No.88116

call your name <another pieces 王二人>

京 司さん

(こっそりと)……ただいま戻ってまいりました……


またしても本編を進めることはできず、番外編でありますが……楽しんでもらえたら幸いです。

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2009-08-04 16:15:53 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:7258   閲覧ユーザー数:5301

 わたしの目の先にいるのは、覇気に満ちた姿勢で愛馬を駆る一人の武人。

 出発前の弱々しい姿と同一人物とは思えないほど、生気に溢れてます。なんとなく、主人を背に乗せた馬も嬉しそうに大地を蹴っているみたい。

 

「アナタも例の『御遣い』とやらが気になるの、劉備?」

「えっ!?」

 

 そんなことを考えながらぼんやりと前を向いていると、いきなり声をかけられ、うっかり手綱を放してしまいそうになっちゃいました。

 

「いいいいきなり何を言うんですか~!」

「だってアナタの顔、いかにも心此処にあらずって感じだったわよ」

 

 おもしろおかしそうに笑って薄紅色の長い髪を揺らすのは、孫呉の王、孫策さん。

 

「それは、興味がないと言ったら嘘になりますけど……」

「けどナニ? はっきりしないわねえ」

 

 自分の考えていたことがうまく言葉に出来なくて尻すぼみに答えると、呆れたような溜息が返ってきました。

 

「興味があるならあるでいいじゃない。今現在この世界にいるかいないかなんて問題じゃないでしょ? 大切なのはアナタやわたし自身が、その人物に対して関心があるかどうか、それだけよ」

 

 お気楽そうな口調のせいで何気ない言葉のように聞こえますけど、その実、しっかりと本質を突いた台詞。さすがは江東の地を治める一国の王、って感じです。こうしてわたしの方を向いておしゃべりしながらも、馬の手綱をしっかりと握って操っています。

 横を向いて言葉を交わすたびに手綱が疎かになってあわてて前を向き、また横を見るわたしとは大違いです。

「初めて会ったのは……対董卓連合軍での軍議の時かしら? もっとも、あの時はちらっと顔を見ただけでろくに話もしてないけど」

「不思議な感じの人だった、と思います。着ている服がわたしたちのと全然違ってた、ってのもあるかもしれませんけど」

「……これはわたしの勝手な想像だけど。あの男が魏にいなかったら、この三国同盟は無かった気がするわ。きっと、曹操は呉も蜀も攻め倒して飲み込んで、大陸の覇王となることを目指していたと思うの」

「……そうですね。わたしも、そんな風に思います。ふふっ……どんな人だったんでしょうね、その天の御遣いって人。あの曹操さんの心を動かして、今の、平和な世の中を創る礎になったってことですから、ある意味曹操さんや孫策さんやわたしより、とてもすごいことを成し遂げたってことですよねー。」

 

 孫策さんの言葉に相槌を返したあと、自分がふと思ったことをつい口にしてしまいました。

 わたしの話を聞いた孫策さんは最初口を半開きにして、こう言っては失礼かもしれないですけど、ちょっと間の抜けたような顔をしていましたが、一瞬後には大笑いを始めました。馬から落ちそうになっちゃうくらい、それこそお腹を抱えて、心の底から愉快そうに。

 口元に笑みを浮かべたまま、目じりの涙を綺麗な――剣を握って何人もの相手を倒してきたとは思えないほど細い――指で拭いながら、孫策さんが言います。

 

「本当におもしろいわね、アナタ。あはは、まだ笑いが止まらないわ」

 

 後ろの方から、「策どの。いいかげんにせぬか」という、よく通る声が聞こえてきました。呉の誰かが、孫策さんを嗜めたみたいです。孫策さんも、「ハイハイ、わかってるわよ」と振り向くことすらせずに答えてます。

 そういう、堅苦しくない呉の方々の雰囲気が、ちょっぴり羨ましく思えちゃいました。

 わたしの周りにいるみんなは、基本的に真面目なコばっかりなので、なんとなく息苦しいみたいな空気になっちゃうことが結構あるんです。特に、愛紗ちゃんとか……

 みんなを嫌いになったりはしないんですけど、つい憧れちゃいます。

「そう。さっきからちょっと気になってたんだけど、アナタずっとわたしのことを『孫策さん』って呼んでるわよね。わたしそういう堅苦しいの嫌いだから、真名を教えるわ。その代わり、劉備、アナタの真名も教えてね?」

「え!? いいんですか?」

「だって、さん付けで呼ばれるのってよそよそしいじゃない。それに、これからわたしたちはみんなで力を合わせてこの大陸を治めなきゃならないのよ? 真名も交換できないような間柄で、そんなことできるわけないでしょ?」

 

 茶目っ気たっぷりに片目を閉じてみせながら、孫策さんが言いました。

 言われてみれば、その通りです。みんなで協力して、みんなが安心して暮らせる世界にしよう。その為にお互いをわかりあい、信じあおうというその言葉に、なんだか胸に込み上げたものがあって、わたしは思わず涙ぐんじゃいました。

 

「ちょ、ちょっと!? どうして泣くのよ? もしかしてイヤなの?」

「……違うんです、そうじゃないんです。これまではほとんど戦いの場でしか会うことのなかった人と、こうして真名を交わせるようになったんだな、って。わたしたちがやってきたことは、けっして無駄でも間違いでもなかったんだ、って。そう思ったら、なんだ、涙が……」

 

 ちょっと小さな声になりながら、でも、なんとか伝え終わると、

 

「……アナタのその優しさが、これからたくさん必要とされるように、きっとなるわ」

 

そう優しくささやいて、わたしの頭を撫でてくれました。

 

 

 

 こうしてわたしたちは、お互いの真名を交換しあい、真名で呼び合うことにしました。

 

 魏に着いたら、曹操さんや魏の人たちとも、同じように真名を交わそう、そう笑いあいながら。

 

「あー。そういえばさ。魏の種馬……じゃなかった。天の御遣いって言われてた男って、なんて名前だったっけ、桃香」

「えーと……なんて名前でしたっけ、雪蓮さん……ちょっと変わった名前だなー、って印象はあるんですけど……」

 

 二人でうんうんうなっていると、すぐ後ろにいた朱里ちゃんがそっと教えてくれました。

 

 

 

 ――北郷、一刀さんですよ――


 
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