「ごめんなさい、今ちょうど品切れ中なの。もう少しでできると思うけど、他のものにしますか?」
会計をする彼女が敬語とタメ語交じりなのは、僕を知っているから。
列ができて焦っているというのもあるかもしれない。
「少しだったら、待ちます」
君の仕事をこっそり盗み見ながら、のんびりと。
ドーナツなんか、大したことじゃない。
「わかりました。席までお持ちしますね」
「お願いします。それと…」
――バイト終わったら、少し時間、作れないかな?
今日こそ君に伝えたいと思って、ここにきたんだ。
だからこそ、勤務時間が終わる頃を見計らってきたんだから。
「他にもご注文ですか?」
「はい、君の心を!!」
大きな目をより大きく見開いた彼女の顔を見て、言ってしまった言葉に気づいた。
しまった、つい!!
こんなこと言うつもりじゃなかったのに!!
下手な恋愛漫画みたいじゃないか!!
後ろに並んでる女子高生が声を抑えて笑っているのがわかる。
僕はいいけど彼女に対しては笑うな!
…なんて、文句を言える立場ではない。
「えっと…」
「あ、いや、その…そっちは…ドーナツよりのんびり待つから…」
彼女から目を逸らして、空いている席を目指す。
しまった、これじゃ気まずくて盗み見できない。
…じゃなくて…
――玉砕、かもしれない。
自然と、ため息が漏れた。
彼女と出会ったのは、1年前。
大学の入試近く、学校の周りを知っておこうと探検していた時だった。
普段は食べたいなんて思わないのに、なんとなく小腹がすいて近くにあったドーナツの店に入った。
そこでアルバイトしてる彼女に、一瞬で夢中になった。
――彼女に会うために、ここに通いたい。
この店から近い大学入試への意気込みは、確実に上がった。
そして、見事叶うことになった。
嬉しかったのは、それだけではなかった。
彼女は、同じ大学、同じ学部の同級生だったのだ。
推薦で一足早く合格を決めていた彼女は、ここでアルバイトを始めたばかりだった。
それと知ったのは、もうしばらくしてからのこと。
合格前に願ったままに、ここに通うことで彼女に近づいていった。
「いつもこのドーナツを注文するのはどうして?」
フレンチクルーラーばかりを頼む僕を不思議に思っていた彼女。
僕はとっさに「好きだから」と答えた。
始めは、覚えてもらうための浅知恵だったんだけど。
なぜ、フレンチクルーラーを選んだかというと、たぶん彼女に似ているからだ。
軽くて、甘くて、一番明るい色のドーナツ。
飾り気はないのに、惹かれてしまう。
甘いものは得意ではなかったはずなのに、食べれば食べるほど好きになった。
だから、確信もあった。
彼女も知れば知るほど好きになる。
実際、その通りだった。
――もう、続きはないかもしれないけれど。
これはもう、運命だろうなんて思っていた分、大ダメージは確実だ。
――あぁなんてばかなことを言ってしまったんだろう。
頭をかかえていると、気配を感じて顔を上げた。
「お待たせしました」
彼女が、そこに立っている。
「…さっきは…ごめん」
顔を見るのが、つらい。
「冗談だったの?」
「まさか! 冗談で言えることじゃ!!」
「だったら、返事もこれと一緒に返します」
そういうと彼女は背を向けた。
彼女が指した皿の上には丸いフレンチクルーラーが一つ。
見れば見るほどに丸い。
丸!?
「それって…!!」
僕は叫ぶと同時に立ち上がった。
顔だけこっちを向いた彼女は笑顔を見せてくれた。
立ったままかぶりついたフレンチクルーラーは甘かった。
でも、彼女の甘い笑顔にはもちろんかなわない。
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ドーナツにまつわる恋物語です。