13話 門出
その後は何とか回復した九兵衛と一緒に鳴を運び、真田家へと連れ帰った。一応真田一家が帰還するのは夕方くらいと聞いているので、今の所は大丈夫だろう。
恭は九兵衛に鳴を風呂へ入れるように言い(九兵衛が『きょうちゃんがやりたいんじゃないの?』と言う提案は名残惜しくも見送った)、その間に恭は軽食を作っていた。魔法少女だろうと騎士だろうと、宇宙人だろうと腹は減る。
そう言えば料理したのも久しぶりだった。恭の妹にして真田家の味の門番、真田涼は兄に料理をさせない。なまっているかとも思ったが意外と身体が覚えているものだ。
簡単な物で申し訳ないと思いながら、シチューを作った。カレーにしても良かったが、米を炊いている時間がなかったのだ。シチューならそんなに時間もかからない。
「……ん……」
「やっと起きたね、鳴。大丈夫? どこか痛いとこない?」
「九兵衛……正直、全身痛い。ソウルジェムも真っ黒だし、魔力で治す事も出来ないみたいで」
鳴を脱がせ、お湯も使いながら優しく身体を治していく。一応九兵衛も魔法が使えるので外傷はそれとなく治癒出来たが、内側まではそうそう簡単に治せない。
「此処は……?」
「きょうちゃんの家。今きょうちゃんが何か作ってるみたいだから、ちゃちゃっとしてしまおうよ」
「うん……」
九兵衛の献身に身を任せる鳴。こんなに落ちついたのは久しぶりだった。とても心地よい。まさかこんな気分になれるなんて。
「……私、あの後どうなったの?」
「分からない、でも君は生き残ったし魔女は倒された。実は騎士を直に見たのは初めてなんだよ。きょうちゃんは本当に企画外だね」
「真田くんが……ねぇ、九兵衛」
「何だい?」
鳴は九兵衛に抱きつく。温かい。確かにそれは生きている者の温もりだった。
「私、生きとるよね……?」
「……ああ」
死ぬ気だった。九兵衛も、契約に魔力を使えば死ぬと言っていた。しかし自分は生きている。温かさがそれを表していた。その温もりだけは信じる事が出来た。
「……お風呂上がったよ、真田くん」
「お、分かった。じゃあ飯にしよう。と言っても適当にあるもんぶち込んだだけだけど」
恭は台所へ戻りシチューを三人前持ってきた。ジャガイモと玉ねぎ、人参と鶏肉が入ったオーソドックスなホワイトシチューだ。正直、きっと誰でも出来る。そんな誰でも作れるようなシチューが、鳴にはとても有難かった。
「「「いただきます」」」
手を合わせ、温かくて白いクリーミーなそれを口へ運ぶ。口いっぱいに温かくて重厚な旨味が広がる。甘くて、柔らかくて、優しい。
「……美味しい?」
「うん……真田くん、こう言う事できるんやね」
「まあな。俺の妹知ってるだろ? あいつの料理食ったり手伝ったりしてれば、自然とスキルも身に付くさ」
「へぇ……意外な特技があるものだね。他にもいろいろ作れるのかい?」
「まあな……それで九兵衛。さっき言ってた改変ってのは?」
恭の質問に、食べる手を休める事なくちまちまと話しだす九兵衛。この町から魔女が討滅された事により魔女が行った所業の傷跡が改ざんされようとしているのだ。異能の輪の外に居るもの以外は、魔女が行った事は全て無かった事にされる。
今ですら魔女の口づけにより死んだ人間達は熱中症や行方不明などで処理されているし、鳴の家族は放火魔による愉快犯の犯行と言う事で犯人も捕まっているらしい(この辺りはよく分からないらしいが)。とにかく、世界に負担のないように様々な部分が改ざんされると言う事だ。
「改変は恐らく今から二時間後、5時くらいに終わるはずだ。きょうちゃん達の通ってた学校の校庭に次の世界へのゲートが開くと思うから、その位に校庭に来てくれ」
「じゃあ、私達は先に行ってるから……色々あるやろ、最後に見ておきたい所とか、会っときたい人とかさ」
残らず完食した二人。鳴は恭と九兵衛の分まで後片付けをやってくれた。九兵衛は『どうせ改変されれば元に戻るのに』等と言ったが二人で無視する。
洗い終わると、二人は真田家を出て行った。そこにはぽつんと恭だけが取り残される。最後に会いたい人か……多分家族には会えないだろうと恭は思っていた。
彼はふと自分の部屋に行きたくなった。階段をのぼり、部屋に入る。そこにあった自分の物は全て半透明になっていた。これも改変の前兆なのだろう。全て無くなってしまうのは虚しいような気がして、何か持って行ける物は無いかと探す。
そう言えば、家族で映っている写真なんかは全くないな~と悲しくなった。写真が欲しいかと言われても首を横に振るしかない。彼に欲しかったのは、笑顔で全員そろって写真を撮れるような家族だからだ。
色々探すが、特に何も持って行きたい物は無い。漫画はかさばる。ゲームは特にやる気にならないし、どんな世界に行くか分からないので充電も出来るか怪しい。そんな中、埃被った機械を発見した。昔もの珍しいからと買った手回し式の充電器だ。相当回す必要があるが、USB充電を行うの電化製品を充電して使う事が出来る。これと携帯くらいの大きさのタブレット式端末を鞄に入れ(何処に行くか分からないため通話機能は期待できないが、辞典が色々と入っているので役に立つかもしれない)、残ったスペースにこの前安売りしていたから買い込んだ、保存食として食べられそうな乾パンなどを詰める。あとは……
『Master』
魔法デバイス、Clavisの無機質な声が頭に響く。恭は首飾りを外し、鍵の中心でキラキラと輝く小さな宝玉を覗きこんだ。
『You can put your luggage in me』(私の中に荷物を入れる事が出来ます)
「へぇ、そんな便利な事が出来るのか……じゃあ、そうさせてもらうか」
恭は言われるままに鞄の中身を移し換え、意外と入りそうだったので薬なども入れる事にした。考えてもみればどんな場所に行くか分からないのだ、用心するに越した事は無い。
容量の関係でClavisと色々悶着はあったものの(流石に某四次元ポケットのようにはいかないらしい)、当初の予定よりもかなり多くの物を入れる事が出来た。さてと、そろそろかな……と部屋を見渡した彼は、部屋の隅に小さな箱を見つける。
『……Master?』
「いや……これも持っておきたくてさ」
恭は静かにそれを荷物の中に入れた。無駄に部屋の片づけなどやってしまったので相当時間を食ったが、今から部屋を出れば十分間に合うはずだった。その時。
ガラガラガラ……バタン。何者かが玄関を空け、その先の扉を開ける音がする。音の主はバタバタと階段を駆け上がり、恭の部屋を勢いよく開いた。
「はぁ、はぁ……どうして、なんで何も無いの……!?」
涼だった。彼女の目には恭の部屋が空き部屋に見えているのだろう。部屋を一通り歩きまわるが、恭には見えている家具が全て涼をすり抜けて行く。
改変前で世界が不安定になっているからだろうか。涼は恭を忘れていない。しかし、彼女に恭は見えていない。こんなにも近くに居るのに。
涼は床にへなへなと座り込み、床とにらめっこしたまま微動だにしない。恭は触れようとして止めた。すり抜けてしまうだろうし、もしすり抜けなければそれはそれで問題だ。このまま離れるのが一番良いに違いな……
恭はガタっと言う音をうっかり立ててしまう。しかしそれに涼は反応する様子がない。それを見た恭は、涼の目の前で囁いた。
「俺、少し旅に行ってくる。もしかしたらずっと戻れないかもしれないけど……幸せに暮らせよ。今までありがとう」
これでいい。きっと聞こえていない。ひょっとしたら改変が済めば彼女は一人っ子だった偽の記憶を与えられこれから両親に溺愛されて育つのではないか。だとしたら、少しだけだが救われる。
恭は彼女の元をすり抜け、約束の場所へと向かった。
聞こえてるよ……お兄ちゃん……
涼は泣いていた。聞こえていた、しかし彼女には恭を止める事が出来なかった。声が出ない、顔が上がらない。涼は何も知らない。恭が騎士になった事も、魔法少女の存在する非日常の世界も。彼女にとっての真実は、兄を失った事だけだ。
違和感を感じたのは帰り道の高速道路の中の父の発言だった。『今日は久しぶりに家族全員で旅行できたな~』と言う一言を涼は聞き逃さない。父も母も悪ふざけや意地悪で言っている訳ではない事は涼の目には明らかで、だからこそ不安だった。
だからこそ、予定よりも少し早く帰って来た涼は家に入るなり二階へ駆けあがったのだ。家の玄関には鍵はかかっておらず開いていた。だからこそ、居るのなら部屋だと思ったのだ。
(お兄ちゃん……やだよぉ、行かないで……)
さめざめと泣く涼。家の事を殆どすべて取り仕切っていた彼女だったが、それは兄の存在があったからだ。兄が居なければ涼は頑張れなかった。どんなに溺愛されても、母の事は好きになれない。彼女は人によって恐ろしいまでに態度を変えると知っているから。
母を肯定すれば兄を否定しなければならない。だが涼が好きなのは恭だけだった。学校で幾度となくクラスメイトや先輩後輩に告白されても、愛する人は恭以外に考えられなかった。
(嫌だ……お兄ちゃんの居ない世界なんて耐えられない……)
(お兄ちゃんとずっと一緒に居たい)
(お兄ちゃんと……)
「何だ、こんな所に居たのか」
顔を上げる。恭の部屋の窓の外に、紫色の髪をしたちゃらい男が立っている。男はするりと窓をすり抜け恭の部屋に入ってきた。
「お前、さっき戦った少年の匂いがするな……」
「なに……貴方、誰?」
「へぇ、見える聞こえるってわけか。お前、もしかして兄がいたりしないか?」
「お兄ちゃんを知ってるの!?」
妹は駆けより、男にすがりついた。彼が誰か分からない。しかし兄の存在が自身のアイデンティティの大半を占める涼はなりふり構っていられなかった。
「お願い、お兄ちゃんに合わせて!!!!」
「……会えるよ。多分すぐに会える。だから……これを受け取りな」
無数の荊の形をした装飾がまとわりついた深紅の宝玉。男はそれを涼に手渡した。彼女がそれを受け取ると、凄まじい魔力が彼女に吹きこむ。
黒髪は根元から真っ赤に染まり、着ていたミニスカートとTシャツ、下着すらも溶けて消える。彼女は全裸でそこに座り込んでおり、彼女の足元には、前からそこにあったかのように一本の剣が出現した。
「受け取りな、神器『レーヴァティン』だ。俺について来れば兄に会わせてやる」
「お兄、ちゃん……」
一人の純朴な少女は姿を消し。そこに存在していたのは、渾沌と殺戮を信条とし安寧を何より嫌う一人の邪神の魂を継承する者。
恭が話しかけた事、それが未来に於いてどんな意味を持つのか。彼には知る由も無かった。
男は、着ていたジャケットを涼に着せると(体型があまりにも違いすぎるため前を止めれば一応下半身まで隠せた)、彼女の手を引いた。部屋の片隅にどこまでも深く暗い空間が出現する。
二人は、闇の中へと姿を消した。
「……遅かったね、置いてくつもりだったよ」
「まあ、俺にも色々あるんだよ」
「それじゃ……行こう」
三人はこの世界に別れを告げる。これから何が待っているのか、恭も鳴も分からない。しかし確かに分かっている事がある。
「……木村さん」
「……なん(何)?」
「……大好きだ。これからずっと、護らせてくれないかな?」
「……まあ、頑張りたまえ」
「……押忍」
世界の導き手インキュベーターは、二人の愛し合う少年少女を未知なる世界へいざなう。
此れは、混沌に歪められた愛と勇気のストーリー。
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これにて一章終了です。いやいや長かった。
色々謎も残しての終了ですが、その謎も今後解き明かされていくと良いなと思います。
まだ沢山隠してる部分がありますしね。