No.91591

魏After  ~北郷隊、最後の日~ 壱

とととさん

どうもです。とととでございます。すごくすごくお久しぶりでございます。
しばらくお留守させていただいた間も、コメントや応援メールいただきありがとうございました!
さて、ゲームのシナリオを書くためにTINAMI様から遠ざかっていたとととですが……

PCドカーン!

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2009-08-25 23:25:44 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:13807   閲覧ユーザー数:10128

 

 

 扉を破るような勢いで入ってきた凪に、沙和と真桜は一瞬呆然とした。

 幼馴染の隠しきれない怒りを浮かべたその表情に、二人はそっと自分の手元を見る。

「あ……」

「お……」

 思い当たる事があったらしい。

「な、凪ちゃん、これは違うの! 沙和は最近の都の様子を調査する一環として阿蘇阿蘇を見ていただけで、この夏はどんな服が流行るかなーなんて思ってたわけじゃないの!」

「な、凪? こ、これは大将から言われてる新しい兵器の実験みたいなもんやで? そんな、ウチが仕事サボってからくり夏侯惇将軍を魔改造してからくり夏侯淵将軍にしたろうなんて考えるわけないやないの~」

「…………」

 言い訳をしているのか白状しているのか分からない二人に、しかし凪は何も言わずに自分の席に座った。

 西部地区の外れにある北郷隊の詰め所として使われている建物。この辺りでは一番背の高いこの建物は、元は監視塔の役割を果たしていたものだ。今は下部に幾つかの部屋が増築され、四角い建物の屋上から塔が建っているかたちになっている。

その部屋の一つ、小隊長室として三人が使っている部屋に普段では考えられないような沈黙が降りる。

「えーっと……凪ちゃん?」

「ど、どないしたん……?」

「…………」

 二人の声にも答えない凪。二人は顔を見合わせて困惑の表情だ。一刻ほど前、急遽華琳に呼び出されて行った時は、いつもの凪だったのだが……

「凪ちゃん……もしかして華琳様に何か怒られたの?」

「も、もしかして、沙和が新兵達の慰安費くすねて服買ってたんがバレたんか!?」

「あ~っ! 真桜ちゃん、ひどいー! それはナイショって言ったのにー! 真桜ちゃんこそ、開発費とか言って『からくり夏侯惇将軍しりーず』を買い漁ってたのー!」

「こら、人聞きの悪い事言うな! 夏侯惇将軍はな、ウチの夏侯惇将軍はな! ウチに発明の閃きを与えてくれる究極の最終兵器やねん! なーんも役に立てへんアンタの服と一緒にせんといてやっ!」

「沙和の服はちゃんと新兵の慰安になってるもん! 沙和が綺麗でせくしぃな服を着てたら、可愛いクソッタレのウジ虫お嬢ちゃん達はそれを見てオカズにしてるもん! 真桜ちゃんの夏侯惇将軍よりずっと役に立ってるよーだ!」

「夏侯惇将軍の方が重要や!」

「沙和の服の方が一大事なのっ!」

「夏侯惇将軍!」

「お洋服!」

「かこ───」

「およ───」

 

 ───!!

 

 二人の言い争いは、耳をつんざく轟音に断ち切られた。

 椅子に座ったまま、振り下ろした拳で円卓を粉砕した凪は、その姿勢のままで動きを止めていた。

 震える拳。青白い顔でぎりっと奥歯を噛み締める。

 ここではないどこか一点を見つめている凪に、二人はいよいよただならぬものを感じた。

「凪ちゃん……いったいどうしたの?」

「ウチらの間に隠し事なんてナシや。凪、何があった?」

「…………!」

 二人の問いかけに、凪はそこではじめて我に返ったように目を見開いた。

 それから砕けた円卓と自分の拳を見つめ、そしてようやく二人の方を見る。

「沙和……? 真桜……?」

 幼馴染の名前を呟いた瞬間、凪の瞳から涙が溢れ出した。

「凪ちゃん!?」

「な、何や凪!? 何があってん!?」

 驚いて凪の手を取る二人。

 凪は嗚咽交じりに言った。

 

 

 

「北郷隊は───解散する……」

 

 

 

 

 

 ───一刻前。

 

 呼び出しを受けた凪が王の間に辿り着くと、そこには玉座に座る華琳、そしてその両脇に控える春蘭、秋蘭両将軍、更に一段低いところには桂花と、魏の重鎮達が勢揃いで彼女を待っていた。

「か、華琳様?」

「仕事中呼び出して悪いわね、凪」

「い、いえ……しかし、これは……」

 控える面子もさる事ながら、室内を満たす何とも言えない重苦しい空気に戸惑う凪。そんな彼女に春蘭の鋭い叱責が飛ぶ。

「ええいっ! 何をしている! さっさとこっちに来んか!」

「は、はい!」

 慌てて駆け出し、玉座の前で片膝をつくものの、凪の頭の中は疑問でいっぱいだった。

 ───この部屋の気……決していいものじゃない。何か失策をしただろうか……はっ! まさか、また沙和と真桜が警備の任務をサボっていたのがバレたのでは……!

 悲しいかな、心当たりならあり過ぎるほどある凪である。

 そっと上目使いに主君の様子を探ると、華琳は白磁のような冷たい視線でこちらを見つめている。

「楽進将軍」

 その声は桂花の───と言うよりは、魏の筆頭軍師、荀彧のものだった。

 改めて深々と頭を下げる凪。

 桂花があえて真名を使わなかったという事は、この場が公式のものである事を示している。

「三国平定の後も外には五胡があり、内には未だ三国の秩序を否定する輩がいる。決して平穏とは言えない世にあって、曹操様は都の治安を守るあなた達の働きに満足していると仰っているわ」

「はっ……」

 礼を返しながらも凪はますます混乱した。

 どう考えても叱責を受けそうな重苦しい雰囲気なのに働きを認められる発言をいただき、しかし当の華琳は自分でそれを伝える事無く未だ冷たい視線をこちらに向けるのみだ。

 混乱する凪をよそに、桂花の言葉は続く。

「三国同等の同盟関係とは言え、その盟主はあくまでもわたし達魏でなければならない。呉蜀に隙を見せる事はその同盟関係にヒビを入れる事となり、ひいてはこの国全体の平和を破壊する事。あなた達の功績は決して小さくないわ」

「平和……ね。そう、平和……例え、それが仮初めのものであってもね」

 ぽつりと、華琳が言葉を漏らす。それは一体、誰に向けたものだったのか。

桂花は一瞬だけ主君の様子を伺い、そして話に戻る。

「……よって曹操様はあなた達の功を称えると同時に、更に魏の為に働いてほしいと仰せよ」

 まだ状況がつかめていないながらも、敬愛する主君から自分の仕事を認められれば、それが桂花の口を通してとはいえ嬉しくないわけもない。わずかに頬を上気させ返礼する凪。

「ありがとうございます。これも隊長の教えがあればこそと」

「隊長……ね」

「曹操様?」

 華琳は凪の不審げな視線にも構わず、桂花に先を促す。

 そして続いた桂花の言葉に、凪は絶句した。

 

「よって、楽進、李典、于禁、三将軍は現在の北郷隊小隊長の任から外れてもらうわ───」

 

 一瞬、世界が揺らいだ気がした。

 

 ───北郷隊から……外れる……?

 

「け、桂花さ───」

「控えろ、楽進! 曹操様の御前だぞ!」

「っ!」

凪が身を乗り出すより早く、春蘭が一喝する。魏武の大剣の怒声に凪が怯んだ瞬間を逃さず、桂花は矢継ぎ早に言葉を繋げた。

「楽進将軍には北部幽州に赴任し、当地にて警備隊組織の発足及び烏桓族の抑えに回ってもらうわ。張遼将軍と郭嘉に散々に打ち破られても懲りずにちょっかいをかけてくる、学ぶという事を知らない連中よ。充分に気をつけるように」

 さらに桂花は反論を許さずという勢いで畳み掛ける。

「李典将軍には呉へと行って貰うわ。三国間での通商が盛んになってきた今、魏は更なる輸送網として水上交通を発展させる必要があるの。その為には呉の造船技術を学ぶのが一番早いわ」

「確かに李典ならば問題無いだろうが……呉がやすやすと技術を受け渡すか?」

 秋蘭の問いに桂花は一つ頷く。

「タダでは無理でしょう。ただ呉も魏の技術力、とりわけ鋳鉄なんかの関心は高いわ。技術交流という事で交換条件をつければ可能でしょう」

「于禁はどうする?」

 今度の質問は春蘭だ。当事者である凪には一言も発言させないまま、話はどんどんと進んでいく。

「彼女は涼州ね。魏の領となって日が浅い土地だけあって、当地で徴用した兵達は魏への帰属意識が希薄だわ。あるいは馬超へのそれの方が強いかもしれない。一度、于禁将軍の───何て言ったかしら……ああ、『あめりか海兵隊式』訓練で徹底的に鍛え直さないといけないの」

 そこまでを一息に言ってのけ、桂花は凪を見た。

 凪は真っ青な顔で床に視線を落としている。その体は驚愕か、それとも怒りの為か、小刻みに震えていた。

 桂花はそんな凪に一瞬だけ表情を歪めたが、私情を押し殺して先を続ける。

「よって三将軍には北郷隊を離任してもらい───」

 そして桂花は華琳に向き直った。

 

 

「これを機に、北郷隊を解散する事を提案します」

 

 

 

「桂花様っ!!」

「楽進、無礼だぞ!」

「ここをどこだと思っている!」

 春蘭、秋蘭の一喝も、怒りに我を忘れた凪には聞こえていなかった。

「なぜ、我らが北郷隊から離れなければならないのですか! なぜ北郷隊を解散しなければならないのですか!」

「理由ならあるわ!」

 凪の怒声に合わせて桂花の声も大きくなる。

「理由は三つ! 一つ! 北郷隊は規模が大きくなりすぎている! 治安を維持する警備隊。新兵を育成する教練所。様々な研究、発明を行う開発局。大きく分けても三つの役割が存在する。ただ一つの隊にこれだけの権限を与えるのが組織としていびつだという事くらい分かるでしょう!」

 そもそも北郷隊は都の警備隊だった。それが警備隊員を募集し育成するにあたり、沙和の秘められた能力が開花して新兵全体の育成機関を兼ねるようになったのだ。開発局という側面はもっと極端で、結局は真桜という稀代の発明家があってこそだ。

 もともと警備隊だったものが、それに付随した機能がどんどんと拡大している。それを元に戻そうという桂花の主張は、決して間違っているものではない。

「二つ! 既にあなた達は一都市の警備隊を率いる段階の将ではないわ。魏の為、曹操様の為、更に大きな任を担ってもらわなければならない。ここにいる夏侯惇将軍、夏侯淵将軍や、張遼将軍の段階まで!」

 これもまた正しくはある。魏の将軍の中でもこの三人は別格だ。旗揚げ当時から付き従っていた春蘭、秋蘭に、神速の名のもとに数々の武功を立ててきた霞と比べれば、例え凪たちと言えどもまだまだ見劣りする。

 彼女達を今後、春蘭達の段階まで育てるには、確かに一都市の警備隊長では任が軽い。

 凪もまた、桂花の言葉に納得はしないまでも理解はしている。

 しかし───

「あなた達の下にいる徐晃、張郃、臧覇達も成長している。あなた達の後は充分に任せられるはずよ」

「ですがっ!」

「そして三つ!!」

 この小さな体でこれだけの気迫がこもった声が発せられるかと思うほど大声を張り上げた後、桂花はぐっと息を呑み、そして搾り出すような声で言った。

 

 

「北郷は───もういないのよ……」

 

 

 その言葉に、室内の空気は凍りつく。

 春蘭は虚空の向こうにいる何者かを睨みつけ、秋蘭は小さく首を振って目を伏せる。

 華琳は───

「…………」

 華琳はただ無言で言い争う二人を見つめていた。

「いつまで北郷を引きずるの!」

 桂花の叫び声に、軍師荀彧ではない桂花自身の感情が混ざり出す。発する言葉は悲痛な色がにじんでいた。

「今はもういない、天に還ったあの恩知らずの変態をいつまでも引きずるわけにはいかないの!」

 叫ぶ言葉は凪に向けられていると同時に、桂花自身にも向けられている。それだけに、より痛切な感情が込められている。

「北郷はいない! ならば北郷隊も存在しない! あるのは今はいない、北郷一刀という男の過去だけよ! 未来に向かう為に足枷となる過去だけなの!!」

 室内を揺るがすような叫び声。後には、桂花の荒い息だけが空気を震わせる。

「…………」

 凪は押し黙り、立ち尽くす。

 その場にいる全員の視線を浴び、彼女は顔を上げた。その視線が捉えるのは桂花ではなく、己が主君。

「曹操様───華琳様も過去が、隊長を思う事が未来への足枷となるとお思いでしょうか……?」

「…………」

「わたしは、わたし達は隊長がいたからこそ、こうして魏の末席に座していられると思っています。その思いは終生変わる事はありません。だからこそ、わたし達は『北郷隊』です。いつか必ず戻ってくる隊長の為に、その名を残し、その場所を守り続ける。その思いは───足枷なのでしょうか……?」

 今度は皆の視線が華琳に集まる。

 彼女は静かに目を閉じ、そして開いた。

「一刀が天に還って半年。よくもここまでわたし達を振り回してくれるものだわ」

 愛情と信頼を悲しみと怒りで包んだ笑顔。

「一刀はもういない。それだけが真実よ、凪。あいつが戻る戻らないはただの願望。それは真実ではないわ」

「華琳様───」

「あなたは───あなた達三人は何の為に魏にいるのかしら。わたしの為? あなた達の為? 仲間の為? 国の為? 民の為? それとも───」

「華琳様、わたしは……」

「それをよく考えなさい───任命状は後日、届けさせるわ。以上よ」

 それだけ言って華琳は王の間を去っていった。

 立ち尽くす凪に秋蘭が声をかける。

「凪。気持ちは分かるが、華琳様も国の繁栄と民の安寧を願ってこそだ。それを忘れるなよ?」

「秋蘭、行くぞ!」

 華琳に続いて部屋を出て行った春蘭が廊下で声を張り上げている。秋蘭も姉に続いて部屋を後にした。

「……ただ真実だけを見据えるのが政事というものよ。もし恨みを覚えるなら、華琳様じゃなくわたしを恨みなさい。北郷隊解散はわたしの提案なのだから」

 最後に残った桂花が吐き捨てるように言う。凪は、静かに首を横に振った。

「そう……」

 小さく呟き、桂花もその場を去る。

 後には凪だけが残った。

 

 

「隊長……」

 

 

 

 声も無い。

 凪から事の次第を聞かされた沙和と真桜は言葉も無く立ち尽くす。

 ───無くなる?

 ───北郷隊が?

 ───隊長と一緒に過ごした、この隊が?

「何でや……」

 呟く真桜の横で、脱力した沙和が膝から崩れ落ちる。

「何でやっ!!」

 真桜の中で怒りが爆発した。螺旋槍を片手に部屋から飛び出そうとするのを凪が制する。

「待て、真桜!」

「これが待ってられるか! ウチ、大将んとこ乗り込んでくる! 北郷隊は、北郷隊だけは守らなアカンやろっ!!」

「それはもちろんだ! もちろん……だけど───」

 華琳はあくまで国の事を考えている。国の為に肥大化しつつあった組織を分散させ、国の礎となる人材を育てる。それは決して間違ってはいない。

「華琳様は……間違っては……」

「ああ。間違ってはおらへん。せやけど納得はできん! 北郷隊はウチらにとってかけがえのないもんや! 隊長と! ウチらと! 隊のみんなで一緒にここまでやってきたんや! いくら大将の命令かて、『ほな、解散』なんて納得できるわけないやろがっ!!」

「わたしだって納得なんかしない! でも、華琳様は国を一番にお考えになって仰ってるんだ!」

「確かに国は大切や! でも、ウチには『北郷』の名を守る事も大切や! 隊長の───隊長の帰る場所を守るのも国と同じくらい大切な事やろ!!」

「っ!!」

 一刀が帰ってくるまで北郷隊を、『北郷』の名前を守り抜く。

 それが彼女達の誓いだった。

 あの日。

 一刀が天に還った日。

 それを華琳から聞かされ、三人で三日三晩泣き明かし、それから誓った事。

 

 北郷隊を守り抜き、今よりもっと立派な組織とし、そしていつか必ず帰ってくる隊長に胸を張って言ってやろう。

 

 

 ───『あなたの帰る場所は、わたし達が守っていましたよ』───

 

 

「あの誓いはウソか? 幾ら大将に言われたかて、簡単に引き下がれるようなもんやったのか? そんなんで凪は、隊長が帰ってきたら胸張って会えんのか!?」

「真桜!!」

 真桜の言葉に、凪の頬が怒りに染まる。構えた拳には、既に氣が満ちていた。

「わたしは隊長に恥じる事なんてしていない!」

「はっ! さっきまでベソかいてた奴がよう言うわ! 大将の前でもメソメソ泣いたんか? 天下に響いた楽文謙の名も一緒に泣いとるわ!」

「貴様っ!」

「やるんかっ!?」

 炎のような氣を纏う凪の拳。真桜は螺旋槍を始動する。

 二人の間で一気に凝縮された闘気が臨界点を突破しようとした、その瞬間だった。

「…………」

 今まで一言も発しなかった沙和が、二人の間にふらりと割って入った。

「沙和、邪魔だ! わたしは誓いに一片の曇りも無い事を真桜に示さなければならない!」

「沙和、どいとき! ウチはこのへタレの目ぇ覚ましてやらなあかんねん!」

「…………」

 沙和は二人の声にも動じず、静かに首を振る。

「凪ちゃん、真桜ちゃん……沙和はね、二人の事大好きなの」

「沙和……?」

「アンタ、何言うてんの……?」

 いきなりの沙和の言葉に戸惑う二人。沙和はどこか遠くを見つめながら独り言のように続けた。

「もちろん隊長の事も大好きで───華琳様も大好きなの」

「…………」

「…………」

「沙和はね、凪ちゃんみたいに強くないし、真桜ちゃんみたいに発明できないし、華琳様にお仕えする事になった時、ほんとはとっても不安だったの。こんなすごい人に、沙和がお仕えしていいのかなって」

 凪の手から氣が消える。真桜の螺旋槍が回転を止める。沙和の言葉は続く。

「とってもとっても不安だったけど、でも隊長がいてくれて、頑張れって言ってくれて、それから新兵の教育係を任せられるようになって、ようやく華琳様のお役に立てる事が見つかって───だから、今ここにいる沙和は全部隊長のおかげなの。」

「沙和、それはわたし達も同じだ」

「ウチらかて、隊長がおらんかったらどうなってたか……」

 元々平民の出だった彼女達が魏という大国の一翼を担えるようになったのも、一刀がいたからこそ。それは魏の誰もが理解している事だ。華琳、春蘭、秋蘭は言うに及ばず、あの桂花だってその点は認めざるを得ないところだろう。

 沙和は凪を、それから真桜を見た。泣き笑いの表情で。

「その隊長はもういないけど、今もやっぱり時々不安になるけど……でも沙和は『北郷隊』って名前があるから今も頑張れるの。何だか隊長がそばで『頑張れ』って言ってくれてるみたいで───だから頑張ろうって。華琳様のお役に立てるようにって」

「沙和……」

 沙和の言葉に凪ははっとした。

『北郷隊』である事。

魏の、華琳の将である事。

その狭間にいた自分。

だが、それはどちらか一つを選ばなければいけない事なのか?

『北郷隊』であるから『華琳の将』でいられる。

 それは二つに一つの選択ではなく───

「沙和」

 沙和がこちらを向く。

「真桜」

 真桜が顔を上げる

 凪は握った拳を見つめ、そして言った。

 

 

「我らの誓い───守り抜こう」

 

 

 

 夜の帳は等しく都を包む。

 市井の住人も、国家の重鎮も、そしてただ唯一の覇王をも。

 

「華琳様……」

 荒い息をつきながら主の名を呼ぶ桂花。

 華琳は先ほどまで忠実な奴隷を可愛がっていた自らの指を月明かりにかざしていた。

「何?」

「凪、沙和、真桜の三名が不穏な動きをしているとの報告があります。あるいはあの三人、此度の華琳様のご意向に反し、何か行動を起こすかもしれません」

 あれから三日。

 桂花は独断で部下に凪達の動向を探らせていた。例え身内であっても良からぬ気配を察すれば行動する事に躊躇はしない。有能すぎるがゆえの、軍師の悲しい性だ。

「不穏な動き? 謀反でも起こすのかしら?」

「そこまでは……ただ報告では、西部にある詰め所から備品等を他の詰め所に移しているとの事です」

「それはどういう事?」

 華琳の片眉が跳ね上がる。

「それはまだ分かりませんが……明日、凪を呼び出しましょうか?」

「…………いや、それには及ばないわ。わたしが直接行きましょう」

 何故か楽しげな響きすらある華琳の声に、桂花は身を起こす。

「華琳様自らなどいけませんわ。万が一にも凪達に良からぬ考えがあれば危険です!」

「そうね。それはそうかもしれない。でも、桂花───」

 華琳は微笑んだ。

 

 

「見てみたくない? あの時、わたしが言った質問に、凪達がどういう答えを出したのかを」

 

 

 

朝が来る。

「これが最後に見る朝日かもな~」

 真桜が物騒な冗談を言ってからからと笑った。

「大丈夫なの。沙和達の想いを華琳様に見せつけてやるの!」

 太陽に向かい、えいえいおーと拳を振り上げる沙和。

「わたし達がやっている事は、とんでもない大罪だ。でも───」

 凪が拳を突き出す。

「わたし達の誓いを守るためには、これしかない」

「おう!」

「そうなの!」

 その拳に、真桜が、沙和が、手を乗せる。

 

「隊長、見ていてください。わたし達、北郷隊の戦いを!」

 

 

 

 朝が来る。

 今は眠りに沈んでいる都の人々も、すぐにこの状況に気づくだろう。

 西部地区。

 北郷隊の詰め所。

 その周囲には、真桜が一夜にして張り巡らせた防護柵───バリケードが張り巡らされている。

 詰め所の屋上、監視塔の頂上には三人の人影。

 そしてその頭上にはためくのは四本の旗。

『楽』。

『李』。

『于』。

 そして一際高く掲げられたのは、十文字の牙門旗───

 

「…………」

 凪は空を見上げた。

 十文字の旗。

 一刀の旗が、青空にたなびく。

 

 呟いた。

 

 

 

「隊長───天(そこ)からは、わたし達が見えていますか……?」

 

 

 


 
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