とある町に、図書館がありました。
そこは、とっても不思議な図書館。
その図書館に、「小さな物語」という本が置いてありました。
色々な形の、色々な大きさの本。でも、全部、表紙に「小さな物語」って書いてあるんです。
さてさて、ある冬の日に、一人の女の子がやってきました。
カウンターにいるメガネのお姉さんに言います。
「ねえ、ご本を読ませて」
お姉さんは、くいっとメガネを押し上げました。
そして、まじまじと女の子を見つめます。
「そりゃ、ここは図書館だよ。だから、本ならいくらでも貸しますよ」
言いながら、ごそごそと紙を出しました。それは白いしおりで、白くて細いリボンが付いています。
「これが無いと、本は貸せないの。名前書いてね」
女の子は、銀色のペンで自分の名前を書き込みます。
お姉さんはよしよしと頷いて、立ち上がります。
「じゃ、そのしおりを持って付いてきな。どんな本をお好みで?」
女の子は、はて、と首を傾げます。
「わかんない。でも、ご本が読みたいの」
「そういう子には、この本棚がぴったりだね」
と、色々な本が沢山詰まった、ピンク色の本棚の前に連れて行きます。
「好きな色の本を読むといい」
「色で選ぶの?」
「そうそう。えいっと本を取って、机に行くまで開いちゃだめだよ」
それだけ言って、お姉さんはあくびをしながらカウンターへ戻っていきました。
女の子は、色とりどりの本の中から、緑色の本を引っ張り出しました。
女の子の手の中に丁度いい大きさの、小さな本。
表題は
「小さな物語」
女の子は急いで机に持って行きます。そして、椅子によじ登ると、足をぶらぶらさせながらワクワクと本を開きました。
『春の欠片』
ある日。冷たい風の吹き付ける川原の砂利の中から、加奈は一本のクレヨンを見つけました。
それはとってもキレイな緑色。お日様にかざしてみると、まるで若葉みたいにキラキラしています。
「これで絵を描いたら、どんな風だろう?」
加奈は、川原の石に色をぬります。
「この石は小鳥のかたち。うぐいす!」
石の小鳥は緑色になった途端に、ぱたぱたと羽ばたきました。
「ひゃあ、動き出した!」
若葉の色にキラキラ光る小鳥は、加奈の頭上をくるくると飛びます。加奈はクレヨンを見つめてにんまりとしました。
「これは、犬。緑の子犬」
石の子犬が飛び跳ねます。
「こっちは魚!」
石の魚はぴょんと跳ねて、川へぽちゃり。
しゅわしゅわ。
石の魚は川へ入った途端、クレヨンでつけた緑色が落ちてしまいました。魚は川底へ沈みます。
「変なの。クレヨンのくせに水に入ったら消えちゃった」
ちょっと口をとがらせて…でも、加奈はあまり気にかけず、また面白い石はないかと探します。
加奈が石にあんまり厚くクレヨンをぬったので、その緑のクレヨンは随分短くなっていました。
「おい、おいってば!」
突然、誰かが加奈に声をかけます。
見ると、緑の上着に緑のスカーフをした、小学生くらいの男の子。加奈より少し年下でしょうか。
緑色の目が怒ったように加奈を見ます。
「返せよ、オレのだぜ」
加奈はまゆをしかめます。
「急に何よ!」
「何よ、じゃない。そのクレヨン、大事なんだからな!」
と、男の子は加奈の手からクレヨンをむしりとり…
「あっ」と、小さく声をあげます。そして、加奈をぎらりとにらみつけて言いました。
「こんなに短くして! どうすんだよ! オレはこれからこの街の木や草をぬるんだぞ! これじゃ足りないじゃないか!」
「ええ?」
加奈はびっくりします。
男の子は、加奈の近くにいる石の小鳥や子犬を見ます。
「こんな、遊ぶために使ったのか?」
「だって…落ちてたのよ、それ。それに、普通のクレヨンだって思うじゃない」
「人間のおもちゃが、こんなきれいな色をしているもんか! これには使い方があるんだ。ちゃんと使わないと、雨に流れて色が消える。すごく大事なんだぞ!」
と、男の子は大きな声で言います。
「この町の木々や草が芽吹かなかったら、お前のせいだ! お前がクレヨンをつかっちまったせいで、この町に春が行き渡らないんだ!」
そんな風に言われて、加奈はしくしくと泣き出しました。
そのクレヨンがそんなに大事だって知っていたら、どうして石にぬったりしたでしょう?
加奈がとても悲しそうに泣くので、男の子はちょっとたじろぎます。
「えっと…」
「くすんくすん。ごめんなさい。ねえ、どうしたら春が来る? それとも、もうダメなの? 春は来ないの?」
男の子はポリポリと頭をかきます。
「いやさ。また買えればいいんだけどさ」
「え? 何よ、売ってるの?」
「…今、そんなカンタンなことか、とか思った? だとしたら大間違い。クレヨンを作って売ってる人はとてもケチだから、一本づつは売ってくれないんだ。だから、毎年必要な数だけまとめて買ってるのさ」
「頼んでみても、だめ?」
男の子は手の中で短いクレヨンを転がします。
「頼んだこと無いから、わかんない」
「私、頼んでくる。そのお店、どこ?」
男の子はクレヨンをポケットに入れました。
そして、別のポケットから緑の笛を出しました。
ピュゥゥゥ~
笛を吹くと、空から緑色の子馬が駆けてきました。
「乗れよ」
男の子は先に馬にまたがり、加奈をうながします。
加奈は恐る恐る馬に…
すかっ
加奈の体は馬の体を通り抜けてしまいました。
「いけない、忘れてた!」
男の子は自分の緑色のスカーフを加奈に渡します。
加奈がそのスカーフをつけて馬にふれると…こんどはちゃんとさわれます。
すごい、魔法のスカーフだわ。と、加奈は思いました。
緑の子馬は、ぐんぐんと空を上がって、雲の上に出ました。
高い高い空に、ぽっかりと浮かぶ丸い雲。
緑の子馬はその雲に入ります。
中には、エメラルドグリーンの草原と、すきとおった薄い青色の空がありました。
「あそこ」
と男の子が指をさす先には、草に溶け込みそうな緑の家がありました。
二人は子馬をおります。ドアの前で、男の子がたずねました。
「お前、何か持ってる?」
「何かって、お金?」
「お金でも、それ以外でも、クレヨンを買えそうなもの」
加奈は首を振りました。
「そっか…うーん、困ったな…」
「うるさいね」
と、家の中からしわがれ声がします。
「入るのか入らないのか。どっちかはっきりしな!」
男の子は意を決したように、ドアを開けました。
淡い緑色の部屋の中は、とても明るくて、すっきりしたキレイな空気が流れていました。
大きなソファに、女の人が座っています。
床までつきそうな、緑の長い髪をした、きれいな人でした。
「何の用だい?」
キレイな女の人がしわがれ声で言います。
男の子は肘で加奈をつつきました。
加奈はちょっとびっくりしていました。見かけはあんなにキレイなのに、声はおばあさんみたい。
「なんだい、その女の子は」
加奈は勇気をふるい起こします。
「ああ、あ、あの、クレヨンを売ってください」
女の人はふんっとそっぽを向きます。
「いやだね。もう、仕事おさめさ。今年の分は全部作ったんだ」
「おねがいします」
「疲れちまってね。帰りな」
男の子も、頼みます。
「一本でいいんです。クレヨンを売ってください」
「でないと、私の町に春がこないの」
女の人は、それでも首を縦にふりません。
「知ったこっちゃないよ。私はこれから半年、ゆっくり過ごすのさ。読みたい本もあるし」
「でも」
と、男の子は言います。
「春の若葉をぬらないと、夏も来ないんだよ。春の若葉が芽吹かないと、秋も来ないんだよ」
それを聞いて、加奈はまた泣きたくなりました。
「一年くらい冬のままでもいいだろ? 来年来なよ」
「くすん…お願いです。私の町に春をください」
と、加奈は必死に叫びました。
女の人は加奈の様子に少しは心が動いたようです。
細いあごに手を置いて、きれいな目で加奈を見つめました。
「はあ~。じゃ、私の言うものを探してこれたら、特別にクレヨンを一本だけ作ってやろう」
「何ですか? 何を探せばいいの?」
「声さ」
と、女の人はしわがれた声で言いました。
「私の声。元はすばらしい声で、歌えばみんなが感動のあまり泣き出したくらいだってのに。どっかで落としてきちまったんだよ。それを探してきな」
加奈はうなずきました。たけど…声なんて、どうやって探せばいいのでしょう?
「どの辺に落としたんですか?」
と、男の子がたずねました。
「どこだったかね~。北の方だね。寒くて、くしゃみをした拍子に落としたんだ」
二人は家を出ます。
「北だって」
二人は緑の子馬に乗って雲を飛び出しました。
北へ北へ。
風がどんどん冷たくなります。
氷の世界に着きました。
「声ってどんな形なの?」
「わかんない。呼んでみたら返事をするかも」
そこで、二人は大きな声で呼びかけます。
「声さ~ん、どこですか~?」
二人の声は、氷の中に吸い込まれるように消えます。
「声さんってば~!!!」
「うるさいな~」
と、氷の地面から大きなペンギンが出てきました。
「ここは静かなのがとりえなのに」
と、ペンギンはぶつくさと言います。
「ごめんなさい。あの、女の人が声を落としたんです。しりませんか?」
「さあ。声ってそんなにカンタンに落とせるもんなの?」
「えっと、本人はそういってます」
「はあ~、世の中器用な人がいるもんだね。とにかく、騒がないでよね」
言うだけ言うと、ペンギンは氷の地面に入っていきました。
よくよく見ると、氷の地面には氷のドアがついていました。
「ここに住んでるのかな?」
二人は困ってしまいました。呼んでみる以外に、声をどうやって探せばいいのでしょう?
「ねえ、本当にこの北の辺りで落としたのかな?」
そこで、二人はもう一度女の人の所へもどりました。
「あの、他に心当たりはないんですか?」
女の人は不機嫌そうに言います。
「最近それくらいしか旅行してないよ。なんだい、見つけられないんならクレヨンはあきらめな」
二人はあわてて家を出ます。
とにかく、あの北の国を探すしかありません。
二人は網を持って氷の中を歩きまわりました。声を見つけたら、網でつかまえようと思ったのです。
とことこと歩いていると、加奈はつるっと足をすべらせてしりもちをつきます。
どしん。
とても勢いよくすべったので、氷の地面がゆれました。
「あ~、もうなんなのさ!」
氷の地面から、また大きなペンギンが顔を出します。
「まーた君たち? ここは静かだからって家を買ったのに。不動産屋さんに文句をいわなくちゃ。この前だって、ツアーの観光客が押し寄せてさ。オーロラを見るって言って、一晩中ワイワイやって、参ったね」
「その観光客って…」
二人は顔を見合わせます。
「ね、その人達の中に、くしゃみをして声を落とした女の人がいませんでしたか?」
「くしゃみで声を落とす? くしゃみくらいでそんなことになったんじゃ、おちおちコショウも使えないじゃないか」
と、ペンギンはもっともなことを言います。
「でも、でっかいくしゃみなら聞こえたなー。そうだ、ちょっと中においで」
二人はペンギンについて、地面にあるドアの中へ入りました。階段を降りると、土のかべ、土の天井、土の床。地下室でした。
大きな石の机に、沢山の実験器具が置いております。
「ちょっと待ってよ。今ぬぐから」
ペンギンのおなかがじーっと開いて…そう、ペンギンは着ぐるみだったんです。
中から出てきたのは、三人の小人でした。
「ふう。外に出るたびにこのコートを着るのは大変」
「大変なのは二人ものせて歩くボク」
「真ん中でバランスをとるのも大変」
三人の小人は、小さな石の棚から小びんをとりました。
「あのくしゃみはうるさかったよ」
「すっごい大きなくしゃみ。ありゃカゼだったね」
「がんこなカゼだったんだね。ノドがいかれたんだね」
加奈は小人たちの差し出す小びんを受け取りました。
「あげるから」
「そうそう。ボクらの薬」
「だから、もう静かにしてよ」
二人は小人たちにお礼を言って、雲に帰ります。
「これ、飲んでください」
と、女の人に小びんをわたします。
「これが、声かい? 薬に見えるね」
とか言いながら、女の人は小瓶の中身を飲み干しました。
「ごくんごくん。あ、あ~、らら~ん」
しわがれ声はどこかへいって、キレイな女の人の口からキレイな声が飛び出しました。
「あ~。よしよし、私の声だよ」
加奈と男の子はほっとしました。女の人は微笑みます。
「じゃ、クレヨンを作るとするかい」
女の人は自分の髪の毛を一本抜き取ります。
「おおっと、作り方は企業秘密だよ。外でまってな」
言われて、二人はドアの外に出ます。
「らら~ん、ららら~ん」
とってもステキな鼻歌を聞きながら、二人は草の中に座っていました。
「けっきょく、声を落としたわけじゃないのね」
「うん。くしゃみくらいで落とすなんて、変だと思ったぜ」
鼻歌が止みました。
「できたよ、入ってきな」
中へ入ると、女の人が緑のクレヨンを加奈の手ににぎらせてくれました。
「大切に使うんだよ。もう、作ってやらないからね。今度は南に旅行に行って、留守にするんだから」
「はい、どうもありがとう」
「良い旅を」
二人は子馬に乗って町にもどりました。
子馬は元の川原に降り立ちます。
「ああよかった。これでこの町に春が来るわ」
加奈はクレヨンとスカーフを男の子にわたしました。
「じゃ、オレはこれから仕事さ」
男の子は子馬にまたがり
「あ、そうだ。これはいらないからやるよ」
あの短くなった緑のクレヨンをくれました。
「ありがとう」
加奈の言葉に、男の子はにっこりと笑います。
「すごくステキな春にするからな。楽しみにしてろよ」
男の子を乗せた緑の子馬は小さくいななき、空へ駆け上って見えなくなりました。
加奈は小さなクレヨンをにぎりしめます。
「これは宝物にしよう。春の欠片なんだから」
おわり
「おや、読み終わったみたいだね」
女の子が本を閉じると、カウンターから声がしました。
「読み終わった本はこっちに持ってくるのがここの決まりだよ。本棚に返しちゃだめ」
女の子はカウンター越しに緑の本を差し出しました。
「あれ、しおりは使わなかったの」
「うん。すぐに読めちゃった」
お姉さんは白いしおりと緑の本を受け取ります。
女の子は軽い足取りで図書館の出口へ歩いていきます。
その後姿を見送りながら、お姉さんはしおりを専用のケースに戻しました。
「なかなかいい子じゃないの」
満足そうに呟いて、緑色の本を眺めます。
「もう、春だね」
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休止中のサイトに載せているもの。緑をお題に書きました。