「………」
「………」
見渡す限り雄大な森林が続いている。
この時代ではまだ地球温暖化とか森林伐採が問題になっていない分、元の世界では、ほとんど見ることのできなくなった広く綺麗な森林がこの世界は当たり前のように見れる。
実に素晴らしい。
「………」
「………」
歩いていて空き缶や雑誌のようなゴミの落ちていない森など、元の世界ではもう見ることさえできないかもしれない。
そのおかげか、その辺の小川の水でもなんとかの天然水並にうまく感じる。
「………」
「………」
天気もよく、木の一本一本が高いから木漏れ日とかもすごくきれいだ。
向こうでは森林の香りがする芳香剤とかアロマとか売ってたけど、今は完全無料でそれを感じることができる。
「………」
「………」
こんな景色の中でごはんを食べたら、それがおにぎりだけだとしてもメチャクチャうまいだろうな。
うん、おにぎりだけでも十分だ。小川の水で炊いた、ご飯で作ったおにぎりなら、とてもうまいだろうな。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………とりあえず、一刀。今考えていることをやめよ」
「………なんでだよ。考えるだけなら自由だろ」
それまで無言で歩いていた久遠が口を開くと、疲れ切った声で文句を言う。
「何を考えているか分かって、余まで辛くなる」
「ごめん…。でも、無理。考えないようにしてもいろんなものが原因で連鎖反応して考えちまう」
木を見たら景色がいいと思ってしまい、そう思ったらさっきの飲んだ水がうまかったと思いだして、そうしたら水で炊いた米を連想してしまった。
風が吹けば桶屋が儲かる的な感じで食べ物のこと連想してしまったせいで、空腹がさらにキツくなった。
「………」
「………」
そう、今二人は空腹だった。それも半端なく。
三国志の世界に戻って4日間、一刀と久遠は何も食べていなかった。
最後に何か口に入れたのは久遠の部屋で食べたあんまんで、その後は水を飲むだけだった。
小川で魚を得ようと考えてもいたが、棒や餌があっても、餌を吊るす糸が無い。
これでは魚を釣ることができない。
そのため、川沿いの家か村がないかと小川に沿って歩いていたのだが、一向に見つからず今のような状態になってしまった。
「あぁ、もう限界じゃ。もともと余は軍師。動くのは専門外なのだぞ」
「なら、この状況を打開する策を考えてくれ。こっちも体力的に限界なんだ」
「四日も甘味を食べていないというのに、良い案が浮かぶわけがなかろう」
「どういう理由だよ」
久遠は木の幹に背中を預けて地面に座り込んだ。
実際、体力の限界は近かった。
人間の三大欲求の内、一つでも欠けると他の二つもまともに満たされなくということを一刀は嫌と言うほど思い知らされる。
空腹で無駄な体力を使わないため早めに睡眠をとるようにしていたが、次第に空腹のせいで眠くても眠れなくなり、歩く以外に体力を使う気になれなくなっていた。
おかげで昨夜など眠るというより半ば気絶する形で夜を明かした。
「ってか、なんで食糧無しで出発なんかするかな。無計画にほどがあるだろ」
「おとといも言ったであろう。まさか、こんな人里離れた場所に降りるとは予想していなかったのだ。そもそも、お主がちゃんと場所を指定しておけば…」
「それも、おととい聞いた。…あっ、マジで限界…」
残っていた最後の体力を使い切ったように一刀の膝から力が抜け、その場に倒れ伏した。
(戻ってきて四日目に餓死って、ギャグにもならないんだけど)
目だけで久遠の方を見ると眠ってしまったのか、目を閉じたままピクリとも動かない。
肩が上下しているところを見ると生きてはいるのだろう。
それを見て安心してしまったのか、今度は次第に瞼が重くなってくる。
(や…べ~、マ、ジで限…界。………か……りん)
最後に愛した女の顔を思い浮かべながら一刀は意識を手放した。
「う……」
目を覚ますと、また知らない天井があった。
周囲を見ると家具は少なく、城の部屋ほど凝った造りをしていないところを見ると、おそらく民家の一室だろう。
一刀は、その一室の床に寝ていた。
「えっと…夢」
部屋の中に自分以外の人はいない。
一刀は寝台から起きると、家の住人を探そうと扉に向かう。
もしかしたら、自分が消えてしまったことも、暗い空間をさまよっていたことも、太公望を名乗る少女がいたことも。
それならば、500年以上昔の人物がいたとしてもおかしくない。
おそらく、蜀呉魏の三国交えての宴会の最中に酔って街に出てしまったのかもしれない。
そんなことを思いながら扉を開けようとすると、一刀が開けるよりも先に扉が開き、一刀は扉に顔をぶつけた。
「あがッ」
「ん?なんだ、起きたか?」
なんか、デジャヴ。
夢ではなく、扉の前で久遠があんまんを食べながら顔を押さえて蹲っている一刀を見下ろしていた。
あんまん?
「ちょ…。なんだよ、それ!」
「見て分からんか?あんまんじゃ」
久遠はあんまんを一口噛むと、その噛み口を見せ、自分が今食べているのがあんまんだということを示した。
「いや、そうじゃなくて」
たしか食糧は勿論、あんまんを買う金すら持っていなかったはず。
「安心せよ。食料を確保しつつ旅の賃金を得る策を考えてやったぞ」
「は?」
「どうやら、連れが起きたようだね」
久遠に続いて割烹着を着たおばちゃんが入ってきた。
「はい、義弟がお世話になりました」
「義弟?」
「いいってことさね。その分、あんたの弟にはしっかり働いてもらうからね」
「はい、それはもちろん。存分に使ってやってください」
咄嗟に食べていたあんまんを紙袋に隠すと、久遠は今まで見せたことのない上品な笑みを浮かべている。
おばちゃんは「じゃあ、準備ができたら下りてきなよ」と言うと部屋から出て行った。
「どういうことか説明がほしいんだけど。それとここどこ?」
「聞いてばかりじゃな。一時とはいえ、この世界の住人だったのだろう?」
久遠は呆れ混じりな表情で言う。
「まぁよい。まず、ここは南昌じゃあ。お主が気絶したあと、偶然この店の亜留売徒が余達を見つけての事情を話したら、この店に案内してくれたのだ」
「あるばいと?」
あるばいととは、あのアルバイトのことだろうか。
「うむ。魏から伝わった方法らしくてな、短い期間に安い賃金で人を雇えるということで、この店でもそれをやっているらしい」
(あ~そういえば、華琳に渡した書類の中にバイトについて書いておいたっけ)
蜀呉同盟との決戦の前に世界から消えるかもしれないと感じていた一刀が消えたあとのことを考えて自分の知っている元の世界の知識をまとめた書類にアルバイトという雇用形態があるということを書いたことを思い出した。
おそらく一刀が消えたあと、華琳が書類から見つけて使ったのだろう。
書いている時は戦後自分が今、書いていることが華琳たちの役に立つか不安に思うところもあった分、採用されているわかると嬉しくなる。
「南昌ってことは呉、孫策さんとこか。それで金も食料も手に入る策ってなに?」
さっきの話から、だいたいの予想はつくが一応聞いてみる。
「うむ。ちょうど、この店があと一人、日雇いの亜流売徒を募集していてな…」
(やっぱり…。ん?一人?)
「それで、できれば男手がいいとのことだったのでな」
(まさか…)
大方予想通りなのだが、話しを聞いている内に段々と嫌な予感を感じ始める。
「お主が働くことになった」
「え~と、まぁ別に働くのはいいとしてだ。その間、久遠は何をしてるの?」
「余は身体の弱いお主の義姉ということになっているのでな」
はい、嫌な予感的中。
大方、猫かぶって身体が弱いながらも義弟思いな優しい義姉を演じていたのだろう。
「ほれ、これでも食って行って来い」
久遠は紙袋から食べかけのあんまんを取り出すと残りを紙袋ごと一刀に渡した。
紙袋中にはアツアツの饅頭が三つ入っていた。
「残りは肉まんじゃ。ほれ、とっとと食って、とっとと行け」
そう言って、久遠は部屋から一刀を部屋から押し出した。
一刀が店に出ると、一通りの仕事の説明を聞いたあと、すぐに仕事を任された。
おばちゃんの店は点心が人気で、日中引っ切り無しに客が来ていた。
今日は特に多いらしく、休憩などほとんど取れない。
注文を受けては客と厨房の間を走り、薪が足りなくなれば取りにまた走る。
もう一人、バイトを雇っているようだが、今日は皿洗いやらお使いやらで、全く顔を合せなかった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
閉店後、肉まん三つと昼食分以上の力を使い果たし、一刀は仕事が終わるなり、その場に座り込んでしまった。
おばちゃんは笑いながら「男が何言ってんだい。ちゃんと働いて姉さんを支えてやりな」とそう言って賄い飯を二つ出してくれた。
一つは久遠の分で「食べ終わったら持って行っておやり」と言われたが、正直部屋で身体の弱いふりをして寝ころんでいる久遠の姿を想像すると、この場で俺が食っても罰は当たらないんじゃないかと思う。
「おつかれさま~!」
そんなことを考えながら飯を食べていると元気な声と同時に少女が姿を現した。
少女は大陸では見ない服装をしていて、顔立ちも大陸では見かけない、強いて言うなら日本人のような顔立ちをしていた。
少女は一刀に気づくと挨拶してきた。
「あっ、倒れてた人だ。おつかれさまで~す」
「おつかれさま」
一端食べるのを止めて挨拶すると、少女は珍しそうに一刀の顔を見る。
「おつかれさま。ねぇねぇ、お兄さんも旅してんの?」
「そ、そうだけど」
「そうなんだ!私もね、東の方から海を渡って来たんだ」
「海を渡ってって。まさか、日本から!?」
確か、日本人が大陸に渡ったのってこの頃だったかなと思う。
授業で魏志倭人伝のことを聞いたことを思い出し、なら今日本は弥生時代あたりだったかな。
「にほん?違うよ、私が来たのは倭国だよ」
そうだ、この時代の日本は『倭』って名前でいろんな国に分かれていたんだっけ。
「それで、そこの邪馬台国から来たんだ」
「ぶっ!!」
少女の口から出て国名に一刀は噴き出した。
「わっ、きたない」
「ご、ごめん。ってことは君もしかして」
ここのところ…正確には、この世界に来てからというもの変なところで歴史上の有名人に出会うことがある。
例えば、この世界にきて早々にあった少女が風と凛、程昱と郭嘉で二人に星と呼ばれていたのが趙雲だったり、町で見かけた変なカラクリを置いて籠を売っていたのが季典だったことを思うと、もしかしてという予感が脳裏をよぎる。
「卑弥呼だったりする」
「師匠を知ってるの?」
予想した名前を口にした途端、少女は掴みかかるように詰め寄ってきた。
反応からすると少女は卑弥呼ではないようだ。
しかし、師匠?
三国志の知識に比べ、日本史について、あまり知らないが邪馬台国の女王に弟子がいたなんて知らない。
というか、女王に弟子というのがしっくりこない。
「師匠って…じゃあ、君は…」
「ああ、私は壱与」
一刀が店内で壱与に迫られている頃…。
久遠は店の屋根の上で紙袋一杯のあんまんを食べていた。
「ふむ、やはり来たか。思ったより早かったの」
久遠がそう言いながらあんまんを一つ取り出し噛みつくと、虚空から男が二人姿を現した。
眼鏡を掛けているのと薄い茶髪の男は二人とも道士服を着ていて、茶髪の男のほうはえらく機嫌が悪いのがありありと分かる。
「なんのようじゃ。せっかく夜空を見ながらあんまんを楽しんでいたというに。それを邪魔するとは、どういうつもりじゃ?」
「それはっ…!!」
「左慈」
我慢できなかったように左慈が怒鳴ろうとしたところをメガネの男が落ち着かせる。
「それは、こちらのセリフです太公望様。世界から弾き出され消える運命だった北郷一刀を助けただけでなく、もう一度、この外史に連れてくるなんて何をお考えなのですか」
左慈は言葉使いを丁寧にしているものの、内にある怒気を隠しきれずにいる。
久遠は、そんな左慈を構う気がないように一つ食べ終えると新しくあんまんを取り出して食べはじめた。
「于吉も一緒か、相も変わらず二人一緒とはな。少しは女に興味を持ったらどうだ?」
「余計なお世話ですよ。それよりも左慈の質問に答えていただきたい」
久遠は于吉の言葉を無視して、あんまんを二つ取り出すと二人に向けて投げた。
「それでも食って、少しは落ち着いたらどうじゃ?」
「ふざけるな!!」
堪忍袋の緒が切れた左慈は受け取ったあんまんを握りつぶす。
「なんじゃ、勿体無いことをするの。それにしても、そんなに外史が気に入らんのか?」
「当たり前だ!!こんな役割を演じるだけの人形でいいはずがない」
敬語ではなく、乱暴な言葉で激昂しているが、久遠は全く意に介していない。
しかし、久遠のその態度が左慈をさらにイラつかせる。
「全く、他の奴らといい。何故、こうも面白いものを壊そうとするかの」
「面白い…ですか。では、好き勝手に外史が生まれたことで、正史にどれほどの影響がでたとしても、貴方は面白いといえるのですか?」
「言える」
于吉の問いに久遠は即答で答える。
「影響だ、被害だと言って、それが外史の原因だなどと分かる人間がどれ程いる。お主らがやっていることなど自傷行為のようで見ていて面白くない」
「では、人形は人形らしく決まった役割を演じていればいい。貴方は、そう言いたいのですか?」
「さぁの…」
あんまんを全て食べ終えた久遠は立ち上がる。
「むしろ、役割などと考えているのが間違いなのじゃ」
そう言い残すと久遠は二人の言葉を聞かずに屋根から降りて行った。
久遠が姿を消して、左慈は怒りを露わにする。
「あのババァ、本気で北郷のような存在を許すつもりなのか!?」
「そのようですね。しかし、厄介ですね。人形を使って北郷を殺そうにも、あの方が近くにいては、それができません」
「ク…何を考えているんだ、あのババァは!」
「仕方ありません。少々面倒ですが、北郷にはあの方の介入のできない方法で死んでいただくとしましょう」
于吉の提案に左慈は舌打ちして応えると、二人は風のように消えた。
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二人目のオリキャラ登場させてしまったorz。原作キャラも出せたけど……。
とりあえず三作目を投稿させていただきました。