No.719862

白の猴王


この物語はモンスターハンターの二次創作、その第一章となります
自分のゲームキャラクターが動いているところを実感したくて書き始めました。
物語を書くに当たり、ある方のキャラクターをお借りしました。
彼女のおかげでこの物語は誕生出来ました。

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2014-09-20 22:26:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:410   閲覧ユーザー数:410

 

 日が山の端に落ちて、辺りに積もった雪や空が深々と蒼を増す時分。村の入り口にある大きな建物、通称「集会所」

 

扉を開けるとそこには別の世界が広がる。喧騒、大きな暖炉では薪がはぜ、篝火は揺れながら辺りを照らしている。

室内にくすぶる紫煙、灯火に浮かぶ人々、焼いた肉や酒の匂い、野太い声に時折歌や嬌声が混じる。

炎に照らされた顔顔、揺らぎに合わせて手足が舞い、影が踊る。誰かが歌えば足踏みの拍子。間を泳ぐように給仕の女が酒を運び回る。

ここはいつもそうだ。賑やかで、粗野で、何か怪しく、そして少し下品だ。

 

 酒場ではない。ここは集う者たちにとって飲食どころか生活を支えるところだった。

集う者、年齢もそれぞれで男女入り混じっているが、そのほとんどが意匠を凝らした鎧=防具に身を包んでいる。

俗にハンターと呼ばれる人間達。

 

 この世界では様々な大型生物=モンスターが跋扈していて、人はモンスターを狩り、人の住む世界を維持している。

そしてハンターとはこの大型生物と渡り合うのを生業としている者達で、狩りを斡旋する元締め=ギルドと呼ばれる組織が建物=集会所を経営してた。

村や町の居付でない限り、ハンターはここでモンスターに関わる様々な依頼を受け、褒賞を受け取とる仕組みになっていて、テーブル左側、壁に沿って伸びたカウンターでは場違いにも思える清楚な制服姿の受付嬢達がハンターの相手をしている。

 

 集会所は活気があるが決して和やかとは言いがたい。職業柄腕っ節に自信がある連中ばかりだから喧嘩、争い事は日常茶飯事。

又、集会所を渡り歩く流れ者も多いので三日前と顔ぶれがそっくり入れ替わっているのも珍しくなかった。

だから大きな、というよりはやたらゴツイ女が戸を開けて辺りを見回しても中のハンター達がちらと姿を認めただけでそれ以上の反応を見せなかったのはごく自然な反応だった。

 

 

 大女は村に居付きのハンターで、名前はドーラ。居付とは町や村に住まいを構え、その一帯をモンスターから守るハンターのことだ。

反対に定住せず集会所を渡り歩くのを渡り、または卑下して野良という。

 

 色黒の肌、大きな目とぼてっとした唇、見事な三角眉が下膨れの顔に収まっている。古い傷なのか右目の上、楔形に皮膚の色が変わり、端は右眉に食い込んでいるが、何処となく愛嬌のある顔つきをしていた。頭部に防具はなく、ピンク色の髪を左右飾り帯で太くきつめに結わえた、所謂ブランゴアームと呼ばれる髪形をしている。2mはあるかもしれない見事な巨躯とそれに負けない大きな胸を黒銀に覆っている防具はスチールシリーズと呼ばれるもので、主にHR(ハンターランク)が低いものが身に着けている代物だった。

 

 狩りの腕前が物を言うハンターの世界ではギルドが定めた狩人の階級であるハンターランク=HRが存在の証明となっている。ハンターの無駄な消耗を防ぐ為、ギルドはハンターを能力に応じてランク別けしていて、ランクによって行ける狩のレベルを厳格に管理している。HRはギルドカードと呼ばれる証明書もあるが、多くは身に着けている防具で推察できた。

 この世界の防具はモンスターに対抗する為に身に着ける物で、殆どが鉱石や狩ったモンスター自身から剥ぎ取った素材を元に武具屋の手によって一点一点がオーダーメイドで製作される。それはただ負傷を防ぐだけでなく、使用した素材から様々な効力を引き出し、同じように製作された武器と共に、人がモンスターと渡り合う無謀を可能にしていた。

強力なモンスター程防御力や効力の高い素材が取れる。難度の高いクエストをこなし、希少な素材からなる防具を身にまとったハンターはそれだけHRが高い、と言うわけだ。それは武器も同じで、希少な素材を使用した武器は攻撃力も高い。

文字通り身に着けた武器や防具は己の狩りの証となるのだ。

 

 ギルドは自分達が作り上げたシステム=HR制を維持する為にクエで手に入れた希少な素材の無許可な売買を始め、仲間同士での授受も厳禁し、違反した者には容赦なく追放や消息不明の罰を与えて来たので現在はよほどの阿呆でない限りそんな馬鹿なことをしでかすものはいない。最も阿呆であれば希少な素材が手に入るHRになど上がれないのも事実だ。

 

 狩りを有利に進める為、或いは己の腕前を誇る見栄もあって自然、ハンターは競って武器や防具の向上に精を出し、彼らが集う集会所は一種の品評会の様相を示す。

そんな中、下位のゲリョスと、さして貴重ともいえない鉱石から出来ているスチールシリーズは、例えると平穏な村の駐在的な、いかにも田舎の居つきハンターに相応しい格好だから一瞥以上の興味は引かれなかったのも無理はない。

 

大女=ドーラがカウンターに向かって二言三言話すと三人いる受付上の中で奥の方、暇をもてあましていた一人が頬杖を付いたまま腕を伸ばしてテーブルの一隅をさした。

「ドーラさん、あの人と知り合いですか」

真ん中の娘が尋ねる。

「いや、おばぁ(村長)からここでおれを待ってる人がいるって聞いたからさ」

「女の人なんですけど。困るんですよねー、ただでさえ殺伐としてるのに」

幼い声をした手前の娘が腕組みをしてため息を吐いた。

真ん中の娘が後を続ける

「夕方前から賭け事始めちゃって、相手の男のほうは負けが込んで熱くなってるみたいで身包みはがされても止めないんですよ」

ドーラが身を伸ばすとなるほど、部屋の隅にあるテーブルにちょっとした人だかりがあり、隙間から下着姿の大男の背中が見えた。

ややあって人だかりでどよめきが上がり、勝負がついたのか大きな音、大男がテーブルを殴ったであろう音が響いた。

集会所のハンターズストアから店員が満面の笑みでいそいそと輪の中に入って行く。

貴重な素材はハンター同士の融通が禁止されているから賭け代にならない。おそらく負けた方は尽きた資金の換わりに手持ちの素材をここで換金する約束で勝負を続けていたのだろう。

 

「全く、見てるほうが身が持たんわ」

その人だかりから頭を振りながら出てきたのは集会所の常連、自称トレジャーハンターの爺さんだ。

集会所に屯しているのはハンターだけではない、旅商人や猫そっくりの獣人種であるアイルーも主人のハンターを探していたりする。

爺さんは集会所をうろつき、ハンターに声をかけては珍品や希少な鉱石の採掘を依頼している。

独自の販路を持っているらしく、ハンターが持ち帰った様々な珍品は希少さの度合いに応じて爺さんが買い上げているが、ここで商売を続けてもギルドから何も言われない所を見ると取引は結構公正で理にかなっているのだろう。

「ありゃあ、ただでは終わらんぞい」

背の低い爺さんはカウンターの下に寄りかかるとぷうと息を吹いて自分の頭、ヘルメットをなでた

「今持ってかれたのは雌火竜の紅玉よ。ハンターズストアはさぞ笑いが止まらんじゃろうな。紅玉クラスの素材を換金、しかも集会所でそれをする奴なぞおらんからのう。しかしあの女、大勝ちしてるのに眉一つ動かさん」

そこまで話して爺さんは隣に立っている人物がドーラである事に気づいた。

「おお、ドーラじゃないか。どうじゃ、久しぶりに宝探しをしてみる気はないか」

「遠慮しとくよ。それよりそんなに一方的なのかい」

爺さんは顔を人だかりに戻す。防塵眼鏡の向こうで目が細くなり、声のトーンが下がった。

「いくらなんでも勝ちすぎじゃ、相手が見境がなくなってるといっても限度がある。ありゃあ…」

「又どーせ喧嘩よ、いつも最後は殴り合いで終わるの」

頬杖をした奥の娘が言い捨てた。

「ハンターは喧嘩の合間に狩りをしてるのよ」

「まあ、何かあった時はおれが止めるからさ」

軽く手を上げて再び沈黙を始めた人だかりの中に入っていくドーラの後姿を見る4人の顔は一応に同じ、

言葉にするとお前が言うか?という表情をしていた

 

 

 うわ、

女の手札を覗いて、ドーラは上げそうになった声を飲み込んだ。

賭け事に興味はないが、ルール位は知っている。

 

 これは言わば手札でモンスターを作成して行くゲームだ。

種類に属性や強さを組み合わせて最終的に出来上がったモンスターが強いほうが勝ち。

中央に詰まれた手札の山から札を引き抜いて、望みの札があればいらない札と交換する

山から引き抜ける札の枚数はサイコロの目に従う。運の要素もあるが捨て札で相手のモンスターを推理するのがセオリーだ。

だが下着の男は湯気が沸きそうなくらいの真っ赤な顔で自分の手札だけを睨み付けている。

 

一方女の方。

女の方は半眼でここからは何処を見てるか分からない。

手馴れた様子でサイコロを振り、素早く札を操る。時折酒の入った杯を口に運ぶのだが、何か読書でもしているような静けさだ。

若くはない。ドーラよりも幾つか年上、三十路かどうかだ。日に焼けた顔、藍に近い髪は後ろをまとめ、そこに細い編み込みを沿わせたケルビテール。

装備はシリーズではなく組み合わせだ。

上から

三眼のピアス

ナルガXレジスト

パピメルXブラッソ

黒子帯・真

パピメルXフェルム

カラーは明るいすみれ色と黒でまとめている。

装備からするとこの地方ではドーラと同じG級と呼ばれるクラスだろう。

ここではGは最上位を意味する。狩猟制限なし、だ。

G級にも拘らずドーラがスチールシリーズを身に着けているのは単に居つきで装備を披露する必要がないからに過ぎない。

最も彼女が身に着けているのはスチールUを最大限強化したもので、防御力で他のG級装備に決して引けを取るものではない。

 

「紅玉まで売っぱらっちまったが、最後の最後で逆転だ。てめえも裸にひん剥いてやるからよ!」

沸騰している男はしきりにフラグを立てるが、女のほうは乗ってこない。

黙ったままサイコロを振り、目に従って山から札を引き抜く。

自らの手札の自信からか、男はふんぞり返って辺りの観客に手を広げた。

「こいつは雌火竜の天鱗持っているらしいからな、勝ったらそいつを金に替えてここの食料買い占めてドンちゃん騒ぎよ」

 

 男の言葉で集会所が一気に色を変える。奢られることにではなく天鱗の存在にだ。

紅玉も幻と呼ばれるほど希少な素材だが、天鱗クラスになるとそれ以上、幻を通り越し、一生見ることさえ適わないハンターも多い。

あちらこちらで囁きが走る。喧騒は止み、いまや誰もが勝負の行方を見ていた。

女は男の煽りにも全く動じずに淡々と手を動かしている。

 

「まぁ天鱗を本当に持ってるかどうかはひん剥いてみりゃ分かるわな、こいつは最初に言ったんだ。あたしがまけたら全部好きにしていいってよ」

山から抜いた札を確認した時、女の伸ばした腕が僅かだが止まった。が、何事もなかったかのように引き寄せ、素早く手札と入れ替えて捨て札を放る。

「宿代もこいつ持ちでよお、好きにさせてもらおうじゃねえか…色々となぁあ!」

下卑た哄笑に若手の受付嬢が顔をしかめる。この手の男はどうして見事にフラグを立て続けるのか、書いている方も不思議で仕方がない。

もう一度女の手札を覗いてドーラは目を瞬いた。

さっき引いた札がない、手元にも、捨て札の山にも。

ドーラの開きかけた口を防ぐかの様に女が声をだした。

「あたしは勝負だ、あんたは」

そう言うと目だけで男を見る。少し掠れた低い声が何か蠱惑的ではある。

「受けるぜぇぇぇ!!」

満を持していた男は大声で最後の掛け金を投げると女の目の前にカードを突きつけた。

「俺の持ち手はキリンだあああ!!」

さっきと同じどよめきが、今度は男に向けられる。現実では古竜であるキリンは、ゲームでも大抵のモンスターに勝てた。

属性札に氷が混じっているが、雷を邪魔しないので問題ない。

「ほら、さっさと脱げやああ!!」

と、

 女の表情が始めて動いた。

口元が片方だけ歪む、そのまま手首を返すと観衆の目はその手札に釘付けになった。

「ラージャン…しかも激高だと?」ギャラリーから呆れたような声がもれた。

その通り、素体札は牙獣、属性に全て雷を揃え、丁寧に怒りまで添えてある。

現実に於いてもキリンはラージャンの餌、更に激高は攻撃力をアップさせ、後は言わなくてもわかるだろう。

そして怒りのカードはドーラが見ていた最初の手札にも引いた札にもなかった奴だった。

 

「状況の把握は狩りでも大事な事だ。それがお前には出来ていない」

面白くなさそうに素早くテーブルの手札をかき混ぜて女が立ち上がった。

「常に相手を観察し、仲間や地形に目を配る。例えば他のガンナーの火線を塞いでいないか、後ろが壁になっていないか、周りにランポスやファンゴなど狩りに不安定な要素を与える存在がないか。それを怠ると、お前か誰かの命を持って行かれる事になる。今日は金で済んだんだから安いもんさ」

「はいごめんなさいねぇ♪」

目じりを下げてハンターズストアの店員がテーブルに割って入り、上に置かれた男の装備を持ち上げて値踏みする。

「んーこれはそんなにねぇ…」

クリムゾンクラブ、甲殻系モンスターの素材を使った片手剣で少しは上等だがさっきの紅玉とは比べるべくもない、が、店員は男を横目に女を伺う。

「良いんですか。武器まで取られるとこの人の商売に支障が出るんじゃ」

「約束だ。それに値段はともかく、こいつにはまだ分不相応な武器だよ」

女は手札を握り締めたまま硬直している男には目もくれず、中央の大テーブルへと移った。

「好きなモン食いなよ、勝った分全部みんなに奢ってやんよ」

女の上げた声に歓声が重なり、集会所の空気が溶けた。

 

 

「あの、おれを探してるってきいたんだけど」

再びの喧騒、奢られたお礼代わりに次々と杯を掲げるハンター達に苦笑して手を上げて答えていた女は、目の前に現れた大女を見上げて訝しげに首を振った。

「あたしが探してるのはキリアって言うんだ。ブルネット(青みがかった金髪)で、瞳は藍色、ひょろっとしてて一見ハンターには見えない奴だ。辻で焚き火に当たっているばあさんに聞いたらここで待ってろって言われたんだけどさ」

名を聞いて殺到した注文を捌くために近くで配膳を手伝っていた受付嬢の動きが止まる。

「キリア…」

「知り合い? ああ、そう言えばあいつも今は居付きだったな。悪い、忘れてたよ」

女はおかしそうに笑って立ち上がった。さっきとはまるで違う気さくな表情だ。背は高いようだがドーラほどではない。

「キリアとは古いなじみでさ。近くに寄ったから顔だけでも見ようと思ってきたんだ。何、あいつは狩りの真っ最中?じゃあ又…」

差し出された手をドーラはそっと両手で包んだ。そのただならない仕草に女が眉をひそめる。

2年、思い出すにはまだ生々し過ぎる歳月。

「キリアは死んじまった」

「え?」

「2年前、ポポのタン集めの途中で雪山で岩みてぇなティガレックスに襲われて、…運悪く連れてったアイルーの腹に子供がいたみたいで、キリアのことだから…、それで…」

彼女の見開かれた目が泳ぎ、体が揺れた。

「そう…」

呟いて女は再び腰掛ける。

「…あいつ」

ドーラも隣に座った。

 

背を丸めた女は前を向いたまましばらく何も話さなかった。

やがて

「ハンターだから、仕方ないね」

少し笑って、溜息にも似た口調で視線を落とした。

親しい者の死は長年ハンターをやってれば何度か経験する事だが、彼女は他よりも多くそれを見てきたのかもしれない。

顔を上げた女はもう屈託のない顔をしていた。

「ええと、あんたは」

「おれはドーラ」

「あたしはチョコ。キリアが王都にいた時からの付き合い」

 

 

二人の前に酒盃が三つ置かれ、ドーラとチョコは言うともなく杯の底をぶつけ合った。

「あいつと親友でいてくれて有難う」

お互いに、そしてもう一つは先に逝ってしまったハンターへ。

「今日はあたしのおごりだ」チョコは三つ目の杯に微笑んだ。

 

 

 

「おっかしな奴でさぁ」

その場にいない人間の話は盛り上がる。酒が入っている場合は特に、その人間が生きてても死んでいても関係なくだ。

「あいつが始めてこの村に来た時、でっけえ荷車3つをポポに引かせて来たんだぜw そのうち2台が丸々服と靴。この片田舎で服屋でも始めるつもりかって。案の定家に収まりきらなくて、キリアったらもう少し大きい家はないのかって村長に掛け合ってさw」

ドーラの顔が随分赤いのを受付嬢達が心配そうに見ている。

「あーあいつはそう、王都生まれで実家が金持ちの一人娘だもの。でもけーっこうけちでなーww」

チョコの指摘に腕組みをしたドーラが頷く。

「いいとこのお嬢様かあ、言われて見りゃ遠慮とか微塵もなかったよなー、家事も野良仕事も一切やらなかったし」

 

「おい」

不意に二人の上から野太い声が降ってきて、見上げるとさっきの大男だった。

隣にいる蟷螂を思わせる細長い男は仲間か。

そいつらから借金でもしたのだろう。大男は下着ではなく安価なマフモフシリーズを身に着けていた。

昆虫素材からなるランゴシリーズを身にまとった蟷螂が口を開いた。

「隣町で用事済ませてたった今戻ってきたら、トマのやつが素寒貧になっててよ。負けにしてもおかしいって札調べたらいくつか数があわねえ、例えば怒りのカードとかな」

「いかさましやがって!この余計なカードは手前が混ぜたんだろう!」

男は女にさっきの札を投げつけた。チョコは頭に降って来たカードを掃った。

「あ?イカサマ?証拠でもあんの」

「証拠だァ?でめえ」

「おーっさん」ドーラがゆらりと立ち上がる。男も大きいが体格ではドーラも負けてない。

彼女が相手の両肩に手を置いたのは説得の為、というより酔って足元がふらつくからだろう。

「男らしくねえなあ、勝負に負けたんだからここは潔く引き下がれ、な?」

「何、だ手前」男は肩に置かれたドーラの握力に驚いたようだ。

「おれはドーラって言う大剣使いだ。おっさんもそうか?大剣使いならそれらしく豪快にいこうや」

「おれは片手剣だ馬鹿野郎!」

細身の男が間に入ってくる。

「何だこの女は、色は黒いし、でかい図体にピンクの頭はまるで」

「やばい」奥の受付嬢が頬杖を止めた。

「まるで、あれだ…ほら、あの」細いのは記憶を手繰る。以前沼地で狩ったことがあるモンスターの。

給仕がそそくさと辺りの皿やら杯やらを片付け始めた。「おい、まだ食っている…んすけど」

「そんな場合じゃないわよ」客の抗議なぞ聞く耳も持たず給仕は奥に消える。「……何?」

「そうだ!」細身の顔が輝いた

「ババコンガ見てぇな顔しやが「誰がババコンガだぁ!!」」

三人の受付嬢がそろって深い溜息をついた前を、拳を食らった蟷螂が吹っ飛んでいった。

壁に大きくバウンドして崩れ落ちたまま動かない。

「なっ」残った三人は驚いて大女を見る。ドーラは絶叫と共に男に殴りかかった。

 

 乱闘は伝染するようだ。特にドーラのそれは陽気なのか、最悪の意味で物理的にも周りを巻き込む。

何かが割れ、何かが落ち、何かが砕ける音がそこかしこで起こっている。

「…ひょっとして、酒乱?」

もはや収集が付かなくなった光景に乗り損ねてしまったチョコが傍観している受付嬢達に尋ねる。

真ん中の娘が人差し指を立てる。

「ていうか、荒れ上戸?」それを酒乱というのでは。

「飲まなければ良い人なんですけどねー」腕を組んで幼い声、大抵の酒乱は飲まなければ良い人だよ。

「ほーらね」達観したのか奥の受付嬢が再び頬杖をついた。

「結局最後は殴り合いで終わるのよ」

 

 

「あらあらあら、この前お説教したばかりなのにねえ」

嫣然とした声がする。

「戻ってみればドーラさんは又喧嘩?困るわぁ」

振り返ると入り口に紫色のドレスを着た竜神族の女性が立っていた。微笑みが染み付いているのか、言うほど困っている顔には見えない。

「誰だドーラの奴に酒を勧めたのは」後から入ってきた四角い顔の元教官が光景に舌打ちをする。

「ったく、酒癖が良ければわしの嫁に迎えてもいいんだが」

「それはあの子が毛虫を触るくらいに嫌がるんじゃなくて?」

容赦のない突っ込みに40に手が届きそうだが未だ独身の元教官は落ち込む。

「あら、まぁ」

竜神族の女は受付嬢の近くで佇んでいたチョコに気づいたようだ。

「サペリアさん。こんな所で」

初対面の竜神族に突然昔の通り名を言われてチョコは面食らった

「何処でその名前を」

「西の砂漠だけではありませんよ。荒くれが多いハンターの仲で、心技体を極めたサペリアの名は多くのギルド幹部にも知られていますもの。王都に再び龍騎士の養成所を開くときには是非お招きしたいと考えている幹部は多くてよ」

チョコは首を振る、自分の評判も通り名も嫌いだった。だから西の砂漠にだって殆ど帰っていない。

「あたしはお腹一杯だ。そういうのはね」

「少し待っててねぇ」

竜神族の女性は裾をなびかせ、ふわふわと騒動の真ん中へ進むと暴れるドーラの耳をつまんだ。

「随分御飲みになりましたのねぇ」

つややかな唇から発された響きに今の今まで暴れていた大女が直立不動になる。


 
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