1.
村の入り口
ドーラさん、と叫びながらで向こうから駆けて来る姿がある。
若者、と呼ぶにはまだ早い男の子、歳は17で、酒場にいた小さな竜神族の老人、確かトレジャー爺さんの弟子をしていると聞いた。
手を挙げて答えようとしてドーラは突如腕を捕まれた。
「何? あの子、あんたのアレ? 」男の子から目をそらさずにチョコが尋ねる。
「あれって? 」
「もう、言わせないでよ乙女にぃ」
ふざけてるのかと思ったがチョコの目の輝きが違う、まるで女の子がお菓子を見る目というかリオレイアがアプトノスを見る目というかババコンガが厳選きのこを見つけた時の目というか、まあ優しく言っても乙女の顔ではない。
「…… かっわぃぃなぁw」
掴んだドーラの腕を擦りながら無意識に放たれた呟きにずぞぞぞと悪寒が駆け、思わずドーラの背中が反った。
慌てて腕を振りほどく。
「トレジャー爺さんの弟子とかで使いをやってる子だよ、この村も時々来るんだ」
「…… ここは良い村だな」
腕を組んでしみじみとした顔してても言葉にさっき見たいな重みがまるで見出せない。
「ええと、ひょっとして姐さん、ああいうのが好きなの?」
「アレくらいの子を見ると死んだ小ィ兄ちゃん思い出すんだよねぇ♪」
「はあ」
「色々教えてもらいたいなぁ」
「…… 」
男兄弟への強い愛着、所謂ブラザーコンプレックスが30年もの長大な歳月を経て複雑に捻くり曲がってしまった様だ。
竜神姉さん曰く”卓越したリーダーシップ能力を請われてギルド本部で教官を勤めた”筈なんだが、優秀も度が過ぎると性癖を拗らせるのかもしれない。
二人の前まで駆けてきた若者は、もう、あちこち散々探したっすよと悲鳴に似た声を上げ、体を折って何度も息を整えた。
「村長から言付けっす、家に帰る前に集会所に立ち寄ってくれって」
「え? 何々? ごめん、聞いてなかった」
隣で三十路女が高潮させた顔で男の子をうっとりと見詰めている方が面白くて彼の言葉が耳に入らなかった。
「だから、村長が集会所で待ってるらしいっす。何か重要な話があるとかで」
「あたし、ドーラのお友達でチョコって言うんだけど」
脈絡もなくチョコが割ってはいる。
「よ、よろしくっす。俺、トレジャー爺さんの弟子で、今はまだ見習い中っす」
男の子はさっきから異様なオーラを放っている年季の入った女にはあえて触れないようにしていたのだが、こう正面突破されては対応せざるを得ない。
「ええと、集会所?、何処にあるのかわかンないんだけど、案内してくれる?」
チョコは口を尖らせてん、と手を差し出す。握って連れて行けとでも言うのかこの三十路は。
年季が入った達人が繰り出す素直、ではなく露骨な手口にドーラは唖然とする。
普通なら恥ずかしくて出来ない事をいとも平然とこなしてみせる大胆さ、勇気と実行力は狩でも存分生かされる術などないから参考にはすまいと心に誓う。
こういう大人にはならないぞ。
「ドーラさぁん…… 」追い詰められた男の子から泣きが入る。
「姐さん、集会所ならおれが知ってるから、こいつも忙しいからさ」
ドーラは無理やりチョコの手を取る。
小さな村で道に迷う、などあるわけがない。昨日飲み明かした場所を知らないと言い切る精神は見事だが、今は可愛そうなアプトノスを歳を経たリオレイアから守らなければ。
頭を下げた後、渾身の力で一心不乱に逃げ去る男の子を見送ってドーラは安堵の息をついた。
彼のトラウマにならなければいいが。
「やーっぱ何かあるんじゃないの」
横から。口調が冗談じゃないから性質が悪い。
「だから何にもないの、大体あの子はおれのベットにある書棚に【月刊・狩りに生きる】を直接届けてくれるくらいで…… 」
「べ、べべべべットって」
朝早くから女同士の大声の応酬が村内に響き、何事かと村の人々が家々から顔を覗かせる。
声は二人が集会所に入るまで続いた。
2.
集会所の朝は早い、というより集会所は眠るときがない。
さすがに早朝から酒を飲んでいるものは少なく、殆どが装備に身を固めたハンターが思い思いに朝食を取ったり、クエストの仲間と待ち合わせたりしていた。
三人の受付嬢もきびきびと本来の業務をこなし、カウンターでは並んだハンター達のざわめきに混じって紙をめくる音や依頼金が置かれた鈍い響きが混じる。
心地よい緊張が部屋に満ち、自然と二人の言い争いも止んだ。
「久しぶりに一緒に朝ごはんでもどうだね」
村長に誘われた隅のテーブルは先に教官や竜神姉さんが座っていたが
どうも雰囲気がただ事ではない。
見慣れない男が二人、竜神姉さんや教官と一緒のテーブルについていた
そのうちの一人、小太りで髭にまみれた方がチョコの顔を見て唖然とした顔で立ち上がった。
「まさか…サペリア?こんな所で再会とは!」
訝しい顔をするチョコに近寄る。彼女はまだ思い出せないようだ。
「何だよあんたらしくねえな。最も養成所にいた頃はこんな髭はなかったから無理もねえか」
男は自戒を込めて髭手で覆った。
「お前、クロドヤ?」
「そうですよサペリア」男は大きく手を広げ、親しげなそぶりでチョコの背中をたたいた。
「養成所じゃネズミのクロドヤと呼ばれてたが、念願かなって今はギルドナイトの端くれだ。サペリアには感謝してます」
チョコの手を取って握る。
「そうか、夢がかなって何よりだよ」
チョコの目が細くなったが、ドーラには彼女が喜んでいるようには見えなかった。
「ドーラ、この人は」
紹介をしようとしたチョコを制して男がドーラの方に向き直った。太い眉に垂れた目じり、軽薄なお調子者に見えるが、ギルドナイトスーツを身に着けている所をみると、おそらく腕は立つのだろう。
「俺はクロドヤ・クラン、王立養成所でサペリアから教えを受けた一人だ。キリアとは同期で…ああ聞いたよ、可哀想な事になっちまって、あいつが一番ギルドナイトになりたがっていたのになぁ」
クロドヤは少しだけ視線を落として見せたが、生来おしゃべりなほうらしく、顔が上がるとすぐに口が開いた。
「今は王都のギルド本部で働いている。まあ正直コネだが、王立養成所出身てのも物を言っててね。あんた知ってるか、このサペリアって人はとんでもない教官で」
「クロドヤ」チョコが男を止める
「あたしをサペリアと呼ぶな。あたしはもうあんたの上官でも先生でもない」
「サペリア、じゃなんて言えばいいんです? エンカードルの龍女?」
「チョコでいい、それで十分だ」
どうやら彼女はクロドヤが苦手なようだが、ドーラも同じだった。
それは都会者らしく整えられた栗色の髪や髭か、或いは身に着けた防具に汚れはおろか小さな傷一つないせいだろうか。上手くいえないが男からはハンターよりも商人の匂いがする。
「お、おれはドーラ、この村で居付きやってる大剣使いだ。キリアとは居付き同士の狩り仲間だったよ」
ドーラは手を差し出した。大男ではないので自然見下ろす形になる。男も笑った。
「俺の得物はハンマー、近接仲間ってわけだ。ここらまで脚を伸ばしたのは初めてでね。ガイドがいると助かるよ」
「クロドヤ」チョコが後ろで咎めるように声を上げたが、ドーラは上から目線の口調よりも、握り返した男の手の感触に気を取られていた。
もう一人が立ち上がって咳払いをする。気づいたクロドヤがばつが悪そうに頭をかいた
「すまねえ。ちょっとした師弟再会になっちまって紹介を忘れてたよw」
「分かりますよ、古い知己に再会するのは何よりも嬉しいものです」
耳先が長く伸びているのは竜神族である証拠だ。
濃褐色の肌、後ろへ長く伸ばした髪が白い。何よりも姿が細かった。
男は頭を下げた。挨拶なのか、ここいらにはない風習だ。
「南の古竜研究所から派遣されてきました。レマーナンといいます。一応ハンターの資格も持っていますが専攻は博物学、いわゆる素材発掘ですw」
屈託のない笑顔。
男の服装、防具らしいがこの辺りとは意匠の方向が違う。
後から知るのだがぺリオXシリーズは一見すると流行のコートを着ているようにしか見えない。垢抜けたデザインだがマフモフシリーズと違い、十分狩りに耐えられる強さとスキルを持った装備だった。特にXは上質な素材を必要としていて、口では謙遜しても実力を証明している。
「村長、あたしらに話があるんだろう?」
「ああ、そうだったね。とりあえずお座りな」
促されて四人は向かい合う形で席に着く。
左からドーラ、チョコ、村長、教官、レマーナン、そしてクロドヤ。
ややあって竜神姉さんが自らお盆を持ってテーブルにやってきた。
「村名物、ポポのタンシチュー。王都からいらした方のお口に合うかどうか分からないけど」
お盆の上、人数分に並んだ木の皿には煮込まれた数種の野菜の間で肉の塊が湯気を立てている。
ポポは寒冷地に生息する獣で、モンスターにこそ分類されているがここでは半ば放牧されていると言っていい。性質は温厚で、肉は勿論、体毛から糞まで余すところなく利用されている。
特に厳冬期のポポのタンは高価で取引され、村の収入源としてクエストの依頼が成り立つほどだった。
そのタンを大振りに使い、根菜や雪見草と一緒に長時間味良く煮込んだシチューは素朴だが朝食としてはかなり贅沢な部類だ。
案の定、一口すすったクロドヤは感嘆の声をあげ、王都のどんなレストランでもこんなタンシチューは出せないと保障して見せた。
やはり初体験だったチョコは大いにうなずき、味を知っているドーラは頬に汁がついているのも気にせず、口いっぱいに肉の香りと食感を楽しむ。
そんな中でレマーナンだけがもうしわけなさそうに手を上げた。
「すみません、戒律で肉類は禁止されているので…」
「ごめんなさい、そういえば南の出身でいらしたんでしたわねぇ」
竜神姉さんは料理を取り替えようとしたが、クロドヤが貰い受ける事になり、細身の竜神の前には改めて野菜スープ、ただし具沢山の物が、置かれた。
「変わってるよなぁ。肉食は禁止だが殺生は禁止されてねえんだ」
嬉々としてスープを楽しむレマーナンを眺めてクロドヤは首を振った。自身は二杯目も終わりかけている。
「合理的なものは宗教とは言いません。時に不合理な戒めこそが道を示すのですよ」
「不合理と分かっていたなら従う必要なんぞねーだろう。ハンターが肉も食わないで力が出るかい」
「自らの意思で従う決意こそが宗教の核心です。それにハンターと言っても私は採取専門ですから」
レマーナンの理屈はドーラには分からないが、これほど野菜だけの料理を楽しそうに食べる人を見るのは初めてだった。
動物性の食事を取らないなら細いのも合点がいく、が、ハンターの醍醐味である現地での肉焼きもしたことがないのかと思うと何か気の毒に思えてきた。
食事が一息ついたところを見計らって村長が口を開いた。
「実は向こうの山奥で、妙なドドブランゴが出たって報告があってね」
ドドブランゴは寒冷地に生息する牙獣類を代表するモンスターで、ドーラもなじみが深い。
ブランゴと呼ばれる猿に似た小型モンスターの群れから体躯が度を越し巨大化して現れるといわれている。
巨大化の理由ははっきりしていないが、群れのボスとなる目的と言うのが一般的だ。
その通り、殆どのドドブランゴは群れを率いているが、時には一人ブランゴと称される個体もある為、巨大化のはっきりした詳細はわからない。
群れを持つ生き物にはしばしば見られるが、ドドブランゴは特に巨大化が著しい。
ブランゴ自体は小柄な人間程度だが、ドドブランゴになると全長は10メートルを超える。
実世界だと一般的な歩道橋の高さは4.7mであり、ドドブランゴのナックルウォーク、拳を地面につきながらの四足歩行の肩や頭の位置とほぼ同じ高さだ。
歩道橋に近づいて見上げてみれば少しはその大きさを実感出来るかもしれない。
大きさだけではなく、容姿も変異が激しい。相変異とでもいう作用が働くのか、外見は元のブランゴとは大きく違って来る。
まず特徴である大きな牙が口に収まらない程に発達する。次いで鼻の両脇の肉こぶが横に長く張り出し、首もとからは黄色い一対の飾りひげが伸びる。
体色は白のままだが体毛は胸から背中にかけてタテガミを思わせるように深く盛り上がり、尾の形状も相まって別名雪獅子といわれるシルエットを作り出す。
それらの変化は、外敵よりも仲間内に対するアピールのようだ。
主な攻撃はふた抱えもある大木のような腕を振り回しての打撃、氷属性を生かして相手に冷気を吐きつける氷ブレス、足元から小型車ほどの雪塊を掬っては投げつけてくるなど多彩。これだけでも厄介だが、おなじみの咆哮、牙獣種の特徴である四肢を生かした巨体に似合わない自在な動き、加えて群れのブランゴの攻撃が狩りの難易度を上げている。
「おばぁ、向こうから狩りの要請が来たのか? おれは頼まれたら行くし、要請がなくても村境を越えてきたら追い払うなり討伐なりすれば良いんじゃあないか」
ドドブランゴの討伐は難しい、が決して狩れないわけではない。雪山ではよく出没するモンスターだし、火属性の攻撃には極端に弱く、自在な動きも最初こそ戸惑うが、慣れれば予想はつきやすい。いくら大きいとは言っても村長以下が集まって相談する程のモンスターではなかった。
「それがな、どうも今までのとは違うようでな」
難しい顔をした教官が腕組みをしたまま言った。
「その村ではハンターを募集して討伐に当たらせたそうだが、ベテラン4人からなるパーティは失敗して皆命からがら逃げ帰ってきたそうだ。何でもそいつに角があったとかなかったとか、話を聞くとドドブランゴではなくてラージャンのようなんだが、ハンターはそろってそいつの体毛は純白だったと言い張っていたらしい」
後ろに立っていた竜神姉さんが小首をかしげる
「真っ白なラージャンなんて見たことも聞いたこともありませんものねぇ」
ですからと竜神姉さんが流し目で言葉を継いだ
「チョコさんのお話を聞きたいと思ったの」
声が自分を越えた事にドーラは驚いて後ろのチョコへ振り向いた。
問われたチョコはテーブルの上でじっと指を組んでいる。昨日と同じ目だ。
ややあって彼女はそっけなく口を開いた。
「モンスターを見間違えることは良くある話だ。失敗すれば特に相手への評価が過大に振れやすくなるしな」
「それがベテランハンターでも?」
「だからこそさ、中途半端な知識は誤解を生み、誤解が自らの知識に基づいているから余計に修正が難しくなる」
チョコは肩をすくめた。
「大方雪まみれのラージャンにでも出会ったのだろう。ドドブランゴだと火属性の装備を準備している筈だからラージャンには効果がない。氷耐性を最大に上げた防具も雷属性の奴の攻撃には役に立たない、自然苦戦になる。そんな装備でラージャン相手に無事で帰ってこれただけでも大したもんさ」
「でも貴方はその白いラージャンを追ってここまで来たのでしょう?」
竜神姉さんの疑問にドーラは目を見開いた。
「何でそう思うのさ?」
チョコの疑問に女の直感よと竜神姉さんは微笑んだ。
「ハンターさんのお話を聞いた後村に戻ったら貴方がいた。それでピンと来たの」
そういえば昨日彼女は近くに寄ったといっていた。ここに寄ったのがついでなら本来の目的があることになる。
いつの間にかみな手を止めて、チョコを見つめていた。
視線を注がれてもチョコは動かない。短い沈黙
しかし、やがて彼女は目をそらし、短く溜息をついた。
「噂話で断定は出来ない。それこそ誤解の元になる」
「だから自分で確かめに足を運んで来た、のねぇ」
言い方はやわらかいが竜神姉さんの言葉は的確だ。
「分かったよ、だがあくまでも過程の話と弁えてくれ。本当のところは誰もまだ分からないんだ」
「勿論じゃ、正式にはまだ何処の誰も動いてはおらんからのう」
村長はちらと二人の男、クロドヤとレマーナンを見た。
先ほどとは打って変わって二人は沈黙している。
観念したのか、腕を組みなおすとチョコは話し始めた。
「大陸の南端、辺境にある雪山。いやいや南の方でも高い山では雪は積もるし、そこに住む人々はここいらとあまり違わない生活をしているんだよ。まぁ、マフモフ装備はないけどね。色々なモンスター、その中にはラージャンだっているが、数年前から奇妙な噂が住民の間に広がった。山奥で白いラージャンが現れて、どうやらそいつは群れを率いてると。やがて噂は現実のものとなった。信じられないことだが真っ白な体毛のラージャンが現れた。だけじゃない、そいつは複数のラージャンを引き連れていた。ラージャンの群れは瞬く間に一帯を破壊し、幾つもの村と人々の営みを根こそぎぶち壊したのさ。その地方じゃラージャンは猿の王を表すヴァーリンと言われていたんだが、特にそいつは白のヴァーリン、ネーヴェ・ヴァーリンと呼ばれ、畏れ崇められるまでになった」
ドーラは信じられなかった。ラージャンの強さはドドブランゴの比ではない、まず強さの次元が違う。昨日の賭博じゃないが古竜のキリンを餌にするくらいなのだ。たとえ相手が一頭でハンターが4人だったとしても気を抜けばクエスト失敗に陥りかねない。それが群れを成すところなんぞは想像したくないし、第一想像出来ない。
きわめて凶暴な性格であるラージャンは稀に気のあった2頭でいることを除けば単独行が基本だ。
チョコの話は続く。
「出没地が南の第四王都に近く、危機感を抱いた向こうのギルドと皇族が手を結んでラージャンと人間との、狩ではなく戦争が始まった。何しろラージャンが群れで来るんだ。街を踏み潰すとか言う伝説の古竜と同じだけの対応が必要になるだろう。かき集められた騎士やハンター達と群れの死闘のすえ、多くの犠牲者を出しながらもその時は辛くも人間が勝利を収めた。が、狩られた個体の中に”白のヴァーリン”はいなかった」
「そんな話、噂でも聞いたことがないわ」
竜神姉さんが呆然とした顔で呟いた。
「古竜研究所でもその件は把握していました」レマーナンが口を開く。
「といってもチョコさん以上の情報はありません。真っ白なラージャンに率いられたラージャンの群れがある一帯を荒地にしたが、人間が退けた。しかし白いラージャンの行方は分からなかった」
「だったら何故その事をギルドは公表しないの、皆に用心させるように」
竜神姉さんの非難は正当なものだ。とドーラは思った。厄災の本体が復活する恐れは大いにあるなら、ギルドは警告する義務があるだろう。
レマーナンは竜神姉さんを見返す。
「公表するには不確定要素が多過ぎます。モンスターの正体や行動が一切不明なまま公表しても徒に恐慌を生み出すだけ、ギルドはそう判断しました。調査で一定の目処が付くまでは事実を徹底的に秘匿する事。その為に私が派遣され、この地方ではクロドヤさんがサポートとして選ばれました。チョコさんがそこまで知っていたとは我々としても驚きです」
「どんな手を使おうと、いくら金を握らせようと、秘密を秘密のまま闇に葬ることは出来ないさ。まあ、あたしも掃討戦に加わった”らしい”昔の知り合いから聞いただけ。ただ、その後に白いラージャンの目撃がまるで足跡みたいに転々と続いていて、一番新しい目撃談が今の話ってわけ」
男二人は同時に頷く。
遥か大陸の向こうの御伽噺が一転して脅威に変わる。
「そ、そいつは今も群れを作っているのか」
元教官は険しい顔をしている。無理もない、ラージャンと一度でも対峙した事があるハンター上なら何よりも恐ろしさが身に染みている。
さっきの話じゃないが、ラージャンの群れが一帯に現れたら、人間の営みなぞは一瞬に消し去ってしまうだろう。
出現=破壊なら進路を予測できる超弩級古竜=ラオシャオロンやシェンガオレンのほうがまだましだ。
「話では今のところ一頭だけ、それも目撃だけで実害は殆どない。何故かは分からないが、こうも考えられる」
チョコはゆっくりと周りを見回す。
「群れないラージャンが仲間に従う理由の一つとして、有無を言わせない程の実力差があったと考えられるだろう。そうだな、ブランゴとドドブランゴのような圧倒的な差だ。だが人間との戦いでネーヴェ・ヴァーリンは負傷して以前程の実力差がなくなり、群れを作れなくなった。だがもし逃避行の間で傷が完治し、再び力を溜めたならば」
「的確ですね、実は我々ギルドもその可能性を恐れています」
レマーナンが加えた。
教官が苦りきった顔で腕を組んだ。
「ここらの雪山には時々ラージャンが出没するが、もし奴等に徒党を組まれたりしたら厄介だぞ」
それぞれが憂い顔で物思いに沈み、活気に満ちた集会所の中でここだけ沈黙がテーブルを漂う。
ラージャンが群れて村を襲う。真に厄災だろう。ラージャンに限らず一度に複数を相手にする狩の難しさはいやというほど知っている。特に大型モンスターの2体討伐は咆哮やブレス、体当たりが二方向から来る為、片方を防いでももう片方には無防備になることが多い。複数いると難易度は足し算ではなく掛け算で跳ね上がるのだ。それが4頭5頭ともなると通常の狩りでの討伐はまず不可能に近い、ドーラには南のほうで群れをなしたラージャンを討伐出来たというのがまず信じられなかった。一体どれだけのハンターが集い、どれだけの犠牲を払ったのか。
少し考えてみる。ラージャンを討伐できる腕前を持ったハンターは多くない、まして群れを成したラージャンの討伐ともなれば、たとえ腕前を持っていたとしても大抵のハンターは二の足を踏むだろう。
ハンターが狩りで賭けているのは己の生活であり、決して命や人生ではない。
無理をする必要があろうか、ここに拘らずとも他の場所へ行けば、金を稼げ、時に人から感謝される真っ当なクエストが山積しているのだ。
場所はどうだろう。南の大陸のように王都に近ければ防衛の為に金に糸目をつけずにハンターを募集出来るかもしれないが、こんな片田舎ではそれも期待できない。
簡単なのはとりあえず一帯を立ち入り禁止にしてしまうことだが、村の再会に目処が立たないばかりか、周りに住む広範囲の人間はラージャンの群れの襲来に怯えて暮らさなければならない。もし何かの僥倖で王都からの要請を受けてギルドが動き、何とかラージャンを追い払ったとしても、もうその頃にはここいらは何も残ってはいまい。
どちらにしてもキリアが眠り、自分が守り継ごうとしたこの小さな村は全て灰燼に帰す。
「ドーラ、実はネコートから密かに依頼が来ておるんだけど、お前受けてみる気はないかい」
村長の突然の申し出に彼女は慌てた。ネコートとはいわく有げな様子で村長の隣にいるアイルー族の大幹部、らしい。らしいというのは正体がまるで分からない為で、通常のクエ以外にも闘技場での戦い、時には密漁など人に口外できない依頼を持って来ることもある。
勿論無許可のクエを受けることはギルドから厳しく戒められているので表立ってではないが、どんな繋がりがあるのか、ここでは村長を始めあろう事か集会所も違法な依頼を黙認している節があった。
「ハンターエリアは偶然にも近所の雪山だよ。何でも奇妙なドドブランゴだとか」
「村長、そいつは! 」「さぁねえ」
教官の気色ばんだ問いに村長は杖を引き寄せて惚けた。
「チョコさん、そして王都から来たギルドのお二方」
こういう時におばぁは慌てない。いつも焚き火のそばで転寝しているような柔和な表情をしていて、それでいて状況を把握して的確な判断を下す。村長をやっている所以だが、ドーラとしてはそんな竜神族の精神に一目置いてしまう。
「バーリン、だったかね?もしそいつの体力が戻っていたならとうの昔にここじゃないどこかで騒ぎが起きているだろうし、もし今治ったにしてもあいつ等の性格だから自分で仲間を探しに行くとは思えない、大方とっ捕まえたラージャンを力づくで子分にするんだろう。つまり再び群れるには時間が掛かるってことじゃないかい。それに牙獣類は竜と違って聡い。人間と戦って一度痛い目にあっている奴が簡単に暴れだすとは思えないねぇ」
「逆に言うと次に暴れだしたら最後って事?」
チョコの逆説めいた問いに村長は頷いた。
「そいつを探って欲しいんじゃよ、最も相手はドドブランゴの筈だけどねぇ」
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…第3段
鉄壁な筈の女ハンターが不意に見せた綻び
そして表題となった恐るべきモンスターの正体が明かされる!
題名含め、擦り切れた厨二心の残り火を掻き集めて書いてます
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