ここは司州。首都洛陽や長安を含む州である。
悠然と佇む屈強な城門。先ほどまで閉じられていたそれは、商人達の荷車を受け入れるべく開かれていた。
城門のすぐ脇には門兵の詰め所と思われるものが建ち、門兵達は事細かに商人と荷を確認している。
その列の最後尾に、フードの付いた黒い外套を羽織る者が二人並んでいた。
黒繞と黒纏--深と影華である。
「ここが洛陽……大きいですね」
「あぁ。襄陽もそれなりに大きかったが、ここはその比じゃないな」
襄陽から洛陽に到るまで、当然いくつもの街を経由してきた。だが、そのどれもが襄陽ほど大きくはなかった。その襄陽が霞んで見えるほどの広さを持つ洛陽。これが漢の都。帝の居る街。
「通行証を出せ」
「あ、すみません。……これを」
「……確かに確認した。通れ」
「はい、ありがとうございます」
聳え立つ城壁を横目に、千寿の用意した通行証を渡した深と影華は洛陽へと入った。
「道中に聞きましたが、これだけの人の中から、その孫堅という方を探すのですか?」
「いや、孫堅は宮中への用事だけのはずだから、その周辺にいれば分かると思う」
「……それって、傍から見た私達って不審者です……よね」
「そうなんだよなぁ……幸い、諳が人相を教えてくれたし、そうならないようになんとかするさ」
「はぁ……」
「とにかく泊まる場所を探そうか」
影華の呆れ顔に苦笑しつつ、宿を探そうと歩き出したとき
辺りに漂う微量の覇気。それは、武を嗜む一部の者にしか気付けない代物なのか、洛陽の人々には特に変わった様子は見られなかった。
発せられる覇気の方角を見ると、城へと向かって歩く三人の女性がいた。
真ん中の--覇気を放っているであろう--女性は煌めく桃色の髪を靡かせ、歩く姿は堂々としており、王たる風格を漂わせている。
その姿とは対照に、左の女性は髪こそ同じ色をしているが、その顔にはどこか幼さが残り、今は笑顔が漏れていた。
左の女性は二人とは違い、黒い髪をしていた。眼鏡をかけたその瞳と落ち着いた雰囲気は、彼女が知に長けた者であることが推測される。
俺と影華は緊張した面持ちで、歩いてくる三人を見つめていた。覇気に飲まれる事は無かったが、それ以上動くこともできなかった。
不意に真ん中の女性がこちらを向いた。その瞳は射抜くように俺だけを見つめ、まるで心の奥底を覗かれているような感覚に襲われる。直後にはまるで隣の女性に負けんばかりの笑みを浮かべ、俺たちの元へと歩いてきた。
「
「雪蓮、少し静かにしていなさい。……あなた、名は何というの?」
覇気に中てられつつも応えようとするのだが、なかなか声がでない。
その時、影華が震える手で俺の手を握った。
その行動に、心の中で謝礼を述べ、女性と対峙する覚悟を決めた。
「……人に名を聞くときは、自分から名乗るのが筋じゃないか?」
下に見られてはいけない。見知らぬ他人に弱みは見せない。常に堂々としていろ。
千寿の言葉を思い出しながら……。
「貴様、無礼であろう!」
「冥琳」
「しかし!」
「よいよい。私の覇気に臆さないなんてね……。私は孫堅。字は文台よ」
やはり……これが孫堅。江東の虎の異名を持つ、孫家の礎となる人物……。
「……俺の名は黒繞。字は幽明だ。後ろにいるのは黒纏。旅の連れだ」
「黒繞? ……あなた、生まれはどこかしら?」
「母様、突然何を……」
「いいから、少し静かにしてなさい」
「生まれは襄陽の外れにある小さな邑だ。それが何か?」
「!……もしかして、父親の名は黒然……とか?」
「父さんを知ってるのか!?」
その言葉に、俺だけじゃなく両隣の女性も驚いていた。影華も例外ではない。
「昔、共に戦場で戦ったことがある。彼は持ち前の怪力もそうだったけど、智謀に長け、何度助けられたことか……。子供ができて隠居したと聞いたのだけど、あなたがそうだったのね……彼は元気にしてる?」
そんなこと、父さんから一言も聞いたことが無かった。
昔、孫堅と共に戦場を駆けていたなんて……。
「……父さんは亡くなったよ。六年前に……同時に邑も」
「そう……。ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまったわね」
「いやいい。父さんは立派に戦って死んでいった。それは忘れちゃいけないことだ」
「強いのね。そういえば……何か彼から預かった物はあるかしら?」
父さんから預かった物っていったら、龍笛か?
いや、それは違うだろう……何かもっと大事な……。あれか!
それに思い出した俺は、ずっと首に下げていたそれを取り出した。
「たぶんこれだと思う」
「これは……印かしら」
「父さんはそれをお守りと言って、俺に託したんだ」
「お守り……たしかに彼はそう言ったのね?」
そう確認してくる孫堅。しばらく目を閉じ、何かを考えていた。
「城に用があるけど、それが終わったら時間取れるかしら?」
「? ……ええ。元から一泊するつもりでしたので」
「それなら問題ないわね」
何事か隣の女性とやり取りをしていた孫堅は、納得したように頷き、俺に向き直った。
「あなた達、これから用事とかあるかしら?」
「……宿を探そうと思っていたところだが、それ以外は特に何もない」
「それは好都合ね。私達はこれから城……いえ、宮中に用があるのだけれど、それが終わったら時間をくれないかしら? もう少し話したいことがあるの。……っと、お守りは返すわね」
割れ物を扱うような所作でお守りを返す孫堅。それを自らの手から離れるまで複雑な表情で見守っていたが、誰もその気持ちを読み取ることはできなかった。
「あぁ、こちらも問題ない」
「それじゃあ決まりね。あとでまた会いましょう」
そうして孫堅ら三人の女性は去っていった。
緊張が解けたのか、影華は膝から崩れ落ちそうになったが、咄嗟に支える。
「大丈夫か?」
「なんとか……ですが、しばらくは立てそうにありません」
「まぁ、あれだけの覇気に中てられたら……な。とにかくどこか宿を探して、そこで一休みしよう」
そう言って影華を背負った。
「ちょっと! 深! いきなり何を!?」
「しばらく立てないんだろ? ここで休むわけにもいかないし、それなら背負うしかないだろ」
「だろって、肩を貸すとか、他にも色々あるでしょう!」
「はは! まぁ怒るなって。俺がこうしたいんだ、いいだろ?」
「う……深はずるいです。……そう言われたら断れないじゃないですか……」
「悪いな」
大人しくなった影華を背負ったまま、宿を探すため歩き出す。
道行く人々は何度か振り向いて見てくる。
恥ずかしさで静かになった影華はそのままにし、歩き続けた。
「まずは時間を取ってもらい感謝する」
今、俺と影華は孫堅達の取った宿にいる。
街で適当に時間を潰していたところ、先ほど孫堅達と共に居た、孫堅と同じ髪の色をした女性に呼ばれたのだ。あれだけの人の中からよく見つけられたなと言ったら「こっちにいる気がしたから」とのこと。恐ろしい直感だ。
そうして連れてこられた宿で俺と孫堅は椅子に座り、他の三人はそれを後ろから立って眺めるという、なんとも居心地の悪い空間が出来上がっていた。
「改めて自己紹介させてもらうかしらね。さっき後ろの二人は紹介してなかったし」
「では今度は俺達から。姓は黒、名は繞。字は幽明だ」
すぐさま後ろにいた影華が一歩前に出て、名乗る。
今は大分落ち着き、堂々としている。
「姓は黒、名は纏。字は泉と申します」
「へ~。綺麗な礼をするのね、それに言葉遣いも」
まるで俺とは全然違うのねと言わんばかりだ。
俺だってちゃんと諳に躾……教えてもらった身だ。やろうと思えばできる……。
「改めて、姓は孫、名は堅。字は文台よ」
孫堅が名乗ると、後ろに居た女性達も一歩前に出て名乗り上げる。
「次は私ね。姓は孫、名は策。字は伯符。よろしくね」
「……姓は周、名は瑜。字は公瑾だ」
孫策は何か好奇心をくすぐるのか、笑みを浮かべながら。周瑜はこちらを訝しげながら渋々といった感じで自己紹介を終えた。
「それで、話したいこととは?」
「ああ。先程あなたのお父さんと一緒に戦ったことがあるって言ったわよね。実はあなたのお父さんから一つ頼まれ事があってね……」
「頼まれ事? それと俺が何か関係してるのか?」
「ええ。彼は戦での全ての報奨を受け取らない代わりに私に頼んだことがあるの。『いつか俺のお守りを渡した奴に会ったら、お前の裁量で構わない。助けてやってくれ』と。そうして彼のお守りを持ったあなたに出会った」
「父さんがそんなことを……」
「彼は私の裁量でと言ったけれど、私は出来るだけ手助けをするつもりよ。ただし大きなことは一度だけに限るけどね。……さて、あなたは私に何を望むのかしら?」
こちらを試すような視線を受けつつ考える。
孫堅は出来るだけと言った。たしか孫家は豪族ではあるが、まだ弱小といっても過言ではなかったはずだ……と、項羽によって思い出した記憶を探っていく。
彼女が出来ること、そして俺の求めていること。それらを繋ぎ合わせる……。
「俺は……」
俺が出した結論は……。
「洛陽への仕官する手続きを手伝って欲しい」
「……ふ~ん。そんなことでいいの? それなら私の力が無くても出来ることだけど」
「あぁ。だからこの話はこの先の未来。いつか俺が手を伸ばしたら、その時に力を貸して欲しい」
未来への布石にした。
「分かったわ。その時の問題にもよるけれど、私達孫家は出来るだけ手助けをしましょう」
「その言葉、偽りは無いか?」
「……
「母様!?」「蓮根様!?」
「……後ろの二人は驚いてるようだけど、いいのか?」
「構わないわ。真名以上のものを持ち合わせていないし、これまで話していて十分信用できると思ったから。あなたこそ、この信を裏切ることが出来るのかしら?」
「……参ったな、逆に取られるとは。真名は深だ。俺も真名に誓おう」
「ふふっ。深、未来でよろしくね?」
「蓮根こそ、よろしく頼む」
ここに、孫家と黒家の盟約が交わされた。
あの後、俺と影華は宿に戻ってきた。
やはり疲れていたのだろう、影華は食事を取り部屋に戻ると倒れこむようにして寝台で寝てしまった。
そんな影華をきちんと寝台に寝かせ、布団を掛けさせると、俺は宿の外に出た。目指す場所は広場だ。
広場に着いた。もう夜更けだ、広場には誰もいなかった。それを確認してから俺は龍笛を吹き始める。
何か考え事をまとめたいとき、癖のように龍笛を吹いている。なぜかこの方が頭がすっきりして、冷静に考えられるのだ。
今日一日で色々とあった。
孫堅との出会い。父さんの過去。お守り。盟約。
どこか眠りを誘うような旋律を奏で、考えていく。
どれぐらい経っただろう。その人はいつの間にか俺の隣に居た。
「そのまま続けていて……」
一言挨拶をしようとしたら止められた。俺はまた、同じ旋律を奏でる。
「上手なものね。あの人とは大違い」
返事は求めていないのだろう。その人--蓮根は一人呟いていく。
「彼は、私の欲しい人材の一人だったのよ。何度誘っても靡かない忠義の人だった。膂力は私を凌駕していて、おまけに頭脳明晰。何度も勧誘したわ……けれど返ってくる言葉は心に決めた人がいるだった。今思えば、それはあなたの母親なのでしょうね」
何かを掴むように空へ手を伸ばす蓮根。しばらくそうしていたかと思うと、静かに俺の方を向いた。
「聞かせてもらえないかしら。あなたの母親のことを」
俺は演奏を止め、蓮根に話した。普段の母さんのこと、どんな人だったのかを。
思えば、邑が襲われてから他人に両親の話をしたのは初めてだった。俺は自分の心を整理しながら話し続けた。
「あーあ。やっぱり勝てないわね、あなたの母親には」
「……どうしてだ?」
「私は家族の事を第一に考えていなかった。常に民を優先していた……だからよ」
「それがどうして負けたことになるんだ?」
「どうしてって、それは……」
蓮根は分かっていない。それに勝ち負けなんてないんだってことを。
「蓮根は家族の事を第一に考えているだろ。父さんは母さんと俺を家族だと考えていた。でも蓮根は違う。孫呉の民、そこで暮らしている全ての民を家族として考えているんだと思う。それは常人には重過ぎるものだ。でも蓮根は背負っている。たぶん父さんは……そんな蓮根が眩しかったんだと思うよ」
「私が……眩しい?」
「純粋に民のことを考えられる。それが普通だと思っている。それが眩しかったんだよ」
「…………なんか、私が慰められてるわね」
そう言って彼女は笑った。それはもう無邪気な笑顔だった。
「王だから、常に気を張ってなきゃいけないわけじゃない、俺はそう思うよ。王も、王である前にただの人だろ。慰められたっていいじゃないか」
「…………」
「あれ? 俺なんかまずいこと言ったか?」
突然沈黙した蓮根は俯いていた。そこから微かに光るものが落ちていったように見える。
これは見てはいけないものだ。そう直感し俺は空を見上げた。
しばらくして、彼女が動き出したような気がした。
「……ありがとうね、深」
「なんのことかな」
「ふふっ。そうね、でもありがとう」
彼女は勢いよく立ち上がる。それにつられて俺も立ち上がった。
「今度はあなたが欲しくなったわ」
「……え?」
「ねぇ深、うちに来ないかしら?」
「なっ!?」
「ふふっ……冗談よ。今は
「……そうか」
「一つだけ忠告。洛陽内部は謀略に塗れているわ。せいぜい気を付けなさい」
「ああ、ご忠告痛み入るよ」
すでに腐敗はひどいものになっているのだろう。それはもう覚悟している。
「良い眼……じゃあ、またいつか会いましょう!」
「またいつか!」
そう言い、俺と彼女は逆方向へと歩き出す。
新たな覚悟と野望を秘めて……。
【あとがき】
こんにちは。
九条です。
孫堅さんご登場!
ということで洛陽編でした。
いかがでしたでしょうか。
真恋姫を再プレイしてたら、主要キャラを出したくなったというのはここだけの話。
なので、やや短いですが孫呉との関わりはこれだけです。
蓮華とか亞莎とか明命とか期待してた人達……すまなんだ……。
そうだなぁ。
もしもコメントに
『○○を出してくれ!』←○○は人名
とかたくさん来たら
没ネタかカットインで出すとしよう(なぜ上から目線
※カットインとは
ただの視点変更です。
遠くにいる人の視点に変えるだけです。
決して、横文字を書きたくなった訳じゃ(ry
長くなりましたが最後に。
☆#0プロローグ 祝! 閲覧数1000回突破! うぇーい!☆
はい、いつも読んでくださる方、愛読書だぜ! という方、ありがとうございます。
☆魏after√により、お気に入りユーザが3倍に!☆
某赤い機体で3倍速く動いているように見える大佐も真っ青です。なにせ本当に3倍ですので……。
改めて魏の人気に脱帽しました。afterぐらいコメディでもいいんじゃないかと。
これだけ読んでくれていると思うと、俄然やる気が出てきました。
恋姫に感謝を。
では、次回もお楽しみに~
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