No.671622

機動戦士ガンダムSEEDDESTINY 運命を切り開く赤と菫の瞳

PHASE11 燃え上がる菫

2014-03-17 19:06:10 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2333   閲覧ユーザー数:2262

『J.P.ジョーンズは○九・○○出航。第一戦闘配備発令。整備各班、戦闘ステータススタンバイ』

 

地球連合軍空母J.P.(ジョン・ポール)ジョーンズ艦内にアナウンスが響き渡った。全ての機体とパイロットたちに発信命令が出され、艦内が慌ただしい雰囲気に包まれる。ブリッジではネオが通信機の向こうと交渉していた。

 

『当部隊のウィンダムを全機出せだと!?何をふざけたことを!』

 

こちらの正気を疑うかのように、通信の相手は怒鳴り声を上げる。きっとこれまで怒鳴って自分の意志を通してきたような連中(てあい)だろう。だがネオはそういう手の効く相手ではない。

 

「ふざけているのはどっちさ。相手はボズゴロフ級とあのミネルバだぞ?」

 

彼はぞんざいな口調で返す。相手に自分が誰に向かって話しているかわからせてやるために。

 

「それでも墜とせるかどうか怪しいってのに。この間のオーブ沖海戦のデータ、あんた見てないのか?」

 

『そういう事を言っているのではない!我々はここに、カーペンタリア前線基地を造る為に派遣された部隊だ!その任務もままならないまま、貴下にモビルスーツなど……!』

 

そんな事は知った事ではない。ネオは自分たちから最も近くに居て、モビルスーツを借りられそうな友軍を探しただけだ。

 

「その基地も何も、全てはザフトを討つ為だろ?寝ぼけた事を言ってないでとっとと全機出せ!」

 

ネオは頭ごなしに相手を怒鳴りつけた。

そう。この場で怒鳴って自分の意志を通せるのは彼の方なのだから。

 

『いや、しかし……』

 

「命令だ。急げよ!」

 

相手の反論を黙殺し、ネオはさっさと通信を切った。ファントムペインの指揮官というのは便利なものだ。必要最低限の隊員と機材だけで必要とされる場所へ行き、あとは全て現地調達できるのだから。艦でも、兵士でも選り取り見取りだ。この身軽さがネオは自分に向いていると思う。旅は身軽で行くに限るではないか。

 

「カオスとアビス、それに例のアレは?」

 

彼が尋ねるとモビルスーツ管制担当兵が答える。

 

「全機、発進準備完了です」

 

「よぉし、ジョーンズは所定の場所を動くなよ」

 

艦長に命じ、ネオはもう一度モニターを見下ろした。仮面の下の顔に楽しげな笑みが浮かぶ。

 

「ようやく会えたな……」

 

眼下のモニターでは特徴ある熱紋が、はっきりとターゲット━━ミネルバの名を指し示していた。ネオはまるで離れ離れだった恋人を見つけたような表情で、おどけた呟きを漏らす。

 

「見つけたぜ、子猫ちゃん」

 

さっきまでの指揮官としての顔は既に無く、彼はパイロットらしい身軽な動作でブリッジをあとにした。例によって、自分の楽しみを追求するために。

 

 

 

「さて、やっと出撃かよ」

 

既にアビスのコクピットに収まっていたアウルは、CICから発艦準備を告げられると、にやりと笑って言う。

 

『おいアウル、わかってるだろうがお前の目標は』

 

釘を刺すように、スティングが開いた回線の通信越しに言ってくる。

 

「解ってるって。雑魚狩りをしろってんだろ?」

 

少しへそを曲げたように、アウルは言い返す。

 

「けどよ、相手がもし俺の方に向かってきたんなら、片付けなくちゃならねぇよな?」

 

『ネオが許せばな』

 

にたりと笑って言うアウルだったが、スティングは面白くなさそうな表情で、短く言い返した。

 

「けっ、何だよそれ?自分だけイイ子ちゃん?」

 

アウルは急に不愉快そうな表情になり、悪態をつく。

 

『そんなんじゃ……ただ俺は、アウルまであいつみたいに……』

 

スティングは沈痛そうな面持ちで言いだしたが、そこまで言って急に言葉に詰まった。

 

「あいつ?」

 

怪訝そうな表情をして、アウルが聞き返す。

 

「あいつって誰だよ」

 

『…………誰、だっけか……いや……』

 

どこか不安そうな表情で、スティングは言葉を漏らす。

 

「…………」

 

普通なら「何だよそれ!」とツッコミが入って然るべきだが、なぜかアウルはそれに言及することが出来なかった。

 

「……何してるの、アウル・ニーダ。発艦命令が来てる」

 

「う、了解」

 

気まずい沈黙が流れていた2人の間に、少女からの声が割り込む。アウルははっと我に返ると、アビスをカタパルトの待機位置へと進ませた。

 

「アウル・ニーダ、アビス行く よっ」

 

リニアカタパルトから射出された アビスは、空中でモビルアーマー形態に変形すると着水、そのまま潜り込んで行った。その名の通り、深海の名を冠するアビスはそのまま目標に接近していく。

 

「スティング・オークレー、カオス、発進する!」

 

続いてカオスが発艦し、モビルアーマー形態に変形するとアビスがまっすぐ向かっていった方向に対して、やや陸地寄りをめがけて飛行して行った。

 

「まずいな、あいつら……」

 

ネオは思い詰めた表情で呟きつつ、CICの指示に従ってカタパルトの待機位置に自機を進ませる。

 

「そういうわけだからさ、先輩として宜しく頼むぜ?」

 

「……了解」

 

先ほどアウルを注意した少女が画面の向こうでネオに答える。うなじの辺りで細く縛った白髪に右目の辺りに黒のレザーの眼帯をしている赤目、白い肌の全身アルビノの少女。ステラの空いた穴を埋める為に補充された少女で、名前はエスト・リーランドという。

 

「エスト・リーランド、ガウェイン。発進」

 

ネオの目の前で、黒を基調とした騎士のような装甲を纏ったモビルスーツがカタパルトから射出されるのを見てから、ネオも動いた。

 

「ネオ・ロアノーク、エールストライク・ウィンダム出るぞっ!」

 

最後に、ネオがエールストライカーを装着したウィンダムで空を駆けた。

アヅランがミネルバに同乗する事になり、タリアがFAITHに任命された日から翌日となった今でも、メイリンのような若い女性陣は憧れや興味といったミーハーめいたものを、副長のアーサーやヨウラン、ヴィーノといった整備士はFAITHに対する純粋な尊敬を、パイロットのショーンやデイルたちはいきなり指揮官が変わってまともに連携が取ることが出来るのかといった不安が、タリアや当の本人であるアヅランといった比較的冷静な人たちは騒がしくなったクルーに対して少々呆れを見せていた。

 

「全く、前大戦の英雄だからって、盛り上がり過ぎだろ……あなたもそう思うでしょ?」

 

セイバーのコクピット付近にやっきていたイチカは、セイバーのコクピットを覗き込み、しきりに話題になっているアヅラン・ヅラに向けて投げ掛ける。

 

「さあ、俺にもよくわからないな。大体、英雄なんて担ぎ上げられたくないし」

 

アヅランはコクピット内部でセイバーの整備を続けながら答える。前大戦で一度ザフトを裏切った彼からすれば、嫌悪される事はあれど、尊敬されるような事は無いとばかり思っていたのだ。もっとも、パイロットたちはアヅランが指揮官となった事に不満を抱いていたが……

 

「それは確かに……俺も前大戦で活躍したら終戦後に皆してお祭り騒ぎでしたから」

 

イチカが苦笑気味に納得するように頷く。前大戦でダガー二十五機を墜とした彼も、アヅランのように祭り上げられていて、中には『隻腕の悪魔』だとか、『ザフトの鬼』とか、『地獄から来た宇宙の鬼灯様』等々、とにかく怖いイメージを押し付けられていたらしい。

 

「……ところで、なんでイチカは俺の所に来てるんだ?俺はてっきり嫌われてるとばかり思ってたんだが……」

 

イチカは前大戦のオーブ解放作戦で親友であるシン両親を失うところを間近に見ている。それも守ってくれるはずのフリーダム……アヅランの親友であるキラ・ヤマトに、だ。

なのに、こうして彼の傍に居るのかが今一つわからない。

 

「別に、ただ皆してアスランアスランって騒がしくて煩いから静かな所を探してたら自室か艦長室、あとは此処くらいしか無かっただけですよ。騒がれてる本人の所に来たら全然騒がしくないなんて、まるで台風の目ですね」

 

溜め息を吐きながら説明するイチカの言葉には、所々に刺々しい皮肉が込められていた。

 

「悪かったな、俺のせいで騒がしくて」

 

「おかげでシンが折角上げた志気が下がっちゃいましたよ」

 

オーブ沖海戦で敵艦十隻を落としたという功績を残したシンの存在は、ミネルバの志気を上げるのに大きく貢献していた。図らずしも、それが敵に認知されてしまったという事になってしまったが……

 

「ま、とりあえずはあなたもここに慣れるよう努力して下さいね。何時までもこんなんじゃ、やってられませんから」

 

そう言いながら、セイバーのコクピット周辺でイチカとアスランはしばらく雑談を交わしていた。

ミネルバがボズゴロフ級潜水艦ニーラゴンゴと共にカーペンタリアを出航してからわずか数時間後、索敵担当のバードが緊迫した声を上げた。

 

「艦長!」

 

彼の目の前にある熱源探知モニターが、ミネルバに接近しつつある光点を複数、捉えていた。タリアは驚きを込めた視線をそちらへ送り、ブリッジの空気が一気に張り詰める。

 

「熱紋照合、ウィンダムです。数、三十!」

 

バードが口にした数字を、思わずタリアは聞き返した。

 

「三十!?」

 

つまりこれは、偶然付近を哨戒していたような機体ではない。必勝の構えで攻撃してくる敵だ。さらにバートが強張った顔で補足する。

 

「うち一機はカオスです!」

 

タリアの肌が一瞬、粟立つ。

 

「あの部隊だっていうの!?」

 

ボギーワン、あの不明艦に乗っていた部隊が、地上に降りてきた?まさか、自分たちを追って?

 

「一体何処から……付近に母艦は?」

 

三十機ものウィンダムを搭載しているとしたら、敵艦隊はかなりの規模のはずだ。しかしバートは首を振る。

 

「確認できません」

 

「またミラージュコロイドか……?」

 

アーサーが不安げに呟く。以前ボギーワンがアーモリーワンを襲撃した際、ミラージュコロイドを使用した事はほぼ明らかになっていた。だがタリアは言下に否定する。

 

「海上で?ありえないでしょ」

 

可視光線を歪め、レーダー波を吸収するミラージュコロイドだが、地上での作用時間は短く、また船の航跡や機関音までカムフラージュしてはくれない。それよりニーラゴンゴのような潜水母艦を用いる方が現実的だろう。

気まずい顔のアーサーに構わず、タリアはすぐ頭を切り換え、指示を下し始める。

 

「あれこれ言ってる暇はないわ。ブリッジ遮蔽。対モビルスーツ戦闘用意。ニーラゴンゴとの回線固定」

 

艦内に警報が鳴り響く。ブリッジが戦闘ステータスへと移行する。僅かの間に、馴染みとなり始めている手順をこなしながら、タリアは少々憂鬱な気分になった。あのオーブ沖大戦で、自分たちはすっかり敵軍に認知されてしまったという事だろうか?

もしそうならば、輝かしい戦歴(・・・・・・)を持つこの艦に、デュランダルは何をさせようとしているのだろう?同じように輝かしい戦歴を持つ前大戦のエースまで送り込んで?

 

 

 

『インパルス、ガイア、セイバー、バビ、発進願います。ザク、ゲルググは別名あるまで待機』

 

ザクやゲルググにもビルドブースターは装着されていたが、アビスが来ることを想定してゲルググはマリーンに喚装し、残りは予備の勢力としてミネルバに残されたのだ。

シンは発進シークエンスに従ってコアスプレンダーを起動していた。平行してセイバー、ガイア、バビの順にカタパルトへ運ばれていく。その時、通信回路が開き、アヅランのカツラ()がモニターに映った。

 

『シン・アスカ、ショーン・ラッケン』

 

あの髪、地毛か?ヅラじゃないの?と思っていたところにいきなり呼び掛けられて、シンは反射的にどきっとした。

 

『「はい」』

 

内心の疑惑を押し隠し、答える。アヅランは彼らの表情になど気を払う様子もなく、きびきびとした口調で告げた。

 

『発進後の戦闘指揮は、俺が執る事になった』

 

『ええ~?』

 

思わず不満の声を漏らしたショーンを一瞥し、アヅランが念を押す。

 

『いいな?』

 

『……はい』

 

有無を言わせ語調に、そう答えるしか出来なかったショーンをシンは同情の目で見ていた。

確かにアヅランの方が自分たちより一段も二段も格上だ。相手は年上だし、経験でも技量でも自分たちを上回っていて、しかもFAITHなのだから。だが、いきなり現れてFAITHだ、指揮官だと言われて割り切れるわけがない。

画面の向こうでショーンがこうなったら八つ当たりだ!と叫んでるのを横目に、シンはかすかな不安を抱きつつも操縦桿を握った。

 

「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」

 

射出時のGが体をシートに押し付ける。雲のたなびく空の向こうに、群をなす点が迫るのを見ながら、彼は続いて射出されたパーツとの合体をこなした。アヅランのセイバーがショーンのバビ、と共に右舷ハッチから、マユのガイアが左舷ハッチからそれぞれ飛び出してくる。が、シンはそれを無視するように、徐々に近付いてくるウィンダムの編隊に向かった。

 

『お先っ!』

 

まず先制攻撃をかけたのはマユのガイアだった。機体の改良によりビルドブースター無しで飛行戦を可能にしたガイアは、モビルスーツ形態でビームライフルを放つと戦闘のウィンダムを一機墜とした。

 

「よし、俺だって!」

 

妹に負けてられないとばかりにシンもビームライフルでウィンダムを撃ち抜き、時にはビームサーベルで真っ二つに斬り裂いた。

 

『マユ、マユ下がれ、先鋒は俺たちが……』

 

そこに各機の通信用ディスプレイにアヅランが映り、マユに必死に呼びかけてきた。

 

『それじゃ、任させてもらっちゃおうかな……お兄ちゃん』

 

「ああ」

 

マユの意図を汲んだシンはインパルスに機動防盾を構えさせると、スラスターを一気に全開にした。目の前に迫るウィンダムの群れに向かって、タックルの体勢で突っ込みながら、インパルスはビームライフルと20mmCIWSを、ガイアはビーム突撃砲と20mmCIWSを乱射する。

 

『なっ!?』

 

『よっしゃあ!』

 

顔色を変えてアヅランが驚いた声を上げているのをどうだと言わんばかりにどや顔を決めているのを余所に、ショーンはそれを見て面白そうな表情で言うと、一度モビルアーマー形態に移行して背中に当たる上翼部のミサイルを全弾発射する。次の瞬間バビをモビルスーツ形態に変形させ、左手に構えたコンボライフルを乱射する。シンとマユの突貫で混乱し、バビのミサイルから逃げ惑う好目標のウィンダムを、三機のビームが容易く撃ち落していく。

 

『こんな無茶な戦いが……』

 

通信機の向こうでアヅランがなにか言い足そうにしているがいい加減集中したいので無視した。

未だ混乱しているウィンダムの一機をビームライフルで撃ち落とす。体勢が崩れてるところへ急速に迫るインパルスに怯えたように、ウィンダムが手に手にビームライフルを構える。が、敵からのビームが放たれた時には、すでにシンは機体を翻し、次のウィンダムを狙っていた。また一機、ウィンダムがコクピットを貫かれて墜ちていく。

 

「いくら数が多いからって!」

 

ウィンダムの射線をかわしながら、シンは自信に満ちた叫びを上げる。ウィンダムの動きは鈍く、その狙いは甘過ぎるように感じられた。前回に比べれば、こんなのはほんの小手調べだ。

さらなる獲物を求めて周囲を見回した時、インパルスをビームが襲った。それは紙一重のところで機体を掠め、増長しかけたシンの気持ちに水を浴びせる。反射的にシールドを上げていなければ、次の一射で撃墜されていただろう。だが二射目はシールドに受け止められ、それを放った機体はインパルスの脇をすり抜けて駆け去る。鮮やかな赤紫(マゼンタ)がシンの視界を過ぎった。シンはその機体を追ってライフルを撃ちかける。赤紫にカラーリングされたウィンダムは雲に身を隠し、インパルスのビームは虚しく雲の塊を撃った。

 

(どこに行った!?)

 

焦りを覚えるシンに、雲を貫いてビームの矢が襲い掛かる。ビームの後を追うように赤紫のウィンダムが雲から躍り出た。回避しながら後退するインパルスに、赤紫のウィンダムは容赦ない連射を浴びせる。

 

「なんなんだ、こいつっ……速い!」

 

何時の間にか背後を取られ、シンは必死にビームをかわして逃げるしかない。そのウィンダムが指示したのか、浮き足立って満足に反撃も出来なかった敵モビルスーツ隊に統制が戻る。新たな二機がインパルスを背後から包むように射撃に加わる。シンはそれを回避するので手一杯になり、待ち構えていた複数のウィンダムの斜線に追い込まれる。

 

「っ……くそっ!」

 

ビームの驟雨に晒され、シンは鋭く機体を返して上昇する。避け損ねたビームがシールドで弾け、装甲を掠めて蒸発させる。

遅れて自分が突出しすぎて敵集団に取り囲まれて不利になっている事を悟る。これでは離れすぎてミネルバも守れない。

 

「くっ!悔しいけどこいつ、強い……!」

 

悔しげに呟き、機体を立て直しながらライフルを構える。シールドの陰から牽制のビームを放つと、敵の攻撃に乱れが生じ始めた。

「ランチャーワン、ランチャーツー、てーっ!」

 

突出しすぎたインパルスはウィンダムの集団に包囲され、セイバーはカオスにしつこく追いすがれ、振り切る事が出来ずにいる。そして二機のモビルスーツをすり抜けてミネルバに上空から襲い掛かってくる数機のウィンダムを、ガイアとバビが撃墜させていく。

ブリッジではニーラゴンゴの艦長が、不機嫌な顔をモニターに晒していた。

 

『そんな事はわかっている。だが、こちらのセンサーでも潜水艦はおろか、海上艦の一隻すら発見できていないのだ』

 

先ほどタリアは彼に、敵の母艦を探し出して討つべきだと進言した。どうもそれがお気に召さなかったらしい。まさか地球にまで議長との噂が伝わっているのだろうか?それともこの艦長は、自分より若い女がFAITHの地位にいて、指図がましい口をきくのが腹立たしいのだろうか?

もしそうだとしても、そんなケチなプライドになど斟酌してやる気もない。とにかく、攻撃に晒されているのはこちらなのだ。タリアは果敢に言い返した。

 

「では、彼らは何処から来たというのです?付近に基地があるとでも?」

 

『こんなカーペンタリアの鼻っ先にか?そんな情報はないぞ!』

 

タリアは密かに苛立ちを抑えた。情報が無いからといって、存在しない事にはならない。カーペンタリアの鼻っ先だからこそ、敵が基地を築く理由になるというのに。

その時、ニーラゴンゴのブリッジが急に慌ただしくなった。索敵担当の兵士が何か叫び、艦長がそちらに向き直る。

 

『……なに!?』

 

ミネルバでもバートが同じ反応を見つけたらしい。

 

「艦長!海中からモビルスーツ接近!これは……アビスです!」

 

タリアは舌打ちをする。予感していた通り、海中からの襲撃をかけてきたか。アビスは水中戦を目的に開発された機体だ。敵が投入してくるのは当然の事だった。

 

「ゲルググはどうなってるの?」

 

「既にマリーンウィザードを喚装完了しています!」

 

「なら直ぐに発進させて!」

 

タリアは素早くメイリンに命じたこちらには水中用のモビルスーツはイチカのゲルググしかない。故にゲルググ一機だけで守らせるしかない。

一足早く、ニーラゴンゴからグーンが三機、発進していく。その三機で抑えてくれればいいのだが……

 

 

 

ミネルバからシンの援護に回ったマユのガイアは高速で飛行するシンのインパルスに続く形で、斜め下に回ったウィンダムにビームライフルを向けた。インパルスとガイアの加速についてこられないウィンダムが分散し始めていた。数にものを言わせて火線を集中されれば手も足も出ないが、個対個になれば火力も装甲もこちらの方が上だ。

ビームにエンジンを貫かれたウィンダムが空中で爆散し、破片が煙の尾を引いて海上にばらまかれる。マユは機体を捻って上昇しながら、さらに一機をライフルで狙い、不注意に接近しすぎた一機にビーム突撃砲を浴びせかける。前者はコクピットを貫かれ、後者はフライトユニットから火を噴いて失速していく。マユは前方に見える赤紫の機体を見据える。

 

「せめて、あれさえ墜とせれば……!」

 

遠巻きから見た技量からしてもあの機体が指揮官機だろう。なら、指揮官を墜とせば……

だが意に反して、すばしこく動き回る指揮官機は照準に捉えられず、マユは後ろから撃ってきたウィンダムに向き直る。そのライフルが確実に二機をポイントし、一拍おいて空中に炎の花が二つ咲いた。

あれほどの数で押していた敵モビルスーツ隊は、ほんの数機にまで減っていた。前方に緑の島影が迫る。何時の間にか随分陸に近付いていたようだ。

死角に回り込もうとしていた一機を撃ち、怖じ気付いたように遠ざかろうとしていた一機をインパルスが墜とすと、マユは周囲に敵がいなくなった事に気付いた。残るはあの指揮官機だけだ。赤紫のウィンダムは前方の陸地に向かって逃げていく。マユとシンは追いながらもそれぞれライフルを向けるが、敵機はこちらの射線を読むかのように寸前でコースを変え、ビームはその機体を掠りもしない。

懸命に追い縋るガイアとインパルスを振り切ろうとしてか、赤紫のウィンダムはぐっと高度を下げて海面すれすれを飛ぶ。マユもシンも、降下してその機体の真後ろにぴたりと付けた。足はガイアとインパルスの方が速い。マユはじりじりと近付いてくる敵機をロックオンしようとする。海岸線が迫る。

まさにトリガーを引き絞ろうとした時、コクピットに警告音が鳴り響いた。サイドモニターに動くものの影が映る。

 

「っ……!新型!?」

 

漆黒の機影を認めた瞬間、ガイアは右手に迫った海岸から飛び出してきた黒い甲冑を纏ったモビルスーツに、海へと突き落とされていた。

 

「きゃぁっ!!」

 

横殴りの衝撃が機体を襲い、水しぶきが高く跳ね上がる。衝撃で口の中を切ったのか、金臭い味が広がる。

幸いにも水深は浅く、モビルスーツの脛ほどしか無かったが、甲冑のモビルスーツに押し倒された形のガイアに、旋回して戻ってきた赤紫のウィンダムが迫っていた。

 

『マユ!』

 

シンの叫びが耳を打つ。あわやというところで、インパルスがウィンダムを狙ってビームライフルを放った。ウィンダムは急上昇でそれを避け、インパルスに向かう。

甲冑のモビルスーツがガイアと同時に体勢を立て直し、浅い海を蹴立てて飛びかかってくる。マユはヴァジュラ・ビームサーベルを抜き放ちながら踏み込んだ。甲冑のモビルスーツはその斬撃をすんでの所でかわして飛び退く。

振り下ろしたビームサーベルが海水を一瞬で蒸発させ、水煙が霧のように両者を包み込む。海風が霧を吹き払った時、眼前にいたのはビームサーベルを取り出した漆黒の機体だった。相手もビームサーベルを抜き放つ。

マユはビームサーベルを掲げて走り出す。漆黒と黒の機体が交錯し、互いの刃が光の尾を引いて空を裂いた。甲冑のモビルスーツが激しく切り結びながら、バーニアを噴射して陸に飛び移る。マユも追いすがって大きくサーベルを横薙ぎにした。ビームで幹を灼き斬られた木が倒れ、モビルスーツの巨大な足に踏み込まれる。足場の悪いジャングルの中、ガイアと甲冑の機体は木々を薙ぎ倒し、押し分けながらも必死に刃を打ち合う。

敵機との対戦に没頭していたマユの耳に突然、装甲を弾く甲高い金属音が飛び込む。

目の前の機体ではない。━━新手?

マユは慌ててその場から飛び退き、目を配った。

 

「今度は何!?」

 

攻撃が来た方を見やった彼女は。そこに機関砲の銃座を認めて唖然とする。再び砲口が回転して巨大な弾をガイアに浴びせかけたが、VPS装甲に守られた機体には何のダメージも無い。よく見ると同じような銃座や対空砲座が、木々の間に幾つも据えられている。そして、木の間からちらりと人工物でしかあり得ない直線が覗いた。マユはそちらに注意を引かれ、また斬り掛かってきた漆黒の機体をいなして飛び離れる。

アスファルトで均された地面が見えた。造りかけの滑走路、迷彩式で塗られた格納庫や兵営らしきものが、ジャングルの中に並んでいる。

 

「基地……?こんな所に!?」

 

マユは目を疑った。カーペンタリアは知っているの?基地の鼻先で地球連合軍がこんなものを造っているのを?

いや、知っているはずがない。知っていて放っておくはずが無いじゃない!

戸惑うマユの目が、建設現場の周囲に張り巡らされたフェンスに引き寄せられる。正確には、その周辺来張り付くように集まった人垣に。その人たちは制服を着ていなかった。よく見ると女や子供たちだ。そしてフェンスの反対側、建設現場の掘り返された赤土の合間にも、軍人らしからぬ男たちの姿が見える。

 

(民間人?)

 

二、三秒おいて、マユは自分が目にしているものの意味に気付いた。

 

「まさか……此処の民間人を……!?」

 

建設作業に従事している男たちは、どう見ても自ら進んで協力している作業員のようには見えない。現に彼らは、突然現れた巨大なモビルスーツに注意を払うよりも先に、このコンランに乗じてフェンスの切れ目から逃げ出そうとしていた。外にいる彼らの妻子や母親らしき人々が、懸命に手を振って男たちを差し招く。

敵襲に混乱していた兵士が、作業員たちの動きに気付いた。兵士は逃げ出そうとしていた男たちに銃口を向け、発射する。

 

「…………!!」

 

マユは凍り付いた。

銃声は聞こえなかった。ただ、モニターの中で、数人の男たちが倒れた。まるで木が借り倒されたように、唐突に。

何も聞こえなかった。あの時も、掘り返された穴に、ねじくれ、焦げた木の塊のように横たわる両親を見つけたときも。

女たちが天を仰いで叫ぶ。それはマユの叫びでもあった。突然、愛する者を理不尽に奪われた者の慟哭。平気で自国の市街地を戦場とした祖国。

マユの中で二年間にわたってずっと封印し続けた憎悪が燃え上がり、出口を求めて荒れ狂う。

そして次の瞬間、マユの中で何かが弾ける音がした。


 
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