そこは白い丘でした。
丘の上には、白い街がありました。
その男の子は、白い丘の白い街にある、白い家で生まれました。
ある日。お父さんが男の子に言いました。
「昔から、虹の向こうには夢の国があるといわれているんだ」
男の子は空にかかる虹を見上げます。
「それはどんなところなの?」
「素晴らしい所なんだ。苦しみも悲しみも無い、幸せな世界なんだよ」
「どうやったらいけるの?」
するとお父さんは、笑います。
「もういるじゃないか。ここは、虹を越えた街。やっとたどり着いた、楽園なんだ」
毎日が、苦しみも悲しみも無い。白い街は楽園でした。
お父さんの言う苦しみや悲しみがなんなのか、男の子にはよくわかりません。
「お腹が空いたり寒かったり。そうすると、苦しかったり悲しかったりするんだよ」
と、お友達が教えてくれました。
お腹が空くというのは、どんな気持なのか。男の子は知りません。
毎日毎日、美味しくて甘いご飯があるのに。わざわざ食べないでおくなんて、そんな人はこの街にはいません。
いつだってご飯があって、いつだって暖かなベッドがある。ここは、白い楽園なのです。
けれど、楽園に来る前には、人はどこにいたのでしょうか。
「向こうを見て御覧」
先生が、学校の塔から指を指します。男の子は手すりに手を着いて、示された方を眺めます。
うっすらとかかる靄の向こう側に、街が見えました。
「あそこが、人間の生まれた世界なんだよ。毎日毎日、苦しみや悲しみばかりの続く国なんだ。昔の人はだから、虹の向こうを目指した。沢山の苦しみは悲しみを乗り越えてやっとたどり着いたのが、ここなんだよ」
それは男の子のお祖父さんだったり、先生のお祖母さんだったり。昔々の人間の物語だということでした。
白い街は、白い陽光の中で白く輝きます。いつでも暖かな輝きに包まれた、そこは楽園なのです。
昔々の人達が、どうやって楽園に来たのか。男の子は知りたいと思いました。
「虹を越えて来たんだよ」
と、大人は言います。
塔の上から昔々の街を見下ろすと、靄の中にうっすらと虹が見えました。
あの虹を越えて、昔々の人達はこの白い街に来たのでしょうか。
靄の向こうの世界はどんなところなのでしょう。苦しみや悲しみだけの世界というのは、どんな気分なのでしょうか。
白い街の白い家。ある朝、男の子は白いベッドに起き上がって、思いました。
虹の向こうに行ってみよう。
白い服を着て、白い靴を履いて。
男の子は白いタイルの上を歩きます。
街の人はまだ起きていなくて。町の中は美しい静けさに包まれていました。
男の子は街の端を目指しいます。
塔の上から見下ろせた、あの虹の向こう。
昔々の人達が越えてこられたのなら、男の子にだって越えられると、そう思ったのです。
男の子はいつまでも歩きました。途中途中の噴水で甘い水を飲み、途中途中の木から美味しい果物をもいで。
お日様が明るく輝くまで、歩き続けました。
白い街は、白い靄に囲まれた、美しい楽園でした。
靄の中には虹が見えます。
男の子は白い家々の間から、虹の向こうを見下ろしました。
白くない色の交じり合った、街。
昔々の人達が住んでいた町は、色々な色をしています。
小さな屋根ばかりが、男の子の目に映りました。虹の七色を透かして見ているせいなのでしょうか。あんなに、沢山の色があるなんて。
男の子は沢山、白いタイルを踏んだのに。
どうしてだか、白い丘の出口は見当たりません。
丘を下りているはずなのに、道はかならず緩やかな上り坂に差し掛かってしまうのです。
昔々の人達が、沢山の苦しみや悲しみを乗り越えて。やっとたどり着いた、そこは白い楽園です。
毎日毎日、甘いご飯と暖かなベッドがありました。
噴水から流れる水は甘く香り、木々には美味しい果物が実ります。
美しい陽光の中で、白い街は優しく輝きに包まれて。
男の子は苦しみも悲しみもよくわかりません。
ただじっと。
白い街の隙間から、虹の向こうを見つめていました。
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童話風タッチです。
今は休止しているサイトに載せていたもの。
散歩で道に迷った時に思いつきました。