予定より少し遅れて街へと向かう。
街の中心を通る大路は人で溢れ返っていた。普段の三割・四割増といったところだ。
「うわ~……張三姉妹の人気は衰え知らずだな……」
人の波を掻き分け、近くで立ち番をしていた警備隊の元に行く。こちらが声をかける間もなく気付いた兵士達が敬礼で一刀を迎えた。
「これは隊長。何か御用でしょうか?」
「いや、用って程じゃないけどね。いよいよ張三姉妹の復活舞台当日だし、外からもたくさん人が来てるから警備の方は何か問題無いかなーと思って」
「今のところ、目立った問題はありません。各詰所の人員も増やしていますし、充分対応出来ております!」
自身満々に答える兵士達。一刀や凪、沙和、真桜達が行ってきた成果が、この兵士達の顔に表れている。一刀は満足げに頷く。
「うん、任せたよ。あ、そうだ。凪達を知らないか?」
「小隊長達なら昼食を取っておられます。どこか、近くの店に行くと仰っておりました」
「ありがとう。こんな日に当番にして申し訳ないけど頑張ってね」
「はっ!」
びしっと敬礼する兵士達に敬礼を返し、一刀はその場を後にした。
「え~っと、確か前に凪に紹介された店はここら辺───」
「おーい、隊長~」
通りを歩きながら店を探していると、上方から声を掛けられた。
見上げれば、餐館(さんかん)の二階、ちょうどテラス席のようになっているところからこちらに手を振っている六人。
凪、沙和、真桜に、それぞれの娘である鎮(ちん)、圭(けい)、禎(てい)だ。
一番真面目な凪が身を乗り出して聞いてくる。
「隊長、何か事件でも?」
「いや、そうじゃないよ。ちょっと街の様子を見に来ただけ」
「じゃあ、沙和達と一緒にお昼にするの~」
「どーせヒマなんやろ? たまには愛しい嫁さんと娘に昼飯を奢ってもバチ当たらんでー?」
「はいはい。分かりましたよ」
苦笑いで答える一刀に、妻達は笑い、娘達はハイタッチで喜び合う。
そんな彼女達に一刀は暖かいものを感じていた。
───たまには家族サービスしないとな。
テラス席に行くと、すぐに圭と禎が抱きついてきた。
「わーい。お父様なの~」
「おとん、おとん! ほら、こっち来ぃ」
言い合いながら自分の隣に一刀を引っ張っていこうとする二人を止めたのは鎮だ。
「やめないか、二人とも! 父う───いや、隊長に失礼だぞ!」
「鎮、その隊長ってのはどうにかならないかな……?」
鎮達三人はこの春、正式に警備隊に入隊した。あくまで身分は見習いだが、既に一般兵士以上の知勇を身に付けている三人だ。これから頭角をあらわしていくのは間違い無いだろう。
そして、警備隊に入隊したその日から鎮は一刀のことを「父上」ではなく「隊長」と呼ぶようになったのだ。凪に似て生真面目な鎮らしいと言えばらしいのだが、父親としてはちょっと寂しかったりもする。
「で、でも、自分は警備隊の一兵士ですし……」
「あーもう。鎮は頭が固いなー。ホンマ、凪そっくりやで」
「ホントなのー。凪ちゃんそっくりと言うか、凪ちゃんそのものなのー」
「別に、わたしも鎮も頭が固い訳では無いと思うけど……」
笑い合う二人に不満そうな顔の凪。一刀は凪の隣の席に座った。
「まぁ、公私の区別は必要かも知れないけど……でも、休憩の時はいつもの呼び方で呼んで欲しいな」
「う……わ、分かりました───ち、父上……」
「うん。ありがとう」
くしゃくしゃと頭を撫でると、鎮は真っ赤な顔でうつむいてしまう。その後ろで圭と禎がヒソヒソ話。
「鎮の奴、まーた上手い事やっておとんの気を引いとるで」
「健気で殊勝な自分を主張してるの。なかなかの魔性の女なのー」
「こ、こら!? わたしはそんなつもりは……!」
さらに赤くなる鎮に、真桜はケラケラと笑い声を上げた。
「謙遜せんでもえーやん! 鎮は結構なやり手やで? 見てみぃ。隊長、萌え萌えの顔しとるもん」
「実の親をも萌えさせる、生まれ持っての才能! さすが凪ちゃんと隊長の娘なのー」
「こ、こら!? 隊長はともかく、どうしてわたしの娘だと萌え萌えだと言うんだ!」
「だってねー?」
「うんうん。凪は結構な萌えキャラやからな~。最近、兵士達の人気投票でもジリジリ順位を引き離されつつあるし……楽文謙、恐るべしやでホンマ」
「ば、馬鹿な事を───た、隊長! そ、そんな事はありませんよね!? わたしが萌えキャラなどと───」
真っ赤になって拳を握り締める凪の頭を、一刀は娘にしたのと同じように撫でた。
「いいじゃないか、萌えキャラで。俺は充分、凪に萌えてるぞ?」
「~~~~~」
凪は頭から湯気を出しそうな勢いでわたわたしていたが、やがて身を縮めて一刀を上目遣いで見る。
「た、隊長がそれでよろしいと言うのであれば……」
その振る舞いが既に萌え要素満載である事を当人は気付いてないらしい。
「あーもう可愛いなー、凪は」
更に頭を撫でると、凪は益々赤くなる。場所が場所なら、この時点で押し倒していてもおかしくないところではあったが、
「あーあ、ホンマやってられんわ」
「ふーんだ。隊長は年がら年中発情期の腐れチ○ポ野郎なの!」
「こんな人目のあるところですらお構いなしとは……そりゃウチらにも姉妹が山ほど出来るっちゅーねん」
「凪母さまばっかりズルイの! 圭もお父さまに萌え萌えしてほしいのー」
「母上……ズルイ……」
冷たい視線の集中砲火に二人は慌てて身を離す。
「た、隊長、そう言えば料理をまだ頼んでいなかったのでは!?」
「お、おお! そうだったそうだった! さ、さぁ、何を食べようかなー。ほら、皆も何か食べたい物があったら追加していいんだぞ? お父さん、おごっちゃうぞー?」
一刀は取ってつけたようなテンションで採譜を見る。その様子をジト目で見ていた真桜は、無言で別の採譜を手に取ると、給仕を呼んだ。
「おねーさん、フカヒレでもツバメの巣でも熊の手でも何でもええわ。この店で高い料理、上から十個持って来て!」
「おいっ!?」
一刀の声は完全無視。真桜から採譜を渡された沙和はそれを見る事もなく注文する。
「沙和もそれでお願いなの。あと甜点心も全種類持って来てなの」
「沙和さんっ!?」
しかし、攻撃はそれで終わりではなかった。今度は子供たちの番だ。
「ウチはお子様定食おかわり。大盛りでなっ!」
「圭も~。あとゴマ団子をいっぱい持って来て欲しいの~」
「わたしもお子様定食を。唐辛子ビタビタで」
「お前達まで……」
妻と娘の容赦ない注文に、一刀はテーブルに突っ伏す。
「あ、あの……わたしも少しなら出しますから……」
「い、いや、いいっていいって。ほら、凪も何か頼みなよ。麻婆豆腐に辣子鶏とかどうだ?」
「で、でも……」
「いや、もう一品二品増えても同じ事だからさ。いっそトドメを差してくれ……」
「あぅ……で、では、麻婆豆腐と辣子鶏を唐辛子ビタビタのビタビタで……」
「何や何や? 今日は誰かの誕生日やったっけ?」
「うわー。ごっついなー。おとん、何があってん?」
「霞、それにトラも」
テーブル一面に広げられた豪華な料理を前に、笑顔で食べている五人と何だか申し訳無さそうな凪、そして泣きながらタダの水を飲んでる一刀のところにやって来たのは霞とその娘、皆からトラと呼ばれている張虎だった。
「おー! 姐さん、ええところに! ちょっと手伝ってーな」
「沙和達じゃ食べきれないところだったの~」
「そりゃ、奢ってくれるならありがたくいただくけど……」
言いながら、霞は一刀を見る。その途端、「っ!」と彼女の頬がぽっと赤くなった。恐らく昨晩の事を思い出したのだろう。そんな霞に、一刀も思わず照れ隠しの咳払い。子供たちは「?」と二人の様子に首を傾げていたが、その見え見えな態度に凪達三人はうらやましさ半分悔しさ半分の顔で黙々と料理を頬張っていた。
「あー…………か、一刀、一体どうしたん?」
平静を装いつつの霞の問いに、現実に引き戻された一刀は引きつった笑いで肩をすくめた。
「いや……何も言わず食べていってくれ……」
「? よー分からん」
「霞様、今はただ美味しく召し上がっていただく事が武士の情けかと……」
「そーなん? 何やわからんけど……まぁ、ええわ! トラ、おとんと一緒にお昼食べよか!」
「うん!」
凪が椅子をずらし、一刀の横にトラが座る。父親と一緒の昼食に、トラは満面の笑みだ。
「おとん! ウチ、お酒飲んでみたい!」
「ダメ。トラにはまだ早い」
「えー! おかんかて毎日飲んでるやん!」
「それはウチが大人やからや。子供は黙って水でも飲んどき」
一刀の反対側の隣に座って、霞はにやりと口元を歪ませる。
「む~~~~! おかん、ズルイで!?」
「母上、お酒って美味しいのですか?」
「わたしもそう強くはないからな……真桜はどうだ?」
「ウチはまぁ普通かなぁ。てか酒で姐さんと肩を並べられる飲んべなんて魏にはおらへんやろーけどな。三国合わせたって呉の孫策と黄蓋か、蜀の趙雲くらいやで?」
「沙和は甘いお酒なら好きだけどなー」
「甘いのー? だったら圭も飲みたいのー」
「はいはい! ウチもウチも!」
ワイワイと盛り上がる妻達と子供達。彼女達がこんなに楽しそうにしているなら、このテーブルを埋め尽くすと言うか何と言うか、とりあえず季衣と許儀を呼んでこないと片付きそうもない料理の数々をご馳走するくらい何でもないではないか。例え、その所為で財布が吹けば飛ぶ羽のような重さになったとしても、だ───
「………………………………」
「一刀? ぼけっとしてどないしてん?」
「うん、必死で自分を誤魔化そうとしたが無理だった……」
「何やソレ? 今日の一刀はよー分からんわ」
「おとん、具合悪いん?」
両サイドで首を傾げている張親子に、一刀は気を取り直してにっこり微笑む。
「いや、こっちの話。さーさー、霞もトラも食べた食べた! 夜は数え役萬☆姉妹の舞台があるんだからな。晩御飯を食べてる時間なんて無いんだから、今の内に食い溜めしとくんだぞ」
「た、食べたの~」
「うわー、圭ちゃんのお腹、ぼんぽこぽんのぽーんなのー」
「あー、ウチあかんわ。おかん、お腹の調子が良くなる発明作ってーな」
「んなもん、発明でどうにかなるかいな。医者に言え、医者に……つか、ウチもヤバイわ……」
「うー……さすがに母上のは、まだわたしには辛過ぎです……」
「だから、やめておけと言ったのに……ビタビタのビタビタだと言っただろう?」
あれほどあった料理だったが、結構な量が一同の胃に消えていった。料理が美味しいのもあるだろうが、一刀と一緒に食事をしているという事が彼女達のテンションを上げ、許容量以上の料理を食べさせてしまったのだろう。
この場で平気な顔をしているのは三人。
料理自体はそう多く頼んでいない凪。
そして、
「ぷっは~~~! やっぱ日が高いうちから飲む酒が一番美味いわー!」
料理より酒とばかりにグビグビやってる霞。更に、
「…………」
料理を食べ始めてから、突然何か思い出したような顔でチラチラと両親の様子を伺っているトラだった。
「トラ、どうしたんだ? もうお腹いっぱいか?」
炒飯をモグモグさせつつも心ここにあらずの様子のトラに一刀が問い掛ける。
「んー……そういう訳やあらへんのやけど……」
「美味しくないんか? この店、前にも来たけど、何でも美味かったと思ったけどなー」
言いながら、霞はレンゲでトラの炒飯をすくって一口。
「うん。美味いやん」
「美味しいよ? 美味しいんやけど……」
「トラ?」
心配そうな一刀の声に、霞だけでなく凪達六人の視線もトラに集まる。
「トラ姉ちゃん、どうしたのー?」
「トラ姉らしくないで?」
「お腹でも痛くなったのですか?」
口々に言う義姉妹達にトラはぷるぷると首を横に振ると、思い詰めた顔で椅子から降りて一刀の膝の上にひょいと飛び乗った。父親と向かい合うかたちで膝の上に腰を下ろすと、不安そうな視線で一刀を見上げる。
「おとん……」
「どうした、トラ?」
出来るだけ優しく声を掛け、トラが何か言い出すのを待つ一刀。トラはしばらく迷った後、ゆっくりと口を開いた。
「ウチな、おとんの事もおかんの事もめっちゃ好きやねん。おとんは優しいし、おかんは強くてかっこええし……」
「きゅ、急に何言ってんねん……」
いきなりの娘からの告白に、霞は真っ赤になって誤魔化すようにそっぽを向く。
そんな態度に萌え心を疼かせつつ、一刀はトラの頭を撫でて微笑みかけた。
「ありがとう、トラ。俺もトラと霞の事大好きだぞ? もちろん、凪も沙和も真桜も、鎮も圭も禎も、みんな大好きだからな」
その言葉に、顔を赤らめてうつむく凪と鎮、笑顔でハイタッチの沙和と圭、当然だとばかりに胸を張る真桜と禎。
三組三様の反応に目を細めてから、再びトラに視線を戻す。
「トラ、何か心配事でもあるのか?」
「うん……」
小さく頷き、トラは言葉を続けた。
「ウチ、おとんもおかんも好きやから……だから、二人には仲良うしてもらいたいねん」
「へ? 俺と霞は仲がいいと思うけど……」
「ほんまや。誰が見てもらぶらぶやん?」
二人は口々に言うが、トラは納得してない顔で表情を歪ませる。
「でも……昨日の夜、二人してケンカしてたやんか? せやから……」
「ケンカって……?」
霞と顔を見合わせ、お互い首を傾げ合う。ケンカをしたような記憶は無いのだが……
「ウチと一刀がケンカなんてせーへんよ? トラの勘違いやないのか?」
「せやけど……昨日の夜、おとんとおかんの部屋から聞こえたんや───」
トラは目に涙を溜めて言った。
「おかんが『もう、やめて。ウチ、体がもたへん……』───って……」
「ぶうううううううううっ!!」
飲んでた酒を盛大に吹き出す霞。酒飛沫が中空に虹をかける。ゲホゲホとむせながら、
「と、トラっ!!? お、お前、いきなり何言うてんねん!!?」
「ウチ聞いたもん! あれっておとんがおかんをいじめてたんやろ!?」
「え、えーっと……」
トラの言葉に、一体何て答えたらいいのやら……
トラが言ってるのは事実の部分と間違いの部分がある。
事実……一刀が霞に『もう、やめて。ウチ、体がもたへん……』と言わせた事。
間違い……それはケンカが原因だと思っている事。
───まぁ、ある意味ガチンコ勝負と言えなくもないけど……
「えーっと……トラ? それはな、ケンカとかじゃなくて、何て言ったらいいか……なぁ?」
「う、ウチに話振らんといて! こういうの苦手やねん……」
真っ赤になって霞は妹分達に助けを求める視線を向けるが、
「魏で一・二を争う武人の霞様が白旗を上げるほどの激しい攻めを……こ、この次はわたしも頑張らないと……」
「ううー……部屋に戻ったら早速、阿蘇阿蘇を調べるの。『彼氏を喜ばせる房中術秘技四十八手』特集でお勉強なのー」
「こうなったらお菊ちゃんを更に魔改造せんと……はっ! 隊長がウチに使うんやなく、ウチが隊長にお菊ちゃんをぶち込んだれば、新しい世界が───」
「あかん。あの子らは助けにならん……」
「と言うか真桜、そういうのは是非勘弁していただきたい」
弱冠後ろの方にムズムズしたものを感じて一刀は冷や汗を拭う。
「おとん……おかん……」
ウルウルとした瞳でこちらを見上げるトラ。一体、どう説明したら良いものか……
一瞬、訪れる沈黙。
その沈黙を破ったのは、意外にも鎮だった。
「義姉上、わたしは父上と母上はケンカしていたのではないと思います」
「え……? せやけど……」
「父上と母上はきっと武術の訓練をされていたのでしょう。この前、わたしが聞いた時は父上が母上に『まだまだこれからだ。へばるのはまだ早いぞ?』と仰っていましたから」
「ち、鎮!!?」
「き、聞いていたのか!!?」
鎮の突然の衝撃発言に、一刀と凪は仰天する。凪は全身の血が集まったのかと言うくらいに顔が真っ赤だ。
しかし衝撃の事実はまだ終らない。今度は、圭と禎が「はいはーい」と手を上げる。
「圭は新しいお洋服の意匠を二人で考えたんだと思うのー。お父さまは『沙和はどんな格好が好きなんだ?』って何度もお母さまに聞いてたのー」
「えー? ウチは新しい発明考えてると思ってたけどなー。おとんは『ここをこうしたらどうだ?』とか聞いてて、おかんは『そこをいじったらおかしくなってまう……』って答えてたから」
「け、圭ちゃん、聞いてたの!!?」
「あちゃ~……禎、起きてたんかい……」
娘の言葉に沙和はわたわたと挙動不審状態、真桜はテーブルに突っ伏して頭を抱えている。三人とも誤解をしているが、要は霞の時と同じ事である。
───すっかり寝てると思って……油断した……
夫婦の営みを子供たちに聞かれていたと落胆&照れまくりの父と母に、娘達はトドメの一言。
「「「「結局、何をしていたの(ん)?」」」」
「あ───あは……あははははは……」
乾いた笑いを返しつつ妻達を見るが、四人とも衝撃と羞恥に悶えていて助けになってくれそうにない。
一刀はただ乾いた笑い声を上げつつ、ちょっとだけ日頃の自分の種馬ぶりを反省するのであった……
「一刀? 一刀ってば~!」
頬を膨らませる天和に、一刀は我に返った。
「あ……ああ、ごめん」
「ちぃ達の大事な復活舞台だってのに何ボーっとしてんのよ!?」
「一刀さんらしくないわ。何かあったの?」
こちらに指を突きつけまくしたてる地和と、心配そうに覗き込んでくる人和。
「あはははは。大丈夫大丈夫。ちょっと緊張しててね」
一刀は作り笑いで誤魔化そうとする。まさか、娘に大人な質問をぶつけられてちょっとヘコんでましたなんて言えないのだ。
ここは『数え役萬☆姉妹 超爆裂復活舞台!!』の控え室。街で最初に構えた事務所とは比べ物にならない程の広さがある。その時に比べ、彼女達はアイドルとしての風格こそまるで違うものの、自分達の歌を多くの人に伝えたいという熱意はまったく変わっていない。いや、むしろ四年のブランクがあるからこそ、その熱意は以前よりも熱く激しく燃えているくらいだ。一刀にはそれが嬉しかった。
「みんなの四年ぶりの舞台なんだから、緊張するのは当たり前だろ?」
「緊張~? 一刀が~? うっそだ~」
「うわっ、似合わなー。こんな時に冗談とかやめてよねー」
「一刀さん、私は人にはそれぞれ領分というものがあると思う」
「エライ言われようだなぁ……」
落ち込む一刀に、三姉妹は声を立てて笑った。
「ウソウソ♪ 愛する一刀にそんなヒドイ事思ってないよ~」
「演技にしては自然過ぎたけどな……」
「もー! いちいち細かい事気にしない! どんなに偉くなってもアンタはちぃ達の世話係なんだから、緊張をほぐす役くらいやりなさい!」
「あら、緊張してたのは一刀さんじゃなくちぃ姉さんなの? それはそれで意外な気もするけど」
眼鏡に手を当てて指摘する人和。
「うっ……だ、だってしょうがないじゃない! 四年ぶりの舞台で、しかもお客さんは今までのどの舞台よりも入ってるし……」
地和の言う通り、今舞台で彼女達を待っているのは空前絶後の大観衆だ。あまりに観衆が多すぎて、急遽真桜が螺旋槍で客席を広げたくらいなのだ。
「それに今回は、ちぃ達だけの舞台じゃないし……」
「確かに……ちょっと緊張だよね~」
「うん……」
いつも天真爛漫な天和も、クールな人和も、地和の言葉に表情が固くなる。
「ほらほら、そんなに固くなってるといい歌が歌えないぞ? それに地和の言う通り、今日はみんなだけの舞台じゃないんだからな。みんながあの子達をリードしてやらないと」
そう言って、一刀は部屋を見回した。
「で、今回のサプライズゲストはどうしたんだ?」
「あの子達なら───」
天和が口を開いたその時、バタバタと廊下を走る音。次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれ、三人の少女が飛び込んできた。
「ママ! お客さん、すっごい沢山だったの~!」
「あ、パパ! ちー達が心配で見に来てくれたの!?」
「私達の初舞台……ここでお客さんをしっかり掴まないと……」
「一天(いーてん)、一地(いーちぃ)、一人(いーれん)、今日は頑張るんだぞ!」
父親に笑顔で頭を撫でられ、ニコニコと微笑む三人。一刀と天和たちの間に生まれた娘達だ。桃色の髪を二つに束ねている一天、青い髪をちょこんと頭の上で結んでいる一地、薄紫の髪をショートカットにしてリボンをつけている一人。母親の歳は違うが、彼女達は同い年だ。
ちなみに彼女達が父母をパパ、ママと呼ぶのは、人和が一刀に天の世界における父母の呼び方を色々聞き出した上で決めたからだ。
人和曰く、
『この子達がアイドルとして大成するには、人と違う目立った事をしないといけないから』
という事らしい。父母の呼び方は、その第一歩という訳だ。
稟が教育ママになったように、人和はかなりのステージママになっているようだ。
天和は天和で「一天ちゃんと一緒に歌いた~い♪」らしいし、地和に言わせれば「ちぃ達の娘が脚光を浴びないなんて有り得ない!」という事なので、一天達が生まれながらにアイドルの道を歩んでいるのは当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
今日は、その記念すべき初舞台なのだ。
「三人とも、歌も踊りもちゃんと覚えたか?」
「もちろん! ママとたくさん練習したんだよー。一地ちゃんと一人ちゃんにもちゃんと教えてあげたんだから」
えっへんと胸を張る一天に、一地が反論する。
「一天おねーちゃんったらウソばっかり! 一番覚えが悪かったの、おねーちゃんじゃない! おかげで一地と一人、とっても苦労したんだよー?」
「あははは。そりゃ大変だったな。一人も大変だったろ」
「大丈夫。失敗したら失敗したで、それは違った萌え要素になるから」
さすが人和の娘。一人は既にファン心理というものを分かっているようだ。
「まぁ、見ててよ! 数え役萬☆娘々(にゃんにゃんず)の華麗なる初舞台を!」
「わーい。一地ちゃん、頼もしい~」
「パパ、期待しててね?」
多少の緊張はあるものの、一天達は頼もしいくらいの自信だ。
心配しているのは、本人達よりむしろ母親の方。
「あーん。でも、緊張するな~。お客さん、喜んでくれるかな~? 急に一天ちゃん達が出てきたらビックリしないかな?」
「それはちぃも思った。人和、やっぱり最初からお客さんには言っておいた方が良かったんじゃない?」
口々に言い、天和と地和は心配顔。一刀も「確かに……」と頷いた。
この復活舞台で一天達がデビューする事を知っているのはごく少数。観衆はその事実を知らない。今回のステージ構成を一手に仕切る人和は、敏腕マネージャーの顔で力強く頷いた。
「大丈夫。この子達は観衆に受け入れられるわ」
「その根拠は?」
「まず第一は、この復活舞台にこれだけの人が来ているという事よ」
「どうして、それが根拠になるの~?」
「私達が四年間休んでいたのは、出産と育児の為って事は皆が知っている事。ファンの皆が全員、私達を歌手としてでなく恋愛の対象と思っているような人達なら、今日のこの舞台には来ていないはずよ」
「そっか。ちぃ達ってもう、ひ・と・づ・ま♪ だもんねー」
「や~ん♪ あやしい響き~♪」
意味ありげな目付きで一刀を見つめる地和。頬に手を当てて赤面している天和。人和は一つ咳払いをして話を続ける。
「そして第二の理由は、やっぱりファンはどこかで私達が特定の人間と結ばれたって事を寂しく思っているという事ね。その心理状態の時に、まだ誰も手をつけていない純真無垢なこの子達が突然現れたとしたら───」
「天和達が自分達の手の届かない所に行ったっていう心の隙間に、娘である一天達が思い切り入り込んでくるって訳か」
一刀が手を叩くと、人和はこくんと頷いた。
「効果は絶大……数え役萬☆娘々は初舞台にして一気にファンを獲得できるわ」
さすが敏腕マネージャー。その先を読む手腕には一刀も舌を巻かざるを得ない。
と、人和は敏腕マネージャーの顔から母親の顔になって微笑んだ。
「まぁ、あえて言えばそういう事だけど、結局はあなた達が一生懸命頑張れば、お客さんはあなた達を受け入れてくれるという事よ。だから、失敗を恐れないで自分の出来る事を全部やり切るの。いいわね?」
「はーい♪」
「もっちろん!」
「大丈夫。頑張る」
「あ~ん! 人和ちゃんだけズルイ! わたしも一天ちゃん達にいい事言ってあげようと思ってたのに~!」
「ちょっと人和! 一刀の前だからって『出来る女』と『いい母親』の両面を見せつけるなんて反則!」
姉達からの非難の声に、人和は余裕の笑みで応戦する。
「あら。夫からより愛されたいと思うのは自然な事でしょ? 常に夫に愛されるよう振舞うのも妻の大事な務めよ」
「くっ! 我が妹ながら恐ろしい子……でも、ちぃだって負けな───って、姉さん!?」
妹に対抗しようと一刀を見た地和が大声を上げる。
「姉さん! 何やってんのよ!?」
「え~? 人和ちゃんが人和ちゃんにしか出来ない技を使うなら、わたしもわたししか出来ないところで一刀をめろめろにしようかなーって」
言いながら、彼女は一刀に抱きついてぐいぐいと豊かな胸を押し付けている。
「一刀は大きな胸の子が好きなんだもんね~?」
「い、いや、何と言いましょうか……」
胸に押し付けられる柔らかい感触に一刀は撃沈寸前。胸の大きい小さいで好き嫌いを決める一刀ではないが、だからと言ってこの直接的な感触を拒める程の気概は無い。てか、男なら仕方ないじゃないか。
「ぐぐぐぐぐっ!! か、一刀の裏切り者!! 巨乳なんて、大きいだけで感度は全然なのにっ!!」
「え~? そんな事ないよ~? こうやって押し付けると───あんっ♪ とっても気持ちいいもん♪」
「ちょっ、て、天和さん? そういう甘い声を出されると大変困った事が起きたり起きなかったりで……」
「え~、困った事でどんな事~?」
「さらに押し付けるとか反則!! ヤバい!! 色々とヤバいですって!!」
「ね、姉さん!! いい加減、一刀から離れなさいよ!!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ三人に、人和は呆れ顔。
「姉さん達……娘の前で何をしてるわけ……?」
「あ……」
我に返った一刀がぎぎぃっと首を巡らせると、
「わくわく♪」
「これってあれだよね? えーっと───『ちじょうのもつれ』?」
「パパの事は好きだけど……これさえ無ければ……」
三者三様の感想を述べつつ、こちらをガン見している娘達。
「こ、子供は見ちゃいけませんっ!!」
一刀の大声に「キャー♪」っと笑顔で逃げ出す三人だったが、部屋を出る寸前に一天が振り返った。
「じゃあ、一天達の舞台を楽しみにね! ママ達にも内緒の『さぷらいず』があるんだから!!」
「サプライズって───おい、一天!」
呼び止める間もなく、一天達は部屋を出て行ってしまった。
「サプライズって……何だ?」
「さぁ……私にも分からないけど……ただ言えるのは───」
「言えるのは?」
人和はそこで言葉を切り、姉達の方を見た。
「だーかーら! 胸なんてただの飾りよ!! 一部の馬鹿男にはそれが分からないだけなの!!」
「そんな事ないもん! 大きい胸なら色んな事で一刀を喜ばせられるもん!!」
舞台の事とは次元が違う事で激論を繰り広げている姉達に人和は大きくため息をついた。
「幸か不幸か、舞台への緊張は一気に消し飛んだようね……」
「一刀、遅いわよ」
控え室を後にして客席の上部にある貴賓席に戻ると、魏の武将とその娘達は既に到着していた後だった。その中央に控える華琳は、遅れてやって来た一刀に眉をひそめる。
「幾ら気心の知れた者の舞台とは言え、主賓として招かれたのならそれ相応の礼儀を示しなさい。幕が開ける寸前にのこのこやって来るなんて、このわたしに恥をかかせるつもり?」
「悪い。控え室に行っててさ。久し振りの舞台だからって、三人が緊張しないように話してたら遅くなった」
「そう? なら仕方ないけど……ほら、早く座りなさい」
華琳は自分の隣の席を指差す。そこに座ろうとすると、華琳は「ちょっと待って」と一刀を制した。
「一刀、曹丕はどうしたの?」
「曹丕? いや、朝に会ってから見てないけど……華琳と一緒じゃなかったのか?」
「あの子、夕方くらいに『父様と待ち合わせてる』って出ていったのよ? 会ってないの?」
「こっちには来てない───けど……」
言いながら、言い知れない不安が押し寄せてくる。曹丕はこの国の跡継ぎだ。平和な時代になったとは言え、そういう立場の人間にはいつだって危険は付きまとう。
「誰か!? 曹丕を見かけた者はいない!?」
華琳の鋭い声に、その場にいた全員が不安そうな顔で首を横に振る。
「……?」
いや、ただ一人の例外がいた。一刀はそれに気付き、その少女の前にしゃがみ込む。
「惲(うん)、何か知ってるかい?」
曹丕の世話役として小さい頃から一緒にいた惲は、父親の問いににっこり微笑んだ。
「はい。知っているのでしゅ」
「う、惲!? あなた、一体何を───」
「桂花、お黙りなさい」
娘に詰め寄ろうとする桂花を制し、華琳は一刀と同じく惲と同じ目線になるように腰を下ろす。
「惲、あなたは曹丕がどこにいるのか知っているのね?」
「はいでしゅ」
「わたしに教えてくれない?」
「秘密でしゅ」
「惲! 華琳様に無礼は───」
「はいはい。桂花は黙ってないとまた華琳に怒られるぞっと」
一刀にひょいと抱え上げられ、桂花は弱冠赤くなりつつも反論しようとするが、
「…………」
華琳の冷ややかな視線に押し黙る。
「曹丕しゃまの御意向で、今はお話できましぇん。でも、危険な事は何もないのでしゅ」
「…………」
華琳はじっと惲を見つめる。
思わず息を飲む一同。
「ふぅ……」
やがて華琳は小さく息をつくとにっこり微笑んだ。
「分かったわ。惲を信じましょう」
その一言に、ほっと胸を撫で下ろす一同。
「曹丕と一番仲の良いあなたの言葉、信じるわ。ただし、こういう事は今回限りにして頂戴。いいわね」
「分かりまちた。曹丕しゃまにはキチンとお伝えするのでしゅ」
優雅に一礼する惲。
「ああ、まったくあの子ったら……」
深々とため息をつく桂花。一刀は感慨深げに頷く。
「まぁ、ちょっとドキっとしたけどな。そこは、さすが俺と桂花の娘。華琳を前にしても取り乱さず自分を貫くところなんて、桂花が仕官してきた時を思い出すなぁ」
「な、何よ、気持ち悪い……と言うか、いつまで人を抱えてるのよ、この変態性欲男! さっさと放しなさい!」
「二人とも、いつまでじゃれ合ってるの!? そろそろ始まるわよ!」
「おっとっと。もうそんな時間か」
「ああ、もう! アンタのせいで華琳様に怒られちゃったじゃない! 覚えてなさいよ!? まったく、いつも人を巻き込むんだから……」
ぶつぶつ言いながら惲の手を引いて席に戻っていく桂花。
一刀も自分の席に腰を下ろす。
「……随分と仲が良いじゃない」
華琳はジト目で一刀を睨みつける。
「え、えーと……仲良き事は美しきかなという事で……まぁ、皆とは常に仲良くありたいと思っている次第です……」
「ふーん……だから昨日、霞とたっぷり励んだという訳ね? さ・ぞ・やっ、仲良くなったのでしょうね」
「ぐっ……な、何故それを……」
「二人して朝議に眠そうな顔で出ていれば、どんな鈍い人間でも気付くに決まっているでしょう?」
「うう……面目ない……」
と、華琳は一刀の耳元にそっと口を寄せた。
「ところで───今日、一刀と一緒に寝るのはわたしの番なのだけれど……」
「……………………いつも以上に頑張ります。頑張らせていただきます」
「そう? せいぜい『仲良く』なれるよう頑張ってね」
一刀から言質を取った華琳はにこやかに微笑む。
と、大きな銅鑼の音が響き渡った。同時に空に向かって何本もの光が打ち上げられる。爆音と共に夜空を彩る無数の花。
「お、そろそろだな」
「あの子達の歌を聞くのも久し振りね」
舞台を照らす色とりどりの光。楽隊の演奏。
その中に飛び出してきたのは三人の超絶アイドル達。
その瞬間、大地すら揺るがすような大絶叫が響き渡る。
「ほあああああああああああああああああああっ!!!!」
「みんなー! 久し振りー!!」
「てんほーちゃーーーーんっ!!!!」
「みんなの妹!!」
「ちーほーちゃーーーーんっ!!!!」
「とっても可愛い!!」
「れんほーちゃーーーーんっ!!!!」
「数え役萬☆姉妹の超爆裂復活舞台、始まっちゃうよー!!」
「またみんなに会えてちぃ達、とっても嬉しいよ!!」
「一生懸命歌うから、最後まで楽しんでいってね!!」
「ほあああああああああああああああああああっ!!!!」
「あ、相変わらず凄いわね……」
周囲の熱狂に、華琳は弱冠押され気味。
その後ろでは季衣と流琉が観衆に負けず劣らず声を張り上げている。
子供たちもほとんどがこの熱狂振りに感化されてハイテンションだ。衡と鎮は少し恥ずかしいのか弱冠控えめ、奕はさすがに本こそ読んでないものの、声を上げるよりは熱狂する人々に興味津々といった様子だ。
四年のブランクを感じさせない歌と踊りに人々は熱狂し、その熱がステージ上の三人に伝わって更にパフォーマンスが冴え渡る。
「やっぱ、あの三人はすごいな……」
一刀のつぶやきに華琳は頷いた。
「ええ……戦でもないのにここまで人を熱狂させられるというのは、大陸広しと言えども彼女達くらいのものでしょうね。少し悔しいくらいだわ」
「華琳が舞台に立って歌えば、同じくらい盛り上がりそうだけどな」
「あら、随分買い被ってくれるじゃない。わたしにベタ惚れなのは分かるけど、少しひいきが過ぎるんじゃないの?」
「うーん……結構本気でそう思ってるんだけどなー」
この煌びやかな舞台に立って歌を歌っている華琳……割と───と言うか、かなり絵になりそうな感じではあるんだが。
舞台上では三人が客席に呼びかけている。
「みんなー! 盛り上がってるー!!?」
「ほあああああああああああああああああああっ!!!!」
「ここで何とー!! ちぃ達からみんなに贈り物だよ!!」
「お、そろそろだな」
「何がそろそろなの?」
「見てれば分かるって」
にっこりと微笑む一刀。この後は、一天達が出てくる予定───のはずだった。
「それじゃあ、とっても可愛い贈り物! みんなー、出ておいでー!!」
「へ?」
それを目にした途端、一刀はぽかんと言葉を失った。
「なっ……」
それを気付いた途端、華琳は我が目を疑った。
舞台の天和達も、貴賓席の諸将と娘達もただただ唖然。事の次第を知っている惲だけが、笑顔で舞台上の少女に手を振っている。
舞台袖から飛び出し、見事な歌と踊りを見せている少女は一天、一地、一人、そして───
「あ……あの子、一体何をやっているの……」
突然の頭痛に、華琳はこめかみを抑える。
一天達と色違いの衣装で歌っているのは誰あろう、彼女の娘にして曹魏の次期国王である曹丕だった。
「一刀……見てれば分かるっていうのはコレの事……?」
「い、いや、俺は一天達が出てくるのは知ってたけど……な、何で曹丕が……?」
「こっちが聞きたいわよ! まったく、あの子ったら……」
舞台上、見事な連携で歌い踊る曹丕達。この連携は、一天達の舞台に飛び入りで曹丕が参加したというものではない。恐らく、結構な期間四人でこっそりと練習していたはずだ。
───そりゃお目付け役の惲が知らない訳ないか……
ちらっと惲の様子を伺うと、彼女もこちらを見て満面の笑み。方向性は違うものの、その笑顔は策が成就した時に母親が浮かべるのと同じ、してやったりの表情だ。
「まったく……これが一天の言ってたサプライズか。どうせ曹丕が言い出した事なんだろうけど。アイツのイタズラ好きにも困ったもんだよな」
「困ったとかそういう段階の話じゃないわね……」
苦笑いの一刀に、苦虫を噛み潰した顔の華琳。
二人の視線の先で、曹丕は輝くような笑みで歌っている。
「ち、ちーちゃん、れんほーちゃん、これってどういう事~?」
「ちぃに聞かないでよ! 何で曹丕様が一地達と組んでるわけ!? しかも、歌も踊りもすっごい合ってるし!!」
パニック状態の二人を余所に、人和の頭脳はこの状況を冷静に分析していた。
───いきなりの事で驚いたけど、これは好機到来という奴かも。今の数え役萬☆娘々ではそれぞれの立ち位置が、どうしても数え役萬☆姉妹と被ってしまうわ。そこに一人、まったく違う性質の曹丕様が加入すれば、数え役萬☆娘々だけでなく私達にも良い波及効果が臨めるというもの……
「ちょっと人和! 黙ってないで、あんたも何か言いなさい───」
「姉さん達。この流れに乗るわよ」
「流れって~?」
「このまま数え役萬☆娘々に曹丕様を加入させるわ」
「ええええええっ!? それはヤバくない!?」
「ほら、観衆を見て」
観衆は突然現れた四人に一瞬戸惑っていたものの、その見事な歌と踊り、それに何より少女達の愛らしさにボルテージはうなぎ上がりだ。恐らく、目聡いファンなら一天達が天和達の娘である事には気付いているはず。
しかし、曹丕の事を知っている者はいないはずだ。いや、例え彼女を知っていたとしても、まさか曹魏の後継者がこんなところで歌っているなどとは思わないだろう。せいぜい、よく似た子がいると思うくらいだ。
この観衆の熱狂は、そんな謎の存在である曹丕の存在というのも重要な要素となっている。これを逃すような人和ではないのだ。
ちょうど、四人の歌が終った。
すかさず人和が観衆の前に進み出る。
「みんなー! この子達、数え役萬☆娘々はどうだったー!?」
「ほあああああああああああああああああああっ!!!!」
その絶叫と、観衆達が浮かべる笑顔が何よりの返事だ。
人和は得たりとばかりに大きく頷く。
「気付いてる人もいるかな? この子達は、私達の可愛い娘達なの。この子が天和姉さんの娘の一天ちゃん、この子はちぃ姉さんの娘の一地ちゃん、この子がわたしの娘の一人ちゃん。そして───」
最後に人和は曹丕を紹介した。
「この子は私達が見つけた次世代の『あいどる』───その名も、子桓ちゃんでーす!!」
「ほあああああああああああああああああああっ!!!!」
本日一番の絶叫が響き渡った。
「ねぇねぇ、どうして曹丕ちゃんは字(あざな)で紹介したの?」
「バカねー。『曹丕』なんて紹介したら、華琳の娘だって事がバレちゃうかもしれないでしょ?」
「あー、そっか~。それはさすがにマズイよね~」
「にしても、さすが人和……一瞬で、曹丕様込みで数え役萬☆娘々をみんなに売り込んじゃったわ」
地和は感心したように頷き、
「でも、ちぃ抜きで盛り上がるのは許せない! ちぃも混ぜなさい!!」
「あ~ん。ちーちゃん、待って~」
「みんなー! わたし、子桓! これからもよろしくねっ!!」
「まったく……」
「まぁまぁ、そう怒るなよ」
観衆の声を気持ちよさげに浴びて手を振り返している曹丕。
華琳はもう呆れてものも言えないといった表情だ。
「ほら、皆あんなに盛り上がってるしさ」
「それはそうかもしれないけど……」
まだ不満げな華琳に、一刀はにこりと微笑んだ。
「驚いたけどさ、ああやって一天達も曹丕も、大勢の人達に受け入れられたっていうのは、親としては嬉しいもんだよな」
「それは……まぁ……」
「それに俺達を驚かせる為にここまで大掛かりなイタズラをやって、しかも一番最高のかたちで大成功させちゃうってのは、曹丕に次期覇王の素質たっぷりって事なんじゃないのか?」
「あら、この魏王の椅子はそうたやすいものじゃなくてよ? あの子なんて、まだまだよ」
厳しいことを言いつつも、華琳の顔が徐々にほころんでくる。
「まぁ、今回の事は大目に見てあげましょう。王には人を惹き付ける才能も必要なのだから、その才能があの子にあると分かっただけでも収穫だわ」
舞台では曹丕達が次の歌を歌い始めた。今度は天和達も加わり、数え役萬☆姉妹と数え役萬☆娘々の夢のコラボレーションといったところだ。
その歌に聞き入っていると、ふと華琳が一刀に尋ねてきた。
「一刀、一つ聞きたいのだけど」
「何だ?」
「朝に曹丕と話していた『警備隊長である事は絶対に譲れない』という話───あれはどうしてなの?」
「げっ、聞いてたのか……」
バツの悪そうな顔をする一刀を、華琳は真っ直ぐに見つめている。どうやら言い逃れは出来ないようだ。
「その、何て言うか……ほら、華琳が俺を認めるきっかけってさ、俺が街の警備について案を出してからだろ?」
「ええ。随分懐かしい話だけど、確かにそうね」
「それが華琳に認められて警備隊長に抜擢されて……だからかな。俺が警備隊長にこだわるのは。初めて華琳に認められた大切な仕事───って言うか、思い出って言った方がいいかな? だから、俺はそれを大切にしたいんだ」
「一刀……」
華琳は一刀の手を取り、そっとその身にもたれかかった。
「随分と嬉しい事を言ってくれるけど───だったら、大変よ? あなたにはわたし以外にも妻がいるのだから、その子達との思い出も大事にしないといけないのよ?」
「分かってる。俺は皆との思い出を守っていくよ。これからも、ずっと」
一刀は大きく頷いた。
「だって、俺は一生、この世界で暮らしていくんだからな」
その言葉は、華琳が一番聞きたい言葉だった。
今まで何度も聞いたが、それでも一番聞きたい言葉だった。
華琳が微笑む。
「じゃあ……これからもずっと、わたし達を死が別つまで───いえ、例え生を終えたとしても、更に生まれ変わったその先で───よろしくね、一刀」
「ああ。よろしく、華琳」
その時、再び花火が夜空に咲いた。
見上げる一刀と華琳。
いま結ばれた手が、再び離れる事はもう無い。
彼等はこれからも共に歩んでいく。
今までの歩んできた道を忘れず。
これから歩む道に思いを馳せ。
今まで共にいた者達、新しく生まれる者達と手に手を取り合って。
その先の曹魏を歩んでいく。
~あとがきっぽいもの~
どもですー。とととです。
皆様、楽しんでいただけましたでしょうか?
とととお気に入りの凪・鎮親子が書けて、史実にいない一天、一地、一人達も出てきて、個人的には書き切ったーと思っております。
疲れた疲れた。
というわけで、今回の作品なのですが、これをもって一度投稿を控える事に致します。
というのも、とととは違う名前で、ゲームを作るサークルに在籍しておるのですが、そちらのシナリオ書きを頑張らないといけないのです。
そもそもTINAMIさんにSSを投稿させていただくきっかけというのも、諸事情でまとまった時間が取れずゲームのシナリオが書けない状況だったので、文章力アップの修行のために短いSSを書いてみようというのが目的でした。
そして、ちょうど大好きな恋姫の祭りが開催されているという事でTINAMIさんに投稿させていただいた次第なのです。
修行になったかは分かりませんが、頑張ったとは思っております。
と書いておいて、何かネタが浮かんだらちょこちょことアップするかもしれませんが、それはそれということでw
ちなみに、こちらのサークルでお仕事しております。よろしければ、お越し下さいませませ。
http://megere_.web.fc2.com/megerehp/
というわけで、皆様ありがとうございました。
凪好き、風好きだったのに、最近桂花に心奪われているとととでしたw
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とととです。
何だか思いのほか長くなってしまいまして……ようやく書き上げました。
今回もひいきキャラが多少目立っているかなと思いますw
史実に存在しないキャラが出ていますが、それはそれという事で楽しんでいただけましたら幸いでございます。
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