No.545167

天馬†行空 二十七話目 愚臣顛末

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

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2013-02-16 22:18:04 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:7402   閲覧ユーザー数:5068

 

 

「そうか……張譲殿は己が意を通されたか」

 

「御意」

 

 色褪せ、朽ちかけた土壁の狭い家屋。

 その一角に置かれた粗末な椅子に腰掛ける王允は、士孫瑞から伝えられたその報せに、天を仰いで深く息を吐き出した。

 

「これで、我らの計画は成ったか…………ここまで、長いようで短くもあった」

 

 傍らの小さな机に肘をついて、王允はゆっくり目を閉じる。

 清流派――結成された当初とは違い、現在は濁流派を叩く事にのみ腐心し、政に目を向けない集団に成り下がっていた――は、王允の免官をもって実質的に消滅した。

 その際、王允と同様に王朝で高い地位にあった者達は軒並み免官されている。

 そうでない者達は、『天の御遣い』が幼い帝を救った吉事をうけた大赦により、本来ならば禁錮(宮殿への出仕禁止)などの刑を受けるところだったのを免れていた。

 だが此度の騒乱のあらましを公布した文章の中で『清流派』が事態の解決に何一つ貢献していない事実を知った民やその他の文官に白眼視され、自ら官を辞する者が続出している。

 王允が官を解かれ、市井の民となって三日。

 たった三日間で、形骸化し、淀んでいた派閥は、消えて行ったのだ。

 

 ――かつて王允は官を授けられ、都へ出仕し、そこで腐敗の真っ只中にあった王朝の醜い姿を直視した。

 正しき行いをした者が獄につながれ、欲深き者が栄華を極める。

 それでもなお王允は自らの節を曲げず、黄巾の乱が勃発してからしばらく後、黄巾軍の一部と繋がっていた十常侍を訴えて逆に投獄された。

 時の帝、劉宏は甘言を弄する十常侍を信頼し、苦言を呈した王允を疎んだ。

 死刑を待つ王允を密かに救ったのは、自分を陥れた筈の十常侍。

 それも、十常侍の筆頭たる張譲だった。

『奸賊に情けを掛けられる謂れは無い。貴様のような者に頭を垂れてまで生を全うしようとは思わぬ――!』

 監禁生活でやせ細ったものの、鋼のような意志は衰えなかった王允は鋭い眼光を張譲に向ける。

 怒気も顕に自身を睨む王允を見て、張譲は小さな紙片を王允の袖に滑り込ませた。

 賄賂か、と思った王允がそれを見ると、

 "貴殿は王朝の末を真に案ずる志士であるか?"

 との文言と、洛陽の郊外を示した地図が書かれていたのだ。

(ここへ来いと言うのか?)

 直感的に罠だ、と思った王允だが、彼は逃げるのを良しとしなかった。

(どうせ一度は死した我が身。罠であろうと構うものか。胸を張って自身を貫き、死ぬるならば死ぬだけだ)

 と、王允は張譲の挑発に敢えて挑む事を選ぶ。

 奸臣如きに侮られ続けるのであれば、最後に奴らに向けて大喝して死してやろうと決心した王允は単身、指定された場所へと向かい――。

 

 

 

 

 

「――士孫瑞殿、そなたには世話になり申した。儂がお頼みする事は最早有りませぬ……この上は、張譲殿がご健在の内に戻られよ」

 

「……いえ、『頭領』とはもう別れは済ませました。私も王允殿と道行きを共にしたく存じます」

 

「宜しいのか? 貴公なら、これから生まれ変わる王朝で――」

 

「――お忘れですか王允様? 私もまた"清流派"なのですよ」

 

 士孫瑞のその言葉に、王允は再び大きく息を吐き出し、

 

「…………かたじけない」

 

 深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

「――やっぱ納得いかんで!!」

 

「ふん、当然だ!」

 

「漢室に従う身ではありますが……私も納得が行きません」

 

「……月は悪くない」

 

「呂布殿の言われるとおりですぞ!」

 

(よもや王允達、清流派の老害共が陛下を(そそのか)したのでは――!)

 

 宮殿の一室に董卓軍の将が車座になって座っている。

 彼女達は昨日下された帝からの裁定に対して憤りを顕にしていた。

『天の御遣い』が帝を助け、戦を終結させた事は良い。

 

 ――だが、帝が不在の折、洛陽の為に力を尽くしてきた彼女達の主が罰されて洛陽を追われ、洛陽を騒がせた中原の諸侯達や天水を攻めた馬騰が咎無しとされたのはどういう事か!

 

 彼女達の怒りは、その一点に集約していた。

 

「あああもう我慢出来へん! こうなったらウチら全員で押し掛けて行って――」

 

 苛立ちの声を上げて、霞が席を立つと同時、

 

「――どこに?」

 

「決まってるやろ! 玉座――――な」

 

「――や。文遠、久し振り」

 

 いつの間にか部屋の入り口に立って、自分に向かって微笑んでいる少年を目にして、霞は絶句する。

 

「――な、ななななななななな」

 

「「「「――――」」」」

 

「昨日の白い人……」

 

 思わず白い服の少年を指差すが、後に言葉が続かない霞と、呆気に取られた董卓軍の面々。

 一人、恋だけが平然としている。

 

「――あ、全員揃ってるわね。呼ぶ手間が省けたわ」

 

「へぅ、皆さんご苦労様です」

 

「失礼する。む? 文遠殿、どうされた?」

 

「失礼しますー」

 

「失礼します」

 

 一刀に続いて入って来た面々――詠、月、星、風、稟――が着席し、詠が話を始めるまで、恋を除いた一同は固まったままだった。

 

 

 

 

 

 ――詠と一刀が全ての事情を説明した後。

 

「では、あの裁定にはそのような意図が有ったのですか」

 

「ぬう……では、馬騰は劉焉を防ぐ為に天水に兵を向けたのか」

 

 荀攸が頻りに頷き、華雄は得心が行った風に腕を組んだ。

 

「うぬぬ、こそこそとそのように陰湿極まりない策を巡らせるとは……劉焉は恥を知るべきですぞ!」

 

「それが、城門にいたと言う不可解な門番の真相ですか……あの時は指揮系統に混乱があったとは言え、得体の知れない輩を都に潜り込ませていたとは」

 

 ねねが憤慨し、徐晃が眉間に皺を寄せる。

 

「ははあ……子龍がウチらんトコに来たんは、そないな訳があったんか~」

 

 霞は、にやりと笑うと一刀を見て、

 

「しっかし、驚いたで北郷! まさかアンタが――」

 

「……結構硬い。絹じゃ無い」

 

「――って、うぉいっ!!?」

 

 少年の服をぺたぺたと触る恋の姿に目をむく。

 

「あはは、別にいいよ。……もっと遠慮なしに触ってくる人も居るし」

 

「お兄さんも言いますねー」

 

「貴女は少し自重なさい」

 

 恋が触っていたのとは反対側の袖をさすっている風に突き刺さる稟のジト目と突っ込み。

 

 

 

「――はいはいそこまで! あんまりゆっくりしてられないわよ。なるべく早く向こうでの仕事に取り掛からないと!」

 

 詠が手を叩いて、全員を促す。

 

「そうだね詠ちゃん、こっちのお仕事の引継ぎもしないと……」

 

「それでしたら私も御手伝い致します」

 

「あ、はい。公達さん、宜しくお願いします」 

 

「ならウチは丁原のジイさんに挨拶しとくか……恋も来るやろ?」

 

「……行く」

 

「呂布殿のご家族の旅支度もしなければいけませんな」

 

「私は、皇甫将軍と楊将軍に挨拶をして参ります」

 

「まだ挨拶回りが終わってないから、俺はそっちを済まさないと」

 

「ふむ、では私は一刀に着いて行くかな」

 

「風もお兄さんと一緒に行きますねー」

 

「私は董卓殿達の手伝いをしましょうか」

 

「私は……さてどうしたものか」

 

「でしたら華雄さんは一刀さんの護衛をお願いします」

 

「はっ!」

 

 話がまとまると、その場の全員が一斉に席を立ち、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「天水と安定に、ですか?」

 

「ええ。……どうでしょう?」

 

 皇帝の執務室……玉座の間とは別に設えられたその広い部屋に、現皇帝劉協と月、詠の姿がある。

 丁原の配下であった恋と霞、ねね。それと現在は劉協の直属の臣となる荀攸、皇甫嵩隊の徐晃。

 以上の五人を正式に月の配下とする代わりに、天水と安定に居る月の部下を、何人かはそのまま残して貰えないか? との劉協からの提案に、月は目を瞬かせた。

 

「へぅ……詠ちゃん、どう思う?」

 

「……そうね、恋達をこっちに回して貰ってるし、向こうにも気心の知れた人間が居れば民の混乱も少ないと思うし……」

 

「中央から派遣される人達と上手くやれるかな……?」

 

「そちらは心配なしだと思います。……張既(ちょうき)と言う人物を知っていますか?」

 

 相談する二人に、劉協は明るい口調で応じる。

 

「あ、張徳容(ちょうとくよう)さんが行かれるのですか。へぅ、それなら安心です」

 

 劉協と月が知る張既と言う人物は、穏やかな気質で、関中の人の心を不思議とつかむのに長けた好人物である。

 

「その、陛下。こう言ってはなんですが……よく張既の名を知っておられましたね?」

 

「宮殿に帰ってからは、政務の傍ら各地の注目すべき人物を纏めた記録帳(董承調べ)に目を通しましたからバッチリです!」

 

 おずおずと質問した詠に、むん! と胸を張る劉協。

 

「では陛下、天水と安定の皆さんを宜しくお願いします」

 

「任されました。……それと、そちらの親族は皇甫嵩に荊南まで送らせますので」

 

「へぅ!? そんな、悪いです……」

 

 恐縮する月に、劉協は「このくらいはやらせて下さい」と笑っていた。

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 宮殿内に敷設されている書庫。

 そこには、大きな机の上に、これまた大きな地図を広げ、無言のまま手にした竹簡と地図にかわるがわる目を向けている二人の少女の姿があった。

 ハの字眉の下にある目に真剣な光を宿した公達と、時折眼鏡の位置を直しながら地図に視線を向ける稟である。

 二人は劉協からの提案で、この書庫で大陸全土の地図と、それに付随する細かな記録を記した竹簡を閲覧していた。

 傍らの文机に山と積まれた竹簡を、一つ、また一つと手に取り、地図と見比べ、足元のカゴへと落としていく。

 

「お疲れ様ですお二方。こちらにお茶を置いておきますね」

 

 竹簡を繰る音だけが規則的に響く書庫に、妙齢の女性――董承――の穏やかな声が入ると、二人ははっとした顔で振り返った。

 日の光が書類を痛めぬよう、日中でも薄暗い書庫の中に立てられた大き目の蝋燭が半分ほどになっている。

 

「おや、だいぶ時間が経っていたようですね。公達殿、少し休憩しましょうか?」

 

「そうですね、そろそ――」

 

 ――きゅるるるるるるるる

 

「「……………………」」

 

「……………………も、もぉっ! お二方、何か言って下さいよっ!」

 

 可愛らしい音がお腹から響き渡り、赤面しながら両手をばたつかせる公達。

 

「董承殿、このお菓子は?」

 

「はい、それは『くっきぃ』なる物だそうです。御遣い様から作り方を教わりまして」

 

(あああああ! 敢えて触れない二人の優しさが痛い!)

 

 稟と董承の反応に、頭を抱えて悶絶する荀攸をよそに、董承が机に目を留める。

 

「ほう……だいぶ進まれたようですね」

 

 初め、子供の背丈ほどもあった竹簡の山は、五分の一までに高さを減らしていた。

 

「ええ、大変興味深く拝見させて頂いております」

 

「読み終えるのが惜しいくらいです……はむ」

 

「公達殿、まだ御代わりはありますよ?」

 

「有り難う御座いま――私はそんなに食い意地は張ってませんっ!!」

 

『くっきぃ』を半分ほど齧っていた公達は、うがー!! と眉を吊り上げて董承に迫る…………が、迫力は無い。

 

「董承殿、御馳走様でした。さて、続きにかかりますか」

 

「御粗末様です」

 

「ちょっ!? お二方、流さないで下さいっ! 聞いてますかこらー!!」

 

 いつもの冷静さはどこへやら、わたわたと身振り手振りで抗議する公達の姿に、稟と董承の口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「ほう! それならばおぬし達の門出を祝って、ここは一つ剣舞など――――いたたたたたた」

 

「ジイさん無理すんなや……」

 

 宮殿より少し離れた丁原の屋敷。

 中庭にある東屋で、腰を抑えてしゃがみこむ髪と顎鬚が真っ白な老人と、呆れたようにその身体を支える霞の姿がある。

 恋とねねの二人はここには無く、少し離れた建物から二人と動物達の鳴き声が聞こえて来た。

 

「あいたたた……やれやれ、腰から下が千切れるかと思うたわい」

 

「ったく。もう無理が効かないのやから、大人しくしてや」

 

「…………ぬ? おいコラ霞! 誰がジジイじゃ!!」

 

「アンタや! ちゅうかツッコミ遅いわ!!」

 

 なんとか椅子に座った丁原が思い出したように怒鳴り、霞が即座に突っ込み返す。

 

「ぬむぅ……。しかし、ぬし等も月の嬢ちゃん達も、随分と難儀じゃのう」

 

「? どういう意味やジイさん?」

 

 不意に顔を顰めて呟いた丁原に、霞は怪訝そうに訊ねる。

 

「決まっとるじゃろう? ぬしや嬢ちゃん達は北の人間じゃから、南の気候に慣れるまでは大変じゃろうて」

 

「そんなもんなん?」

 

「そんなもんじゃ。……まあ、生水には気い付けとけ」

 

 それだけ言うと、丁建陽は椅子に深く腰掛けた。

 

 

 

「呂布殿ー! 身の回りの品は準備できましたぞー!」

 

「…………こっちも出来た」

 

 丁原卓の裏手にある家の庭で、恋とねね、そして大量の動物達が忙しなく動いている。

 首に紅い布が巻かれた犬を先頭にして、猫、ヤギ、鹿、猪など様々な種類の動物達が庭にひしめいていた。

 不思議と喧嘩などせずに大人しくしている動物達の頭を、恋は一匹ずつ撫でており、ねねは風呂敷包みや木箱に入れた荷物を、手際よく荷車に載せている。

 

「ぬをををををーー!!? こ、こらー! それは食べ物ではないのですぞー!!」

 

 どこか悟りを開いた仙人のような顔付きをしたヤギが、ねねの荷物からはみ出した紙の本(軍学書)をもしゃもしゃと食べていた。

 

 

 

 

 

「辞令は確認している。徐公明よ、董卓殿の下、気を引き締めて任に当たるように」

 

「はっ!」

 

 宮殿の外れにある練兵場。

 多くの兵が訓練に励み、その熱気が充満する中、皇甫嵩を前に徐晃が深く頭を下げていた。

 

「新たな任地での武運を祈る」

 

「お言葉、有り難く!」

 

 打てば響くそのやり取り。

 訓練中の兵士達はその光景を見慣れているらしく、誰一人手を止める事は無い。

 

「楊奉は今居らぬ故、私から事情は伝え置こう。落ち着いた後に手紙の一つも出してやると良い」

 

「はい!」

 

 幾分柔らかな声色の義真に再び一礼すると、公明は踵を返す。

 

 ――ざっ!

 

 そのまま練兵場を去る徐晃は、背後から聞こえて来た、土を蹴る音に足を止め、振り返った。

 

 ――先程まで、剣や槍を手に訓練していた全ての兵士が公明の方を向き、拱手していた。

 

 その最前列、『皇甫』の旗を掲げる兵の前で、皇甫嵩が拱手している。

 

「――っ」

 

 溢れ出そうになる涙を堪えて公明は拱手し、深く、深く一礼した。

 

 

 

 

 

「今後は、祭りの時に花火が名物になるかな?」

 

 花火を打ち上げてくれた職人さん達の工房を訪ねると、酒家のときと同じでえらく驚かれた。

 祭りでは、花火を三発(在庫全部)使って貰ったが、不発も無く無事成功したのでまた作るのかな? と思ったので聞いてみる事に。

 

「いえ……それなんですがね。あれはお嬢でないと作れないんで」

 

「お嬢?」

 

「へえ」

 

 ありゃ、そうなのか。

 祭りの前は忙しかったから聞きそびれてたけど、別の人が作ってたんだ。

 

「てことは、あの花火はその人じゃないと作れないのか…………あ、その人の名前は?」

 

「へえ、お嬢は『馬鈞(ばきん)』、字を『徳衡(とくこう)』と言いやす」

 

 ……………………あれ?

 

「えっと……ひょっとするとその人、若草色の髪を、こう、三つ編みにしてて?」

 

「へ、へえ」

 

「やたらと分厚い眼鏡を掛けてて?」

 

「へえ、そうです!」

 

「女の子だけど自分を"オイラ"といって、語尾に"~ッス"をつけて喋る……?」

 

「その通りでやす!! なんだ御遣い様、お嬢を御存知で?」

 

 ――あ~、うん。

 

「知ってるというか、その…………仕事場の同僚です」

 

『…………えええええええええええええええええっ!!?』

 

 ――馬鈞、確か三国志ではかなり後の時代の人物で、魏の発明家だったかな?

 しっかし……まさか、あのコウちゃんがそうだったとは。

 

 ……交趾には、都に居られなくなった(例:十常侍と反目した)人達や、中原の騒乱を嫌った人達が流れてくる事が多い。

 そういった事情もあってか、来る人の中には偽名を使ったり、字しか名乗らなかったりする人達もいる訳で。

 俺のメインの仕事場である城壁補修の現場メンバーも、おやっさんとおやっさんに次いで歴が長い尤突(ゆうとつ)さんを除くと姓名を知らなかったりするのだ(まあ、俺にしても"名"は名乗っていなかった訳だし)。

 

 ――先ずは、穏やか且つ丁寧な口調で、俺を「北郷君」と呼ぶ女性がケイさんこと敬文(けいぶん)さん。

 ケイさんは作業に必要な図面作成とか給料の出納を任されていて、休日には街で寺子屋の先生をしている。

 

 ――次に、奇声を発しながら、恐ろしいまでのペースで作業をしつつ、凄まじく丁寧に仕上げる少女がハクこと伯道(はくどう)

 ハクとは歳が同じだったり、性格的に馬が合ったりして、すぐにお互い(俺はハクの姓名を知らず、ハクは俺の名を知らないが)呼び捨てになった。

 

 ――で、俺が仕事を始めてから二ヶ月後に入って来た女の子が、コウちゃんこと徳衡。

 コウちゃんは、仕事が休みのときには農耕地で農具の修理とか水車とかを作ってる。

 ちなみに"徳衡"だから、初めは"トクちゃん"と呼ばれていたが、誰かがコウちゃんをトクちゃんと呼ぶと、一日おきに俺の弁当を持って来てくれていた想夏がその呼び方に反応してしまうので(想夏の字は徳枢)、コウちゃんになった。

 

 ……この分だとケイさんやハクも三国志に出てくる有名人だったりするのかも?

 

 ……いや、まさか、ね。

 

 

 

 職人さん達からお嬢に宜しく伝えて下せえ、と頼まれ、工房の外に出る。

 

「お待たせしました華雄さん。裏の星と風さんを呼んで次に行きましょうか」

 

「了解だ」

 

 工房の裏手で、花火を上げた時に使った筒を見せて貰っている星と風さんに声を掛けて工房を後にした。

 さて、最後になったけど白蓮さんと桃香さん達に会いに行こうか。

 

 

 

 

 

 ――益州、成都。

 

「そ、そのような――そのようなたわけた話があってたまるかぁッ!!!!!!」

 

 玉座の間に響く怒声。

 玉座から腰を浮かし、劉君郎が白髪を振り乱して吠えていた。

 

「て、天の御遣いじゃと!!? 馬鹿なッ!! 腐りきった今の漢に天命なぞあるものかッ!!!」

 

 冠が外れ、床へと落ちるのも気に留めず、腕を振り回して劉焉は叫び続ける。

 天水へと続く道が馬騰に閉ざされたものの、洛陽の混乱や、反董卓連合を結成した諸侯の増長、それらを鎮めきれない王朝の求心力の低下。

 事態がそうなるのを待ってから、改めて打倒現王朝を呼びかけ、新たに作られる連合軍の盟主たらんと目論んでいた劉焉は、洛陽から戻った密偵がもたらした情報に驚愕していた。

 すなわち、白き光を放つ衣を纏った『天の御遣い』が囚われの天子を助け、その功績を誇るどころか都に住まう民の功と宣言したことである。

 都に禍を招いた董卓や、その元凶となった漢王朝の惰弱ぶりに民の怒りが爆発すると考え、ほくそ笑んでいた劉焉は、民が怒るどころか天の御遣いや天子を讃え、自分達一人一人が都に迫っていた乱を治める原動力になった事を喜ぶ現状を知り、気も狂わんばかりに憤慨していた。

 唾どころか涎さえもこぼしてわめき散らすその狂態に、益州の主だった都市を支配下に置く君主としての威厳は無い。

 側に控えている筈の侍女なども、あまりに怒気を放つ老人に怯え、腰を抜かして後ずさっている。

 龐義、王累ら重臣達でさえ、声も無くただ俯いているばかり。

 その重苦しい空気の中、今しがたやって来たばかりの兵士がおどおどとした様子で、書簡らしきものを末席に並んでいた武官らしき少女に手渡していた。

 

「殿、ただいま殿の古い友人と名乗る方から手紙が届いたとの事」

 

 武官らしき少女が上座に居る龐義に何か耳打ちをして書簡を渡すと、龐義は未だ般若の如き形相の劉焉に手紙を渡す。

 

「ぬぅぅ――! こんな時に誰………………なッ!」

 

 握りつぶすような勢いで受け取った劉焉が手紙に目を通し、突然くわっと目を見開いた。

 

「ふ、ふ、ふざけるなぁッ!!!!! 死人風情が、この、この劉焉に!! 益州の王にして真の天子たるこの儂を愚弄するだとッ!!!!! お、おの、おのれおのれおのれ――――ぐっ!?」

 

 鬼神もかくやとばかりに顔を怒りで赤黒く染め、先程以上に怒気を撒き散らし始めた劉焉が、突然口元を押さえて前のめりになる。

 

「と、殿?」

 

「――――ぐ、く、く…………ごぶっ!!!!!」

 

 怪訝そうに近寄る龐義の前で、肩を小刻みに震わせた劉焉の、口元を押さえる指の間から赤い液体が迸った。

 

「殿っ!!?」

 

 そのまま、ぐらりと傾いで床に倒れこんだ主の姿を見て、下座の者達は龐義が上げた声を皮切りにして周囲に駆け寄る。

 

「だ、誰ぞ! は、早く御典医を!」

 

「ゆ、ゆっくりとお運びせよ! なるべく揺らさぬように!」

 

 場が騒然となり、慌しく運ばれて行く主君の姿に誰もが呆然と視線を向ける中――。

 初めに手紙を受け取った武官らしき少女の口元にはそれと判らぬ程に微かな笑みが浮かんでいた。

 

(思った以上の効果だね。……さすがは夕)

 

 孟達というその少女の視線の先には、劉焉が吐き出した血に塗れた書簡がある。

 

 

 

 

 

 ――『李権』から劉焉へと宛てられた、その手紙が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れが赤く染める狭い部屋の中で、王允は一人、目を閉じて回顧する。

 

 ――あの日。

 張譲からの呼び出しに応じた王允は、そこで真に同志たる人物――張譲、董承――に出会った。

 張譲と董承は、宦官と外戚が血で血を洗う権力争いを憂い、その構図を無くしたいと思っていたのだ。

 王允もまた、それら濁流派を唾棄し、非難しながらも、結局は自分達が利権を握りたいだけの集団に成り下がっていた清流派をなんとかしたいと考えていた。

 

 ――時の帝、劉宏(霊帝)は酒色に溺れ、最早政務には見向きもしなくなっていた。

 十常侍の傀儡となっていたこの帝は、しかし過度の不摂生により健康を害していると思わしき兆候が見られており。

 そして当時、張譲が教育係を勤める劉弁と劉協は(劉協の方が優れてはいたが)優れた才能の片鱗を見せていた。

 そう遠くない未来、次代が来ると感じた三人は、その時に向けて計画を練り始める。

 

 ――張譲は、十常侍を含めた権力に腐心する宦官の粛清(自分込み)を。

 ――王允は、清流派の粛清を。

 ――董承は、外戚の台頭を抑える為に。

 

 三人は、この同盟を一部の者以外には明かさず、そして悟られず、静かに来るべき新しき世への布石を打っていった。

 張譲が十常侍として益々あくどく振る舞い、董承は権力を握ろうとする外戚の失脚を謀り。

 王允は、口先ばかりで、決して自分からは派閥の党首と成ろうとはしない烏合の衆(清流派)の旗頭に敢えて成ることで、腐った官僚を自分の下へと集め、まとめて粛清しようとした。

 張譲が十常侍を追われ、野に下った後も、王允と董承は張譲が活動を続けている事を信じて、己が活動を続ける。

 ――宮中で宦官の虐殺が行われた夜、張譲から二人に連絡が有り、二人は本格的に行動を開始した。

 董承は、董卓の人物が好ましいものである事を悟ると、密かに調べていた汚職官吏の情報を董卓へと流し、王允は張譲から借り受けた士孫瑞を使って清流派のメンバーの汚点を探り続ける。

 その内、張譲から洛陽で行われている劉焉の陰謀を知らされるが、そちらは張譲とその配下の間諜(胡車児や士孫瑞)が対応すると聞かされ、王允と董承は張譲を心配しながらも、自分達の活動を続けた。

 そしてあの祭りの日から三日前、囚われの劉協を救い出す日時を知らされた王允は、祭りの日にあわせて宮中に乗り込み、董卓に尤もらしい理屈に見せ掛けた屁理屈を叩きつける。

 可能な限りその見苦しい芝居を長引かせて、宮殿に帰ってくる幼帝に見て貰うつもりだったが、程無く幼帝は天の御遣いと高潔な人柄で知られる盧植に伴われて帰って来た。

 その時、盧植が怒りを顕にするよりも早く言葉を発した皇帝の姿を見て、王允は自らの策が成った事を悟ったのだ。

 

(ああ、やはり張譲殿の目に狂いは無かった)

 

 目を開いた王允は、傍らの机の上に置いていた酒杯を手にする。

 

(董承殿、後はお頼み申す)

 

 酒杯になみなみと注がれた液体を、束の間見詰め、王允は口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「全ては、正しき御政道の為に――」

 

 高々と杯を掲げ、宮殿の方向を見つめながら王允は朗々と言葉を紡ぐ。

 

「そして、新しき世に――乾杯!」

 

 虚空に杯を合わせ、王允は杯を一気に呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『三番』」

 

「ここに」

 

「これを、陛下にお渡しするよう」

 

「分かった」

 

「では、行け」

 

「『二番』、貴方は――」

 

「――聞いていたのだろう。私は"清流派"として、王允殿と命運を共にする…………さあ行け」

 

「…………分かった」

 

 短い会話。

 廃墟に近いボロボロの家の裏手から、少女の気配が遠ざかっていく事を確認した士孫瑞は、懐から短剣を取り出す。

 

「――頭領。王允殿。私もご一緒致します」

 

 寂れた路地裏の土壁に、紅の線が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日――。

 

 十常侍であり、騒乱の元凶とされた張譲の処刑と時を同じくして、司徒から市井の民へと落とされた王允が毒酒を呷り、そしてその腰巾着と目された士孫瑞が自刃した。

 後に伝わる史書に、三人の名は奸臣、愚臣として記される事になる。

 

 ――ただ。

 

 新たな世を継ぐ者達だけが、決して語られる事の無いその真実を胸に――乱世へと挑んでいくのである。

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 二十七話目の更新です。

 前回のあとがきの通り、清流派、王允、劉焉らの顛末、そして一刀達の出発前準備をお送りしました。

 

 反董卓連合軍編もあと少し、拠点を一話か二話挿んで終了となります。

 後は、諸侯の今後の戦略についての話を拠点で触れるかもしれません。

 シリアスな展開が続いたので拠点では、軽めの話を入れていきたいですね。

 

 今回、幾つか懐かしい単語などが出てきましたので解説をば。

 

 ・李権……六話目、九話目を参照。夕の恩人。

 ・一刀の仕事場の同僚達……十話目を参照。喋り方で判断していただければ誰が誰かはすぐに判るかと……。

 

 

 

 

 

 王允達の真実を知った劉協様の黒化が進みそうで怖い作者です。

 

 

 

 

 


 
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