No.722325

白の猴王(2)

続きになります イラストのシーンが出てきますw

2014-09-26 11:24:04 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:372   閲覧ユーザー数:372

 村はずれ、日当たりの良い斜面に村人達の墓地はある。

浅い春はまだ所々に雪を残しているが、黒い土が顔を覗かせている辺りでは芽吹いた草が朝日を浴びている。

見上げれば空高く雲雀が囀りを続けていた。久しぶりの土の香りにドーラは深く深呼吸をする。

 

 今でも気が向くとキリアの墓に詣でている。

目的があるわけじゃない、ただ墓標の向こうにキリアがいるような気がして、我に返ると随分長い間佇んでいたりする。

 

 墓標の合間、至るところで雪山草が白い可憐な花をつけていた。

主に高山に生息し、薬効のためその採取が依頼にもなる植物だが、ここに群生しているものには誰も手をつけない。

雪山草は死者を弔う花でもあった。

 

 先客が居た。

近づくとそれがマフモフシリーズを着込んだチョコだと分かった

見ない形の祈り、墓標の前で片膝を付いて両方の掌を合わせている。

「チョコ、さん」

彼女が自分より年上であり、それ以上に格上のハンターである事を教えられたのは昨夜、正座させられた竜神姉さんの説教の中だった。

所属する猟団で若い頃から頭角を現し、その腕と統率力をギルドの上部組織に認められて、王都で設立されたばかりの仕官ハンター養成所に講師として招かれた。

講師はまもなく辞めてしまい、以降野良と呼ばれるフリーのハンターとなったが、今でも西の砂漠では猟団の名前を冠したエンカードルのサペリア(上官)といえば知らないものはいないという。

「キリアさんは最初の教え子の一人だったそうよお。でも、どうして辞めた後に猟団に戻らなかったのかしらねぇ」

竜神姉さんはそういって首を捻っていた。

 

「チョコでいいよ。さん付けで呼ばれるのは性にあわない」彼女は立ち上がる。

「いやいやいや」

気さくに言うがドーラのほうが収まらない。何しろ凄まじいハンターらしいのだ。

歳は自分と大して変わらないようだが、それでいて大陸最大の街、王都で仕官ハンター養成所の先生を経験しているのだからどうして呼び捨てなぞできようか。

「えーとね、そうだ。姐さんでどう? おれ長女で姉さんいなかったからさ」

提案にチョコは噴出し、面白そうにドーラを見上げた。

「でかい妹だね」

ほっとした。どうやら問題ないらしい。

 

「姐さんは何処でここを」

「村長だよ。昨日は結局村長の家に厄介になった。いろいろ聞いてね、村の為に死んだのだから村民として弔ってやりたい。キリアのご両親に相談したら快く承諾していただいたと」

彼女は教え子の墓標、両親が王都から運んだと聞いた白い石をなでた。

墓石には出身地の紋章が彫られるが、キリアの墓には二つの紋章が並んでいる。

素朴な丸みを帯びた村の紋章と、竜をかたどった王都のそれは、お互いの世界を結ぶ絆になるようにとの両親の願いが込められていた。

「優しい村だな」

 

 余所者に邪険な村は多い。又、居つきとは言っても所詮ハンターは辺りの用心棒であり、村としては”雇っている”にすぎない。ハンターが村民と認められるのは土地の者と一緒になるか、ハンターを辞めて村で他の職、大抵は新しく森を開いて農民にでもならない限り無理だった。だから居つきのハンターが事故か何かで死んだ場合、大抵は派遣元のギルドが遺体を引き取る。

長く居住していれば別だが、ハンターという職業はそう長く続けられるものではない。移住して1年たつかたたないかのキリアが村の一員として埋葬されたのはかなり珍しい事だった。

ドーラは斜面を見下ろした。黒い森の向こうに小さく雪を残した朱色の屋根屋根が覗いている。

 

 かつて辺りを開き、ここで暮らし始めた人たちがいた。彼らは自然やモンスターと戦い、人の居場所を築き、後世に守り伝えてきた。

その人たちは命を終えて、墓標となった今もここで柔らかく村を見続けている。

 

「おれもいつか、最後はここで眠るつもりだ」

素直な思いをドーラは口にした。ハンターとしてこの村を助けていく。

そして最後はキリアの横で、村の礎として皆と共にここで村を見守って生きたい、それがドーラの今の思いだった。

 

「あたしは雪は苦手」

チョコは微笑むと大きく伸びをした。

「寒いのは駄目だぁ。けど暖かいな、これ」

よほど気に入ったらしく彼女はフードの中の起毛を頬で擦り撫でた。歳の割りに仕草が可愛い

歳の割に、は余計か。

 

 ガウシカの毛皮が主体のマフモフシリーズは装備というよりこの地方特有の民族衣装だ。

一帯では皆もが着ているし、ドーラが越したばかりの時に歓迎の証として部屋の中に備えられていたのを覚えている。

それでいて単なる服扱いではないのはこのシリーズが効力を備えている為だった。

モンスターと動物の差は、大雑把に言えば素材に効力が備わっているかどうかにある。

寒冷地に住む動物での中には環境に適応する手段として効力を進化させた種があり、ガウシカもその中の一つだった。

 

 寒さは体力を奪うが、マフモフシリーズは揃えると効力によって寒さを感じない。そして俗に精霊の加護と呼ばれる攻撃による負傷を軽減する作用。

雪深いこの地で暮らす上で寒さへの作用があるのは大きい。ただ防御力はただの服と代わらないので精霊の加護が働いていても「当たらなければ」くらいの名人でなければ敢て狩りに着て行くものはいないが。

 

 

戻り道、ドーラは昨日からの疑問を口にした

「昨日の件だけど、手に取ったカードが違うのになっていたのって」

「あれかぁ。結構素早くやったつもりだったんだけどなぁ」

チョコは思い出したように笑った。

「ハピメルシリーズは袖が大きいから仕込みやすいんだよ。男共の視線はナルガの胴が引き受けてくれるしね」

確かに昨日の男達の視線はチョコの体に注がれていた。隠蔽のエロスとでも言うのか、胸以外は網目素材が素肌を覆っているナルガ胴装備は男の気を惹きやすい。

「いい?」

立ち止まったチョコは手袋を外した。

両腕を広げて何度か中空で手首を返し、挑むような微笑みでドーラを見詰める。広げた腕の左右の指先それぞれがくねくねと芝居がかった動きをしていて、それは何かの踊りにも見え、見慣れていないドーラは彼女の動作に子供のように引き込まれた。

「小さかった時に爺ちゃんが暇つぶしに教えてくれたんだ。爺ちゃん昔旅芸人やっててさ」

そのまま手を握り、頭上にそろえ掲げてからさっと開いて見せると、何もなかった中空から昨日のカードが現れて花弁のように舞い落ちた。

おお、と思わずドーラは感嘆の声を上げ、目を輝かせて拍手をする。他愛もない性格である。

「時にはモンスターと対峙しながら調合しなきゃいけない場合もある。指先が器用に越したことはないよ」

 

「けどこれって八百長じゃねえか?」しゃがみこんでカードを拾い、何か仕掛けがないか透かし見ながらドーラが尋ねる。

「見破れない奴が間抜けなのさ」腰に手を当ててチョコが笑った。

「狩りでもそう、闘争心ばかりで相手の動きを見ない奴はモンスターの動きに引きずられて無駄に体力を消耗する。だけじゃない、モンスターの危険区域に入った事も察知できないからダメージを食らう率も高い。今回のことであいつも身に染みて判っただろう。紅玉は授業料だな」

「高い授業料に付いたなー」

 実はドーラも雌火竜の紅玉を手所持していて、それゆえに希少性も理解しているつもりだった。宝石と称される天鱗には及ぶべくもないが、雌火竜の胎内にある稀石は生成原理も理由も謎だった。判っているのは、素材との組み合わせで目を見張る程の効力を発揮する事と心身を削る思いをして雌火竜を何頭倒しても手に入れられるかどうか判らない希少素材だという事。故に数がたまってもいざ武器や防具に使ってしまう段で躊躇いを感じる程だった。大男にとってはなけなしの紅玉だった筈だから余計落胆は大きいだろう。

しかしチョコはにべもない。

「あいつには過ぎた素材だ。おそらくついて行った狩りで運よく手に入ったんだろうが、その自覚がなければ本人が腕を誤解する。ましてあれを元に装備を作ろうものなら、無茶な依頼だって受けちまうだろう。あの世で己の未熟さに気づいても遅いのさ」

いい話っぽいが鵜呑みにすると駄目な気がした。


 
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