先ほどの腑抜けた表情とはうって変わって、将としての覇気に満ちた姿で先頭を駆ける張遼。
主、将、部下――仲間の為に身を汚すことも侮蔑を浴びることも厭わず、それどころか命まで差し出そうとした副官。今は殿を務めながら、周囲への警戒や一行全体の歩調に気を配っている。
あの戦乱の中、これほどの絆を築き、育てた天の御遣い――北郷一刀という『男』に、いまさらながら興味がわいてしまった。
一命を懸けて仕えられる主、忌憚なく意見を交し合える仲間たち。
『将』としての自分――武を極めんとするものとしては、これ以上ないほどに恵まれていると言えるだろう。
武を志し、生涯を捧げると決め、生きてきた。そのことに関する後悔は微塵もない。
でも。
それでも。
どこか、物足りなさを感じる自分がいた。
風流を愛で、杯を傾け――そんな風に過ごしているときふと、心に差す影。
それが何だったのか、今気付くことができた。
――ああ、私は
――『女』としての自分
――『愛される』ということを望んでいたのか――
例えば愛紗なら、「軟弱な!」と一笑に付すか、顔を真っ赤に染めて「そ、そんなものは必要ない!」と狼狽した(可愛らしい)顔を見せてくれるに違いない。
そう想像すると、少し口元が緩んだ。
人によっては、歪んだ、と取るかもしれないが。
「趙雲さん。どうかされましたか?」
思わず表情が緩んだところへ声をかけてきたのは、ちょうど隣に並んでいた呉の武将、周泰だった。
幼い顔立ちに小柄な身体と、一見子供のようにも見えてしまう外見だが、背に負った長大な剣とその立ち居振る舞いを見れば、決して気を緩めることの出来ない相手だと推して知れる。
とはいえ、今朗らかに語りかけてくれる彼女からは、剣呑な空気はまったく感じられない。あくまで私を気遣って声をかけてきただけのようだ。
……いや。このわずかな表情の変化を鋭く感じ取るあたり、流石は呉の将と言うべきか。
「趙雲さん?」
黙ったままの私へ、再度気遣うような言葉がかけられる。
「ああ、すまない。少し考え事をしていてな」
「なんだ、そうだったんですかー。どこか悪くしたのかと思っちゃいましたよ」
「いやいや、そんなことはない。ただ、思うところがあってな」
「そうですねー。御遣いとか種馬とか、そんな噂だけじゃ判断できない人だったみたいですし」
その言葉を聞いた瞬間、反射的に手に力が篭った。背筋が、伸びる。
「そんなに身構えないでくださいよー。……きっと、趙雲さんだけじゃないと思いますよ。そういう風に思ってる人。わたしも、そうですから」
にこりと、まったく邪気のない笑みを向けてくる周泰。
明るさに釣られるように、強張っていた身体から力が抜けた。
「ふうぅ……心臓に悪いな、お主は」
「えへへー」
また、笑う。
まったく。こう笑われては腹も立たぬ。
「でも、みなさんがそう思うの、わかる気がします」
「ほう?」
一息ついたと思ったら、今度は向こうから話を振ってきた。
手綱を繰り隣の馬に速度を合わせながら、耳を傾ける。
「だって、もういなくなったんですよね? その、天の御遣いさんって。なのに、張遼さんも、副官さんも、その人のことを忘れられないでいる……って言い方だと、失礼になっちゃいますかねー」
「ふむ。だが、言いたいことはわかるつもりだ。何かを持っている――肩書きだけの男ではなかったようだな。皆が興味を持つのも、当然と言えるかもしれん」
――その『男』ならば、私の『女』としての部分も満たしてくれたかもしれんな――
「何という名前だったかな、その天の御遣いとやらは」
「えっと、確か……
北郷、一刀、って名前だったと思います――
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まさかの三夜連続投稿。
……自分でも信じられません。
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