No.621574

高みを目指して 第17話

ユキアンさん

忘れていたわ。
人類には2種類の人間が居るのを。
何処までも醜い者と
何処までも美しい者と
by リーネ

2013-09-22 04:55:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2195   閲覧ユーザー数:2088

 

 

side リーネ

 

 

 

私の目の前には何百という巨大な隕石が地球に向かって降り注ぐ光景が広がっている。全て私の命令でこれが為された。

 

『コアバンカーの準備ができた』

 

「やりなさい」

 

フェイトからの通信に即答する。フェイトは何も言わずにボタンを押した。全長10kmのドリルが地球に突き進み、地殻を掘り進んで核部分で爆発する。地球全体に罅が入り、バラバラに砕けていった。

それを見ても私は罪悪感を感じなかった。

 

「人類がここまで愚かだったとは思わなかったわ」

 

「姉上。少し休みましょう。姉上もそうですが、私もフェイトも休んだ方が良いです。このままじゃあ、どの世界に行ってもここの人類と同類にしか見えなくなります」

 

「そうね。それに茶々丸のお墓を作ってあげたいわ」

 

「そうですね。猫が多くて、綺麗な海が見える場所。そういう場所がいいですね」

 

刹那はそう言って私に抱きかかえられている茶々丸の上半身を見つめる。

BETAとの戦争は私達の介入によって5年の歳月をかけて人類は勝利した。そして私達を裏切り、G弾によって穏健派もろとも私達を殺そうとした。茶々丸は私を庇い、死んだ。その報復として私達は全てのコロニーを自爆させ、地球脱出用の宇宙船も破壊し、そして地球を滅ぼした。

 

「さて、何処か良い場所は無かったかしらね?」

 

『候補ならあるよ』

 

MSに乗っているフェイトが口を開く。

 

「どんな所?」

 

『猫が多くて、綺麗な海があって、穏やかな気候で、何より住んでいる人達の心が温かい』

 

「へぇ~、その作品の名前は?」

 

『ARIA、船乗り案内人の少女の成長を綴った空と海と風と癒しの物語さ。焰が進めてきたし、僕も読んでいた。あんな世界だったなら、完全なる世界は必要すら無かったさ』

 

「貴方がそこまで褒めるならそこに行きましょうか。それに名前も気に入ったわ」

 

私たちが暮らしていた店と同じ名前なのがね。

 

「こちらに戻りなさい。ナデシコごとその世界に転移するわ」

 

『了解。着艦した』

 

格納庫に黒い装甲の機体がいつの間にか現れていたが、特に気にしない。転移の際のコストが極端に低いのがあの機体の特徴なのだから。

 

「それじゃあ、フェイト、案内よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリア社長は相変わらず丸々ふかふかね。少しはダイエットした方が良いわよ」

 

「ぷいにゅ~」

 

普通の猫とは違い、蒼い瞳を持つ白い大きな猫のお腹を撫でると、恥ずかしそうに頬を染める。

 

「あ~、リーネさんだ。お久しぶりで~す」

 

店内からは元気な女の子が飛び出してきた。

 

「灯里ちゃんも元気そうね。これから合同練習?」

 

「そうなんです。アリア社長、帽子を忘れてますよ」

 

そう言って水兵帽に似ている帽子を白い大きな猫に渡すと、自分で受け取ってそれを被る。

 

「練習、見てあげましょうか?今日は一日オフだから」

 

「良いんですか!?」

 

「構わないわよ。散歩の途中に寄っただけだしね」

 

「わ~い、ありがとうございます。それじゃあ、すぐに準備してきますね」

 

「ゆっくりで構わないわよ。それまではアリア社長で遊んでるから」

 

走って店内に戻る灯里ちゃんを見送りながら、この世界に来てからの30年を思い帰す。フェイトの言う通り、この世界は私達の心を癒すには適していた。BETAが蔓延っていた世界の人類と同じ人類なのかと疑う位にここAQUAに住む人達は純粋で綺麗な心の持ち主ばかりだ。少しだけと思いつつ、いつのまにか普通にこの街で仕事をして暮らしている。フェイトは火星の重力を操るノームと呼ばれる仕事を、刹那はエアバイクと呼ばれる空を駆けるバイクを使った配達を行なうシルフを、私はゴンドラを使った観光案内人のウンディーネを。ちなみにサラマンダーは火星の気候を操作しているわ。

ノームは公務員の為、個人店というのは無いがそれでもフェイトは結構な腕を持っている為そこそこ有名になっている。刹那は個人店で速達を専門としている店の中でトップの人気を誇る。そして私は1年足らずでプリマにまで昇格し、ARIAカンパニーから独立をした伝説のウンディーネとして水の三大妖精を纏める水の大精霊として名を馳せている。弟子も取っていないから事務所は小さいけど、固定客は着いているから生活に困る様な事は無い。というかレアメタルに宝石が大量にあるから生活に困る事なんてどう考えてもないけど。

この世界の時の流れはかなり遅いからここで零樹が合流するまで待っていようという結論になった。のんびりと暮らすにはこの世界は最適すぎる。ある程度歳をとったら隠居して10年程隠れた後に若返った姿で娘とでも言えば納得されるでしょうから。

準備ができた灯里ちゃんとアリア社長と一緒に黒いゴンドラに乗って藍華ちゃんとアリスちゃんとの集合場所まで私が漕いで行く。その際にちょっとしたアドバイスもするが、私は魔法を使ってインチキをしているから対した事は言えなかったりする。グランマにはバレてしまっているみたいだが、何も言わないから気にしていない。

 

「おや、リーネかい」

 

「あら、フェイトじゃない。久しぶりね。珍しいわね、貴方が地上に来ているなんて」

 

途中、食材が大量に入っている袋を持ったフェイトを見かけたので声を掛ける。

 

「あれ?お二人とも知り合いなんですか?」

 

「ええ、フェイトは幼なじみよ。住んでいた場所は遠かったけど、長期休暇なんかはよくお邪魔していたから」

 

「まあ、正確には僕がリーネ達姉弟の面倒を見ていたのが正しいのだがね。初めて会った時の事は忘れられないね」

 

「懐かしいわね。お父様に5人で山奥に放り込まれてのナイフ1本でのサバイバル生活」

 

「えっ!?」

 

「夜な夜な聞こえる獣の鳴き声、炎にも怯まずに飛びかかってきた狼の群れ、巨木が倒れる位吹き荒れる天候」

 

「ええっ!?」

 

「渇きを凌ぐ為に殺した獣の生き血を啜り、肉を喰らい、骨を武器に、皮を衣類に、生きていると言う実感に満ちあふれた1ヶ月だったわね」

 

「何回死にかけたか分からないけどね。よく全員五体満足で居られたものだ」

 

「うえええ!?」

 

「まあ古い話よ。私達、見た目はこんなのだけど、灯里ちゃんより二周り以上年上なのよ」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなのよ。最近は身体のあちこちにがたが来てて、そろそろ引退も考えてるのよ」

 

「僕もアルが一人前になれば引退を考えてる。刹那もエアバイクがそろそろ寿命だそうだから、それに合わせて引退するそうだ」

 

「引退したら何をしようかしら」

 

「雑貨屋か軽食店だろうね。屋台舟を使って」

 

「そんなところね。少し話しすぎたわね。そろそろ行かないと藍華ちゃん達が怒りそうね」

 

「おっと、僕もアルを待たせたままだった。それじゃあね」

 

フェイトと別れて集合場所に辿り着くと藍華ちゃんとアリスちゃん以外に晃が一緒に居た。

 

「あら晃じゃない」

 

「げっ!?なんでリーネが居るんだよ」

 

「今日はオフだから散歩してる途中に灯里ちゃんと会ったからついでに練習を見てあげようと思ってね。晃もそうなんでしょうけど、早く私を追い抜いてね。私もグランマも追い越してトップに立つのが夢なんでしょう。茜はもう引退しちゃったから勝ち逃げされちゃってるし、私もそろそろ引退を考えてるんだから」

 

「ちっ、分かってるよそんな事位。少なく見積もっても40後半の婆にちゃんと引導を渡して引退させてやるよ」

 

「「「40後半!?」」」

 

「よく正面からそんな堂々と婆呼ばわり出来るわね、晃。貴方の恥ずかしい過去をバラしても良いのよ」

 

「あっ、すんません。だからそれは内密に」

 

「別に構わないわよ。今更歳の事で怒ったりする程でもないわ。ちなみに今年で52よ。茜の一つ下ね」

 

「52でその美貌」

 

灯里ちゃん達がしゃがんでひそひそと話している。私と貴方達を比べるのが間違ってるのだけど、私は何も言わずにいる。

 

「はいはい、それじゃあ練習を始めましょうか。折角プリマが二人も居る事だし、今日は私と晃をお客様に見立てて実践風にやりましょうか。最初は藍華ちゃんからね」

 

「はい」

 

練習が始まり、私達五人と1匹を乗せた舟が水を滑って行く。しばらくの間、藍華ちゃんが説明を行ないながら舟を進めた後、晃がちゃんと説明出来ている所を褒めてから速度を出しすぎている事を嗜める。ネオ・ヴェネツィアは年中水に浸かっているため、ちょっとした波でも腐食が激しくなる為に舟には速度制限が設けられている。

 

「確かに速度は出過ぎているけど、操船に関しては問題無いわね。ただ、お客様は観光に来られているという事を考えると、長い説明を聞くのは嫌になるの。省ける部分、数値なんかは聞かれた時に答える程度で問題無いわ。説明が短くなる事で心にも余裕が出来て、それが速度を上げないといけないっていう感情を抑える事にも繋がるわ。逆に説明する事が無い部分では軽い世間話をしたり、カンツォーネを歌うのも良いわよ。お客様に楽しんでもらえる、それを一番に考えると良いわ。時間があるなら一度お客様になって見るとよく分かるわ。そうねぇ、皆さえ良ければ4日後のお昼の時間が開いてるから、お客様になってみる?」

 

「良いんですか!?」

 

「良いわよ。これも先輩のお仕事ですから」

 

私の指導の後、藍華ちゃんからアリスちゃんに交代する。細い路地を危なげなく進めるけど、暗黙の了解である声掛けが全く無い。晃もそこが気になったのか指摘する。

 

「説明は問題無く出来ているわ。だけど、やっぱり声が小さいのが気になるの。アリスちゃんはウンディーネを目指しているのよね。それとも、ただ舟を漕ぎたいの?厳しいようだけど、本当にウンディーネになりたいと思っていないのなら辞めた方が良いわ。この業界も一見華やかだけど、裏ではプリマになれずに挫折してしまう子も少なく無い、いえ、どちらかと言えば成れない子の方が多い。アリスちゃんはその人達に正面から向き合える?」

 

最後に灯里ちゃんの番になるんだけど、何も言えなかったとだけ言っておくわ。アリシアの最初の頃のようだったとだけ言っておくわ。あんなのでも立派にプリマに成れたんだから灯里ちゃんもプリマに成れるはず。

そして本日のメインディッシュの始まりだ。この時期のこの時間帯は潮の満ちが早くなり、ネオ・ヴェネツィアの半分の橋が潜れなくなる。これをどうクリアするか、どうカバーするかを見極めさせてもらうわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分も経たずに見事に前後を挟まれてしまった。まあそれで普通なんでけどね。潮が引くまで三時間と言った所かしら。水面を除いてみれば微かに横に流れる水があるから完全に動けない訳でもない。横にある扉の奥が水路になっている様ね。それに気付くかしら。三人がどうしようかと試行錯誤しているのを他所に私はアリア社長の毛繕いを始める。

相変わらず綺麗な毛並みね。ケットシーに引けを取らない毛並みだわ。あの子もかなり良い毛並みをしてるし、大きいから抱きついて寝ると気持ちいいのよね。普通の人はネオ・ヴェネツィアの七不思議を通じて6回しか出会う事は出来ないけど、私達は普通じゃないからちょくちょく会いに行っている。それに茶々丸のお墓はケットシーの住処にあるしね。一年中猫に囲まれて綺麗な海が見える。茶々丸に見せてあげたかったな。

そんなことを考えているとようやくアリスちゃんが横の流れに気付き、暗い水路を進んで行く。藍華ちゃんが障害物を蹴り飛ばし、アリスちゃんがランプで辺りを照らし、灯里ちゃんがゆっくりと確実に舟を漕ぐ。ちょっとだけこの先の事が気になったので指を鳴らして反響音を頼りに先を調べると、入り口と同じく扉があり、鍵がかかっている。折角ここまで来たのに行き止まりだと可哀想だから無詠唱でアバカムを使って鍵を開けておく。扉を開けたその先には沖へと繋がる外周部分だった。

 

「「「やったーー!!」」」

 

三人が舟の上で抱き合いながら喜んでいる。それを私は微笑ましく眺めていた。そして5人でレストランに向かう。オススメの物を6人前注文して席に座る。灯里ちゃん達は緊張したままで席に座ろうともしない。理由は簡単だ。晃が何も話さずに真顔なのだ。一見怒っている様にも見えるけど、これはただ単に普通の顔をしているだけなのだ。相変わらず不器用なんだから。

 

「ほら、三人とも席に着きなさい。そろそろ料理が来るから」

 

「いえ、でも」

 

「どうかしたの?今日は私のおごりだから気にしなくていいわよ」

 

「そうじゃなくて、その、怒らないんですか?」

 

「何に怒るのかしら」

 

「あのリーネさん、途中から何も話さなくなっちゃったし、晃さんも同じで、その」

 

「三人は失敗した事を悔やんだんでしょう?」

 

「「「はい」」」

 

「それじゃあ、本番では気をつけましょうね。今日の場所は横道が在ったけど、無い場所の方が多いわ。一流でもそんな時があるわ。晃もそれをやったことあるし、私もアリシアもアテナもよ。伝統行事みたいな物よ。そこからのフォローは人それぞれ。だけど、皆同じ心で動くわ。お客様に楽しんでもらう。三人はそれを横道を見つける事で解決した。一生懸命頑張るその姿は見ていて頼もしかったわ。さて、どこに怒る必要があるかしら?」

 

「ちなみにリーネのフォローの仕方は今でも伝説だぞ。こいつ、舟を置き去りにして歩き出しか行けない場所の案内をしやがった」

 

「休日は散歩ばっかりやってるからね。歩きで、しかも普通は通らない様な裏道を通らないと行けない場所よ。たぶん、皆も知ってるでしょ。よく見ないと分からない細い路地の下り階段」

 

「ああ~、あの宝箱の!!」

 

「私が仕込んだ奴よ。たまに見に行くと動かされた後があるから。ちょうど灯里ちゃんが舟を修理に出した頃に動いていたからすぐに分かったわ。はい、お話はここまで。ちょうど料理も来た事だし」

 

「私が言いたい事は全部言われたからな。いや、一個だけ有ったな。今日はリーネのおごりだから出来るだけ食いまくれ。財布をすっからかんにしてやるぞ。アリア社長もどんどん食べろ」

 

「ぷいにゅ!!」

 

「私の財布をすっからかんに出来るものしてみなさい。私はカードしか持ち歩いていないから」

 

そう言って財布から黒いカードを見せる。

 

「げっ!?昔から金を結構持ってると思ってたけどそこまでなのかよ」

 

「お母様は名家の出身だし、お父様もその道では有名な人だったからね。今は何処に居るか分からないけど、財産はかなり残して行かれたから。正直使い切る方法が分からない位なのよ。私は結婚してないし、妹は結婚してたけど事故で夫と子供を亡くしちゃったし、弟は行方不明。養子を取らないとちょっと面倒な事になるわね。灯里ちゃん、私の養子になってみる?」

 

「ほぇ?」

 

「気をつけろ灯里ちゃん、リーネが持ってるカード、下手すりゃ地球と火星の間を航行している宇宙船を買おうと思えば買えるぞ」

 

「そんな物買わないわよ。買うなら会社毎丸々買うわよ」

 

「だとさ。それで資産のどれ位が減るんだよ」

 

「一時的に危機的な事になるけど、資産と言っても現金だけだから株や宝石に貴金属は一切減らないから三割と言った所かしら。それもいずれは取り返せるから問題無いし」

 

「聞いたな。これがこいつの正体なんだよ。昔、晩酌に誘われて行ってみたんだが、全然聞いた事のない銘柄のワインをカパカパ飲んでると思ったら1本数千万で取引されてる物を一晩で何十本も開けてるんだぞ。帰ってから驚いて倒れたから良く覚えてる」

 

「あの位はどうってことはないわ。いつも飲んでるのよりは良い物だけど、秘蔵の分は一本も出してないわ。飲みたい?」

 

「高くなりすぎたら味の差が分からん。そこら辺の市販の物で十分だ」

 

「私達に取っては普通の物なのだけどね。ほらほら、三人ともぼうっとしてないで食べなさい」

 

ようやく席に着いた三人は唖然としながらも料理に手を出して、次第に笑顔も見せていった。昔に戻った気分だ。木乃香やチウちゃんが居て、超の所に行って適当にデザートを食べながら雑談して、茶々丸と一緒に猫の餌をあげたり、小太郎達と一緒に鬪技大会で暴れたり、楽しかった昔みたいに。今は辛い事が多すぎる。楽しい事がないとは言えないけど、わずか数世界を渡っただけで私達は弱った。お父様はたった一人でこの辛さを耐えていたのね。やっぱりお父様は凄いのね。

ふと、手を止めて空を見上げる。世界はこの星空以上に存在する。零樹はアリスを見つけられたかしら?

 

 


 
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