反応をしてるんだろ)

 

報告書を見るなりすごい真剣な表情でうなるグレアム、しかしロッテには彼が言っている単語の意味が理解できなかった。

 

一頻りうんうんと唸ったグレアムは、小さくため息をついて再び口を開く。

 

「ふぅ、報告ありがとう。まだまだ彼等の謎を解き明かすには不十分だが、引き続き監視を頼む」

 

「はい、了解しました」

 

「あ、それとロッテ」

 

「はい?」

 

 

報告も終わり、部屋を出て行こうとしたロッテに待ったの声が。

何かあるのかと振り向くと、グレアムはふと気になった様子で

 

「なんか最近、やけに肌がツヤツヤしてないか?」

 

「…………セクハラで訴えますよ」

 

「何故に!?」

 

言えやしない、ハワイで受けた(性的な)マッサージの効果だということは。

 

 

 

 

バタンッ! と力強くしめられるドア。

残されたグレアムの表情は暗く、不安で満ちていた。

 

「はぁ……もしやとは思っていたが。報告書の通りだと彼等は……」

 

その原因は勿論、ロッテの持って来た報告書。

ロッテには『まだ謎が多い』と言ってはいるものの、グレアムは八神家に突然現れた同居者の正体を粗方見抜いていた。

 

「魔力を使わず転移する、これは恐らく『時空間忍術』の事だ。日本の資料によれば最上級のニンポー、つまり彼等は火影クラスのニンジャということに……」

 

失礼、粗方間違っていた。

勿論資料とは某週刊誌の忍者漫画のことである。

 

グレアムは足売りさん達が凄腕のニンジャであることに、嬉しいとは思っている。初めて見る日本のニンジャ(間違い)が、日本の文献(漫画)に出てくる最上級クラスのニンジャということに感動してさえいるのだ。

しかし、しかしである。

 

「ヘタをすると、彼らは闇の書封印の最大の障害になってしまう。くぅ……監視ついでに八神家に行って貰ったのは間違いだったか……!」

 

そういうことだ。グレアムは八神はやてが少しでも、たとえ闇の書を封印する少しの時間でも救われるように(半分はニンジャに興味があってだが)足売りさんに八神家に行って貰った。

だが、あろうことか八神はやては足売りさんを家族として引き込み日常を送っているのである。

 

グレアムとしては『足の専門家』と名乗った彼女の腕を見込んで、はやての足だけでもどうにかしてもらうつもりだったのだ。

しかし、はやての家族にまでなってしまえば当然、はやてごと闇の書を封印する自分達を黙って見ている筈が無い。

 

はたして、グレアムが考えうるに地球最強の戦士であるニンジャを退け、闇の書を封印できる自信があるのか。

 

 

「だ、駄目だ。弱気になってはいけない。アレが存在すればこの先どれだけ悲劇が繰り返されるか、犠牲になったクライド君に私は顔向けできない」

 

自分が覚えている最後の悲劇、その犠牲になったたった一人の人間を思い出し気を引き締めるが----やはり、表情は暗くなる。

 

「はぁ……」

 

予想以上に厄介な問題が立ち塞がり、打開策も思い浮かばぬまま時間だけが過ぎる。

 

そう思っていた。

 

 

コンコン

 

ドアから再びノックの音がした。

グレアムは初め、ロッテが何か伝え忘れた事でもあるのかと思ったが、違う。ドアから感じる気配は3人。

 

「……? 入りたまえ」

 

果たして来客の用事があっただろうかと疑問を感じながら入室を許可すると、ドアを開け入ってきたのは3人の男性管理局員だった。

 

「ギル・グレアム提督。突然の来訪、失礼します」

 

男達は、言ってしまえば平凡な3人だった。容姿も体格も飛び抜けて目立つ所はなく、強いて言えば全員が20代前半の若者であることぐらいが特徴か。

 

事実、彼らの魔導師ランクはBマイナス、お世辞にも強力な戦闘局員とは言い難い、『ありふれた人材』それが彼らだ。

 

グレアムは彼らの姿が見えた途端、見つからぬようにロッテからの報告書を懐に仕舞う。これは最重要書類、闇の書に関するものなので見せる訳にはいかない。

 

「……『また』君達か」

 

目の前に横一列で並んだ3人を見て、グレアムは険しい表情をする。

そう、この3人がグレアムの部屋に来るのは今回が初めてではない。『ある日』を境に、何度も何度も彼らはこの部屋を訪ねているのだった。

 

 

「……我々は何があろうと、諦めるつもりはありません」

「既に起きてしまった惨劇に、いつまでも目を背くことは許されない。そうでしょう、提督」

「例えあの事件が、管理局にとって最大の汚点だったとしても、自分達は乗り越えなければいけない」

 

提督という、自分達とは次元が違う人物の前にいても3人は物怖じせず話す。

彼らの言葉、そしてその瞳には熟練の魔導師でさえ怯んでしまいそうな決意が滲んでいた。

 

「いい加減にするんだ。私は君達が欲しているものを持ってはいない、持っているとしても、口外することはできない」

 

しかし、グレアムは折れない。3人の決意も居に介さず、突き放すように話す。

その警戒心の高さは同じ管理局員に対して向けられるものではなかった。

 

それは、彼らが求めている物が時空管理局の存在を揺るがしてしまいかねない『ある事件』の一部始終を収めた映像だからだ。

その事件は、本局にいた武装局員達の全てが倒れ、3日もの間時空管理局の戦力が大幅に低下した忌まわしい出来事。

 

目の前の3人、そしてグレアムも関わったその事件は……。

 

 

 

 

「謎の老婆による集団足ツボマッサージ事件、通称『AB事件』(足ツボババア)の記録映像が残っているのは知っています。どうか、閲覧許可をいただけませんか」

 

このあいだの足売りばあさん襲撃事件の事であった。

 

 

 

ソウルフル田中番外編~対魔忍(男)爆誕な番外編その3~

 

 

 

「確かにAB事件は管理局史上類を見ない事件です」

「たった一人の老婆に武装局員が全滅させられた、それだけでも管理局の信用を落とすには十分なのに、その後の老婆の足取りも掴めなかった」

「公表されればマズイのは分かります。ですが、今後何かしらの対策も必要になってくるのではないですか!」

 

「…………」

 

3人の糾弾に無言で応じるグレアム。今、この部屋には戦場にも似た緊迫感がただよっていた。

 

3人のいう通り、足売りさんが引き起こしたAB事件は世間には公表されず。事件に関わった者達も口外することを禁じられている。彼らの欲する記録映像も、閲覧できるのは自分しかいない。

 

時空管理局本部が、たった一人の老婆相手に壊滅的な被害をこうむったなどと情報を漏らせば、多くの管理世界に波紋を呼び混乱が起きるのは間違いない……というのが、グレアムの情報遮断の『表向きの理由』だ。

 

「君たちは何も分かっていない。『アレ』が、あの事件そのものがどれだけ危険な物だったのかを。下手に掘り返せば……時空管理局が滅びかねないのだ」

 

そう、グレアムが情報の一切を遮断し、事件そのものをなかった事にしようとするのには『真の理由』がある。

 

 

(ニンジャにとって、ニンポーとは決して表に出ず隠蔽されるべきシロモノ。もし口外すれば、知ってしまった人間は一人残らずニンジャに捕まり『ハラキリ・セップク』され闇に葬られてしまう)

 

しかしその真の理由が大体間違っている。

そもそも前提条件からして間違っているので仕方ないのだが。

 

 

「くっ……! しかしっ、自分はどうしてもあの日を忘れられないのです!」(ロッテさんのエロいマッサージシーンを)

 

「自分も、毎晩夢にまで出てくるんです!」(ロッテさんのエロいマッサージシーンが)

 

「口外はしません、ですから事件関係者だけでも記録映像の閲覧許可を!」(ロッテさんのエロいマッサージシーンだけでも)

 

そして相手も相手だった。真面目に訴えているように見えて、内心は煩悩が溢れていた。

皆さんはお気付きかもしれないがこの3人、ロッテの近くでやられていた武装局員3人組である。

 

口では立派なことを言っているが、彼らの目的はただ一つ、足売りさんのマッサージで喘ぎ悶えていたロッテの映像だけなのだ。

 

「む、むぅ……」

 

予想以上に食い下がる3人に、グレアムは何か凄まじい物を感じて怯む。

事件が起きたあの日から、ほぼ毎日のように記録映像を見せてくれという提案は続き、どれほど冷たくあしらっても衰えを知るどころかますます主張がつよくなっているのだ。

その熱意、いや最早執念に時空管理局提督、ギル・グレアムが戦慄した。

 

(な、何だ……!? 彼らのこの執念は、一体何処から来ているんだ……!?)

 

彼我の実力差は圧倒的、

3人が束になってきても自分には到底かなわない。それが分かり切っているはずなのに――――気圧された。

それと同時に疑問に思う。何が彼らをここまでさせるのかと。

 

 

「な、何故だ。何故君達はそこまであの事件に拘る?」

 

「自分は世界の秩序を守る時空管理局の武装局員です。自分はあの時無様に足ツボマッサージされるだけでした。無力な自分が憎いんです」(ロッテさんの映像ロッテさんの映像ロッテさんの映像ロッテさんの映像)

 

「しかし、あの映像を見てしまえば命の危険が、『奴ら』に消されるかもしれないのだぞ」

 

「ならば、我々はあの映像から敵を知り、打倒する術を身に付けるまでです」(俺もあのマッサージを身に付けてロッテさんを――うっ……ふぅ)

 

「君達は命が惜しく無いのか? 『奴ら』の実力は……恐らく、私以上だ」

 

「あの老婆がどれほど強かろうと、我々は世界を守る。それが武装局員の存在意義でしょう」(いいからとっとと見せろやジジイ)

 

 

「…………!」

 

グレアムはハッキリとではないが感じ取れてしまった、彼らの言葉の裏にある、強すぎる意志を。

その意志はグレアムだからこそ分かったのかもしれない、自身も罪なき少女一人を犠牲にしてまで闇の書を封印すると決意し、事がすべて終われば然るべき裁きを受ける覚悟を決めているからだ。

 

 

(もしかすると、この3人ならばあるいは……)

 

グレアムは思う、彼ら程の意志があれば、出来るかもしれない。

 

(地球のニンジャに対抗できる唯一の戦力になり得る……か?)

 

長年自分が秘めていた、『ある部隊の設立』。そのメンバーとして活躍できるのではないか、と。

 

 

 

「……君達の決意は分かった。私の負けだ、AB事件の一部始終を収めた記録映像の閲覧許可を出そう」

 

「「「!!!」」」

(((今夜の参考映像キタァァァァ!!! )))

 

念願叶い一気に表情が明るくなる3人、勘違いしてるグレアムにはその表情も『訓練がはかどるから喜んでいる』という風にしか見えていない。

そんな彼らに対して、グレアムは更にこう続けた。

 

 

「だが、君達には閲覧許可と同時に『ある部隊』の隊員になってもらうべく明日から特別訓練を行ってもらおう。『奴ら』に対抗できる時空管理局唯一の力――――『ニンジャ部隊』の一員にな」

 

 

かくして、グレアムの勘違いから始まった暴走が幕を開けるのであった。

 

 

 

 

「『新しい部隊の実戦訓練』?」

「そ、なんか最近できた特殊武装局員の力試しをやってほしいって」

 

八神家監視の報告から少し日が経った頃、場所同じくして時空管理局本部。リーゼロッテとリーゼアリアの姉妹は訓練施設へと向かいながら自分たちが呼ばれた理由を話し合っていた。

 

現在八神家は旅行から帰ったばかりで、暫く動きがなさそうだったから暇ではあったロッテ達だが……。

 

「特殊武装局員って……あたし全然聞いてないんだけど」

 

「わたしだってついさっき知ったのよ。しかも特殊武装局員って言っても具体的にどんな部隊なのかさっぱり教えてくれないし、人数すらわからないのよ?」

 

「ええー……?」

 

突然の訓練依頼に、謎の部隊、はっきり言って不気味なことこの上ないのだ。しかも特殊武装局員なんて今まで聞いたことがない役職だし。

つい最近出来たばかりだとしても、普通は部隊設立にはかなりの時間と手間がかかり、設立前にはどういった部隊であるとか情報が出回っている筈なのだ、しかしこの『特殊武装局員』の部隊にはそれが無い。

 

まるで知られてはならないような情報の隠蔽ぶりに、ロッテは少し考える。

 

「んー……。諜報活動でもする部隊なのかなぁ?」

 

「だとしたらなんで戦技教導の私達に訓練してくれって頼んでくるのよ」

 

「だよねぇ……」

 

リーゼ姉妹はグレアムの使い魔という他に『戦技教導隊』と呼ばれる部隊のアシスタントをしている立場である。

この戦技教導とは要するに『管理局員の戦闘を指導する』立場の人物ということであり、指導するだけの実力を持ったエース級の実力者の集まりなのだ。

 

アシスタントとなっているが、リーゼ姉妹も他の教官達に引けを取らないどころか群を抜く強さ、そんな2人に訓練を頼むのだから特殊武装局員は荒事向きの部隊……そう考えるのが普通である。

 

 

「まぁ、あまり深く考えても仕方ないわね。久しぶりの教導だし、なにより出番だし、何人いようとビシリと教導するわよ!」

 

「ア、アリア? やけにやる気満々じゃない?」

 

いつになく燃えている姉妹に対して若干ひきぎみなロッテ。

なんか、出番という言葉を口にした辺りから途轍もない執念が感じ取れる。

 

「分からないでしょうね、あの老婆襲撃で管理局の防衛したり、監視のついでにハワイ旅行したりして見せ場のあるロッテには」

 

「んなっ!?」

 

そんな言葉を聞いて黙っていられないロッテ。思わずそのまま口論が始まってしまった。

 

「わたしなんか、わたしなんかっ……! 10話から登場して、それっきり出番なし、ちゃんと八神家監視しててもあたしの時だけ平和で何も起きず、番外編にはロッテばっかりでるしさぁ!」

 

「なんのはなし!? だいたい見せ場って何だよ! アリアだって、行く先々であたしがどれだけ酷い目に遭ったか分からないだろ!」

 

「見せ場があるだけまだましなのよっ! わたしなんかこないだ『アリアさんって影薄くね?』『ロッテさんエロいからな……』『もう少しサービスシーンを』とか影で言われてるの聞いちゃったんだからぁ!」

 

「エロい見せ場ばっかあっても嬉しくないわ!」

 

「ねぇどうすればわたしは出番がくるの!? 脱ぐの!? 脱げばいいの!? 脱ぐわよ!? 」

 

「しるかぁぁぁぁ!!!」

 

無益な言い合い、ちなみに陰口を言っていたのは例の3人である。

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……。も、もうやめよう」

「う、……うん。不幸自慢は、もう懲り懲り……」

 

数分たって、お互いに不毛な争いをしていることに気づいた二人は大人しく訓練所へ向かい、その目の前に到着していた。

というか、さっきから出番が無いだとか、出番の度にエロマッサージを受ける羽目になってるとかの内容を大声で喋ってしまっていたので周りの視線が集まってしまい、逃げるようにその場を後にしただけだった。

 

「言ってる内にどんどん自分が惨めになってる気がした……」

「見せ場があるのも考え物なのね……。あー……喋ってたら喉乾かない?」

 

息を切らしながら、二人は訓練所の近くにあった休憩室に目を向ける。

急いで来たために時間は十分に余っており、水分不足のまま訓練をするわけにはいかない、休憩室で時間を潰すのに異論は無かった。

 

「うん、休憩しょっか……アリア奢ってね」

「な、なんでよ!?」

「アリアが出番がどうこう言ったからこんな事になったんじゃん」

「うー……仕方ないわね」

 

ぶつくさ文句を言いながら、二人は休憩室への扉の前に立つ。

扉が自動で開き中に入ると、休憩室には3人の先客がいた。

 

「あ、ロッテさんにアリアさん! 丁度良かった!」

 

休憩室に幾つかあるテーブルの、部屋の中心にあるものに、白衣を着た男達が腰掛けていた。

彼らはリーゼ姉妹を見た途端に立ち上がり声をかけてくる。

リーゼ姉妹は彼らに見覚えが無く、声をかけられる心当たりもなかった。

 

「え、えっと……わたし等になんか用?」

 

「悪いんだけど私達この後訓練があるから……」

 

「いえいえ! お時間は取りませんから!」

 

「というか、その『訓練に必要な物』を我々が用意する手筈ですので!」

 

「ささっ、こちらに掛けてください」

 

半ば強引にテーブルに座らされるリーゼ姉妹、しかし彼等が言った『訓練に必要な物』という言葉が気になったので話を聞く事にした。

 

「ではまずは挨拶と説明を。我々は新しく発足した『特殊武装局員』です、今回はお二人に教導していただき感謝します。自分はセロ・ハウンドといいます」

 

「自分はライア・コーガーです」

 

「トルナ・ヴォルテクスです」

 

「「ど、どうも……」」

 

ばっ、と一斉に敬礼をして名乗り上げる3人。

しかし、名乗ってもらってアレだが彼等は皆同じ服装で、髪型も短かく刈り込んでおり、ぶっちゃけ髪色以外同じという実に区別がつきにくい3人組だった。

 

(うわー。なんていうか、少し油断したら誰が誰なのか分からなくなりそう、三つ子みたい)

(清々しいまでに個性なき集団よね……えーと灰色の髪がセロ君で、黒がライア君、黄色がトルナ君……よね?)

 

早速認識があやふやになりつつあるリーゼ姉妹。

しかしもう一度自己紹介してもらう訳にはいかないので、そのまま初め挨拶をしたセロが言葉を続ける。

 

「そして、今回の訓練。我々は直接参加するわけではありません」

 

「「え?」」

 

 

混乱するリーゼ姉妹、訓練を申し込んでおいて参加はしないとはいったいどういう事なのか。

彼らの発言の意図が読めないリーゼ姉妹は思わずその真意を問い詰めた。

 

「ちょ、ちょっと待って。貴方達は訓練に参加しない?」

 

「じゃああたし達は誰の訓練をするのさ?」

 

「訓練というか、『実験』というのが正しいのでしょうが……コレをどうぞ」

 

黒髪のライアがテーブルの下に置いていたらしい大きなケースを持って開き、残りの二人がその中にあるモノをリーゼ姉妹の前に出した。

 

「「ジュース?」」

 

「見た目は市販の飲料ですが、飲んだ対象の運動能力を上げる効果があります」

 

「コレが、今回の訓練に必要な物です」

 

「コレを飲んで頂いて、運動データを採集するのが我々特殊局員の目的になります」

 

目の前に出されたのは2つのペットボトル、そしてその中にある黄色と桃色の液体だった。

そのドリンクの効果と、訓練の目的を説明していく内にリーゼ姉妹は『特殊局員』の主な役割を理解する。

 

「いやー、我々は元科学斑の人間なんですよ」

 

「ですから戦闘とかはからっきしで」

 

「でも『武装局員のサポートを、科学面から行う』という特殊局員の目的には、新薬の実験も必要不可欠でして……今回はお二人にコレを飲んだ後、訓練室で身体能力テストを受けていただきます」

 

「なーるほど、道理で訓練には参加しないわけだ」

 

ロッテは特殊局員の面々を観察するが、身が細い彼等は武装局員のように鍛えこんでいる風には見えなかった、

インテリ系の雰囲気を出している彼等に戦闘などとても無理そうである。

 

つまり、この特殊局員はバックアップとして裏方で活動する人間達だったということ。事前に情報がなかったのは単に『戦闘に関する情報が無かっただけ』そうリーゼ姉妹は納得した。

 

「……で、コレ。実は副作用とか味がマズイなんてものじゃないわよね?」

 

運動能力を向上させる、という余りにも都合の良い新薬の効果に不安を感じているアリア。

まあぶっちゃけていえば、やばいドーピングなんじゃないかコレ、という事だ。

 

「ははは、大丈夫ですよ。身体能力の向上と言っても微々たるものですし、この新薬の主な効果はスポーツドリンクとそう変わりませんから」

 

「味の方も改良済みです、見た目通りの味ですよ」

 

説明をしながらセロとトルナは休憩室にあるコップにドリンクを注ぎ、アリアには黄色の新薬が、ロッテには桃色の新薬が差し出された。

 

「ですが、いずれは前線で戦う局員達に必要不可欠な薬を創り出して、裏方は裏方なりに管理世界の平和を守っているんだと証明したいのです。さぁ、どうぞ」

 

「じゃあお言葉に甘えて……」

「いただきます」

 

元々飲み物を求めて休憩室に入った二人なので丁度良かった。

差し出されたドリンクを迷わず手に取り、口へ運ぶ。

 

「「「…………」」」」

 

「な、なに?」

 

急に静かになった特殊局員の面々に対して声をかけるロッテ。

彼等はドリンクを口にするリーゼ姉妹を見つめていた。

いや、この部屋には5人しか居ないので三人がリーゼ姉妹を見ていても不自然なことは無いはずなのだが、それを差し引いても彼等の食い入るような視線が気になったのである。

 

「え、あ、ああっ! すみません! つ、つい実験となると、そのっ、きき気になってしまいましてっ! ……ジロジロ見るな、怪しまれるだろっ」ヒソヒソ

 

「お、俺はそんな見てないぞ」ボソボソ

 

「決して胸に視線を奪われたわけじゃ」ブツブツ

 

「???」

 

ロッテが声をかけて、自分達がリーゼ姉妹を凝視している事に気がついたらしい三人は慌てた様子で弁明する……が、なんか言葉の最後がやけに小さかったので聞き取れなかった。

まあ元科学斑である彼等なら、自分達の研究成果が気になって仕方ないという理由は最もである、とロッテは納得する。

 

「んっ――――こ、これ、美味しい!? ちょっとロッテ! コレそこらのスポーツドリンクよりずっと美味しい!」

 

先にドリンクに口をつけたアリアは、一口飲んだ瞬間に驚きで瞳を大きく広げ、グビグビと全て飲み干していた。

余程おいしかったのか、ケースを持っているライアに「もう一杯ない?」と聞いて「一応薬品の類なのでおかわりはちょっと……」と断られ肩を落としている。

 

「へぇー、そんなに美味しいのか……。んっ……こ、これは……!」

 

「ど、どうでしょうか?」

 

「スポーツドリンク特有の薄味ではなく、かと言ってフルーツジュースのように甘すぎる事の無い……しかも、その上でしっかりと喉が潤う。飲料としての理想形を見事に実現しているっ!」

 

絶賛であった、運動系のロッテがインテリ風に評価してしまうぐらい、ドリンクは美味しかった。

先程アリアを見たばかりだというのにケースを持ったライアに「もう一杯!」と聞いて「い、一応薬品の類……なんです、けど」と断られ肩を落としている。

 

「うー……残念。でもこれ凄いよ、商品として出しても売れるレベルじゃない?」

 

「本当ですか! 良かった、今回は味の方を重視して改良したかいがありました」

 

ロッテの言葉に、どうやら味の方を担当したらしいセロがほっと安堵の表情を浮かべた。

他の隊員達もまず飲みやすさは合格だ、と満足気に頷いている。

 

「喉の渇きも止まったし、そろそろ行くわ」

 

アリアが腰掛けていた椅子から立ち上がる。

喉の渇きを癒し、後は新薬の効果を見るためにトレーニングルームへと向かうだけだ。

 

「ドリンクありがと! あんた達の為にも新記録叩き出してくるよ」

 

ロッテも席から立ち上がり、実験の為とはいえドリンクを出してくれた局員達に礼を言う。

 

こうしてリーゼ姉妹は休憩室を後にした。

そして、後に残された特殊局員3人組は……。

 

 

「「「……計画通り」」」

 

とても管理世界を守る局員とは思えない、どこぞの新世界の神みたいな真っ黒な笑顔で見送っていた。

 

 

 

 

 

「うっし、やるぞー」

「体力テストなんて久しぶりだから、怪我しないようにしないと……」

 

いっち、に、さん、し、と準備体操を行うリーゼ姉妹。

二人は学校のグラウンドぐらいの広さがあるだけの、真っ白い壁と床に覆われた空間にいた。

 

その空間には何も物は置いておらず、あるものといえば二人が入ってきた入口の扉だけ、これから体力テストを行うのに、最低限必要な器具すら無い。

一人で長時間居たら発狂するという拷問部屋に似た、不気味な空間だった。

 

しかし、この真っ白な空間こそが時空管理局が有する訓練施設でも最も優れた訓練施設なのである。

 

「本当いい時代になったわよね。部屋に入る前にあらかじめ環境を設定したら、実体付きの仮装空間で何でも再現できるようになるなんて」

 

「アリア、言い方が年寄り臭いよ……いや私達年寄りだけどさ」

 

そう、この部屋にある唯一の出口、そこから出たすぐそばにある端末にデータを入力すれば、この部屋は変幻自在に姿を変えるのだ。

 

市街地から砂漠、ジャングルなど地形は勿論の事、ダンベルやらサンドバックのようなトレーニング器具、果ては仮想敵まで実体を持った状態で再現される。

これが、管理局で最も優れた訓練施設と呼ばれる所以というわけ。

 

「あたしらが若い頃はまだこんなに技術も進んでなかったからね。あー、二人でクライド君やクロスケ鍛えてたのがなつかしー」

 

「あはは、確かにあの頃は体当たりで教えてたわね。でも、対人じゃないと教えられないこともあるから、機械に任せない教導も必要よ?」

 

軽口を言い合いながら、昔の事を思い出す二人。

そうこうしている内に『訓練開始、プログラムを再現します』と部屋にアナウンスが流れた。

 

「おっ、始まった。ねえアリア、勝負しない? 勝った方が次の監視引き受けるってことで」

「いいわね、負けないわよ」

 

部屋中が、白い光に包まれていく。

その眩しさに思わず目を瞑る二人、この光が収まれば訓練室は設定した通り『体育館』に姿を変え、トレーニング器具も現れる。

 

 

 

『筈だった』

 

「「「ドーモ。アリア=サン。ロッテ=サン」」」

 

「「!?」」

 

光の中、自分達の前で突然聞こえた3つの声。

余りにも聞き覚えがあり過ぎるその声のせいで、リーゼ姉妹は今まで自分達以外にこの部屋に居なかったという事実より、何故『彼等』が此処にいるのかという事に驚愕していた。

 

「偽りの教導依頼、失礼します」

「体力テストと言いましたが、あれは嘘です」

「騙して悪いが戦闘訓練なんでな、付き合ってもらいます」

 

 

「あ、あんた達は……特殊局員!? どうして!?」

「戦闘訓練……ど、どういうこと!?」

 

突然の乱入者に向かって叫ぶロッテとアリア、リーゼ姉妹の前に居たのは先程会ったばかりの特殊局員3人組。

休憩室で別れた筈の彼等が、どういう訳かこの訓練室にいた、潜むことなどできる筈の無いこの空間にだ。

 

しかし、リーゼ姉妹にその訳を、そして彼等の言葉の意味を問い詰める暇は無かった。

 

「な……嘘でしょ!? 訓練室が……そんな、ちゃんと『体育館』に設定したのに」

 

「ふふふふ……訓練プログラムも改竄しておきました。我々のホームグラウンドになるようにね!」

 

光が収まり、リーゼ姉妹の目に映った光景はトレーニング器具が揃った体育館などでは無く、木々が鬱蒼と茂る暗い森。

 

次々現れる想定外の事態に、リーゼ姉妹は混乱するしかなく、それ故にこう尋ねるしかない。

 

「あなた達は……特殊局員は非戦闘員じゃなかったの!?」

「一体何がしたいんだ。いや、『何者なんだ』あんた達はっ!」

 

 

その問いを聞いた3人は、にやりとその特徴のない顔を歪ませ。

 

「我々が何者か、ですか……良くぞ聞いてくれました」

 

がっ、と右手でその顔を。そして左手で白衣の肩口を鷲掴みして。

 

「自分達……いや、俺達特殊局員はギル・グレアム提督直属の諜報兼暗殺部隊」

 

思いっきり『引き剥がす』。

 

「あのAB事件の悲劇を繰り返さないため(建前)生まれた……『ニンジャ部隊』だっ!!」

 

宙に舞う白衣とマスク、そしてリーゼ姉妹が見たその正体は……。

 

 

「これが、グレアム提督による極秘トレーニングで生まれ変わった俺たちの姿だ……ってばYO!」

 

短く刈り込んだ金髪が何故かツンツンヘアーになって、額には渦巻きマークが彫られた額当て、両頬には髭のように3本の線(油性)が書かれており、オレンジのジャージを着たトルナ。

 

「ふっふっふっ。我々が変化の術(変装)でひ弱なインテリを演じていたのも、隠れ蓑の術(幻術魔法)でこの部屋に先回りして潜んでいたのも気付かなかったでゴザルね」

 

青い忍装束を着こみ、頭も青い頭巾で覆うグルグルほっぺ(油性)の伊賀忍者となったライア。

 

「見ていられないぞ管理局の英雄、貴女達も年を取ったものだ」

 

セロに至っては、中央部に赤く光るモノアイがついた顔全体を覆う銀色のフルフェイスヘルメット、そして全身にオレンジと紺色の強化外骨格を纏っていて、明らかにトレーニングで生まれ変われる領域を逸脱した姿になっていた。

 

 

「「あんた達はっ……って、誰だあぁぁぁぁ!?」」

 

勿論こんな珍妙コスプレ集団をリーゼ姉妹は知る訳がなく、至極もっともなツッコミを入れるのであった。

 

「ホントに誰だよっ! 変装までして顔を隠してるから、知ってる奴なのかなって一瞬思ったじゃん!」

「しかもニンジャ部隊と言いつつ忍ぶ気全然ないでしょあなた達! 特にセロ君はニンジャどころか人間にも見えないし! あと年取ったとか言うなっ!」

 

先程から予想の斜め上の事態が連続しているせいか、テンション高めなリーゼ姉妹。

しかしニンジャ部隊の面々は冷静で、やれやれといった様子で肩をすくめている。

 

「一応、特別トレーニングを受ける前にAB事件で一度会ってる……ってばYO。まあトレーニングのせいで見た目は大分変わってるから仕方ない……ってばYO」

 

「これだから素人はダメでゴザル。この姿は管理外世界のニホンという国に伝わる最強の兵士、ニンジャについて書かれた文献そのままの姿。つまり、ニンジャとはどのような姿でも忍ぶことができるということでゴザル」

 

「あと年については気にしなくてもいいだろう。色々と経験豊富な熟女とは素晴らしいものだからな……問題なのはむしろその経験を見せる出番が無いということだが」

 

「ねぇセロ君、ちょっとおねーさんと向こうで良いコト(物理)しよっかー?」

「まてまて落ち着けアリア、まだコイツらぶっ飛ばすのは早いって。わけわかんない連中をわけわかんないまま退場させるのはまずいだろ」

 

今にも砲撃魔法ブレイズキャノンを放ちかねないアリアをロッテは何とか抑える。

もうすでにアリアにとって出番の話は禁句となってしまったようだ。

 

とりあえず自己紹介してもらったはいいものの、彼等ニンジャ部隊が一体なんの目的があってここにいるのかがさっぱり分からないのだ、ぶっ飛ばすならばせめてその理由ぐらい判明してからの方がいいはずだ。とロッテは考え、質問する。

 

「で、そのニンジャ部隊のあんた達は何でわざわざ変装して所属を偽り、体力テストと嘘を吐いて私達と戦闘訓練を挑んでくるんだ」

 

これが敵同士の質問ならまず答えは返ってこないだろうが、お互い管理局に務める局員同士、質問はあっさりと返って来た。

 

「ニンニン、『それも含めて』ニンジャ部隊の訓練なのでゴザルよ。まさか、気付いてなかったでゴザルか? 拙者達が行った工作はこれだけにあらず」

 

 

「俺達ニンジャは影に生き、正体を隠す存在だ……ってばYO。だから戦闘訓練を申し込んでも敵に俺達の情報が行かない様に妨害したり、事前に訓練室のプログラムを改竄して俺達の有利な地形にしたり、変装して直前まで姿がばれない様にしたり……とにかく、戦闘以外の隠密行動も重要なんだ……ってばYO」

 

得意げに自分達が行った裏工作とその理由を語るライアとトルナ、その用意周到っぷりに「してやられた」とロッテは悔しげに舌打ちした。

 

「なるほどね……つまり私達は戦う前からアンタ達の訓練に付き合わされていたってわけか」

 

そう、既にアリアとロッテは嵌められていたのである。教導の依頼をされてから、いやそれよりもずっとずっと前からこのニンジャ部隊の手の平の上で踊らされていたのだ。

 

「ようやく気付いたか、その通りだ。そして裏工作は完璧と言って良いほどに成功している。後は我々が貴女たちに実力で勝利すれば……ニンジャ部隊は管理局の新たな伝説になる」

 

セロの言葉が終わると同時に、ニンジャ部隊は鎖鎌に忍者刀、クナイを構え臨戦体制に入った。

どうやら本物ではないらしく、無機質な機械らしさからストレージデバイスだと判断できるが、形状が形状だけにどんな戦法をとってくるのか予想がつかない。

 

裏工作のせいでニンジャ部隊に関する情報を一つも知らず、その上フィールドは彼らの有利な場所、そんな状況にリーゼ姉妹は。

 

 

 

「実力で勝利する、か……随分と舐められたものね、ロッテ」

 

「ああ、まったくその通りだね、アリア」

 

にやり、と不敵に笑ってみせた。

 

「……? 何故この状況で笑って……ッ!!?」

 

二人の表情にセロが疑問を持った直後、目の前から青い光が迫ってきた。

予備動作も無しにアリアはブレイズキャノンを放っていたのだ。

 

「はっ、速いでゴザル!?」

「直撃はマズイっ! 躱す……ってばYO!」

 

慌てて左右へ飛び退いて回避する三人、ブレイズキャノンは先程までいた場所を通り抜け、後ろの木々を轟音と共に薙ぎ倒していく。

直撃していれば間違いなく倒れていただろう、ニンジャ部隊はその光景を想像し冷や汗を流した。

 

「はっきり言わせてもらうわね。貴方たち、この程度の『ハンデ』で私達に勝てると思ってるの?」

 

ブレイズキャノンの発射源、アリアは三人に冷たい視線を向けながら問いかける。

声には明らかな怒りと、僅かに失望の色が含まれていて、ニンジャ部隊に対して少し呆れているようだった。

 

「私達が何年間局員やってると思ってるのさ。相手の詳細が分からない? 戦う場所が不利? そんな理不尽な戦場なんて『日常茶飯事』なんだよっ!」

 

ロッテが啖呵を切り、ニンジャ部隊の3人は改めて気づいた。

そうだ、自分達の目の前にいるのは『伝説』。かつて数多の次元犯罪者達を捕らえた恐怖の象徴であり市民から英雄と讃えられた、管理局員とその使い魔2匹、そのくぐり抜けた修羅場の数は間違いなく次元世界一。

 

今からどれだけニンジャ部隊が策を練ろうとも、どんな戦法、奇襲、不測の事態を用意しても、そのどれもが彼女達にとっては『経験済み』なのである。

 

「ぬぅぅ……!? さ、流石伝説、侮ってはならないでゴザル。セロっ! トルナっ! ここは一旦木々に身を隠す―――!?」

 

「させるとでも思った?」

 

ライアの呼びかけによってニンジャ部隊は一斉に森へ飛び込もうと動いた、しかしロッテが呟くと同時に三人の足元から魔法陣が光り、青く輝く鎖が展開される。

 

「んなっ!? こ、これはディレイバインドっ!?」

「そんな、いつのまに仕掛けてたんだってばYO!?」

 

「あんなにべらべらと喋っておいて、罠の一つでも仕掛けられないとでも思ってたの?」

 

バインドの鎖によって縛り上げられたニンジャ部隊。そう、リーゼ姉妹はとっくの昔に次の一手を準備していたのだ。

 

「ひ、卑怯でゴザルー!?」

「不意打ちなんて汚い……ってばYO!」

「語るに落ちたな英雄! よもや姑息な手段に出ようとは」

 

「少なくとも貴方達が言えることじゃないわよねそのセリフ」

「よくもまぁあれだけ私達に卑怯で汚くて姑息な手段使ってきた癖に……」

 

自分達の事を100%棚に上げてリーゼ姉妹を非難するニンジャ部隊。バインドで簀巻きにされてしまっているせいもあって、負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。

 

「さぁって、どうお仕置きしてやろっかなー」

 

ロッテがニィ、と笑みを浮かべ拳を鳴らすたびにニンジャ部隊の背筋がゾクリと震える。

事実、ニンジャ部隊の勝率は0に等しい。準備期間があった分強固にかけられたディレイバインドはそう簡単に外せそうもなく、ここからの逆転は望み薄である。

 

「貴方達も多少は鍛えてたみたいだけど、残念だったわね。私達相手に隙を見せ過ぎたのが敗因よ、『実戦』はそんなに甘くはないわ」

 

もし、ニンジャ部隊が初めから裏工作などせずに戦いを挑んでいたのなら、多少は結果が違ったのかもしれない。

しかし今回彼等は有利な状況を作り上げてしまったせいで慢心してしまった。

 

いくら自分達が有利な状況や立場であっても一瞬の油断が死を招く、日夜犯罪者を相手にする管理局では当たり前の事であり、それを忘れたニンジャ部隊の敗北は必然と言えよう。

 

「ち、ちくしょうでゴザル……! この日の為に修行を積み重ねてきたというのにっ……! グレアム提督のニンジャについて記された超極秘資料を熟読したあの日々は何だったのでゴザルかっ!」

 

「極秘資料って、もしかしてお父様の書斎に隠してある地球の漫画のこと?」

「あー、そういえば集めてたね……。『日本はニンジャの情報を、エンターテイメントに偽装して隠しているに違いない!』とかなんとか言って」

 

「うぐぐ、こんな事なら姿を見せるべきじゃなかった……ってばYO。ニンジャの隠密行動を身に付けるために常日頃から気配を隠し尾行する修行してたのにっ……」

 

「それ修行じゃなくてストーカーだから!? 最近変な視線感じると思ったらあんた達が原因か!?」

「ていうか、漫画読み漁ってストーカーしてるだけじゃない!?」

 

「ぐっ、こうもキツく縛られてはっ……システムチェック、腕部可変式ブレード、バインドニヨル拘束ノ為変形不可、拘束ガ全身ニ及ブ為、四肢分離脱出機能『バクハツシサン!』効果無シト断定、バインド解除マデアト180秒……くそっ!」

 

「「一人だけ取り返しのつかない領域まで踏み込んでる!?」」

 

悔しそうに今迄の修行内容を吐露する三人。

ニンジャ部隊驚愕の特殊訓練は漫画を読むか誰がそこまでやれといったレベルで人間を卒業するか、緩いのか壮絶なのかよく分からない内容だった。

 

閑話休題、ニンジャ部隊のこの口振りからして最早彼らには為す術もないのは明白である、リーゼ姉妹はこれ以上長引かせても意味は無いと判断した。

 

「ま、まあ今回は私達の勝ちだね。今度やるときは正々堂々なら訓練してやるからさ」

「それじゃあ、全員仲良くブレイズでぶっ飛ぼうか。特にセロ君は元気が余ってるみたいだし念入りに4、5発は……」

「ちょっ、アリア!? 私怨混じってない!?」

 

既にブレイズキャノンの光が掌から漏れているアリアを見て、ロッテは顔を引きつらせた。どうやら出番の話をまだ根に持っているらしい。もしかしたら最近さんざん陰口をたたかれていたストレスも溜まっているかもしれない。

 

魔法の非殺傷設定という言葉を忘れていそうなアリアの表情を見たニンジャ部隊は、最早悔しそうとか、無念そうとかそんな表情を通り越してちびりそうである。

余りの恐怖でパニックに陥ってしまったのか、よせばいいのに彼らは頭の中に浮かんだ走馬灯を実況するが如く今迄してきた努力は何だったのかと叫びつづける。

 

 

 

 

 

 

「「「うわーん!! せ、せっかく研究員のフリまでして毒薬をスポーツドリンクに偽装したのに効果なしかよぉぉぉ!!!」」」

 

ただし、爆弾発言が一つあった。

 

 

「へ? 毒薬? え、あぇ……かららが、しひれっ……!」

 

直後、アリアの様子に異変が起きる。目の焦点が合わなくなり、急にふらついたかと思ったら、足から力が抜けてしまったようにその場に崩れ落ちてしまった。

起き上がろうと力を込めているようだが身体は意思に反してビクビクと痙攣するだけ、発する言葉は呂律が回らずまともな言語の形をしていない。

 

「あ、あが。あがががががが………!?」

「アリア!? ど、どうしたの……っ!?」

 

明らかに様子がおかしいアリアに駆け寄ろうとするロッテだったが、同時に自身も体の様子がおかしいこと感じた。

まるで熱帯のジャングルの中にいるような、そんな熱が体の奥底から吹き出し、汗が止まらない。

頭もぼーっとしてきて集中が出来なかった。

 

「こ、れはっ……!?」

「「「! チャンス(でゴザル)(ってばYO)っ!」」」

 

二人がかけたバインドも体の様子がおかしくなったことで緩んでしまい、ニンジャ部隊はその隙にバインドから見事脱出。先ほどとは打って変わって余裕綽々な表情でロッテとアリアのまえに立つ。

 

「はーっはっはっはっ!! ようやく毒が体に回ってきたでゴザルね!!!」

「俺たちが学んだニンポーは、イガスタイルだけにあらず! コウガスタイルの秘薬もすでに網羅している……ってばYO!」

「ちなみにアリア殿の方には黄色い痺れ薬、ロッテ殿の方には赤い風邪薬(治す方に非ず)を盛らせてもらった」

 

「ひ、ひきょうだぁぁぁぁぁ!!?」

「あがががが……!」

 

そして明かされるニンジャ部隊とっておきの策『毒を盛って弱らせる』汚い流石ニンジャ汚い。

正義の味方である管理局員のやることから外れたど外道な策ではあるが、その効果は抜群。

ニンジャ部隊とリーゼ姉妹、両者の立場を完全に入れ替えてしまった。

 

 

「さて……これで我々の勝ちは決まったも同然でゴザル」

 

そう言うと、ライナ、トルナ、セロの三人は両手を前にいるリーゼ姉妹の方へ出してワキワキと指を動かしはじめた。

 

「はぁ……はぁっ……な……なにするつもりだ!? っく、身体がっ……!」

 

なんだかとても嫌な予感がするロッテであったが、意識が曖昧で、とにかく身体が熱い、立っていることも出来ずに尻餅をついてしまった。

 

「大丈夫、痛くはしない……ってばYO。寧ろ『あの時』と同じように快感によがり狂う事になる……ってばYO」

「あ、あの時って……はぁっ……んっ」

 

あの時、その言葉を聞いた瞬間にロッテの身体の熱がより一層増す。

じわじわとにじり寄ってくるニンジャ部隊は気のせいかロッテの『足』に向かっているように思えた。

 

「我々はこの時を待っていたのだ。あの光景を、自らの手で再現できるこの時を。そうーーーー

 

そしてセロが、決定的な一言を言い放った。

このニンジャ部隊設立の、最大の目的を。

 

 

 

ーーーAB(足ツボババア)事件で貴女が受けた、足徒有情破顔拳。その身で味わうがいい!」

 

そしてその一言で、リーゼロッテの時が止まった。

 

 

「………………………は?」

 

足徒有情破顔拳、その技名を聞いて浮かぶのはあの惨劇。

グレアムを狙って管理局へ侵入してきた老婆との戦いは、ある意味でロッテにトラウマという形で記憶に残ってしまっていた。

 

足売りばあさんによる足ツボマッサージが生み出す快感の渦に支配され、あられもない痴態を晒した黒歴史直行の記憶が思い出されるとともに、ロッテはそれとは別の『嫌な予感』を感じる。

 

「あ、あ、あんた達……まままさか……!!」

 

「おおっと? これから来るであろう甘美な快感を予見して、身を震わせてるでゴザルか?」

 

ちがう、そうではない。

この身体の震えは決してそんないい感じのものではない。

 

「安心する……ってばYO。『映像しか資料が残って無かった』とはいえ、俺たちは血の滲むような努力であの業を完成させた……ってばYO」

 

嫌な予感が更に加速する、『足徒有情破顔拳』、『映像』、そしてこのニンジャ部隊は『グレアム直属の部隊である』。

まさか……まさか……!

 

 

 

 

 

 

「あのAB事件で貴女の身に起きた一部始終を、我々は『監視カメラの映像』として『毎日』『その目に焼き付け』、『参考にしていた』のだからな」

 

 

最後にセロが放った一言が、ロッテの中にある何かをぶち切った。

 

「……………み、た、の……?」

 

 

ゆらり、とロッテはふらつきながら立ちあがる。

普通ならやっとの事で立ち上がったように見えただろう、だがそうではない。

 

「それはもうでゴザルよ。あの監視カメラの映像は最早我々にとっては無くてはならない夜の参考映像(意味深)でゴザル……って、え?」

 

上機嫌に語るライアであったが、立ち上がるロッテを見て言葉が止まる。

なにか、こう、関わってははいけない何かに自分達は思いっきり足を踏み込んでしまった感覚が拭えないのだ。

 

「な、な、なんかヤバイ気がする……ってばYO」

「し、しかしまだ薬は効いている筈」

 

幽鬼のようなオーラを出し、顔を俯いたまま立っているロッテはゆっくりと喋りだし……。

 

「そう……、つまり……つまりあんた達は見たんだね……?」

 

 

 

『ふぇっふぇっふぇっ! 見事な足技だが、捉えたよぉ! そりゃっ!』ビスッ

『っく! しま……んんっ!? あっ!!』

 

 

「あの時の映像を……余すことなく……ぜんぶ……」

 

 

『はぁ……はぁ……離せっ! あぁっ、やめ……ひゃ、ああ……あ。〜〜っ」

『そうは言っても、ココ(足)は違うようだねぇ。(汗で)こんなに濡れてるじゃないかぁ』ビスビスッ

『あんっ! やらぁ、そんな激しっ……!』

 

 

「私の……痴態を……。私の黒歴史をぜぇんぶ…………」

 

 

『ふぇーっふぇっふぇっふぇっ! どうだい気持ちいいだろぅ? もうあんたはコレ無しじゃあ生きてはいけない身体になっちまったのさぁ!」ビスビスビスビス!

『あっ、あっ、あぁっ! イイっ、もっと、あふぁぁっ! もっと突いてぇぇぇっ!!!』

 

 

ロッテの脳裏にかつての痴態が蘇る度、彼女が纏うオーラ的な何かがより一層どす黒くなっていき……。

 

 

「わぁぁぁすぅぅぅれぇぇぇろオオォォ!!!」

 

ついに、弾けた。

ロッテは文字通り獣の様な速度で、しかも半分野生に帰ったのか四足歩行で飛びかかっていく。

 

「ひええぇぇえぇ!? ロ、ロッテさん怖いでゴザぎゃぁぁあああもうきたぁぁああ!!?」

「ら、ライァァア!? ににに逃げないと殺される……ってばYOOOOO!!? あぐぎゃぁあす!? あ、アタマがもげるあがががが!」

「そ、そんなバカな! 我々の薬は完璧なはずグペシ!!? …………トウブ二、ジンダイナソンショウ。システムエラー、システムエラー、シシシシシステ…………」

 

 

 

今回の戦技教導の成果。

人の黒歴史を暴露することはやめよう! 君が考える以上の被害を受けることになるぞ!

 

 

 

「うう……酷い目にあった……」

 

 悪夢の模擬戦が終了した後、命に別状はなかったとはいえ毒を盛られたロッテとアリアは管理局の医務室で寝かされていた。

 半殺しにしたニンジャ部隊の面々曰く、一晩寝てしまえば毒は自然と無くなるらしい、そういうわけでリーゼ姉妹は一日の残りを医務室で過ごす事になってしまっている。

 

「はぁ、ホント勘弁してほしいよ……。あたしも仕事が余ってるのに、体は熱いし頭はぼーっとするしで集中できない……」

「あががががががが」

「アリアに至っては言葉すら喋れないし……」

 

今、医務室にはリーゼ姉妹の2人しかおらず、話し相手もいないままロッテは一人呟く。

仕事が余ってると言いつつも、本当の所は暇で暇で仕方がないのが一番の問題のようだ。

 

「あ〜あ、暇だなぁ〜」

 

身体の調子が悪いとはいえ、眠いわけでは無くいまいち寝付けない。

このまま無意味に時間だけが過ぎて行く、そう思っていたのだが……。

 

コンコンッ

 

「ん?」

 

医務室の入り口からノックの音が。医師が帰ってきたのかと思ったが、それならノックの必要はない。

なら誰だろうか? 疑問に思いつつも、ロッテは一応身を起こして返事を返す。

 

「はーい、どーぞ」

 

 ガチャリ、とドアノブを捻る音と共に部屋へと入ったのは、ロッテがよく知る、そして意外な人物だった。

 

 

「ロッテ、アリア、大丈夫か?」

「あ、クロスケ」

 

 ロッテがクロスケと呼んだ黒髪の少年(少年と呼ぶと少し不機嫌になるが)、名はクロノ・ハラオウンという。

 14歳という若さで時空管理局執務管という役職を務める実力者であり、親子二代に渡ってリーゼ姉妹の弟子でもある、彼女達にとっては縁が深い少年だ。

 そして、執務管という立場から普段は忙しく、最近はそうそう会っていなかった、だからロッテは意外に思えたのである。

 

「……『クロスケ』はやめてくれないか、僕はもう一人前なんだから」

「えへへ、珍しーじゃん。クロスケがあたし達のお見舞いに来る暇があるなんてさ♩」

「まったく……」

 

 子供扱いされて膨れるクロノだが、ロッテからしてみれば彼もまだまだ子供のようなもの、遠慮無しに昔からの呼び方をやめずに話す。

 クロノの方もロッテには敵わないと悟っているから、ため息をつきつつ諦めたようだ。

 管理局の制服を着てはいるものの、今はその態度を咎める人間もいない、いわば半分貸し切りの個室みたいな感覚である。

 

「暇というわけじゃないんだけど、数日後に管理外世界に散らばったロストロギアを回収しに行くことになったんだ。それで、暫くこっちに帰れなさそうだから準備も兼ねて少し時間をもらった……っと、コーヒーでいいか?」

「ん、大丈夫。先生も水分補給なら何でも飲んでいいって言ってたし。そっかぁ、管理外世界にいくんだ……」

 

 

 事情を話しながら、クロノはぼふっ、とロッテが寝ているベッドに腰掛ける。

 ロッテも身体を起こして、差し出されたコーヒーを手に取る。二人は肩を並べて座る形となった。

 

 管理外世界……そう聞いたロッテが真っ先に思い浮かべたのは、自分達が秘密裏に監視している地球の事だった。

 間違いなく、クロノが向かう世界はそこだろう、今やジュエルシードは管理局中で話題になっているロストロギアなのだから。

 

 その事を思うと、ロッテはチクリと胸が痛んだ。

 ジュエルシードが呼び起こす災厄について、ロッテは幾らか情報を持ってはいる。

 スクライアの少年が既に回収へ動いていること、少年と共に民間人の少女が協力していること、そしてジュエルシードを奪おうとする目的不明の金髪の少女のこと。

 しかし、ロッテはそれを話す事は無い、話せない、何故ならロッテとアリアは極秘で八神家をーーーー闇の書を監視しているからだ。

 

 目の前にいる少年の、父親の命を奪った忌まわしきロストロギア。

 決して見逃す訳にはいかない、何としてでも自分達で決着をつけなければならない…………故に、クロノの力にはなれなかった。

 

「なんていうか……その、気を付けなよ? ロストロギアって、ヤバイやつはホントにヤバイんだから」

 

 罪悪感からか、ついクロノに心配の言葉を投げかけてしまった。

 自分らしくないなとロッテは思う、クロノをからかって、弄り遊ぶのが普段の自分の筈なのに。

 クロノも同じような事を感じたらしく、目をまん丸にしていた。

 

「ロッテ、どうしたんだ? やけにしおらしいじゃないか。ひょっとして、まだニンジャ部隊に盛られた毒が効いてるのか?」

「んなっ! 人が心配してやってるっていうのにー! クロスケの癖に生意気だぞ!」

「敵の策に嵌ってまんまと毒を盛られた君達に心配されるなんてね」

「あががががががが」

「ムキー! なんっにも言い返せない……!」

「ところでアリアは大丈夫なのか……?」

 

 普段イジられているお返しか、或いはロッテを元気付けるためか、クロノは意地の悪そうな笑みを見せる。

 いつもとは逆の立場だったが、いつも通りの空気が戻る。

 

「まさかクロスケにイジられるなんて……、うう、一生の不覚……」

「ははは、ロッテとアリアが戦技教導で不覚をとるなんて滅多に無いからね」

「う〜」

 

 なんだかクロノに気を遣われた気がして顔を赤くするロッテは、自分が情けなさすぎて思わず頭を抱え込んでしまう。

 伝説の管理局員の使い魔と言われている身としては、弟子の前では何かと格好悪い所を見せたくはなかったのだが、どうやらニンジャ部隊との戦闘はある程度管理局内に広まっているらしかった。

 致命的(足ツボマッサージ)な部分は露呈していないようだが、それでも気分は最悪である。

 

(うあ〜……今日は厄日だぁ、変な奴らに毒は盛られるわ、そいつらに私の黒歴史は知られるわ、クロスケまでイジられるなんて……ニンジャ部隊め…….覚えてろよ〜)

 

 とりあえず、この鬱憤の全てはニンジャ部隊に叩きつけると固く誓うことにした。

 特にセロ辺りは四肢を切断されても大丈夫の様だし多少手荒になっても問題ないだろう。

 

「うーん……やっぱ最初はアリアに砲撃してもらって、砲撃の下を走って接近かなー……そっから顎を蹴り上げるか……」

「……ロッテ?」

「ん? ああいやなんでもないって、次はどんな感じの教導内容がいいかなーって思っただけだから」

「いや、それって確か僕が五回ぐらい見抜けなくてボコボコにされた戦法じゃ……?」

 

 早くも教導内容(処刑方法)を考えているロッテをクロノが不審そうに見る。

 14歳とはいえ執務官であるクロノですらトラウマになる戦法、どうやらニンジャ部隊に明日は無いようだ。

 

 その後も、未だしびれ薬が効いているアリアを除いた二人の会話は続く。

 軽い雑談から、少しばかり真剣な仕事の話まで、お互い忙しくなってしまった立場のせいで久しく無かった時間が過ぎていった。

 そんな時である。

 

「……なあ、ロッテ。仕事熱心なのはいい事なんだが――――そんなに気張らなくても、いいんじゃないか?」

「……どういうこと?」

 

 クロノから唐突に投げかけられた言葉にロッテは首をかしげる。

 先ほどまでは普通だったクロノの表情が、少しばかり影を帯びていたからだ。

 ロッテが聞き返すと、クロノは少し言いにくそうにその言葉の訳を話した。

 

「いや……最近、ずっと管理局で君達の姿を見てないし、かといってプライベートでも見かけなかったから。仕事であっちこっち飛び回ってるんじゃないかと思ってたんだ」

「え、あ、あー……まあね、近頃は物騒だから、教導の私達も駆り出されるし……」

 

闇の書とその主を監視する為に地球に滞在していると言うわけにもいかず、適当に言葉を濁す。

確かに、足売りばあさんが来たあたりから地球への滞在期間が延びつつあるので管理局にいる時間が減っているが、まさかクロノに気付かれる程目立っているとは思わなかったのだ。

 

「……やっぱりか。休みを程々に取るべきなんじゃないかって言おうと考えてた矢先に、君達が教導で不覚を取ったと聞いてね」

「いやーそりゃあまあ、今日はたまたま調子が悪かっただけで……」

「そのたまたまが、現場では命取りになる。僕は君たちにそう教わったんだが」

「うっ」

 

適当に返した言葉に、クロノは顔をしかめて説教を始めてしまった。

ロッテも反論してみるものの、正論を言われてぐうの音も出ない。

確かにクロノにそう教えたのはリーゼ姉妹だし、今回の教導は間違いなく失敗といってもいい内容ではある。

ただまあ、それを14歳の少年、それも自分たちの弟子に指摘されてしまうのはかなりきつい。

 

「だけど、それも仕方のない事かもしれないな……最近は特に次元犯罪者が増えてる傾向がある。管理局はいつだって人員不足で、優秀な魔導師は何処からも引っ張りだこだ」

「……まあね。それでも、やれる限り私達がやらなくちゃいけないのが辛い所かなぁ」

「その通りだ。だからこそ、ちゃんと休む時に休まなきゃ体が持たない。世界の平和を守るのは僕等しかいないんだから」

「ふふっ、まるでヒーローみたいじゃん」

「僕は大真面目にそう考えてる」

 

ぐいっ、とクロノはコーヒーを飲み干す。

堅苦しいところも、馬鹿みたいに真面目なところも父親に似てきたなぁとロッテは懐かしさを覚えた。

 

もう何年も前に亡くしてしまった、彼女達二人の大切な教え子。

 

25歳の若さで提督と言う立場に就き、実力も、人格も申し分のない最高の弟子だった。

彼は死ぬには早すぎた、未来があった、信頼できる良き妻がいた、守るべき息子がいた。

 

だが、それでも彼を死なせてしまった。

全ての元凶は闇の書、そして……彼女たちの未熟さだった。

 

「……」

 

昔の事を思い出しながら、ロッテは再び決意する。

もう二度とあんな悲劇は起こさせないと、自分の隣に座る彼の息子を、彼が守るはずだったものを必ずこの手で守り抜いて見せる。

 

 

 

 

 

「ん……ロッテ? 大丈夫か?」

「――――へ? え、ああごめんちゃんと聞いて……っひゃ!?」

 

と、物思いにふけっていると、いつまでたっても無言なロッテにクロノが不機嫌な顔で注意してきた。

……それだけなら特に何も無かったのだが、自分の声が聞こえてなかったのかと思っているらしいクロノは、ロッテの耳元まで顔を近づけていた。

 

目の前に迫るクロノの顔を見たロッテは、驚きで小さく悲鳴をあげる。

身体の熱も少し上がった気がするので、もしかすると羞恥心もあったのかもしれない。

 

(び、びっくりした〜。急に顔が近くにあるんだもん、恥ずかしくて変な声でちゃった……ん?)

 

と、ここでロッテは自分がクロノに対して羞恥心を覚えたことに若干の違和感を感じた。

クロノが幼い頃から師匠をやっている自分が、今更なぜ弟子に恥ずかしいなどと思ったんだろうか、そう考えようとしたが……。

 

「なんだか顔が赤くなってきてるし、もしかして本当にまだ熱があるんじゃ……」

 

ぴとっ、とロッテの額に当てられたクロノの手のひらにその思考は寸断された。

体が一気に沸騰したようにボウッと茹で上がるのが分かった。

 

「ふにゃにゃっ!!? ちょ、くくクロスケなななな」

「うわっ!? す、すごい熱だぞこれは!?」

 

恥ずかしさで更に顔を真っ赤にしてしまったロッテ、そして羞恥心から出た熱を思いっきり勘違いして大慌てするクロノの図が出来上がる。

尋常じゃない熱だったのか、クロノもいつもの冷静さをすっかり失ってしまった。

それがまずかった。

 

「早く安静にしてるんだ! ほらベッドに寝てて、すぐに先生を呼ぶから――――

「ひうっっ!? はぅぁ、そ、そんな乱暴に押し込まないでっ……!?」

 

とにかく早くロッテを寝かせようと、強引にクロノはロッテを押し倒すようにベッドに寝かせようとする。

その際にクロノの腕がロッテの肩やら腰やら、故意ではないにせよ胸などに触れてしまい、それが余計に羞恥心と熱、そして僅かな快感を与えてしまっていた。

それだけでロッテの体は大きく跳ね、背中は反り、クロノとの接触を増やしてしまう。

もう何故触れられただけなのにこうも過剰に反応してしまうのかとか、そんな異常を考えている余裕すら両者には無い。

兎に角ロッテを落ちつけようとして抑えるクロノと、乱暴にされて何故か過敏に反応し、体を悶えさせるロッテという悪循環がそこにはあった。

 

「ま、まって、私は大丈夫、だからああっ!?」

 

まずい、とロッテは直感した。

しかしどうやってこの状態から抜け出すとか、具体的な考えは一切浮かばない。

先ほどからずっと疼いていた、くすぐったいような、甘ったるい感覚が体の中で暴れまわっているのだ。

 

「や、やぁ……! 触らないで、んぅっ!?」

 

クロノの手が肩に触れ、ベッドに寝かせようと一生懸命に押してくる。

すると必然的にクロノの顔がロッテの顔に触れてしまいそうなくらいに近づき、必死そうなクロノの顔がやたらイケメンに見え、益々身体が羞恥で熱くなる。

 

もう何が何だか分からなかった。

ただ分かるのは、これはもう風邪なんてものじゃないことと、一番熱くなってるのが下腹部という事ぐらい。

 

最早ロッテはどこをどう触られても、激しく反応し、その快感で思考が真っ白になっていく。

 

「大丈夫かロッテ!? くそっ、もう少し僕が早く気づいていればっ!」

「あ、ふぁ……!? う、お、おち、おちついっっっああっ!!?」

「なっ……まずいぞ、熱のせいで痙攣をおこしてるのか!? ナースコールは……ロッテの体の下敷きになってるのか!」

「~~~~――――ッッッ!!? あっ、っはーっ、はぁーっ……!?」

「あわ、あわあわわわわわわ……ね、熱が大変なことにっ!? め、メーデー! メーーデェェェー!!?」

 

急展開したカオスな状況、完全に普段のキャラを放り捨てたクロノ。

こんなことになってしまったのはなぜなのか、果たしてこの状況に終止符が打たれるのか。

それが分かるのはもう少し先、此処とは違う場所に場面を切り替えなければならない――――――――

 

 

場所は変わって、訓練所近くの休憩所。

訓練所では丁度訓練が終わった隊士達が出入りしていて、それなりに人通りは多い方だと言えよう。

それだというのに、休憩所には人がいなかった。

 

いや、居なかったというのは間違いか。

正確には人は三人ほどいる、しかし、その三人以外に人は居らず、他の人間は休憩所を避けているように歩いていた。

 

まるで三人を避けているかのような状態。

いや、実際に他の人間は避けているのだ、何故なら。

 

「うーん……何がダメだったのでゴザルか」

「毒が薄かったんじゃないのか?」

「いや、ちゃんと毒は適正量盛っている……ってばYO」

 

身体中に包帯を巻いたミイラが、謎の桃色の液体が入ったカップを三人で囲って胡散臭い話をしているからである。

もう一人に至っては関節の節々がスパークを起こしている始末。

 

言わずもがなこのミイラ三人組、先程ロッテに半殺しにされたニンジャ部隊の面々だ。

半殺しにされたにもかかわらずゾンビの如きタフネスで復活したようで、身体中ボロボロになりながらも律儀に反省会をしていた。

 

「お前達も見た……ってばYO。アリアさんの方にはきちんと痺れ薬は効果があった……ってばYO」

「ならば同じぐらいの量である風邪薬が効かないわけはない、か。しかしロッテさんのあの運動能力は説明がつかないぞ」

「確かに、この薬は最大40度ちかい熱がでるのでゴザルから、まともに歩くことも出来なくなる筈」

 

そして今話し合っているのは、三人が囲っているテーブルの上に置かれた謎の桃色の液体……ロッテにスポーツドリンクと称して飲ませた例の薬品の事だった。

 

ニンジャ部隊の面々は、最後の最後、あと一歩で勝利を逃してしまったあの場面にどうしても違和感が拭えなかったようで、訓練が終わった今でも薬品のレシピやら効能やらについて再確認をしていた。

しかし、いくら確かめても薬品そのものに不具合があるとは考えられない、ニンジャ部隊はそう考えざるを得なかったのだ。

 

「ちゃんとニホンで入手した原材料でゴザルしなぁ……」

「ドクターAGASAから調合のノウハウも教えて貰った……ってばYO」

「怒りに我を忘れていたとはいえ、あの戦闘力はあり得んだろう」

 

なんだかまずい名前が出た気がしないでもないが、触れないほうがいいだろう。

 

兎に角、グレアムの趣味によって作られたニンジャ部隊だがその熱意は本物。

自分達の作り出した薬品の効能が嘘ではないという事を信じているのだ。

 

ならば何故、あの時ロッテは三人をボコボコにできたのだろうか?

 

「「「うーーーん………」」」

 

ぐるぐると迷宮入りする三人の思考。

このままいつまでたっても答えは出ないかと思われたその時である。

 

 

 

「すみませーん、クロノくん見かけませ……ってうわ!? ミイラ!?」

「ん? エイミィでゴザルか」

 

今まで人の入る気配が無かった休憩所に、一人の女性が入ってきた。

いや、女性といってもまだ彼女は16歳、少女というべきだろう。

管理局のスーツに身を包んだ茶髪の少女はエイミィ・リミエッタという。

気楽そうな声音からは明るく、快活そうな印象を与えており、事実その印象を裏切らない気さくな性格の少女だ。

しかしその雰囲気とは裏腹にかなりのやり手で、時空管理局の通信主任を任されており、若手の凄腕のオペレーターとして管理局ではそこそこ有名人となっている。

おまけに学生時代からの友人であるクロノ執務官の補佐まで兼任しているあたり、そんじょそこらの局員とは格が違うのが分かるだろう。

まあ、エイミィ自身かなりの美少女なので、そういった意味でも有名人ではあるが。

 

「ミイラとは失礼な、確かに死にかけはしたが死んではいないぞ」

「まあマジで殺されるかと思った……ってばYO」

 

先の教導を思い出して身震いするニンジャ部隊。

暴走したロッテは物理攻撃オンリーで撲殺しようとしてきたから仕方ない。

 

「って、もしかしてその声……ライアにトルナにセロ?」

 

と、ここでエイミィは目の前のミイラ男三人が誰なのか気づいた。

実はニンジャ部隊の三人、エイミィとは同じ学校で、先輩と後輩の間柄だったりして面識があるのだ。

 

学生時代から色々エロ方面ではっちゃけていた三人、レベルの高い美少女後輩エイミィ、その友人で超優秀なクロノ。

三人がエイミィにちょっかいをかけようとしてクロノに叩きのめされる日々は学校の風物詩にもなっていた。

 

だからニンジャ部隊は立場が上のエイミィに対して気軽に話しかけているし、エイミィも昔のノリで対応している。

 

「……三人してどうしたのその口調、お腹でも痛いの? あ、全身痛そうだった」

「ふっふっふっ、エイミィよ。俺たちは最早かつての俺たちでは無いのだ、神秘の国ニホンに存在する伝説の戦士、ニンジャに生まれ変わったのだ」

「生まれ変わる? ミイラなのに?」

「だからミイラじゃないでゴザル!」

 

至極真っ当なエイミィの意見にニンジャ部隊は反発するも、どう見てもミイラにしか見えないその格好では説得力はゼロである。

まあこの三人がおかしな事になっているのは割と日常茶飯事だったのでエイミィもさして気にしていなかったが。

 

「ところでエイミィ、ここに何か用事がある……ってばYO? エイミィが訓練室に用事なんて珍しい気がする……ってばYO」

 

トルナが何故エイミィがここに来たのか聞いてきた。

エイミィは確かにオペレーターとしては非常に優秀なのだが、戦闘となると専ら後衛側の人間である。

そんな彼女が訓練室で汗を流していたというのは考えにくく、よってここ休憩室にも足を運ぶことは珍しいと思ったのだ。

 

「あ、そうだった! 三人とも、クロノくん見なかった?」

 

それを聞いて当初の要件を思い出したのか、クロノの所在をエイミィは聞いてきた。

その手には書類が幾つか握られていたので、大方残っていたソレの処理をしてもらわないといけなかったのだろう。

 

が、ニンジャ部隊の三人はクロノを見かけてはいない、というか何故ここに、多忙であっちこっち出向いているクロノの情報があると思ったのか疑問に思うくらいだ。

 

「クロノでゴザルか? いや、見てないでゴザルが」

「じゃあ、ロッテさんとアリアさん見なかった? クロノくん、管理外世界に行く前に二人に挨拶しに行くって言ってたから……」

「ああ、それで……」

 

なるほど、とニンジャ部隊は納得する。

リーゼ姉妹なら確かに今日は訓練室にいたし、訓練が終わっているなら休憩室にいるのではないかと思った訳か。

それなら話は早い。

 

「二人の場所なら知ってるでゴザルよ。今しがた医務室に運ばれてったでゴザル」

「え、医務室に?」

 

医務室と聞いてエイミィの顔が不安げな表情に変わる。

まあ普通は二人が訓練中に何かあったのではないかと考えてしまうだろう。

しかし、ニンジャ部隊の三人の顔はロッテとアリアを心配する顔ではなく、包帯越しに誇らしげな顔をしていた。

その顔を見て、エイミィははっとする。

 

「もしかして、今日の二人の訓練相手って……」

「勿論、俺たちだ……ってばYO!」

「俺達三人は、ついにやったのだ!」

「こちらも深手を負ったでゴザルが、あの二人を医務室送りに出来たのでゴザル!」

 

実際は非常に汚い手を使った上にロッテ一人にボコボコにされただけなのだが、ここにロッテとアリアもいないので好き勝手に自慢する三人。

エイミィにとってはにわかには信じがたい事なのだが、目の前の三人の負傷具合からしても、あのロッテとアリアならこの三人をここまでボコボコに出来るだろう。

故に、ニンジャ部隊は先程までロッテとアリアと訓練をしていたのだと信用できた。

 

「う、うそ!? すご、え、どうやったの!? クロノくんでも二人の相手は苦しいのに、一体どんな汚い手段を……」

「汚い手段前提なんでゴザルね」

 

信用はされたものの、素直に喜べなかった。

まあ実際汚い手段だったから仕方ないのだが。

 

「だって正攻法であの二人に勝てる人って、管理局にはそうそういないし……。ま、まあビックリしていまいち実感湧かないけど、取り敢えずおめでとう」

「ふっふっふっ、エイミィも精進する……ってばYO。ところで、早く医務室に行った方が良いと思う……ってばYO」

「あ、そうだね。クロノくんがまたいなくなっちゃうし……?」

 

これ以上追求されてボロが出ないよう、トルナはエイミィに医務室に行くよう促した。

エイミィとしても手元の書類をはやく片付けてしまいたいのだろう、それに同意して休憩室から出ようとしたその時である。

エイミィの視線が、ニンジャ部隊が囲んでいるテーブルへと向けられた。

もっと具体的に言うと『テーブルの上に置いてあるスポーツドリンクらしき飲料』にだ。

 

「これ飲まないの? クロノくん探してて喉が渇いちゃったから、ちょっと飲ませて!」

 

言うが早いか、エイミィはニンジャ部隊が薬品から目を離していた隙にそれを手に取って口をつけてしまった。

 

「「「あっ」」」

「んっ、くっ……くっ……。ぷはぁっ! なにこれっ、すっごく美味しい!?」

 

まさか勝手に飲まれるとは予想できなかったニンジャ部隊は、説明する間も与えられずに呆然とするだけ。

しかもエイミィはちょっとと言いつつ、飲んでるうちに美味しさに負けてグラスの中にある薬品を全て飲み干してしまった。

 

「あっ……ご、ごめん。全部飲んじゃった」

 

後で気づいて謝るエイミィ。

まあ、今更もう手遅れだったが、こうなってしまっては仕方がない。

薬品の方は原液がまだまだあるので、ニンジャ部隊としては大した問題ではなかった。

 

「あー……。エイミィ、別に気にしてないでゴザルから、早く医務室に行った方がいいでゴザル」

「ついでにクロノに看病してもらえ」

「ええっ!? ど、どういうこと!?」

 

薬の効果が出る前に医務室に行けと言われ、さっき飲んだのがまさか毒薬とは知りもしないエイミィは大いに動揺している。

が、説明している時間は無い、早くしないと自力で動けなくなるほど体が熱く、怠くなってしまうからだ。

 

「さあさあ、書類を見てもらわないといけないんだ……ってばYO?」

「う、うん、そうだけど……?」

 

頭に疑問符を浮かべたままのエイミィを、背中を押して休憩室から退場させる。

風邪薬といっても命に関わるレベルではないし、人に感染するものではないから、被害が広がることは無いはずだ、ひとまずニンジャ部隊は安心する。

 

「やれやれ、おっちょこちょいな後輩だ……ってばYO」

「まあこれでクロノに看病でもしてもらえば、よーやくあの二人もくっつくかもしれないでゴザルしな」

「さて、薬品の検証を続けようか」

 

エイミィへの対応を済ませ、セロはテーブルの下に置いていたスーツケースを開ける。

中を開けると、そこにはずらりと並んだ様々な色をした小瓶がずらりと並んでいた。

これの中にあるのが薬品の原液で、色によって効果が違うというわけだ。

 

セロはその小瓶の中から先ほどテーブルの上に置いてあった薬品と同じ『風邪薬』の小瓶を取り出した。

 

 

「…………………………あ」

 

取り出して、ふと気付いた。

 

あれ? この風邪薬の瓶、『赤い』?

 

「っ……!?」

「セロ? どうした……ってばYO?」

「まさか薬品がきれちゃったでゴザルか?」

 

ガシャガシャガシャ! とスーツケースの中を漁りだしたセロを見て、ライアとトルナは薬品が見つからないか、在庫が無かったかと思っていた。

 

しかし違う、それだったらどれだけよかったのだろうか。

セロが被っているフルフェイスヘルメットの下から汗が止まらない、暑いのではない、嫌な予感からの冷や汗だ。

 

 

「……あ。は、はは、ははははは」

 

そして、見つけた。

見つけてしまったのだ。

 

「なあ、ライア、トルナ……ははっ、はははは」

「セロ……?」

「な、な、なんでゴザルか? 一体なんでそんな笑って……」

 

修行の一環で会得したキャラを忘れ、ひたすら乾いた笑い声をあげるセロに、ライアとトルナは不気味さを覚える。

 

薬品になにかあったのだろうか?

一体どうしたというのだ?

 

その答えは、セロがスーツケースからだした右手にあった。

 

 

 

 

「俺たち……や、や、やっちまった……はははは……やっべぇ」

 

その手に握られていたのは『超強力媚薬〜サキュバスエキス〜どんなお堅い女の子でもこれでお手軽全身敏感常時発情雌豚奴隷に!』なんて書かれている剥がれ落ちたラベルと、それが貼ってあったらしい『桃色』の瓶であった。

 

 

 

 

「ロッテ! しっかりしてくれ!?」

「はぁっ、あっ……ああ、んっ」

 

そして場面は医務室へと戻る。

そこには熱に浮かされた(様に見える)ロッテと、完全に冷静さを失ったクロノが、どうしていいかもわからずただ呼びかけることしかできないという状況になっていた。

 

「とにかく人を呼ばなくちゃ……、で、でもナースコールはロッテの体の下敷きになってしまってる……! だからといってこのまま放って人を呼びにいくのもっ……」

 

実のところ医務室に備え付けてあるベッドにはそれぞれにナースコールがついているので、ぶっちゃけアリアが寝ているベッドのナースコールを使えばいいものなのだがパニックに陥ったクロノはそんな事にも気づけていなかった。

しかし、この動揺も仕方がないだろう。

クロノは師匠であるロッテがここまで弱り切った(様に見えている)姿を見たことがなかったからだ。

さっきまで割と元気だったからというのもある。

 

「あ……熱い……、からだ、あついよ。くろすけぇ……」

「わっ、わかった! 今すぐ冷たいものをっ―――――!」

 

ロッテの訴えを聞いてやっと再起動したクロノは、大急ぎで医務室に置いてある冷蔵庫から、とにかく冷たいものを取りに行こうとベッドから離れる。

しかし、それはかなわなかった。

 

がしっ

 

「っえ?」

「い、いかないで……っ」

 

離れようとした瞬間に、その腕をロッテに掴まれた。

そこから病人とは思えない力で引き戻され、クロノは再びベッドの上に座ることに。

 

「いかないでって、そんな、体が熱いんだろう? すぐに戻るから、冷たいものを持ってこないと」

「ご、ごめ……はぁ、はぁ……。いいの、あついけど、っあ……っ。か、代わりに――――」

「代わりに?」

 

 

息も絶え絶えなロッテの言葉をおうむ返しに繰り返すクロノ。

正直言って、今すぐにでも冷たいものを持ってきてあげたかったのだが……。

 

「――――ふ、ふく、ぬがしてくれない……?」

「え、えええええっ!!?」

 

ロッテの発言でそんな考えは吹っ飛んでしまった。

今度はクロノが真っ赤になる番である。

 

「ちょちょちょ!? な、なんで服を、というか自分で脱げば」

「このふく、きついし、あっ、あつくて……それに、はぁ、もう、はぁ、自分じゃできないみたい――――んああっ!」

「ロッテ!?」

 

クロノに言われて、ロッテは自分の服のボタンに手をかけようとするが、どうしても腕が胸に当たってしまい、それによって生まれる快感に身を捩らせてしまうのだった。

クロノはどういった理由でこんな反応を取るのかは理解できなかったものの、これでは確かに自分から服を脱ぐことはできないということは理解できた。

とはいえである。

 

(ぼっ、僕が脱がさなきゃいけないのか!? 相手はロッテとはいえ、女性の服をっ……!?)

 

ごくり、と唾を飲み込みクロノはロッテの上半身を見る。

そこにはたわわに実った立派な果実が二つ、ロッテの荒い呼吸に合わせて上下していた。

 

あれを、いまから自分の手で解き放たなければならないのか。

まてまて、落ち着くのだ、決して自分の意思でやるわけではない。

あくまでこれは治療行為なのだ。

しかし、はたから見れば熱に浮かされて動けない女性を襲おうとしている変質者ではないか。

いやしかし、自分にそんなやましい気持ちはない、ないったらない!

 

と、クロノの頭の中は正に白熱した裁判のような状態になっていた。

背は少し低いが立派な14歳、クロノも立派な思春期のマセガキである。

 

 

「………………………………っ」

 

少し、少しだけクロノは深く黙り込む。

落ち着け、冷静になれ、師匠であり恩人のロッテが危ないんだぞ。

その少しの時間でありったけ集中する、幾分か冷静になれた気がした。

 

「わかった。任せてくれ」

 

覚悟を決め、鋼の理性で自分自身を補強して、漸くクロノはロッテの服を脱がすことを決意する。

そうと決めれば行動は迅速だ、ベッドに仰向けで寝ているロッテの右隣りに座り、先ずは首元の第一ボタンへと手を伸ばした。

 

細心の注意を払い、慎重にボタンに手を伸ばしていく。

身体に触れてしまえば、ロッテは激しく反応してしまう、何故そうなるかは兎も角、それはまずい事なのではとクロノは思った。

 

「ろ、ロッテ。上から外すぞ」

「はぁっ……はぁっ……お、お願い……」

 

顔が上気し、苦しそう(に見える)ロッテをみて、一刻も早くしなければという焦りが生まれる。

しかしその焦りも一瞬だ、その辺りは流石のクロノ、伊達にこの歳で執務官の座に就いてはいない。

 

クロノは腕を伸ばした時より更に慎重に、ボタンにその手を掛ける。

 

「んっ、……あっ」

 

つっ……、とボタンを外す時の、本当に細やかな押す感触が服越しにロッテにくすぐったいような快感を与える。

 

ほんの僅かな感触で、この反応、手元が狂えばもっとマズイことになるだろう。

クロノは更に気を引きしめ、第一ボタンを取り外しにかかった。

 

「あっ、あっ、…….っぁ」

「…………っく。よ、よし、先ず一つだ」

 

慎重に及んだのが功を奏したか、ロッテに大きな感触を与えることなく、第一ボタンを取り外す事が出来た。

だが、解放されたのは首元まで。

彼女の身体の熱を逃がすためには、もっと下のボタンまで外さなければならない。

 

「次っ……」

 

そのまま腕を下げていき、鎖骨と鎖骨の間にあるボタンを外しにかかる。

最初と同じ要領でやれば出来るはずだ。

自分にそう言い聞かせ、丁寧に触れていく。

しかし……。

 

「ふぁ、ぁっ……ん、あっあっ……」

「……………………………」

 

思わず途切れかけた集中力をなんとか繋ぎとめる。

なんというか、いろいろヤバい。

ロッテ本人にそのつもりは全くないのだろうが、先程から彼女の発する喘ぎ声がクロノの理性をゴリゴリと削ってきていた。

 

手に少しでも力が入れば、ロッテの体がピクンと震える。

ボタンを外すことに手間取れば、それだけロッテの声が熱を帯びたものになる。

その余りの敏感さに、心なしかクロノの吐く吐息にも反応している気がしてきた。

 

(おおおち、おち、おちつけっ! 治療行為! こ れ は 治療行為っ!!)

 

ただボタンを外しているだけだというのに、何故自分の心臓はバクバクとなっているのだろうか。

最大の敵とは自分にあり、とはよく言ったもので、今のクロノの最大の敵は、やたらいやらしいロッテに反応してしまいそうな自分の本能だった。

 

「………………ふっ、二つ外した。ロッテ、大丈夫か?」

 

もうだめだ、ここで終わってくれないとこっちが保たない。

暗にそういう意味を込めて、クロノはロッテに大丈夫かと聞いたが……。

 

「らめ……、まだ、あつぃよぅ……」

 

そんな儚い願いは無情に潰えることになった。

というか、呂律が回らなくなってきているあたり余計に容体が悪化したようにも見えてしまう。

 

「そ、そんな。でもこれ以上はっ……!?」

 

ロッテの体を冷ますには、まだボタンを外さなければいけない。

だがしかし、クロノはどうしてもそれだけは避けたかった。

 

喋りながらもクロノはチラリと次に外すべきボタンの位置を確認する。

最初に外した首元の第一ボタン、次に外した鎖骨と鎖骨の間にある第二ボタン、そして、その下にある外すべき第三ボタンの位置は『胸』。

 

もう一度言おう、胸である。

 

普段の快活で豪快な性格はどこへやら、すっかり弱り切り、上気した顔、うるんだ瞳で快楽に喘ぐ姿。

これだけでもエロい。

第一、そして第二ボタンの辺りまで解放され、露わになった素肌、汗の粒が滴る鎖骨。

これで更にエロい。

 

ここで、この上で、その豊満な胸を、あの薄い布切れの拘束から解き放ってしまうのだ。

一体……どんなエロさになってしまうのだろうか!

そして健全な14歳男子であるクロノの理性は耐えることが出来るのだろうか!?

 

(だ、だだだだだだだめに決まってるだろう!? どっちの意味でも!!?)

 

既にダメそうだった。

真っ赤になったクロノの顔は、今のロッテといい勝負。

ボタンを外す最中にどうにかしてしまいそうである。

 

そんな感じなもんだから、流石の執務官でも手が出せない。

胸のボタンなんて外そうとしたら、絶対に手元が狂ってしまうに違いない。

 

「はぁっ……あっ、……ね、くろすけ」

「はっ、はひっ!?」

 

いろいろと想像してしまっている最中に名前を呼ばれて、裏返った声で返事をするクロノ。

呼んだロッテは硬直したクロノの両手首を両手で掴み、そのまま引き寄せて行って……。

 

「あんっ、あ、あたし……んっ、くろすけなら……良いって思ってるから……はっ、はあっ、お願い……っ」

「むっ?!? むむむねがっ!? がかががが!?」

 

そのまま自らの両胸へ押し当ててしまう。

クロノの手にモロに伝わる柔らかな感触。

触れさせたことによって生まれる快感に、更にエロくなるロッテ。

その破壊力は、たかが14年しか生きていない純情少年の理性をいとも簡単に焼き尽くしていく。

 

(おち、お、お、~~~~! くぇrちゅいおp@「……)

 

もはや、思考すら言葉の形を成していない状態。

顔は真っ赤に染まり、鼻からはつー、と赤い血が細い川を作っている。

挙げ句の果てに走馬灯まで見えてきてしまう始末。

 

色んな意味で絶体絶命、正にその時だ。

 

『……ロノ、……リーゼ姉妹の……は気をつけ……』

(こ、これは……昔の記憶……!)

 

それは、走馬灯の中、生きてきた14年の中にある記憶の一つだった。

何故だか分からないが、クロノにはその記憶がとても重要なものに感じたのである。

残った理性と集中力を、全精力をかけて記憶を掘り起こす作業に振り当てた。

 

 

 

『クロノ、リーゼ達は確かに信頼できる人よ。でも、気をつけなさい』

 

その記憶にある声は、クロノにとって一番聞き覚えのある声だった。

自分に警告をする声の主は、母親であるリンディ・ハラオウンのもの。

いつまでたっても若々しい母親だが、記憶の中の自分はまだ幼かったので、結構昔の記憶なのだと理解できた。

 

(母さん……、そうか、これはリーゼ達に弟子入りする前の記憶だ)

 

そう、10年近く前の記憶。

管理局で働いていた父が殉職して、少し経った日、まだ幼い自分の決意の記憶だ。

強く、優しかった父が死んで、葬式で泣く母を見て、当時のクロノの心は悲しみや寂しさや不安、色んな負の感情でぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 

少し時間が経って、幾らか心が落ち着いて、それでもクロノの頭からは、大切な人の泣く姿が離れない。

 

どうにかしたい。

助けてあげたかった。

笑顔を見たかった。

 

降りかかる悲劇を打ち払うために、大切な人の笑顔を、もう二度と失わせたくない、その一心で、幼い自分は管理局で働こうと決意した。

その為には、力が必要だった。

 

だから、リーゼ姉妹に弟子入りを志願したのである。

自分のヒーローだった父の師である、彼女達の元なら強くなれると思ったからだった。

 

 

(そういえば……)

 

その決意を母に話した時、そういえば何故だか妙な警告を受けたような気がした。

なんだかよくわからないことを言われて、取り敢えず言われるがままハイと答えたような覚えがある。

 

『かあさん、どういうこと? ふたりとも、いい人だよ?』

『ええ、『普段は』いい人よ……けどね、クロノ』

 

がっし、と記憶の中のリンディがクロノの肩を掴んだ。

息子に言い聞かすように、まるで、そう、『知らない人についてっちゃダメよ』と警告をするみたいな感じで。

 

『あの二人が……『発情期』に入ったら、絶対、ぜぇったいお母さんの所に帰ってくるのよ?』

『はつ……じょーき?』

 

(発情期……!?)

 

発情期。

その意味するところは、交尾、および繁殖行動に積極的になる時期。

犬や『猫』などの動物の雌に存在するアレの事だ。

この時期に差し掛かると、普段は大人しいはずのペットがやたら鳴いてうるさかったり、同種の雄が妙に近づいてきたりと少し面倒くさかったりするのだが……。

 

『いい? まだ言葉の意味はわからないかもしれないけど、リーゼ達が風邪を引いたみたいに熱っぽくなって、クロノにべったり触ってきたりしたら危ないわ。……パパがアレの所為で貞操を守るのにどれだけ苦労したか……』

『? ていそー?』

『まだクロノは知らなくていいの。約束できる?』

『うん、わかった。ふたりが風邪みたいになって、触ってきたら帰る』

 

そこで記憶は途切れた。

当時は何も知らなかった、しかし、今の自分はあの時の約束の意味を全て理解できる。

 

 

 

現実に帰り、目の前のロッテを見る。

風邪を引いたような熱っぽさ、現に身体が熱いと訴えてきた。

クロノの両手が触れている、たわわに実った二つの果実を見る。

自分から触ったのではない、これは、ロッテから触れさせてきたのだ。

 

「あの、さ……ロッテ。聞きたいんだが」

 

「んっ……なぁに?」

 

とろん、と蕩けた瞳でクロノを見つめていたロッテは、普段のハキハキしたものとはかけ離れた口調で返事を返す。

まるで異性に甘えるような声音だ。

 

確認せねばなるまい。

この状態は、果たして本当に風邪なのか。

 

 

「もしかしてだけど……今、発情期に入ってないか?」

 

言った。

そして、一息間が空いて。

 

 

 

「……………あはっ♡」

 

蕩けた瞳が一瞬で獲物を狙う野獣のソレに切り替わる。

 

ロッテの一瞬の変化に気付き、がばあっ! と凄まじいスピードでクロノはベッドから飛び跳ねるように離れようとした。

 

が、しかし、獣の反射神経にはあと一歩及ばず、両手はロッテの胸から離れたものの、手首を掴まれてしまった。

 

「逃げなくてもいいじゃーんクロスケぇ♡」

「くそっやっぱりおかしいなって思ってたんだー! 落ち着けっ! 落ち着くんだロッテっ!」

「んっ……はあっ、ごめん。あたし、もう抑えられなくなってる……あっ」

 

ついに本性を現した(性欲が暴走した)ロッテは、どこにこんな力があったのか、凄まじい力でクロノを自分の身体と密着させようと引っ張ってきた。

あれはやばい、クロノは本能で察知する。

今のロッテは相手がクロノだろうが誰だろうが、下手をすると同性ですら襲いかかるに違いないのだ。

 

捉えられれば最期、圧倒的な性力とテクによって骨まで貪り尽くされてしまうだろう。

 

人によってはそれもいいかもしれないと思うだろうが、クロノは絶対にごめんである。

 

 

「やめろぉっ! はなせぇっ! だっ、だいたいロッテは猫じゃないかっ!!?」

「むふふふ、いいじゃんいいじゃん今は人間の身体なんだから♡……ね、大丈夫だよクロスケ痛くないから、寧ろ気持ち良くしてあげるから♡」

「い、や、だぁぁぁ!! だっ、誰か! 誰か助けてくれぇーっ! アリアーッ!?」

「あががががががが」

「まだアリア痺れたままだったぁぁ!?」

 

 医務室にいる他の誰かに助けを求めるが、そんなものはいない。

 居てくれたら最初からこんなことにはなってなかっただろう、生憎使い物にならないアリアが一人隣のベッドで痺れているだけである。

 

 クロノとしてはこんな事故みたいな事で純潔を散らしたくないのだ。

ましてや、相手はロッテである。

クロノにとっては確かに大切な人の一人だが、それは師匠と弟子という繋がりからきてるものだし、というかロッテと自分とは見た目以上にすごい年が離れてるしそもそも猫だし獣姦なんじゃないのかこれはとまたもやパニックに陥るクロノ。

しかしこのパニックは先程のような好色なものではない、純粋たる恐怖から来ているものだ。

 

「はぁ、はぁ……ねぇクロスケ。なぁーんにも考えなくていいから……しよ♡」

「ぬ、ぬがががぁ! はなっ、っ誰か! 誰か本当に来てくれぇぇぇ!!?」

 

ぐぐぐ、とロッテに引き寄せられてどんどん体の距離が縮まっていく。

お互いの身体が密着した時、クロノの身体は歴戦(意味深)のロッテのテクニックにより、快楽の奔流に蹂躙され、思考も、理性も、未来も全てその甘い感覚に溶け消え、最期には大人の階段を3段飛ばしで駆け上がるに違いない。

必死に抵抗しているが、クロノの身体ではまだロッテの力には敵わない。

万事休す、もはや彼の純潔は無残にも散ってしまうのか。

 

クロノも諦めかけた、正にその瞬間である。

 

 

バンッ!!!

 

「「!?」」

 

閉ざされた医務室に、荒々しい音と光が差し込んだ。

今まで誰も通りかからなかったのが不思議なくらいだが、幸運にもこの騒ぎを聞き付けて何者かがドアを開いたのである。

 

「あ、ああ……!!」

 

もう綺麗な体ではいられない、そんな感じで絶望していたクロノは、ドアを開けた救世主を見て心の底から感謝し涙していた。

しかも、幸運はそれだけには治らない。

 

「っあ、え、エイミィ?」

 

同じくドアを開けた人間を確認したロッテは思わず、その人物、エイミィの名前を言った。

そう、エイミィだ。

 

(たすかった……!)

 

クロノの大切な人の一人であり、部下であり、学生時代からの慣れ親しんだ仲であり、数少ない気を許せる人物のエイミィである。

これにはクロノも、神様とやらがいるならば本当に平伏せざるを得ない。

彼女なら、昔からクロノやロッテ達のこともエイミィならば、一歩間違えればクロノがロッテを襲っているようにも見えるこの状況を正しく理解してくれるに違いないからである。

 

「はぁ……はぁ……ロッテさんっ」

「え、あ、そ、そのエイミィ? これは……っあ、その、ち、ちがうんだ」

 

名前を呼ばれたロッテも、全てを理解しているエイミィには動揺せざるを得なかった。

ロッテもまたエイミィとクロノの関係を知っているし、今自分がやろうとしていることはその関係をぶち壊しかねないことだと知っているからである。

知っていてなお逆らえないのが獣の性と言う奴ではあるが。

 

一方のエイミィはロッテの言い分など聞きもせず、ずんずんとこちらに歩み寄ってくる。

クロノは心底安心した。

助かったのだ、自分一人ではどうすることもできなかったこの状況だが、エイミィがいるならもう大丈夫だ。

動揺したロッテからの拘束は大分緩んでいるし、これならば手伝ってもらえば簡単に抜け出せるだろう。

 

「クロノくんはですねぇ……、はぁ、はぁ」

 

急いで来たのか、呼吸が荒いエイミィは遂にクロノとロッテがいるベッドの前まで来てくれた。

あとはこのままクロノをベッドから引き摺り下ろしてくれれば良い。

 

ありがとうエイミィ、この恩は一生忘れない。

心の中で最大級の感謝をするクロノは。

『人生最大の不運が訪れているとはついぞ気付かない、そして。』

 

 

「私がずっと」

 

ガッ、と左右から頭を掴まれて、ぐいっと引き寄せられて。

 

 

「狙ってたんですからっ」

 

 

ズキュウウウン、と唇と唇が重ね合わされた。

 

 

(……………………………えっ)

 

クロノの思考が完全に止まる。

 

最初に感じたのはなんでエイミィは自分の頭を掴むのだろう、という至極どうでもいい疑問だった。

ロッテから引き剥がすならなんでもいいけど少し首が痛いかなーぐらいの感想が浮かぶくらいか。

 

次に思ったのは急にエイミィの顔が自分に接近していることだろう。

顔を覗き込むなんてレベルじゃあない、顔同士が密着する程の超至近距離に彼女の顔があるのだ。

こんなに近かったら色々触れ合って不味いんじゃないだろうか、というか今自分の唇にあるこの柔らかい感触ってもしかして

 

 

にゅるん。

 

「んむっ!?!」

 

クロノの口内にとても熱く、柔らかい何かが侵入する。

それは何かを求めるように激しく動き回って。

 

くちゅっ、くちゅくちゅレロレロレロ……

 

(え、ちょっ、まっ、これ、しっ……!? あ、ち、力が、ぬけ……?)

 

あまり深く描写すると規制されてしまいそうな音を立てながら、クロノは数秒間タップリと口内を蹂躙される。

やがてそれが終わり、ちゅぱっ……とこれまたいやらしい音をさせてエイミィはクロノから顔を離す。

 

「あはっ……私の初めて、クロノ君にあげちゃった……♡」

「ぅあ……ぅ。ぇ、エイミィ……!?」

 

とろん、と熱に浮かされた顔、明らかに性欲が理性を上回ってそうな言動。

 

この瞬間、何かしらの説明無くしてもクロノは悟った『あっ、詰んだ』と。

 

 

「ぁう……ま、まて、まってくれ、二人とも自分が今何をしてるのかよく考えるんだ……!」

 

それでもなお諦めないのは意地か恐怖か。

ファーストキスをよりによってディープに奪われたショックと、エイミィが妙に上手いから腰砕けになってしまっているので格好がつかないのだが。

 

「ナニって……そんなことクロノくん分かってるでしょ? ナニしてあげようかなぁ……はぁ……はぁ……!」

「ごめんクロスケ、あんなの見せられたらあたしも我慢できない……んんっ」

 

「ひっ」

 

だが無意味だ。

最早言葉で止まるような2人ではなかった。

エイミィはクロノの身体全てを蹂躙すべくゆらりと近付いてくるし、先程の光景を見たロッテは興奮してますますクロノを掴む手の力を強める始末。

 

逃げろ、今すぐ逃げなければ。

クロノの本能はガンガンと警鐘を鳴らしている。

なんで、ロッテは兎も角エイミィまで発情期にはいってるんだ!?

クロノの思考は浮かぶ疑問を処理しきれずにオーバーヒートしている。

 

だが体は動かせない。

だが思考は役に立たない。

 

「「はぁ……はぁ……いただきまぁす♡」」

 

 

そしてクロノは、二人の大淫魔を前にして、ついに心がポッキリと折れた。

 

「いやぁあああああ! ケダモノぉぉぉぉーーー!!!」

 

未だ誰も来る気配のない医務室に、女の子のような悲鳴が虚しく響くのだった。

めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

超絶オマケ

 

「やばいやばいやばいやばい!! やっちまったぁぁぁあああ!!!」

「い、急ぐんだ……!! 早くしないとクロノの純潔がァァ!!?」

「丸一日効果が切れない媚薬なんて、クロノが絞りカスになるぅぅぅ!!!」

 

 

 

「「「…………ん? よくよく考えてみると羨ましいシチュエーションじゃね?」」」

 

「ロッテさんは美人だし」

「エイミィはクロノに気があるみたいだし」

「クロノもまんざらではない……と」

 

「「「…………………」」」

 

 

数分後

 

 

「ひゃっはーっ! 録画の準備だあーっ!」

「新たなる参考映像でゴザルー!」

「ショタ×ネコミミ×年上幼馴染みの3pとかこっちが絞りカスになる……ってばYO!」

 

 

「へえ、貴方達。詳しくその話を聞かせてくれないかしら」

 

「「「あっ、リンディ艦長ッ………!!?」」」

 

 

その後、彼ら三人の姿を見たものはいない……。


 
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