No.753677

紫閃の軌跡

kelvinさん

第68話 水面の奥底に秘める炎

2015-01-25 19:34:33 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3706   閲覧ユーザー数:3327

~トールズ士官学院・第三学生寮~

 

日付は変わって翌日……いつものように鍛練をこなして、帰ってきたアスベルがふと郵便受けを覗くと、手紙が入っていることに気付いて手に取った。

 

「おや?……リィン宛じゃないのか?」

 

そのうちの一つを見たアスベルがそう呟くのも無理はない。何せ、差出人の名前は

 

―――Elise Schwarzer(エリゼ・シュバルツァー)

 

と書かれていたからだ。それも驚きなのだが……もう一通のほうも正直驚きだった。

 

―――Claire Rieveldt(クレア・リーヴェルト)

 

………ともあれ、自室に戻り手紙の内容を読んでみると、二人ともアスベルに対して何かしらの相談をしたい旨が書いてあった。しかも、二人ともヘイムダル駅での待ち合わせとのことだ。不幸中の幸いだが、クレア大尉の方は午前中、エリゼのほうは午後の指定となっていた。どの道、今日に関しては部活動は休みと言うことで特にやることもないので、私服に着替えて出かける準備を整え……部屋を出ようとした時、

 

「キャッ!?」

「ん?………って、アリサ?大丈夫か?」

 

急に扉が開いたことに吃驚して、尻餅をついているアリサの姿が目に入り、流石のアスベルも首を傾げた。まぁ、恋人としては普通の行動なのだろうが……とにかく、手を差し出してアリサを立たせた。

 

「お、おはようアスベル。って、出かけるの?」

「おはよう。ま、ちょっとヘイムダルの方にな。相談ごとを抱えちゃって……そういうアリサも私服だけれど、出かけるのか?」

「う、うん。その、アスベル……」

「……買い物位なら付き合うよ?」

「ホ、ホント!?」

「いや、そこで驚かれても困るんだが……」

 

二人の相談ごと自体はそれこそ国家を揺るがしかねないものでもないので、幾分か気が楽だ。それに、アリサのことだからここで断れば一人で帝都に行くとか言い出しかねない。先月の事を考えると、流石にそういう訳にもいかないので、その提案を受けることに異存はない。

 

「そういえば、ルドガーも帝都なのよね?エーデル先輩と。」

「……アイツも、先輩が貴族なのかどうか疑わしいと言っていたからな。」

「そうね。テレジア先輩も『あの子に常識は通じないの』と言うほどだったし。」

 

どうやら、先輩の両親には、先輩が写真付きで手紙を送ったらしく……その答えは『孫はよ』だった。貴族としての矜持とかないんですか!?……と言いたくなる気持ちは解る。だが、あの先輩相手に正論をぶつけても、正直糠に釘レベルの問題にしか成り得ないのは明白。ルドガーが逃げずに自分に助けを求めたのも、彼女や彼女の両親の気持ちを汲み取ることを優先した結果だろう。その結果は知らないのであるのだが。

 

「……ま、ルドガー自身も思うところがあるんだろう。ああいうタイプは好みらしいし。ともかく、出かけますか。」

「ええ。あの二人には申し訳ないわね。」

 

ともあれ、アスベルとアリサはそのまま第三学生寮を出た。扉を出る時にシャロンの気配を感じたが、気にしたら負けの精神でそのまま駅へと直行した。帝都行きの切符を買い、列車に乗り込んで向かい合わせに座るとアリサが尋ねてきた。

 

「ところで、用事って?」

「ああ。アリサには話しておいた方がいいな。」

 

アスベルは今朝届いた手紙―――エリゼとクレア大尉から送られてきた二通の手紙のことを話した。細かい内容自体は元々書かれていなかったので、そのことも付け加えた上で話した。それに対するアリサの言葉は、少し辛辣だった。

 

「苦労人ね。」

「いつものことだよ。だが、疑問もある。」

「疑問?」

「ちょっとした心配事だよ。」

 

エリゼのことからすれば、恐らくは剣術絡みか彼女の兄絡みの二択になる。だが、クレア大尉の方は……正直言って疑問だ。鉄道憲兵隊からすれば遊撃士はいわば“天敵”。おまけに、アスベルは一応王国軍に属している存在。帝国と言うか“あの御仁”からすれば“仮想敵国の人間”だろう。そんな人間に相談事をすること自体不思議でならない。まぁ、心当たりがないわけではないのだが……相談事と言って武器を向けたら、速攻で鎮圧(物理)するけれど。

 

ともあれ、ヘイムダル駅に着いた二人……彼等を出迎えた人物がいた。それは、アスベルに出した手紙の内の一人―――クレア大尉であった。

 

「あ、貴方は……」

「4月の実習以来ですね、クレア大尉。というか、私服なんですね。」

「今日は非番ですので。……その、変でしょうか?」

「大丈夫ですよ。似合ってますから……何だったら、アリサにファッションを聞けばいいんじゃないかと。」

「う~ん、そこまで力になれるかしら。」

 

いつもの軍服ではなく、動きやすさも重視したカジュアルな服装。その恰好からして生真面目さが垣間見えるほどだった。気が付くとアリサとクレア大尉は女性同士で気が合うのか……色々話していた。

 

「ところで、一体何の用件で?」

「あ、そうでしたね。そ、その、アスベルさんには一緒に来てほしい場所がありまして……それと、相談事があるのです。」

「「???」」

 

顔を赤らめるクレア大尉の様子を見て、揃って首を傾げるアスベルとアリサ。その答えは、三人がその場所の前に来て初めて判明した。そこは、男性とっては居心地がいいのか悪いのか解らない場所……

 

 

~ヴァンクール大通り 『マリアージュ・クロス』前~

 

「……ここって。」

「はい……」

「あ~、俺には躊躇う場所だな。というか、女性もなのか。」

「まぁ、自分の身体を晒すようなものだからね。」

 

赤の他人に自分の身体の事を知られるのは確かに恥ずかしい。でも、これも自分の身体と向き合ういい機会なのだろう……好き好んでやるつもりはないが。流石に同行している手前で一人だけ店外にいるわけにもいかず、成り行きで店内に入る三人。

 

クレア大尉は店員と話しており、アリサの方は新作コーナーのところを熱心に見つめ……気に入ったものをいくつか持って試着室に入っていった。アスベルはというと、流石にうろつくのは失礼なので、試着室の傍にいることにした。仕切り一枚の向こうは天国……でも、女性しか基本的に来ないこの店にいる身としては、正直苦痛だろう。すると、アリサが入った場所とは異なるところの扉が開き、クレア大尉が恥ずかしそうに顔を出してこちらを見つめていた。

 

「どうかしました?」

「その、ちょっと手伝ってほしいんです。」

「いや、俺男なんですが……まぁ、いいですけれど。」

 

半ば諦めて、試着室に引き込まれる形で中に入ったアスベルの目に飛び込んできたものは……クレア大尉の下着姿であった。

 

「………似合ってますよ。」

「どうして顔を背けてるんですか?」

「恥ずかしいからです。といいますか、むやみやたらに肌を晒さないでください。」

 

隠している部分は水着と似たりよったりなのだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいと答える他ない。いつもはなかなかお目にかかれない彼のそんな様子を見たクレア大尉は……アスベルに近付き、頬に口づけをする。

 

「ん……」

「ふぁっ!?」

「ふふふ……いいものがみれました。」

 

恥ずかしいのはクレア大尉の方も同じなのに……というか、大胆にもキスをしてきたことにはアスベルも驚きを隠せない。こちらの事情を知っている人間が大胆にもキスをしてきた。しかも、“あの御仁”との繋がりが深い人物からだ。これには色仕掛けの可能性を疑ったアスベルだったが、

 

「……クレア大尉、俺の事情をご存知ですよね?」

「ここにいるのは軍人ではなく、帝国の一市民の“クレア・リーヴェルト”です。それに、外国人相手なら身分は問題ないかと思います。」

 

……やっぱり、この人の妹の性格と瓜二つなのは、間違いないと思った。適当に取り繕って試着室を出たアスベルは、正直ため息しか出てこなかった。実際にはそんな暇もなくアリサのいる試着室に引き込まれ、彼女の試着を手伝うこととなり、買い物を済ませて近くのレストランで食事を頼んだ後、アスベルはテーブルに突っ伏した。

 

「………もう、いやっぽい。」

「あはは……お疲れ様。」

「すみません……」

 

どうやら、お互いにアスベルに手伝ってもらったことは知っていたようだった。確かに男性の観点から言えば異性の瑞々しい下着姿は歓喜ものだろう。だが、状況が状況なだけに恥ずかしい以外の何者でもなかった。こんなので喜ぶ人間の気持ちが知りたいものだ……まぁ、嫌ではなかったのも事実だが。料理が来るまでの間、アリサはお手洗いのためにその場を離れた……そして、クレア大尉は仕事の時の様な口調で話しかけてきた。

 

「―――アスベルさん。ミリアムちゃんから話を聞いたのですが、ノルド高原での一件の際に顔見知りと会ったそうですね?」

「ま、間違ってはないかな。ミヒャエル・ギデオン……帝国では政治学を専攻していた人間だな。あの一軒で職を追われたらしいが。言っておくが、遊撃士としてその件に関わったきりで、先月の一件で久々に顔を合わせた程度だ。」

 

戦略とか戦術などのタイプというよりは、組織としての“理念”を染み込ませるのに適任な人間。解りやすい理念というものは人を一つの目標に駆り立てる上でも大きな武器だ。その解りやすい武器を生み出したのは、他でもない帝国政府のトップであるあの御仁だが。

 

「それぐらいは承知です。私がお訊ねしたいのは……今月の“夏至祭”、彼等が仕掛けてくる可能性です。」

「………(やはり、か)」

 

“氷の乙女”と言えども、全てを読み切ることなどできない。それこそ、神に近い能力を持っていなければ難しいだろう。だが、一つの事象を変えると様々な影響が波及していくのも事実であり、そうなるとそれらも勘定に入れた動き方を要求される。幸か不幸か、アスベルの周りに“理解者”がいるのは強みであった。

 

「“ないとは言い切れない”……俺から言えるのはそれぐらいでしょう。」

「断言はしないのですね。」

「物事に絶対はありませんから。ですが、可能性は高いというべきでしょうね。仮にも“子供達”と接触したわけですから。」

 

彼の側近とも言うべき“子供達”との接触……となれば、その正体は遅かれ早かれ世の中に出ることとなる。彼等とてこのまま隠し通せるなど思ってもいないだろう。それに、彼等はいわば“先駆け”。そのバックにいるであろう強大な勢力……彼等が派手に動けば、“革新派”はそちらの動きに注視せざるを得なくなり、もう一方の勢力である“貴族派”は人知れずその力を温存し、優位に立つことが出来る……そんな筋書きだろう。帝国正規軍によるローラー作戦を敢行しない辺り、“かの御仁”はそこまで勘定に入れているのだろうが。

 

「自己顕示欲が強い、と……そう仰りたいのですか?」

「どうでしょうかね。彼らの信念は、口に出さない限り知る由も術もありませんから。」

 

“可能性は高い”………自分として言えるのはここまでであろう。“皇族の一人を人質に取り、国を揺らがせる”可能性を口にしなかったのは、彼等が自棄になって自爆テロを起こされても面倒なことになるだけだからだ。それこそ、罪もない一般市民が巻き込まれる可能性が高くなる。下手な鼬ごっこよりも、彼等がやろうとしている可能性をすんでで止める方が“まだマシ”なことに溜息を吐きたくなったが。

 

「そもそも、こんな状況を作った要因は“かの人物”でもあり、貴族でもあり……帝国全体がこの状況を作ったのですから。」

「……率直に仰いますね。」

「事実を述べただけですよ。」

 

誰が悪いか、ということではない。改革路線を推し進める“革新派”、古き帝国の姿を守らんとする“貴族派”、そしてその帝国を統べている皇族がその二つを圧し止め切れていない……その結果がこの在り様だ。かといって、皇族そのものを悪と言うつもりなど微塵も無いが。

 

「ところで、何でさっきはああいうことを?………見当は付きますが。」

「あ、えと………すみません。今はまだ……」

「解りました。」

 

それにしても、リィンやルドガーのことを悪く言えないことに、少しばかり父親を恨みたくなったのは……自分は決して悪くないと思ったアスベルだった。その後、戻ってきたアリサと三人で昼食をとり、店の前でクレア大尉と別れると……アリサが呟いた。

 

「アスベルってば、一体何者なの?」

「普通の人間です。」

「いや、女の子を泣かせるアスベルが言えた台詞じゃないわよ?」

「……俺だって、好きで泣かせたいわけではないんですけれどねぇ……」

 

無自覚というよりは、無意識的にそうしてしまうアスベル……ただ、相手の気持ちを理解している分、リィンよりはましだと思う。何せ、ラウラやステラたちと話すことの多いアリサには、少なくとも彼女らの心境と比べればマシな部類だと。

 

「とりあえず、二人宛にお土産でも買いましょうか。」

「………気遣いが身に染みます。」

 

互いに理解しているというのは、本当に感謝したいことだ。ともあれ土産物を選ぼうと近くの店に入ると、その近くに一人の少女―――とりわけアスベルにとってはなじみのある人物がそこにいたのであった。

 

 

第三章のネタ絡みという奴です。

とはいえ、クレア大尉も真面目ですので、ああいった着地点になるのではないかと……そんな塩梅で書いたものです。

 

とりあえず、第四章は……長くなります。自由行動日はまだ続きますので。

 

2/11追記)リアル仕事の方が今月も忙しくなったため、更新の方は早くても14日か15日ぐらいとなります。ご了承くださいませ。


 
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