…………
……
男が消えて幾ばく、落ち着きを取り戻した蓮華が冥琳に詰め寄る。
「冥琳っ!何故あの場で考えるなどと言ったのだっ!?シャオの命がかかっているのよっ!こうしている間に、シャオがどれだけ心細い思いをしているのか――」
「蓮華、落ち着きなさい」
静かに、雪蓮が蓮華をたしなめる。
「しかし姉様っ!」
「落ち着け、仲謀っ!!」
「――っ」
雷鳴のような雪蓮の裂帛に、蓮華は思わず口を噤む。
「事はそう単純ではない。かの者も言っていた通り、これは孫呉の誇りと妹の命を天秤に掛けなければならないのだ」
「しかし姉様、それならばシャオは……」
「あれも孫呉の王族。虜囚の憂き目を見たならば、覚悟は出来ているはずよ」
「そんな……」
姉のあまりにも過酷な言葉に、二の句が継げない蓮華。
そんな蓮華を見かねたのか、穏がゆっくりと口を開く。
「蓮華さま蓮華さま、事はそう単純ではない、んですよ~?」
「……どういう、こと?」
「蓮華さまは気付きませんでしたか~?あの男はこう言いました。『我々の指示に従え』とね?」
「あ……」
穏に言われて、途端に気がついた蓮華。
「そう!あの男が単独犯なら如何様にも手はありますが、複数犯、あの口ぶりだと組織的な感じを受けました。となると、生半可な手は通用しないことになりますよね~?」
「そうか……」
思っていた以上の状況の深刻さに、押し黙る蓮華。
「くぅ……儂がもう少し早く、小蓮さまを捕まえておれば、こんな事には……」
このような事態を招いた責任を感じ、祭は苦渋の表情を浮かべる。
「それを言っても始まりませんよ、祭殿。それにあの感じだと、かなり計画的な犯行のようです。恐らく、小蓮さまの行動を分析の上、前々から機を窺っていたのでしょう」
「そう、かの?それはそれで、ならず者が跋扈しておるのを看過できなかったことが悔やまれるのぅ……こんなとき、明命がおればな……」
明命は国の代表武官として、都に詰めていた。
隠密行動や諜報活動、索敵などが得意な明命がこの場にいれば、また違う景色が見えたかもしれない。
「いない人のことを言っても仕方がありませんよ~。もしかしたら、この動きは現体制への反乱の布石なのかもしれませんねぇ?」
「なるほどな。そう考えれば辻褄が合う。我らを手駒として都に攻め上らせるか、あるいは足止めだけでもしておけば、かなり戦力は削げるな。何にしても、可能性が高そうな仮説だ」
「それで、どうするの?」
雪蓮が纏う空気は、未だに戦場のそれと変わらない。
思考も冷静と冷酷の狭間にある。
「あぁ。ここは二手に分かれる他あるまい」
「ですね~」
「二手、とは?」
軍師のみで通じているところに、思春が疑問の声をあげる。
「ここに留まり彼奴の指示通りに動く者たちと、小蓮さまの居所を探し出す者たち。この二つに分けるということだ」
「小蓮さまさえ助け出せれば、無理に従うことはないですからねぇ。でも全員で探すわけにはいかない!だから、半分こ、ってわけです~」
「な、なるほど…」
ある意味、あまりにも単純な策に、納得する蓮華。
「物語的には、片方が道士さんに従うことを決めた事に対し、片方が反発して城を出て行った、って感じが良いですかね?」
「しかし、それで向こうが納得するかのぅ?」
「問題はそこです。こちらに残り、向こうの意に従っているのが呉の本流だと思わせることが肝要でしょう」
「なら、私は残って…」
「いえ、蓮華。あなたはシャオを探す方に回りなさい。代わりに私が残るわ」
蓮華を雪蓮が制する。
「姉様?いえ、しかし王たる私が残らずして…」
「そんなもの、どうとでも理由をつけて、また私が即位したことにすればいいわ」
割と無茶を言う雪蓮。
「それに蓮華、あなた自分でシャオを探したいんでしょ?」
「それは、そうですが…」
自分の我儘を通すわけにはいかないと、蓮華は押し悩む。
「私も、雪蓮の考えに賛成です」
「冥琳?」
「先程の様子を見るに、蓮華さまがこちらに残り、雪蓮が出て行った、とするよりも、雪蓮が呉の存続を優先させて、唯々諾々とならず者に従うのを決めた事に対し、蓮華さまが反発して数人の臣を連れ、直接小蓮さまを救出するため城を出た…とする方が自然な流れかと」
冥琳が独自の分析のもと、雪蓮の案を推し、蓮華の肩を押す。
「そう、かしら…?」
「そうですよ~。だから蓮華さまは小蓮さま捜索隊に決定~!ということは~?」
「私もお供いたします、蓮華さま」
思春が静かに、しかし決意のこもった声でそう告げる。
「思春……ありがとう」
「儂もお供致そう」
祭も思春に続く。
「小蓮さまが敵の手に落ちたのは儂のせいじゃし……何より、こちらに残ってもやれることはなさそうじゃし、のぅ?」
そう言って冥琳を見やる祭。
「えぇ、こちらのことは万事お任せあれ」
「です~」
冥琳と穏は、雪蓮と共に残るようだ。
三人と三人。人数比は均等だが、軍師二人が残るのは厳しい。
が、敵の目を晦まさなければならないことを考えれば、致し方がなかった。
「蓮華。城を出た後は、孫呉としての支援はないものと思いなさい。その上で、自分の為すべきことを為しなさい」
「はいっ、姉様!」
蓮華は姉からの訓辞を受け取り、腰の南海覇王を雪蓮に渡す。
便宜上、これで王位は雪蓮に移ったことにする。
「思春。明命がいない今、諜報にかけてはお前が頼りだ。小蓮さまの捜索、そして可能ならばこちらとの繋ぎ、任せたぞ」
「はっ!」
冥琳は思春に。
「それじゃ祭さま、お二人のことよろしくお願いします~。野宿でも、お身体冷やさないようにして下さいね?」
「分かっておるわい」
穏は祭に、それぞれ言葉をかける。
「ならば各自、準備なさい」
「「「はっ!」」」
小蓮捜索組の三人は玉座の間を後にした。
…………
……
「よかったのか、雪蓮」
ぽつりと、呟くように雪蓮に尋ねる。
「えぇ、これでいい」
徐々に平時の色へと変わろうとしている瞳を、今度はイタズラっぽく染めて、言葉を続ける。
「何を要求されるか分からないんだもの。どんな汚れ仕事を言いつけられても、私が全て泥を被ればいい。蓮華の名には傷一つつけさせないわ。もちろん、シャオも助け出したいけどね」
「まったく……やはりそういう存念だったのだな。自分から残ると言ったから、そんなことだろうと思ったけど」
「あら?それと分かってて助け舟を出してくれたんでしょ?」
助け舟。
小蓮の身を案じる蓮華が敵に従うことを決め、直情的な雪蓮が城を出る。
普通に考えれば、これが自然だろう。
それが分からない冥琳ではない。
「何のことかしら。私はただ、あなたが残る理を説いただけだけど?」
お互いを見つめ、ニヤリと口角を上げる。
雪蓮も冥琳も、お互いのことは全て分かっていた。
「それでは~、硬~い金をも断ち切っちゃうようなお二人の絆を再確認したところで~、私たちも簡単に今後の方針を話し合っちゃうとしましょ~」
穏の音頭で、今後について話し合うことにした三人。
こうして、孫呉は二手に分かれ、国難にあたることになった。
――――――
――――
――
「おや……」
翌日、律儀にもまったく同じ時間に現れた男の目に映った玉座の間は、昨日より広く感じた。
「これはこれは、孫伯符に周公瑾。皆さん席を外しておられるのですか?」
「いや、席を外しているのは穏、陸伯言だけだ」
「……どういうことか、説明して頂けますか?」
予想外の展開だったのか、男の返答に少し間ができた。
「昨日、一日話し合ったところ、私と雪蓮、そして穏は、小蓮さまのお命をお救いするため、お主に従おうという意見にまとまった」
「ふむ……それで?」
「残った者たちは、蓮華さまを筆頭に、あのような者に従うべきではない。小蓮は自ら助け出すべきだ、と主張してな。その一派が夜陰に紛れ、建業を抜け出したそうなのだ」
「そうですか…困りましたね。これは契約不履行、ということですかね?」
「いいえ。私たち孫呉は、あなたに従うわ」
今まで黙っていた雪蓮が口を開く。
「これは異なことを。呉王の孫権が我々に反旗を翻しているのでしょう?それでは……」
「いえ、蓮華……孫仲謀には王の座を退いてもらったわ。今の呉王は私、孫伯符よ」
親指で自分の額を指す雪蓮。
そこには、孫呉の王たる証である赤い印が入っていた。
「出て行ったものたちに軍権はなく、兵卒は誰一人ついていかなかった。呉王の雪蓮、大都督の私、そして穏がいれば呉の全てが動かせる」
「……なるほど。江東の小覇王に呉の柱石がこちらについてくれる、ということですか。まぁ、良いでしょう」
「ねぇ?その小覇王っての、やめてくれない?小馬鹿にされてるようで嫌なのよね。あんまりその名で呼ぶようなら…私も考えるわよ?」
雪蓮は目を細め、孫家伝来の碧い瞳をギラリと光らせる。
「…これは失礼。私も、せっかく得たお仲間を失うわけにはいきませんからね。以後、気をつけましょう」
「ふんっ」
不機嫌そうに鼻を鳴らす雪蓮。
その音を掻き消すように、
「雪蓮さま~~~……冥琳さま~~~……」
間の抜けた声を発しながら、おっぱいが走ってくる。
「どうしたの、穏?」
「ずびばぜん~……蓮華さまたちに逃げられちゃいました~~」
穏は蓮華たちの追撃部隊を指揮していた。
どうやら、任務は失敗のようだ。
「ま、気付いたのが日が昇ってからだったからね。そりゃまぁ向こうも馬鹿じゃないし、まず無理でしょ」
「うぅ~……面目ないです」
「足取りくらいは掴めたか?」
「う~……目撃証言では、南に向かったとしか……」
「そうか……」
三人のやりとりを、見ていた男。
「そういうわけだから。蓮華たちがシャオを取り戻すために、あなたの本体を襲いにいっちゃうかもしれないから、よろしくね?
ま、孫呉としても身内の恥だから、捜索は続けるけどね」
「それならばご心配なく。尚香殿は信の置ける、ある方に預けましたので、私と一緒にはおりませんから」
「ふ~ん……そう」
僅かだが、雪蓮の瞳が瞬く。
「代わりといっては何ですが、あなた方にもある方たちをお預かりいただきたい」
「え?」
「なにも曹操や劉備と戦えとは命じませんよ。今のところはね?今はただ私がお預けする方々を、命を掛けてお守り下さい」
パチン、と指を鳴らすと、二人の少女がどこからともなく現れた。
「くれぐれも丁重に…今後の指示は、また追って連絡いたします。それでは…」
「待ちなさいよ」
姿を消そうとした男を、雪蓮が止める。
「まだあなたの名前、聞いてないわよね?それとも、従属させた者に名乗る名は無いのかしら?」
「これは失礼をば。名乗る間がありませんでしたので」
どこまでも慇懃無礼に振舞う男。
スッと一礼すると、
「我が名は于吉。しがない道士風情です。以後、よろしくお願いいたしますよ、孫伯符殿」
そう言いながら姿を消した。
男…于吉が姿を消すと、少女二人が残された。
気弱そうな少女を、もう一人の少女が背中に隠し、両手を広げて必死に守ろうとしている。
が、その身体はガタガタと震えていた。
「……大丈夫よ。別に取って食べたりはしないから。丁重に扱えとも言われてるしね」
「「――――っ!」」
ビクッと身を硬くする少女ら。
安心させようと声を掛けた雪蓮だが、余計に怖がらせてしまったようだ。
「そんなに私って怖いかしらね……」
少なからず傷ついた様子の雪蓮。
「穏。この娘らの世話を頼む。子供のいない我々より適任だろう」
「了解しました~。は~い!それではお二人とも、私についてきて下さいね~?」
穏が放つ柔らかい空気に感化されたのか、少し警戒を解いた二人は、おずおずと穏についていった。
「はぁ……」
三人が退出して、雪蓮は溜息をひとつ。
「どう考える、雪蓮?」
冥琳はまだ硬い表情で問いかける。
「分からないわ。大方、どこかを攻めろとか言われると思ってたんだけどね。ちょっと予想外だったわ」
「ふむ……それが、貴人の姫とその従者らしき少女二人の身柄の引き受け、か。確かに合点がいかんな」
わざわざ王族を人質にとっての要求にしては、対価が軽すぎる。
もちろん、この後に要求が追加される可能性は充分にあるのだが…
「ま、とりあえず私たちは言われたことを粛々とやりましょ?後は蓮華たちが上手くやるのを願うしかないわね」
「……そうだな」
そう言って二人は中空に視線を飛ばした。
昨日とは違い、そこに小蓮の姿はなかった。
Tweet |
|
|
9
|
0
|
追加するフォルダを選択
DTKです。
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、33本目です。
前回から始まった第弐章。
零章に続いて過去の話になりますが、お付き合い頂ければと思いますm(_ _)m
続きを表示