~帝都ヘイムダル ヴァンクール大通り~
土産物を買おうというアリサの提案に同意し、アスベルとアリサは店の中に入る……すると、店の売り物を吟味している一人の少女の姿が目に入る。その姿には見覚えがあった。
「あれ?」
「ひょっとして……」
「えっ………」
その声と言うか、気配に少女も気付いたのか……長い黒髪を靡かせるように振り向くその人物―――それは紛れもなく、アスベルに手紙を差し出した張本人、リィンの妹であるエリゼ・シュバルツァーその人であった。
「アスベルさんにアリサさん。えと、お久しぶりです。先月の学院以来ですね……その節はお世話になりました。」
「気にしなくていいよ。こういう律義さをアイツは学ぶべきだと思う。」
「そうね。まったく、リィンはもう少し乙女心を学ぶべきだと思うわ。」
「あはは……(アリサさんは関係ないはずなのですが、苦労なさっているみたいですね……)」
アスベルとアリサの正直な言葉にエリゼは苦笑する他なかった。その対象がなまじエリゼの身内なだけに……ひとまず、お互いに必要な買い物を済ませると、近くの喫茶店に立ち寄ることとなった。そうしたのは、エリゼの相談事を聞くためでもある。一息つくと、アスベルが切りだした。
「で、エリゼがリィン宛にでなく俺に寄越したということは……ひょっとして、アイツは『家を継ぐ資格なんてない』とか抜かしたのか?」
「……はい。」
「………はぁ。やっぱりか。」
「えと、確かリィンって……」
「シュバルツァー公爵家の養子。アイツとの付き合いは何だかんだで長いからな。とは言っても、俺の師匠絡みでもあるんだが。」
十二年前にシュバルツァー家に拾われ、養子として育てられた人間。それ以前の出生は不明……その辺りの事情は本人からも聞いている。それに、リィンが本気を出せない理由も知っている。かく言う自分も最初は似たようなものだったが、その後が色々驚愕過ぎた……流石に表沙汰にはしていないが。
「社交界での注目度は下手すれば『放蕩皇子』や『翡翠の貴公子』に次ぐ勢い。家族関係も悪くはない……やっぱり、尾を引いているのは自らの事情あたりだな。俺から説教しても、意味をなさいないだろう……エリゼかソフィアがきちんと説明すべきだろう。その辺の手助けは出来るけど。」
さて、問題はリィンのその出生だ。十二年前と言うと、『百日戦役』のあった年。その戦争で家族を養えなくなり、山中に置き去りにした可能性は捨てきれない。だが、当時の天気は吹雪……とても、助かるような状況ではない。そんな天気に外出する方がかなり危険だ。シュバルツァー公爵やルシア夫人には事情を聞いていないが、おそらくは幼かったリィンをそこに置いていくと連絡を貰っていた可能性がある。実は、過去に教団の一件で攫われた子供を把握するために帝都庁に忍び込んだことがあるのだが……その際は全てを調べなかったにもかかわらず、出てこなかった資料があった。それは
『ギリアス・オズボーンの戸籍謄本』
それが何と繋がるかと言うと……『百日戦役』前後辺りに行方が不明となった一組の妻子……『いたという痕跡が残っていなかった』のだ。帝都庁の戸籍管理からも。……それがリィンとどうつながるかどうかは解らないが、可能性はある。それはさておくとして、アスベルはエリゼに尋ねた。
「エリゼとしては、リィンはシュバルツァー家に残ってほしい……それは相違ないな?」
「はい。それは、父様や母様、ソフィアも……それに、きっとラウラさんやステラさんも望んでいることですから。」
「う~ん……エリゼ、この後は大丈夫か?」
「はい。元々兄様に会うつもりで来ましたので。」
「解った。何か慌ただしくなるけれど、アリサもそれでいいか?」
「別にいいわよ。アスベルには色々気苦労を掛けちゃったし。」
「……苦労なされてますね。」
「…今晩は、ブラックベリーパイにでもするかな(ボソッ)」
自分が言うのもアレだが、弟弟子は結構意固地なのは良く知っている。今回の事もそう決めた上で話したことだろう。それで周りにどれだけの影響を与えているのかを少しは自覚すべきだろう。ついでに彼の女運も自覚するとありがたい話だが、こればかりはどうにもならないだろう。かくいう俺自身が言うべき台詞ではないのは……百も承知の上だ。
「そういえば、アスベルさん達と会う前にルドガーさんを見かけました。……知らない女性の方と一緒にいましたけれど。」
「学院の先輩だよ……ま、ルドガーが落としたのは否定できない。(……ああ、その光景がなんとなく目に浮かぶよ。)」
「(ルドガーもつくづく苦労人よね。)」
その彼が帝都を歩いている裏側で、その事情を知らない三人の女性がその気配を察したとかそうでないとか……テレパシーで通じ合う人間じゃないんですから。ともかく、買い物は済んだのでそのまま列車に乗ってトリスタへ戻ることとなったのだが……トリスタ駅前に出ると、ARCUSの着信音が鳴る。
「アスベル・フォストレイトですが。」
『アスベル、いまどこに?』
「その声はルドガーか。トリスタ駅前だけれど……」
『実は……』
どうやら先に戻ってきていたルドガーが簡潔に事情を話す……いてもたってもいられなかったソフィアが学院を訪れ、リィンがソフィアに宛てた手紙の内容を問いただしていた。だが、家に留まるつもりもないというリィンの言葉にソフィアの感情が爆発……暴言に近いような言葉を浴びせると、走ってその場からいなくなったらしい。
『学院から出た形跡はない。そうなると、必然的に学院内の可能性がある。』
「―――『あそこ』だな。」
『!?解るのか!?』
「ちょっとした応用だよ。……すぐそっちに向かう。」
アスベルは通信を切ると、向き直ってアリサとエリゼに事情を説明する。流石に大事には至らない可能性はあるが……言いきれない可能性があるのも然り。
「……アリサはシャロンさんに事情を説明して、寝床の確保をしといてくれ。この騒ぎだとどの道今日中に帝都には帰れないだろう。」
「ええ、解ったわ。」
「エリゼは……まぁ、付いてくるなとは言わないが、無茶はするなよ?でないと俺がリィンに殺されかねない。」
「冗談にしか聞こえないんですが……ええ、心得ています。」
互いにできることを把握しているからこそ、今はその役割を全うするのみ。アリサを見送った後、アスベルとエリゼは走ってその場所―――『旧校舎』に急ぐ。二人が旧校舎の奥に行くと、リフトは下りた状態……奥からは戦闘状態と思しき金属音が響いている。このまま悠長にリフトを待つわけにはいかない……
「エリゼ、ちょっと失礼するよ。」
「え……きゃっ!?」
エリゼをお姫様抱っこで担ぐと、アスベルは久々の“神速”状態を発動させ、何と昇降機のレールを一気に駆け降りた。普通に考えれば非常識なのだが、今は非常事態なので悠長に体裁を考えている暇なんてない。怒られるのは後でいい……そう判断したアスベルの行動にはエリゼも驚くものの、
「……なるほど、アリサさんやシルフィアさん、レイアさんが惹かれる理由……どことなく兄様に通じているところがあるからですね。」
「……ノーコメントで。」
そうこうしている間に第四層に到着……そこにいたのは、横になっているソフィアとそれを気遣うパトリック、そして首なし騎士と対峙しているのはリィンと2年のクロウ・アームブラストであった。降り立ったアスベルはエリゼを下ろした。
「お、援軍か。」
「え……アスベルに、エリゼ!?」
「ルドガーから連絡を貰ってな………長引かせるのは不利だ。一気に終わらせるぞ。」
「そうですね……私も色々“怒って”おりますので。」
リィンとクロウの攻撃でかなりのダメージを受けているはずなのに、それでもまだ立ち向かってくるその人形に対し、アスベルとエリゼは構える。その意識のずれを先程まで戦っていた二人は見逃す筈がない。
「―――これで、チェックメイトって奴だ。」
「―――はあっ!!」
クロウとリィンのSクラフト……それが直撃する。だが、それでも倒れない相手の背後には、“既に”アスベルがいた。
「―――四の型“空蝉”が奥義、“空断”」
地面から立ち上る太刀の嵐。そのブレもない太刀は空すらも切ると謳われる終の太刀“空断”。そこに間髪入れずに放たれるのは、若くして三人の“剣聖”からその実力を認められた少女の技。
「―――“流水”が参式、“氷逆鱗”!!」
逆上げの如く迸る太刀筋。カウンター技の多い“流水”の中では珍しい“先手”の奥義である“氷逆鱗”。四人のSクラフトをまともに食らった騎士にそれ以上のなす術などなく、力尽きて地に伏せた。少なくとも、これ以上動き出す様子はないだろう。それを確認し、四人は武器を納めた。
「助かったよ、アスベルにエリゼ。」
「いや~、危うくピンチになりそうだったぜ。サンキュな。」
「ま、無事で何よりです。……っと、さっきは済まなかったなエリゼ。緊急事態とはいえ……」
「お気になさらず。それに、アスベルさんには“借り”が結構ありますので。」
「“貸し”にした覚えはさらさらないんだけれど……」
ソフィアのほうも状態を確認したが、気絶していただけで特に外傷は無いようだ。だが、頭を打っている可能性もあるので、ベアトリクス教官に連絡を取り、ソフィアは一度医務室に行くこととなった。そこにサラ教官や他のⅦ組メンバーも集まって、無事を喜んだ。……約一名、喜びとは程遠い表情を浮かべていたのを、アスベルは見逃さなかった。
~トールズ士官学院 第三学生寮 アスベルの部屋~
その後、旧校舎での一件を聞いた学院長から今後は立ち寄らないようにすべきかという提案がなされたが、それに待ったをかけたのは、リィンを始めとしたⅦ組の一同だった。これには教官側も困惑はしたが……今後はアスベル、ルドガー、セリカ、リーゼロッテの誰かが同行するということで手を打つこととなった。ソフィアの方は特に怪我もなく、非常識なものを見た影響による気絶程度だった。
とりあえず明日の予習をこなしていた。あの後、ブラックベリーパイを作って食堂に置いてきた。その惨事など見たくもないし、そんなふうに思う方がこちらとしては理不尽だ。そんなことを考えているとノックの音が聞こえ、入室を促す。
「開いてるからどうぞ。……って、ソフィアか。」
「すみません、そのエリゼから話を聞きまして……」
「………ああ、わかった。」
現時点で四人の女性に好意を向けられておいて、ここまで優柔不断の弟弟子に対して、グーで殴っても許されると思ったのは気のせいではないだろう。ほぼ同類の自分が言っても、説得力皆無に等しいが。
「とりあえず、リィンは一度爆発すべきだと思う。」
「あはは……それでまともになってくれれば助かるのですが……」
「まぁ、ねぇ。」
そう都合よく行かないのが人生というもの。それでむしろ鈍感さが悪化されても困るだけだ。自分がそれで被害を被ることはないが、間接的にそうなっても困るのは確かだ。何でここまで弟弟子の面倒を見る羽目になっているのかは甚だ疑問である。
……ちなみに、この事態を作ったであろう張本人に対しての制裁はルドガーに任せた。
『どうしたんだ?』
『アイツが『猫』だということを実感させてやった。』
猫じゃらしでおちょくり続けたらしい。物理的とか精神的とかはこっちが疲れるのでやめたそうだ。その意見には同意した。
~トールズ士官学院 グラウンド~
その二日後……実技テストが終わり、いよいよ今月の『特別実習』の行き先が発表される流れとなっていた。
「さっきはお疲れ様、リィン。」
「……叩きのめした相手に言われるとかなり堪えるんだが。」
3vs3の戦い……リィン・ラウラ・フィーとアスベル・アリサ・ステラの戦い……ラウラとフィーの関係の件もあってか連携がうまく取れていなかったようで、そこを上手く突けた。『戦術リンク』をフルに使われていたら、こちらも自重なしで行こうかと思っていたので、運は良かったのだろう。逆を言えばラウラとフィーのことがここまでこじれ続けていることに他ならないが。
「ま、特に何もなかったようで何よりだったけれど。」
「まぁな。……エリゼとソフィアに好きな人が出来たら容赦はしないけれどな。」
「………」
「アスベル?」
「何でもない。」
あれだけのことをされて、好意云々に気付かないこの弟弟子を叱りたいが、これはもう根本的な問題に直結しているので……女性陣にはド直球で行った方がいいとアドバイスしたほうがいいだろう。なにせ、先日エリゼとソフィアを見送った時も、いつもの兄らしいリィンに対してエリゼとソフィアが揃って照れた表情を浮かべていたからだ。彼の毒牙にかかる女性たちに同情したくなったのは、気のせいではない。そんな空気を察しつつ、サラ教官がその空気を断ち切る様に手を叩き、一同の視線が向けられる。
「はいはい。それじゃ、今月の特別実習を発表するわよ。各自一部ずつ取って頂戴。」
【7月特別実習】
A班:リィン、エリオット、マキアス、ラウラ、フィー、セリカ
(帝都ヘイムダル)
B班:ユーシス、ガイウス、アリサ、エマ、リーゼロッテ
(帝都ヘイムダル)
班としては想定していた組み合わせ……案の定というか、リィンから
「文句はないのですが……明らかに先々月のときといい、意図的ですよね?」
「~~~♪」
「口笛を吹いて誤魔化さないでください。」
普段なら出てこない辛辣な言葉に対して明らかに誤魔化した教官に対し、Ⅶ組の殆どのメンバーは冷や汗をかいた。殆どに含まれない人達……そう、そこに記載されていないアスベルとルドガーであった。
「……サラ教官。俺とアスベルが記載されていないんだが、どういうことだ?」
「面倒事とかだったら、お断りですよ?」
「二人してその表情は止めてちょうだい。アタシも最初はそれぞれ配置する予定だったのだけれど。」
サラ教官が言うには、この学院の理事長が二人に対して別の課題を課すという条件で班から外したそうだ。そして、特別実習日の前日にはヘイムダル入りしてほしいという要望も添えられている。この学院の理事長……獅子心皇帝所縁と言うことからしても皇族。学費を出してもらっている以上は無碍に出来ない……アスベルとルドガーは顔を見合わせ、互いに苦笑を浮かべた。
「ま、拒否権はないから諦めるが。」
「右に同じく。」
どの道にせよ、今年の夏至祭は一波乱ある……唯一の救いは、頼もしい“理解者”がいることぐらいだろう。
予定更新日から一週間ほど遅れました。
理由はリアル仕事+今メインでやってるゲームのイベントのせいです。おのれブルブラン(マテ
閃の軌跡Ⅰ・ⅡのVita版も買って復習中。
で、特別実習の視点が変則的になりますのでご了承ください。
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第69話 鈍さの加減