第32剣 ユウキの思い
九葉Side
彼女、ユウキに何かがあるというのはなんとなく気付いていた。
何度か見せた少し浮いているような言動、ほんの少し何処か余所余所しい態度、必要以上に詰めようとしない距離。
それらを考えれば思い至る節もあるというもんだ。だけど、なんだってんだよ…。
それらが原因で今度は発症? 免疫力の低下で他の病気にも侵されている?
3年間もの間、ずっとVR世界に潜り続けている? 症状は末期で、身体は限界にきている?
ナ・ン・ダ・ソ・レ・ハ…?
倉橋医師から話を聞いていた時、オレの中には色んな感情が渦巻いた。
ユウキはどれほどの死の恐怖から耐え抜いているのだろうか、
なぜ彼女はそれほどの恐怖に立ち向かえるのだろうか、という尊敬と畏敬。
彼女に言葉の刃を投げかけた大人達は自分達の行動や言動が恥ずかしくないのだろうか、という憤怒と敵意。
適度な距離のままで居ようとしたくせに、真実を知って動揺を隠しきれない自分への愚かさ。
そんな、その程度のオレが、彼女に何かしてやれるのか? 本当に、自分が情けなくて仕方がない…!
そう考えている時だった…。
『泣かないで、アスナ…。クーハも、そんな顔しないで…』
「「っ!」」
オレと明日奈さんに向けて、声が掛けられた…この声は…!
ベッドの側面にあるインジケータの1つが不規則に青く点滅していて、モニタパネルの表示も変化していた。
―――[User Talking]
その文字が浮かんでいる。
「ユウキ…?」
「そこに、いるの…? ユウキ…?」
オレは彼女の名前を呟き、続いて明日奈さんも呟きながらそう問いかける。
『うん…。レンズ越しだけど、2人のこと、ちゃんと見えるよ…。アスナ、ほんとうに向こう側とそっくりなんだね…。
クーハは、向こうと同じくらいカッコイイよ…。2人とも、来てくれてほんとにありがとう…」
「ユウ、キ……わ、たし…わたし…!」
「っ、くっ…!」
ユウキの言葉、明日奈さんもオレも言わないといけないことがあるっていうのに、全然口にすることが出来ない。
『倉橋先生…。2人に隣の部屋を使わせてあげてください…』
彼女が先生に言った意味が分からず、揃って倉橋医師に視線を向けると彼は穏やかな笑みを浮かべて言う。
「勿論、構わないですよ。あのドアの奥にフルダイブ用シートとアミュスフィアがあります。
準備は昨日の内に済ませていますので、2つあります。長い時間をかけないように、けれどしっかりと話しをしてくださいね」
「「はい!」」
先生の説明を受けてから返事をし、オレ達はもう1度メディキュボイドを見やる。
『ログインしたら、ボク達が初めて会った場所に来て…』
「解った……待ってろよ…」
「待っててね、すぐに行くから!」
しっかり返答してから倉橋医師に一礼し、奥の部屋へと入り込む。
凄い速さでシートに座り込んでアミュスフィアを被る明日奈さん、代わりにオレが部屋の鍵をロックしておく。
オレも急いでもう1つのアミュスフィアを被り、シートに身体を預ける。
そこで、ふと手がぬるっとしている気がしたけど、気に留める間もなく、ダイブした。
九葉Side Out
クーハSide
イグシティにある宿屋、そこで
感覚が馴致するのも待たずに翅を広げて窓から外へと飛び上がる。
最速で翅をはためかせ、雲を突き破る勢いで一気に24層へと到達し、外周部からアインクラッド内部へと入り込む。
そして、パナレーゼを通り過ぎた辺りで1人の妖精を見つけた……アスナさんだ。
その隣に並んで飛行し、顔を見合わせてから頷き合い、かつてユウキが辻デュエルを行っていた樹木の聳える小島へと向かい、
大きな樹木の根元に降り立つ。オレ達に背を向けて立っていた彼女は、気付いたのかこちらに振り向いた。
「不思議だよね…ボク、2人が現実世界のボクのことを見つけてくれる気がしてたんだ…。
2人が会いに来てくれて、すごく…凄く嬉しかったよ」
いますぐにでも溶けて消えてしまいそうな儚げな笑み、それにどこか透明感のようなものも増している気がする。
そんなユウキの元に1歩ずつ、ゆっくりと確実に歩み寄るアスナさん。
ユウキのすぐ側までいき、そのまま優しくゆっくりと彼女を抱き締めた。
「姉ちゃんに抱っこしてもらった時とおんなじ、お日様の匂いがする…」
オレも2人の側まで歩み寄り、気になっていたことを聞く。
「藍子さん、だっけか? お姉さんも、VRMMOをやってたのか?」
「そうだよ。姉ちゃんはスリーピング・ナイツの初代リーダーだったんだ。ボクよりも、ずっと、ずっと強かったんだよ…。
スリーピング・ナイツも最初は9人いたんだ……でも、姉ちゃんを合わせて3人もいなくなっちゃった…。
だからね、みんなと話し合って決めたんだよ…次の1人の時にはギルドを解散しようって。
その前に、最高の思い出を作ろうってね…」
お姉さんのことを誇らしげに語るユウキ。
だけど、その人を含めて1人、また1人と仲間が減っていき、ついには残り6人になった。
それはどれだけ辛かっただろう。大切な仲間だけじゃなく、両親と姉まで亡くしてしまって、
そして、さっきまでの倉橋医師の話を聞く限り、彼女は既に限界まできている……つまり、その最高の思い出を残すのは、
何よりも彼女自身の為ってことだ。しかしユウキはまだ話しを続ける。
ユウキ達が最初に出会ったのは『セリーンガーデン』っていう、
医療系ネットワークの中にあるヴァーチャル・ホスピスらしい。
病気は違っても、大きな意味では同じ境遇の人同士、VR世界で話し合ったり、
遊んだりという最期の時を豊かに過ごそう、という目的で運営されてるサーバー。
そんな中で彼女達は出会い、スリーピング・ナイツを結成し、様々な世界を冒険してきたんだ。
スリーピング・ナイツのメンバーの存在には、途方も無い重さを感じる…。
「2人とも、本当のことを言えなくてごめんね。
春先の解散の理由は長くても3ヶ月って告知されてるメンバーが2人いるからなんだ…。
だからボク達はこの素敵な世界で最後の思い出を作る為に、
大きなモニュメントに名前をボク達がいたっていう証を遺す為に、フロアボスと戦ったんだよ…」
っ、2人……1人は間違いなく、彼女だ…。それに長くても3ヶ月、ユウキ達は焦っていたと思う。
だからこそ、6人だけでボス攻略に挑んだりしたんだ。そしてユウキは提案した、1人だけ手伝ってくれる人を探そう、と…。
もちろん反対意見もあった、迷惑をかけ、嫌な思いをさせてしまうかもしれない、そういう理由からだ。
だけど…なら、なんでオレはイラついているんだ?
「…って、結局その通りになっちゃったけど……ごめんね、アスナ、クーハ…。
だから、いまからでもボク達のことは忘れ「巫山戯るな…」…クー、ハ?」
オレはユウキの言葉を途中で遮る。分かった、なんでオレがイラついていたのか。
それは彼女が
「迷惑を掛けた? 嫌な思いをさせた? オレ達にお前らの勝手な考えを押しつけるな!」
「あ、あの…クーハ…?」
そう言えば怯えながら眼の端に涙を浮かべるユウキ。
アスナさんは少し逡巡した様子を見せたけれど、すぐに真剣な表情に持ち直した。
「迷惑? いくらでも掛けてみせろよ! 嫌な思い? するわけないだろ!」
「そうだよ。迷惑なんてこれっぽっちも思ってないし、嫌な思いもしてないよ。
わたし、ユウキ達と出会えて、ユウキ達の手伝いが出来て凄く嬉しかったんだから」
「ぁ、くー、は……あ、すな…。ボ、ク…」
オレもアスナさんも本心を言い、ユウキの瞳の端からは止めどなく涙が零れていってる。
「オレ達はもう、友達で、仲間なんだよ!」
「ぅ、ぁ……で、も…ボク、たちは……もぅ…まん、ぞ、く…だか、ら…」
まだ抵抗するか、この頑固娘は…。そんな顔で、そんなに涙流して、何処が満足なんだよ…!
アスナさんには悪いと思ったが、オレはユウキを自分の胸元に抱き寄せる。
「まだしてないこと、沢山あるだろ?
アルヴヘイムの行ってない場所も山ほどあるし、VRワールドも含めたらそれこそ無限にあるってもんだ。
満足だなんて言うな……やりたいこと、行きたい場所…オレ達が手伝ってやる! だから、オレ達に頼ってくれ!」
「っ…いい、の…? まだ、やりたい、ことを、して…いい、の…?」
捲し立てながら言った後、彼女はようやくその仮面を剥がし始めた。
「ボク…たち、は……たのしんで、いいん、だよ…ね…?」
「あぁ…」
「ぅ…ぅう、うぁ…」
ついにその仮面は全て剥がれ落ちた。
「まだ、いろんなこと、したいよぉ…! シウネー、たち…と、アスナ、と…クーハと…。
まだまだ…いろんな、ばしょ……いきたいの!」
「させてやるし、連れてってやるし、その手伝いもしてやる。だから、覚悟してろよ…?」
「っ、うん、うん…!」
仮面の剥がれたユウキはやっぱりただの小さな女の子だった。
オレと同じ年だってのに、こんな
照れも全部忘れといて、彼女を抱き締める。
「えへへ…/// クーハに抱っこしてもらってると、なんだか心がポカポカしてくる。
それに、なんだかドキドキしてくるよ///」
「え、っと…そっか…///」
「(……なんだかわたし、蚊帳の外になってない?)」
ユウキの言葉に内心かなり照れているわけだが、別にアスナさんのことを忘れているわけでは断じてない。
「でも、うん……キリトの言った通りになった…」
「え…? キリト、さん…?」
「ユウキ、それってどういう…?」
彼女が呟いたことにオレとアスナさんは驚くしかない。なぜ、ここでキリトさんの名前が出てきたのだろうか?
「その、昨日ね…ボク、キリトと会ったんだ…。どうやったのかは分からなかったけど、
ボクのいるVR空間までやってきて言ったんだ。『絶対に後悔する道だけは選ぶな』って」
その言葉はオレにも、そして多分アスナさんにも掛けられたものだと思う。
そういえば、キリトさんは病院に来た上で倉橋医師に頼み込んでオレ達への説明をやったってことは、
アミュスフィアを用意させたのもキリトさんなんじゃないのか…?
「(キリトくんはこのことを見越していたの? それにユウキの居るVR空間に来たということは、ユイちゃんの力も借りて…?)」
アスナさんも考え込んだ様子を見せている。まぁそこはあとでキリトさんに聞くとして、だ…。
「ユウキ。お前がいま一番したいことってなんだ?」
「う~んとね、あ……ボク、学校に行きたいかな」
「「学校?」」
問いかけてみた結果、予想外の答えにオレもアスナさんも驚いた。
「仮想世界の学校には偶に行くんだけど、なんだか静かで綺麗で、お行儀が良すぎて…。
ずっと前に通ってた学校みたいなところに通いたいなぁって……思うんだけどぉ…」
最後のところでモジモジしながら少し申し訳なさそうにするユウキ。
「ごめんね、さすがに無理なこと「行けるかも…」だ……え?」
「アスナさん、マジで?」
謝罪を言い切る前にアスナさんがそれを遮り、さすがのオレも聞き返してしまった。
「マジもマジ……行けるかもしれないよ、学校!」
これは、本気で希望が見えてきたかも。まぁ、どうやって学校に行くのかは気になるけど…。
クーハSide Out
和人Side
明日奈達は上手くやれただろうか? 正直、自分で紺野木綿季の居場所を教えておきながら、
心配してしまうという状況には過保護すぎると思わざるを得ないだろうな。
それでも、あの3人なら絶対に大丈夫だと、そう思えたりするのだから不思議だ。
――~♪~~♪
「ん、明日奈からか……もしもし?」
『あ、和人くん?』
連絡はまさに考えていたはずの愛しい女性からのもの。
『えっとね、まずはありがとう。わたし達のために、色々と動いてくれてたんだよね?』
「木綿季と倉橋先生から聞いたみたいだな…。
まぁ、3人の為でもあるけど、自分の為でもあるからな。なんせ、まだ決着をつけていない…」
『あはは、そっか……うん、それでも、ありがとう…』
「どういたしまして」
彼女の声が少しばかり弾んでいる様子から、どうやら満足の行く道を選んだようだ。
俺も後押しをした甲斐があるというものである。
『そ、それでね、あの、お願いがあって…』
「ん、どんなの?」
『えっと、そのね、ユウキがね……学校に行きたいって…』
「……はい?」
学校って、学校だよな…? どういう意味だ、彼女が現実世界に戻ることが出来ないことくらいは明日奈も解っていると思うが…。
『ほら、キャリバーGETの打ち上げの時に、ユイちゃんの為に使ったなんとかプローブっていうのがあったよね?
アレ使えないかなぁ~って思って…』
「『視聴覚双方向通信プローブ』な…けど、待てよ?
ユイの時の固定仕様データだけじゃなくて、移動・行動中でのデータも欲しいし。
ユウキも学校に通えて、俺達もデータが取れる、一石二鳥か……よし」
なるほど、確かにアレを使えばユウキが学校に通うことは出来る。それに明日奈もよく思いついたものだな。
しかし、そうなると色々と交渉しないといけなくなるが、なんとかしてみるか。
「分かった。明日でいいのか?」
『あ、明日!? も、もちろん、お願いしていいかな!?』
「OK、任せてくれ」
そこで明日奈との通話を切る。後悔しない道を行けといったが、いきなりこんなお願いをしてくるとは思わなかったぞ…。
ま、それはそれで頼ってくれるのは嬉しいけど。
「さて、と……それじゃあまずは刻と他の2人に連絡して、あとは学校側にも事情を説明っと。
それに調整も行わないといけないから……やること多いなぁ…」
やることは多いが、やり甲斐があるというものだ。最愛の女性、弟分、俺達の域にいる剣士の為に、一肌脱ぐとしますか。
和人Side Out
To be continued……
後書きです。
というわけで、アスナとクーハがユウキと再会し、思いをぶつけ合いました。
原作でアスナはユウキのことを気にしながら話していましたが、本作ではクーハが思いきり捲し立てました。
早い話しが「オレに頼れ!」という男前な感じになっているとは、思いますけど・・・。
そして早速和人さんに頼み事をする明日奈さん、嫁の為なら有言実行w
ユウキの学校体験は2話に分けてお送りします、それではまた次回で・・・。
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第32剣です。
ALOにて明日奈と九葉が木綿季と再会します。
どうぞ・・・。