第31剣 真実を知って
明日奈Side
わたしと九葉君は倉橋先生からユウキの事を聞くことになった。
「ではさきに、木綿季くんが臨床している『メディキュボイド』について説明させて頂きます」
『メディキュボイド』とは世界初の医療用フルダイブ機器らしい。
多分“
それについての説明を受けて(詳しくは原作第7巻などを参照)から、それによって齎される恩恵についても聞いた。
「アミューズメントを目的としたアミュスフィアとは違う、現実での目的としたVRマシン、ですか」
「アミュスフィアよりも、ずっと本当の意味での『夢の機械』なんですね…」
「…ええ。まさに夢の機械…ですが、機械には当然ながら限界があります」
九葉君とわたしの言葉を聞いた先生はメディキュボイドについての夢を語っていた表情から一変して、
その表情を沈ませてしまった。
「現在、メディキュボイドが最も期待されている分野が『ターミナル・ケア』なのです…」
「ターミナル、ケア…?」
「っ、そんなっ!?」
先生の話した聞き慣れない単語にわたしは首を傾げたけれど、隣に座っている九葉君は悲痛そうな表情を浮かべている。
彼は、いまの単語について知っているの?
「九葉君、ターミナル・ケアって…」
「…看護師だった母さんから、聞いたことがある…。漢字では、『終末期医療』って書くらしい…」
その言葉にわたしは絶句しながら、冷水を浴びせられたような思いをした。
そう、その言葉の意味を考えるに、ユウキは…。
「ここで話しを聞くことをやめても、誰もお二人を責めません。
むしろ、ここでやめておけば良かったと後悔することになるかもしれませんからね…。
ただ1つ、木綿季くんも、彼女の仲間達も、お二人のことを本当に思い遣っているのは間違いありません…」
確かに先生の言う通り、ここで聞くことを止めるのも1つの道かもしれない。だけど、それでもわたしは…!
「聞かせて、ください…! わたしは、そのためにここに来たんです」
「オレも最後まで聞きます。聞かないでも後悔することになるなら、聞いて後悔したほうがいいです」
「そうですか……分かりました、わたしも覚悟を決めましょう。
それに、木綿季くんと桐ヶ谷君からはお二人が望めば全てを伝えてほしいと言われています。
彼女の病室は中央棟の最上階にありますので、歩きながら説明しましょう」
わたし達の返答に満足したのか、倉橋先生は満足気な様子で微笑み、案内ついでにユウキについての話を始めた。
最初に受けたのは『ウインドウ・ピリオド』についての説明。
何らかのウイルスに感染したと思われる時、主に血液検査を行う。
検査の方法としては2つ、1つは血液中の抗体を調べる『抗原抗体検査』、
もう1つがそれよりも感度の高いウイルス自体のDNA・RNAを増幅して調べる『NAT検査』があるらしい。
その2つの検査を行っても、感染直後から10日前後はウイルスを検出できない期間を『ウインドウ・ピリオド』と呼ぶとのこと。
そのウインドウ・ピリオドの存在のせいで、あることがほぼ必然的に起こってしまうことがあると先生は言った。
それは、献血によって集められた輸血用血液製剤の汚染らしく、
感染の確率自体は何十万分の一程度のものだけど、それが起きてしまった…。
2011年5月、『紺野木綿季』は誕生した。難産だったらしく帝王切開が行われたそうだ。
その際に何かしらのアクシデントによる大量出血が発生し、緊急輸血が
使われた輸血用血液はウイルスに汚染されていたらしい…。
ユウキは出産時かその直後、お父さんはその1ヶ月以内、もちろんお母さんはその輸血時、
ウイルス感染が判明したのは9月で、その時には家族全員がもう…。
そこで話が途切れ、倉橋先生の案内によってわたし達は目的の場所に着いたらしい。
その部屋のプレートには『第1特殊計測機器室』と書かれており、中は奥行のある細長い部屋。
モニタを備え付けた幾つものコンソール、それに黒く染まったガラスがある。
「このガラスの先の部屋は、エア・コントロールされた無菌室になっているので入ることは出来ません。了承してください…」
先生の言葉に2人で頷くと、先生はガラス下部にあるパネルを操作して、ガラスを透明な状態へと変化させた。
ガラスの先の部屋、そこは様々な形の様々な機械によって埋め尽くされ、中央にはジェルベッドがある。
「っ…!」
隣で九葉君が息を呑んだのが聞こえた。わたしはすぐにガラス限界まで顔を近づけ、じっとベッドを見つめる。
横たわっている小柄な人、胸元まで白いシーツが掛けられていて、
そこから見える肩は痛々しく痩せており、喉元や両腕には様々なチューブが繋がっている。
頭部のほとんどを飲み込むように、ベッドと一体化した直方体が覆い被さっているから、ベッドの主の顔は見えない。
けれど、1つだけ間違いないのは、彼女であるということ…。
「ユ、ウキ…?」
なんとか声を絞り出して囁く。気付けばわたしは、自分の身体を抱き締めていた。
深呼吸して呼吸を整えて、再び言葉にする。
「先生…。ユウキの病気は、なんですか…?」
「彼女の病気は……『後天性免疫不全症候群』、『
「「っ…!」」
2人して再び息を呑む。頭を金槌で殴られたような衝撃を覚え、全身を凍りつかされるような寒気が襲った。
いや、この病院に来た時から何かしらの重い病を彼女は抱えているとは予想していた。
けど、それを信じたくなかったのかもしれないし、だから真実を知ろうと思えたのかもしれない。
これが…あの強くて、とても元気でいたユウキの現実、それを感情と理性が事実として受け入れるのを拒否しようとしてくる…。
わたしは、何も知らないで、知ろうともしなかった愚か者だ…!
立ち尽くすわたしと九葉君に、先生の言葉が続く。
エイズ、例え『HIV(ヒト免疫不全ウイルス)』に感染しても、早期に治療を始めれば10~20年という期間で発症を抑え、
薬をきちんと飲み、健康管理を徹底すれば普通の生活と変わらない生活を営めるらしい。
けれど、ユウキの場合は違った…紺野一家が感染したウイルスは『薬剤耐性型』という薬が効きにくいものだったそうだ。
家族は1度、心中を考えたこともあったそうだけど、ユウキのお母さんはカトリック信徒だったこともあり、
信仰心とお父さんの支えもあって、それらが心の支えとなって持ち直したらしい。
そして一家は病気と闘い続ける道を選んだのだ…。
ユウキは生後すぐに『
多くの薬を定期的に飲み続けるという子供には辛いことからも逃げずに立ち向かい、小さい体でも元気に育った。
小学校にも入学して、ほとんど休まずに登校して、成績は学年トップを取り続け、友達も沢山いて、いつも笑顔でいたユウキ。
けれど、それは1つの綻びから脆くも崩れ去った…。
丁度、ユウキが小学校4年生に上がった頃の出来事である。
学校には伏せられていたはずのユウキのHIVキャリア、それが経路不明で同学年の保護者に伝わってしまったそうだ。
そこから彼女と家族への差別、嫌がらせなどが始まり、通学に反対する申し立てなどもあったという。
結果として、一家は転居を余儀なくされ、ユウキも転校することになった。
わたしは相づちすら打てなくて、ただ倉橋先生の言葉に耳を傾けるしか出来ない。
ただ、隣に座る九葉君が怒っているのだけは、感じ取ることが出来て、
それが誰に対するものなのかも、痛いほど理解が出来た…。
それでもユウキは涙を見せず、笑顔を絶やさずに新しい学校へと通い続けた。
でも、それさえも叶わなくなってしまった…。
彼女の免疫力が急激に低下を始めた…つまり、エイズの発症である。
先生はその発症を間違いなく、前の学校での保護者や教師達の言葉、差別などが原因であると思っているという…。
さらに免疫力の低下に伴い、簡単に撃退できたはずのウイルスに感染し、
『ニューモシスティス肺炎』という感染症を発してこの病院に入院することになったそうだ。
しかし、入院後もユウキの体を新たな病が侵していく…『食道カンジタ症』というらしい。
それでも、彼女は「病気になんか負けない」と、辛い検査にも泣き言1つ漏らさなかったというのだ。
ユウキの心の強さはこういったところからきていたのね…。
丁度その頃、世間では『SAO事件』が発生しており、フルダイブ技術封印論が浮上する中、
メディキュボイドの試作1号機が完成し、この病院に搬入されたらしい。
どんな影響が出るか分からずリスクも不明な中で、先生はユウキとご家族にある提案をした。
それがメディキュボイド試験機への臨床試験、クリーンルームという環境下に入ることで、
『日和見感染』のリスクを大幅に低下させることが出来る…そう提案したというのだ。
とても悩んだという紺野一家、それでもユウキは被試験者となることを受け入れ、
それ以来ずっとメディキュボイドの中で生きていると言った。
文字通り“ずっと”、“1日”、“24時間”、それを“3年間”もの間、
そして、聞かされたもう1つの、本当の真実…。
無菌室に入っていても、体内に存在する細菌やウイルスを排除することは出来ず、
免疫系の低下に合わせてそれらは勢力を増している。
ユウキは『サイトメガロウイルス症』と『非定型抗酸菌症』というのを発症していて、視力のほとんどを失っている。
さらにHIVそのものを原因としている『脳症』も進行しているというのだ。
HIV感染から15年、AIDS発症から3年半、その他の病魔の進行、彼女の体は既にボロボロで……症状は末期なのだ…。
それが、それこそが、彼女がわたしと九葉君の前から姿を消した理由だったんだ…。
真実を知ったわたしは、やりきれない思いで一杯だった…。
「そん、な……こんな、ことって…」
ユウキは、シウネー達は、いつか確実に訪れることになる別れの時にわたしが苦しまないようにする為に…!
そんな彼女達の気も知らないで、わたしはユウキを苦しめていたんだ。
「先生…。ユウキには、姉がいたんじゃないですか?」
「あ…」
そこで九葉君がそう訊ねてた。そうだ、ユウキはわたしを姉と呼んだりしたんだ。
なら、彼女にはそれに当たる人がいるはず……だけど、なんで九葉君は過去形で…?
そう思っていると、先生はそれについて話し始めた。
全ての始まりの帝王切開、その原因となった理由はユウキが双子だったこと。
お姉さんの名前は『紺野藍子』さん、元気で活発なユウキをいつもニコニコと静かに見守っていた人。
先生に顔や雰囲気がどことなくわたしに似ていたと言われ、
もしかしたらユウキがわたしを選んだ理由の中に、それも無意識に選ぶ対象となっていたのかもしれない。
そして、またも残酷な真実……ユウキのご両親は2年前、お姉さんは1年前に亡くなっていた…。
わたしは経験したはずだ、“失う”ことを…。
かつてSAOがクリアされた時、『キリト』くんを、『桐ヶ谷和人』くんを失ったと思い絶望した…。
家族の敷いた
キリトくんによって救われて、彼が消えゆく様を目の当たりにした。
自分の死で彼の元へ逝こうかと思って、自殺も図ったけど、
わたしが戦ったのはたったの2年間と少し、それに比べて彼女が闘ってきたのは15年間、生まれてからずっとだ…。
和人くんは言っていた、「覚悟をしておけ」と…。彼は先生に頼み込みに来た、わたし達に話してあげてほしいと…。
全てを知った彼はどれほどの思いでわたしにこの場所を伝えただろうか。
そんな彼の思いを理解していなかった自分が、ユウキのことを知った気でいた自分が、滑稽で、愚かで、情けなく思える…。
――もう1度、せめてもう1度だけでも、ユウキに会いたい!
そう強く思って、気付けば眼の端に熱いものが滲むのを感じて、視界が歪むのに気付いた。
『泣かないで、アスナ…。クーハも、そんな顔しないで…』
「「っ!」」
その時、わたし達の耳に声が聞こえてきた。
明日奈Side Out
To be continued……
後書きです。
前回の後書きで書いたように原作未読の方のため、または纏めが必要な場所だと思い、今回はほぼ説明回となりました。
原作では和人は全てを知らずにある程度悟った状態で明日奈に病院の場所を教えましたが、
この作品では全てを知っているので、明日奈に伝えた時の心情は計り知れないものだと思っています。
そして同じく明日奈ですが、彼女はこの作品では“キリト”の消滅を目の当たりにしていたので、
“失う”ことの意味を深い意味で理解していた・・・はずでした、結果的に和人は生きていましたからね・・・。
次回はALOで再びユウキと対面します。
それでは・・・。
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第31剣です。
明日奈と九葉がユウキの真実を知ります。
どうぞ・・・。