No.64436

魏ルート IFエンド2 その先の曹魏を歩む者達 その2

とととさん

どもです。とととです。
結局この話は三分割にする事にしました。今回はその二話目です。
風好きとしては、風が出てくるといい所を持っていかせたくなってしまいますねー。
もう言うまでもないかもですが、オリキャラが出てきますので、ご注意ください。

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2009-03-21 01:12:28 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:18527   閲覧ユーザー数:10897

 

「いてててて……」

 頭を擦りながら、一刀は宮廷内を歩いていた。

「桂花め、ムチャクチャやりやがって……」

 抱きついて離れようとしない一刀に堪忍袋の緒が切れた桂花は、季衣の為に持ってきた本の角で思い切り一刀に一撃くれたのである。

 ふくれっ面の季衣と流琉は一刀を助けようとせず、惲はため息、満はピクピクしてる父に涙目で駆け寄り、儀はそれを見て大爆笑という中々におもしろい状況だったのだ。

「まぁ、ちょっとでも桂花に認められたっていうなら、このくらい安いもんか……」

 そう思い直し一歩踏み出そうとした一刀の耳に剣戟の音が聞こえてきた。どうやら誰かが訓練中のようだ。

 興味をそそられて音が聞こえた方に行ってみると、そこでは二人の少女が相対していた。

 一人は黒髪を短めに切り、背に不釣合いな大剣を持った少女。

 もう一人は青い長髪を風になびかせ、二挺の弩を構える少女。

 二人の間は張り詰めた空気に満ちていて、声をかけるのもためらう程だ。

 が、いつの時代も空気の読めない人間というのはいるものだ。

「充! 日頃の練習の成果を母に見せてみろ!!」

「みろー!」

 大声を張り上げ声援を送るのは、魏が誇るミセスKY夏侯惇その人だ。その膝の上で訳も分からず両手を振り回してるおかっぱ頭の少女は、春蘭と一刀との間に生まれた二人目の娘、楙(ぼう)だった。

「姉者……二人が集中しているのに大声を張り上げるな」

 呆れたように秋蘭がため息をつくが、声援をかけられた側はまったく気にならないようだ。

「母! 言われるまでもありません! 我が武勇をとくとご覧あれ!」

 大剣を振り回して笑顔で答える充だったが、次の瞬間はっと顔を強張らせて飛びずさる。

頬に感じる風。一瞬前まで彼女の顔があった場所を矢が飛んでいった。

「こら、衡! 卑怯ではないか!」

「戦いの最中に気を抜いたのは姉者だろう? それを卑怯と言われても困る」

 母親そっくりの口調でクールに言ってのける衡。弩には既に次の矢が装填されていた。目を見張る早業だ。

「やってるなー」

 一刀は出来るだけ二人の邪魔にならないように春蘭、秋蘭の元に行く。

「おお、北郷か」

「どうした、仕事ではなかったのか?」

「今日は非番だよ、それでブラブラとね」

 言いながら春蘭の膝から楙を抱き上げる。

「楙は元気にしてたか?」

「あははは。ぼうはげんきだよ! ちちはー?」

「俺も元気だよ。母上には負けるけどね」

「何だ、その言い草は。それではまるで、わたしが無駄に元気過ぎるようではないか!」

「まったくその通りだと思うがな」

「しゅ、秋蘭~!?」

 一刀の隣に座った秋蘭は、大きくなったお腹をさすりながらくすっと笑う。

「秋蘭、体の調子はどうだ?」

「問題無い。あと一月もすれば無事生まれてくれるそうだ」

 愛しげにお腹をさする秋蘭。その横顔に、思わず一刀は見とれてしまう。

「ん? どうした北郷。何かあったか?」

「い、いや、別に」

 慌てて視線を逸らすと、そこには何やら「う~~~~」っとこっちを睨んで唸ってる春蘭の姿。

「ど、どうしたんだ?」

「知らん!!」

 そっぽを向く春蘭に、一刀は困惑気味。そんな二人に秋蘭は苦笑い。

「まったく、いつまでたっても変わらんな」

「春蘭は分かるけど……俺もか?」

「こら北郷! わたしなら分かるとはどういう事だ!?」

「いや、そのまんまの意味だけど」

「なに~~~~~!?」

 

 

「しっ! そろそろ勝負がつきそうだぞ」

 秋蘭の言葉に視線を戻せば、充と衡との戦いは既に終盤に差し掛かっているようだった。

 肩で息をする両者。お互いに疲労の色が濃い。

「長引けば重量のある武器を使っている充は分が悪いか……」

「そうとも言えないぞ、姉者。衡の戦い方はとにかく動き回って相手を霍乱し、隙を見て矢を連射する戦法。体力の消費は激しいし───」

「そもそも充ほどの相手を仕留めるには、まだ矢の精度が足りないな」

 秋蘭の言葉を引き継ぐ一刀。秋蘭は頷く。

 同じ弓手であっても、母親が誇る一発必中の技術をまだ持たない衡はそれを手数で補っている。彼女が持っている弩は、どちらかと言うと一刀が元いた世界で言うボウガンに近い。一刀の曖昧な知識を元に真桜が作り上げた逸品だ。

「…………」

 衡はふぅっと息を吐くと、持っていた弩の片方を投げ捨てた。

「どうした、衡。まさか負けを認めた訳じゃないだろう?」

「そんな訳はないさ。ただ、矢が残り一本になった以上、二挺あっても意味は無いからな」

 ぎりっと弦を引き絞り、狙いを慎重に定める。

「これをかわせば姉者の勝ち。当たればわたしの勝ちだ」

「面白い。魏武の大剣を母に持ち、天の御遣いを父に持つこの夏侯充を矢一本で仕留められるか?」

「わたしだって弓の女神と天の御遣いの血を引いてるという事を忘れてもらっては困るな」

「ならば───来いっ!!」

 充が叫ぶと同時に矢が放たれた。

「甘いっ!」

 真正面から飛んで来た矢を大剣で払い除ける充。しかし───

「っ!?」

 払い除けた矢の陰から、無い筈のもう一本の矢が唸りを上げて飛んでくる!!

「くっ!?」

 次の瞬間、弾かれたように吹き飛ばされて地面に転がる充。

「充っ!?」

 思わず一刀は腰を浮かすが、

「心配には及びません、父者」

 矢を放った衡は、至極落ち着いた顔で肩をすくめた。

「わたしの負けです」

「へ……?」

「ふっふっふ」

 不敵な笑い声に目を向ければ、倒れたままの充がすっと右手を上げる。前に一刀が教えた勝利のVサインをこちらに見せていた。

「策を使ったわたしが言うのもなんだが……姉者はムチャクチャだな」

 呆れたように言う衡に、充は倒れたままで笑った。

「だから言ったろう! 魏で最強の将軍を母に持つ、魏で最強の娘であるわたしだぞ?」

 むくっと起き上がると、充はぺっと何かを吐き出した。それは砕けた矢の残骸だった。

 にやりと笑い、充はぐいっと口に指を入れて両側に広げる。輝く白い歯を覗かせて、

 

「歯並びだって最強だ!!」

 

 豪快に笑う充に一刀は驚くやら呆れるやら。飛んで来た矢を、しかも完全に不意を突いてきた矢を、かわせないとはいえ口で受け止めるとは……

「はっはっは。さすがわたしと北郷の娘だっ! やる事が違うっ!!」

「ちがうー!」

 娘の奮闘振りに大満足の春蘭。楙も母を真似して、腰に手を当て大笑い。

「矢が残り一本と言っておいての不意を突く戦法。着眼と一瞬で弩に矢を番(つが)える技術は悪くないが、策を弄するなら二重三重に網を張る事だ。そうすればこの戦法はもっと有効になる」

「まさか、ああいう返し方があるとは……姉者の歯を甘く見ました。この前も父者から点心を食べた後は歯を磨くようにと怒られていたのに……」

 悔しそうに言う衡の頭を撫でてやる秋蘭。負けはしたものの、娘の成長振りを喜んでいるようだ。

「にしても、心臓に悪いな……」

 ふぅっとため息をついて一刀。

「多少は仕方ないとしても、怪我には充分に気をつけてくれよ? お前等にもしもの事があったらと思うだけで……」

「大丈夫です! 父にご心配はかけませぬ!」

「父者は心配性です。愛してくださっているのは分かってますから、もう少し気持ちを大きく持って下さい」

「って言ってもなぁ……さっきのアレは心臓が止まるかと思ったぞ?」

 二人の頭を撫でながらガックリうなだれる一刀に、妻達と娘達は声を立てて笑った。

 

 

「にしても、ようやく姉者は素直に北郷を認めるようになったか」

「む? 一体、何の事だ?」

「さっき言っていたではないか。『わたしと北郷の娘』だからこそ、やる事が違うのだろう?」

「むむ?………………………………はっ!? い、いや、違う! それは違うぞ秋蘭! あれはただ単純な事実を言ったまでであって、決して北郷を認めているとか何だとかそういう訳では───」

「ええっ!? 母は父の事をお認めではなかったのですか!? じゅ、充は悲しいです!」

「は、母者は父者の事はお認めですよね?」

「無論、わたしは北郷の事を人間としても夫としても認めているが……そうか、姉者は北郷の事を認めてはいなかったか……」

「は、母~~~!?」

「ええい、泣くな充! こら、秋蘭! 充が衡に勝ったからと言って、微妙な嫌がらせをするな!」

 ぎゃあぎゃあ騒いでいる二人の妻と二人の娘に、一刀は微笑ましいやら頭が痛いやらで苦笑い。

 そんな一刀の頭を撫でて、「いたいのいたいのとんでけー」とおまじないする楙。

 夏侯親子のじゃれ合いは、どうやらもう少し続きそうだ。

 

 

 太陽が真上に来ている。そろそろ昼だ。

 腹の方は流琉と満が作った点心のお陰で空いていない。

「少し早いけど、街に行ってみようかな……」

 城門に向かおうとすると、近くの木陰に座って本を読んでいる二人を見つけた。

「おーい、稟、奕(えき)」

 名前を呼ばれて稟は顔を上げた。クールな表情が和らいだ微笑に変わる。

「これは一刀殿。こんな所でサボりですか?」

「今日は非番なだけだよ。奕、お勉強中か?」

「はい」

 頭を撫でられても、奕は軽く答えただけで視線を本から動かさない。

 奕は肩まである黒髪をうなじの辺りでまとめている。まだ小さいが、並の文官では太刀打ちも出来ない程の神童だ。今は眼鏡はかけていないが、いつも本ばかり読んでいる子なので、そこが少々心配な一刀だった。

「まったく、あなたは……」

 稟はそんな態度の娘に、眼鏡に手をやって叱責する。奕が生まれる前から何となく想像していたのだが、稟はなかなかの教育ママなのだ。

「奕! ちゃんとご挨拶なさい! お父上に無礼でしょう?」

 母の言葉に、しかし奕は気にした風もなくあっさり答える。

「大丈夫です」

「大丈夫?」

「はい。お父上は奕の事が大好きなので、この程度でお気分を害する事はありません」

「ははは。その通り」

「あなたという子は、よくもいけしゃあしゃあとそんな事を……」

 自分が父から愛されている事を少しも疑っていない奕の口ぶりに、一刀は笑い、稟はこめかみを押さえて顔をしかめる。

「奕はたくさんお勉強して稟みたいな軍師様になるんだもんなー」

「ええ」

「一刀殿! たまには奕に厳しく言って頂かないと困ります!」

「いや、そう言われても……奕だって他の人にはちゃんと挨拶するだろ? な?」

「時と場合に応じて」

「ほら」

「何が『ほら』なのですか……『挨拶したくない時はしない』と言っているようなものです!」

「で、でも、まだ子供なんだから、そこまで厳しく言わなくても……」

「子供だからこそ、今のうちにしっかりと教えないといけないのです! ……まったく! いつもわたしに怒らせてばかりなんですから! お陰ですっかり私は悪者です!」

 ぷいっとそっぽを向く稟。一刀はわたわたとうろたえながらどうにか宥めようとする。

「ほ、ほら、子供の長所を伸ばすのが親の務めじゃないか」

「子供の悪い所は悪いと言う事こそ親の務めでしょう。百の長所より一の短所が目についてしまうのが人というものなのです」

「それは大事かもしれないけど、本を読むのが楽しいなら、今は好きにさせた方が……本を読むのは悪い事じゃないだろ?」

「悪くはありませんが、脳髄を鍛える事と同時に、人としての徳を磨く事こそ大事だと言っているのです。智謀知略だけを振りかざす軍師に、誰がついてくるというのです!?」

「で、でも! 奕と俺は心が通じてるから───」

 苦し紛れの一刀の一言に、稟の眼鏡がキランと光る。

 

「ほう。私と奕は心が通じてはいませんか?」

 

「あー……」

 何を言おうと理論で稟に敵う訳も無い。

 何せ稟は魏の三軍師で最も『攻め』の軍略に通じている軍師なのだ。

 と、父母の言い争い───と言うよりは一方的に一刀がやり込められているだけなのだが、とにかくそんな二人の姿に奕は未だ本から視線を動かさないまま口を開く。

「お父上、お母上」

「な、何だ?」

「何です?」

「奕はお父上もお母上もお慕いしておりますので、そこはお忘れなく」

 あまり感情を込めている訳ではないが、それが奕の心からの言葉である事は確かだった。

「ただ奕はこの本から途中で目を逸らすのは、この本を書いた偉大な先人に失礼と思うのです。お父上、お母上への無礼は後から幾等でも謝れますが、この本を書いた方はもうこの世にはおられませんので」

「奕……」

 訥々と語る奕。

 父と母は顔を見合わせて苦笑い。

「まったく奕には敵わないな。さすが稟の子供だよ」

「ええ……もう少し一刀殿のように柔らかくなってくれるとありがたいのですけどね」

 頷く稟の頬がかすかに赤くなる。一刀が奕を褒めたのが嬉しいらしい。厳しくはあっても、やっぱり稟は母親なのだ。

「稟……」

「一刀殿……」

 さっきまでの険悪ムードはどこへやら。何だかいいムードになっている二人に、奕は相変わらずのクールな口調。

「そうそう。夫婦というのは常に仲睦まじくあって下さい」

 本を読みながら、そこで一つ大きく頷く。

 

「夫婦とは朝に言葉を、昼に感情を、そして夜には体を重ねあうものらしいですから」

 

 ピキッ───と、その場の空気が凍りつく。次の瞬間、一刀は絶叫した。

「え、奕ーーーーーー!!? どどどどどどどこでそんな事を───はっ!? し、しまった! り、稟ーーーーーー!!!」

「よよよ夜にはかかか体を───体を───ぷはぁっ!!!」

 お約束と言うか何と言うか、奕の言葉に過剰反応した稟が空に赤い虹を描く。

「ちょおおおおおっ!? り、稟! しっかりしろ! ほら、首筋をトントーンって! トントーンってぇぇぇぇ!!」

 取り乱しつつも慣れた手付きで処置を行う一刀。出会った頃から稟の鼻血癖は一向に直る気配が無い。と言うか、むしろ悪化してるくらいだ。

「え、奕! お前、一体どこでそんな事を覚えた!? お父さんは許しませんよっ!!」

 何だか泣きそうな一刀に、奕は本を読んだまま不思議そうな顔。

「何を怒っておられるのです? それに、どうしてお母上は鼻血を?」

「そ、それは、その……夜に体が───とか、そういう事を言うから……」

「? 夫婦ならば、一緒に寝るのは当たり前でしょう? 奕が生まれてからは、奕も一緒に三人で寝てはいますが」

「………………………………へ?」

 どうやら、奕は言葉そのものの意味は理解していないようだ。夜に体を───というのは、同じ布団で仲良く寝る事だと思っているようである。

「お父上?」

「……………………はっ! い、いや───そ、そうだな! 俺達仲良し親子は川の字になって寝てるもんな!」

「ええ。まぁ、お父上には他にも妻子がいらっしゃいますから、毎日とは行きませんけど」

 ちょっと皮肉っぽく奕。

 娘が少し子供っぽいところを見せた事に、一刀はちょっと感動したりもしたが、ただこれだけは確かめておかなければいけないだろう。

「ところで奕……さっきの夫婦についての格言は一体どこで覚えたのかなー?」

「あれですか? あれは教えていただいたのです」

「だ、誰に?」

 奕は小首を傾げて答えた。

 

「風様です」

 

「風ーーーーーーーーー!!?」

 がばっと体を起こした稟は、鼻血をぐいっと拭って立ち上がる。

「あの子ときたら~~~~~~!!」

「ちょっ! そんな興奮したら、また出る! 出ちゃうから!」

「これが興奮せずにいられますか! 愛しい我が子に何を教えて───ちょっと風!!」

 稟は怒り心頭で今まで彼女達がもたれていた大樹の反対側に声を投げつけた───

 

 

「あらら」

 大樹の反対側に行ってみると、そこにはすやすやと眠っている三人がいた。

 真ん中は風、そしてその両側に彼女に良く似たふわふわの金髪の子供達。一刀と風との間に生まれた双子の少女、武(ぶ)と延(えん)だ。

 三人並んで眠っている姿は猫そのもの。一刀は思わず「はうわ~」と呉の某武将のようになってしまうが、怒り心頭の稟はそんな事お構いなしだ。

「ちょっと風! 起きなさいっ!!」

「ん~~~~……………………おおっ? 稟ちゃんに良く似た人がいます」

「本人よ!!」

「おおっ、これはこれは。ちょっと寝ボケていました」

「何が寝ボケていたよ、まったく……」

「お、おい、稟。そんな大声で……」

 稟をなだめつつ、とりあえず眠っている武と延を確保する一刀。

 と、抱き起こされた拍子に二人が目を覚ました。

「ああ、悪い。起こしちゃったか」

「…………あ。延、お父さんそっくりな人です」

「…………ホントだ。そっくりです」

「いや、お父さんそのものなんですが……」

 間違いなく二人は風の子供だなーと再確認しつつも、一刀はそっくりさん扱いにちょっと傷ついたり。

「お兄さんもいらっしゃいましたか~。で、何なんです? せっかくの親子の団欒を邪魔するとは、稟ちゃんもなかなかに無粋なところがあるのです」

「何が無粋よ!? 人の娘におかしな事を教えないで!!」

「おかしな事? わたしが奕ちゃんにですか~? 一体どのような事を教えたと?」

「そ、それは、その───」

「?」

「か、一刀殿! お願いします……」

「あー……ほら、『夫婦とは朝に言葉を───』ってやつ」

「……おおっ」

 風はポンと手を叩いた。それから稟を見て、口元に手を当てて微笑む。

「なるほど。それでですか。稟ちゃん、また鼻血を出しちゃいましたね?」

「な、何で分かるのよ……まさか、あなた起きてたんじゃ───」

「いえいえ、見た訳ではありません。今までの事を考えれば、当然予測できる範囲ですから。稟ちゃんのエロエロ妄想力は今や三国に響き渡っているくらいですからね~」

「勝手に響き渡らせないで頂戴……」

 ずーんと暗い顔になるのは諸国の評判のせいか、それとも血の出すぎか。

 とりあえず何だか打ちのめされている稟に代わって、一刀が口を開く。

「風? 俺もそういうのはこの子達にはまだ早いと思うけどな」

 言いにくいが言わなければならない。

 一刀が苦い顔でそう言うと、風はあっさり頷いた。

「ええ。風もそう思います」

「へ?」

「だ、だったら何で……」

 ぽかんとする一刀と稟に、風はため息をついた。

「そもそも、どうして風がああいう事を奕ちゃんに教えたとお思いですか? ……まさか、面白半分にとでも?」

「いや、それは思ってない。思ってないけど……」

「ホントですか~?」

 ジト目で見つめられると、「実はちょっとそんな事も頭をよぎりました」と思ってしまう一刀と稟だ。

「……ふう。悲しいですね。風はそんな人間だと思われていたとは……武、延、お母さんは嫌われ者のようです」

「お母さん、泣かないでですー」

「もう! お父さんも稟様もめーなのです!!」

「い、いや、違うぞ? ほら、武も延もそんな悲しそうな顔しないで……」

「ふ、風? 私達は、そういうつもりじゃ……」

 双子からの攻撃に一刀と稟はすっかり弱り顔。それを横目で窺っていた風はクスリと笑った。

「分かってくれればいいのですよ」

「じゃ、じゃあ、聞かせてくれるわね。どうして奕にあんな事を教えたのか」

 こほんと咳払いしながら稟。風は大きく頷いた。

「はい、いいですよ~」

「じゃあ、教えて頂戴。何故なの?」

「それはもちろん───」

「もちろん?」

 

「そっちの方が面白いからです」

 

「結局それっ!!?」

「いえいえ、それは冗談で───稟ちゃん、こちらに見覚えは?」

 言いつつ風が袖から取り出したのは一冊の本。紫色の表紙のその本に稟は一瞬考え、そして次の瞬間驚愕の表情を浮かべた。

「どどどどうしてそれをっ!!?」

「風、一体何の本なんだ?」

「か、一刀殿! これは一刀殿とは関係が───」

「関係無い訳ないだろ? 奕の事なんだ。俺にも聞く義務と権利がある」

「そ、それはそうですが……」

「稟ちゃん、もはや取り繕う事は出来ませんよ。お兄さん、これは───」

 風は厳かな口調で最後の宣告を告げた。

 

「稟ちゃん秘蔵の───超エロエロな艶本なのです」

 

「つ、つや……?」

「お、終った……」

 想像出来ない自体に困惑する一刀。その横では稟がorzポーズで崩れ落ちている。

「奕ちゃんがこの本は意味が分からないから教えて欲しいと言われた時、さすがの風も困りました。例え奕ちゃんが十年に一人の逸材とは言え、ここまで激しい内容をそのままお伝えしてもいいものかと……」

「こ、これは……」

 風から本を渡されて中を見た一刀は絶句する。挿絵が無いのが幸いなものの、その中には現代のポルノ小説もかくやというハードな性描写の数々が繰り広げられていた。逆にハードすぎるが故に、まだ奕には意味が分からなかったのかもしれない。

「嘘を言えば奕ちゃんはすぐ気付きます。かと言って、その内容をそのまま伝える訳にもいかない……苦渋の選択の中、奕ちゃんには『これは夫婦になった者だけが知っていい、夫婦円満の方法だ』という事をお教えしました」

「まぁ、間違っちゃいないと言えば間違っちゃいないけど……」

 夫婦円満の方法には縄で縛ったり鞭で叩いたり裸で外を連れまわす事も含まれるのだろうか……

「まぁ、そんな中で『夫婦とは───』というような事もお教えしました。事の真相はそのようなものなのですよ」

「えーっと……何て言えばいいか……お疲れ様?」

「お言葉、謹んで頂戴致します」

 優雅に一礼する風。一刀は崩れ落ちている稟の肩に手を置いた。

「まぁ、何と言うか……不満があるなら言ってくれれば俺も頑張るぞ?」

「い、いえ、決してそう言う訳では……」

 疲れきった顔で首を横に振る稟。それから咳払いし、娘に声をかける。

「え、奕? 今回は私も悪い部分があったかもしれないけど、親のものを勝手に持ち出すのは良くないわ。それに何か分からない事があれば、風じゃなくまず私に言いなさい」

 稟がそう言うと、奕は意外な事を言い出した。

「持ち出してはおりません」

「え?」

「その本は風様の部屋で見つけたのです。だから風様に質問をしたのです」

「……………………風?」

「ぐー」

「寝るなっ! この本を持ち出したのはあなたなの!? あなたなのね!?」

「稟ちゃん、怒るとシワが増えますよ~? 稟ちゃんはただでさえ眉間にシワを寄せる事が多いのですから」

「う・る・さ・い・わ・ね!! 人が気にしてる事を言うんじゃないわよ! と言うか質問に答えなさい! どうして私が隠していた本があなたの部屋にあったの!?」

「それはいわゆる一つの敵情視察です」

「敵情視察?」

「ええ。お兄さんと稟ちゃんがどういう『ぷれい』をしているのかを探ろうかと。いやいや、なかなか難易度の高い事をやっているものだと感心しました」

「そ、それは濡れ衣だ! 俺達はそんな事していない!!」

「そ、そうよ! まだこんな事は───」

「まだ?」

「ぐっ……!」

「ふむふむ。つまり、いずれはお兄さんにこういう事をしてもらいたいと? 首輪をつけられ一子纏わぬ姿で街中を───」

「ふ、風! 子供達の前で具体的な事を言うな! てか、そんな話をしたら───稟ーーーーーー!!?」

 一刀の横では、案の定稟の妄想力が大爆発。鼻血を拭いてピクピクしている。本日二度目の大開放、文字通りの出血大サービス。

「か、一刀殿に鎖で繋がれ、犬のように……」

「り、稟! 色んな意味で何も言うな!! 言わないで!! お願いだから!!」

「わーい、虹、虹ー♪」

「稟様ー、もっと出して出してー♪」

「武! 延! 不吉なアンコールをしちゃいけませんっ!! てか死ぬ! この量は死ぬうううううう!!」

「はーい。稟ちゃん、トントンしましょうね~」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ親達に、奕は断固として本から視線を動かさないまま呟いた。

 

「お母上は軍師として脳髄を鍛える前に、人として鼻の血管を鍛えた方がいいんじゃないかしら……」

 


 
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