No.61363

どっきりドーナツ

みぃさん

ドーナツにまつわる恋物語です。

2009-03-03 15:33:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:690   閲覧ユーザー数:665

「ごめんなさい、今ちょうど品切れ中なの。もう少しでできると思うけど、他のものにしますか?」

 

 

会計をする彼女が敬語とタメ語交じりなのは、僕を知っているから。

列ができて焦っているというのもあるかもしれない。

 

 

「少しだったら、待ちます」

 

 

君の仕事をこっそり盗み見ながら、のんびりと。

ドーナツなんか、大したことじゃない。

 

 

「わかりました。席までお持ちしますね」

 

 

「お願いします。それと…」

 

 

――バイト終わったら、少し時間、作れないかな?

 

 

今日こそ君に伝えたいと思って、ここにきたんだ。

だからこそ、勤務時間が終わる頃を見計らってきたんだから。

 

 

「他にもご注文ですか?」

 

 

「はい、君の心を!!」

 

 

大きな目をより大きく見開いた彼女の顔を見て、言ってしまった言葉に気づいた。

しまった、つい!!

こんなこと言うつもりじゃなかったのに!!

下手な恋愛漫画みたいじゃないか!!

 

 

後ろに並んでる女子高生が声を抑えて笑っているのがわかる。

 

 

僕はいいけど彼女に対しては笑うな!

…なんて、文句を言える立場ではない。

 

 

「えっと…」

 

 

「あ、いや、その…そっちは…ドーナツよりのんびり待つから…」

 

 

彼女から目を逸らして、空いている席を目指す。

しまった、これじゃ気まずくて盗み見できない。

…じゃなくて…

 

 

――玉砕、かもしれない。

 

 

自然と、ため息が漏れた。

 

 

 

 

 

彼女と出会ったのは、1年前。

大学の入試近く、学校の周りを知っておこうと探検していた時だった。

普段は食べたいなんて思わないのに、なんとなく小腹がすいて近くにあったドーナツの店に入った。

そこでアルバイトしてる彼女に、一瞬で夢中になった。

――彼女に会うために、ここに通いたい。

この店から近い大学入試への意気込みは、確実に上がった。

 

 

そして、見事叶うことになった。

 

 

嬉しかったのは、それだけではなかった。

彼女は、同じ大学、同じ学部の同級生だったのだ。

推薦で一足早く合格を決めていた彼女は、ここでアルバイトを始めたばかりだった。

 

 

それと知ったのは、もうしばらくしてからのこと。

合格前に願ったままに、ここに通うことで彼女に近づいていった。

 

 

「いつもこのドーナツを注文するのはどうして?」

 

 

フレンチクルーラーばかりを頼む僕を不思議に思っていた彼女。

僕はとっさに「好きだから」と答えた。

始めは、覚えてもらうための浅知恵だったんだけど。

 

 

なぜ、フレンチクルーラーを選んだかというと、たぶん彼女に似ているからだ。

軽くて、甘くて、一番明るい色のドーナツ。

飾り気はないのに、惹かれてしまう。

 

 

甘いものは得意ではなかったはずなのに、食べれば食べるほど好きになった。

だから、確信もあった。

彼女も知れば知るほど好きになる。

実際、その通りだった。

 

 

 

 

 

――もう、続きはないかもしれないけれど。

 

 

これはもう、運命だろうなんて思っていた分、大ダメージは確実だ。

 

 

――あぁなんてばかなことを言ってしまったんだろう。

 

 

頭をかかえていると、気配を感じて顔を上げた。

 

 

「お待たせしました」

 

 

彼女が、そこに立っている。

 

 

「…さっきは…ごめん」

 

 

顔を見るのが、つらい。

 

 

「冗談だったの?」

 

 

「まさか! 冗談で言えることじゃ!!」

 

 

「だったら、返事もこれと一緒に返します」

 

 

 

 

 

そういうと彼女は背を向けた。

彼女が指した皿の上には丸いフレンチクルーラーが一つ。

見れば見るほどに丸い。

丸!?

 

 

「それって…!!」

 

 

僕は叫ぶと同時に立ち上がった。

顔だけこっちを向いた彼女は笑顔を見せてくれた。

 

 

立ったままかぶりついたフレンチクルーラーは甘かった。

でも、彼女の甘い笑顔にはもちろんかなわない。


 
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